吐く息が白く染まり、冬も間近となった今日この頃。  
 
「――で、あるからして――」  
 
数学教師が講義する。  
クラスメートは、ノートを取ったり耳を傾けたり突っ伏して寝息をたてたりして、その授業を受ける。  
 
ビシッ  
「ったぁ!?」  
「コラ佐々木!授業中寝るとは何事だ!!」  
 
時折、教師の喝が飛ぶ。  
工具楽屋社長の生活は今日も平和・・・のはずであった。  
 
 
昼休み。  
 
「ささやんもアホだねぇ、授業中に寝るなんて」  
「るせぇっ!天野、お前だって寝てたじゃねーかっ!!」  
「オホホ、アタシはバレなかったらいーのよ」  
「・・・いや、寝てたら同罪だろう」  
「佐々木君も恵も同じ授業で寝てたんだぁ、仲良いねぇ〜」  
 
いつもと変わらず騒がしい卓球部一同。  
 
「そ、そんなこと無いわよ!たまたまでしょたまたま!!  
それはそうと、く、くぐっちの方はるなっちとの結婚の話、どうなのかな〜?」  
 
そして、話を振られたわれらが主人公、工具楽我聞は・・・  
 
「zzz・・・」  
 
寝ていた。  
机と、そしてしっかり空になっている弁当箱を大事そうに抱きかかえ、あまつさえ涎を垂らしながら、それはそれは幸せそうに、寝ていた。  
 
「工具楽・・・それはギャグでやっているのか?」  
 
呆れかえった佐々木の一言が、ぽつりと響いた。  
トントンと軽いノックの音。  
 
「2年6組の國生です。工具楽はいらっしゃいますか?」  
 
これまたいつもどうりに國生陽菜が顔を出す。  
 
「おっ、るなっち!」  
「ご苦労さま〜」  
「大変だな、いつもいつも」  
「國生さんっ!いらっしゃいです!工具楽の奴寝てるんで、今起こしますねっ!!」  
「ご迷惑をおかけします」  
 
それぞれの言葉をかける一同と、我聞を殴り起こす佐々木。  
しかし彼らは、ふと陽菜の反応に違和感を覚えた。  
普段より淡泊な反応。  
常日頃クールな彼女ではあったが、ここまでではなかったはず、という疑問が四人によぎる。  
 
「ん・・・んぁ?  
あ、國生さん、おはよう」  
 
彼らの疑問を知るよしもなく、我聞は目を覚ました。  
 
「おはようございます、社長。早速ですが今日のスケジュールの方を・・・」  
 
まるで我聞が代理社長に就任した当初の時のように、淡々と仕事をこなす陽菜。  
そんな様子の彼女の放つ異様な迫力に、佐々木や我聞ですら少し退いてしまう。  
 
「こ、國生さん、昨日俺、何かミスしたかな?」  
 
恐る恐る話しかける我聞。  
実は昨日、工具楽屋に内調から仕事が入った。  
それほど大口の仕事ではなかったが、久々の本業に我聞が張り切りすぎる、ということがあった。  
しかしそれでも、我聞自身が思い返した限りでは問題なく働けたし、実際しっかり黒字で終わった。  
 
「いえ、これといって何も失敗点は見あたりませんでしたが?」  
 
陽菜は、意識的に感情を込めない。そんな表情で、問い返す。  
 
「え、えーと、では何故怒っていらっしゃるので?」  
 
今度は佐々木が訊ねてみる。  
「・・・は?私は怒ってなどおりませんが?」  
 
ここで初めて表情を動かし、きょとんとする陽菜。  
そしてそれが、一同が今日初めて見た彼女の表情らしい表情だった。  
 
「す、凄いねるなっち!  
ビジネスライクってやつ?かっこいいー・・・」  
 
間が持たない、というより精神的ストレスで身が持たないと思った天野が、とりあえず褒めてみる。  
 
「社長の『秘書』ですので当然です」  
 
わざとらしく『秘書』を強調し、しかし当たり前と言い切られる。  
 
「社長今日は先に社の方へ向かいますので」  
「わ、解りました」  
 
何故か敬語になってしまう我聞。  
そんなことも意に介さずに、陽菜は一礼をし教室を後にする。  
 
「・・・我聞、また何かやったのか?」  
「い、いや、俺にも何がなんだか・・・」  
「嘘つけ工具楽!絶対お前が何か國生さんに迷惑かけるようなことをやったんだろう!!さぁ吐け!」  
「待て待てささやん。くぐっちはこういう時嘘言わないでしょ?」  
「もし工具楽君のせいじゃないとしても、何か心当たりとか、ない?何か國生さんの機嫌が悪くなるような・・・」  
 
