「星野さん、今日もお疲れさま。」  
診療時間が過ぎても、彼女は家に帰る気配がない。  
 
「……どうしたの?」  
僕がそう聞いても、彼女は言葉に出して理由は言わない。  
カルテを整理する僕の後ろから彼女が腕をまわして抱きついてくる。  
そして、僕は心地よい温もりを背後に感じながら、彼女に応える。  
何故、彼女が家に帰ろうとしないのか。僕は理由を知っているから敢えてそれを咎めない。  
彼女の方を向き、ゆっくりと口付ける。それが、これからの始まりの合図。  
 
最初の頃はただ堰を切ったように、互いの身体を貪ることに夢中だった気もするが、  
今となっては、彼女のことを心底、愛しく思う。身体を重ねる度にその想いは強くなる。  
今まで忙しさと時間に流されて、今までは考えもしなかった気持ちが少しずつ芽生え始めている。  
この彼女の強さに憧れ、どことなく儚げな表情を見せる度に、守りたいと思う気持ちは強くなる。  
彼女の傍で…この島と共に。そう僕は思っていた筈だった。  
 
翌朝僕は、やたら早い時間に目が覚めた。少し風が冷たいが、綺麗な青空が広がる秋の朝。  
冬の気配すら肌身に感じる。雲は高く、陽射しはやわらかい。  
まだ彼女は布団の中で夢心地だ。昨日郵便物を取りわすれたことに気付き、外に出た。  
頭上に広がる青空と同じような、空の写真のポストカードが一枚届いていた。  
表に書いてある『LUFTPOST』の文字。そして、差出人の名には心当たりがあった…  
 
「そっか…今はドイツにいるんだ…」  
僕はそのポストカードの文面にはちゃんと目を通さなかった…そして、それを机の奥の方へしまい込んだ。  
何故この時、僕はこのポストカードをそのまま捨てることが出来なかったのか。  
この一枚のカードと、僅かに残っていた郷愁という小さな心の燻《くすぶ》りが…  
 
後になって  
僕の隣にいる、彼女を酷く傷つけることになる。  
 
 
数日後。一本の電話がきっかけになった。  
「先生ー、お電話ですよ。熊谷幹事長の秘書の方から。」  
「…えっ…まさか…」  
「そう。講演会のご依頼だそうですよ。」  
 
コトーは、まいったなあという表情を隠しきれずに電話に出る。  
マスコミで名前が出てからは、時々他の講演会や医大からも特別講師として講義の依頼が来るのだが、  
コトーは島の患者達の医療を最優先という理由をつけ、全てといっていい程、依頼は断っていた。  
しかし、小さな診療所に高価なCTやMRIを揃えてもらった熊谷幹事長には多大な恩もある。ノーとは言えない。  
冷や汗をかきながら対応を何とか終えたコトーに、今回も彩佳はこう言って勧めてくる。  
 
「離島医療を理解してもらういいきっかけでしょ。評判がいいって風の噂で聞きましたよ。  
それに、熊谷幹事長には色々良くしてもらってるんだから感謝しないとダメですよ。」  
コトーは釈然としない。飛行機にも船にも弱いのが理由の一つでもあるが、  
今回、拒否したい理由がもう一つあるのだと、彩佳に言った。  
 
「それに…江葉都先生も今回の講演会に招待されている…彼も離島医療従事者だからね。」  
彩佳は驚いた。あの一件でコトーと江葉都の関係は完全に修復されたものだと思っていたからだ。  
たとえ言葉に出さなくても、あれで完全に和解したと彩佳は解釈していたのだ。  
 
「僕はどうしても彼のことが好きになれないんだよなぁ…」  
「どうしてですか?私は和解したんだって思ってましたけど。そりゃ、あの人無愛想だけど…」  
 
コトーの妹の存在を利用し、彼の手腕を力尽くで得ようとした江葉都。  
その話を知った時、彩佳は心から彼に嫌悪を感じ、何があっても許さないと誓った。  
先生を傷つける人間は絶対に許さないと… だからこそ、心の傷を受け入れ、痛みすら分かち合いたい。  
皮肉にもこの時、二人の想いというものが、ここで一つの線に繋がった。  
コトーが彩佳に少しずつ惹かれ始めてきたのも、実はこの時からだった。  
 
