そんなこんなであっと言う間に週末。
本業が入ることもなく天気も快晴、寒くも暑くもなくまさに絶好のお出掛け日和。
「いやー、晴れてよかったですね〜♪」
「うんうん! 遊園地なんて久々だから楽しみだよ〜」
テンション高めの声で楽しげに話す果歩と優を先頭に、
総勢9名の工具楽屋一行はエントランスをくぐり、目的地の遊園地に到着する。
と、早速―――
「にーちゃん! あれ乗ろう! あれ!」
「兄上! 空いているうちに開幕ダッシュが全制覇への近道ですぞ!」
「よっしゃいくぶべっ!?」
げししっ! ・・・と。
はしゃいで駆け出そうとする工具楽家の面々を、果歩の回し蹴りが一掃する。
「お兄ちゃん! 珠も斗馬も!
来た瞬間に今日の目的忘れてんじゃないわよっ!」
「う・・・スマン、つい・・・」
「まったくもー! ハナから先が思いやられるわ・・・」
そう言って、果歩はいかにも“やれやれ”といった感じで溜め息をつく。
「まぁまぁ果歩りん、折角遊びに来たんだし、固いこと言わなくてもいいんじゃなーい?」
「ですが、それだと計画が・・・」
「ちょっとカホ!」
「あ・・・! あは、あはは!
いやー、効率的に回る為の計画が台無しになっちゃうかなー、なんて!」
「なるほど〜、流石果歩りん、手抜かりはないね〜! あはは〜」
「も、勿論ですよ! あははははっ!」
危うく“計画”の対象にその存在を漏らしかけたところを桃子に引き止められて、
果歩は慌てて引き攣った笑いで誤魔化しに走る。
もちろん果歩は全て優に筒抜けだ等とは夢にも思っていないし、
優もまたそのことを知らせるつもりも無く、
かくして二人は不自然に笑い続ける。
その様子は開園直後のまばらな人影が露骨に避けて通るくらいに怪しくて、
「あの・・・それでは、何処から回りましょうか?」
「あはは・・・あ、そ、そうですね! それじゃあまずは・・・」
見かねた陽菜が越えをかけると、それで果歩もはっとして、
慌てて何やら色々と書き込まれたパンフレットを取り出すとざっと眺め―――
「うん、じゃあまずは・・・あそこからです!」
そう言って近くにある建物を指差す。
「・・・お化け屋敷?」
「はい! まぁそんなに盛り上がる程怖くはないかと思いますが、
最初はウォーミングアップってことで軽いところから行きましょう!
・・・辻原さんもそれでいいですか?」
「はは、私はこういう所は不案内なので、皆さんにお任せしますよ」
「んじゃあ決まりだね! では―――」
と優が足を踏み出しかけたその時。
「行くわよアンタ達!」
「「らじゃ〜!」」
桃子と、それを追うように珠と斗馬が猛然と走り出し、
誰が止める間もなく三人は建物の中へと消えてしまう。
「あら・・・ったく、桃子まで子供みたいにはしゃいじゃって」
三人を目で追いながら呆れたように言う果歩だが―――これは事前の計画通り。
「桃子ちゃんたら、はりきってるわね〜♪ じゃあ私たちも続こうか!」
「あ、まって下さい優さん!」
改めて足を踏み出そうとする優を、今度は果歩が制止する。
「んむ? なんだね?」
「はい、先走った桃子たちはいいとして、折角こうして男女三人ずつ残った訳ですし、
ペアでも作って順番に入っていく、ってのはどうでしょう? ほら、肝試しみたいに!」
「お〜、それは面白いかもだねぇ!」
「でしょでしょ! じゃあ早速ペアを決めて、ヒトが少ないウチに行っちゃいましょー!」
果歩の提案は呆気ないほど簡単に受け入れられ、
しかも二人とも妙にテンションが上がってきている。
「・・・なんであの二人、あんなに楽しそうなんだ?」
「いつも思いますけど、息もぴったりですよね・・・」
「うむ・・・」
そんな果歩と優の様子を、不思議・・・というよりなかば不審そうに眺めながら、
我聞と陽菜は小声で囁きあう。
二人にとって、彼女達のあのテンションは少しばかり危険なサインでもあるのだ。
何故なら・・・
「ほらほら、ぼやっとしてないで!