途端、我聞を問いつめる四人。  
まるで、嵐の前の静けさ・・・もとい、静けさの後の嵐とでも言うように。  
しかし、一番さっきの陽菜を疑問に思っているのは、問われている我聞自身だった。  
昨日の仕事では、我ながら珍しく本当にミスはなかった。  
強いて言うなら、今日眠くなるほど仙術を使いすぎたことくらいだが、それで彼女があんなに機嫌を悪くするとは思えない。  
 
「本当にさっぱり・・・」  
 
いいながら、やはり自分に過失があったのではないかと勘ぐって色々と思い返してみるが、どうしても思い当たるようなことはなかった。  
ここ最近、彼女は部でも完全に打ち解けて、余分な肩の力が抜けたかのように明るく、楽しそうだった。  
誕生日とかのイベント(果歩に、『社長として社員をねぎらうためにしっかりチェックすること』と言われ、それから意識している)も見落としたりはしていない。  
結局、仕事の時にその理由をしっかり聞いて、できれば解決してくるよう皆が我聞に言い、保留ということになった。  
まあその言い方は、助言だったり頼みだったり命令だったりしたのだが。  
 
 
「工具楽我聞、ただいま出勤しました〜!!」  
 
学校が終わり、普段のようにけれど一人で工具楽屋に顔を出した我聞。  
そんな彼の目に飛び込んできたのは――  
 
「優さん、前回本業時の11345円と前々回の通常業務の際の2337円。経費の使用状況が曖昧になっていますので領収書等の提出をお願いします。  
中ノ井さん、先月の決済報告書と再来月の予算予定書です。目を通しておいてください。  
辻原さん、昨日の本業の仕事結果の詳細をまとめておきました。このフロッピーを西さんまでお願いします」  
「な・・・?」  
 
ノンストップかつハイスピードで仕事をこなしていく陽菜と、それに引っ張られるように自らの仕事をする大人たちの姿。  
まるで、事務所の中が『絶対真面目に仕事をしなければならない場所』になってしまったようで――  
 
思わず、我聞の足も止まってしまった。  
・・・何というか、コワイ。  
理修得のために受けたさなえの修行よりも  
海面に佇むかなえを幽霊と見間違えた時よりも  
勘違いで放たれた父親の爆砕よりも  
あるいは、普段仕事をミスして陽菜に叱られる時よりも、工具楽屋社長は、現在の自社の状態の方がコワかった。  
――しかし彼は、運のいい方ではなかった、ということだろう。  
彼が足を止めてしまった直後、  
 
「ガッモーンッ!!トーコ様が遊びに来てあげたわよーっ!!!」  
「ぬぉっ!?」  
 
久しく会っていなかった少女の予期せぬ来訪。  
身構える間もなく背中に飛びついてこられる、という形で。  
結果、どうなったか。  
いくら超人的な能力を持つ仙術使いとはいえ、前置きもなく人一人分の質量を背中に受ければ踏ん張りもきかず、バランスを崩して事務所の中に倒れ込む。  
背中に少女――桃子・A・ラインフォードを乗せたまま。  
ビタン!と、肌を床に叩きつける音を盛大に響かせて。  
 
「っててて・・・」  
 
打ちつけたせいで少し、ヒリヒリしている顔を反射的にさする。  
 
「ご、ゴメンねガモン!大丈夫!?」  
「ああ、大丈夫だ。それより、桃子は?」  
「ワ、ワタシは大丈夫」  
 
どうやら背中の少女は無事らしく、一安心する。  
 
「社長、それに桃子さんもいらしていたんですね」  
 
と、別の少女の声が、先ほどの桃子より少し高い位置から聞こえてくる。  
我聞も桃子も自然とその声の方へ顔を向ける。そこにあったのは――  
 
「ちょうどよかったです。社長にはちゃんとお仕事がありますし、桃子さんにも手伝っていただきたいことが・・・」  
 
我聞にとっては、自分の秘書であり、家族である少女、桃子にとっては、自分の恋敵であり、友人である女性が、自分たちに仕事を指示する姿だった。  
 
 
カタ、カタ、タン  
カサ、カサ、シュ  
 
「――はい。では、お願いします――はい――」  
 
現在、工具楽屋を支配している音源は僅かに三つ。パソコンのキーボードを叩く音、書類が擦れ物を記す音、そして陽菜が電話で会話する音。  
普段なら、明るく暖かい雑談の一つも混じりそうなものだが、今は桃子ですら押し黙って仕事をしている。  
――正確には何度か優と二人で会話を切り出そうとはした。しかしいかんせん雰囲気が雰囲気な為、それもすぐに途切れがちになってしまい、今に至っては彼女たちも含め誰も喋る者は居なくなってしまったのである。  
 
