胸が張り裂けそうになって、どうしていいかわからなくなりました。  
 
もう何日も、あの人のことを考えています。兆候はありました。自分でも気づいていました。あの人のことを考えると、気持ちが浮き浮きすることに。でも、それは恋ではなかったはずです。それが、気がついてみれば、わたしの目はあの人のことを追い、  
あの人の言葉一つ一つに一喜一憂し、声の調子に舞い上がるようになっていました。  
 
あの人に恋をしてしまいました。  
 
この気持ちを胸の奥にしまってしまおうとも思いました。でも、苦しくて苦しくて、そんなことはとてもできそうになりません。幾晩もの眠れない夜を過ごしたあとに、わたしはあの人に自分の気持ちを告げようと決めました。  
 
わたしだって女の子です。できることなら、告げた言葉は報われて欲しいと願います。そのためにはあの人に少しでも自分の気持ちが伝わるようにしなければなりません。もう少し言えば、あからさま過ぎる気もしますが、わたしはあの人とおつきあいしたいのです。  
おつきあいしてくださいとお願いしたいのです。おつきあいしてもいいですよ、と返事をいただきたいのです。  
 
でも、わたしは人にお願いをすることがとても苦手です。このまま気持ちを告げ、交際をお願いしても断られるかもしれません。そんなことを考えるだけで、涙があふれそうになります。  
 
わたしはなんとしても、この告白を成功させたいのです。でも、わたしにはとてもそんな力はありません。  
 
なにか考えなければなりません。  
 
◇ ◇ ◇ ◇  
 
3年生の教室を訪れるのは緊張します。  
 
わたしたちは同じ学校の生徒ですし、文化祭の時には上級生のクラスを何度も訪れました。でも、やはりひとつ上の学年の先輩方は、みなさんわたしより大人に見えてしまいます。わたしは家の関係で大人の人とあう機会がたくさんありますが、  
学校の先輩方と話すのは少し、違うようです。  
 
入り口で会った方に丁寧に挨拶して取り次ぎをお願いしました。ほんの少し、お待ちするだけで、その方は出てきました。  
 
「ああ、お前かどうした」  
「お願いします。入須さん!わたしに告白させてください!」  
 
深々と頭を下げて精一杯お願いしました。入須冬美さんはわたしたちのひとつ上の先輩です。この方とは学校に入る前から千反田家を通したおつきあいがありましたが、わたしが神山高校に入学してからは、文化祭を通じてすこしだけおつきあいが濃くなりました。  
見た目の落ち着いた方で、ほかのみなさんは取っつきにくい方だとおもっていらっしゃるようですが、そんなことはありません。以前の文化祭でも、文集の刷りすぎに困っていたわたしたちを助けてくださいました。  
 
頭をあげて、返事をお待ちします。1秒待ちます。2秒待ちます。3秒待ちます。  
 
「?」  
 
首をかしげました。入須さんは困ったように目を閉じ、眉間にしわを寄せています。いけません。せっかくおきれいなのにそんな顔。でも、心なしか頬が赤いようです。  
 
やがて周囲ががやがやとしてきました。ということは、今まで静かだったのでしょうか。  
 
「お前はまったく。ちょっと来い」  
「え!あの!」  
 
腕を掴まれて、問答無用でその場から連れ去られました。どういう事でしょう。入須さんは乱暴なことをする方ではありませんから心配はしていませんが、これから何が起きるのかわからないのは困ります。  
 
「千反田」  
「はい」  
 
わたしは人通りの少ない部室棟の階段まで連れてこられました。時々人が通りますが、ここならば落ち着いて話ができます。わたしのお願いもしやすい場所です。何も話していないのに、そこまで気がついたのでしょうか。だとしたら、やはり入須さんはすごい方です。  
 
「お前、さっきなんと言った」  
「え?」  
「私の教室の前で、なんと言った」  
 
わたしは記憶には自信があります。  
 
「『お願いします。入須さん!わたしに告白させてください!』」  
「教室の隅々まで通る、いい声だったな」  
「……」  
 
いけません、何てことでしょう。今まで気がつきませんでした。思わず口を押さえてしまいます。  
 
「今更口を押さえても遅い。念のため聞いておくが、お前が告白したい相手は、まさか私じゃないだろうな」  
「ちがいます!」  
 
大きく首を振って答えました。あ、こんな風に即答しては失礼でしょうか。聞いたところでは入須さんは女子の間でも人気があるそうです。私には女の子どうしのおつきあいというものはわかりませんが、先輩はとても人気のある方なのです。  
とにかく、変な誤解を受けることを大声でしてしまったようです。とにかく、それはわたしのお願いではありません。  
 
