「げほっ、おほ、ごほっ……」  
 
 朝。  
 一日の始まりであり、気合の入れどころ。  
 毎日訪れるなんてことのない時間帯。  
 
「……うぅ〜……」  
 
 そんななんてことのない朝から始まるある土曜日のお話。  
 
 
へいぼんしすたーず  
 
 
「……だるい」  
 
朝起きてみると体の異常に気が付く。  
熱っぽく、体が重い。  
喉も痛い。  
 
「風邪引いたかな」  
 
工具楽家ではあまり見られない出来事。  
そもそも体調管理は仙術使いには朝飯前であり、その才能がある斗馬と珠も常に元気である。  
決まって体調を崩すのは果歩だけであった。  
 
「もうこんな時間」  
 
 目覚ましで時間を確認し、現在時刻に少し参る。  
 
「ふぅ〜……」  
 
久しぶりに風邪引いたな  
最後に風邪引いたのって何時だったっけな  
そんなことを考えつつも、  
朝ごはん  
そうして果歩は戦場によたよたと歩き出していた。  
 
「果歩寝坊か? 修行が足りんぞ」  
 
はっはと、笑いながら洗面所から現れた兄がそう言っている。  
朝一番のあいさつがこれか  
正直、体調が悪いので放っておく。  
 
「ごめんね、今からご飯作るから」  
「おまえ風邪引いただろ」  
「………………」  
 
なぜだろう? この一瞬で、どこでそう判断したのだろう  
そんなに辛そうにしているのだろうか?  
あの兄に即座に見透かされてしまった  
……少しだけ悔しい  
 
「やっぱりそうか、じゃあおまえは寝ていろ」  
 
あいつらの分も作らないとな、  
そう言いながらキッチンに入っていった。  
少し誇らしげな兄が頼もしいと言うより腹が立つ  
……かなり悔しい  
しかし、こんなところで立ちっぱなしの元気もない。  
そう判断し、早々に自室に撤収することにした。  
 
「ふぅ」  
 
だるい、熱っぽい、喉が痛い。  
しかし、それより気になることがある。  
さみしい  
普段休みの日といえば、朝からエンジン全開の妹弟の相手で疲弊しきっている時間帯。  
そんな時間帯に一人で天井とにらめっこ。  
心身ともに参ってしまっている  
どこからか騒がしい子供の声が聞こえる  
……間違いなくあいつらであろう  
ご近所様の迷惑にならないことを心から祈る  
 
どうやってあいつらに言い聞かせるか考えていると、  
 
「果歩〜、飯だぞ〜」  
 
 そう言いながら我聞が入室してきた。  
 いいにおいがする  
 そういえばおなか減ったな  
 お盆に乗せられた土鍋からは湯気が……  
 ……土鍋?  
 
「お兄ちゃん、それなに?」  
「なにってお粥がろ」  
 
 病人にはお粥云々言っているがどうでもいい。  
 
「なんで土鍋なの」  
 
 必要最小限の会話で終わらせたいのだが、我聞相手だとそうもいかない。  
 
「今日昼帰ってこれないんだ。だから昼飯も兼ねて作っておいた」  
「お昼帰ってこないんだ」  
「あぁ」  
 
 その説明を聞いて納得できた。  
 が、次なる問題が浮上してきた。  
 
「斗馬と珠のお昼どうするの?」  
「あっ……」  
 
 ふぅ  
 陽菜さんみたくこめかみを押さえてみようかな  
 
「し、心配はいらんぞ! 俺がどうにかするっ!」  
 
 またまたご冗談を……  
 それでどうにかなったためしがないではございませんか  
 そんな兄の安請け合いを少しも信用してやることはできなかった。  
 
「そんなことより、冷めちゃうだろ」  
 
 頭の片隅にも残っていなかったお粥  
 どれ、しっかりとした批評のひとつでも入れてやりますか  
 
「ふーふー、はい、あーん」  
「……お兄ちゃん?」  
「なんだ? どうかしたか? 別に変な物はいれてないぞ」  
 
 本気でそう言ってのける兄が恐ろしい  
 普通この状況でわたしがなにを言いたいのか読み取って欲しいのだが、  
 我が家の誇る、全国屈指の朴念仁は気が付かないらしい  
 
