西日が水面を照らしていた。船着場からそれを眩しそうに眺める女が一人。
「んーーーっ、やっと着いたー。眠ってても流石に疲れるわねー。あーまだ揺れてる。」
そう言い首を振ると、長旅の疲れからかぐぐっと背伸びをした。
「…あれから1年かぁ…やっぱりいつ来ても変わらないわね、この島は…」
大学病院での激務に追われる中、久しぶりにまとまった休暇が出来た。
とは言え、ほんの5日間の休みである。移動のことを考えるとゆっくりは過ごせない。
そんな中、無理を押して最果ての古志木島へとやってきた。
よっぽどでなければそんなことは出来ない。
何しろ彼女は国境を越え海を越えてやってきているのだから…遥々アメリカから。
夕焼けで空が真っ赤に染まった午後6時。今日の業務を終えた彩佳は鼻歌混じりに帰り支度をしていた。
「おっ疲れ様ーっ!」
コトーの声がした、と思ったら間髪入れずに背後から手が伸びてきた。そして、そのまま抱きしめられる。
「なっ、何するんですかいきなり!!っていうか、更衣室に入ってこないでください!!」
「別にいいじゃない、ねっ?ねっ?んーーーーーっ」
そう言うと、彩佳を抱えたまま頬擦りする。
いい年の、しかも大柄な男が甘えてる姿というのは、傍から見たらきっと異様な光景だろうが、
「可愛い」と思ってしまうのは、やはり惚れた弱みというヤツであろう。
とは言え、この異様なテンションの高さに少々引いてしまったが、しょうがないなぁ、といった感じで受け流す。
そんな彩佳自身も極力表情に出さないように冷静に振舞っていただけで、正直浮き足立っていたのである。
「んもぉー、星野さんは可愛いなぁーーー」
「…ちょっと…もうっ!イチローと同じような扱い方しないでくださいよ!」
まぁ、猫可愛がり、といえばある意味正解ではあるのだが、彩佳は明らかに不服そうな顔をしていた。
「でもねー、イチローにはこんなことしないよー?」
片手で彩佳の両腕を押さえ込み、もう一方の手で今着替えたばかりのブラウスのボタンを一つ、二つと外していった。
「先生…ダメですってば。少しは我慢しくださいよ…すぐ戻ってくるのに…」
「うん、わかってるよ?」
何を分かってるんだか。襟元から手を滑り込ませ鎖骨に触れた。
「やんっ…くすぐったいーー…もう止めてくださいって…」
ジタバタと体をよじって抵抗するがお構い無しだ。
「んーーー?何ー?よく聞こえないよー?」
更に手を進入させ、ブラの肩ヒモを肩から落とす。思わず体を硬直させている彩佳をもう一度強く抱きしめた。
そして、すっかり肌蹴てしまった首筋から肩にかけて幾度となく唇を落としていく。
その度にビクッと反応する様を嬉しそうに眺めると、今度は舌を這わせ始めた。
「…んんっ…ダメ…ホントにダメですってば…」
すっかり足の力が抜けてしまい、何とか体を支えようとコトーの腕に必死にしがみ付く彩佳の耳元で
「あれー?ひょっとして、これだけでもう感じちゃってるのー?やらしーなー」
と意地悪そうに囁く。耳に吐息がかかるだけでも背筋にゾクゾクと来る。
「…先生…わ、わたし…。」
「ん?どうしたの?」
そう言うと間髪入れずに耳を甘噛みする。
「ひあぁっ…んっ…ふぅん…そんな…だめ…もう…」
息も絶え絶えにかろうじて抵抗を試みるも、それは口先の言葉であるだけで全く意味を成さない。
この角度からでもその白い肌が紅潮しているのが見て取れる。
「だめ?嫌なら止めるよ?……はい、じゃあここまで。」
「え?」
「続きは後で。ね?これで早く戻ってきたくなったでしょ?」
呆然としている彩佳を自分の方に向かせると、着衣を整え先ほど外したボタンを嵌めていく。
そして仕上げに額にキスをすると、これまたいい笑顔で言い放つ。
「じゃ、夜道に気をつけて。行ってらっしゃい!」
正気に戻るにつれ、腹が立ってきた。認めたくはなかったが、すっかり続きを期待してしまっていた。
しかも、気が付けばすっかり立場が逆転してこっちがおあずけを喰らっている状態だ。
からかわれた事に怒っているのか、中途半端に止められたことを怒っているのか。
とにかく悔しかったらしく、拳を握りしめ叫ぶ。
「かえって作業効率が落ちちゃうじゃないですか!!先生の馬鹿ーー!!」
「っだあぁっ!!」
右ストレートが腹に、決まった。
「…うー、何かイマイチわからないなぁ。」
浴室で一人つぶやいていた。
回数こそは少ないが、毎回長期滞在していた彼女はすっかりこの民宿のお得意様であった。
勿論、芦田代議士のお嬢さん、ということで優遇されているのも多少はあるのだけれども。
少々休んで早めの夕食を摂り、女将としばらく雑談し、今は入浴中。
女将から色々情報を手に入れようとしたものの、やはり当事者じゃないと分からない事のほうが多い。
「アル中の凄い先生って何なのよー?