江葉都の存在…たしかに、彩佳にとっても彼は心象の良い人物ではない。  
想像よりは悪い人間ではなかった。医師としての腕も確かに並外れている。が、人としては好きになれなかった。  
 
「それに、やっぱり僕、星野さんの傍を離れたくないんだよー。」  
背後から甘えて抱きついてくるコトーのみぞおちに、彩佳は肘鉄をくらわせる。  
「ぐはっ!」  
「甘えないの!講演会を聞いた人がに少しでも関心を持ってくれたら、万万歳でしょ。  
それでなくても僻地医療や離島医療って敬遠されるんだから!あと、出来れば講演会の資料、  
ちゃーんと持ってきてくださいね。先生が何喋ってるか気になりますし。」  
コトーはわざと話を聞かなかったふりをするが、さらに彩佳はにじりよって、ほぼ脅迫まがいに要求をする。  
 
「先生、聞いてるはずでしょ。私が医師を目指してるってことも。だから、先生が  
どんなことを喋っているか興味はあるんですよ。…それに、あの唐変木《とうへんぼく》な  
江葉都先生が少しでも変わったかどうかは興味があるし。お土産話楽しみにしてますよ♪」  
 
うんざりした様子のコトーだったが、その口元が微かにつり上がった。  
何か妙案でも思いついたらしく、顏を上げたら表情は一変していた。やはり何かの企みを含んでいる様子だ。  
「そうだ。じゃあ、星野さんも一緒に東京に行こうよ?気になるんでしょ。江葉都先生の近況。」  
「えっ!?」  
 
……そこから気持ち悪い程順調に話は進んだ。彩佳は驚いたが…結局同行することになった。  
本土に戻った看護師・下山と、『きちんと原さんと内さんには挨拶しにもう一度島を訪れたい』  
と言っていた音田医師と連絡がついて、あっさりと代理を請け負ってくれた。熊谷幹事長の同意も得た。  
日程はあまり長くも居れないために2泊3日と決まり、ホテルと飛行機のチケットを二人分確保したと、  
主催者側からの連絡も入って、あとはその日を待つだけだった。  
不安要素は全て解消された。何も心配することは無かった…筈だった。  
 
…たった、3日― ― その間に。  
何年もかけて築かれた二人の固い信頼関係に深い皴割れが生じるとはこの時思ってもいなかった。  
 
 
出発前夜。彩佳は明日の準備のため、早めに自宅に戻っていった。  
コトーは一人、診療室でカルテの整理を終えると、深呼吸をつく。  
窓を開ければ夜空には満天の星。最初にこの島に来た時の星空と何も変わらない。  
夜風は冷たく、コトーはぶるっと一震えすると、すぐに窓を閉めた。  
そして、机の引出しに閉まっておいたあのポストカードをもう一度取り出す。  
どこまでも澄みきった青空のポストカードは、何故かほんの少し懐かしい。  
差出人だけを確認してメッセージを読むことをしなかったそのカードに、今度はしっかりと目を通す。  
 
「結婚してアメリカに行くって風の噂で聞いたんだけどなあ…」  
コトーは苦笑いする。頬杖をつきながらカードの写真と表面の文章を交互に眺める。  
目が痛くなる程の青い空の写真は、楽しかった大学時代の日々を思い出す。  
 
悪友も含めて、友人達との語らい。勉強・価値観・夢・恋愛…男女も年齢も関係なく語れる仲間が  
確かに自分の傍にいた、あの懐かしい日々。大好きだった仲間達。  
コトーは彼らのことを尊敬し、信頼し、良きライバルでもあった。楽しく、幸せな日々だった。  
しかし、卒業と共に別離は付き物だ。留学する者、研修医となる者、研究のために大学院へと進む者と分かれた。  
遠くに行った者もいる。かつての仲間の殆どは、もう卒業してからは音信不通になっている。  
何人かとは暫く連絡も取り合ってたが…やがて、忙殺される日々によりそれも途絶えた。  
それでも最後まで傍にいた人物がいた…それが、このポストカードの差出人。  
 