ペアって言ったらお兄ちゃんと陽菜さんは決定済みみたいなモノなんだから、とっとと行った行った!」
「「ええ!?」」
「そうよ〜♪ ささ、暗いのをいいことに手とか繋いじゃってもいいからさ〜♪」
「そ、そんなことしませんっ!」
「ほらほら照れなくてもいいから、行ってらっしゃい〜!」
「うく・・・じゃ、じゃあ・・・國生さん」
「は、はい、では・・・お先に・・・」
「「ごゆっくり〜♪」」
・・・と、二人が危惧した通りにいつものノリで囃し立てられて、
我聞と陽菜は真っ赤な顔を見合わせてからわたわたと歩き出す。
この組み合わせも事前に決まっていたことなのだが、
こういう一方的な決め付けられ方をされては我聞も陽菜も言いたいことは色々あり、
だがしかしこのままここにいても茶化されるだけなのはもはや明白。
楽しそうな果歩や優と辻原、それに複雑な顔色の番司に見送られ、
結局顔を真っ赤にしながら、逃げるようにして中へ入って行くしかない二人であった。
「む・・・」
そんな感じでお化け屋敷の暗がりへと足を踏み入れた二人だが、
入ってすぐのところで不意に我聞が立ち止まる。
「どうしました? 社長?」
「い、いや、かなり暗いからな、どんな危険があるとも限らんし・・・ここは慎重にだな・・・」
「はぁ・・・ええと、私はこういう所は初めてなので詳しいことはわかりませんが、
これは一般の方向けのアトラクションですよね?
でしたらそう危険なことはあまり無いのではないかと・・・」
「そ、そうか? あ、いや、そうだな!
うん! 流石は國生さん! よし、行くぞ!」
妙に―――彼らしくない慎重さを見せたかと思うと、
今度は一転、勇ましいけど少々引き攣った声と共に早足で歩き出す我聞。
そんな彼の後ろ姿を眺めながら、陽菜はふと昨年の夏の合宿を思い出す。
初日の晩、肝試しの時のこと・・・・・・
あの時は色々誤解もあってあまり気に留めていなかったが―――
(そういえば社長・・・)
「うぉお!?」
早速、派手に驚く彼の声が聞こえてきて、思わず“くす”と笑いがこみあげてしまう。
「・・・どうかなされましたか?」
早足で彼に追いつき、笑いを噛み殺しながら聞いてみると、
「い、いや! なんでもない! なんでもないぞ! じゃ、じゃあ進もうか!」
「社長・・・なんだかちょっと顔が引き攣っているように見えますが・・・?」
「んな!? そ、そんなことないぞ!? べ、別に、たかがお化け屋敷程度でビビったりなんか、
そんなことは全くないからな!?」
「ふふ、ですよね? では進みましょうか」
「お、おう、い・・・行くぞ國生さん!」
「はい」
本業の時からはほど遠い、完全に腰の引けた足取りで、それでも懸命に平静を装いつつ歩く我聞の様子は、
頼り無いと言ってしまえばそれまでではある。
「む・・・暗いな、ここは・・・」
「そうですね、まぁでもアトラクションですから怪我なんかしないように作られているでしょうし、
壁に手を沿えて歩きさえすれば問題無く抜けられるのでは?」
「お、そ、そうだな! 流石國生さん! じゃ、じゃあしっかりついてくるんだぞ!」
「ふふ・・・はいっ、社長も気をつけて!」
だが・・・彼が社長に就任した当初ならそれで溜息の一つもついていただろうが、
今ではそんな彼の様子もまた微笑ましいと思っている。
それが陽菜に出来た心の余裕であり、我聞への信頼の証、でもあるのだった。
終止この調子で、おっかなびっくり、といった様子で歩く我聞と彼に続く陽菜は、
自分たちの姿が暗闇に潜む三対の目によって監視されていることなど気付いていない。
我聞にはそんな余裕は無かったし、陽菜は“彼女達”がそこに潜んでいる可能性については考えていたものの、
自分達が何かされることは有り得ないと思い込んでいたので、特に意識してもいなかったのだ。
そして実際、二人は何事も無く―――我聞がイチイチ細かく驚いていたりしたが―――
無事、出口に達するのだった。
『ねぇねぇ桃子ねぇちゃん、何もしないで良かったの?』
そんな二人の様子を憮然とした顔で見送っていた桃子の耳に珠の声が響く。
いつでも手出しOKな状態でスタンバイしていたのに攻撃開始の合図が無く、二人はいささか不満げの様子。
「んー、ホントはねー、ガモンには悪いけど思いきり怖がらせてあげる予定だったんだけど・・・」
そうやって陽菜の前で格好悪いところを晒させて、
“我聞に対する信頼度や好感度がダウン→自分の付け入るチャンス到来!”
