その日はたまたま部室に俺一人で、例によって100均で買った推理小説を読み耽っていた。  
 
そこへ伊原が突然やって来た。  
「里志はどうした。」  
「私は別にふくちゃんのお守りじゃないから知らないわ。」  
またケンカをしたのか、よく飽きないものだ。  
ケンカの原因は、大方、里志が手芸部の女子の手を取って編み方の指導してる様子を勘違いしたという所だろう。  
もっとも里志が女子の手に触りたいから手芸部に所属してる可能性は高い。  
 
「何か悔しくて耐えられない。ねえ、折木、今度デートしない」  
あまりに意外な話で聞き直す。  
「デート、俺とか」  
「そうよ、ここにはあんたしか居ないじゃない」  
顔を赤らめる伊原が可愛いのは昔から知ってはいるが、こいつの性格から推測すれば、本気じゃない事は確かだ。  
とすると、里志の気を引く当て馬になれという事だ。手短に聞く。  
「デートの様子をどうやって里志に見せるつもりだ?」  
「やっぱりね。話が早くて助かる。今度の日曜日に、あんた行きつけの喫茶店前で待ち合わせする。  
後は私の指示に従って、3ヶ所のデートスポットへ、という流れ、折木、協力するわよね。」  
まだ、肝心の里志に見せつける方法を聞いていない、伊原が続ける。  
「ふくちゃんはちーちゃんが今頃誘ってるはず。別の喫茶店で待ち合わせして、同じデートスポットで偶然出会うという筋書き。つまり、偽装ダブルデート」  
「里志にバレないか。それより千反田がよく同意したな。」  
「ちーちゃんに相談したら、すごく面白そうだから協力するって言うから、頼んだの。」  
なるほど、好奇心の亡者の千反田なら、里志と伊原の仲を進展させるため協力してもおかしくはないかもしれん。  
 
すると、伊原が急に改まって真剣な表情になり尋ねてきた。  
「ねえ、大事な事だから正直に教えて欲しいのだけど、ずばり、ふくちゃんは私の事どう思ってるのかな。  
推測でもいいから聞かせて」  
里志が伊原をどう思ってるかは、未だ保留なので、推測だけで話す。  
「はっきりと好きとも嫌いとも聞いていない。  
まあ、嫌いなら、同じ部に入って、顔を合わせ続けるような事は、俺ならやらない。  
この学校は似たような部活が多いから、里志なら、そちらに乗り換えるだろう。  
それをしないと言うことは。少なくとも嫌われてはいないという事だ。」  
伊原はそれを聞いて、安心したのか、微笑んだ。  
 
 
偽装ダブルデートの朝、伊原と待ち合わせの喫茶店前に行く。伊原はとっておきの勝負服を着て既に来ていた。  
「遅いじゃない。普通女の子より前に来ているものでしょ。まあ、折木だから仕方ないか」  
今日も毒舌が冴えている。  
「任せる」俺はそれだけ言うと伊原の右側に並んで立った。  
伊原が俺の左腕に右腕を絡めてくる。くっ付き過ぎだ。  
「では、行きましょうか。奉太郎さん、最初は行きつけのゲームセンターね。」  
「奉太郎さん、らしくないセリフだな」  
俺が小声で言うと、伊原は俺の左足の甲を踏みつけた。  
「私だって、別にあんたとデートしたくてしている訳じゃ無いわよ。ふくちゃんの気持ちを知るにはもうこれしか無いから、おとなしく協力して」  
伊原も千反田の様に言葉を選んで話せないのだろうか、里志が伊原への返事を保留にしているのは、その言い方が原因じゃないか。  
そんな取り止めのない事を考えているうちにゲームセンターに着いた。  
 