まぁ、コトー先生がまだ独身だって分かっただけでも十分か。諸々のことは先生に直に聞けばいいし。」
風呂から上がり部屋に戻ると、早速出かける身支度を整えていた。
「ここまでは計画通りね。」
化粧も済ませ、愛用の香水を一振り。
「よし、準備完了。ここからが勝負よっ!いざ出陣!!」
午後6時半。いつもの様に彩佳は自宅の台所に立っていた。。
以前は残った仕事を処理するために遅くまで残ることもちょくちょくあったのだが、
父親と義母と暮らし始めてからはそうはいかなかった。
家に帰ってからも、家事に介護にやるべきことはたくさんあったのだ。
でも最近は負担も多少軽減してはいる。
ガンを発病し入院するまでは父も義母の介護をしていたので、
体力の回復に伴いリハビリも兼ねて介護を分担をするようになったからだ。
それでも、家事は今まで通りに彩佳が全て担っていた。
毎日定時に帰るのは、両親に規則正しく食事をさせるため、である。
元々家事は好きだったので、特に苦痛ではなかったし
「世の兼業主婦って、こんなカンジなのかなぁ?」と、いたって本人は暢気なものだった。
それに今の生活にも利点もある。
いつも早く帰る代わりに食事が済んでから診療所に戻ることにしており、
そのときに一人分余分に作っておいた食事を持っていくのだ。
放って置けばカップ麺しか食べないコトーへの差し入れである。
そのお陰で、体脂肪率は20%代後半までに落ち(まだ高いのだが)
続きもしないジョギングをするよりは遥かに効果があったようだ。
食事が済んだら、仕事の続きをする…こともあるのだが、大抵はそのまままったりと二人だけの時間を楽しむのであった。
それは彩佳が帰るまでのほんの短い時間であるが、誰にも邪魔されない大事な一時だった。
「こんばんはー!」
診療所の玄関から甲高い声が聞こえた。
(あれ?星野さん?にしても早いなぁ。今出てったばっかりだよなぁ。ひょっとして急患かな?)
「ちょっと待ってくださーい、今行きますー!!」
1分ほど待たされた所でコトーは現れた。
タオルで髪を拭きながら出てきたところを見ると、どうやら入浴中だったらしい。
「あーー!!芦田先生!!お久しぶりー!!」
驚きながらも屈託のない笑顔で嬉しそうに叫ぶコトー。
この笑顔を見れただけでもアメリカから来た甲斐があったというものだ。
「お久しぶりです。」
「今日はどうしたの?」
「ちょっと父に野暮用を頼まれて。代わりに村長さんに会いに行くんです。
で、明日色々用事を済ませたらすぐ帰るんですけどね。
…あれからどうなったか色々気になってたものですから、世間話をしに来ちゃいました。」
「そっか…そうだよね。こんな所で立ち話もなんだし、よかったら上がってってよ。」
と自室へと通した。
少々散らかっていたが、幸いにも客を上げるスペースは確保できた。
彩佳が来るので、本人なりには片付けたつもりであったのだが。
「あ、先生は座っててください」
そそくさと給湯室へ行き、お茶の準備をする。
何やら大きいトートバッグからお土産を出し、それをお茶請けにする。
「お待たせしました〜これ、お気に入りのお茶なんです。」
金木犀や、香辛料で香り付けされた紅茶の匂いが部屋に立ち込める。
「いまフレーバーティーに凝ってるんですよ。」
なんかトイレの芳香剤みたいなお茶だなぁ、と思ったが、
きちんとした手順で淹れてあるので苦味も少なく、意外と飲みやすかった。
「あの事件の後、色々あったんだよ……」
あの事件、とは1年前にこの島で発生したデング熱の一件のことである。
共に病と闘った戦友とも言える三上。
ゆきは彼の最期を見届けて程なく島を後にしていたので、その後の事がずっと気掛かりだった。
手紙なり電話なりで連絡を取ることも出来たが、やはり直接コトーから話を聞きたかった。
「良かった…これで三上先生も一安心ですね…」
彼の妻のである恵さんが無事出産を終えたこと、そして後任の医師が決まったことを伝えた。
「あの臓器移植の権威の江葉都先生が…なんだか意外です。でも腕も確かでしょうし、問題は無いですよね。」
守秘義務もあるので大まかなことしか伝えなかったが、それで十分であろう。
そして、お互いの近況を報告しあう。場所は違えど、目まぐるしく仕事に追われているのは同じようだ。
「ところでコトー先生…。この部屋の様子だとまだ独身ですよね?」
「え…あ…うん、そうだけど?」
(あぁ、やっぱりそう来たかー。)と戸惑った。
「あーあ、星野さんグズグズしてたんなら、ホントに勝負かければよかったなぁ。」
「まぁ、いや、そんなことも…」
はっきり「今付き合っている」って言えばよいものを。
勿論、ゆきは二人の関係のについて粗方予想出来ているのだが、悔しいのでちょっとからかってみただけだった。
「あ、大丈夫ですよ、そんな困った顔しないでくださいよ。それよりほらっ、これ見てください。」
「あ!」
そういって見せた彼女の左手の薬指には銀色のリングが輝いていた。
「来年には結婚するんですよ。父の仕事関係の人と。」
そう言うとにっこりと笑った。
「そうなんだ、それはおめでとう!」
「また後輩に先を越されちゃいましたね、先生。」
「はは……。」
力なく笑うコトーであった。
話は尽きなかったのだが、二人は時計を気にしだしていた。
(もうそろそろ来るはずんだけどなぁ…。)
二人は同じ事を思った。思惑はまったく異なるのだが。
「時間大丈夫なの?民宿泊まってるんでしょ?」
「ちゃんと言ってきたから大丈夫ですよ。
それに私も明日早いからもう少ししたら戻りますよ。」
「ならいっか。」
本当はあんまり良くはない。とは言え無碍に帰らせるのも心苦しい。
ゆきと鉢合わせて、彩佳がまたヒステリーを起こさないないことを祈るのみだ。
(…それにしても眠いなぁ…)
まだ8時を過ぎたばかりだというのに、コトーは猛烈な眠気に襲われていた。
(お客さんが来てるのに…星野さん早く来て接客してよーー…)
随分勝手な言い草だ。しかし眠くてしょうがない。
幾度となく目を瞬く様子を見て
「お疲れでしたらもう休んでください。」と
ゆきは部屋の隅に三つ折にしてあった布団を広げた。
「う…ごめんね…明日会えるかなぁ?」
「少しぐらいなら大丈夫です。お昼の便で帰りますから。」
「ホントにごめんね……」
そう言うと、布団に入らずそのまま倒れこむようにして眠り込んでしまった。
「……はい、落ちた。」
そして、ゆきはその寝顔をいとおしむように眺めていた。
明日は休診、土曜日の夜。ここ数日、義母の容態も良い。
「じゃ、これからゆかこの所で呑んでくるね。
一応朝ごはんも用意しておいたから、もし泊まりになったときは温めて食べてね?
