何事もなく平和な一日をすごし、ここ最近の日課となっている勉強を始めて少しのこと。
異変が少しずつ始まっていた。
部屋で二人っきりの勉強会
健全な一般的高校生基準で考えてみれば、ナニがあってもおかしくない状況で学習を進める二人。
しかし、我聞と陽菜だけは絶対にナニも起こらない。
そろそろイライラ限界の果歩が最終手段に出る。
二月十四日水曜日
勉強会も一ヶ月を過ぎ、陽菜の教え方、我聞のまじめな態度、家族のバックアップのおかげで、
赤点回避どころか平均点くらいの学力を身につけていた。
今日もいつものように勉強会は進む。
「陽菜さん、勉強見てもらいたいのですが……」
定型文句、果歩乱入。
「いいですよ、社長はこの問題を解いておいてください」
任せておけ!と言わんばかりの表情で返事をする我聞。
実際、我聞の勉強を見てもらっているのであって、そんな表情をする理由もないのだが
「ありがとうございました。流石陽菜さん!簡単に理解できましたよ」
と、いつもよりだいぶ早めに切り上げていく果歩、に少し不安がっている陽菜。
「しっ、宿題で明日指されるんですよ〜。いや〜宿題終わってよかったな〜」
などとお決まりの嘘の安売りをしつつ、切り返す。
「陽菜さん今日は泊まっていったらどうですか?今日の夕飯肉ジャガなんですよ。
でもまだ陽菜さんに食べてもらってないですし……」
ノルマ、夕飯、果歩乱入を考えるとお泊りは確実であり、そんな計算も速い陽菜は、
「社長、よろしいですか?」
こちらも定型文句
「あぁ、果歩の肉ジャガは美味いからな。楽しみにしておいてくれ」
心なしか久しぶりの肉ジャガに心躍っているように見える我聞。
「夕飯できるまで時間あるから勉強してなさい」
現実に引き戻され気合を入れなおす我聞。
「……社長、ほとんど間違っています」
現実の厳しさに打ちひしがれている我聞。
「では社長、勉強の続きを……」
陽菜が参戦した晩御飯は楽しく終了した。
果歩は必死に工具楽家の味を叩き込もうとしていたし、三人はいつもの光速戦闘を繰り広げていた。
陽菜も果歩の教えをメモしながら食事と楽しんでいるよう見えた。
「そうだな、まだ残ってるしな」
そう言いながら部屋に戻っていく二人。
ちなみに、後片付けはさせてもらえなかったのは言うまでもない。
「あんた達は手伝いなさい」
元気良く働く珠、しぶしぶ、本当に面倒くさそうに働く斗馬。に、
「ちゃっちゃと動きなさいっ!いつ来るかわからないでしょーが!」
そう言われてスピードを上げダルそうに活動再開。
果歩も凄まじいスピードで食器を洗っている。
「さぁ、いつでも来なさい」
「あれ、陽菜さん。どうしたんですか?」
陽菜が部屋から出てきていたので果歩が絡む。
「いえ、おトイレをお借りしようかと……」
まぁそんなことだろうと思っていた。
「陽菜さん、先にお風呂入ったらどうですか?」
普段は遠慮して最後に入っていたわけで、今回も遠慮するのだが果歩は気にするなと言う。
「ですが、社長には何も」
トイレにきただけなのでまだ勉強し続けている我聞のことを気にするも、
「大丈夫です。あれはそろそろのどが渇く頃ですから」
夕飯にたくあんがありましたし、と付け加える果歩。
社長のことをよく理解していらっしゃる、しかし、あれですか。
などと考えつつも
「ありがとうございます。では、お言葉に甘えて」
そう言いながら風呂に向かっていく陽菜。
「ごゆっくり〜」
「ちわ〜、果歩りんいる〜?」
「あれ、優さんどうしたんですか?」
のどが渇いたやつが出迎えた。
「いや〜、ちょーちね〜」
果歩と優さん仲良いよな〜なんて考えつつ、優を家に入れた。
「果歩〜、優さ……」
んが来てるぞ〜、お前に用があるそうだ。
言葉が続かない、頭が動かない、理解が追いつかない。
今我聞の目に映っている光景にかなり驚いている。
「えぇーいっ!沈めー!」
「あ、姉上ヘルプ」
「やらせないぞー!」
「させるかー!」
「ギャーっ!」
ここは工具楽家の居間であり、いつもは静かな、和やかなムードの工具楽家ベストプレイスである。
そのはずだが、今は戦場と名を変えている。
果歩には仙術の才能はない
そんな言葉が頭を通り過ぎていった。