「――解りました。六時・・・社長」  
「ぁ、は、はい!」  
 
急に名を呼ばれ、ちょっと狼狽する我聞。  
 
「所用がありますので、先に帰宅させていただきたいのですが」  
「へ?あ、ああ、いいよ」  
「ありがとうございます。それではご苦労様でした」  
 
軽くお辞儀をして、彼女は工具楽屋を後にする。  
 
「ご、ご苦労様〜」  
 
幾分か疲れているような口調で、我聞はその背中に投げかけた。  
――パタン。戸が閉まるその音が響いた、直後。  
 
「つ、疲れた〜」  
 
と優、  
 
「何だったのよさっきのハルナー」  
 
そして桃子が机にへたり込む。  
 
「ふいー、心臓に悪いわい・・・」  
 
ちょっと口から魂がはみ出ちゃってるのは中ノ井。  
 
「大変でしたねぇ」  
 
何時の間に取り出したのか、辻原は暢気に缶コーヒーをすする。  
 
「・・・」  
 
我聞は、暫くの間陽菜が去った扉を無言で眺めていたが、視線を机の並ぶ方へと戻し、言った。  
 
「結局、國生さんに何があったんですか?」  
「おや?社長は聞いてないんですね」  
 
辻原は言葉だけ不思議そうだが、澄ました顔をしている。視線をある方向に向けながら。  
そういえば、中ノ井も同じ方向へ恨みがましそうなじとっとした目を向けている。  
彼らの向ける、その視線の先には――  
 
「――優さん?」  
「な、なにかな我聞君?」  
 
工具楽屋の若き技術部長。森永優だった。  
 
「ねぇ、ハルナが変なのはユウのせいなの?」  
 
桃子も、三白眼で優を睨みつける。  
 
「そう言うことになるの、かな?あは、ははは・・・  
そ、そう言えば桃子ちゃん、キノピー見てないけど今日は居ないの?」  
 
対して優はあからさまに動揺し、強引に話題を変えようとする。  
しかし、そんな優を睨みつけたまま、桃子は至って冷静に切り返す。  
 
「今日はシステムデータのアップロードやってるの。メモリーデータに触れないようにやってるけど、アレでキノピーは私の最高傑作だからシステムだけでも丸一日かかっちゃうのよ。  
データ組み込んでる間は私やることなくなっちゃうから、久しぶりにガモンと遊ぼうと思って来たのに、ハルナは変だし、いきなり仕事させられるし・・・  
ホントいい迷惑じゃない!!」  
「ご、ごめんね〜・・・悪気はなかったのよ、悪気は・・・」  
 
自分の気持ちを言葉にしているうちに、ふつふつと怒りがこみ上げてきたようで、最後の辺りは殆ど怒鳴るような感じになっていた。  
優はその怒声に気圧されたのか、オロオロと謝るばかり。  
 
「國生さんに何やったんですか?」  
「う・・・実は・・・」  
 
我聞の一言がとどめとなって、優はポツリポツリと話し始めた。  
 
 
 
 
「「秘書検定?」」  
 
呆れとも困惑ともとれない声が、我聞と桃子二人同時に漏れる。  
 
「そうなのよ〜。  
なんとなく、陽菜ちゃん持って無さそうだったから、聞いてみたら案の定持ってなくて。  
それでついつい少しからかっちゃったのよ。そしたら、なんだか彼女のプライドを予想外に刺激しちゃったみたいで、  
『そこまで言われるのでしたら、次の試験でその資格を取ってご覧に入れます!  
私が工具楽屋にふさわしい、ちゃんとした秘書であることを証明して見せます!』  
って。それで多分今日早く帰ったのもその試験勉強の為ではないかと・・・」  
「・・・つまりハルナは資格を取るためだけに、あんな厳しくなってたワケ?」  
「優さん、ホントに國生さんになんて言ったんですか・・・」  
「ごめ〜ん」  
 
今度の二人の声色は、完全に呆れ果てたソレだった。  
 
ちなみに、中ノ井と辻原は「普段より精神的に疲れた」とのことで先に帰宅。  
二人にしては少し不真面目な帰宅理由な気はする。  
が、陽菜がきりきりと仕事をさせてたおかげで、普段よりだいぶ早く仕事が終わっていたから問題はない。寧ろ数日先の分までやってしまったらしい。  
そして工具楽屋には我聞と桃子、そして優の三人のみが残っている。  
 