「自分で食べられるんだけど」  
「おぉ、そうだな。ついいつもの癖で」  
 
 わるいわるい、と言ってはいるが罪悪感の欠片も感じられない  
 注意しているこっちのほうが赤くなってしまっている  
 まぁ風邪を引いているので、もともと赤いわけなのだが。  
 そもそも、そのいつもとはいつの事なのだろう  
 
「どうした? 食べないのか?」  
「食べるわよ」  
 
 そんなに見つめられたら恥ずかしいでしょ  
 しかしお腹は減っているのでありがたく頂戴することにする  
 
「………………」  
 
 ……なぜ凝視されているのだろう  
 正直 きついです  
 そんな事を考えているとあることに気が付く  
 
「おいしい」  
「そうかそうか、よかった〜」  
 
 安堵したのか、ため息を吐きつつ表情を崩す。  
 凝視していたのはこの為か  
 久しぶりの炊事である  
 家長としての威厳を保ちたい、そんなところであろう  
 なんともまぁ、わかりやすい兄である  
 病人であることを忘れ、笑顔で話を振ってくる。  
 
「ごちそうさまでした」  
「おそまつさまでした」  
 
 土鍋の中にはまだ大量にお粥が残っているのだが問題ない。  
 
「じゃあ、オレ仕事いってくるから」  
「いってらっしゃい」  
 
 そんなやり取りを終え、再び一人きりになる。  
 珠斗馬には近づくなと言ってあるらしい。  
 近づいてきても平気な気もするがそこは病人ということで我慢する。  
 
「ふぅ」  
 
 午前中休んで午後から活動するか  
 掃除して、洗濯もしないとなぁ〜  
 晩御飯どうしようかなぁ〜  
 だるいわねぇ〜  
 とりあえず寝るか  
 そんなことを考えながら果歩は夢の世界へ旅立っていった。  
 
「……っん?」  
「果歩さん、お目覚めですか?」  
「……ん、うん」  
「体調はどうですか?」  
「…まだだるいですね」  
「お昼食べられそうですか」  
「大丈夫です」  
「そうですか、では今から準備いたしますね」  
「ありがとうございます……って! えぇ!?」  
 
 目を覚ますとそこには陽菜がいた。  
 
「なっ、なんで陽菜さんがここにっ!」  
「? 社長が果歩さんが風邪引いたので面倒を見て欲しいとおっしゃいましたので。  
 あいにく社長は本日、昼には戻りませんので……私では役不足でしたでしょうか……」  
「いっ、いえ! もうぜんぜんかまいません! と言うかありがたすぎて涙がでちゃいますよ〜」  
 
 本気で俯いてしまった陽菜に悪いと思いあれやこれや言ってみた。  
 そんな中、頭の中では、  
 ――あのやろう  
 どうにかするって人任せかよっ!  
 そんな怒りと同時進行で陽菜の勘違いを取り払うという、  
 世間一般の病人では到底なしえないであろうことが出来ることから常日頃の混戦状態が目に浮かぶ  
 
「そうですか、ありがとうございます」  
 
 どうにか誤解を解くことに成功した。  
 いつもの暖かい笑顔の陽菜になっていた。  
 
「では、お昼の用意してきますね」  
「お願いし……あぁっ!」  
「どうしかしました!?」  
「掃除しないと、それに洗濯も」  
 
 そんなことを考えながら寝ていたので気になってしょうがなかった  
 この時間からだと急がないと夕方になってしまう  
 
「あの……」  
「なんですか? 陽菜さん」  
「掃除と洗濯やらせていただいたのですが……」  
「えぇ? なっ……お兄ちゃんに言われたんですか?」  
「いえ、社長には特に何も」  
 
 自主的に動いてくれたんだ……  
 
「やはり迷惑だったでしょうか……」  
「いえいえ、ありがとうございます」  
「では、とってきますね」  
 
 完璧だ  
 わたしの想像以上の嫁かもしれない  
 陽菜さんが工具楽家に嫁いでくれればどんなに充実した日々を過ごせることか  
 陽菜の行動にえらく感動した果歩はそんな事を考えながら号泣していた  
 きゃつめを逃がしてはならない  
 一人で勝手に盛り上がっている。  
 