珠は少しずつ仙術が使えるようになっているし、斗馬も男の子だ。
しかし、その二人を相手にまだ戦力温存といった余裕すら見せる果歩。
居間に鬼がいる
我聞ですら本気でゾッとした。
「まぁ終わるまで待たせてもらうよ」
笑顔が引きつっているのが印象的だ。
「じゃそうし「ギャーっ!!!!」
のどが渇いた、そんなことを考えながら戦線離脱。
水分補給が終わった頃、戦場から居間に戻っていた。
「果歩、風呂できてるか?」
息を整えようとしていた妹に少しビビリながらも聞いてみる。
「はっ、はっ? で、できてるわよ。でもい「姉上押さないで!」
横を見ると斗馬が飛んできた。
この場合の飛んできたは比喩でもなく本当に飛んできた。
「えぇいっ、しとめ損ねたかっ!くらえーーーっ!」
「ち、ちょっまげふぅ……」
「なんの!!真流星胡蝶剣!!」
「させるかっ!!」
「てやーー!!」
第2次工具楽家居間対戦が勃発された。と同時に斗馬戦死。
「そういえばいがっ……」
「ね、姉ちゃん!?」
攻撃を命中させた珠が一番驚いていた。
「……珠、覚悟なさい」
「おい果歩そのへんで……」
刹那、珠に馬乗りになり攻め続けた。
「うらうらうらうらーー!!」
「あっはっはっ、ねっ、姉ちゃん!!ギブギブっ、ひっ、あっ、あっはっはっは、ひ〜〜」
「優さん、國生さんに風呂入ってくるって言っといてください」
壊れた妹たちを見るのは精神に悪く、雰囲気もましになったので行動に出る。
「あれ、はるるんは?」
どこにいるか知らない(はず)の優に
「トイレだと思いますよ」
そうだよねぇ〜などと意味のわからない相槌を打ちながら見送った。
「果歩りん!成功だよ!って果歩りん!?」
「そらそら〜!!」
「ねっ、もっ、ひっ!あっ!む、が、あがぁ!ひっ!」
「……スミマセン、取り乱しました。」
落ち着いた果歩、落ち着かせた優、戦死斗馬、意識朦朧珠。
「ついに我々の勝利です!!」
拍手、そして今後のGHKについて話し合われ始めた。
「我が家はみんな仲が良いな」
他所のお家は口すら聞かない所もあるらしい。
世間一般のご家庭はそんなもんらしいが工具楽家は仲が良い。
「これも修行の賜物か」
などぶつぶつ見当違いなことを言いながらえっちらおっちら服を脱いでいる。
「それにしても怖かったな〜」
「社長」
「おぉ國生さん、こんなところにいたのか。いや〜果歩は危ないな、しっかりと面倒みてやらないとな」
「うぉ〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!」
「きゃ〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!」
工具楽家に響き渡る叫び声。
もちろん裸である。陽菜は浴槽の中にいたものの、
我聞はタオルを肩にかけたオヤジスタイル、当然フルオープンである。
「ごっごめん!知らなかったものでつい」
「い、いえ、こここ、こちらこそすっすみませんっ」
大混乱の二人、口も思うように動かない。
そして普段温厚な我聞ですらふつふつと沸き起こる怒りを感じていた。
「果歩のやつ」
大急ぎで着替え、そう言って走り出していった。
「社長!」
「果歩!!」
声を荒げて我聞が登場した。
「どうかしたの?そんなに慌てて」
死体二つには気にもせず優とのんびりお茶をすすっていた果歩に詰め寄りつつ、
「國生さんが入っていたぞ」
声のトーンがいつもと違うことに、浮かれ気味の果歩でも気づくことができた。
「いや、言おうとしたんだけど珠が邪魔して」
当然、最初から言うつもりなどなかった。
「それでも言わなければいけないこともあるだろ」
いつになく真剣な我聞に耐え切れず、
「照れちゃって〜、はr「果歩っ!!」
ビクつく二人、こんなに怒られたのは生まれて初めてかもしれない。
「社長、そんなに怒鳴らなくても……」
遅れて現れた陽菜が我聞を諭すも止まらない。
「國生さんは黙っていてくれ。
果歩、いくら國生さんが家族同然といってもやって良いことと悪いことがある。
確かにあの時珠がじゃれ付いていて言いにくかったのは分かる。
だが!!それでも言わなければいけなかったんじゃないか?