「入須さん、ごめんなさい。誤解を招く言い方でした。わたしはある方に告白をしたいのです。ずうずうしいとは思いますが、どうすればいいのか教えていただけませんでしょうか」  
 
改めて言い直しましたが、体中がかっと熱くなりました。大声ではきはきと言うことではありません。入須さんはわたしを見つめたまま大きくため息をつきました。  
 
「『告白』か」  
「はい」  
「確認するが、男だな」  
「はい」  
 
顔がまた赤くなりました。  
 
「恋愛指導は私の得意とするところではないが」  
 
思わず息を呑みます。  
 
何かをお願いするときのやり方については、入須さんから教わったことがあります。残念ながら丁寧に教えていただいたそれは、わたしには使いこなせないものでした。仮に使いこなせても、ここで先輩に告白のご指導をお願いする技術としては使えそうにありません。  
だって、教えてくださったご本人です。もし断られたら、わたしはどうすればいいのでしょうか。  
 
「お前の事だから私のところに来る前に、自分でそれなりに悩んだのだろう。普段なら断りたい所だが、他ならぬ千反田の頼みだ。責任はとれないから『助けてやる』、とはいわないが、ポイントらしきものなら教えてやろう」  
「ありがとうございます!」  
 
断られずにずんだので安心しました。なんだか入須さんのこんな言い方は、あの人に似ているようで、おかしくなりました。  
 
「ところで告白する相手だが、いったい誰なんだ。どんな相手かわからないことには指導のしようがないぞ」  
「それは…」  
 
聞かれてわたしは言いよどみます。ちゃんとお答えしなければならないことはわかっています。わたしがお願いしているのですから。でも、やはりその名前を出すのは少しはばかられます。  
 
「そうか。まあいい。私のほうで勝手に相手の想定するイメージを作り上げるから、違っていたらお前のなかでやりかたを修正しろ。どこが違うか答える必要は無い。ただ、適切なアドバイスにならないこともありえるぞ。それはいいな」  
「はいっ」  
 
やはり入須さんは優しい方です。こんな素敵な先輩とお知り合いになれたことは幸せです。  
 
「で、相手だが。こんな奴だと仮定してみる。  
学年はお前と同じ。文化系のクラブに属していて、身長はお前より少し高いくらい。中肉中背というよりは少し細いイメージだ。賑やかではなく静か。よく読書をしているが、積極的にしているというより、時間つぶし。  
ぶっきらぼうでめんどくさがりだが、頼まれれば仕方なく引き受ける程度には優しい。成績は可もなく不可もない。頭は自分で言っているよりは切れる」  
「…」  
「どうした」  
「あの…」  
「見当違いか」  
「いえ……だいたいあっています」  
 
どういうことでしょう。ほとんど当たっています。あの人の事を言っているとしか思えません。皆さんがおっしゃるように入須さんは何もかもお見通しなのでしょうか。それとも、わたしは顔を見ればわかるほどあの人への気持ちを漏らしているのでしょうか。  
 
「そうか」  
 
先輩は表情を動かさずに、じっとわたしを見ています。ちょっと、というか、とても恥ずかしいです。  
 
◇ ◇ ◇ ◇  
 
「で、その相手だが」  
「はい」  
 
入須さんは話すときに相手の目をまっすぐ見てお話をする方です。私は普段から姿勢よく心がけていますが、先輩の前だと一層背筋がぴんと延びる気がします。  
 
「付き合っている相手はいないんだろうな」  
「え……あの…いないはずです」  
 
たぶん、あの人には付き合っている人はいないと思うのです。なぜなら、放課後はいつも部室にいますし、それもたいていは下校時間のチャイムが鳴るまで本を読んでいます。  
もし、付き合っている人がいるのなら、こんな不毛な、あ、間違いました、あまり活発でない部活など切り上げて、二人でさっさと帰ると思うのです。  
 
「そうか。ならいい。千反田、次の週末、そいつをデートに誘え」  
「えっ!」  
「驚く事はない。付き合いたいんだろう」  
「でも…そんな…まだお付き合いしていないのに」  
「いまどき彼氏彼女じゃなくても中学生だってもデートくらいするぞ」  
「そうでしょうか」  
「そうだ」  
「あきれられないでしょうか」  
「だれに」  
「あの人に」  
「考えすぎだ」  
 
先輩は目を閉じて大きくため息をついています。私のほうはというと、のっけから難しそうな話で困ってしまいました。お付き合いもしていないのに、まして女のほうからデートに誘うなんて、あの人に何と思われるでしょうか。  
 
