『守るべきもの、捨て去るもの』  
 
 
「なにィ〜っ!!早矢君があの馬鹿者に告白した〜!」  
交番中に轟く大声で部長が叫んだ。  
「何故っ!どうしてっ!よりによってアイツなんだっ?」  
部長は中川の襟首を掴んでブンブン揺すって、問い詰めた。  
「部、部長っ!お、落ち着いて。落ち着いてくださイッ!」  
中川は必死の形相の部長に説明しはじめた。  
「どうも早矢さんの一目惚れらしいんです」  
「一目惚れって、ア、アイツにィ〜?中川、君じゃないのか?」  
「ええ、両ちゃんを遠くから見て、好きになったんですって」  
麗子もどこか引っかかるモノがあるらしく、考え込むような遠くを見る目で助け舟を出した。  
「そうらしいんです。現に恋文も送られてましたから」  
「ほ、本当か?」  
「ええ、大勢の婦警の前でも一目惚れって言って宣言したんですって」  
その麗子の声で落ち着きを取り戻した部長が、麗子に向き直って聞いた。  
「早矢君というのは、あの、その・・・変わってる、のか?」  
中川と麗子は顔を見合わせて、眉を顰めて答えた。  
「「さァ〜・・・」」  
それから三人は同時に腕組して、一日中考え込んでいたが結論は誰にも出せなかった。  
だが部長だけは、ある考えが浮かんだ。  
(早矢君はだまされてるか、勘違いしてるか、いずれにしても、助けてやらねば・・・)  
部長は心にそう誓った。  
 
 
「ほ〜ぅ。部長と早矢が急接近だと?」  
「ええ、なんでも弓道部にも入ったらしいわよ」  
交番でお昼を食べながら両津、麗子、中川の三人で話していた。  
「ん〜、早矢の趣味もまるで中年のオヤジ並みだからな」  
「でも、部長もまんざらではなさそうでしたよ」  
「部長も勘違いで狂い咲きしなきゃいいがな」  
「ちょっと両ちゃん、それはないんじゃない?」  
「いや、中年の勘違いとか思い込みって、半端じゃないんだぞ。わしはあまたの  
 例を知ってるぞ」  
「でも、部長さんにかぎって、そんなことは・・・」  
「あっ、今度二人で弓道具買いに行くっていってましたよ、先輩」  
「きっと、デート気分を味わいたいんだろ部長も」  
「何事もなければいいんだがなぁ」  
「両ちゃんじゃあるまいし・・・」  
「何だと!麗子!いっぺん犯したろーか?」  
「もう、すでに・・・あっ!」  
「えっ!麗子さん今・・・なんて?」  
「い、いや〜ね。もう!すぐそればっかりって、言った、の、よ」  
「な、なぁ〜んだ、そうですね。先輩は口癖なんですかね〜?」  
「ケッ!お前ら、ばかにしやがって!部長の心配するより金貸してくれ!」  
「「またですか〜?」」  
「いいじゃねぇか、今日飲みにいくんだからよ、頼むよ!」  
「もう、しょうがない人!」  
 
 
夜。  
 
渋谷の繁華街からちょっと奥に入った料理屋で部長と早矢が談笑していた。  
「いやぁ、ともかく今日は早矢くんのおかげでいい道具が安く揃えられたよ。感謝してるよ。  
 本当に有難う。この通りだ」  
そう言って部長は早矢に頭を下げた。  
「こんな形ばかりのお礼だが、遠慮なく食べてくれ」  
「同じ武道を志す者同士ですから当然のことですわ。こんなことしていただかなくても・・・」  
「いや、ほんとに気持ちだけのことだから、それにここの魚料理は結構いけるとおもうんだが、  
 どうかね早矢くん」  
並べられた料理はたしかにどれも美味しそうだった。  
「じゃあ。遠慮なく頂きます」  
良家の子女らしく、上品に箸をつけた。  
「まァ、おいしい!部長、本当に上品な味付けで、美味しいですわ。ん〜幸せ」  
いかにも嬉しそうに食べ始めた早矢をみると、誘ってよかったと思う部長であった。  
 
