二時も三時に近い頃チャイムがなった。
来た。ちなみに姉貴は出掛けてしまった。
這うように玄関に向う。
魚眼レンズを覗くと千反田が何か持って立っていた。
違和感を感じた。いや千反田の姿形は何もおかしくない。
そうか、千反田が自分の家の前にいることが違和感なのか。
「先日はありがとうございました。あと本当に申し訳ありません。」
そう言って千反田は深く頭を下げた
「かまわんよ。仕事は楽だったし。風邪は俺の責任だ。それに……いやいいや」
俺はこう言おうとした。千反田の雛姿も見れたしな。
しかしなぜか急に憚られた。理由は分からなかった。
「いや、なんでしょうか。」
「いや本当にいいんだ。」
幸い千反田は気にしていないようだ。
「そうですか。いえしかし折木さんは寒いとおっしゃってましたし。」
「いや気にするな。」
このまま押し問答になりそうだ。話を逸らす事にした。
「その袋はなんだ。」
「あ、これは夏みかんのジャムです。お見舞いの品です受け取って下さい。」
「ありがとう」
そういって袋を受け取る。
「あ、暗いな」
千反田をリビングに通したのに電気をつけていなかった。
俺は招き猫を寄せ腕を動かした。蛍光灯が付く。
「その招き猫面白いですね!わたし気になります!」
「姉貴が改造したんだ。腕が電灯のスイッチになってる。」
それから千反田は電気を付けたり消したりひっくり返したり中を覗いたりしていたが急に我に帰った。
「あ、その夏みかんジャム紅茶に入れて頂くと風邪に効きますから是非どうぞ」
紅茶か。正直言うと紅茶は飲まない。コーヒーなら少しはこだわりがあるのだが。
まぁ紅茶に入れようが餃子にかけようが薬効は変わりはしないだろう。直接掬ってなめればいいか。
俺はジャムをテーブルに置いた。
俺と千反田はソファーに並んで座っていた。
ダイニングに座るのもおかしいし、本来なら座布団を出すべきなのだろうがその気力がなかった。
そういう理由でそうなったのだが。
近い。
千反田が近い。
千反田の他人との距離が狭いても平気というたちは分かっていた。
しかし3人は座れそうなソファーにこんな窮屈に座らなくともよいだろうに。
しかし千反田のほうは全く気にしていないようだった。
「それで体のほうはどうですか」
「平気と言いたいところだがあまりよくない」
つらい…千反田には悪いが横になろう。
俺はソファーの開いたスペースにうつ伏せに身を投げた。
ばたん。
「折木さん!大丈夫ですか」
急に倒れたからか千反田が心配して寄ってきて肩を持った。
「ああ大丈夫だ。つらいから横になっただけだ。」
そう言って振り返った。
千反田の顔がすぐ目の前にある。
大きな目が俺を見つめる。瞳に俺の顔が映っている。
どうすればいいんだ。熱が上がってきた気がする。
千反田は俺の肩を持ったままなので起き上がれない。
俺と千反田は見つめ合ったままだ。
時が止まった気がした。と思うと、千反田の口が動いた。
「折木さん。わたし」
そう言うと少し顔を離し千反田は口をつぐんでしまった。
何かを言おうとしている。そしてためらっている。
俺はその時全く自然に、脳に浮かんだ言葉をそのまま、こう言ってしまった。
「なんだ千反田続けろ」
そう言った次の瞬間俺は後悔した。
いや後悔とは違う。
戻せない。もう戻れない。そんな感覚に全身が包まれた。
千反田の口が開いた。
「では…わたしは、折木さんの事を特別に思っています」
「そうか。呪い殺そうとでもしてるのか」
「えーと…違います」
だろうな。しかしなんとか一歩の所踏みとどまった。
でもここからどうする。千反田が言う前に何か言わなければ
駄目だ。思いつかない。ええい誤魔化そう。
「で、この体勢はどうにかならんか」
「あ、すいません」
そういうと千反田は小さく笑って。俺の肩を押して仰向けにしてから寄りかかって来た。
千反田が迫ってくる。。
そして気づくと千反田の体は俺の胸の上にあった。
服越しの肌が暖かい。それに…なにか柔らかいものが当たっている気がする。
「千反田?」
「ごめんなさい。でも一回こうしてみたかったんです」
これは…どうすればいいんだ。抱きしめるとかしたほうがいいのか。どうなんだ。
どうする。俺。いやしかし、そうしてしまったら。
悩んだ挙句恐る恐る俺は肩の辺りに手を置いた。
千反田は反応しなかった。
とりあえず振り払われはしなかった。
顔は俺の横にあって頬が触れていた。
体は密着していて呼吸の動きが伝わっている。。
膨らみが俺の胸で圧迫されているのがはっきり分かった。
そういや千反田って意外に胸があったんだな。気づかなかった。
着痩せするほうなのか、普段の姿からはそんなに感じなかった。
いやしかし想像より硬いんだな。俺が今まで画面や紙面で拝見した物はもっと柔らかそうだったのだが。
あ、そうか下着のせいか。
…いや何を考えている。千反田だぞ千反田。
このお嬢様にそのような気を起こすなど万死に値する…気がする。
これはただの脂肪の塊だ。落ち着け。
そんな誘惑に一人必死に戦っていると千反田が頭をもたげた。
顔が耳まで赤く染まっていた。
うつむいたまま目も合わせずに言う。
「あの、その、言いにくいんですが。……えっと、そう、あたってます。」
なにがとは言われなかったのが救いだ。わかってたさ。
この状態で落着いていられるわけがない。
「悪い。男の悲しい性だ」
「あっ。そうですよね。私だって…そのくらいは知ってるん…ですよ。大丈夫です。」