それと、もしお義母さんの容態がおかしかったら、まずはコトー先生に連絡してね?
私もすぐ戻ってくるから。それじゃ、行ってきまーす。」
もういい大人なので夜に外出するからといって別に何を詮索されるというわけでもない。
でも本当のことを言うのも気恥ずかしいし、何だか気まずい。
彼女自身も生真面目な性分なので仕方ない。
「何か懐かしいことしてるわねぇーあんた。女子高生じゃないんだから。」
と口裏合わせに付き合うゆかこも言う。
本土で学生をしていた頃、一人暮らしをしていた彼女はよく実家通いの友人のアリバイ工作に協力していたのだ。
「気持ちも分からないではないけどね…。」
自分と母を捨てた父、そして自分と母から父を奪った女。
そんな二人が突然現れて、家族として暮らすこととなったのだ。
いくらそれを受け入れているとは言えまだ彩佳の中にわだかまりがあるし、
当然二人も過去のことに対する罪悪感を抱えている。
そんな三人も共に日々を過ごしていくうちに、少しずつではあるが自然に相手に接することが出来るようになっていった。
とはいえ、まだまだ微妙な間柄の親子である。まだまだお互いに遠慮があるのも仕方がないことだ。
まぁ、普通でも「これから彼氏の家にお泊りー☆」なんてそうそう言えないだろう。
父親も義母も、特に不審に思うことも無く快く彩佳を送り出す。
いつも苦労をかけている娘に、たまには羽を伸ばして欲しいとさえ思っていた。
とは言え「友達のところに行くにしては、身支度に時間がかかってるなぁ」と思われてはいたのだが。
そして、彼女は自転車で一直線に診療所へと夜道を駆け抜ける。
(もう9時かぁ、遅くなっちゃったなぁー。きっと先生待たせちゃってるよね〜
怒っちゃいないだろうけど…もう眠っちゃってるかもしれないなぁ…。)
やっと到着した彩佳が診療所の扉を開けると、そこには高めのパンプスが。
(あれ?急患?)
診察室の方を覗いてみれども、真っ暗なだけで誰もいる様子はない。
(こんな時間にお客さんって事はないわよね……)
嫌な予感を胸に、更に奥の部屋へと進む。
部屋の手前で深呼吸し、襖を少しずらし隙間から中を覗き見る。
(なんか、いつになく部屋片付いてるなぁ。珍しー。)
なんのことはない。手持ち無沙汰のゆきが時間潰しに周囲を片付けて置いたからだ。
家主の姿を探すと、布団の上に転がっているコトーが見えた。
(…ホントに眠ってるし。しかもパンツ一丁で………は?)
さらに視線を巡らせると・・・そこには服を脱いでいる最中の女性がいた。
その服の下は真っ赤な上下セット+ガーターベルトといった勝負する気満々の下着、といういでたち。
混乱しつつも、目を凝らして顔を確認する。
(……ゆき…さん…?)
よくよく見ると、コトーの両手足は拘束されていた。
(はぁっ!?何?何なのよ?!!何しようとしてるのよ?!!)
高鳴る胸を押さえながら、彩佳は襖の向こうに聞き耳を立てた。
「もういいかな…?」
ゆきは下着姿のままコトーの傍らに座り、その頬を叩きながら緊迫した声で呼びかけた。
「先生!先生!起きてください!急患です!!」
「うーん…?……患者の状態は!!?」
普段は寝起きが悪いくせに、仕事のこととなると人が変わる。
叫んで飛び起きる…つもりだったのだが
「あれ…?」
手の自由が利かず、起き上がることが出来ない。
そして、目の前の光景に初めて気が付いた。
「えーっと…」
全くこの状況が把握できず、何を言っていいものやら。
「即効性と持続時間の短さから考えると、やっぱり紅茶に入ってたのって、
酒石酸ゾルピデムとかその辺の睡眠薬…ってか睡眠導入剤かなぁ…?」
散々悩んだ挙句に出てきた台詞がこれだ。
「当たりです、流石コトー先生ですね。飲んでからじゃ遅いですけど。」
にっこり微笑みながら上から顔を覗き込み答えるゆき。
そして、一呼吸置いてこう言い放つ。
「先生、私を抱いてください。」
毎度の事ながら、唐突な事を言う人である。
「え?えーっ?!ちょっ、ちょっと!!待って、落ち着いて?!」
すっかり声が裏返っている。
「嫁入り前の娘さんがまずいよ?ねっ?」
「嫁入り後だったらもっとまずいじゃないですか。それに私婿取りだし。」
まぁ、確かに。妙に納得しつつも説得を続ける。
「ほら、こんな縛られた状態でお願いされても何も出来ないよ?せめてこれ解いてよ…」
後ろで拘束され、自由のきかない両手を目線で指し示しながら懇願してみたが、
「男の人の力で抵抗されたら勝てないもの、解くわけにはいきませんよ。」
どうやら否応なし、ということらしい。
「…初めてお会いしたときからずっと先生のことが好きでした。
もちろん先生が好きなのは私以外の人だってことも知ってました。
でも、ずっと忘れることが出来なかったんです…。」
これまでの強気な態度とは一転、目を伏せ思いつめた様子で語る。
そして、何処か寂しげな笑顔を見せ、
「未練が残らないように…もう、思い残すことがないように……どうか、お願いします…。」
と。不覚にもコトーは初めて見るその表情に見蕩れてしまっていた。
そして、何故かもうそれ以上抵抗することが出来なくなっていた。
無言で見つめあう二人。
ゆきは瞳を閉じて自らの唇をコトーの唇に重ねようと覆いかぶさっていった。
「ちょっと待ったあぁあーーーー!!」
襖を勢いよく開け、彩佳が大声を張り上げながら部屋に飛び込んできた。
「ゆきさん!そんな格好で何やってるんですかっ!」
「もう、乙女の一大決心だっていうのに水を注さないでください。」
「はぁ?何それ。そんなの許さない!!」
「今回だけなんだからいいじゃないですか。」
「今回だけとかそーゆー問題じゃありません!!」
「それに、これでもうコトー先生にちょっかいを出されることもなくなるんですよ?