旬の料理に舌鼓をうちながら仕事に対する理想や夢を語り、武道に対する真摯な考え、  
そして箏や、茶道、華道、はては盆栽まで多岐多様な趣味を語る早矢。  
そんな早矢を知れば知るほど、部長の心の中であの疑問が大きくなっていった。  
(こんなに素晴らしい女性がどうしてあんないい加減な男なんかを・・・理不尽だ・・・)  
「・・・・でしょう?・・・部長?」  
「え、・・・あ、うん、そうだとも、そうだと思う。まぁそれより、どうだね早矢くんも一杯」  
心の中を覗かれた気がして少しあわてた。取り繕うように酒を勧めた。  
 
「私お酒飲んだことないんですが・・・」  
「いや早矢くんもりっぱな大人なんだから少しならだいじょうぶだろう?」  
「はい、それでは少しだけ」  
「そうでなきゃ、ささっ、これは辛口の銘酒でね」  
部長はこんな若くて美しい女性と一緒にいられるばかりか、まるでデートをしているような  
錯覚に陥り、嬉しくてしかたがなかった。  
「あら、果物の香りがしますわ」  
「うん、これは大吟醸といってね、ま、兎に角飲んでみたまえ」  
「はい、いただきます」  
「このフルーティな香りと、味わいが・・・」  
早矢は甘い香りにつられて、一気に飲み干してしまった。  
とたんに体中にアルコールが回って、ぺたり、とテーブルに突っ伏してしまった。  
「は、早矢くんっ!どうしたっ!大丈夫か」  
部長はあわてて、大声をだした。  
身体を揺さぶられて、トロ〜ンとした目を開けて早矢は答えた。  
「おいっし〜っ!お酒っておいしいですね」  
「あ、うん、だ、大丈夫かね?」  
早矢がとりあえずは目を開けたので部長は一安心した。  
席に戻って、自分も一息に飲んで、早矢にもまた勧めた。  
「もう一杯位ならだいじょうぶだろう?」  
「はいっ!いただきますわ」  
といいつつ、早矢は二杯目も飲んでしまった。  
 
早矢が二杯目を空けたのをみて、ほんのり朱色にそまった顔をみて、  
(やはり、色っぽいな、早矢くんは)  
こんな美しい、まして、娘のひろみよりも若い女性と飲んでいる。  
この事実が部長を有頂天にしていた。  
そして心のどこかでよこしまな考えが無いわけではなかった。  
と内心で想像していることを振り払うように一気にグラスを空けた。  
「ときに、早矢くんは・・・?」  
「あつい、あついですわ」  
といいながら、早矢は着ているブラウスを脱ごうとし始めた。  
「な、何を!は、早矢くん!ダメだっ!こんなところでっ!」  
部長は大慌てで、グラスを倒しながら、早矢の両手を押さえて止めた。  
(まずいっ!こんなところを誰かにみられたら・・・)  
「部長〜さ〜ん、とてもあついです」  
「よ、よし、わかった、もう、出よう、外は涼しいから」  
急いで勘定を済ませ、荷物とって早矢を抱くようにして店を出た。  
 
 
外に出て少し歩くと、幾分か体温が下がってきたのか、早矢が耳元で囁いた。  
「お酒って、おいしんですね〜」  
背筋がぞっくっとするくらい妖艶な声は部長の性感を刺激した。  
思わず、抱きしめて、これは俺の女だっ!と叫んでしまいたくなる。  
密着しているところから伝わってくる早矢の体温、鼻腔をくすぐる髪の香り。  
そして、襟元から立ち昇る” 女の匂い ”。  
(これは・・・このままではイカン!道を誤ってしまう)  
と、前方にゲームセンターが見えた。  
「きゃっ!部長さん、あそこに連れて行ってください。入ったことないんです。」  
はしゃぐ早矢をみて、ほっと溜息をついて、ま、それも悪くないかと自分に納得させて店に入った。  
 
 
クレーンゲームと格闘すること20分。  
なんとかぬいぐるみをゲットして、早矢に手渡した。  
「わ〜。部長さんすごいですわ!嬉しいっ!」  
たわいもない妖精だかなにかのキャラクター人形だが、いたく気に入ったらしい。  
「いい記念になりますわ・・・」  
少し潤んだ瞳で見つめられると、なぜかドキドキしてしまう部長だった。  
「そ、そうかね・・・気に入ってもらってよかった・・・」  
ちょっとだけぶっきらぼうに答えて、横を向く。  
「さ、それじゃ、そろそろ・・・あれ?早矢くん?」  
早矢はさっさとプリクラの機械をみつけて、あれこれいじりまわしていた。  
 
