エピローグ  
 長かったようで短い文化祭が終わった土曜日。自分でも思った以上に疲れていたのか、  
目が覚めたときにはもう昼前になっていた。  
 あいうえお盗難事件(里志の命名はいつもセンスがない)、氷菓の販促活動(そして  
奇跡とも言える売り上げ)、摩耶花の漫画研究会からのほとんど脱退になりかけた騒動  
の顛末、省エネをモットーとする自分からすれば活動しすぎだ。  
 ぼんやりしながら一階に降りてきて、居間に行く。そこでは姉貴がソファーに座って  
いた。  
 「ずいぶん寝坊なのね」  
 「ああ、いろいろあったからな。疲れた」ぶっきらぼうにそう答える。  
 摩耶花がほんとど漫画研究会をやめかけたことを何とか解決したこと、氷菓をほんと  
ど売り尽くしたことは自分でも驚くほどうまくいったといえる。あの摩耶花が後から頭  
を下げて「奉太郎、ありがとう」と礼を言ってきたぐらいなのだ。  
 あまりに意外なことにこちらの方がどぎまぎしてしまった。  
 しかしまあ自分が大したことをしなかったと思っているのは事実だ。里志は「女帝も  
かくやという調停ぶりだったね、奉太郎」と言ってくれたが、俺はちょっと方向を  
示しただけだ。大部分は摩耶花自身によるものだし、これからあそこで摩耶花がうまく  
やっていけるかどうかは摩耶花自身の行動にかかっている。  
   
姉貴は立ち上がると冷蔵庫に行き、手に麦茶のグラスを持って戻ってきた。それ自体  
は別におかしなことではないが、いつもと違うのは手には二つのグラスがあり、一つを  
俺の前に置いたことだ。  
 どういうことだ?  
 「お腹空いてるんでしょ? よかったらなんか作ってあげようか?」  
 姉貴が優しいのは何か裏があるときだ。過去の経験からそれは間違いない。  
 「何を企んでる?」そう言って麦茶を飲んだ。秋が目の前に迫っているとは言え、  
まだ暑い日が続いている。冷たい麦茶が喉に心地よかった。  
 「人聞きが悪いわね。人の好意は素直に受けとるものよ」  
 「好意ねえ・・・」  
 「古典部は楽しい?、他に新入部員も入ったみたいだし」  
 「ああ、なんとか廃部は逃れた」  
 「可愛い部員もいるんでしょ?」  
 姉貴は摩耶花のことは知っている。そして姉貴の基準では摩耶花は「可愛い」女の子だ。  
しかしここでわざわざ摩耶花の話をするわけはない。ということはつまり・・・。  
 「何が言いたい?」  
 「ほら、その千反田さんのところのお嬢さんよ。昔から知ってはいたけど、奉太郎と  
同い年というのは知らなかったわ」  
 やれやれ、どこで情報を仕入れてきているのだか。  
 「だいたい、姉貴は千反田の顔知ってるのか」  
 「いや、さすがにそれは知らなかったわ」  
 「じゃあ可愛いとかどうして言える?」  
 
 「だってほらこれ」そういうとガラスのテーブルの上に何枚かの紙を置いた。しっか  
り見るまでもなく、それは自分が部室でこっそり盗み見た千反田のコスチュームプレイ写真  
だとわかった。急なことでさすがに狼狽する。しかし姉貴は俺がこの写真を見たことは知ら  
ないはずだ。努めて平静を装いつついった。  
 「妙な写真持ってるな。どうしたんだこれ」  
 「ま、いろいろつてがあってね」  
 姉貴のことだ、先輩の誰かを通じて写真部にコネでもあるんだろう。まったく油断できない。  
 「これプライバシーの侵害だろ。ちゃんと処分しろよ」一応は非難する。  
 「あら、欲しくないのこれ?」  
 「何言ってるんだ?」  
 「言うこと聞いてくれたらあげてもいいわよ、ちょっと頼みごとがあって」  
 「断る」姉貴が企んでいたのはこれだったのか。  
 「固いのねホウタロウ。ま、私のたったひとりの弟なんだからアドバイスしておいてあげると、  
のんびりしている性格はあんたのとてもいいところだと思うわ。でもときには急いだ方がいい  
ときもあるんじゃないかしら?」  
 「意味がわからない」  
 「千反田さんのお嬢さん、誰かに取られちゃってもいいの?こんな可愛い子なら、高校在学中、  
いや一年生の間にだって誰かが言い寄ること間違いなしね」  
 「そ、そんなのは彼女が決めることだ」我ながら狼狽を隠すことができずにそう答えた。確か  
にそういうことを考えなかったといえば嘘になる。しかしはっきり意識して考えたことはなかった。  
 「あんたはそれでいいの?」  
 「そりゃそうだ。俺には関係はない話だもんな・・・」そうは答えたものの、千反田に彼氏が  
できる、誰かと付き合うということを想像するのは、信じられないような動揺を心にもたらした。  
自分らしくもない。  
 「ま、いいわ。あんたが決めることだから。でもたまには姉を信頼して相談しなさいよ。悪いよう  
にはしないから」そういうとソファーから立ち上がった。  
 「そうそう、これ一冊もらっておこうかしら」テーブルの上にあった『氷菓』を手に取った。  
「楽しみね、奉太郎の文章読むのも」  
「一冊200円だぞ」慌てて言う。  
「じゃ、その写真で支払うわ。本当はもっと高いものなんだけど、姉のよしみでまけといてあげる」  
そういうと氷菓を手に持ったまま台所に向かって行った。  
 
俺はテーブルの上に残された写真をいつまでもじっと見つめていた。  
 
【完売御礼】  
 

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