「果歩さん、できましたよ……果歩さんっ!?」  
 
 そんな中、陽菜が帰ってきた。  
 果歩号泣中  
 
「いえ、お気になさらず」  
 
 そんな気遣いのできる陽菜にまた涙  
 もう涙は止まらない  
 
「そ、そうですか……」  
 
 意味不明な果歩を気にしつつも、大丈夫の言葉を信じて昼の準備を進める。  
 
「ふーふー、はい、果歩さん」  
「………………」  
 
 ど、どうするべきか  
 陽菜さんがふーふーしてくれているのに  
 ここはありがたく頂戴するか?  
 いや、一人で食べられますから  
 なんて冗談っぽく断るか?  
 そんな心の葛藤を繰り広げつつも、  
 
 パク  
 
 食べていた。  
 他ならぬ陽菜だから無意識に口が動いたのか、  
 はたまた、実はこういうのが意外に好きだったのかは定かではない。  
 しかし、陽菜のふーふーは決して悪い気はしなかった。  
 
「おいしいですか?」  
「えぇ、とっても」  
 
 陽菜が作ったわけではないのだが、このように答えておく。  
 そんな和やかな雰囲気の中、  
 神妙な面持ちで果歩が呟いた。  
 
「まったく、陽菜さんには迷惑掛けっぱなしで」  
「いえ、果歩さんにはいつもお世話になっていることですし、これくらいどうってことありませんよ」  
 
 疲労感、苛立ち、そんなものを微塵も感じさせないような表情でそう言った。  
 そんな言葉が心身ともに参っている果歩にはとてもありがたく、救いになった。  
 
「たかが風邪引いたくらいでこの騒ぎですよ? あ〜あ、わたしにも仙術が使えたらなぁ〜」  
「………………」  
 
 半分冗談と言った感じで話を進める。  
 
「珠と斗馬には才能があるのにわたしにはないんですよね。いわゆる何の取り柄もない凡人なんですよ」  
 
 そう言い終えると黙ったままだった陽菜が重い口を開いた。  
 
「陽菜さん?」  
「私は仙術を欲しいと思ったことは一度もありませんよ?」  
「え?」  
 
 果歩よりあの仙術の凄さを目の当たりにしてきた陽菜からの思いがけない言葉。  
 
「確かにあの力は素晴らしいものだと思います。  
 しかし、あれを使いこなすにはこれこそ血の滲むような修行が必要不可欠です。  
 私には到底マネのできない、とても大変で険しい道のりが待っているんですよ。  
 それに、仙術がなくても十分幸せにはなれますから」  
「でも……でもそれじゃお兄ちゃんの手伝いが出来ないじゃないですかっ!?   
 あの珠だってトレーニングしてるんですよっ!?   
 わたしにはただ見てることぐらいしか出来ないんです……  
 傷ついて帰ってくる兄を見てることしか出来ないんですよ……」  
 
 果歩の本心  
 常日頃から感じていた負い目  
 なにも出来ない自分  
 楽をさせることすら出来ない自分  
 感情が高まりそう言っていた  
 
「なにも前線でお手伝いしなくてもいいんですよ?  
 果歩さんはいつも社長が帰ってくる場所を守っているじゃないですか。  
 果歩さんの頑張りがあるから社長もおもいっきり頑張れるんですよ?」  
 
 果歩はその言葉をただただ聞くことしか出来なかった  
 
「それに果歩さんにはたくさんの良いところがあるじゃないですか!   
 料理が上手なこと  
 完璧な掃除洗濯が出来ること  
 みんなをまとめ上げる統率力があること  
 いつも笑って場を和ませること  
 そしてなにより、家族のために泣けること  
 どれも私にはなくて果歩さんにあるとても素晴らしく、価値のある取り柄だと思いますよ?」  
「………………」  
「それなのになんの取り柄もないなんて言っているとみなさん悲しまれますよ?   
 果歩さんはみなさんに愛されているんですから自身を持ってください。  
 そしてもし、この話を私でなく社長に話していたとしても、たぶん同じようなことをおっしゃると思いますよ?」  
 
 言葉が出ない  
 先ほど流した冗談の涙とはまた別の種類の雫が頬を流れ落ちてゆく  
 悲しいわけではない  
 痛いわけでもない  
 嬉しいわけでもない  
 原因不明の液体が後から後から湧いてくる  
 