「どうしたね?プリクラ撮りたいのかね?」  
おそらく、早矢のことだ、撮ったことないだろうとふんで、  
「わしがやってやろう」 と、またいいところをみせるべく、得意げに言った。  
「はい、是非一度は撮ってみたかったんです・・・でも部長何でもできるんですね・・・すごいですわ」  
「い、いやぁ、それほどでもないさ・・・」  
心のなかでガッツポーズを決めて謙遜してみた。  
「じゃ、部長さんも一緒にお願いします。」  
「えっ、ツーショットで・・・いいのかね?こんなオジサンと一緒で・・」  
「いいえ、そんな、是非お願いします。」  
天にも昇ろうかという位、舞い上がって二人でポーズを決めて撮った。  
出てきたシールを手にして、嬉しそうに早矢が半分差し出した。  
「はい、これ、部長さんにも。」  
「あ、ありがとう・・・」  
ポケットやらバッグにそれぞれ大切そうに二人とも仕舞った。  
「なんだか、こういうのって、て、てれてしまうな・・」  
顔を赤らめて言った後で、照れ隠しに空咳を一つして表にでた。  
 
 
早矢は相変わらず頬を薄ピンクに染めたまま、部長に寄り添って腕を組んで歩いた。  
嬉しくはあったが、一応聞いてみた。  
「早矢くん腕なんか組んじゃって、いいのかな」  
「えっ、その、弓道具が何故か重く感じて、それに足腰の力が・・・ご迷惑でしょうか?」  
「いやっ!そうか、道具は、わしが持ってあげよう、こうみえても男だから」  
”男”に力を込めて部長は言った。  
「そんな、申し訳ありませんわ、上司の方に・・・」  
「上司も部下もないさ、どれ、貸して見なさい」  
「はい、お言葉に甘えて・・・お願いいます」  
あくまでダンディを気取る部長だった。  
そんなやり取りをしながら歩いていると、どうやら街の反対側の奥にきてしまったようだった。  
気がつくと辺りはホテル街だった。煌くネオンや、派手なデコレーションの建物が目立った。  
すると早矢は世間知らずなお嬢様らしく目を輝かせた。  
「わぁ!素敵!おとぎの世界が・・・まぁ!あんなに綺麗なお城があります!」  
部長は少し焦り気味になった。  
(こんなところで誰か知り合いにみられたら、マズイ、非常にマズイぞっ)  
そんな部長の心配をよそに早矢はどこかのアミューズメントパークかレジャーランドに来たような喜びようだった。  
 
「こ、これ、早矢くん、ここは・・・そんなんじゃ・・・」  
「あら、ここ、ここが可愛いです、連れてって下さい、部長!」  
寄り添ったまま、”部長”のところだけがやけに大きく聞こえた気がしてあわてた。  
「いや、ここは・・・その、あれだ、早矢くんが考えているような・・・」  
必死に説明しようとすればするほど、ストレートに言えずよけいしどろもどろになってしまった。  
そんな訳の分らない説明をして、ふと見ると、部長に体をあずけてふくよかな胸を押し付けたまま  
早矢は すーすーと寝始めていた。  
「おい!早矢くん、寝ちゃだめだ!早矢くん!」  
なんとか目を覚まさせようと揺すってみても、一向に目を開けようとしないので自然と大声で呼びかけた。  
「早矢くんっ!しっかりしてっ!早矢くんっ!」  
ホテルの入口のまん前で大声で若い女性の肩を揺すっている中年男というだけで注目を浴びるのは当然であった。  
ホテル街とはいえ、繁華街から流れてくるカップルも当然いる。  
そんな通行人にも「早矢」という声は耳に入った。  
「あれ、あれは磯鷲・・・」  とか  「あの弓道の・・・・」 とか 「オヤジが騙して・・」  
とか言う声が部長の耳にも聞こえてきた、また立ち止まって二人をまたは、早矢をじっと見ているカップルとかが  
出始め、それに気づいた部長が早矢の両肩にかけた手を離した。  
すると早矢は力なくホテルの入口にフラっと倒れかけた。  
あわてて助けようとした部長は早矢と共にホテルの中に入ってしまった。  
 
 
 

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