・・・というシナリオを描いていたのだが、
ビビる我聞に向けられる陽菜の表情はどうも微笑ましげなものであり、
ここで我聞を驚かしても二人のデートにちょっとしたイベントを提供して却って盛り上げるだけ、
という気がして・・・結局見送ってしまったのだ。
「ま、まぁいいわ! 今日の目的ははユウとケイジ、そして私的な本命は・・・」
『桃子、次が来たぜ?』
「む、順番的に次は・・・」
『ああ、おまえ的に本命の二人だな』
キノピーからの無線を受けて、ムスっとしていた桃子の表情が“にや〜っ”とした笑みに変わる。
「そう、わかったわ。 じゃあおもてなしの体勢に入ろうかしらね〜♪
タマ! トウマ! 今度は予定通りよ! 存分にやっちゃっていいからね!」
『『ラジャー!』』
『・・・ホドホドにしておけよ?』
やれやれ、と桃子達に音声を送りながら、
キノピーは丁度真下を通って建物に入って行く二人―――果歩と番司を同情の目で見下ろすのだった。
「・・・ったく、何が悲しくてアンタなんかと二人でお化け屋敷に入らなきゃなんないんだか・・・」
「うるせーな、そりゃこっちの台詞だっての。
工具楽のヤローは陽菜さんと一緒だってのに・・・!」
果歩と番司はそれぞれにふてくされた様子で暗い通路をずかずかと歩いてゆく。
「ま、お兄ちゃんと陽菜さんは一緒で当然よ、最近は特にいい感じになってきてるんだしね〜!
・・・ていうか、アンタまだ諦めてないワケ?」
「う、うるせーな! 別に憧れるだけなら自由だろーがよ!」
「ふぅん? ま、いいけど・・・別に彼女探した方がいいんじゃないの〜?
アンタが陽菜さんを諦めるってのなら、ちょっとくらい協力してやってもいいわよ?」
先に立って歩く果歩のクスクスと笑う声を聞きながら、
もし仮にそういう状況になってもコイツに協力を頼んだらロクなことになるまい、と番司は思いつつ、
だがそんな下らない想像に少しだけ表情を崩し、
「余計なお世話だっての・・・しかしオマエ、全然こういうの怖がらないんだな?」
「だってこんなの、子供騙しもいいとこじゃない」
「そりゃそうだけどよ、いや・・・・・・やっぱ可愛げねーなオマエ」
「むっ」
番司の台詞にカチンときたか、果歩の声は露骨に不機嫌になり、
くるりと後ろに振り返り・・・
「あ、アンタこそうるさいのよ!
