江葉都が誘った所は、ホテルの最上階のレストランだった。カウンターは、バーになっている。  
とても落ち着いた、大人っぽい雰囲気の場所であり、先程まで感じた喧騒はなく  
雰囲気の良い音楽が流れる心地よい空間だ。  
東京の夜景が一望出来るせいか、カップル連れが多い。  
 
少し気恥ずかしい感じがする。コトーとすら、こんな場所に来たことはないのだから。  
やはり時間が時間で人は多く、カウンター席に案内された。江葉都と並んで座るのは  
緊張はしたが、悪くはないと思った。  
 
「うわ、高っ!」  
彩佳は思わず声を出してしまった。コース料理5000円。信じられないような値段だった。  
しかし、せっかくの誘いだからここは自腹かなどと思っていたら、察したかのように  
江葉都から声をかけてきた。  
 
「気にするな…どうせ面白くないことでもあったんだろう?下らないことは気にしないほうがいい。」  
見抜かれていた。それほどまで自分は落ち込んでいたのかと、溜め息をついた。  
「…わかりますか…?」  
「あの男と喧嘩でもしたのか。」  
「違います!…違いますけど……いえ、いいです。」  
 
「そうか。まあいい。好きなものを頼んでかまわない。」  
「江葉都先生の好きなものでいいですよ。おすすめとかあれば、私も同じでいいです。」  
江葉都は何品かオーダーすると、その後は彩佳に話しかけようともせずに黙っていた。  
会話のないままでは、何か気まずい感じがして、自分からなんとか話題作りをしようと頑張った。  
 
「えっと…江葉都先生…あの、ありがとうございます…それと、ごめんなさい…」  
「何がだ?」  
「あの、あたし…江葉都先生が大変なときに、すごく失礼なことたくさんしてしまって…  
心から後悔してます…本当にごめんなさい…一番大変だったのは江葉…」  
それを遮るかのように、江葉都は答えた。  
 
「…いや、むしろ悪かったのは私だ…いくら錯乱していたとはいえ…女であるお前を  
何度かあの時は殴ってしまった…すまなかった…」  
江葉都がPTSDとアルコール中毒から来る幻覚やフラッシュバックに抗っている時、確かに  
彩佳は彼に突き飛ばされ、時には殴られた。大人の男の力で本気で殴られれば  
痛くないわけがない。あの時は、いくらこんな状態であれ、なんて最低な男だろうと彩佳は思っていた。  
ーーしかし、今の彼は違う。無口で無愛想なのは相変わらずだが、一つの壁を克服した余裕が伺える。  
彼の闇は決して消え去ることはなくても、支配はされてはいない。それが彩佳を安心させた。  
 
「…私も気にしてません…良かったですね。コトー先生もきっと、今の江葉都先生を見たら喜ぶと思います。」  
そんな話をしている矢先、綺麗なピンク色のカクテルが二つ、二人の前に置かれた。  
 
「ちょ、ちょっと!江葉都先生!せっかくお酒やめたのに!」  
…すると、あっさりと彼は「ノンアルコールカクテルだ」と言い放つ。  
「うそー!絶対お酒入ってますっ!どう見てもカクテルですよ、これ!」  
彩佳はそう言いながらカクテルを口にする…確かにアルコールは入ってないようだ。  
「シャーリーテンプルというカクテルだ。アルコールは一滴も入っていない。」  
江葉都の余裕のある一言が憎たらしいが、これも彩佳を驚かせる一つの方法だったのか。  
 
「すみません、カンパリオレンジお願いします!もう、江葉都先生、サイテー!!!」  
ちょっとムっとした彩佳が頼んだのは…ファジーネーブルやらカルアミルクやら…甘いカクテルばかりだ。  
最初は含み笑いをしていた江葉都の表情が雲ってくる程、彩佳は次々とカクテルを飲み干した。  
…江葉都が気付いた時には、もう彩佳の身体がふらついており、一人で立ち上がるのも困難な状態になっていた。  
もう一杯オーダーしようと、バーテンを呼ぼうとした彩佳がふらり、と後ろによろめいた、  
…その時、江葉都の腕が彼女の身体を支えた。  
 
「飲みすぎだ。もう止めておけ…」  
先程嫌悪感を感じた、江葉都のざらりとした冷たい手の感触が伝わってくるが…何故か、心地よい。  
江葉都という男は、コトーと全く異質な魅力を持つ男だなと彩佳はぼんやりとした意識の中で感じていた。  
 
