「さて、それでは恒例の工具楽家秘密会議を始めます」
雨戸を締め切った部屋に、何故か灯かりは数本の蝋燭のみ。
そして、そこに集うは工具楽家の長女・果歩を中心に、次女・珠、次男・斗馬、そして・・・
「あの、社長の家はいつもこういう雰囲気で会議をなさるのですか?」
「いや・・・俺も初めて知ったんだが」
「ですが、恒例って・・・」
「あ、あははは、ちょっと雰囲気を出そうってだけですから!
あまり気にしないで下さい陽菜さん!」
いつもの会議なら絶対にいてはならないはずの二人、更には、
「雰囲気なんて会議とは全然関係ないでしょーに、そういうところはホント、低脳ね〜」
「まぁ、ガキだよな」
「そこの二人うるさいっ! 工具楽屋出禁にするわよ!?」
「んだとこのクソガキ! おめーはいつもいつも・・・!」
「大体なんの権利があってアンタが言うのよこの薄胸!」
と、いつものこの場においては障害物扱いの二人までもが揃っている。
「ま、まぁまぁ皆さん落ち着いて!
それより果歩さん、皆を集めてのお話というのは・・・?」
「はぁ、まぁでは始めますが・・・
今日皆さんに集まって頂いたのは、実はある計画を実行に移すために協力して貰いたいからなんです」
「ほう・・・計画?」
「うん、できるだけこっそりとやりたいんだけど、人手が多い方が助かるの」
「もったいぶった言い方だな」
「具体的にナニをしたいワケ?」
「む・・・」
番司と桃子のちょっと棘のある物言いに不機嫌そうな目をする果歩だったが、
イチイチ相手にしていても進まないと悟っているのか、そこは流して、
「じゃあズバリ言うわよ」
思わせぶりにひと呼吸おいて―――
「優さんと辻原さんをくっつけようと思います」
その、シンプル過ぎる言葉にとりあえず皆、一様になるほど、と頷きかけて・・・
「「は・・・?」」
と、番司と桃子。
「「あ―――」」
と、我聞と陽菜。
「「おぉ―――っ!」」
と、珠と斗馬。
三組三様のリアクションは、それぞれの認識の違い故。
「ね、ねぇカホ、いきなり何を言い出すのよアンタ・・・」
「あぁ、それはそれで飛躍しすぎっつーか・・・意味がわからんぞ・・・」
工具楽屋の関係者ではあれども、番司と桃子はそこまで深い関わりを持っている訳ではなく、
話が突飛過ぎて果歩の意図が全くわからない。
だが一方で、
「そういや・・・前に辻原さんのお見舞いに行ったとき・・・」
「なんと言いますか・・・凄く、いい雰囲気でしたよね、優さんと辻原さん」
辻原がまだ入院していた頃、工具楽の兄妹達と陽菜とで彼の見舞いに行った時のことを思い出す。
たまたま彼らより先に優が辻原を見舞っていて、
二人が楽しげに話していたのを病室の外から聞いてしまったのだ。
「確か・・・ケッコンがどうとかなんとか・・・」
「はい、そういう類のお話をされていたような・・・」
と、なんとなく気恥ずかしげに二人は顔を見合わせる。
武文が旅立つ際に残した爆弾発言のせいで、ことある毎に“そういう類のお話”で揶揄されている我聞と陽菜は、
その手の話題についつい敏感になってしまっているのだ。
「か、カホ! と、とりあえず二人が脈がありそうだってのはわかったけど、
何でその二人をくっつける手伝いなんかするワケ!?」
唐突に妙な雰囲気を醸し出し始めた二人にある種の危機感を抱いたか、
その様子をニヤニヤと眺める果歩に向けて桃子が慌てて話を振る。
トーンアップした桃子の声に我聞と陽菜もハッとして、やはり慌てて目を逸らし、
そんな赤面した二人―――特に我聞のことを番司が睨んでいたりするのも、
最近ではよくあることだったりするのだが・・・まぁ、それはともかく。
「うん、私もお兄ちゃんと陽菜さんと一緒に優さん達の話を聞いちゃったんだけどねー、
あの二人・・・なんか素直になれなそうだと思わない?」
「ま・・・まぁ、そうね・・・ユウが素直って、なんていうかイメージ出来ない・・・」
「辻原さんは、まぁアレはなんつーか、言うこと全部胡散臭いしなァ」
「そうなのよねぇ・・・でも私達、優さんには散々お世話になっているし、
恩返しをするべきかと思ったワケなのです!