親しき仲にも礼儀あり、だろ!?
親父と母さんがいなくてお前に迷惑かけていた俺にも問題がある。
それでも!!もう中学生だというのに!他人を思いやる気持ちが無いということはどういうことだ!!」
「社長、何もそこまで言わなくてもよろしいじゃないんですか?」
「いや、今回はしっかり反省してもらわないといけないし、それまで許すつもりもない」
「社長……」
「國生さん。勉強の続きを頼む」
そう言い残して我聞は自室に戻っていった。
「果歩さん……」
下を向いたままの果歩が心配であるが、そのまま我聞について行った。
「じゃあ始めようか」
そう言って勉強を始めようとしている我聞。
その表情はいつも見ているほうが明るくなってしまうような笑顔と違い、引きつった笑顔になってしまっていた。
「社長……」
なんて言えばいいのかわからない、言葉が続かない。
そんな自分に少し憂鬱だ。
「あいつにさ……」
神妙な面持ちで我聞が語り始めた。
「掃除、炊事、洗濯。家事全部頼りっぱなしなんだ。
それだけじゃない、珠や斗馬の世話もしてくれている。あいつには頭が上がんないんだよな」
ははっ、と笑いながら続ける。
「大変なのはわかる、だから小さな失敗はしょうがないさ。
最近は俺の勉強のことも気にしていたし、失敗も重なるのもしょうがない」
実際は全部計算で動いていたわけであり、むしろ充実した日々を送っていた。
「俺の自慢の妹だよ」
そう言いながら我聞の表情は
「しかし、反省はしてもらわないと國生さんに失礼だ」
さっきまでの表情と違い
「それまで許すつもりもない」
少しずつ
「でも、素直に謝ってきたら」
少しずつではあるが
「あっさり許してやろうと思う」
すべてを包み込むように温かく、いつまでも見ていたいと思わせる
「それでいいかな、國生さん」
あの笑顔になっていた
「……國生さん?」
無意識のうちに自分も笑っていたことに気づく
「……もちろんです、社長」
よっしゃ、と、何も解決していないのだがガッツポーズ。
「じゃあ改めてがんばりますか」
そう気合十分の我聞であった。が、
「はい。あっ!」
当然声をあげた陽菜に驚く。
「……大丈夫?」
果歩のことかもしれず、少し表情が曇りかける。
「えぇ、べつに。とっ、ところで社長!今日は何日だかご存知だすか?」
呂律が回らない、動揺が隠せない、表情が戻せない。
何の前フリもなく陽菜からの質問。果歩のことでないと悟った我聞は即座に、
「二月の十四日だ」
「流石です」
社長たるもの日付くらい云々言ってはいるが聞いてもいられない。
「では社長、今日が何の日かご存知ですか?」
真剣な顔つきになる我聞。
建国記念日は修行で過ぎたし、
予選会や卒業式前日といったわけではない。
じゃあ何の日だ?そういえば学校で佐々木が何か言っていたような気がする。
ずるいとか、わけろとか、代わりにとか。何を?