 
彩佳は強烈な頭痛と共に目を覚ました。それと、自分でもわかる程にアルコールの匂いがする。  
 
「全く、お前はどうしようもないな。自分でセーブすることを知っておくべきだ。」  
江葉都はあの後、べろべろに酔っぱらってしまった彩佳をそのまま帰すのは危険と感じ、自分の部屋へと  
背負って連れてきたのだ。エレベーターや、ロビーで通りすがりに嘲笑されつつ。  
彩佳は気がつくと、江葉都の部屋のベッドで気を失っていたらしい。ほんの小一時間程ではあるものの、  
先程よりは意識がはっきりしており、だいぶ飲んでしまって迷惑をかけたんだなと、しょんぼりと肩をすぼめた。  
 
ふと我にかえると、コトーに連絡をしていなかった自分に気付いた彩佳は、慌ててコトーの携帯に連絡を入れた。  
もう、とっくに会食は終わっている筈だ。ホテルに戻っていてもおかしくない時間帯だった。  
…が、圏外であるというアナウンスであり、留守電も設定されていないようだった。  
ホテルに電話をかけるが、まだ戻ってはいないらしいと、電話越しに伝えられた。  
 
「江葉都先生…携帯の圏外って…どんな所だとそうなるんですか…?」  
「まあ、一般的に言えば入り組んだ地下の飲食街は通じにくい。あとは建物にもよるが…そんな所だ。」  
もう一度携帯に電話をかけてみるが…やはり出ない…  
…そして、何かを確信したかのように…コトーの電話番号ではない発進履歴を辿り、別の電話番号にかけた。  
相手が出ればすぐに切ればいい…しかし、やはりその相手の携帯も圏外のアナウンス…  
『まさか…考えすぎ!?…でも…おかしい! 早く帰るって言ってた筈だもの!』  
 
ベッドを下りようとした時…足元が縺れ、転びそうになった彩佳を江葉都がすかさず身を呈して庇ってくれた。  
…見た目には抱き合っているような格好になってしまい、彩佳はみるみるうちに頬がさらに紅潮した。  
「ばか、もう少し酔いが醒めるまではじっとしていろ。このままだと転んで怪我をしかねない。」  
江葉都は動揺する様子もない。もう一度ベッドに座らされ、少し落ち着けと諭された。  
…考えてみれば。今まで、コトーはここまで優しく気づかってくれたり、エスコートしてくれたことがない。  
男の人って、こういう人もいるんだ…と思った。彩佳の頬の火照りはなかなか収まらなかった。  
 
「少し落ち着いたら、ここを出ろ。先ずは酔いを醒すのが先決だ。はっきり言って  
このままではほおってはおけないからな。怪我なんかされたらたまらない。」  
 
彩佳は頭の中では、彼の言うことは充分わかっている。しかし、今はコトーが  
戻って来ていないホテルに一人で帰りたくない気持ちの方が大きかった。  
…先の電話でなんとなく確信した。きっとあの二人は、どこかで出会ってしまったと。  
…それだけでは断定出来ないが…疑えばキリがないのもわかっている…  
しかし、今は一人でいるのが辛い…気づかってくれる江葉都の気持ちも嬉しい…  
 
酒の勢いか、興味本位か…先程から抱きかかえられた手が妙に心地よくて、  
もっと触れられていたい、などと思ってしまった…  
自分は、コトーしか知らない。他は知らなくていいと思っている。今でもその筈だ…  
しかし、それよりも今、興味本位の方が優勢になってきているのも事実。  
 
「優しいんですね…どこかの誰かさんと、大違い。」  
「そうか?誰か、とはあえて聞かないでおくが。」  
「それ、聞いているようなものですよ。知りたいですか?」」  
「興味はない…」  
「嘘つき。本当に、江葉都先生ったら性格悪いんだから…でも、今は江葉都先生の方がかっこいいかな。」  
彩佳は、自分が彼を誘っているのを自覚していた。自ら、身体を彼に密着させている。  
一つは、挑発。もう一つは、当てつけ…酔った勢い…っていうのもあるのだろう。  
 
そして、江葉都も、それに黙っているような紳士では決してないのだ。  
「お前が後悔しないのなら、悪くはない。ただ、お前の誘いかたは下手だな…」  
「いいの。慣れてる女の方が問題あるでしょー!」  
彩佳は気付いていた。実はこのシチュエーションに興奮していることを…  
その証拠に、既に秘部が濡れている。アルコールのせいか、感覚はより鋭敏になっている…  
いつの間にか唇が重ねられ、ミニスカートの裾から彼の手が忍び込んでくる。  
これから…いつも自分を愛してくれるパートナーの指ではない、別の男の指に慰められる。  
…雰囲気と衝動と嫉妬と疑いに全てを委ねた行為が、二人の間で始まった。  
 