ポストカードを暫く弄っていた彼は、そっと雑記を兼ねているノートに挟み込む。  
それを、明日の荷物の中にしまい込むと、ふうっと溜め息をついた。  
 
明日は早い。まだ22時過ぎ程度だったが、朝に交代としてやってくる音田医師と下山看護師との引継ぎ、  
船や飛行機との兼ね合いもあり、かなり早起きをしなくてはならない。  
荷物をまとめ終わると、彼は部屋には戻らず、診察台の上で寝た。そうしたい気分だった。  
電気を消すと、窓から満天の星が見えた。東京にいた頃には、ビルの灯しか見えなかったなどと思い出したが  
すぐに睡魔にその思考はかき消された。  
 
 
翌日午前5時半。診療所の戸を叩く音が聞こえる。  
「コトー先生ー!起きていますかー!寝てちゃダメですってば!」  
朝一番は、彩佳の声で目が覚めた。目覚ましは6時にセットしてあり。出発と引継は8時。かなり早いお出ましだ。  
まだ寝ぼけ眼のコトーは、よろよろと起きて診療所の玄関を開けて彩佳を出迎えた。  
 
「早いよぉお…星野さん…まだ6時にもなってない…」  
「何言ってるんですか!寝坊するよりマシですよ!それにホテルに着いたら仮眠も少し取れるスケジュールですから  
東京ついたら少し休めますよ。そ・れ・に。いっつも先生船酔いしてますけど。空きっ腹に酔い止め飲んでるでしょ?  
あれがマズいんですよ。だから、朝ご飯作ろうと思って。体力しっかりつければ船も飛行機も大丈夫ですよ。」  
彩佳は元気だ。コトーと二人、東京に行けることが嬉しいのだろうか、テンションも高めだ。  
「とりあえず朝食は大事ですよ。一応、軽めに作りますから、ちゃんと食べてくださいね。」  
 
ちょっとお節介で、強引だけど。彼女が可愛い。コトーは、屈託のない彼女がやはり愛おしい。  
次の瞬間、コトーは思わず彩佳の身体を抱きしめていた。心地よい温もりが、まだ寒さが残る早朝には心地よい。  
「ちょ、ちょっと先生…」  
彩佳は真っ赤になって驚いて目を見開いたが、次の瞬間、妙に身体に重みを感じる。これは、力が抜けた重さだ。  
…耳をすますと、聞こえてくるのは寝息だった…顏を上げてみると…コトーは寝ている。  
 
「もう…」  
母親の胸で眠り込んでしまった子供を起こせない気分だ…しかし、このままでいるわけにもいかないなあ…と  
思っていた時、実はタヌキ寝だったことに気付く。寝ぼけたふりをしたつもりだろうが、彼の左手が、そろりと  
彩佳の左胸に触れていたからだ。いつの間にか、肩にもたれかかっていた筈の頭が、彩佳の豊満な胸に顏を  
埋めようと、こっそり下へと移動していることに気付き、とりあえず彩佳はコトーの頭を一発叩いておいた。  
「いたたたたた…わざとじゃないんだよぉおお」  
「もう、知らない!」  
 
慌ててコトーは彩佳の後を追った。途中、…一度振り返って、空を仰いでみた。今日も綺麗な秋晴れになりそうだ。  
あの時、何も言わずにあの場所を離れた日。その時も…綺麗な秋晴れの日だった。  
 
 
トースト、スクランブルエッグ、カリカリのベーコン。そしてオレンジジュースと牛乳と  
サラダ。彩佳は朝からしっかりと立派な朝食を作ってくれた。  
だが、どうも寝起きの悪いコトーは食が進まない様子である。  
 
「う゛ー…眠い…」  
生欠伸を何度も繰り返し、眠い目を擦りながらモソモソと、トーストをかじる。  
「先生、酔い止めは直前に飲んでもダメなんですよ。これ食べたらちゃんと  
お薬飲んで、あとはフェリーの中でゆっくりしてて下さいよ。東京までは長いですから。  
…先生。実は食欲ないですか…?だったら無理しなくても、いいんですけど…」  
 
「あ、いや、そんなことはないよ。美味しいよ、すごく。」  
食がなかなか進まないのは本当に眠いだけなのか。自分は何か考えていなかったか。  
彩佳の声でふと我にかえったコトーは、急いで食事をかっ込んだ。  
 