「じゃぁ、こうしろ。映画に誘え」  
「映画、ですか?」  
「そうだ。映画になら誘いやすいだろう」  
「ええ、でも…なんと言ってお誘いすれば」  
「『見たい映画があるが、一人で行くのはつまらないから一緒に行ってくれ』でいい」  
「でも、もし『興味がない』って言われたらどうすれば…」  
「押し切れ」  
「え?」  
「強引に押し切れ。千反田、1年の文化祭で人に頼む方法を伝授したのを覚えているか」  
「はい。でも、あれは」  
「そうだ、あれはお前がやると甘えたように聞こえる。だから、使うなと言った。だが、」  
 
そこで入須さんは言葉を切りました。  
 
「少し甘えてみろ」  
「いいんでしょうか」  
 
心配になります。1年生の文化祭では教えられたことを実践してみたのですが、どうも人に甘えるような声色になるというので、あきらめたのです。わたしはそれ以来自分が人に頼み事をするのが苦手だと意識しています。  
 
「どうせ付き合いだしたら甘えることになるんだ。むしろそう言う状態が目的じゃないのか」  
「ええと」  
 
言葉に詰まります。わたしはあの人に甘えたくておつきあいしたいのではないのですが、なんとなく『恋』という言葉の甘い響きにあこがれているのも本当です。  
 
「『興味がない』と言われたら『いやですいやです、一緒に行ってください』くらい言って見ろ。向こうが勝手に折れる」  
「…」  
 
わたしの声色をまねしたのだと思いますが、入須さんの珍しい話し方や仕草にちょっと言葉を失いました。確かに可愛いですね。入須さんのこんな姿を見たら男の人はみなさん抵抗できないのではないでしょうか。  
 
「確かに、かわいいですね。わかりました。やってみます」  
「そんな目で見るな」  
 
ちょっとだけ目を伏せて、入須さんが顔を赤らめます。ほんとうに珍しい表情です。それはともかく、確かに甘えるというのはいい方法かもしれません。あの人は『面倒だ』などと言いかねません。そのときもこんな風に甘えて押し切ってみましょう。  
わたしは図々しく振る舞うのは好きではありませんが、告白という場面は、特別な気がします。  
 
「では以前教えていただいたように『ふたりきりで』というのもいいのですね」  
「あたりまえだ。何を考えている。衆人環視のなかで告白なんかするものではないぞ。脈があっても断られかねない」  
「は、はい。わかっています」  
 
怒られてしまいました。  
 
「それからデートのコースだが」  
「…やはりデートなのでしょうか…」  
「『映画』というのは方便だ。それとも本気で映画鑑賞でもするつもりなのか」  
「いえ…」  
 
やはりデートと言われると恥ずかしくなります。  
 
「最初の1回だけはお前が考えろ」  
「はい……でも、どこに行けばいいのでしょうか」  
「映画を見終わったら喫茶店と相場は決まっている。午前中の映画なら、喫茶店で昼食でもいい」  
「はい」  
「そのときに、お前が全部計画して仕切っているように見せるんじゃないぞ」  
「え、あの、でも、わたしが……デートの計画をたてるのではないでしょうか」  
「そうだ。だが、それを完全に計画していると気づかせるな」  
「どうすれば…」  
 
なんだかわたしにできる気がしなくなってきました。  
 
「簡単だ。映画が終わったら『このあとどうしましょう。ケーキの美味しいお店を知っているのですが、もしそこで良ければご飯にしませんか?』と言えばいい」  
「ご飯の後にケーキではちょっと」  
「その辺は自分で考えろ」  
 
入須さんがばつの悪そうな顔をします。でも、わたしには入須さんのおっしゃる意味がわかりました。あらかじめ計画しておいて、それをその場で思いついたように提案すればいいのです。  
 
「そして喫茶店が終わったら散歩だ。これも定番だといっていい」  
「どこを歩くのでしょうか」  
「どこでもいいが、古い街並みのほうが趣がある。歩道の広いところにしろ。遠足じゃないからあまり遠くに行くなよ」  
「はい」  
 
さすがです。『恋愛指導は得意としない』とおっしゃっていましたが、入須さんに言われて、わたしは週末にどうすればよいかわかってきました。あの人と二人で歩く様子が目に見えるようです。  
 
「そして散歩が天王山だ。終わる前に2人きりになるところを見計らって告白しろ」  
「は、はい。あの、散歩のさなかでいいのでしょうか」  
「散歩のさなかが重要だ」  
 
そうなのでしょうか。  
 
「学校でいきなり告白しても、日常からいきなり非日常に連れ出されて相手が戸惑うだけだ。だが、一緒に映画を見、喫茶店で食事し、二人で歩いた後だ。相手にもお前と付き合う様子が想像しやすくなっている。これ以外にないほどいいタイミングだ」  
「なるほど。雰囲気を作るのですね」  
「そうだ」  
 
