その女性は年の頃なら二十歳。進学前につきあっていた恋人を両親に紹介し、将来を約束していると告げたが、彼の背景が農業ではないことから反対され、無理矢理別れさせられた。
大学では勉強に専念しようとするが、仲を引き裂かれた恋人のことが忘れられず、友達もできない。毎日一人で来て、一人で部屋に帰る生活。やがて構内の一角に古いサンルームを見つける。読書会の集会所だったらしいそのサンルームで、彼女は一冊の日記と出会う。
日記はかつてその読書倶楽部に所属した女学生がしたためたもので、なぜその会が終わりを告げたのかを書いていた。
日記を読み終えて、その女性はため息をつく。はかなげな視線を上げ、サンルームの外に広がる植物たちの向こうを見る。
「あのころは、『古典部』で過ごす時間が一番楽しかったですね」
やがて儚げなほほえみを浮かべると、彼女はその大きな瞳に生気らしきものをわずかに浮かべた。
「そうですね、バベルの会、楽しそうです。折木さんや、福部さん、摩耶花さんを誘いましょう。そしてもう一度みんなでおしゃべりをしましょう」
春と言うには冷たい風がどこからとも無く吹いて、彼女の黒く美しい髪をすこしだけそよがせる。
かつて学校だったその土地は、今は医療法人の手に渡っている。そして心を病んだ者達のために儚いかりそめの時間を与えている。