星野さんにとっても決して悪い話じゃないと思うんですけど。」
「でも……。」
「もう、わかんない人ですねー。お言葉を返すようですけどこれは私とコトー先生の問題ですから。
星野さんにとやかく言われる筋合いはありません。」
「なんですってーーーー!!?
挑発するゆきに、挑発に乗る彩佳、そんないつものパターンにすっかり陥っていた。
(うっわー、最悪の状況だよぉおおーーー!!)
コトーは何とかこの場を収めようと思ったものの、幾らもがいても、一向に拘束が解ける気配はなかった。
「ダメったらダメー!!絶対にダメーー!!」
半泣きでそう叫ぶとコトーの傍らに駆け寄り、
「先生もなんでされるがままになってるんですかっ!!今これ解きますから、何とかしてくださいよ!!」
「あ…うん。」(何とか…ってどうしようー…?)
彩佳はまず両手を縛っているロープを解こうとしていた。
そのとき。
背後から回されたゆきの手が、彩佳の口を塞ぐ。
「うぐ?!!むうーーーー!!!んんっ!!」
完全な不意打ちだった。思った以上にゆきの力は強く、手を振りほどこうにも歯が立たない。
押さえる指の隙間から息は漏れる一方で、欲する酸素は入ってこない。
いよいよ息が苦しくなってきた彩佳の顔は真っ赤になっていた。
「そろそろいいかな〜?」
頃合を見計らったようにパッと手を離すと、ここぞとばかりに隠し持っていた小瓶を彩佳の鼻先に近づける。
「!?」
溶剤のような匂いに気が付いたものの、これ以上息を止めていることは不可能であった。
これはマズイ、と判っていながらも思い切り空気を吸い込んでしまった。揮発した薬品と共に。
むせ込みながら振り返り、不安げな目で
「…今のは…何…?」
と言うや否や、頭がくらくらしてきてその場に脱力しへたり込む。
「あ、大丈夫大丈夫、大して影響ありませんから。
結構メジャーな合法ドラッグですよ。正確にはドラッグとは違うんですけど。
っていうか、合法とか違法とか私には関係ないしー。」
…それって医者としてどうよ?とツッコミを入れる余裕すらも今の彩佳には無かった。
「じゃあね、私と先生がHするのが嫌だったら、代わりに星野さんが相手してください。」
「……は?意味…わかんない…んですけど…」
「だからー、こーゆー事っ!」
そう言うと、力が入らず抵抗することが出来ない彩佳の唇を奪う。
「んーっ!んーーーーーっ!!」
奥歯を噛み締めて辛うじて舌の侵入を阻止していたのだが、
頬に添えられていた両手が顎関節をぐっと押さえると、いとも簡単に口を開けさせられてしまった。
人の体を熟知している相手だけにタチが悪い。
口内を侵す柔らかい感触は、彩佳から更に抵抗する力を奪ってしまった。
その一方で服のボタンを外していく。隠しボタンのワンピースだったが、いとも簡単に脱がされてしまった。
女物の服の扱いは手馴れたものだった。自分も普段着ているものだから当然だ。
「…で、どうします?先生の代わりになります?」
「……わっ、私、そんな趣味無いです!!」
「あ、私も全然無いですよ?だから安心して。」
どの辺が安心なんだか。もう訳が分からなくなってきた。
「じゃあコトー先生一晩お借りしますね?邪魔しないでくださいよ?」
「…それは…嫌です……」
「決まりね。交渉成立!」
全ては予定通り。
ゆきは途中で彩佳が現れるパターンもちゃんと想定していたのだ。
その上で「邪魔者から潰していく」という計画を決行したのである。
麻酔なんかを使って完全に彩佳を眠らせてその間に…という方法も考えたが、流石にそれはまずい。
後々のことを考えても、面倒を避けるために物事は穏便に運びたかった。
それなら彩佳も巻き込んで共犯にしてしまうのが一番だ、と判断したのだ。
単に『自分のテクニックが女相手にどこまで通用するか試してみたい』
といった、ゆきの好奇心が要因だったりもするのだが…。
その一方で。
「…ねぇ、これって、俗に言う『放置プレイ』ってヤツなのかなぁ?…って…おーい…」
縛られたままで完全に放ったらかしにされ、すっかり途方にくれたコトーは呟いた。
しかし、その声は二人には全く届かなかった。
「……あーもう〜〜。こんなことなら夕方最後までやっときゃよかったなぁ……」
と、ため息をつく。後悔先に立たず、である。
文字通り手も足も出ない状態で、これから繰り広げられる二人の艶事を見せつけられる事となってしまった。
「じゃ、いきますね…」
彩佳の表情からははっきりと怯えの色が見てとれた。その様子を見て
「大丈夫、何も怖いことは無いですから……」
と、ゆきは彩佳をきゅっと抱きしめ優しく頭を撫でる。
そして、既にボタンが全て外され袖に腕を通しているだけのカーディガンとワンピースを取り払う。
一旦体を離しその姿を見つめると、イメージしていた通りの白い肌、清楚な純白の下着、華奢な手足。
彩佳は肌に突き刺さる視線を感じて、思わず俯き目線をそらし自分の体を抱える。
(……うわぁ、すっごい可愛いかも〜〜〜。いかにも男受けしそうってのかなぁ…ってか「萌え」?みたいな?
