交代でシャワーを浴びた後、備え付けのガウンだけを羽織り、ベッドに座って、千反田に尋ねた。
「ここに来ると決めたのは千反田か。」
すると、千反田は1枚のチラシを俺に見せた。
「只今、オープン記念サービス中、神山高校生大歓迎」とある。
「これ、入須さんから貰った割引券です。ここ恋合病院の系列で、最近不衛生が原因で性感染症が増えているから、その対策の一貫として建てたそうです。
だから、いざという時に使いなさいって。病院並の衛生管理をしているから安心です。」
用意周到な事だ。まあ、あの女帝ならあり得る。
高校生もターゲットにしないといけないとはこの業界も大変だ。
それにしても眠い。エネルギー切れだ。
「疲れきったよ」
「まだ、眠らせませんよ」
「勘弁してくれ」
「ねえ、折木さん」
「いや、奉太郎でいい」
「では、えると呼んでください」
「わかった」
「ねえ、奉太郎...さん、前からお聞きしたかったのですが、摩耶花さんとは、小学校からのお付き合いだそうですね。女性として意識された事は全くなかったのですか?」
答え難い質問だ。幼馴染の女性は兄弟に近いものだし。
「伊原は妹みたいなものだ。性格はキツいし、その点は姉に良く似ている」
「ああ、それで奉太郎さんは兄弟関係を悪いものと思われたのですね。今日、迫られた時、どうでした。」
「可愛いとは思った。妹としてな。でも妹や姉にキスする気にはならん」
いろんなトラウマが蘇る。
女性運の無い半生だ。
「摩耶花さん半ば本気だったらしですよ。」
「そうか。じゃ、ちた、いや、えるはキスしても良かったのか」
「それは...嫌です。あの、奉太郎さん。ここでキスしてもらえませんか」
千反田が伊原の仕草をまねて俺の首に両手を回して、顔を近づける。
俺は千反田の体を引き寄せキスをした。
息が苦しくなったので離したが、千反田は不満なようだ。
俺も興奮してきて、眠気は収まっていた。
この際、もっと踏み込んだ質問をしよう。
「なあ、える。俺はこんなぶっきら棒な言い方しかしてないが、不快にならんのか」
「むしろ心地よいですよ。私は持ってまわったような言い方されると理解するのに疲れてしまうのです。奉太郎さんはそのままが良いです。」
やはりなと考える。千反田高い記憶力とそれ釣り合わない思考力。それは千反田の抱える闇の部分だ。
だが、それを明らかしても益は無い。
本人が自覚して、治せるなら治す手伝いはしよう。
治せないなら、俺が代わりに考えるだけだ。
「私、折木さんの気持ちが気になります。」
折木さんがお休みだった日に古典部のお二人にお聞きしました。
お二人は驚かれ、直ぐに笑い出されました。
「私、真剣なんです」
そういうと、摩耶花さんは
「あ、ごめん、ちーちゃん。ちーちゃんを笑った訳じゃないの。あいつはちーちゃんの事好きなはず。まあ、感情を表せない欠陥動物だから仕方ないか。」
福部さんは
「態度で分かるよ。奉太郎は千反田さんを好きなのは間違いない。
中学校の頃の奉太郎では考えられない積極性を見せてるし」
「どういう事でしょうか」
「いいかい千反田さん。
中学校の頃の奉太郎ってね。やるべき事以外は全くやらなかったんだ。徹底してね。」
「ちょっと違うわよ。ふくちゃん。小学校に入学してからずっとよ」
「そうかい?ともかく奉太郎の省エネ主義って筋金入りだったからね。授業も聞いているんだかどうだかわからない。ぼうってしてるだけ」
「それなのに、テストで赤点取った事は皆無、かといって好成績だった事もない。5段階評価でオール3なの」
「どうしてそうなったのでしょうか?」
「いや、僕にも分からない。」
「私にもさっぱり」
「ではお二人はどうして折木さんのお友達になられたのですか?」
「私は友達じゃないわ。腐れ縁てだけ」
「僕は奉太郎に助けられた事があるんだ。」
「どういう事ですか?差し支えなければ教えてください。」
「僕は学校の勉強よりも自分の興味を優先するからね。
それをやり過ぎてテスト直前になって慌てた事があった。
全然授業をメモしてなかった。
テストの範囲が広すぎてヤマを掛ける事も出来なかった。
その時だよ。奉太郎が僕に初めて話しかけたのは」
福部さんがその時の折木さんの言葉を口調を真似て再現してくれました。
『おい、おまえ、明日のテストはここと、ここと、ここと、この問題しか出ないはずだから、そこだけやっとけ』
そっくりです。
「追い詰められてた僕は半信半疑だったけど、そのアドバイスに従った。そして本当にその通りのテスト内容が出た」
「最初は試験問題を盗んだんじゃないかと疑ったけど、次からは違ったんだ。
全部じゃなくて、半分以上は当たってた。盗んでたなら、それは有り得ないからね。
あいつに御礼を言うと、いつも『偶然だ』『たまたまだ』『運が良かっただけだ』とだけ。それからだよ。僕が奉太郎に興味を持ったのは。
ところで千反田さんは気付いてるかな?