こういうところで女の子が誰でもキャーキャー言うと思ってる方がおかしいの!」
「そ、そうなのか?」
「当たり前でしょ! そりゃ怖がる子は怖がるし、ほら・・・本命のヒトなんかと来てるんなら、
ちょっと可愛いところを見せたりするかもしれないけど・・・何せアンタだし」
「はー・・・・・・そういうモンかね」
「そ! そういうモンなの!」
いかにも不思議そうな声を上げる番司が面白くて、先ほどの発言に対する怒りも徐々に薄らいで、
「ま、少なくともアンタの前でキャーキャー騒ぐ気なんて全然ないわよ。
だいたいアンタだって私にそんなことされても困るでしょ?」
悪戯っぽく言うと、果歩は再び歩き出す。
「は、そりゃ確かにちげぇねぇな、ははは」
番司もまた笑いながら、果歩に続いて歩を進める。
ところどころ、安っぽい人形や音声による演出があるにはあったが、
果歩や番司には怖がるどころか苦笑するしかない程度の代物でしかなく、
二人は適当な軽口を叩きつつ早足で通り過ぎ、
そろそろ出口も近いかというところで・・・
「ん? なんだ? また暗いなこりゃ」
「ま、暗いだけでしょ? 下手な仕掛けよりは雰囲気あるけど・・・雰囲気だけでしょ、どうせ。
さ、とっとと抜けちゃいましょ、こんなとこ」
「だな。 ああ、一応足下には気を付けろよ?」
「そんな子供じゃないんだから、イチイチ言われなくても―――きゃあぁあっ!?」
「うぉ!?」
真っ暗闇でも全く怖じけづく気配のなかった果歩がいきなり上げた悲鳴に、
番司も思わず驚きの声をあげ、
「な、なんだいきなり!?」
「う・・・な、なんか首筋にヌルッとしたモノが触った・・・」
「あ? はは・・・なんだ、仕掛けにビビっただけか」
「う、うるさいわね! アンタだって不意打ちでこんなことされたら声の一つも上げるわよ!」
「へ、そりゃねーよ」
「どうだか! きっとすぐにアンタもひぃっ!?」
やや不機嫌になった果歩の声が、またしても自らの悲鳴で途切れる。
「おいおい、今度はなんだ?」
「う・・・またぬるっとした冷たいのが、今度は腕に・・・」
二度も悲鳴を上げさせられてしまったのが悔しいのか、それとも照れ隠しなのか、
「あーもう! 仕掛けが悪趣味なのよ!
大体なんで私ばっかり! それもどうしてこう暗いのに肌の露出してるところばっかり狙って・・・って!」
果歩は腹立たしげに声を張り上げるが、ふと・・・一つの可能性について思い当たり―――
「もしかしてひゃあああ!」
「・・・今度はどうした?」
「う・・・・・・足に・・・また・・・って、そんなことより・・・・・・!」
どうしても慣れない、気持ち悪い感触に悲鳴を抑えることは出来ないが、
自分だけが三連続、しかもこの暗闇で狙ったように素肌の露出したところだけを攻めてくるとなると、
こんなことが出来るのは・・・そしてやりかねないのは・・・・・・
「桃子―――――――――っ!
これアンタの仕業でしょ――――――っ! 隠れてないで出てきなさ――――――いっ!」
「お、おい!? ちょっと落ち着け!」
「うるさいっ! アンタは何もされてないから良いんだろうけど・・・これが落ち着いてられるかぁあ!」
相変わらずの真っ暗闇で、番司には果歩がどんな顔をしているかは見えないが、
ぎゃーぎゃーと騒ぎ立てバタバタと足を踏み鳴らす音から大体の想像はつく。
「このヒキョーものっ! 正々堂々とかかってこ――――――いっ!」
それで桃子が姿を現すハズが無いとは思うのだが、
だからといって果歩としては落ち着いていられるハズも無い。
一応、この場では果歩の“連れ”である番司としては何とかせねばとは思うのだが、
この暗闇で果歩を取り押さえるのは難しいし、
下手に近寄ればやみくもに放っているに違いない蹴りの巻き添えだって食らいかねない。
「と―――う―――こ―――!」
ある意味ここに居合わせているだけでも恥ずかしいと言えば恥ずかしいが、
どうせ暗闇で顔を見られることもなく、幸いなことに他の客が来る気配も今のところ無い。
ここは果歩が落ち着くか諦めるまで待つか、
「・・・いや、そもそも待つ必要もねぇか、先に行っちまっても構わないよな・・・」
「あ!? なんか言った!?」
果歩当人はこれだけ騒いでいながら、
気配で桃子を探り当てる気なのかやたら他人の声には敏感になっているようで、
番司に届く声の響き方からしてどうやら彼女がこちらに振り向いたらしいことがわかる。
「ああ、俺は先に―――」
「あ――――――!」
不意に果歩の叫び声のトーンが変わり・・・
「そこかぁああ!」
果たして何を見たのか感じたのか、
おもむろにドカドカと床を蹴って走る音が番司の方へと迫ってくる。
「おい、危な―――」
正確な位置はわからないがこのままでは衝突、
もしくは蹴られることを危ぶんだ番司が慌てて声を上げるが、その矢先・・・
「っうわあっ! あぁあ!?」
「おい? ―――ってうぉお!?」
果歩と、続いて番司までがうろたえた声を上げ、同時に・・・
“カッ!”