この儚げ系ってのがきっとポイント高いんだろうなぁ。
こーゆー雰囲気出せるのって羨ましいよなぁ、うん。私には無理だもんねー。
それにしても、なんか嗜虐心をそそる、ってカンジよね〜。先生もなかなかいい趣味してるわぁ。)
その一方、俯いたままでこっそりとゆきの様子を盗み見ている彩佳。
無駄な肉も無く引き締まった体には程よく筋肉がついており、恐らく日々体を鍛えているのであろう。
それでいて女性的なフォルム。そしてすらりと伸びやかな手足。
真っ赤な下着を纏いしゃんと背筋を伸ばしている様は、自信が満ち溢れているようにも見えた。
(…大して歳も変わらないのに…「大人の女」って雰囲気…いいなぁ。
凄く綺麗…っていうか格好いいよね。すっごい端正でスタイルいいし…。
ゆきさんのほうがコトー先生と並んでてもお似合いなのかなぁ。きっとその方が見栄えがいいんだろうなぁ。
それに比べて私…子供っぽくていやだなぁ…。うぅー見られてるよぉ…あんまり見ないで欲しいのに…。)
自分に無いものを持つ相手を羨ましく思うのは誰しも持ちうる感情だが、
「恋する乙女」には特に強いものであろう。二人も例外ではなかった、ということだ。
お互いに色々余計なことを考えながらも、ゆきはかすかに震えている彩佳の細い肩に手を置くと、
「ほら、ちゃんとこっち向いて?ずっと目をそらされてるのも寂しいんですから…ね?」
呼びかけに反応しておずおずと顔を上げると、狙い定めていたかのようにまた唇を奪われてしまった。
「!」
再び彩佳を抱き寄せると長い口付けは、次第に激しさを増していった。
(あ…玄関に残っていたのはこの匂いだったんだ…)
鼻腔を擽る香水の甘い香り。普段香水を付けない彩佳にとってはあまり嗅ぎ慣れない匂いであったが、
フローラル系ベースに微かに混じったムスクの香り、それは決して不快なものではなかった。
そして、ゆきの暖かく滑らかな肌、髪を梳くしなやかな指。
彩佳は自分を包む柔らかい感覚に心地よさを覚えて自分の意とは反して身を委ねてしまっている。
「そうそう…力を抜いて…ん、いい子ね…」
「…はぁ…ふぅ…ん……」
絡めた舌が奏でる音色と、その合間に漏れる苦しそうな吐息、
この二つが静まり返った部屋の中に響いていた。その音が彩佳の羞恥心を更に煽る。
(やだこんな…もう…恥かしい…先生も見てるのに……でも…何で気持ちいいの?こんなのダメなのに…)
ゆきの指が彩佳の背中を下に向かい滑っていく。微かに触れる指の生み出す摩擦に耐え切れず背を反らす。
「やあっ…やだっ…止めてっ…止めて下さいっ……」
「だーめっ。そんなに可愛い声を出してるのにやめるわけないじゃないですか。」
気が付けばいつの間にやらブラジャーのホックも外されており、心許無さを感じる間もなく取り払われていた。
華奢な体には不釣合いの豊満な胸が晒される。このアンバランスさが妙にいやらしさを醸し出していた。
上から覗き込まれていることに気付き胸を隠そうとするも、密着している状態なので思うように手も使えない。
「それにしても……何カップあるんですか、それ?」
「Eカップ…ですけど…」
かちーん。
いや、ゆきもCカップはあるので決して小さいわけではないのだが、正直なところやっぱり羨ましかった。
(ってことは、65のEってとこか…。小柄な分だけ目立つよなぁ。
やっぱり先生、巨乳好きだったのかしら…?この乳が……この乳で先生を〜〜〜!?)
ゆきは衝動的にその先端を抓りあげた。
「痛っ!!ちょっ、やめて下さい!!」
はっと我に返り、涙目で睨みつける彩佳に気付き、
「あっ!ごっ、ごめんなさい、つい。ホントにごめんなさい。痛かったわよね?」
そう言い乳房をすくい上げると、まるで痛みを和らげるかのようにそこに優しく唇を落とす。
「やあんっ!」
そして先ほどの痛みですっかり敏感になっている乳首を舐め上げる。
「胸が大きいと感度悪いってよく言うけど、やっぱり俗説は嘘なのねー。」
「んー…ふあっ……んーーくぅううんっ……」
必死で声を押し殺していたのだが、それももう限界であった。
「無理に我慢しないで。先生に抱かれているときみたいに素直に感じてくれればいいんですよ。
ね、もっと声を聞かせて?堪えている姿を見てるのも可愛くて楽しいんだけどね。」
今の言葉は彩佳の火照り始めた体を更に熱くさせた。
「あ…でも…やっぱり私……あの…」
細々とした声を何とか搾り出して訴える彩佳。
何をされるのか分からない不安感、自分の中に芽生え始めた快感、そして良識との狭間で戸惑っているのだ。
「んーーー?何ー?よく聞こえないですよー?」
ゆきはそういうと自らの唇で彩佳の口を塞ぎ、背中に手を回し体を抱えるとそのままやさしく畳に押し倒す。
覆いかぶさられてすっかり観念してしまったのか抵抗する事も無くなっていたが、その体は強張ったままであった。
「そんなにリキまないでくださいよ、もう〜」
苦笑しつつ、ギュッと閉じられた瞼に唇を落とす。そして、横に握られた両こぶしを解きほぐすと指を絡める。
手を繋いだままで、顔から首筋、肩へと下り、隈なくキスの雨を降らせる。
少しでも不安感を拭おう、といった配慮もあったのであろう。
やがて、彩佳は甘い声を漏らし始めた。顔を真っ赤に上気させゆっくりと目を開ける。
「やっとこっちを見てくれましたね」
「あ……」
ゆっくりと焦点をあわせると、そこにはやさしく微笑むゆきの顔。
目と目が合った。
素肌の温もりを共有してしまうのはとても危険な事だ。
相手が恋人でも何でもないのに、自分の愛しい人であるかのような錯覚を起こしてしまう。
思考能力が低下しているとは言え、もちろん頭ではちゃんと状況は判断できてはいる。
だがそれでも…。
「さーて、こっちはどうなってるかなー?」
「あ…やっ、そんな…」
「このままじゃショーツ汚れちゃうわよ。ってもう遅いかな?」
ゆきは容赦なく下着の中に手を入れ、秘所に指を伸ばす。くちゅ、っと粘液が音を立てる。
「うわっ、うそっ。もうこんなに?」
そっと触れただけなのに、既に指を伝うほどの量の愛液が溢れ出していた。
「嫌ぁあ…違う…違う、これは…これは…きっとさっきの薬のせい……。」
意地悪そうにニヤリと笑うと、耳元で囁く。
