「心配性ですね、かなえさんは」  
 
ここは福岡、静馬家の屋敷。  
我聞の修行の結果報告や、今後の指針についての打ち合わせなどのため、  
辻原が数日有給を取ってやってきたのである。  
本来は、静かで独特な空気の流れる場所なのだが、今は違った。  
かなえの怒鳴り声がその場を支配していた。  
 
 
「確かに修行は上手く行きましたけど、まだ暴走の危険性だってあるんですよ!?  
 楽観なんてできません!」  
 
強い口調でかなえが言う。  
 
「仙術が強化されたといっても、まだまだ彼は未熟です!  
 それなのに一人で真芝と戦わせようなんて!」  
 
 
かなえが怒るのも無理は無い。  
辻原はかなえに、十曲を呼び出して、我聞の成長を見極める計画を伝えたのだ。  
 
「我也さんの情報も仕入れられるかもしれませんし、一石二鳥じゃないですか」  
 
「それはそうですけど…、でもっ…!」  
 
 
(折角辻原さんが、蛍司さんが来たっていうのに…。私は…)  
 
かなえの胸の内は複雑だった。  
周りの誰も気付いてはいないだろうが、かなえは辻原を好いていた。  
本当は辻原と会えただけでも、飛び上がるほど嬉しかった。  
しかし、それを隠して、強い口調で抗議をしている。  
こわしや全体を取り仕切る彼女だからこそ、やらねばならない事とはいえ、自分の気持ちに素直になれないでいる。  
かなえはその葛藤に苦しんでいた。  
 
そのせいなのか、言葉に詰まり、思わずかなえは俯いてしまった。  
 
 
しかしすぐに顔を上げ、その胸の内を隠すように、声を張り上げ辻原に詰め寄っていった。  
 
「でも私は、やっぱりそんな事は、キャッ!」  
何時もの冷静さが無いせいか、かなえは石につまずき、前に倒れこんでしまった。  
 
ポスッ  
 
 
柔らかくて、それでいて温かくて、適度に硬い  
不思議な感覚にかなえは包まれていた。  
 
「だ、大丈夫ですか?」  
辻原が心配そうに問い掛けた。  
 
「え、あ、あの、あの、」  
 
かなえが居たのは、辻原の胸の中だった。  
流石辻原、と言うべきか、かなえが倒れた瞬間に素早く抱きとめていたのだった。  
 
ほんの数秒経ってから、かなえには何時間も抱き合っていたような気すらしたが、  
慌ててかなえは辻原から身体を引き剥がした。  
 
「わ、わ、私は認めませんからねっ!」  
顔を耳まで真っ赤にして、脱兎のごとく走り去るかなえ。  
 
 
 
 
「ハ、ハレンチだわ!」  
 
 
(でも…)  
 
(でも、気持ち良かった…)  
 
 
 
 
続く  

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