「先生、そんなに急がなくても…でも食欲はあってよかった。7時には音田先生と  
下山さんも到着するから、挨拶もしないと。ま、下山さんがしっかりしてるから大丈夫かな。」  
「…そうだね。」  
コトーは、明るく振る舞う彩佳の姿を見て、優しい目を向けた。  
島に来た頃からずっと変わらない、優しい微笑みは、いつも彩佳を安心させる。  
 
「先生とゆっくりお話出来るのって、久しぶりかな。いつも忙しいから…」  
後片づけをしながら、彩佳はふと窓の外を見た。朝日はもう眩しいくらいに二人を照らしている。  
診療所の外に見える青い海は、きらきらと光を反射させる。夏の微かな匂いを  
残しつつ。彩佳は穏やかな海の方をじっと見つめていた。  
 
「星野さん…ありがとね。」  
コトーが後ろから、彩佳を抱きしめる。髪に顏を埋め、頬擦りをする。  
「ん…先生、誰かに見られたら…もう少しで、二人が来るし…」  
そういう彩佳の顏も嬉しそうに微笑んでいる。  
時刻は午前6時40分。一日目が、始まる。  
 
 
予定通りの時間に、音田と下山は診療所にやって来た。再会の挨拶も束の間、  
コトーは二人に色々と留守中の指示等をして、自分のスケジュールやホテルの直通番号等の連絡先を伝えた。  
すると、音田は小さな箱を二つ手渡した。その中には携帯電話が入っていた。  
 
「一応、講演会っていうことで、外に出る機会も多いでしょうから…一応、緊急用と  
いうことで僕が借りてきたんですよ。船の中や地下ですと電波が届かないかもしれませんが、  
大体の所なら大丈夫です。星野さんと別行動される場合も2台あればお互いに  
連絡を取り合えますよ。ええと、番号は…」  
 
コトーと彩佳は音田に礼を言うと、診療所の中のことは下山が説明するというので、  
再会も束の間、乗船時間が迫りつつあるのでコトーと彩佳は慌ただしく診療所を  
後にした。  
「じゃ、頑張って下さーい!何かあったらすぐ連絡下さいねー!」  
 
手を振る音田と下山の後ろに、何故か十数名のギャラリー…内さんやシゲさんも何故か  
一緒に手を振っている。  
「星野っ!何も気にするこたぁない!二人で婚前旅行を心ゆくまで楽しんで来い!」  
「おーい!ヤブよぉ!星野の腰が立たなくなるまでガンガン楽しんでこいよぉーーー!」  
 
「あのジジィ!…内さんもなんてこと言うの!」  
どうも勘違いされているようだが、うすうす二人の関係に気付いているギャラリーがはやしたてる。  
冷やかしに本気になって怒っている彩佳を、コトーは苦笑いしながらその手を引いて行った。  
 
この時貸してもらった携帯電話が、後に引金の一つになってしまうとは…この時は思いもつかなかった。  
 
 
予定通りの時間に船に乗り、荷物を置いてやっと二人は一息つけた。  
この便に乗ったのは、珍しく自分たち二人だけであり、周りには誰もいない。  
「珍しいですね…私たちだけなんて…観光シーズンも過ぎたからかなぁ…」  
 
彩佳はコトーの横で不思議そうに周りを見渡している。それと、いつも船酔いする  
コトーの体調も心配であった。自分がはしゃぎすぎたか、あまりにも早起きをさせて  
無理強いをさせてしまったのではないかと気にかかっていた。  
 
「先生、大丈夫ですか…?酔い止め、ちゃんと効いてますか…?」  
 
返事はない。やはり、気分が悪いのだろうかと心配していた時、コトーはいきなり  
彩佳を抱き寄せた。  
 
「…大丈夫だよ。だって…星野さんが傍にいるからね…不思議だなあ。星野さんのこと  
考えてると、船酔いなんて平気なんだよね。」  
 
歯の浮くような台詞に、彩佳は戸惑っていた。コトーの体温が触れる場所から伝わり、  
自分の心臓が早鐘を打ちつつあるのが気恥ずかしい。  
身体を重ねる関係になっても、どうしてもこれだけは直らない。  
 