「そんな筈無いですよ、あれはただの有機溶媒で怯ませるのに使っただけ。
催淫効果のある物質なんて最初っから入ってませんよ。」
「……え…?!」
赤い顔を更に真っ赤にさせている彩佳に追い討ちをかけるかのように続けた。
「だから、こんなに濡らしちゃってるのは薬のせいでもなんでもなくって、
星野さんがイヤらしいから、って事に他ならないんですよ?」
「…そ…そんな…ぁ…」
覗き込むと彩佳はまた泣き出しそうな顔をしていたが、そんなことはお構い無しだ。
泣く隙など与えるものか、と包皮をめくると充血しきっている陰核に触れる。
「あっ…ああんっ……!!」
悲鳴にも似た声を上げ、ビクッと躯をよじる。
「ほーら、泣いちゃだめよ〜〜。」
捏ねくり回すようにそこを弄り続けると息を荒げ、漏れる声も次第に大きくなっていく。
「あ、忘れてた。ちゃんと脱がさなくっちゃね。」
ゆきはそう言うと最後の一枚に手を掛け、軽く腰を持ち上げさせると丁寧に脱がせ始めた。
「あーあ、早く脱がせればよかったわね、こんなに濡らしちゃって」
「やっ!駄目…!」
下着の染みと秘所の間に透明な糸が生み出され、その糸は太腿へとへばり付く。
「ま、どうせ最初からお泊りの予定だったろうから替えの下着は持ってるわよね?」
それどころでは無い。
最後の抵抗で膝を力いっぱい閉じていたのだが、進入してこようとする指先に嬲られ力が入らなくなっていた。
その隙を突いてゆきはその閉じられた膝を割り体をねじ込む。これでもう脚を閉じることは出来ない。
「いや…、み…見ないで…あ……んんっ!」
入り口付近で待ちかまえていた指が一気に入ってくる。
「わあ、キツイ〜。ねぇ、どこが気持ちイイ所なの?ねぇってば」
今まで決して…コトー以外の人間には見せることも触らせることも無かった場所を蹂躙される。
「ちゃんと言ってくれないんなら、私が探し当てあげるからね〜。」
まともに答える余裕が無くなっているのをわかっていながら、ゆきは楽しそうに語りかけ続ける。
自分のよく知っている節張った太い指とは違い、しなやかな指。
それはむしろ自分の物に近いのだが、自分の意志とは関係なく動くのが大きな違い。
しかも『どうすれば気持ち良くさせる事が出来るか』よりも
『どうされれば気持ち良いのか』という事の方を理解している相手の指である。
「あん…ダメ…あっ…あんっ」
彩佳が自分の指に呼応するかのように喘ぐのを確認すると、
「やっぱりここでいいのね…」
と、そこを的確に捉え、重点的に攻め始めた。
攻めると言ってもそれは激しい動きではなく、指の腹で優しく撫でるような緩やかな動き。
強く刺激を与えれば良いわけではないこともちゃんと知っているからだ。
彩佳は、掌と足の裏で畳を掴むようにして堪えていたのだが、次第に膝がガクガクと震えだしていた。
「はぁっ、はぁっ…やあうっ…んあ、あぁーーああああぁっ!!」
絶叫すると同時に大きく弓なりに体をそらす。透明な液が噴出した後、白い粘液がこぼれ出た。
すっかり脱力して横たわった後も、体はまだ数秒おきにピクリと反応する。
「やったぁ!初めて潮吹きを見れたわ!!うん、流石私!」
ガッツポーズをしつつ自画自賛、しばし達成感に酔いしれていた。
「ねっねっ?指だけじゃ物足りないでしょ?ちょっと待っててね〜♪」
呼吸は未だ乱れたままで、何と言っているかしっかりとは聞き取れなかった。
そして再度視界に入ってきたゆきの手には、バイブレーターが。律儀にコンドームまで被せてある。
勿論その存在や用途、形状は知ってはいるのだが現物を見るのは初めてである。
ゆきは嬉々として彩佳の目の前でスイッチを入れてみせる。
グロテスクとも思えるその動きを見、顔を引きつらせて完全に硬直。
「初心者向けのヤツを選んできたから大丈夫。先生のに比べたら全然小さいと思いますよ。」
「いっ…嫌ぁあ!!そんなの絶対に嫌ーーーー!」
「そんな事言ったって、私には愚息は付いてないし。贋物でごめんなさいね。」
何て言い方をするんだかこの人は。
「これだけ濡れてればローションも要らないわね〜。
ほーら、大人しくしないと痛いかもしれないわよ?……ひょっとして怖い?」
「あっ、当たり前ですっ!そんな得体の知れない物!」
手にしたそれでぺちぺちと彩佳の頬を軽く叩く。
ゴムと表面に塗布された液体の感触が不快で眉をしかめる。そして直視できずに思わず目をそらす。
「だーかーらー、入れる、動く、気持ちいい、以上。」
「………」
全く説明になっていない。
「大丈夫、試してみれば分かりますよ〜♪」
この人は仕事でちゃんとインフォームドコンセントを行っているのか、と少々疑わしく思ったり。
それはさておき。
それを入り口付近にあてがうと、愛液を絡めて焦らすかのように前後に滑らせる。
「やっ…あんっ…」
先程達したばかりの体はいとも簡単に反応する。快感に身を委ねながら
(あんなのが入っちゃったらどうなるんだろう…?)
などと不安と期待の比率が半々になってきたその矢先、
冷たい感触が自分の中にじわじわと進入してきて、やがて指では届かなかったその先へと到達する。
ぐるりと中を混ぜるかのよう回すと、続いて出し入れを始める。
「ここからが本領発揮よ!スイッチON!」
(な−んか『女医VSナース』って、AVとかでよくありそうなネタだよなぁ〜。
うわーーホントに突っ込んじゃってるよー、何か変な動きしてるよぅ〜〜…すごいやー。
いいなぁ、今度使ってみよっかな〜。)
いつもなら乱れる彩佳の姿をほんのすぐ目の前で見ているのに、
今は離れた場所で別の人間、しかも女性に組み敷かれている。
あまりにも現実味の無い光景を前に、すっかりコトーは傍観者になることを決め込んでいた。
これが男相手だったら、転がってでも何とかして彩佳を守り奪い返そうとするのであろうが、如何せん相手は女性。
どうにも敵として認識することも出来ないし、手荒な事をするわけにもいかない。
しかも彩佳は自分の身代わりになっているわけで。
正直どうすればいいのか分からないので様子を覗っている、と言ったところである。
(それにしてもこうして客観的に見ていると、普段自分も結構凄いことをしてるんだよなぁ…。)
と実感する。そうこうしているうちに、
(うわっ…ヤバっ…!!)