彩佳がまだ江葉都と食事をしていた頃。  
コトーは熊谷幹事長との会食を終えた所だった。今回は料亭での食事で、あまりにも  
固い雰囲気にコトーは辟易としながら出てきた。  
「うーん、食べた気がしないなあ…熊谷幹事長と会うとやっぱり気を使うなあ…」  
旨いものが食べられるようになり、政界に復帰も出来て充実出来たのは先生のおかげと  
褒められる度に冷や汗をかく会食だった。関係者一同が帰ると、コトーはほっと安堵の溜め息をついた。  
「ラーメンでも食べて帰ろう。…星野さんは疲れて眠ってるかな…電話してみよう…」  
そう言って携帯を取り出そうとした時だった。  
 
「五島君?」  
聞き覚えのある声…まさか。今日此処に来ることを、彼女が知る訳がない筈だ。  
だが、間違いない…  
「…咲ちゃん?」  
何年振りの再会だろう…最後に会った時よりもずっと大人で、上品かつ聡明な女性になっていた。  
…かつての最愛の人が、目の前にいた。  
「どうして、ここに?…僕、連絡なんてしていないよ…?」  
困惑するコトーの姿を見て、その女性は微笑みながら答えた。  
「あなたに会えると思ったの。だから、待ってみた。…直感かな。なんか、五島君が近くにいると思ったの。」  
 
女の嘘。困惑する男。数年ぶりの邂逅。かつての恋人。嫌いになって別れたわけではない。  
正確に言えば、自分は逃げた。何も告げずに。「さよなら」も言わずに。  
咲の『直感』が嘘だなんていくら自分が鈍くても分かっている。しかし、結果的に自分が裏切った  
かつての彼女を無下に扱うことも出来なかった。  
 
「五島君、時間があるかしら?ちょっと、話があるの…」  
「…そんなに無い…それに、人を待たせてる。明日は、大事な用事もあるから、もう帰ろうと思ってた。」  
「コーヒーの一杯くらい飲める時間もないのかしら?」  
「……それくらいなら、いいよ…」  
拒絶出来る理由なんか自分に無かった。しかし、この時「NO」と言っていたらまた状況は変わっていただろう。  
その後、二人は研修医時代によく一緒に通った喫茶店に向かうことになるのだが…そこは地下街の  
一角だった…携帯の電波は届かない…  
 
 
一方…江葉都と彩佳の情事は歯止めが効かなくなっていた…彩佳の心の中…身体…全てが、麻痺していた。  
ベッドに沈む彩佳の身体は、ブラジャーとパンティーだけの姿にされ、その上に江葉都が覆いかぶさる  
格好になっていた。  
江葉都は、以外にも手慣れていた。彩佳は何の抵抗も示さず、されるがままに衣服を脱がされた。  
以外と、興味のなさそうな顏をして、女を知っている人物なのかもしれない。  
アルコールと、身体の火照りでほんのりとピンクに染まる肌と白の下着が余計にいやらしさを強調させた。  
 
江葉都は、決して彩佳の嫌がることをしない。ただ優しく、口付けを落とす。唇に、首筋に、鎖骨に。  
コトーのように、貪るような求め方ではない…どちらかといえば、優しく、柔らかにじりじりと、ゆっくり  
快楽を浸透させてくるような愛撫の仕方だ。  
「…っん…あっ…」  
絶対他の男には聞かせることはなかった筈の甘い声。その声に気付いた彩佳は、慌てて口を塞いだ。  
コトーなら、責め立てて無理矢理その声を出させるだろう。しかし、江葉都は彩佳が高まって行く様子を眺めている。  
…そんな感じだった。しかし、それも悪くはなくて…秘部から溢れた蜜が、パンティーの中心を濡らしていた。  
 
「随分と…感じているんだな…これも、あの男に可愛がられた賜物なのか?」  
その濡れた部分に江葉都は指の腹を押し付けると、秘部を丁寧に薄い布地の上から撫で上げた。  
一瞬、コトーの顏が脳裏を過った彩佳だったが、今はこの雰囲気と快楽に身を任せたいという  
気持ちが勝ってしまった。それを表情に出してしまう彩佳の姿を楽しむ江葉都は、さらに彼女を愛撫した。  
 