ここは、里志とは何回か来ているが伊原とは初めてだ。  
入口近くにあるUFOキャッチャー付近に居ると、少し遅れて里志と千反田が手を繋いで入って来た。  
伊原は彼等に向かって言う。  
「奇遇ね。私は奉太郎さんとデートなの。奉太郎さんはふくちゃんと違って私だけ見ててくれるから好き。あらそちらは千反田さん。意外。」  
千反田が言い返す。  
「私も里志さんとデートです。お互い楽しい時間になると良いですね。」  
どちらも棒読みのセリフだ。  
最初から、この計画は杜撰過ぎる。  
里志は、もう演技と知っててトボけてるだけじゃないか。  
千反田に手を握られて、ニヤニヤしてる。  
だが、それを里志に伝える事もできない。  
なるようにしかならん。  
まあ、元々は里志の浮気癖が原因だ、失敗しても自業自得、俺が失う物はない。  
 
服装をよく見ると里志はデートらしからぬ格好をしている。お世辞にも似合ってはいない。手芸部で作った作品か?  
千反田はというと、見慣れた普段着だが、今日は珍しく濃い目の口紅をさしている。  
つい、千反田と目線が合うと、何故か千反田は顔を伏せた。  
おそらく、慣れない事をして、恥ずかしいのだろう。  
偽装工作に付き合わせてすまんと心で念じた。  
「奉太郎さん、向こうへ行きましょうか。」伊原がまた棒読みのセリフを吐いて、俺の左腕を痛いぐらいに掴んで、体を寄せて奥へと歩き出した。  
「私たちも行きましょう。」千反田の声が聞こえる。  
最初のスポットでは当たり前の様に失敗だ。  
まるで小学生の学芸会レベルだが演じてる連中は真剣だから、笑うのは失礼というものだろう。  
 
2人が去ったので、ここで次の作戦を聞いておく。  
 
次のデートスポットは動物園  
千反田が入口近くのサル山に里志を誘導する予定で、彼等から見やすい位置に行って見せつけるとのこと。どう見せつけるのか聞いたら頬を赤くして  
「私に任せれば良いの」とだけ。  
いや、俺は覚悟したいだけなのだが。痛くはしてほしくない。  
 
俺たちが動物園へ着くと、今度は里志たちが先に来ていた。  
計画どおりにサル山のそばで、楽しそうに会話している。  
伊原は今度こそという勢いで俺を里志たちの近くに引っ張って行く。  
「焦り過ぎて、不自然に思われないか」と呟いたが、「さっきは消極的過ぎて失敗したんだから、今度はもっと積極的にやってみる」との返事。結果に責任を取らないで済むのは楽だ。  
 
近くに着くと、里志が千反田にサル山でサルについての薀蓄を披露しているのが聞こえる。千反田も時々頷いて楽しそうだ。  
 
そこへ俺たちが邪魔に入る。  
見せつけるために、彼等の真向かいに立ち、伊原は俺の方へクルリと向き直して、俺の首に両手を掛けて来た。  
伊原が背伸びをして、顔を近づけ、俺に囁く。  
彼等からは、俺たちがキスをしてるように見えるだろう。  
 
「ふくちゃんは、どう?少しは動揺している?よく見てて」  
正直、こういう事に慣れてない俺自身が動揺している。  
里志たちはというと、千反田は又、顔を伏せているし、肝心の里志は呆然という感じだ。  
「もう少しで、動くかしれない。かなり動揺している様だ。」  
「そう、じゃいっそ、キスしちゃわない。私じゃ嫌?」  
からかうのもたいがいだ。当然拒否。俺は首を横に振った。  
「全く、鈍いんだから。仕方ない。最後の場所に移動するわよ」  
 
最後は、何と駅前のラブホテルだという。  
さすがに高校生が入る場所じゃない。学校にバレたら最悪退学だ。  
それに世間体を気にするお嬢様の千反田が同意したのだろうか。  
 
ラブホテル付近に着いた。  
一緒に入ると関係を疑われるので、セオリー通りに時間差を置いて入館する事に。  
 
先に俺が入り、5分待って伊原が入る手順にした。  
しかし、5分待ったが、伊原は来ない。里志たちと出くわしタイミングがずれたのかと思い、更に10分程待っていた。  
 
一人ロビーで座っている間に今回の事を最初から振り返ってみる。  
妙なことが多すぎるからだ。  
 
伊原は里志の嫉妬心を煽るための計画と言った。これは伊原が依頼人、里志はターゲットになる。  
これが本当の目的なら里志と千反田がデートする必要は無い。  
里志が目撃するように仕向ければ足りる。その方法はいくつもある。デートの予定を第三者から知らせて尾行させる手でもいい。  
 