辻原さんを譲るのは正直悔しいんだけど!
ここは敢えて涙を呑んで!」
ずい、とちゃぶ台に乗り出して力説する果歩。
だが・・・
「ええと果歩、優さんに世話になってるって、俺や國生さんはわかるけど、
なんで果歩がそこまで言うんだ?」
「何でって、そんなのGHKで散々―――」
「GHK、ですか・・・? それって一体・・・」
「あ! あぁ、いや、あは、あはははは! な、何でもありません! ありませんから!
と、とにかくです! 私も優さんには色々とお世話になっているんです、色々と!」
「は、はぁ・・・」
何のことだかさっぱりだ、とばかりに顔を見合わせる我聞と陽菜、
そして何のことだかさっぱりではあるが、直感的に自分たちにとって厄介な存在であると感知したらしく、
ジト目で果歩を睨む桃子と番司。
「ま、まぁとにかく!
優さんと辻原さんが幸せになるお手伝いをしようってコトなんだけど、どう!?
いいアイデアだと思わない!?」
これ以上そっちのコトで突っ込まれると色々と露呈してしまいそうで、
果歩は強引に話を進めて誤魔化しに入る。
「ん〜、そうねぇ・・・面白そうではあるけど・・・」
「なんかカッタリぃなぁ・・・」
とは言え、果歩の挙動が不審なのも手伝って、この二人はイマイチ乗り気にならない。
・・・が、これは彼女の想定のうち。
「んもう、アンタらノリ悪いわねー。
どう、お兄ちゃんに陽菜さんはいいアイデアだと思うでしょ〜?」
「む・・・確かにそうだな・・・辻原さんにも優さんにも、俺はいつも世話になってるし・・・」
「それに、病院でのお二人の会話を聞いた限りですと、
満更でもないと言いますか・・・的外れということは無いかと思いますし・・・」
「じゃあ、そうだな、俺たちも手伝うとするか!」
「はい!」
それはもう果歩の予想通りに話は進み、二人は彼女の申し出を快諾する。
似たような企みで実は自分達が結構色々な目に遭わされているなど、夢にも思ってはいないのだ。
そして、この二人が参加するとなれば・・・
「で、あんたらはどうする?
それなりにメンツは揃ったし、別に無理にとは言わないけど〜?」
「う・・・い、いいわよ! そこまで言うなら少しくらい手を貸してあげないことも無いわよ?」
「あ? あ、ああ、仕方ねぇな、ったく・・・」
「ふ〜ん、いいのよ〜? ホントに無理しなくても?」
「う、うるさいわね! やるって言ったらやるわよ!」
「俺もやるってんだよ!」
「はいはい、それじゃあ精々働いてね〜」
ニヤニヤと笑って、果歩は二人の殺気混じりの視線を余裕で受け流す。
勿論、二人とも優と辻原のことが気になったのではなく、
我聞と陽菜をそういう雰囲気の中に放置することに危機感を覚えたのである。
下手に話が上手く進んだりして、
その場の雰囲気でこの二人までいい感じになってしまわれては手に負えないし、
常々からこの二人をくっつけようとしている果歩の指揮下になんぞ入れてしまっては、
ドサクサに紛れて我聞と陽菜が何をやらされるかわかったモノではない。
ならば、同行して見守らねばなるまい、というワケだ。
「そ、そんなことはいいからよ! それより、具体的に何か考えてんのか?」
「そうよ、これだけ人数集めといて何も考えてません、じゃそれこそ低脳もいいとこよ!?」
会議を進めるというより話題を逸らしたような形ではあるが、
果歩も二人をからかうためにこの場を設けた訳ではない。
「ふ・・・甘く見てもらっちゃ困るわね・・・じゃあ全員協力ってコトで話を進めるわよ?」
つい、と果歩がちゃぶ台に身を乗り出して声のトーンを落としたので、
他のメンツも少し迷ってからそれに倣い、ちゃぶ台の上で頭を突き合わせて頷いて同意を示す。
「ではまず概要だけど・・・・・・二人にデートさせちゃおうと思います」
「いきなり!?」
「そう・・・と言ってもあの二人だけってなると簡単には行かないだろうし、
ここは私達が二人を誘う、という構図を取ろうと思います」
「む・・・だが果歩、やはりその、デ、デートと言うからには、やはり二人きりにさせるべきではないのか?」
「ふ〜ん、お兄ちゃんはデートするなら二人っきりがいいんだ〜♪」
「い、いや! それは、その、俺がとかじゃなく! 普通はそうなんじゃないかって!」
武文の爆弾発言からそれなりに時間も経っているのだが、この手のからかいには相変わらず耐性がつかず、
我聞はいつも通りにうろたえて取り乱す。
そんなやり取りを聞いて何故か恥ずかしそうにしている陽菜と、
何故か殺気立った視線で我聞を睨む番司も、いつも通り。
「そっか、ガモンはデートは二人きりがいいんだ、まぁ当然よね〜」
そして何故かほわほわと夢見るような表情でどこか遠くを見ている桃子もいつも通りなら、
「ま、相手はまずアンタじゃないから心配する必要ないわよ」
という果歩のツッコミも、これまた言わずもがな。
「んな! ・・・ったくアンタはいつもいつも・・・!」
「あ〜ら仕方ないじゃない、だって本当のことでしょ〜
なにせお兄ちゃんにはパパ公認の―――」
「か、果歩さん! 桃子さんも! い、今は話を進めましょう!」
矛先が自分に向けられそうになって、今度は陽菜が慌てて本筋に話を戻そうとする。
「こらクソガキ! 陽菜さんが困ってんじゃねーか!