と、真っ暗闇だった通路に一瞬だけ閃光が走る。
そしてそこに浮かび上がったのは、
もつれるように抱き合う―――果歩と番司。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
光に照らされたのは本当に一瞬だが、何せお互いの感触があるので、
自分達がどんなことになっているか、把握するには十分過ぎる。
「・・・・・・って! い! いつまでこうしてんのよっ!」
「―――っ! う、うるせえっ! 寄っかかってんのはオマエだろーが!」
余りに予想外の事態にしばし唖然としていた二人だったが、
把握した現状について理解が追い付くと互いに大慌てで飛び退る。
「・・・・・・い、今のは、ふ、ふ、不可抗力なんだからね・・・!
「わ、わーってるよ! どうせ転んだか、なんかしたんだろ・・・」
「そ、そうよ、何か足に引っかかって・・・・・・ってそれも桃子アンタの仕業ねっ!」
再びカッといきり立って腕を振り回してみたりする果歩だが、
その腕が番司に当たったところでぐい、と握られて、
「おい! いいからもう行くぞ!」
「何でよ! こんなことされて黙ってられるかって―――って、ちょっと!? や、離しなさいよ!」
「俺まで巻き添えにされちゃ敵わねーんだよ! おら、とっとと出るぞこんなとこ!」
「むき―――! 後で酷いんだからね―――! おーぼーえーてーろー!」
こうして番司に引きずられるようにして、果歩はぎゃーぎゃーと叫びながらお化け屋敷を後にするのであった。
「ん〜、なんだか楽しそうなことになってるねぇ♪」
騒ぎ立てる果歩の声は建物の外まで響いており、それを聞いた優はにんまりと笑みを浮かべている。
「そういう優さんも既になかなか楽しそうですよ?」
「ふっ、まだまだ本当に楽しくなるのはこれからだよ辻原くん? じゃ、我々もそろそろ行ってみようか〜!」
「ところで優さん、その荷物はなんなんですか?」
「ふふふ、これはね〜・・・・・・」
いかにも楽しそうな、そして悪そうな笑みを浮かべつつ優は意気揚々と歩き出す。
そんな彼女に続く辻原もまた、それなりに楽しげなのであった。
「タマ、トウマ、さっきのはなかなか上出来だったわよ!」
「いぇーい!」
「これくらいラクショー!」
「頼もしいわね〜♪
じゃあカホは驚かせたし私としては満足なんだけど、ま・・・約束だしね。
ついでに一つ、ユウも驚かせてあげよっか!」
「「らじゃ〜!」」
と、盛り上がっているところに早速―――
『おい桃子、最後の二人がこれから入っていくぞ』
見張り役のキノピーから桃子へ無線連絡が届く。
「む! 標的がエリアに侵入したわ! タマ! トウマ! 配置について!」
「「イェッサー!」」
掛け声と共に二人は通路の中でも特に真っ暗な所へ走り、身を潜める。
ほぼ完全な暗闇なので普通なら手で壁を伝いながらでもないと進めない所なのだが、
珠と斗馬は桃子お手製の暗視スコープのお陰で暗闇が全く苦にならない。
この装備をいいことに、何も見えない果歩相手にコンニャクで触ってみたり足を引っ掛けてみたり、
二人してやりたい放題だったのだ。
「まぁ、ユウにはそんな悪戯しないでいいから、ちょっとケイジを足止めしておいて、
そこにユウを転ばせて上手く抱きつかせてやるくらいでいいわ。