もぞもぞと体をひねって二人に背を向けると、そのまま丸まった。
いわゆる『前かがみ状態』というヤツである。
(あ〜〜〜〜〜〜、鎮まれ鎮まれーーーー!!そうだ、こーゆーときは、えーっと、えーっと…)
何か難しいことを考えて気を紛らわせようとしたが、そんなものがとっさに出てくるわけが無い。
「んあっ…くぅ…ぅん……だめぇ……また、また来ちゃうよぉ……」
彩佳の嬌声が嫌でも耳に入ってくるこの状況では無理というものだ。
そんな風に四苦八苦しているコトーをゆきは見逃さなかった。
「コトーせーんせっ♪」
びくうぅっ!
……見つかってしまった。怖くて振り返ることも出来ない。
「ごめんなさい、先生。ずっと放ったらかしのまんまでしたね?」
何とか逃げようともがいていたが、体の自由が利かない今の状態では何をしても無駄だった。
「ちょっと待っててくださいね。それ、抜いちゃだめですよ。」
そう言うと彩佳に背を向け、此方ににじり寄ってくる。
「よっこいしょっと。」
あっさりとゆきに捕獲され仰向けに転がされると、そのひざの上に座り込まれ動きを封じられてしまった。
「ふふ。苦しそうですよ?ココ。」
嬉しそうな顔をしながらその部分を「ツン」と指でつつくと、トランクスのゴム部分に手を掛ける
「ひああぁああっ!!いやーーーーーーーあぁああああ!やめてやめてーー許してえぇえええーー!!」
普通の状況であればここまで大騒ぎするほどのことではないのだろうが、
こんな無防備な状態で無防備な部位を晒されるのは、男であっても恐怖であろう。
躊躇うことなく下着を引き摺り下ろす。
「いや〜〜ん、すっごーい!!」
「や…やめてよぅ〜〜、恥かしいよう〜〜〜…」
真っ赤になりながら顔を背け、これでもかと言うほど情けない声を振り絞って訴える。
「全然恥じることなんてありませんよ!
こんなに立派なんだからむしろもっと堂々としてください!」
ビッ!!っと親指を立てつつ叱咤激励する。コトーの訴えは当然無視。
そして、目の前でいきりたっている陰茎に指を伸ばす。
「ちょっとゆきさん!約束と違うじゃないですか!先生には手を出さないって!!」
彩佳は後ろからゆきの両肩を掴み、どうにかしてコトーから引き離そうとしていた。
突然入れられた横槍に(ちっ、意外とタフなのね)と内心毒付きながらもこう返す。
「あー!抜いちゃダメっていったじゃないですかー。」
「抜いたんじゃないです!膣圧で抜けたんですっ!!」
と、睨みつけながら叫ぶ彩佳。
先程まで彩佳がいた場所に目を遣れば、抜け落ちたバイブレーターが畳の上でのたうっていた。
「でも先生このままにして置くのは、可哀想じゃありませんか?
星野さんばっかり気持ちいい思いしてるじゃないですか。」
一瞬たじろぐ。認めたくはないが確かに気持ちは良かったのだ。
「でっ、でもっ!!私を先生の代わりにするんじゃなかったんですか?!だから私は仕方なくっ!!」
「ま、いっか。それもそうですね、約束は約束ですもんね。じゃ、場所代わりましょ。」
あっさり引き下がるとゆきは立ち上がり、彩佳をコトーの膝の上に座らせ、その傍らに腰を下ろす。
「さ、どうぞ。私はここで見てますから。」
「どうぞって……。」
「ほら、先生辛そうにしてるじゃない。私の代わりにちゃんと気持ちよくしてあげて?
手なり口なりでね。あ、下の口は使っちゃダメですよ〜。」
「はい……?」
言葉を飲み込み、そのまま固まる彩佳。暫しの沈黙の後、目の前のそれと対峙する。
恥かしいには恥かしいのだが、日頃からお世話になっているので恐怖心はない。
行為中も決して頑なに拒んでいるわけでもないし、唇や舌を付けるくらいの事は出来る。
だがしかし。正直言ってどう扱っていいのか未だにイマイチわからないのだ。
自分には無い物だからそれは当然ではある。出来る事ならスキルアップを狙いたいところではあるが、
困惑している様を見てしまうと遠慮が生まれてくるもので、コトーもそれ以上は求めてはこない。
元々「ああして、こうして」と色々要望してくる人ではなかった、ということもある。
そんな経緯もあり、フェラチオをすることに対しては何となく敬遠していた節があったのだ。
(うー、こんなことなら本とかででも研究しておけばよかったなぁー…)と、ため息をつく。
「どうしたんですか?」
「あ…いえ……」
「あれ?出来ないんですか?なら見本でもして見せましょうか?」
「い、いえ、今しますから!邪魔しないでくださいっ!!」
動揺していることを悟られたくはない。
両手を添えてきゅっと包み込むと、一呼吸。そして「もう、どうにでもなれっ!」と勢いに任せて口を近づけた。
先ずは先端部分に軽くキスをし、そして範囲を広げ隈なく唇を這わせていく。
上手い下手といった技術面の問題よりも、視覚的な効果の方が強かった。
顔を赤らめつつ困っているかのような表情で、口付けを繰り返す彩佳の姿。
(あーーなんかすごく幸せ〜〜)と、コトーはこの異常な状況を無視してすっかり楽しんでしまっていた。
積極的に自分から口で奉仕してくれるなんてまだまだ先の事であろう、と思っていたので喜びも4割増しである。
一通り終わると、今度はおずおずと触れてくる新たな感触。柔らかく温かい、唾液に濡れた舌先が更なる刺激を与えてくる。
(『アイスキャンディーを舐めるように』っていうけどこんなカンジでいいのかなぁ?)と根元から先端に向かって舌先を伝わせる。