「……チョコレート」
「えっ?……えぇ、そうですが」
我聞にしてみれば今恐ろしく恥ずかしいことを口走って動揺しているし、
陽菜も我聞の発言にさらに動揺している。
「も、もしよろしければ、どうぞ……」
かわいらしくラッピングされたプレゼントを手渡された。
我聞の反応を見たいが恥ずかしくて顔を上げられない、でも見たい。
そんな葛藤をしているうちに
「ありがとうございます」
丁寧に、深々と下げられた頭。
顔には明るく、テレが隠せないといった表情が張り付いている。
ふふっ、と、つい笑みがこぼれる。
「開けてみていいか?」
えぇ、と返事をするとすぐに開きはじめた。
当然中身はチョコレートであった。
実際、誰が作っても同じようなものになるであろう物が入っていた。
だが、家族以外から貰うことなど人生初であり、そう考えるととても特別なものに見えてくる。
「おいしい」
率直な感想、考えがまとまらないうちに口から漏れた言葉。
もうすこし気が利いたことをいおうと考えていたが経験が足りない。
そもそも、我聞なのだから不可能である。しかし、
「本当ですかっ!?」
今までのおどおどとした雰囲気はなくなり、ぱーっと花開くような笑顔で尋ねてきた。
「あぁ、本当だ。はい」
そう言って我聞がチョコレートを渡してきた。
が、食べさせる気である。
工具楽家では普段はこうなのかもしれないが恥ずかしい、でも食べないと失礼。
結局食べさせてもらってしまった。
「おいしいでしょ?」
それどころではない。
「えぇ」
味がわからないが、おいしいといってくれているのだからおいしいのだろう。
「でも悪いね、のぞいちゃったのに」
などとデリカシーのかけらもないことを言う我聞にため息を吐きながら、
「社長になら見られても平気ですから」
動揺とは怖いものである。
焦っていると口にするつもりのないことがさらっと出てしまう。
しかも大抵嘘ではないことである。
しかも言葉というものは取り返しがつかないものであり、一度言ってしまえばおしまいだ。
そんなことを冷静に考えられるのも走馬灯の一種ではないかと考えはじめ、
「あっ……」
声が出た。
今日はいろんなことがあった。
今日だけではない。
ここのところ仕事に授業、部活に家での勉強会。
失敗は果歩だけではない。
みんなに疲労は溜まっているのである。
「國生さん……」
なにも言わない我聞、正確に言えばなにも言えない我聞。
突然女の子にこんなことを言われて即座に反応できるわけもない。
陽菜としてもこれは事実であり、本音であるので今ここであれは嘘ですなどとは言えない。
そんなことを言うのは失礼だと思ったからだ。
そうすると消去法でなにをするかが決まる。
「あのっ、えっと」
勇気が出ない、否定してはいけない、言わなきゃ!
「私、社長にならなにされても平気ですから!!」
悪化した
普段から社長に落ち着きがないと邪険に扱ってきました。
もしかしたらあれは同属嫌悪だったのかもしれませんね。
などと考えつつ、すでに後戻りはできない。
次の行動の選択肢はすでに沈黙しか残っておらず、我聞を見る。
「國生さん……」
そう言って少しずつ我聞の顔が近づいてくるのがわかる。
このあと自分がなにをするのかも理解できる。
陽菜でもはじめてはロマンチックになどと考えてみたこともある。
しかしこの状況はなんだ?
ロマンチックとはかけ離れているではないか。
そんなことを考えていると、
――嫌?
そんな言葉が頭に浮かんだ。
――拒む?
しかしすぐに
――そんなはずない!