「せ、先生…朝早く起こしちゃったし…まだ六時間あるから、ゆっくり寝てた方が…」  
「六時間あるんだもの、勿体ないよ…」  
 
いつの間にか、顎を引き寄せられ、唇を重ねられる。  
わざと彩佳を誘うかのように、何度も何度も、キスを繰り返す。  
 
「せ、先生…ここ、一応船の中ですよ…船員さんとか、誰か来たら…」  
「来ないよ。僕だって何度もこの船乗ってるからわかってる。」  
 
徐々に深く何度も繰り返される口付けに彩佳が陶酔してゆくまで、たいして時間はかからなかった。  
 
カーディガンを脱がされ、ブラウスの上から胸を揉まれる。身体のラインが目立ち、胸元が  
大きく開いているこの服のせいで、余計コトーを挑発するような姿になってしまう。  
 
「いっつも胸元が開いてる服着て来るんだよねぇ…誰かを誘ってるのかなぁ…?」  
胸先の突起を弄りながら、コトーは意地悪く彩佳を責めたてる。  
もう右手で、スカートの裾を捲り上げ、太股をゆっくりと擦る。  
 
「そ、そんなんじゃ…ない…です…」  
「でもね、君がそんなつもりじゃなくても、こうして僕が誘われてるじゃない…?」  
 
朝、悪戯を中断された時の仕返しだろうか? 言葉で責められることは何度かあっても、  
今日のコトーはさらに意地が悪い。しかも、二人だけとはいえ、船の中。余計に羞恥心が  
掻き立てられ、彩佳は余計に感覚が敏感になっている。  
「ココ、すっかり固くなってるね。ブラが薄いのかな…服の上からもよくわかるよ。」  
その部分を軽く服越しに擦られるだけで、つい甘い声を漏らし、慌てて彩佳は口を塞ぐ。  
 
「誰もいないよ。」  
コトーが全てを把握しているかのように答えると、愛撫を続ける。  
右手は、太股から少しずつ上へと移動し、彼女が最も感じる部分を求める。  
そこに辿り着くと、既に布越しからでも、かなり濡れているのが分かった。  
 
「ん?どうしたの?こんなに濡れちゃって…これだけで、変な気分になっちゃった?」  
「んっ…やだ…バカっ……分かっていること、聞かないでください…」  
紅潮した顏で必死に応える彩佳が可愛く思うコトーは、ついつい意地悪をしてしまう。  
…が、さすがに。今日のスケジュールはタイトだ。ここで体力を使ってしまえば、後々の移動に  
差し支えるのは二人ともわかっていた。さすがに、ここでブレーキをかけないと、と互いに自重した。  
 
「…せんせ…っ、そんなことしてたら、後が持ちませんよ…」  
「…残念…でもそうだね。じゃ、指でイカせてあげるから、脚の力を抜いて…」  
そう言うと、コトーは彩佳のパンティーの横から指を滑り込ませた。  
 
 
…あの後、彩佳はコトーの指で何度も達した。  
コトーは二人きりをいいことに、散々好き放題。彩佳が喘ぐ姿を見て実に満足げそうだった。  
やっと呼吸も整った頃、彩佳はジュースを買いに自動販売機に向かった。  
 
「コーラでも飲もうかなあ…もー…まだ残ってる…」  
結局、あの後収まりがつかなくなってしまったコトーの欲求は、彩佳が自らの舌と口で  
解消させたが、この行為にはどうしても慣れることは出来ない。  
後に残る物の味にも、やはり慣れてはくれない。喉の奥のほうにまとわりつく妙な感覚が  
ずっと抜けないでいる。  
 
パンティーも一枚結局そのまま履いているのは気持ち悪いので、結局新しいものに替えた。  
「もう、早速洗濯物が出来ちゃったじゃない!あのムッツリスケベ…」  
 
文句を言いつつも、結局彼のことが好きだから夢中になってしまう自分を戒めつつ。  
コトーの分もしっかりジュースを買って席に戻ったら、彼は椅子に横になり、今にも  
落ちそうな姿勢で大爆睡中だった。  
 
