「える」  
「あ、駄目です」  
 
しんと静まった暗い部屋は、和室独特の畳や襖といったものの香りに包まれている。  
純日本家屋のこの家は、建てたのも古く、それぞれの部屋と廊下は障子や襖で仕切られているだけだ。母屋とは別棟の離れを当てられているとはいえ、夜の闇を通して外の気配は濃厚にしみこんできており、勢い囁くような低い声になる。  
 
俺と妻が結婚して、三ヶ月になる。一週間の新婚旅行から帰ると、婿入りした俺は早々に当代である義理の父について関連農家や周辺の家々への挨拶回りを行った。そして保有している農地の様子や、作物、その取れ高を頭に叩き込む勉強の毎日が始まった。  
おまけに千反田家は近隣の公式行事に深く関わっており、よそ者である俺はそういったことも頭に入れなければならなかった。  
 
妻のえるはこの辺で一番大きな農家である千反田家の一人娘だ。高校当時に知り合った俺たちはやがて将来を誓い、それぞれ大学で勉強してこの地に帰ってきた。当初、サラリーマンの息子である俺に難色していた義父も、何度も通って話をするうちに折れて結婚を許してくれた。  
 
もちろん結婚はハッピーだがエンドではない。婿入りした俺は千反田家の跡継ぎとしてこの家が関わる農業を支え、もり立てていかなければならない。さいわい、妻のえるは大学で農業を専攻しており、農作物に関しての知識は豊富だ。  
だから俺は作物に関する部分の一番難しいところは妻に任せて経営に集中すればいい。とはいえ、背景が農業でないだけに俺が学ぶべき事は多く、毎日くたくたに疲れる。  
 
「今日は、駄目な日なのか」  
「いえ、そうではありませんが」  
 
二人並べて敷いた布団だが、俺はすでに妻の布団に身を滑り込ませている。ほっそりとした妻の暖かい体に添い寝し、その気があればいつでも抱き寄せられる体勢だ。布団の中から妻の淡い香りが漂いだして、俺の心と体を揺さぶりたてる。  
 
「疲れたのか」  
「あの、そうではなくて」  
 
妻が困ったような声で返事をする。声に羞恥の色が混ざっている。  
 
「奉太郎さん、その、毎日ですから…」  
 
そう言って、口をつぐむ。  
 
「毎日は、嫌か」  
「いえ、そうではありませんが…」  
「恥ずかしいのか」  
「はい、それもあります」  
 
妻とは、進んだ大学が遠方だったために、学生時代ほとんど会っていない。21世紀だというのにもっぱら手紙のやりとりで互いの気持ちをつないだ。卒業後も俺はしばらく遠方の会社で働いていたから、実のところ結婚するまでそれほど体を重ねていたわけではない。  
 
そのため、と自分で言うのも変だが、結婚して俺は妻の体に夢中になっている。暖かかく、なめらかな肌に手を這わせ、戸惑いと官能の混じった吐息を聴きながら抱きすくめると、それだけで妻は声を漏らし、おれの血は怪しく騒ぐ。  
20代後半の妻は体を重ねるたびに女として花開くように思えて、俺は半ば溺れるように毎晩妻を抱いた。  
 
「える、お前が嫌だというなら、無理にとは言わない。今日はやめておこう」  
 
妻はちょっと珍しいくらい育ちが純粋で、今でも女学生のような朗らかさと恥じらいを失っていない。俺は本心では残念だと思っているが、この繊細で傷つきやすい妻に乱暴なことをする気にもならない。  
 
「嫌だというわけではないのです。でも、奉太郎さん、わたしたち夫婦になったのに、あまりお話をしていません」  
「たしかに、そうだな」  
 
農家は朝が早い上に、俺は明るい間は義父につきっきりであちこち廻っている。妻は早起きして一家の料理を義母と作った後、新品種の生育の具合を確認したり、苗の業者と来年植え付ける作物の話をしている。そして夕方になれば夕食の支度や次の日の用意だ。  
 