奉太郎って推理が終わると、ニヤリとするんだ。凄く微妙で分かり難いけどね」
「えー、知らなかった。」
「なんだ摩耶花もかい?」
どうやら、折木さんて表情が読み取りにくい方のようです。
困りました。私、人の表情から気持ちを読み取る事が苦手なんです。
幼馴染の摩耶花さんですら分からない微妙な表情が私に分かるとは考えられません。
「では、どうしたら、折木さんの気持ちを知る事が出来るのでしょうか。表情を読み取るのではなくて、他の方法で何とかなりませんか?」
「うーん、そういわれても奉太郎は言葉では感情をまず表現しないからなあ。」
「方法はあるにはあるわ。でもその前に聞くけど、ちーちゃん、本気であいつの気持ち確かめたいの?」
「私、いつでも本気です。」
摩耶花さん。真剣な顔になりました。
「分かった。じゃ教えるわ。千反田さん『性愛』って言葉知ってる?」
「いえ、まだ習ってません。」
「授業では多分教えないわ。私もふくちゃんからこの前聞いた言葉だから。」
「デート中にね。」
「どういう意味の言葉ですか?」
「真顔で聞かれるとはずかしいんだけど、性行為で愛を確認するって事」
摩耶花さんと福部さん。見つめあってます。照れてるようです。
「それって、つまり、折木さんと私が...しちゃうという事ですか?」
「そういう事、だから覚悟あるのって聞いたの。私たちはこうしてたって、目くばせとか、会話で愛を確認出来るんだけど、折木とちーちゃんでは、それ難しいでしょ。」
「残る問題は、何処でするかだね。」
「私は折木さんとなら、何処でも良いですが」
「ちーちゃんて、意外に大胆ね。極端な話だと、学校でも良い訳?」
「それは流石に嫌です。他の方から覗かれたら困ります。あっそういえば」
そこで、いつもお世話になっている入須さんから、新築のラブホテルのチラシを
頂いていたのを思い出しました。
「摩耶花さん。これ」
「あ、それなら、私も昨日貰った。綺麗なホテルね。この学生歓迎というのもい
い。ちーちゃん、ここにしたらどう。」
「そうします。」
展望が開けました。あとは勇気だけあれば....
