「はあ……」  
「何よ折木、辛気臭いわね」  
 何度目かもわからぬ溜め息に伊原が眉根を寄せる。  
 俺の様子に千反田と里志も怪訝そうな表情をしていた。  
「そうだよホータロー、明日から冬休みだというのに何でそんな憂鬱そうなのさ」  
「いや、どうかしてた昨日の俺をぶん殴りたくなっててな」  
「な、何かあったんですか!?」  
 わたし、気になります!と言わんばかりに千反田が詰め寄ってくる。  
 言いたくない。  
 省エネ主義者であるこの俺が今から行うことを考えると憂鬱にもなろうというものだ。  
 だが、行わなかった場合は昨日したことや色々なものが無駄になるわけで、それこそ省エネではない。  
 俺は覚悟を決めて立ち上がる。  
「折木……さん?」  
 訝しげな千反田を尻目に俺は普段は誰も使わない部活用の棚を開けた。  
 そこから朝一番に隠しておいた三つの包みを取り出す。  
「里志、千反田、伊原、メリークリスマスだ」  
 そう言ってそれぞれに包みを渡す。  
「「「……………………え?」」」  
 あまりの事態に三人が硬直している。  
 そりゃそうだ。こんな行動俺自身が信じられない。  
「と、突然どうしたのさホータロー!?」  
 パニックから最初に抜け出した里志が素っ頓狂な声を上げる。  
 それにつられてか千反田も伊原も我に返ったようだ。  
「お、折木、あんたどうかしちゃったの!?」  
「折木さん!? 折木さん!?」  
「だから、どうかしてたって言っただろ」  
 予想通りの反応に俺は椅子に座って頭を抱える。  
 一昨日の夜、俺は酔っ払った姉貴に酒を飲まされた。  
 その時の会話の中で『たまにはお世話になってる部活の友達とかにプレゼントとかしてみたら?』とか言われ、言葉巧みに誘導されたのだ。  
 俺も酔った勢いで了承してしまい、『あいつらの欲しそうな物をプレゼントする』と言ってしまう。  
 しかも録音までされ、約束を破ることさえできない。プレゼント用の資金まで渡されてはもう逃げ場もなく、寒い中俺はクリスマスムードの商店街に出向く羽目になってしまった。  
「まあ……俺からというのが信じられんのならサンタから貰ったとでも思っとけ」  
「あ、うん……ね、ねえ開けてみていい?」  
「好きにしろ、大したものは入ってない」  
 ガサガサと三人は包装を解く。  
 
「お手軽裁縫セット新バージョン!? 買おうか悩んでいたやつだ!」  
「あ、スケッチブック……そろそろ残りが少ないって思ってたのよね……」  
「わあ、可愛い髪留めとヘアゴムですね。ちょうど前のが古くなって新しいのが欲しかったんです!」  
 三者三様に声を上げ、それを聞いて顔を見合わせる。  
 そのまま一斉に俺の方に向けた。  
 俺はぷいっと視線を逸らす。  
「折木……あんた何でわたし達の欲しいもの知ってるのよ?」  
「偶然だ」  
 そう、偶然だ。  
 一緒に帰った時に店の前での里志の目線に気付いたのも、部室でペンを走らせていた伊原のスケッチブックの残りが少ないのに気付いたのも、千反田の髪を縛るヘアゴムがヘタっていたのに気付いたのも。  
 本当にたまたまだ。  
 ふっと里志が柔らかく笑う。  
「ありがとうホータロー、大事に使わせてもらうよ」  
「そうね、礼を言うわ。ありがとう、折木」  
「あ、ありがとうございます折木さん……その、わたし、お返しできるものがいま何もなくて」  
「いらん、何か欲しくてしたわけじゃない」  
「で、でもそれではわたしの気がすみません!」  
「……じゃあ今度メシでも食わせてくれ。それでいい」  
「はい、わかりました!」  
 学食か喫茶店で適当に奢ってもらおう。  
 そのときはそう考えていたのだが。  
 別れ際に改めて三人から礼を言われ、帰宅すると人の気配がない。  
 親はわかるが姉貴はどうしたのかと思っていると書き置きを見つけた。  
 どうやら友人宅に招かれたので泊まってくるようだ。夕飯は心配するなと書いてあるが、どこかに用意してあるようには見えない。  
 何かないかと周囲を見回していると玄関のチャイムが鳴る。  
 誰だこんな時にと思いながらドアを開けると、そこには頭脳明晰容姿端麗の我が古典部部長が立っていた。  
「こんばんは折木さん」  
 俺はドアを閉める。  
「ちょっと折木さん! 顔を見るなり酷くないですか!?」  
 ドンドンと激しくノックされ、俺は再びドアを開けた。  
 幻覚でもなんでもない、本物だったようだ。  
「何をしに来た」  
「お昼に言ったじゃないですか、ごはんを食べさせてほしいって」  
「いや、あれは」  
「お姉さんに確認したら『今日出掛けるからちょうど良かった』って言われまして。腕によりをかけて作っちゃいますよ」  
 千反田はそう言って両手に持っていた食材の袋を見せつけてくる。  
 こうなると何を言ってもお手上げだ。俺は諦めた。  
「……上がれ」  
 
