「あの…國生さん?」  
ばたばたばたばた  
 
「知 り ま せ ん 。」  
とてとてとてとて  
 
取り付くしまもない。  
 
 慰安旅行で訪れた温泉旅館。女性陣の風呂を覗こうとした湧二郎と理来を番司との協力で阻止した我聞であった。のだが。  
 
「ほんっとぅに申し訳ない。」  
「聞 こ え ま せ ん 。」  
 
 その余波で女風呂の脱衣所の壁が大破。全裸で突っ立っていた陽菜の裸を真正面から目撃。  
その後状況説明も何もできないまま…  
 
ばたばたばたばた  
とてとてとてとて  
 
「…いや、あの…」  
「話すことは あ り ま せ ん 。」  
 
と、このような状態が、食事時からずっと続いていた。  
とはいえ、我聞としては、せめてきちんと謝りたく、食事後の今も、廊下を歩く陽菜を追いかけつつ話しかけている所なのだが。  
 
ばたばたばたばた  
とてとてとてとて  
 
がらららららっ  
 
とてとて  
ぱたぱた  
 
とて。  
「…社長。」  
「は、はいっ」  
 
 ようやく立ち止まり、こわばった声ながらも話しかけてくれた陽菜に、(ようやく話ができる)と我聞の顔が明るくなる。  
 
「…まだついていらっしゃるようでしたら私にも考えがありますが?」  
「へ?」  
 
 振り返るとそこには赤い暖簾。裏返った「女湯」の文字。  
「あ…」  
 そういえば、陽菜が引き戸を開けたような気がする。そこが女湯の入り口だった可能性も…  
 
 かぽーん。  
 『ひゃんっ!ちょっと!どこを!やっ!!どこ触っているんです!』  
 『まぁ、いいじゃないの女同士だしぃ。』  
 『お、女同士だからこそまずいことも…ふぁっ』  
 『ほほぅ。かなちんのここは男ならさわっていいのかにゃー?』  
 『な、なにをばかな…や、んんっっばかっあ、あ…やぁ…』  
 『ほーれほれ。指がいいのか?指がええのんか?こんなところをこすられてかなちんはガクガク腰を振っちゃうのかにゃー?』  
 『あぁっ…んっやっ…だめっ…だめぇぇぇ…』  
 
 
「……」  
「……」  
 奥の方からだいぶヤバげな音声が聞こえてくる。間違いなく女湯。確認。  
そしてここは脱衣所の入り口。というか中。それも確認。  
 
 ギギギギっと、音を立てる首をまわして、暖簾から目を離し振り返ると、そこには背を向けたままの陽菜の背中。  
背景にはヒュォォォォォォっと音を立てて雪が舞っている風景の幻が見える。  
 
「あ、いや、あの…」  
「…それとも…まだ……覗き足りないとでも?」  
「い、いやあのっアレは覗いたわけではなくっ」  
「………」  
 体ごとくるぅりっと振り返り、絶対零度の視線で我聞を見据える陽菜。  
ゆらゆらと立ち上る白い小宇宙が羽ばたく白鳥を形作るかに見える。  
どこからかクケェェ!クケェェ!とか鳴き声も聞こえてきたり。  
 
「あ、し、失礼しましたぁ!!」  
ばたたたたたたたたた…  
 
 この場の撤退は決して不名誉ではないと思う我聞だった。  
 
 
かぽーん。  
 
「ふぅ…いいお湯でした。」  
 
 先に風呂に入っていた優やかなえ達がふらふらと湯船から出て大分たった頃。  
 陽菜はようやく風呂から出て脱衣所へと向かった。  
もちろん。脱衣所の壁は壊れたまま。一応ブルーシートで目隠しをされている。  
 
ごそごそ  
 
 バスタオルで髪を拭き始めたとき、ガサっっとブルーシートの向こうで音がした。  
ブルーシートに浮かぶ黒い影。  
 
「だれですっ!?」  
とっさにバスタオルで前を隠しながらブルーシートにむかって叫ぶ。  
 
「あ、あ、いやその、俺、我聞でございますっ。」  
「…しゃ ちょ う?」  
「い、いやあの覗きにきたわけではなくて、が、瓦礫の片づけを!  
 まさか國生さんがまだ入っているとはあはははははいやごめんすぐにでていきます…」  
 
 ブルーシートの向こうで背を向けた我聞を引き留めたのは、陽菜の声だった。  
「…待ってください。社長。」  
「はひ!」  
返事と同時にブルーシートの向うで直立不動になる気配。  
 
「あの…」  
言いつつ、陽菜はバスタオルを体に巻きつけ、ブルーシートに近づいた。  
 
「あ、あの。…すみませんでした。」  
「へ?な、何も國生さんが謝ることは!俺が…その…み、見たのは確かだし」  
「………」  
 我聞の返答は失敗だったらしい。ブルーシートの奥ではるるんブリザードの気配を感じる。が、それも長いものではなかった。  
 