その瞬間をバッチリ撮ってあげるから♪」
そして桃子は少し離れたところで“決定的瞬間”をカメラに収める体勢を整える。
と・・・
『・・・んー、まぁわかってはいたけど、特に面白みのあるお化け屋敷ではないねぇ』
『まぁ、こんなモノをつけていては更に、ですかね』
『あはは、まぁそのことはおいておいて♪』
曲がり角の向こうから、優と辻原の声が徐々に近づいてくる。
「来たわね・・・では健闘を祈る!」
「「らじゃ〜!」」
二人の足音が聞こえてきたところで、小声で通信を終えると
桃子は二人の邪魔にならないところに身を潜め、早くもカメラを構えながら様子を窺う。
そこへ・・・
「やぁ、ここは更に真っ暗だねぇ」
「ん、足元に気をつけて下さいよ?」
「えー、イザってときは支えてくれるんじゃないのかにゃ〜?」
「はっはっは、構いませんけどお手柔らかにお願いしますよ?」
「あはは〜♪」
(む・・・なんだか既にちょっといい雰囲気じゃない・・・)
暗がりから聞こえる二人の会話に耳をそばだてながら、
桃子はカメラのファインダー越しに声のする方向をじっと見ている。
程なくして暗視スコープの視界に現れた二人の様子に、特に不自然なところは見当たらない。
我聞や果歩達と違い、優の場合はその気になれば自分と同様に暗視スコープくらい用意できることから、
一応その可能性についても懸念していたのであるが・・・
(ま・・・普通は遊園地にそんなモン持ってこないわよね)
万が一の用心は杞憂に終ったとばかりに安心すると、
そのまま息を殺して、ファインダー越しに二人が目の前を通りすぎてゆくのを見送る。
後は、珠と斗馬が優の足をすくって辻原の方によろめかせ、
彼に抱きついてしまったところをカメラに収めればミッションコンプリート、である。
(さ、タマ、トウマ・・・上手くやりなさいよ・・・?)
桃子はカメラを構えたまま、より鮮明な写真を撮るべくゆっくりと優達の後をつける。
その、ファインダー越しの視界の片隅で斗馬が行動を起こし、
桃子もシャッターチャンスを狙い澄ますべく集中するが―――
ひょい、と。
斗馬の差し出した足は呆気なく優に跨ぎ越えられてしまう。
一瞬、がくっと肩を落とす桃子だが・・・これはまだ想定のうち。
(さぁタマ! 今度こそ・・・!)
再びファインダーの向こうに集中する桃子の手に、思わず力がこもる。
が・・・・・・
ひょい、と。
珠が伸ばした足も呆気なく優に跨がれてしまい、今度こそ桃子はズッこけかけてしまう。
(だ―――! 二人ともナニしてんのよ!)
流石に二段構えなら間違いはあるまい―――と踏んでいた桃子だけに、この失態にはイラっとくるが、
(もう・・・! とにかく! 最終的に結果が残せればそれでオッケーだから!
とっととヤっちゃいなさい!)
基本的にこの仕掛けが失敗すると思っていない桃子は、二度続いた失敗を斗馬と珠のミスとしか考えない。
故に・・・その後も珠と斗馬が続け様にしくじっても、
そこに何らかの必然性が潜んでいると考え直すより、
(ったくナニしてんのよ、このド低脳―――!)
ひたすらに感情的になるばかりで、
(あーもうすぐ出口じゃない! いいわもう結果さえ残れば過程なんて関係無し! 実力行使よ――――――!)
