「あ、國生さん」  
「陽菜さん。奇遇ですね〜」  
「社長、それに皆さんおはようございます。  
お揃いでどちらへ向かわれるのですか?」  
 
八月の某日、コンビニで買い物をしてきた私は偶然社長そしてご家族の方々と社員寮の前で鉢合わせしました。  
 
「ああ、これから母さんに会いに行くんだよ。せっかくのお盆だし、ね」  
「あ・・・」  
 
社長は少し苦笑するように言われます。  
社長のお母さんも、六年近く前にお亡くなりになられていましたね・・・  
 
「・・・社長、私もご一緒して構わないでしょうか?」  
 
そのとき、ふと私はそう口にしていました。  
 
「え、全然構わないけど・・・なんで?」  
「いえ、私も普段社長にお世話になっているのでそのお礼をさせていただこうかと思いまして・・・」  
「そんな、お礼だなんて・・・むしろ不甲斐無いお兄ちゃんへの愚痴言ちゃってもいいんですよ?普段沢山迷惑かけてるだろうし」  
「果歩・・・俺だって最近はそこまで迷惑はかけていないぞ・・・たぶん」  
「ねー斗馬ー、フガイナイってなにー?」  
「今の兄上のことですよ姉上」  
「なっ、お前等まで・・・」  
「ふふふ・・・」  
 
社長のご家族はいつも仲がよくて、見ているだけでも無意識に笑みがこぼれてしまいます。  
 
「ん、どうかした?國生さん」  
「いえ・・・何でもありません」  
「そう?じゃ、行こうか」  
 
 
******************  
 
それから十数分後、私たちは目的の霊園に到着。  
 
「よし。んじゃ俺は水汲んでくるから、珠と斗馬は周りの雑草抜いといてくれ。果歩と國生さんは古い花捨ててきて持ってきた奴と取り替えるのを頼む」  
 
ちょっとした事情でその前だけ側の道の色が変わってしまっているお墓。社長のお母さんの眠っているそのお墓の前まで来ると社長は私たちに指示を残して、自分はバケツを片手に少し離れたところにある水道へと向かいました。  
 
「よし、やりましょう姉上」  
「おー!」  
 
斗馬さんと珠さんは張り切って除草を始めています。  
では、私も・・・  
 
「それでは私がこちらをやるので、果歩さんはそちら側のお花をお願いします」  
「わかりました」  
 
少し枯れ始めているでも綺麗な花。  
社長は『お盆だから』と言っていましたが、きっとこまめに着てお手入れをしているのでしょう。  
 
「すみません陽菜さん、家のお墓参り手伝ってもらっちゃって」  
 
不意に、果歩さんがそう言われました。  
 
「いえ、私が頼んでお供させてもらったのですから気にしないでください」  
 
それに、家族団欒の中で一緒に居させてもらえるのは嬉しいですし。  
 
「そう言えば、お墓参り陽菜さんはもう行ったんですか?」  
 
新しいお花を差しながら、果歩さんに訊かれました。  
私も同じように新しいお花を飾ります。  
 
「はい。私は昨日の内に・・・果歩さん」  
「これでよし、と。  
なんですか陽菜さん?」  
「社長や果歩さんたちのお母さんは、どのような方だったのですか?」  
 
私は手を止めて果歩さんに訊ねました。  
果歩さんはそうですねえ、と一度考え込む素振りを見せてから答えてくれました。  
 
「私たちのお母さんは――明るくて、勝ち気で、お父さんといっつも仲が良くて、怒るとすぐ手が飛んできて、それでもとっても優しくて――」  
 
懐かしそうに、そしてとても嬉しそうに果歩さんはお話してくれます。  
 
「――良いお母さんかだったかどうかは解らないけれど、私はとっても大好きなお母さんでした」  
 
明るく笑って果歩さんが締めくくったその直後、「おーい」と聴きなれた声がして社長が戻ってこられました。  
 
 
社長が戻ってきて、私たちは簡単に墓石のお手入れをしましす。  
 
「社長、ここにはよくいらっしゃるのですか?」  
「まあ、ね。母さんの眠る大切な場所だし、ここに来るとなんだか落ち着くんだよ」  
 
どこか、遠くを見るような目をしながら社長は言いました。  
或いは、お母さんの思い出をいるのでしょう。  
私も、お母さんと物心つく前に死別しました。  
だから私には、お母さんとの思い出が殆どありません。その顔だって、お父さんが残していった写真を見てやっとはっきり思い出せたくらいです。  
だから、そんな思い出を持っている社長を、少し羨ましく感じました。  
 
「よし。じゃあみんなで拝むか」  
 
社長から小さな小さな灯りを先端に灯したお線香が配られました。  
それを斗馬さん、珠さん、果歩さん、社長、そして私の順にお供えして、揃って手を合わせます。  
 
恐らく皆さん、思い思いのお言葉を心の中でかけているのでしょう。それでは、私も――  
 
――社長に紹介してもらって以来ですね、お久しぶりです。  
 
貴女のご子息である社長は、とても優しい方です。  
私は社長から色々なことを教えていただきました。  
社長が居なかったら、今の私は無かったと言っても過言ではないと思います。  
 
貴女のおかげで私は社長と出会えて、そのおかげで私は今とっても幸せです。  
だから、お礼を言わせてください。  
私と社長を出会わせていただいて、本当に有り難う御座いました。  
 
あと、先代、そして社長からいただいた貴女の手鏡は、大切に使わせていただいています。  
 
そして差し出がましいかもしれませんが、最後に一つお願いを。  
社長は優しい人ですが無茶をする人でもあります。  
だから、社長をいつまでも見守っていてあげてください――  
 
私は拝み終えそっと目を開けて見ると、社長は熱心にお祈りし続けていました。  
何を伝えているのでしょう?  
そして、果歩さんたちは――あれ?  
 
「よし。じゃみんな帰るか・・・ってどうしたの國生さん?」  
「社長、果歩さんたちの姿が見えなくなってまして代わりにこんな物が・・・」  
こんな物、とは足下に残された置き手紙。  
 
『用事があるので斗馬と珠と先に帰ってます。  
お兄ちゃんは陽菜さんと二人で帰ってきてください。  
PS.一人で帰ってきたら怒るからそのつもりで。  
その代わり二人でいたならお昼に遅れても大目に見ます』  
 
「・・・・・・」  
「・・・・・・」  
 
その内容に、私も社長もちょっと言葉がありませんでした。  
と言うか果歩さんいつの間にこんな物を・・・  
 
「・・・じゃあ帰ろうか國生さん」  
「・・・そうですね」  
 
いつまでもここにいても仕方がないのでやはり帰ることにします。  
私が、霊園の外に出ようと社長に続いて一歩踏み出そうとしたその時。  
 
――我聞を、よろしくね――  
 
風に乗って、そんな優しい声がしたような、そんな気がしました。  
 
「國生さん、どうかした?」  
「・・・いえ、何でもありません。帰りましょう社長」  
 
――また、来ます。  
私は墓石に向かってそっと呟いてから、隣の大切な人の手を取って歩き出しました。  
 
「そう言えば社長、結構長い時間手を合わせていましたが、何を伝えていたのですか?」  
「え?俺は――」  
 
 
 
Fin  
 

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