性行為がどんな事かは小学5年生の頃に授業で覚えました。
女子だけで体育館集まって、男子は締め出しの秘密授業でした。
その時に担任の先生が「これは、まだまだ先の事です。でも、愛したい人が出来
た時に、慌てないで済むように、しっかり覚えておきましょうね。」と仰いました。
今がその時なのでしょう。
「私、決心しました。折木さんとして、気持ちを確かめます。いろいろとアドバイスありがとうござました。」
私はお二人にお礼をして、立ち上がろうとしました。
「落ちついてちーちゃん。『折木さん、ラブホテルに行きませんか。』と誘う
気?断られるのが落ちよ」
「ああ、そうですね。では、どうしたら良いのでしょうか?」
座り直します。
「実は、奉太郎が拒否できない頼み方があるんだ。」
「ふくちゃん。どういう事?」
「奉太郎と知り合ってから約3年間、観察してて分かったことがある。
彼の行動原理は省エネだ。それは間違いない。やらなくてもいいことは、やらない。
やるべきことは、手短に。
では、その「やるべきこと」とは何か。
まず学生なんで当然勉強だね。でも、合格点さえ取れれば済むから、必要以上の
勉強もしない。
必要以上のことするには無駄なエネルギーが掛かるからね。
もう一つは争いを回避すること。争いは無駄なエネルギーだからね。
体制には逆らわない。目立つ事はしない。怖いと思っている人に逆らわない。
そこで、摩耶花から奉太郎に頼んで欲しいんだ」
「え、私が?」
「摩耶花は奉太郎に積極的に話かけたことあまりないんだろ。」
「そうね。小学校に入学したばかりの頃は、何度か話かけたけど、あいつって、
結局無視するから。」
「でもね。奉太郎の弱点は摩耶花なんだよ。奉太郎は摩耶花を怖がっているから
ね。摩耶花の頼みごとなら、断らない。
でもこの方法は欠点もある。これって奉太郎にとって嫌な取引なんで何度も使う
と奉太郎は古典部を辞めてしまう。」
「私、それは嫌です。」
「だから、今回だけにしようと思う。」
「奉太郎に頼むって気が引けるわ。」
「頼むよ、我が古典部の部長様の直々のご依頼でもあるし。」
「摩耶花さん、お願いします。」
「分かったわよ。で、どう頼むの?」
「そこで、僕が考えた即席のシナリオだ。摩耶花が奉太郎をデートに誘う。
理由は千反田さんに浮気をした僕への腹いせだ。奉太郎は、しぶしぶ従う。でも、当日に休む確率が高くなる。
そこで、千反田さんの登場となる。当日は千反田さんと僕もデートする話をする。
奉太郎は本気かどうか気にするはずだからまず確実に来るだろう。
デートする場所は、3箇所だ。
それ以下だと怪しまれるし、それ以上だと奉太郎のエネルギーが切れる。
最後はそのチラシのラブホテルにしよう。
他は、あいつが行き慣れている場所がいい。慣れている場所では警戒心が緩むからね。
奉太郎の行き慣れている場所といえば、中学校の帰りに立ち寄ったゲームセンター、市民パスで無料になる動物園ぐらいかな。」
「ずいぶんと寂しい話ね。」
「奉太郎って、基本は家でゴロゴロしているだけの怠け者だからね。」
「それでデートってどうすの?」
「移動は別行動だけど、場所ごとに互いにいちゃつく様子をあいつに見せる。いちゃつく方法は、摩耶花が僕にしてくれたようにして、構わないよ。
奉太郎は摩耶花に手を出すことは決してない。後が怖いと考えるから。」
「積極的に迫っていいの?まあ、ふくちゃん公認なら良いかな。
ちーちゃんもふくちゃんに積極的に迫って構わないから。その方があいつの刺激になるでしょ。」
「できる限りやってみます。摩耶花さん。演技ですね。」
「そう、演技、まじめにやる気はないわよ。」
「大事なのことは奉太郎に千反田さんの様子が分かるようにすること。そうして、奉太郎の中の千反田さんへの思いがはっきり意識されるようなると期待しよう。」
「わかった。やってみるわ。でも、ふくちゃん。なんか嬉しそうじゃない。」
「いや、興味が沸く展開になりそうだからね。」
「摩耶花さん、福部さん、よろしくお願いします。」
私は良い方にめぐりあう運命のようです。お二人にここまで協力していただけるなんて。
その後で、摩耶花さんから『性愛バイブル』という本を貸していただきました。
これを読んで、当日に備えなさいとのことです。折木さんは、こういうことに疎いからとのこと。
家で、じっくりと拝見したのですが、すごい内容です。
私も高校生ですから、時には折木さんの事を思って一人でするのですが、二人でないとできないあれやこれがあって、もう、なんだか当日にどうしましょうっていう感じです。
特にお尻でする話に興味湧きます。
私、そこが敏感なので。