「はい!」  
 千反田は嬉しそうに俺のあとについて玄関に入る。  
 まったく。夕飯は心配するなとはこのことか。姉貴なんかコンビニで宅急便の客に割り込みされてしまえ。  
 器の小さい呪いを願いながら益体もないテレビ番組を眺める。  
 台所からはとんとんとリズミカルな包丁の音が聞こえてくる。まあ千反田の料理の腕前は確かだし、楽しみではあるな。  
 しばらくしていい匂いが漂ってきたので、俺は皿を用意して食卓に並べていく。  
「じゃあいただくとするか」  
「はい、いただきましょう!」  
 少し多めの豪勢な夕食を前に俺は手を合わせる。  
 味の心配はまったくしていない。当然のようにどれもこれも美味く、箸が進む。  
 そんな俺の食いっぷりに千反田は嬉しそうに微笑んでいた。  
 そういえば。  
「髪留めとヘアゴム、早速つけてくれてるんだな」  
「あ、はい! 早くつけてるところを折木さんに見せたくて」  
「そうか……そ、その、似合ってる、ぞ」  
「あっ、え、あ、ありがとう、ございます」  
 なんとなく恥ずかしくてお互い俯いてしまう。  
 なんだこの状況は。  
 俺はごまかすように目の前の料理をかっこむ。  
「ごちそうさまでした」  
「お粗末さまでした」  
 手を合わせて軽く頭を下げた。  
 千反田が食器を洗っている間に俺はお茶の用意をした。湯呑みに注いだところでタイミングよく千反田が洗い物を終える。  
 俺が座るともじもじしながら千反田が聞いてきた。  
「あ、あの、折木さん。隣に、座っても、い、いいですか?」  
「あ、ああ、構わないぞ」  
「で、では失礼します」  
 すとんと千反田は俺の横に腰掛ける。  
 その身体からはふわっといい匂いがした。  
 俺はそっと千反田の肩に手をかけ、抱き寄せる。  
「あっ……」  
 小さく声を上げるが抵抗はせず、離れもしない。  
 それを確認して、俺は千反田の頭を優しく撫でた。  
 千反田は心地良さそうな表情をし、俺に体重を預けてくる。  
 しばらくそうした後、かちりと二人の視線が合う。  
 そのまま距離がどんどん狭くなり、目を閉じると同時に互いの唇が触れる。  
 短くも長くも感じられる時間が過ぎ、唇が離れた。気のせいか千反田の頬が心なしか上気していた。  
「なあ、千反田」  
「はい……」  
「その、今日は、うちに泊まっていかないか? いや、無理にとは言わないが」  
「ふふ、わたしはそのつもりでしたよ折木さん。着替えも持ってきてます」  
「そ、そうか」  
 ならば是非もない。  
 
 俺は千反田の背中に腕を回し、きつく抱き締める。  
「千反田、いいか?」  
「はい……で、でもここじゃ嫌です」  
「わかった、俺の部屋に行こう」  
 手を繋ぎ、俺と千反田は二階に上がる。  
 部屋に入ったところで俺はもう我慢がきかず、再び千反田を抱き締めて唇を合わせる。  
 千反田も同じだったようで、舌を突き出しながら激しく俺の唇を貪ってきた。  
 舌を絡め合い、擦り合い、互いの唾液を啜り合い、吸い合う。  
 その合間に服に手をかけ、少しずつ脱がしていく。  
 直接肌と肌が触れ合って体温を感じると、愛しさがどんどん募っていくばかりだ。  
 俺は千反田をベッドに押し倒した。  
 生まれたままの姿になったその全身をじっくりと愛撫する。  
 俺の。  
 手で。指で。舌で。唇で。  
 千反田の。  
 唇も。頬も。首も。胸も。腕も。腹も。脚も。そして女性器も。  
 余すとこなく愛していく。  
 充分に準備が整ったところで俺たちはひとつになる。  
「ああ……折木さん、好きです、大好きです」  
「千反田、好きだ、大好きだ」  
 互いの名前と愛を囁き合いながら、俺は千反田の中に果てた。  
 乱れた息を整えながら俺たちは横になる。  
 俺の腕を枕にした千反田が呼び掛けててきた。  
「折木さん」  
「なんだ千反田」  
「こんなに幸せなクリスマス、わたし初めてです。今までの中で一番幸せなクリスマスです」  
「……クリスマス限定なのか?」  
「はい。だって人生の一番は折木さんと初めてひとつになれた日ですから」  
「そ、そうか」  
 また恥ずかしいことをあっさりと。  
「折木さんはどうなのでしょうか?」  
 ……ごまかすのは簡単だが、せっかくのクリスマスだ。  
 昨日に引き続き、今日の俺もどうかしてるということにしておいてほしい。  
「千反田がいるんだ。毎日が新しい幸せで更新されている」  
 その言葉を聞いて千反田は満面の笑みを浮かべ、俺の身体に腕を回して抱きついてきた。  
 頭を撫でてやりながら時計を確認すると、間もなく日付が変わろうとしている。  
 最後にもう一度だけ言っておくか。  
 
『メリークリスマス』  
 
 
 
 
 
 
 

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