フロントホックが外され、直に豊満な胸を揉まれる。既に、固く尖った頂点が誘う。  
江葉都は、やたらに胸の愛撫に執着をした。  
執拗に乳首を舐め上げ、乳房を揉み、顏を埋めた。その時の彼の表情は、快楽というより安堵に満ちた表情。  
そんな感じにも見えた。  
…親に棄てられた。  
この男の持つトラウマは、自分と同じ匂いがする。酒の酔いからはもうだいぶ醒めている筈なのに…  
彼から離れられなかった。心のどこかで、もう取り返しのつかないことをしているという後悔の気持ちが  
芽生えているのに、この男をどうしても突き放すことが出来なかった…  
 
酔いが醒めるにつれて、彩佳の心の中は後悔でいっぱいになっていた。  
他の男の腕の中で乱れる自分を知ったら…軽蔑されるどころではない。失望されるだろう…  
しかし、どうしても目の前にいる男を拒否出来ない…この男は無理強いをしているわけではない。  
誘ったのは自分…そして、身体が確かに反応している…否定の出来ない事実が、彩佳をさらに惑わせた。  
 
ゆっくりと高みに導かれるのが自分でもわかっている。  
肌は火照りを増し、桜色に染まりしっとりと汗ばんでいた。下着の中心が随分濡れている。  
クリトリスが固くなっていて、じんじんと疼くのが嫌でもわかる。  
直接触れられているのではないのに、強い快楽が身体中を襲う。  
 
「我慢なんかするな…そろそろ、お前も限界だろう…?」  
「やっ…やだっ…そんなこと言わないでください…」  
 
江葉都の落ち着いた低い声が、より感覚を鋭敏にさせる。背徳的な行為だからこそ、反比例して感度が高まる…。  
彼は彩佳が耐える姿を愉しんでいるに違いない。  
一番敏感になっている部分を愛撫する指が、少し速度を上げる。  
 
「あっ…!やっ、やあんっ!…だめ、だめ…!江葉都先生、ダメ…!」  
 
彼に軽く胸先を噛まれ…同時に彩佳はオーガズムを迎えた。  
…コトー以外の男の手で初めてイかされた彼女はまだ呼吸が整えられない…  
湿った吐息だけがホテルの部屋の中に響いていた…部屋中に酷く淫らな空気が漂っているのがわかる。  
 
しかし、次にその空気を一気に醒めさせるような言葉が、彼の口から発せられたのだ。  
「帰れ。」  
 
未だ甘ったるい感覚に身体中が支配されている彩佳に、乱暴に服が投げつけられた。  
 
「え、江葉都先生…?」  
 
突然の江葉都の豹変に彩佳は一気に我に返った。しかし、あまりにも事が急すぎて、彼女は状況を掴みきっていない。  
しかし先程までの甘く誘うような彼の姿はもうどこにも無い…自分の知っていた、今までどおりの  
冷酷で何事にも無関心な男に戻っていた。自分に向けられた眼差しは軽蔑に近いものだった。  
 
「私もどうにかしていた。今日のことはすぐに忘れろ。…早く帰れ!」  
苛立ちに近い彼の声に急かされて彩佳は驚いた。だが…次に湧いてきた感情は強い怒りだった。  
「帰れ、ですって…?」  
搾り出すようにしてやっと出た声は微かに震えている。涙がぼろぼろと溢れてくる。  
 
「酒の勢いだったとはいえ、あなたに抱かれようなんて思った自分がバカだった…」  
彼女は酷く取り乱し、感情の赴くままに江葉都の頬を思いきり叩いた。  
ピシャン、という乾いた音が部屋中に響いていた。  
 
「だけど、あなたはそれ以上よ!最低!」  
屈辱とも言える彼の言葉に思いのほかダメージを受けている自分が悔しかった。  
何かに急かされるように服を身につけて叩きつけるようにドアを閉めた。彼の顏は見たくもなかった…  
 
早く身体に微かに残る全ての感覚を消したい…  
煙草とアルコールの匂い、まだ少しだけ麻痺している四肢の感覚、酒を飲んだ時の疑似恋愛に近い感情…  
一気に拭ってしまいたい。可能なら、身体から切り取ってしまいたい程だった。  
彼を拒否出来ず、本質を見抜けなかった自分の愚かさが…最愛のパートナーへの罪悪感が彼女の心を押し潰してゆく。  
彼女は息詰まるような感覚を我慢しながら、涙をこらえながら自分の滞在してるホテルへの路を急いだ。  
 
一方…  
江葉都は彼女に叩かれた頬に手をあてながら窓の外を見ていた。  
無機質に煌めいている東京の夜景の光がこの部屋の中を照らしていた。  
 
「お前は何もわかっていない…」  
小さな子供が『寂しい』と母親に訴えるようなか細い声で、そう呟いた。  
 

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