「あの、折木さん」
「なんだ」
「最近、クラスの皆さんが『古典部の薄い本、古典部の薄い本』とよくいっているのですが、何のことでしょうか」
俺は、うっと息をつまらせた。むろん、それを千反田に気取られるようなことはしない。すれば奴はその大きな目を
さらに大きく見開いて食いついてくるだろう。
「そんなことを直接お前に言ってくる奴が居たのか」
「いえ、そうではなくて小耳にはさんだのです。ほら、わたしって耳がいいですから」
そうだった、こいつの耳は地獄耳…じゃなくてとても健康的なのだった。
「薄い本というのはあれだ……同人誌のことだな。自費出版というか…」
「『氷菓』の事でしょうか」
「そうかもな」
氷菓は俺たちが文化祭で作った文集の名前だ。今回アニメ化される俺たちの番組名でもある。文集を同人誌と言うか
どうかは知らないが、昔は同人誌と言えば自家小説が多かったと言うから、あながち嘘でもないだろう。ただ、
今回に限り絶対にそうではないと思うが、千反田が文集のことだと思ってくれるなら話は簡単だ。俺はこの話は
できれば避けたい。
もっとも、そんな返事で許してくれる千反田えるではない。
「でも、そうでしょうか。わたしたちが書いた『氷菓』は確かにたくさん売れましたが、あれは十文字さんの
おかげとも言えます」
ほらきた。
「確かにそうだな、元々俺たちは30部しか売るつもりはなかった」
十文字事件がなければその30部も怪しかったと思うが。
「ですから折木さん、『薄い本』には何か秘密があるのではないでしょうか」
そう言って声をひそめながら乗り出してくる千反田に、俺がのけぞる。近い。それに声をひそめているくせに、
口元には明らかに喜びの色が浮かんでいる。
「千反田、その件についてあまりこだわるのはよせ」
「なぜでしょう」
千反田が小首をかしげる。
「お前がこだわると、伊原がこだわらざるをえない」