 ため息をひとつついて気を取り直すと、ブルーシート越しの我聞に向かって陽菜が言葉を続ける。  
「それはともかく…その…食事中からの私の態度はよくなかったと思います。  
 …そもそも、社長が自分から…その…の、覗き…なんてするわけがありませんし、  
 何か理由があるのでしょうから、その理由も聞かずに社長に当たるのは間違いなのは分かっていたんです…  
 でも…そ、その…あ、あまりに、恥ずかしかったものですから…」  
「い、いや、それはしょうがないと思う。その…全部見ちゃったわけだし。  
 …上から下までというかなんというか、胸も下もその……」  
「忘れてください。」  
「え、いや、だけど」  
「わ す れ て く だ さ い 。い ま す ぐ 。そ く ざ に 。 え い き ゅ う に 。」  
「…忘れます。ワスレマシタ。」  
 怒りだけではなく、かすかに涙声も感じ、慌てて答えたのは、朴念仁にしては上出来だろう。  
 
「あ、あの、全部を忘れる前に…その…理由を聞かせていただけませんか?なぜ、あの時にそこにいらしたのかと…  
 なぜ壁が壊れたのかを。」  
「あ、お、おう。」  
背を向けたまま、ブルーシートに背をつけて、我聞が座り込む。  
 
「その、理来さんと湧次郎さんが女風呂を覗こうと言い出して…(中略)で、もうとめられないかと思ったんだが。」  
「…おっぱいはむてき…ですか…」  
ブルーシートのこっち側では陽菜が自分の胸を気にしていた。  
 
「…うむ。そう言っていた。確かに無敵だったが…そこで、『かなえばーちゃんの胸でもOKか?』と聞いたら途端に隙がでて」  
「ぇ?」  
「で、その隙にこうキックをしたわけだが、その時に理来さんがここにぶつかって…壁が壊れた。」  
「ふふっ」  
「ん?」  
「ふふふふふふ…あはははははっ」  
「こ、國生さん?」  
 死刑判決を出す気まんまんの裁判官に申し開きをする気分の我聞だったが、当の裁判官が爆笑しだしたのだから、  
そりゃあきょとんとしている。  
「あ、す、すみません。そうですか。さなえ様が勝ったんですか。」  
「ん?あ、あぁ。確かにそういうことになるな」  
「ふふっ」  
「ぷっ」  
『あはははははははっ』  
二人で笑う。笑い声によって、ここ数時間の二人の間のわだかまりが溶けて消えていく。  
 
ひとしきり二人で笑った後。  
「ははは…ふぅ…」  
一息ついた陽菜が目じりに浮かんだ涙を指でぬぐいつつ、切り出した。  
「社長?…もうひとつ聞かせてください。」  
「あ、えーとなに?」  
 
「最近は仕事の時なども、社長は力の加減がだいぶできるようになっていたと思うのですが…  
 今回も手加減をしてくだされば、壁も壊れなかったのではないでしょうか?」  
「いや、その…もう無我夢中で…」  
「無我夢中…ですか?それほど理来さんがすごかったと…」  
「いや、もちろんそれもあるんだが…覗きは犯罪だし…いや、それだけじゃないなぁ。  
 …うぅぅぅぅぅん…………なんかこう、國生さんがお風呂に入っている所を他の人に見せたくなかったというか、こう……」  
 
 言いたいことがまとまらないのか、ごにょごにょとつぶやいているが、そんなものは陽菜には聞こえていない。  
(他の人に見せたくなかった…社長。それ、独占欲というか……)  
「…社長…」  
この朴念仁はなにを言ったのか分かっていない。絶対に分かっているわけがない。  
そう分かりきってはいても、我聞の言ったことに頬が熱くなる。  
 (あわわわ……ふぅ…落ち着け…わたし…)  
 
「社長?」  
「な、なにかな?」  
「今、『他の人に見せたくなかった』と、仰いましたが、他の人ではなくご自分でご覧になるのはよろしいのですか?」  
 (私だけ恥ずかしい思いをしたわけだし。…ふふっ…少しくらい苛めてもいいですよね?社長?)  
 
「え…うん。あ、いや、よくない!よくないに決まっている!!」  
 
 ブルーシート越しに陽菜が座る。体重を我聞の背にかけて。  
バスタオル越しに寄りかかるブルーシートの冷たさは、さらに向こうの我聞の体温が伝わる気がしてあまり気にならなかった。  
 
「なるほど。。…では見たくないと。私の体など見る価値もないと仰るんですね。」  
「え。い、いやそんなことはない!絶対にない。」  
「本当にそうですか?」  
「もちろんだ!!國生さんは凄くきれいだった!その、肌も白くて、すべすべしてそうでっ!  
 む、胸とか太ももとかも凄く柔らかそうだったし!!こう、なんていうか足の間とかも…」  
「しゃっ、社!!長!!」  
「へ?」  
「わ、忘れるといってませんでしたかっ!?」  
「あ、いや、その…」  
 