桃子はもはや体裁などかなぐり捨て、足音が立つのも構わずに優に向けて走り出す。
もうバレてもなんでも構わない。
優を背後から辻原に向けて突き飛ばしてでも、二人が抱き合う(ように見える)姿をカメラに収めるのだ―――
と、桃子が優の背後まで迫った、その時。
「桃子ちゃん・・・・・・」
妙に低い、ぞくりとするような声で名前を呼ばれ、桃子は気味の悪さに思わず足を止めてしまう。
そんな彼女の目の前で振り返った優と、そして辻原の二人の目・・・というより眼鏡が、
光源のないハズの暗闇で何故か妖しい光を湛えていて・・・
「桃子ちゃん・・・・・・」
「うく・・・」
気付かれた・・・と焦るより、とにかくその声と二人の様子が不気味過ぎて、
思わず桃子は声を漏らしてしまう。
だが、優も辻原もそれに今更反応するそぶりは見せず、
代わりに二人は妖しく光る眼鏡に手をかけて・・・ゆっくりと外す。
と・・・・・・
「ぇ・・・・・・」
目の前の光景に、桃子は僅かなうめき声を残して硬直する。
眼鏡を外した二人の顔には――――――
目が、無かった。
「ぁ・・・・・・・あ・・・・・・」
暗闇に並んで浮かぶ白い顔を前にして、桃子の顔はみるみる引き攣って、
数瞬の後・・・恐怖が肉体を凌駕して、身体の硬直が解けたと同時に――――――
「―――――――――っきゃあああああぁああああぁああああぁあぁああああ!!」
甲高い悲鳴を撒き散らしながら、まさに脱兎の如くもの凄い勢いで逃げ出すのであった。
そんなリーダーの様子をポカーンと見送っていた珠と斗馬は、桃子が見えなくなると互いに顔を見合わせて・・・
「「お〜ぼ〜え〜て〜ろ〜!」」
こちらはこちらで何故か楽しそうに捨て台詞を残し、
逃げ出した桃子を追って出口へと走り去ってゆくのであった。
そして、残った二人はというと・・・
「・・・・・・っぷ、あは・・・あははははっ! いやー、もう大成功っ! あはははははは!」
もう抑えられない、という感じで大爆笑しながら、
優は自分の顔に手を伸ばし、ぺりぺりと何かを剥がす。
「ね〜、どうだい辻原くん、あの桃子ちゃんの顔ったら!
いやーもうね、あんなに驚いてくれると悪戯のし甲斐もあるってものよ〜! あはははー♪」
「いやもう子供相手にも全く手を抜かない、優さんの大人気なさには脱帽ですよ、はっはっは」
辻原も優と同じように顔から何か・・・目を隠す為に貼っていた肌色の薄いフィルムのようなものを剥がすと、
メガネをかけ直してからからと笑う。
「なぬー!? 説明したらなんの反論もナシですぐにノってくれた癖に―――!
辻原くんだって何気に楽しんでたんでしょー!?」
「はっはっは、ではそういうことにしておきましょうか」
「ぬー・・・なんか納得いかない・・・」
「まぁまぁ、折角遊びに来たんですし、そんな細かいことは気にしないで行きましょう」
「ぬぅ・・・ま、成功したからいいけどね〜♪」
なんだかんだと言いつつも優も辻原も楽しげに歩き、やがて暗闇も薄れ出口の光へ辿り着く。
そこで辻原は再びメガネを外し、代わりに胸ポケットから取り出したメガネをかけて、
「さて、それじゃあこれはお返ししますね」
外した方のメガネを先ほどのフィルムと共に優に手渡す。
「ん、なかなかの性能だったでしょう、暗視機能つきメガネ。
この優さんの自信作なんだから〜♪」
「そうですね、メガネにカモフラージュする意味が今回みたいな特殊なケース以外であるのかどうか疑問ですが、
性能は十分でしたね、いやいや流石です」
「・・・なんかちょっと一言多い気もするけど、それは誉められてると受け取っていいのかにゃ?」
「はっはっは、勿論です」
「まぁ、そういうことにしておこうか〜♪
それじゃあ桃子ちゃん達がどんな顔しているか、見に行くとしよっか!」
「はい、そうしますかね」
こうして最後の二人も、お化け屋敷を後にするのであった。