即座に否定ができた。
――社長となら
さっきの本心が背中を押す。
――社長だから
そう決心すると我聞の顔はすぐ目の前にまで近づいていた。
いつしか自分からも近づけていく。
いつのまにかお互いに目を閉じ
「「………………」」
軽く唇が触れ合う。
二人にとってはじめての行為。
始まりのキス
そんなファーストキス。
「チョコの味」
「なぁっ!?さっき食べていたからであって……」
そんなことを言い並べている陽菜がとてもかわいらしく感じる。
「しゃっ、社長!なに笑ってるんですか!?」
気がつけば笑っていたらしい。
「いや、ちょっとね」
ふふっ、とか言っていた。
陽菜としては理由をぜひ聞かせてもらいたいのだが、あの顔を見るとどうでも良くなってくる。
平穏
本業の数も減り、赤字ではあるが楽しく、やりがいのある仕事。
そんな仕事場でも常に笑顔の社長。
以前はなんとも思わなかったあの笑顔。
心を開けば開くほど伝わってくる温かさ。
なにもかも包み込む包容力。
みんなの太陽みたいな存在。
そんなことを考えているうちにいつしか陽菜も笑っていた。
「じゃあ國生さん、これからもよろしく」
「はいっ!」
そう言ってはにかみながら軽く握手。
好きとか嫌いとか関係なしにずっと一緒にいたい存在。
そうして二回目である、
セカンドキス
「お兄ちゃん!陽菜さん!さっきはごめんな……さ………い?」
阻止された。
マジでキスする二秒前。事後にも見えるかもしれないところで果歩乱入。
浅かった。
常に兄と兄嫁(候補)のことをまず第一に考えて動いているつもりだった。
他人への思いやり、周りへの配慮、行動後の後始末。
そんなことを考えさせられる、もっともなことを兄が言っていた。
そんな人間としての当たり前のことをいまさら忠告される。
恥ずかしい 悔しい
そんな後悔で胸が痛い。
そんなことを考えながらうつむいたままの果歩。
――陽菜さんに悪いことしたな
優が慰めを入れるも聞いている様子はない。
そもそも、いい年した大人が混ざっているのであって、優ももう少し反省するべきなのだが。
「GHK解散の危機かもしれません……」
落ち込みも和らぎ、優の言葉には返事もせずつぶやいた。
「かほりん、一度謝ってから考えようよ」
そんな言葉にとても励まされた。
「解散はそれからでもおそくないでしょ?」
あまり見せないお姉さんオーラを出しつつ肩をなでる。
「そうですね!」
突然立ち上がった。
「おぉう!?」
「今すぐ謝ってきます!」
そう言って果歩は駆け出した。
――しっかり育ってるじゃないの、我聞くん
よっこいせ、なんて言いながら死体を復活させに行った。
「「「あっ」」」
声も重なり時が動き出す。
「ごっ、ごゆっくり〜……」
「まっ、待て果歩!!」
「果歩さんっ!!」
すでに果歩の気配すらなくなっている。
「どうするか」
「どうしましょう」
「緊急事態です」
一瞬で帰還した果歩は言い出していた。
「ど、どうしたの、突然」
果歩のさっきまでの態度と違い、迫り来る迫力に焦る森永優
「お兄ちゃんと陽菜さんがキスしようとしてました」
「「なにぃ〜〜〜〜!!!!」」
凄まじい叫び声は我聞達にも聞こえるだろうがお構いなし。
ちなみに珠は動じない。
「やったね!!果歩りん!!」
「えぇっ!!ついにこの日がきたのです!!大勝利ですっ!!」
騒ぎ出す三人、考える一人。
(寝てる間になにがあったんだ?)
風呂できてるか→気絶→起こされる→キス事前
そんなことを考えていた。ので、
「あ、姉上」
おそるおそる聞いてみる。
「なによ、あんたも喜びなさい!珠を見習いなさいよ」
珠と優は踊っていた。
見習えって……って、それより
「事前だった?」
「えぇ、そうよ」
なにを今さらといった感じに答える果歩。
「いや、だから何もなかったということでは」
「「あぁ〜〜〜!!!」」
叫ぶ二人。
「たっ、確かに」
うろたえる果歩。
「いっ、言われてみれば」
よろめく優。
「あたしが入っていったばっかりに」
軟体動物のように崩れ落ちる果歩。
「果歩りん!?」
優がサポートするが、さっきよりも落ち込んでいる。
そんな中、
「みなさん、おジャマしました〜」
何事もなかったように帰宅しようとしている陽菜。
「はっ、陽菜さん!!」
「はっ、はい!」
今にも泣き出しそうな果歩。