 具体的に思い出してしまった我聞と、具体的な感想を聞かされた陽菜。ブルーシート一枚をはさんで背中合わせに  
二人で真っ赤になったまま、しばらく沈黙。でもけして重苦しいものではなかった。  
 そして。  
 
「社長…」  
「あ、いや、すまなかった!本当に!!」  
「許してさしあげます。」  
「ごめんっ…って…え?」  
「でも、次は許しませんからね?わかりましたか?」  
 言いながら、陽菜は目を閉じて体重を我聞の背中にかけた。伝わってくる我聞のぬくもり。  
体重を預けられたことで伝わる陽菜の心地よい重みと暖かさ。  
 
「あ…あぁ、もちろんだ………ありがとう。」  
 雪降る夜だが、二人の周りを暖かい空気が包んでいた。  
 
しばらくして。  
「…瓦礫。片付けなきゃな。國生さんも湯冷めしちゃうし。」  
ぽつんと我聞が言った。  
「あ…え…と……」  
 正直陽菜としてはもう少しこうしていたい気持ちがあった。その反面、我聞の気遣いが素直にうれしい。  
 どう返事をするか。ほんの少しの逡巡が  
 
悲 劇 を 引 き 起 こ す 。  
 
「さぁ!!やるか!!」  
自分に気合を入れるかのようにすっくと勢いよく立ち上がった我聞。  
しかしその背中には全く無防備に体重をかける陽菜がいるわけで。  
 
「うああああ!?」  
「きゃああああああ!????」  
 
ばっさああああああああっっっっっ  
 
 上と横で仮止めしてあっただけのブルーシートに陽菜が全体重をかけることになった。  
当然ブルーシートが人間一人を支えるほどの強度があるわけでもない。  
 脱衣所と外では当然ながら段差がある。  
我聞は脱衣所の床に腰掛けるような形になっていたので、陽菜はブルーシートを巻き込むように、後ろへ転がってしまった。  
 
(もしも段差や地面で後頭部を打っていたりしたらっっ)  
「國生さん!!國生さん大丈夫か!!」  
 
がさがさばさばさっ  
 
あせる我聞は急いでブルーシートを引き剥がしながら問いかける。  
 
ばさぁ!!!  
 
「ふぁっ!!す、すみません社長!大丈夫です!下にが雪が積もっていたのであまり強く打たずにすみ…まし…た…」  
「あ………ぁ………」  
 
ブルーシートを引き剥がすと。そこには。  
頭と腕で段差から落ちた体を支え、足を大きく開いてバランスを取った陽菜がいた。  
ん。当然。あそこ丸見え。アナルまで丸見え。しかも大開脚。  
 
「……………」  
状況認識ができず、悲鳴すら出せない陽菜  
 
「……………」  
状況認識ができず、目をそらすことすらできない我聞。  
 
その二人の目が合った時。止まっていた時間が動き始める…………  
 
 
1時間ほど後。  
 
ガラガラガラっ  
「お?果歩。優さんと国生さんも。」  
「あ。おにーちゃんお帰りっ。あ、わたしあがり〜!いちばん!」  
「トランプか?俺もあとで混ぜてくれ。」  
「ババ抜きだよー。それはそうと今までどこいってたの?」  
「お?おう。…脱衣所の周辺のがれきを拾ってたまでは覚えてるんだが…ふと気づくと森の中で寝ててな。」  
「……なんでそうなるのよ。まったく…風邪引かないでよね」  
「お、おうっ!体なら大丈夫だ。鍛えてるからな!」  
「…まぁ、何ともないならいいんだけど…とりあえず、お湯もらってくる。」  
「お。俺も行くぞ。一人歩きはあぶないからな。」  
ぱたぱたぱたぱた…  
 
「そうそう。はるるん。はるるんっ!この旅館幽霊が出るんだよぉ〜」  
「幽霊…ですか?」  
「うんうん。さっき部屋から遠目に見たんだよぉー…お風呂場の裏側の森の方でね〜。  
 全裸っぽい女が、倒れてる人影の頭をおっきな石かなんかで打ち付けてるの!」  
「…………」  
 
「で、遠くからかすかに『ワスレテクダサイ。ワスレテクダサイ』って半泣きみたいな声が聞こえてきてさー。  
 すわっ殺人事件かっ!と思って近くに行ってみたら、何にも痕跡が残ってないのだよ!!」  
「…証拠隠滅には自信がありますから…」  
「…へ?」  
「い、いえ、なんでもっ!しかし、優さん。本当になにも痕跡が無かったんですか?」  
「うみゅ。これはもう、幽霊の仕業としか!!」  
 
「…日頃優さんの癖を把握しておいてよかった…」  
「……うみゅ?」  
「あ、いえいえ。…それは怖いですね…優さんもお払いか何かしてもらったほうがいいんじゃないでしょうか?」  
「うぅーん…さすがに怖いしなぁ…かなちんあたりに頼んでみるかにゃぁ…って、わたしもあがり〜っと♪」  
「………また…負け……。」  
 
「どしたの?お兄ちゃん?」  
「…いや、ちょっと頭が…われるよーに…」  
 

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