「私もなにか特別な事が出来る能力者には分類されません。  
 普通の……平凡な一女子高生です。  
 しかし、私は毎日が楽しいですよ?   
 社長がいて  
 優さんがいて  
 中之井さんがいて  
 辻原さんがいて  
 部活の友達がいて  
 ……そして果歩さん、斗馬さん、珠さんがいて……」  
 
 そんな自分の事を優しく抱きかかえてくれる陽菜の手が温かく、  
 陽菜の温もりをずっと、ずっと味わっていたいと思った  
 
「だからもうそんな事を言ってはダメですよ?   
 みんな凡人なんです。でも取り柄のない人なんていないんですよ。私も果歩さんも」  
 
 そっか  
 やっと解った  
 少し遅れて原因を解明することが出来た  
 わたしの事をここまで考えててくれたんだ  
 だからきっと嬉し泣きなんだ  
 だったらもっと泣いてても良いのかな?  
 少し甘えてみても良いのかな?  
 少しワガママ言っても許してくれるかな?  
 
「陽菜さん……」  
「なんですか?」  
 
 蚊の鳴くような声で、でもしっかりとした意思を持って  
 
「……お姉ちゃん、って呼んでも良いですか?」  
「えぇ、もちろん」  
「…………お姉ちゃん」  
「はい、果歩さん」  
 
 少しムズムズするような気持ち  
 まだぎこちない即席の姉妹  
 でも今まで以上に深まった絆  
 そんな出来立ての新しい関係  
 
「わたし達似た者同士なんですね」  
「ふふ、そうですね。なんせ姉妹ですからね」  
 
 そしてどちらともなく笑い出す  
 笑いの絶えない家庭  
 何でも話し合える家族  
 仲の良い兄弟姉妹  
 そんなどこにでもある平凡極まりない家庭  
 でもどんな人間も憧れる理想的な家庭  
 
「そういえばお兄ちゃんもお、お姉ちゃんと同じように食べさせようとしたんですよ?」  
「そうなんですか?」  
「えぇ、言葉も一緒で。仲が良いんですねぇ〜」  
「ぐっ、偶然に決まってるじゃないですかっ!?」  
「照れちゃって、お姉ちゃんかわいいなぁ〜」  
「かっ、果歩さんっ!!」  
 
 そんな家庭の第一歩を踏み出しつつ一日は過ぎていった。  
 
「げほっ、おほ、ごほっ……」  
 
 朝。  
 一日の始まりであり、気合の入れどころ。  
 毎日訪れるなんてことのない時間帯。  
 
「……うぅ〜……」  
「國生さん、大丈夫?」  
 
 そんななんてことのない日曜日の朝。  
 
「社長……すみません、私のほうがお世話になってしまって」  
「いやいや、果歩のこと任せっぱなしだったし、むしろこちらこそすまないと思っているよ。本当に申し訳ないっ!」  
「いえ、楽しかったですし、それに……」  
「それに?」  
「秘密です」  
「はぁ」  
 
 なんの事だか解らないが下手に詮索する気持ちもなく、責任を感じている我聞。  
 一方陽菜は心なしか明るく見える。  
 
「陽菜さ〜ん、ご飯ですよ〜。って、お兄ちゃんなにやってんの?」  
「いや、國生さんの体調はどうかなと思って」  
「そんなこと言って、本当はナニするつもりだったのよ」  
 
 そんな事を言いながら復活した果歩が登場した。  
 お粥入りのお盆を持って。  
 
「だからお見舞いだってっ!」  
「そうですよ果歩さんっ!」  
 
 そんな二人のやり取りが面白くてしょうがない。  
 最近良く見る光景  
 今まで通りの時間が流れる  
 
「お兄ちゃんのご飯はちゃんと準備してあるから早く食べちゃってよ」  
「いや、しかし」  
「ほらほら、陽菜さんの看病はわたしに任せて。さあさあっ!」  
「何でそんなに張り切ってるんだよ」  
 
 その言葉に満面の笑みで  
 どこまでも響き渡るのではないかという声で  
 
「陽菜さんはわたしのお姉ちゃんだからっ!」 と  
 
 

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