入須さんが少し微笑んでくれました。  
 
「でも、なんと言えば」  
「お前、そいつのことを好きじゃないのか」  
「……好きです」  
 
顔に血が上るのがわかりました。相談しているのはわたしですが、あまり面と向かって聞かれたくありません。  
 
「だったら、そう言え。あとは付き合ってくれと言えばいい」  
「はい。あの、でも」  
 
入須さんのおかげで、どうすればいいのかわかってきました。甘えて映画で喫茶店で散歩で告白です。でも、大丈夫でしょうか。  
 
「大丈夫でしょうか」  
「絶対とは言えない」  
 
入須さんはわたしの目をまっすぐ見ます。こんなとき、いい加減な繕いの言葉を言わない方です。  
 
「だが、私は十中八九大丈夫だとおもっている」  
「なぜでしょう」  
「お前に交際を求められて断る男子、というのが想像できないからだ」  
 
そういって入須さんは少しだけ笑顔になりました。その御言葉は嬉しいです。元気づけられます。あの人は私の事を少しぞんざいに扱うことがありますが、それでもいざというときには大切にしてくれています。嫌われてはいないはずです。  
入須さんが大丈夫とおっしゃるのなら、間違いないでしょう。  
 
「わかりました。入須さん、今日はほんとうにありがとうございました。わたし、勇気がでました」  
 
そういってお辞儀するわたしに、入須さんは  
 
「がんばれ」  
 
と声をかけてくれました。  
 
◇ ◇ ◇ ◇  
 
喜怒哀楽を顔にだしすぎないようしつけられているのだろう。千反田は大げさな表情を作らない。それでも、小さな微笑みをうかべて明るい顔であいさつし、去っていく。本人はどう思っているか知らないが、どう転んでも失敗はしないだろう。  
定番のコースがどうのなどというのは、千反田本人を落ち着かせるための大道具に過ぎない。  
 
「定番のコースで恋が叶うなら、誰も苦労しない」  
 
小さくため息が漏れる。  
 
教室に戻る前に、すこしだけ廊下に立って表を見ていた。  
 
◇ ◇ ◇ ◇  
 
あの人はまだ部室にいらっしゃるでしょうか。  
 
入須さんの教えを受けて、今の私はさっきまでの心配が嘘のようです。重苦しかった胸のつかえが消えました。髪に触れる風がいつもよりさわやかに感じます。昨日までと違う廊下のようです。わたし、駆け足になっていませんか?浮かれすぎていませんか?  
 
とにかく、思い切って誘いましょう。甘えて映画で喫茶店で散歩で告白です。あ、いけません。顔がちょっと熱をもっているようです。  
 
地学講義室の扉を開けます。  
 
「おそくなりました」  
「千反田か。おそかったな」  
 
居ました!そして福部さんも摩耶花さんもいません。今しかありません。心臓の音が急に大きくなった気がします。  
 
「あの、折木さん!」  
「なんだ、どうしたっ」  
 
歩み寄ったわたしに折木さんがのけぞります。いけません。また近づきすぎました。いつもしかられているのに。一歩下がって深呼吸しました。折木さんは警戒するようにわたしを見ています。でもだいじょうぶです。わたし、がんばります。  
 
「折木さん、わたしとおつきあいしてください!」  
「………え?」  
 
………失敗しました。  
 
なんてことでしょう。あれほど入須さんの教えのとおりにしようと念じていたのに、最初から間違ってしまいました。  
いけません、これでは映画も喫茶店も散歩もできません日常の中の非日常ですおことわりされてしまいますそんなのこまりますいやですでもどうしたらいいのかわかりません  
 
わたし……  
 
◇ ◇ ◇ ◇  
 
「とっても素敵な映画でした。やさしくて、まっすぐな映画です。ほんとうに見に来てよかったです」  
「……」  
「折木さん?」  
「え?あ、うん」  
「あまり楽しくなかったですか?」  
「いや、そういうわけでは」  
「では、何か」  
「いや、いいんだ」  
「ひどいです。ちゃんと言いたいことがあったらいってください」  
「いや、しかし。せっかく楽しそうなのに水を差すのはどんなものだろうか」  
「ええ?わたし、そんなに心の狭い女じゃなりません。言ってください。何が気にくわなかったんですか」  
「気にくわないというわけじゃないが…あえて言えば、豚のなかから親を選ぶシーンは陳腐すぎるな」  
「ひどいです!あのシーンがだめなんて折木さんはひどい人です!せっかくの楽しい気分が台無しです!」  
「おい、話しがちがうぞ!」  
 
そう言うわけで、折木さんとわたしはおつきあいしています。今日はこのあと、ケーキの美味しい喫茶店で食事をした後、散歩をする予定です。  
 
(おしまい)  
 

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