「でもおかしなハナシよねー、資格を取るために勉強するなんて」  
 
不意に桃子がそんなことを漏らした。  
 
「そうか?別に普通だと思うけど」  
「だっておかしいじゃない。  
『ナニナニの資格がほしいから勉強します、その技術を得るために頑張ります』  
ってコトは、もしそのために手にいれた技術や知識にミスがあっても資格があれば別にOKって言ってるようなものでしょう?  
本当なら、  
『ワタシにはナニナニに関する知識が、技術が十分にあるからソレが信用されて資格を貰いました』  
のハズなのに、逆転してる」  
 
「・・・」  
 
なぜか押し黙っている我聞。  
 
「成る程ねー」  
 
と優。  
 
「でも桃子ちゃんは色々作ってたんでしょ、それこそキノピーとか。結構資格持ってそうだけど・・・?」  
「ワタシは、資格とか免許とかそーいうのは全然持ってないわよ?  
あっち――真柴では、資格一つ取るより少しでもポテンシャルの高い兵器を作ってた方が評価されてたから・・・無免許だからって怒られるようなトコロじゃなかったし」  
 
桃子は、少しの間遠い目をした後、掠れた笑みを浮かべた。  
確かに実績至上主義だった真柴では、実際に行えさえすれば免許の有無は問われずに、いや、寧ろ無い方が融通が利くと重宝されていたかもしれない。  
優はそう納得したものの、桃子に対して悪意はなかったとはいえ嫌な過去を思い出させてしまったことに罪悪感を禁じ得なかった。  
 
「ガモン、どうしたのよ黙り込んじゃってー」  
 
「・・・いや、最近あんな國生さん見てなかったからかもしれないけど、なんだか辛そうに見えて、な」  
「辛そうって、どういう風に?私には結構ノリノリに見えたケド?」  
 
きょとん、とする桃子。  
 
「うーん、何というか・・・説明しづらい。  
そうだな、最近みんなで居るときとか部活とかの時と違って、なんだか無理矢理表情を造ってるみたいだった。と言うか・・・うーん」  
「――よし、我聞君!」  
 
きゅぴーん、とする優。  
 
「何ですか?」  
「今からはるるんのお見舞いに行ってきなさい!」  
「「お見舞い?」」  
 
優の不可思議な言動に口を揃えて聞き返す二人。  
 
「どういうコト?別にハルナは病気じゃないじゃない」  
「そうですよ。なのに何でお見舞い?」  
 
訝しげな二人を宥めるように、名の通り優しげな表情で優は語る。  
 
「まあまあ、二人とも少しお姉さんの話を聞きなさい。  
確かに、陽菜ちゃんは病気一つ怪我一つない健康体。でもそれは『身体』の話。  
あの子、最近は良い意味で力が抜けてたから、急にあんな風に力んじゃうともの凄いストレス感じちゃうと思う。  
それが軽いうちはまだ良いんだけど、酷いとノイローゼになっちゃうかもしれない。もっと悪化すると身体にも影響が出てくる。  
だから、まだ病状の軽いうちにケアをする必要があるの」  
 
優は長々と陽菜の現在の体調の危険性について語る。  
しかし、いつの間にか差している逆光で眼鏡の奥の瞳が見えないことがどこか不気味だ。喋ってることはとても人道的かつ正当な事なのに。  
 
「そ・こ・で!我らが社長、我聞君。君の出番なのだよ」  
 
テンション高めにピッピッと我聞を指さす。  
 
「――――へっ?」  
 
長々とした優の話に放心していたのか、我聞はワンテンポ遅れて反応する。  
 
「『へっ』じゃないよ『へっ』じゃ。我聞君は社長。社長は社員の健康に気をつけて、気を使うことが義務  
つまり我聞君は、陽菜ちゃんの健康のためにお見舞いに行く必要があるのよ!」  
 
強く、そして格好よく言い切った優。・・・もっとも、いずこからかの逆光で、未だその眼(まなこ)を伺い知ることは叶わなかったが。  
しかし――  
 
「そ、そうですね優さん!  
今から國生さんのところに行ってきます!!」  
 
典型的な単細胞の我聞にとって、そんな些細なことは足を緩める枷にすら成り得ず、彼は一も二もなく自分の秘書の元へと飛び出した。  
 
「ちょっと!?待ってよガモーンッ!!わ、ワタシも行くーっ!!」  
 
それに気づくや否や、桃子も追うように――というよりもまんま我聞を追いかける。  
 
「ふふふ」  
 
そして、一人残された優が『これで面白いことになりそうだ』と考えたかどうかは定かではない。  
 
 
 

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