「あーあ。やっぱり無理してたんだ…仕方ないよね…早起きさせちゃったし、薬も  
飲んでるしね…酔われるよりはマシだから、このまま寝ててもらおっと。」  
 
彩佳は自分のバッグから、ブランケットを取り出してコトーに掛けてあげた。  
やはり日々の疲れは溜まっていたのだろう。あっという間に熟睡しているようだ。  
 
「おやすみ、コトー先生。」  
そう言って、彩佳はコトーの頬に軽くキスを落とした。  
悪態をついても、やはり彼のことは大好きなのだから。  
 
……  
真っ暗な空間にその時僕は居た。  
遠くから、僕を呼ぶ懐かしい声が聞こえる。  
「おにいちゃん、健助おにいちゃん!」  
…妹?亡くなった筈なのに?  
気がつけば、僕は子供の頃の姿に戻って、今はいない筈の妹と一緒に遊んでいた。  
 
「お兄ちゃんは、おじいちゃんやお父さんみたいにお医者になるの?」  
「うん。お前は保母さんになるんだろ?」  
「…うん、なりたい。でも…あたし、体が弱いから、きっと出来ないなあ…」  
「ばか、何言ってるんだよ。僕はお医者さんになるんだよ。お父さんやおじいちゃんと  
力を合わせて、一緒にお前を元気にするんだからな!だから僕が大人になるまで待ってるんだぞ。」  
「ほんと?」  
「うん、お兄ちゃんは嘘はつかないよ。神様に誓って。」  
 
…ああ、そんな約束をしたな…そう言ってアイツと指切りをしたんだっけ…  
でも、約束を守ることは出来なかったね。大人になって兄さんは嘘つきになってしまった。  
 
「嘘つき、嘘つき、嘘つき!あたし結局死んじゃうんでしょ! 何が『頑張れ』よ!  
だったら死んでみて!どれだけあたしが一人で怖かったのかわかってもいなかったくせに!」  
…そうだね。お前から僕への最期の言葉は『死んでみてよ』だったね。  
わかってたんだ。お前の何一つをも、理解なんか出来ていなかったことを。  
 
…「妹が死んだ…」  
その時に立ち合っても実感できなかったのに…あの時は、堰を切ったように涙が溢れた。  
 
…「五島君、あなたは何も悪くない…わかってる…あの子だってきっと分かってる…  
最高のお兄さんだったって分かってる…あなたが全てを尽したことだって…  
泣きたかったら、泣いて…私は傍にいるから…」  
雨の日の夜。思い出す、優しい声。僕の背中にまわった手の温もり…  
そして、そんな君さえ裏切って逃げてしまったことをどうか許して欲しい…  
 
……  
「…せん…せ!…コトー先生!」  
コトーは、彩佳の声で目が覚めた。気がつけばもう港が見えている。  
何時間程寝ていたのだろうか。…あんな夢を見るなんて、よっぽど疲れていたのか…  
まだ完全に眠りから覚めないコトーを見て、彩佳は思いっきり冷えたジュースを  
コトーの頬にあてた。  
 
「うわああ!冷たーーっ!」  
「目が覚めましたか?コトー先生?」  
そう言って微笑む彩佳が目の前にいた。何故だろう…半分は罪悪感が残る。  
 
「ごめんね…寝起きが悪くて…ちょっと嫌な夢を見たんだ…」  
どうも後味の悪い夢だった。コトーの中に嫌な気分が残る。  
すると、彩佳はコトーの頭を抱え、まるで子供をなだめるかのように胸によせた。  
 
「大丈夫ですよ。」  
その声と、心地よい温もりが伝わってきて、泣きたい程の幸福感にかられる。  
 
ーーその後はバスへの乗り継ぎ、東京への飛行機への搭乗とバタバタと慌ただしく  
時間が過ぎ、コトーも車酔い・飛行機酔いする暇もなく移動することだけで力を使った。  
彩佳も、コトーの体調が悪くならないことに一安心していた。  
 
羽田に到着した頃にはすっかり日も傾いていた。これからホテルに移動し、チェックイン  
すれば少し余裕も出来る。  
今夜は熊谷幹事長との食事の約束は遅めにしてあるから、少し休む時間も取れる。  
明日は講演を無事終え、もう一度関係者との会食に出席して明後日には島に戻る。  
3日間何事もなく、全てを終えればいいだけ。ただそれだけだった。  
 
なのに、どうしてあんなにことになってしまったのだろうか…些細な誤解が縺れ絡まって行くなんて…  
それが引金になって、あんな事が起きてしまうなんて、誰も思っていなかった…  
その時には、誰にも予測なんて出来なかった…  
 

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