だが、千反田は巻き込まれ偽装デートしていた。  
下手ながらセリフ付きの演技だ。  
 
里志が依頼人で千反田がターゲットの可能性はまずない。里志が千反田とのデートで、里志に求愛している伊原に協力を求められるはずはないからだ。  
 
残る可能性を考える。それは千反田が偽装でデートし、それを誰かに見せつけるのが必要なケースだ。  
それが正しいなら、その誰かは...  
 
 
その時、ロビーに人影が現れる。  
やはり来たのは千反田だった。  
俺の姿を見つけ、駆け寄って来る。  
「折木さん、これを」  
2枚の便箋を渡される。里志と伊原の直筆の手紙だ。  
 
「奉太郎、もう気付いていると思うけど、今回の偽装ダブルデートは千反田さんの依頼なんだ。  
僕と摩耶花のケンカは嘘。  
正直、初めて握った千反田さんの手は冷たく柔らかで...  
摩耶花以外の女性と過ごすって、知り合いなのに緊張した。  
おっと怒るなよ奉太郎、これは役得。  
でも、彼女は結局、僕を見ちゃいない。  
それは分かる。僕は友達以上にはなれないということだ。  
あと、摩耶花がキスのフリをした時は焦った。あれは予定外だったんだ。  
まあいい、僕たちはこれからカラオケに行って打ち上げする予定、奉太郎も少しは楽しめ。」  
 
「折木、騙してごめん。ちーちゃんがどうしてもあんたの本音を知りたいと言うから、この計画を立てたの。  
この前、あんたが彼女を嫌いじゃないはっきり言ったから、私も覚悟を決められた。まあ、あれは誘導尋問だったけどね。  
 
正直に言うとね。察しが良いあんたをこんな小芝居で釣れるとは思えなかった。  
でも、あんた、彼女が絡むと、冷静さを失う事が多いからねそれに賭けてみた。  
(追伸)  
彼女には、事前に大胆にふくちゃんに迫って構わないからと忠告してたんだけど、あれが彼女の精一杯みたい。  
演技でも、誤解されたくないとか。私に悪いからとか。  
もう中学生じゃないのにね。  
 
あとはちーちゃんが自分で話すってさ。  
全く、こんな朴念仁の友人持つと苦労するわ。少しは成長しなさい。  
(さらに追伸)もし私にキスしようとしたら、中止にしたよ。かなりヤバかったでしょ?」  
 
千反田は下を向いたまま黙っているので、俺の方から話かける。  
「千反田、正直に話して欲しい。ここまでの事をする価値が俺にあるのか?」  
意地の悪い質問だと思うが、ここまで来たら、はっきりさせるべきだ。  
 
千反田は俯いたまま、ゆっくりと話してきた。  
「まず、折木さんを騙した事を謝らせてください。ごめんなさい。  
怒ってますよね。当然です。」  
千反田は顔を上げ、俺に視線を合わせる。  
鮮やかな口紅の色が映え、大きく見開いた瞳がじっと俺を捉えて離さない。  
それはいつもの好奇心一杯の顔ではなく、覚悟してる乙女の顔だ。  
「先ほどのご質問の答えはあるとしか言えません。おそらくそれは幾つも言葉を重ねても理解してもらえないのでしょう。  
だから、こうするしか...」  
そう言うと千反田は俺の右手を両手で掴み、自らの左胸に手の平を押し付けた。  
柔らかい胸の感触の奥に激しい鼓動感じる。  
 
その時、放送が流れた。  
「お客様、ロビーでの行為はご遠慮ください。」  
監視カメラで見ていたのだろう。  
 
ハッとして、千反田は手を離す。  
感情が昂ぶると周囲が見えなくなるのは変わらない。  
「部屋へ行こうか」「はい」  
チェックインを済ませて、客室へ入った。  
 
 

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