「ナニかありませんでしたか!?」
そんなど真ん中ストレートで聞いてみる。
「なっ、なにもあるわけないじゃないですかっ!でっ、ですよねっ、社長っ!」
「あっ、あぁ!もちろんだ。社長たるものがぐぅ」
陽菜のヒザ蹴りが炸裂した。
普通、こんな光景を見せられたら大概気づくものなのだが、
今のGHKは心中穏やかでなく、動揺しっぱなしであり、気づかない。
そもそも落ち着いていても気がつかないというのも事実である。
「陽菜さん、お泊りの約束は」
最後の力を振り絞った一言。だが、
「実は急用ができましたので、本日は失礼させていただきます」
えぇ〜と、なぜか優まで参加して駄々こねている。
さっさと逃げ出したい陽菜は、
「ではこの辺で。社長、また明日」
「おやすみー」
などと普段の会話をしている。が、
「こんな暗いんだから送っていくのが男ってもんでしょーがー!」
うが〜っと騒ぎ出した果歩。しかし、ここで出て行ったら負けなので引けない。
「國生さんは急ぎの用事らしいから走って帰るらしいからな」
冷静を装っているつもりだが動揺がまったく隠しきれていない。
「それでも送っていけー!!日本には古来から送り狼と言う伝統があるだろうがー!!」
「伝統じゃないだろ!優さんと一緒に帰ればよかっただろ」
「優さんはまだ帰らないよ〜」
「まだ間に合う、行けぇ〜〜!!」
………………………………………………………
二月十五日木曜日
大混乱となった一日が明け、朝を迎えている。
果歩と優に攻められっぱなしではあったものの、我聞からはなにも有力な情報が得られず解散となった。
昨日の説教はうやむやになってしまっているが、そこは工具楽家というものである。
「おはよー!!」
珠の朝とは思えないさわやかなあいさつ。
「はいはい、おはよ。珠〜、今日何曜日〜?」
ごみ溜まってきてるわねぇ〜、なんて主婦じみたことを言っている。
「んとね〜、十五日の木曜日だよ!」
はいはい木曜日ね。えっとごみは……ん?
「二月十五日?」
「木曜日!」
律儀に曜日を言い直す妹。だが、
「きゃ〜〜〜!!!!!」
「果歩さんっ!どうかしましたか?」
「なにごとだ、なにごとだ」
陽菜が家に飛び込んでくると同時に、兄が出てきた。
「きっ、きっ、昨日バレンタインデーだった!!」
そんないまさらな話題で叫ばれても、などと考える余裕もなく赤くなる二人。
「陽菜さん!!」
「はいっ!」
突然の呼びかけに驚き、同時に身構える。
(ボロをだすわけにはいきません)
「兄に、我が家の長男にチョコレートは」
「勉強で忙しかったもので忘れておりました」
あぁ〜っ、と言って崩れ落ちる果歩。
このまま長居はまずい!と判断し、
「社長、行きましょう」
「えっ、まだ早くないか?」
空気を読め
目で訴えかけてみた。
「そっ、そうだな。じゃあ行ってくる」
まって〜、なんて言っているが陽菜が激怒している(ように見えた)ので振り返らない。
作戦は大失敗だった。
まさか陽菜がそこまで勉強に力を入れていてくれるとは考えていなかった。
そもそも作戦にバレンタインデーなんて組み込まれていなかった。
一日で果歩の精神は恐ろしくすり減らされてしまった。
「いいえ、負けてらんないわ」
ぐっと、握りこぶし。
「次よ、次で完全に我々が勝利を収めるのよ!」
玄関で一人盛り上がっている果歩。
学校に遅刻したのは言うまでもない
「早く出すぎじゃないか?」
果歩の追及のことも考えると妥当な判断だと思うが少しばかり早すぎる。
「そうですか?たまにはこれくらいの時間に家を出るのも良いのでは?」
陽菜と一緒に登校している時点で時間にはだいぶ余裕があるわけだが、
「たまにはいいかもな。朝早くから活動すると得したような気がするし」
「そういえば社長」
「どうかしたか、國生さん」
「今朝果歩さんがおっしゃっていたことですが」
バレンタインデーがどうのと言っていたやつだろうな、などと考えながら相槌を打つ。
「社長に渡していないことになっていますのでごみの処理等気をつけておいてください」
「あぁ、そのことか。心配はいらんよ」
いつもの根拠のない自信、不安でしょうがない。
「それに捨てる気はないしな」
「社長?なにかおっしゃいましたか?」
「いや、なにも。それより國生さん、急ごう!」
「えっ、しゃっ、社長!」
「まだ時間ならたっぷりありますから!!」