僕こと福部里志は、このたび伊原摩耶花と付き合うことになった。  
理由は、僕の心境変化だ。摩耶花に押し切られたわけではない。決して。  
摩耶花は僕に何度も告白はすれど、本気で僕を追い詰めることはしなかった。  
中学三年のバレンタインデーだけは、身の危険を覚えたけれど。  
 しかし、折角意を決して摩耶花の告白に答えたのに、僕は一層困った状況に置かれてしまった。  
摩耶花が、不機嫌になりだしたのだ。  
「ふくちゃんは、ずるい」  
 眉間に皺を寄せながら言われるが、反論は一切できなかった。  
摩耶花の言葉は事実だからだ。  
「わたしがふくちゃんを好きって、知ってたくせに」  
「うん」  
「なのに、ずっとはぐらかしてたくせに、こんなに簡単に応えるなんて」  
 仰るとおりだ。肝心なところで口下手な僕には、何も返す言葉がない。  
「……ごめん」  
「ふくちゃんの馬鹿」  
「ごめん」  
「ふくちゃんの、ばか……」  
 
 語尾が段々震えてきた。  
いつもの、ホータローの言葉を借りるならば寸鉄のような鋭さはどこにも見当たらない。  
小さな身体と幼い顔に相応しい、けれど普段の摩耶花からは想像できないくらいの弱々しさだけがそこにあった。  
「ごめんね、摩耶花。ごめんね」  
 僕は謝りながら、摩耶花を抱き寄せる。  
温かい身体は、男子としては小柄な僕の腕にさえすっぽり収まってしまった。  
摩耶花は僕の胸に顔を埋め、消え入りそうな声で呟いた。  
「許さない」  
「ごめんね、摩耶花。許してくれとは……」  
 言えなかった。摩耶花の恋心に、僕が甘えていたのは事実だからだ。  
そしてそれが酷い仕打ちだと僕はわかっていた。だからこそ、許しを請うことはできない。  
「ごめんね」  
 壊れたオルゴールのように同じこと場を繰り返す僕の胸の中、摩耶花は一回しゃくりあげてから、言った。  
「もっと」  
「ごめんね」  
「まだ足りない」  
「ごめんね、摩耶花、ごめんね」  
 
「まだ……」  
 言いかけた摩耶花の身体を離し、顎に手を添えて上を向かせる。  
少しかがんで啄ばむようにキスすると、摩耶花は黙ったままぼろぼろと涙を流した。  
また強く抱き締める。離してしまわないようにしっかりと。  
「ごめんね摩耶花。気が済むまで何度でも言うよ。ごめんね」  
 摩耶花は静かに泣きながら、僕に抱き締められていた。腕に力を込める。  
 僕は摩耶花にこだわると決めたんだ。  
だから、この程度で手放すわけにはいかない。  
詰襟の胸元が濡れていく。構うもんか。  
「ごめんね、摩耶花……愛してる」  
 その言葉を口にしたら、摩耶花の細い腕が僕の腰に回るのを感じた。  
夕暮れが夜へと変わるまでの長い間、ずっと僕らはそうしていた。  
 まさかこれから三日もの間、「ごめんなさい」しか言えないとは、その時の僕はまだ考えていなかった。  
流石の僕も、少しだけ堪えた。  
 まぁ、そのくらいでこの素晴らしい摩耶花を手放すつもりは全くないけどね!  
 
 

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