「ふう、調子が狂ったな」
古典部部長に頼まれた『氷菓』の販売を手伝う件を、クラス上映の映画の受付を担当している
クラスメイトに依頼したあと、入須はちょっと休憩するといってクラスを離れて校舎の中を
歩いてた。
予想通り『氷菓』を売ることに反発する者などおらず、むしろ積極的に置いてあげましょうという
反応しかなかった。古典部の果たした役割は、クラス全体にぼんやりとだが知られており、印象が
良いのだから当然だ。
しかし古典部部長、千反田といったっけ・・・にいきなり依頼をされたのには驚いた。
折木奉太郎との最後の会話の後、てっきり古典部にあの話で明らかになったことを話していたと
思ったのだ。
少なくとも千反田には話していないことがあの態度からわかった。それを知っていたら自分のところ
に頼みにくることさえなかったろう。
黙っていてくれたのだろうか? いや、むしろ話す価値もないと思ったのだろうな。
そう考えるとちょっと悲しかった。
折木奉太郎に自分の考えを見抜かれたのは今でも心に引っかかっている。というよりずっと考え続けて
いる。自分らしくもないが、後悔している、ということかもしれない。
「入須先輩は人にものを頼むのが上手ですよね」
千反田の言葉を思い出すとちょっと笑ってしまう。普通なら嫌味すれすれだ。
だが、あの娘は本当に純粋にそう思ったのだろう。買いかぶりもいいところだが。
本当に頼み方が上手なら、折木に頼むときもあんなやり方ではなく、最初からすべての事情を明らかに
して依頼すべきだった。
折木には嫌われてしまったろうな、と思う。別に学年も違うわけだし、それで支障があるわけじゃない。
でもそれを考えると悲しかった。
千反田によれば地学準備部屋では折木が一人で店番をしているらしい。そこに顔を出して、お礼もかねて
一部『氷菓』を買うぐらいはしてもいいかもしれないな。
そこで謝罪をするというのは自分の柄ではないからできない。それに許してもらえるものでもないだろう。
しかし敵意がないことを見せることはできるのではないだろうか? 再び話が出来るようになる第一歩
にはなるかもしれない。
千反田に仲介してもらってなんとか仲直りをするわけにはいかないだろうか?
自分でも突飛な発想に驚く。
千反田と折木は仲がいいのだろうな。付き合っている感じではなかったが。
もしかして折木の事が気になってる・・・まさかね。
そんなことばかり考えて、地学準備室のある離れの棟に行くかべきかいつまでも迷い続けていた。