俺の勉強を含めて一通り落ち着くのは10時近くであり、そして農家は就寝も早い。そういうわけで、俺たち二人にはそれほど会話がないというのは事実だ。  
 
「悪かった、寂しかったか」  
「謝らないでください。責めているわけではないのです。わたしは奉太郎さんと一緒になれて幸せです。ただ、以前のように、少し、おしゃべりをしていただければと」  
「ああ、喜んで付き合わせてもらおう。眠くなったら言えよ」  
「ありがとうございます」  
 
声に本当にうれしそうな色が混じっていた。だが、おしゃべりの前にどうやらもう一つ用件があるらしかった。  
 
「あの、奉太郎さん?」  
「なんだ」  
 
暗闇の中の声に応える。妻が消え入りそうな声で続ける。  
 
「わたしばっかりわがままを聞いていただいてますから、奉太郎さんも…」  
 
俺はその言葉の意味を少し考えてみた。  
 
「える、無理をしなくてもいいんだぞ」  
「その、無理ではなくて」  
「夫婦の間のそういう事は、互いの気持ちの問題なんだ。我慢なんかしなくていい」  
「そうじゃなくて……奉太郎さんはいじわるです」  
 
すねたような声色に、思わず喉の奥で笑った。  
 
「すまん、怒るな」  
 
そう言って夜の闇の中にほんの少し見える妻の顔のあたりに手を伸ばす。おとがいに指を添え、唇を吸うと妻も甘い声を漏らして柔らかく吸い返してきた。  
 
「毎日忙しいだろう」  
「はい、でも私は子供の頃から家を手伝っていましたので」  
「学校の時もそうだったのか」  
「あっ……はい。朝ご飯と夕ご飯の準んん……準備はお手伝いしていました」  
「えるが作ってくれた弁当はうまかったな。それほど料理をしていたら当然か」  
 
二人でたまにピクニックに行くときなど、高校生だった妻は重箱に見事な弁当を作って持参してきた。重い弁当を持つのは俺の役目だったが、味の事を考えれば文句のでようはずもない。料理を褒めると、必ずと言っていいほど妻は頬を赤くした。  
 
「奉太郎さんはいつも、美味しいと言ってたべてくれました」  
 
話をしながら寝間着の前をほどき、くつろげる。布団の中しかも暗闇ではあるが、それだけで妻は羞恥に声を漏らす。義理の母も未だに女学生のような澄んだ感性を持った人だから、妻のこの性格はきっと母親ゆずりだろう。  
 
「本当においしいうえに、何しろえるの手作りだからな。毎回最期の食事のつもりで味わっていたよ」  
「最期なんて言っちゃ駄目です…あん…これからずっと私が作ってあげます」  
 
柔らかい脇腹に手を這わせて声を上げさせる。少し息を乱した妻の唇を吸う。話をしながら愛し合うのなら、あまりねっとりした事はできない。こうやって口付けを交わしながら、手で愛するほうがいい。  
 
「そう言えば今日、んん…あ…不思議な事がありました」  
「どうした」  
「夕ご飯の準備を…ああ…するときに、米びつに…ん…お米が入っていたのです」  
「別に不思議ではないだろう」  
 
俺は妻を抱き寄せると、仰向けに転がった。妻が俺の胸に顔を埋める体勢になる。  
 
「不思議です。だって、朝にはほとんど空だったのです。それに今日は誰も蔵をあけませんでした」  
「なぜ米が増えたか、知りたいのか」  
「はい」  
 
なめらかな背中をゆっくりなでてやる。妻のため息に甘い声が混じる。千反田家では蔵に米を貯めている。蔵の中はひんやりとしており、確かに穀物の貯蔵にはうってつけだ。蔵の扉はなかなか重厚で、鍵もしっかりしている。一日家に居た妻なら誰かが開ければ必ず気づくだろう。  
 