だいたいだな! いくら、お、お父さんとは言えだ!
いきなり嫁がどうこうなんて言われても迷惑ってモンですよね、陽菜さん!」
「い、いえ、それは・・・」
「え〜!? 陽菜さん、そうなんですか?
お父さんがああ言っても、陽菜はお兄ちゃんのお嫁さんはイヤですか・・・?」
落胆した風に言う果歩。
・・・もちろん、演技。
「い、いえ! 決してそういうワケでは!」
「あ、そうなんですか! よかったね〜お兄ちゃん♪」
「んなっ!? か、果歩! 國生さん困ってるだろ! その辺にしとけ!」
「あら、じゃあお兄ちゃんは陽菜さんがお嫁さんになってくれるのはイヤなの〜?」
「い!? いや! け、決してそういうワケでは・・・」
結局それ以上何も言えず、武文の“あの発言”の時と同じように、我聞と陽菜は真っ赤になって俯いてしまう。
真っ赤になりながらも互いが気になるのか、ついちらちらと見てしまうのもその時と一緒で、
・・・要するに相変わらずなのである。
あれから半年も経とうかというのに全く進歩しない二人を果歩達姉弟は楽しげに、番司と桃子は不満げに見守る。
「と・・・・・・とにかく! 今はそれよりも優さんと辻原さんです!
果歩さん、会議を進めてください!」
「そ、そうだぞ! とにかく俺達みんなで辻原さんと優さんをデ、デー・・・つ、連れ出すんだな!?」
その空気に耐えかねて陽菜と我聞が強引に話題転換を試みると、
「んー、まぁそうね、じゃあ話を進めましょうか」
果歩は未だニヤニヤしたままでそう宣言して、一枚の紙切れを取り出す。
自然と皆の視線がそこに集まったところで、
「で、優さんと辻原さんをくっつける舞台なんだけど、
実は私、先程商店街の福引でこんなモノを引き当ててしまいました」
「む・・・?」
「福引? 一体ナニを・・・?」
蝋燭の灯りではイマイチはっきりと見えず、皆一様に頭を突き出してちゃぶ台の上の紙切れを覗き込み・・・
「「遊園地だ!」」
それまで果歩と共に笑ったり囃し立てたりするだけだった珠と斗馬が思わず叫ぶ。
そう、そこに載っている写真はジェットコースターや観覧車といった、
いかにも幼い妹や弟の喜びそうなアトラクションでいっぱいなのだ。
「これは・・・団体用無料パス、ですか・・・
これなら確かに、優さんや辻原さんを誘う口実としても使いやすそうですね」
「ですよね! これを見せて・・・そう! 辻原さんの快気祝いってことにでもすれば、
辻原さんも誘いやすいし!」
「むぅ、なるほど・・・・・・そういえば退院してからは結構経つけど、完治したのは最近だったな。
ともかく果歩! 我が妹ながらよくやった!」
「ふっふ、私が本気になればざっとこんなもんよ!
・・・ま、本当は温泉旅行のペアチケットを引いて、誰かさんに押し付けようかとも思ったんだけどね〜♪」
にやり、と薄笑いしながら再び我聞と陽菜に目を向けて、二人を慌てさせようとするが、
「でもこれって結局、たまたま当たった遊園地に皆で行く口実を作りたかっただけじゃないの〜?」
そんな果歩に、桃子のニヤニヤとした薄笑いが向けられる。
「んな!? じゃあアンタは来なくて良いわよ!」
「な、なんでそうなるのよこの薄胸! 意味わかんないわよ!」
「うるさいこの控えめ胸! それにね、デートなんかしたことないだろうアンタにはわかんないでしょうけど、
遊園地ってのはお化け屋敷とかジェットコースターとかその他色々、
上手く二人きりにさせられれば思わずイイ感じの雰囲気になっちゃうようなアトラクションも満載なのよ!