「くっ…」
「えっ?!」
思わず自分が発した声に対して、彩佳は不安そうな顔で表情を覗き込んでくる。その姿さえも、己を昂ぶらせる材料となる。
「ごめん、気持ちよかったからつい声が出ちゃった…。そのまま続けて…。」
照れくさいが、彼女の不安を否定してあげるためにも正直な感想を伝え、続きを乞う。
「…良かった…」
と、すっかり安心したのか先程までの困惑した表情も消えいった。
幾度と無く舐め上げ続けると、少々乱れた呼吸でコトーは言った。
「…今度は咥えてみて…。ね…お願いだから…。」
体の自由が利かないためか、いつになく素直に…いや、我侭になっている。
そんな態度を彩佳は嬉しく思い、恥らいつつも言われる通りにした。歯が当たらない様に、そっと自分の口内に導き入れる。
「うっ…」
自身を包み込む感触に、堪え切れずに声を漏らすコトー。
その声を聞くと満足そうに微笑み、柔らかな先端を唇で挟み込みながら舌先を使ってその表面を撫で回す。
「んっ…んっ……、んくっ…んっ……」
たどたどしい動きながらも一生懸命自分の体を愛でようとしている彩佳の姿を愛しげに眺める。
今すぐにでも彼女をこの腕に抱きしめたい、その頬に触れたい、その唇に貪り付きたい、
それなのに体の自由が利かず見ている事しか出来ないのが口惜しい。
「……………。」
黙って見ていたゆきであったが、次第にその表情が険しくなっていく。抑えているのも、もう限界であった。
「あああもうっ!!二人の世界作っちゃってーーー!!
何ヌルい事やってるんですか星野さんーーー!!しっかり咥え込まなきゃ!
全然なってないーーー!!ほら、代わって代わって!!」
「駄目ーーーーっ!!絶対嫌ーっ!!!触らないでくださいーーー!!」
「っっだーーーっ!!握らないでってばーーーーっ!!」
添えていた手にも思わず力が入ってしまったらしく、ちょっと泣きそうになりつつ叫ぶコトー。
夜の診療所に3人の怒号と悲鳴が飛び交う。
「…まぁまぁ落ち着いてよ二人とも。僕は十分気持ちいいよ?」
「先生は黙っていてください!」
キッとコトーを睨み、ゆきと彩佳は同時に両サイドからサラウンドで叫んだ。
怖い。目の前で女の闘いが繰り広げられている。自分のモノを握られているにもかかわらず蚊帳の外である。
「そんなんじゃいつまで経っても先生をイかせられないわよ?」
「〜〜〜〜〜〜!!」
腹立たしいやら悔しいやらで言葉がうまく出てこない。
「…絶対嫌だもん。ほかの女の人になんか絶対に…絶対に…。」
すっかり涙ぐんでしまった目で真っ直ぐに睨み付ける。
(あー…やっばーい、可愛いなぁもうーー。)
そう思ってしまうと、これ以上は追い込めなくなってしまうゆきであった。
「じゃあ私が教えてあげるから言う通りにしてみて。人に教えを乞うのも大事よ?それでいい?」
慣れていない事はすっかりお見通しだったようだ。
選択の余地も無いし、むしろいい機会でもある。渋々同意した。
「……はい…わかりました。…じ、じゃあお願いします……。」
「わかったわ。」
そう言うと、ゆきは彩佳の頭をポンポンと撫でた。
(弱いものいじめは好きじゃないけど、意地悪するのは好きなのよね〜。)
「ほら、ちゃんと咥えて。もっと奥まで呑み込むようにして。」
「んく……」
(両手に花かぁ…この状況って男のロマンってやつだよなぁ。でもなんだかなぁ……。)
少々複雑な気持ちではあるが、成すがままになっている。
「これが自分の中に入ってくるって想像して…」
彩佳も何だかんだでゆきの言いなりになっている。
「上顎に擦り付ける様に角度をつけて。同時に下唇と舌を添えるの。そのまま往復させて。」
「ううっ…」
「見て、先生すごく気持ち良さそうよ…?」
コトーにとっても彩佳にとっても今は何も考えないのが一番楽なのである。
そもそも物事を考えるだけの余裕も無い。何故だか解らないが、如何してもゆきには逆らうことが出来ない。
彼女こそが支配者(dominator)と呼ぶのに相応しいのではないだろうか。
「動かしたままで吸って。口の中を真空状態にするようにするの。あ、唾液は飲んじゃだめ。音を立てるようにして。」
口の奥の方でくぐもった音がする。
「んぐっ…んむーーっ…!」
「あっ、止めないで!そのまま続けて!!顎が痛くても我慢するのっ!!」
まともに呼吸することも出来ずクラクラしてきたが、それでも耐えた。
「はぁーはぁー…」
朦朧とする意識の中、コトーの苦しそうな息遣いが聞こえてきた。
「ほら、もう少しよ、頑張って……。」
堪えているのももう限界。
「……うっ…!」
そのままコトーは果ててしまった。熱いものが口の中に放出される。
咽ながら思わず身を引くと、呆然としてコトーを見つめる。その口元からは白濁した液体が零れ落ちる。
「うん、よく頑張ったわね。私にも頂戴。」
そう言ってゆきは彩佳を抱き寄せ、口元に残る軌跡を舌で辿ると、飲み込めずに残っている精液を絡め取るかのように口内を嘗め回す。
口内に広がる何とも言えない味とにおいに戸惑っていると、
「残りはちゃんと飲み込むのよ?」と釘を刺される。
覚悟を決めてごくりと咽を鳴らして飲み込むのを確認すると、彩佳をコトーの方に向かわせる。
「ね、先生もちゃんと星野さんを褒めてあげて。」
そう言うとゆきはまたその場から離れた。