開かずの蔵から人知れず米びつに移された米。しかしまぁ、この謎は簡単だ。ひんやりした尻をなでて声を聞きながら、ささやいてやる。  
 
「える、この問題は簡単だ」  
「え、もう解けたのですか?」  
「ああ、あとで寝物語に教えてやる」  
 
そういうと、俺は今度は体をひねって妻の体を布団の上に組み敷いた。戸袋の節穴から漏れる月明かりがわずかに室内に光をあたえ、かろうじて彼女の白い肌がわかる。  
 
「あ、だめです。今教えてください」  
「後でいいだろう。ゆっくり落ち着いてからにしよう」  
「だめです。だって」  
「だって、何だ」  
 
俺は固くなった自分の体をもてあまし気味に問う。妻は恥ずかしげに答えた。  
 
「だって、わたし。寝てしまいます」  
 
そうだった。だいたい事が終わると、彼女は俺の胸に顔を埋め、そのまま寝てしまう。早起きの妻が朝どんな顔をしているのかは知らないが、体調の都合で何もせずに寝るときなどはきれいな姿勢で寝ているから、あるいは毎朝顔を赤くしているかもしれない。  
 
なんにせよ、寝入りのよい妻のことだ。謎解きの前に寝てしまう可能性は濃厚だ。  
 
「じゃぁ、そのときは明日の晩でいいだろう」  
「いやです。今教えてください。わたし、気になります」  
 
しかたないなぁ、と俺は苦笑する。  
 
「わかったよ。今話そう」  
「はい。ああ」  
 
柔らかい内ももに手を伸ばす。ここをなでさするたびに漏らす妻の声が、俺は好きだ。  
 
「今日は誰も蔵を開けなかった。俺も、お前も、お義父さんも、お義母さんも」  
「はあ……はい…ん」  
「だから誰も米びつに米をうつせなかった。そうだな」  
「はい。不思議です」  
 
手のひらを内ももから脚の付け根へと移す。健康的な茂みをさわさわとさすると、甘い声で羞恥を訴える。それを口づけであやしてやる。  
 
「だからこの問題は簡単なんだ」  
「あぁ……ん…どうして…ですか…はん」  
 
すでにしとどに濡れたその部分に触れると、妻がとろけそうな声を漏らす。初めてこの部屋で迎えた夜に、俺は夜具の下に下着を着けてない妻に驚いた。いつもそうなのか、と聞くと、違います、と頬を赤らめ消え入りそうな声で答えた。  
俺にいつ求められてもいいようにということらしい。どれだけ俺が感動したかは言い表せない。  
 
ぬかるみの中に浅く指を進める。  
 
「奉太郎さん…ああ…教えてください」  
「える、この問題は簡単だ。米を蔵から出したのは今日じゃない。昨日なんだ」  
「え?…はぁ」  
 
女の部分をかき混ぜられながら、妻は驚きを表す。ちょっとかわいそうになってきた。少し指の動きを止めてやる。  
 
「米を蔵から出したのは俺だ。昨日、お義母さんに言われて蔵に入ったついでに2升だしておいたんだ。お義母さんは昨日か今日なくなると思ったんだろう」  
「では、台所にあったのですか?わたし、気づきませんでした」  
「米びつの米を使い切りたかったんだろうな。昨日は空にならず、今朝空になった。だから今日足した」  
 
すこし間があった。考えているようだ。やがてくすくすと笑い出した。  
 
「なんだ」  
「すみません。わたし、『今の話におかしいところがないか』考えていたんです。変ですよね」  
 
俺も小さく笑った。  
 
「変だ。家族を疑うな」  
「すみません」  
 
照れたように言う妻と口づけを交わす。  
 
「える、すっきりしたか」  
「はい」  
「じゃぁわがままを聞いてやったから、今度は俺の番でいいな」  
「……はい」  
 
俺はもう一度唇を吸いながら、股間にのばした指を動かして妻に声を上げさせ、そうして彼女の闇の中にわずかに光るような白い体に没入していった。  
 
つくづく人生とは難しい。このときは、まさかこんな問答が毎晩続くことになるとは思っていなかったのだ。  
 
(おしまい)  
 

楽天モバイル[UNLIMITが今なら1円] ECナビでポインと Yahoo 楽天 LINEがデータ消費ゼロで月額500円〜!


無料ホームページ 無料のクレジットカード 海外格安航空券 解約手数料0円【あしたでんき】 海外旅行保険が無料! 海外ホテル