くっつけるには最適な場所なんだから!」
「くっ! ち、地の利があるのはわかったけど、デートはアンタだってしたことないでしょーが!」
「ぬむむ・・・!」
「ま、まぁ果歩さんも桃子さんも落ち着いて!
折角ですし、皆さんで行きましょう!」
「は、はぁ・・・まぁ陽菜さんがそう言うなら・・・」
「そ、そうね、ここはハルナに免じて・・・」
陽菜だけでなく、勢いで暴走しかけた果歩と桃子も密かにやれやれ、と胸を撫で下ろし、
横道に逸れてばかりの会議は再び本題に。
「えーと、じゃあ目的はここにいる皆で優さんと辻原さんをくっつけること、
それで舞台は遊園地・・・・・・ここまではOKね?」
一同、頷いて賛同の意を示す。
「じゃあ、この計画の方針なんだけど―――」
こうして果歩主導のもと、秘密の会議は更なる紛糾を挟みながらも続けられるのであった。
―――一方その頃、工具楽屋の事務所にて。
「・・・ふぅん・・・なるほどね〜♪ 面白いこと考えてるじゃない、果歩りん♪」
「どうしました、優さん?」
「ん〜、いやー、ちょーっち、ね〜♪」
そうは言っているが、ヘッドホンに聞き耳を立てながら独り言を繰り返したり笑ったりするのは、
はっきり言って怪しすぎる。
それが仕事中なら尚更である。
「優くん・・・仕事・・・」
「あ、あははっ! イヤだなぁ仲之井さん! これはれっきとした試作品の性能試験中だよー!」
「む・・・そうじゃったか・・・」
「そうそう! 決してサボったり遊んだりしてる訳じゃないからね〜」
仲之井としてはかなり釈然としないものもあるのだが、
一応、事前に優からどのようなものを開発してどのようなテストをするかについては報告を受け、
それを了承している手前、無下に止めさせることも出来ない。
「で、テストの経過はどんな具合じゃな?」
「うん〜♪ 音声も画像もバッチリ良好!
蝋燭の灯り程度でもちゃーんとヒトの表情までわかるくらいだし、今のところは問題無しだね〜♪
あとは耐久性とか持続時間とかその辺のテストもしなきゃだから、もーちょっと続けるね」
「むぅ、わかった」
彼女の独り言からして、どうも既にテストが目的ではなくなっているようにも思えるのだが、
テスト自体は順調に進んでいると判断できたので、
それ以上は敢えて何も言わないことにする仲之井なのであった。
ちなみに優がテストをしているのは新開発の虫型の小型偵察ロボット、その名も“ジュゲムくん”。
・・・要は桃子から技術提供を受けて音声だけでなく画像まで受信できるように改良した、
“パタパタくん”の発展型後継機なのである。
で、優はというと・・・
「・・・ところで辻原君、今週末はお暇かな?」
「はぁ、まぁ本業でも入らない限りはヒマですけど?」
「よしよし、じゃあきっと、果歩ちゃんか我聞くんから何かしらのお誘いがあると思うから、
そのまま予定空けといてね〜♪」
「はぁ」
同僚の浮かべるいかにも“悪そうな”笑顔から、
十中八九何か良からぬコトを企んでいるであろうとは予測できるが―――
(まぁいいでしょう、ヒマですし、それに―――)
優が洩らす独り言から、良からぬコトを企まれている対象はまず間違いなく自分ではなさそうである。
なので、
「何が何だかわかりませんけど、取り合えずそのつもりでいることにしておきますよ」
「うむ! よろしい! では当日はきっと私と一緒に行動だから、ノリをよくして参加すること!」
「はは、まぁやってみます」
「よしよし、流石は辻原君、では週末を楽しみに!」
もはや仕事中だとかテストだということはほとんど忘れていそうな感じで、
―――ふふふ、果歩りんったら、なかなか味なことしてくれるじゃない・・・
―――それじゃあ折角の好意には、私からも好意でお返ししてあげなきゃだね〜♪
にやーっと悪い笑みを浮かべる優の心はどうやら既に週末に旅立っているようであった。