「えーっと、干潮が午前1時過ぎだから…」
「あれ、珍しいですね、先生が潮位調べるなんて。まさか釣りでもするんですか?」
「いや、今日はちょうど新月でしょ?あの洞窟行ってみない?
きっと月に邪魔されずに夜光虫が見られるよ。潮時もいいし。
たまには外でデートもいいかな、と思ってさ。」
デート。その新鮮な響きにしばしうっとりしてしまう彩佳。
「ダメ…?」
「…え!? いや、ダメじゃないです!行きたいです!」
「じゃ、決まりね♪」
診療時間中だというのに、夜のことを考えると気付くと顔がニヤけてしまう。
デート…デートだって。しかも、先生から誘ってくれた…
一日中一緒にいるとはいえ、それはあくまで仕事。
医者としてのコトーがまず一番好きだったし、尊敬もしている。
看護婦としてだけではなく、オフタイムには恋人として、愛されている。
この状況は、以前には考えられないくらい幸せではあったが、
たまに堰を切ったように身体を求めてくるとき以外のコトーは、例のごとく受け身で、
少々の物足りなさを感じていたことも事実だ。
それが何を思ったかこの誘い。彩佳が浮かれてしまうのも仕方ない。
暑い昼間とは違い、夜風が心地よく体を冷す。
キャミソール型のワンピースでは、少々寒いくらいだ。
「で、なんで先生は白衣着てるんですか?」
「あれ?なんで着てきちゃったんだろ? ま、脱ぐと落ち着かないし。
それに、どこから誰が見ても僕だってわかるからいいでしょ?」
「いや…そういう問題じゃないと思うんですけど…」
「あ!波打ち際光ってる!」
「あ、ホントだ。先生、知ってますか?夜光虫って石を投げると、その周りが光るんですよ。ほら。」
海岸に落ちていた石を拾い、投げる彩佳。投げた所に夜光虫が光る。
「すごい。石の所だけ、光の渦ができてる!」
「試しに、先生落ちてみます?きっと先生の周りだけ光りますよ。ほら!」
「う、うわ!やめてよ、星野さん!」
バランスを崩して彩佳につかまるふりをして、コトーは彩佳の手を取り、自らの白衣のポケットに入れた。
こんな他愛もない戯れあいが、彩佳にはこの上なく幸せだ。
よりそうふたりを照らすのは、満天の星と夜光虫だけ。
どこまでが海で、どこまでが空か。
360度星くずに囲まれているような、まるで宇宙に二人だけで放り出されたような錯覚に陥る。
あまりに幻想的な雰囲気に、はじめははしゃいでいた彩佳も、自然に無口になる。
「ここだったよね。あのウミガメの産卵。
朝には満潮だから、今度は閉じこめられないようにしないとね。午後まで戻れなくなっちゃうよ。」
「あはは。いくらなんでも今日は大丈夫ですよ。…うわぁ。夜光虫ってこんなに明るかったっけ…」
洞窟の壁面にちらばった、無数の夜光虫。
月明かりがない分、よけいにその小さな光が明るく感じる。
一度見ているとはいえ、その輝きに見とれる彩佳。
そして、その横顔を、コトーは愛おしそうに見つめる。
「何見てるんですか?」
「いや、やっぱり来てみてよかったな、と思って。
彩佳のその表情が見れて嬉しいよ。夜光虫の光に負けないくらい、キレイ。」
「…!な、何言ってるんですか。照れるじゃないですか…」
暗がりでも明らかにわかるくらい、彩佳は耳まで赤くなった。
「ねえ。」
「はい。」
「キスしていい?」
「はぁ?!」
「だって、彩佳があんまりキレイだからさ。キスしたいんだ」
「そんなこと…わざわざ聞かないでくださ…」
彩佳が言い終わるか終わらないかのうちに、コトーはそっと彩佳にくちづけた。
一度はなれ、見詰めあい、微笑みあい、もう一度唇がふれる。
今度は彩佳もしっかりとコトーの首に腕を回し、コトーの接吻を受け入れる。
コトーの舌が彩佳の口の中に入り込む。
拙い動きではあるが、彩佳もそれに応える。
その拙さが、コトーの欲望を刺激した。