「奉太郎」
「!!」
「…さん」
「おい、急に何だ、お前は」
「折木さん、わたし達はもうお付き合いを初めて半年です。
わたしはお付き合いを始めたときから、下の名前で呼んでほしかったんです。
それに、摩耶花さんと福部さん方は付き合って半年の頃は、
すでに下の名前で呼び合っていました。」
「だからなんだ」
「ですから、これから…いえ今から、わたし達も下の名前でよb」
「却下だ」
「な、なぜですか」
「お前はすぐに慣れるかもしれないが、その呼び方に慣れるまでの時間や、
俺は呼ぶのにためらうだろうからな、その時の心理的なものなど、全て省エネじゃない」
「…………じゃあせめてわたしだけでもy」
「いや、俺が耐えられん。俺も千反田も今までのままでいい。」
「………それ程までに、折木さんはわたしと
お付き合いしてくださっていても、
そこまでの仲にはなりたくないのですね。
わたしは折木さんに呼んでほしかったです。下の名前で。
でもそれ程までに、呼びたくないのでしたら、 結構です。
わたしだけ、大好きな折木さんとお付き合いできた、と
舞い上がってしまいました。
折木さんはわたしが好意を抱いていることに 気づき、わたしに合わせてくださっているだけ、
ですよね。
わたしだけ、すいませんでした。今のは、 っ、わすれ て、っ ください…」
最後、千反田の声は涙を堪えたような声色だった。
「わたし、今日はお先に帰ります」
顔をあげて千反田の顔を伺うと、潤んではいるが、
いつものきらめいた瞳が、輝きを失い、一切の光を宿していなかった。
俺はとっさに立ち上がり、
教室の扉を開けようとする千反田に駆け寄り、後ろから抱きしめた。
「っ!!」
「…………」
「…………」
「あの、折木さんわたし」
「俺の千反田に対する想いは、別にお前に合わせているわけでは全くない。
俺が千反田が好きなんだ。あ、愛し てる。この想いは誰にも負けない。
呼べるなら、呼びたい。
呼んでくれるなら、呼んでほしい。
でも俺は今まで省エネ主義で生きてきた。だから、
いきなりにそんなこと千反田に言えないし、呼べない。
だから無理だと言った。しかし、勇気を出して言った千反田のことは全く考えられなかった。
俺自身、千反田と会ってから、明らかに変わってる。
それくらい、自分のことだ。気が付いている。
だから、また変わるのが少し怖かったのかもしれない。
本当に悪かった。すまない。今日のことは、俺がきちんと考えて、
また後日…いや、半年も待たせたんだ。明日、改めて返答する、でいいか?」
「……は、はい。ただ……」
「期待、してもいいですよね?」
千反田は、千反田を抱きしめている俺の腕に両手を添えた。
千反田だって勇気を出したんだ。俺だって
千反田を抱きしめている腕を一層強くぎゅ、として、千反田の耳もとで呟く。
「ああ。ごめんな、える。」
千反田の鼓動が早くなっているのが伝わる。俺の鼓動も早くなっているのだろう。耳が真赤の千反田を開放し、
「また明日な、千反田。」
と俺が言うと、こくり、と頷き、千反田は扉をあけて教室をでていった。