「折木さん。前から気になっていたことがあるんです」
放課後、いつものように部室で文庫本のページを捲っていると、千反田が俺のほうをじっと見つめながらそう言ってきた。
「……。何だ」
いつものように、千反田の両の瞳には断固とした好奇心と追求意欲が輝いている。
俺は早々にギブアップを宣言し、文庫本を閉じた。
どうせ、とことんまで付き合わなくては納得しないのだ。
千反田を相手にするときは最初から降参しておくのが一番省エネになる。
これを俺は「千反田のエネルギー法則」と名づけてみたが、里志に鼻で笑われた。
「ええと、ですね。……ちょっと」
千反田は俺を手招きし、周囲を警戒するように、こそこそと耳に口を近づけてきた。
「嫁入り前の娘が、こんなことを口に出すのは憚られるのですが……」
俺はいつになく危機感を感じて、少し身構えた。
「その、……男性自身の構造の話なのです」
「だん、せ」
………………は?
いったい何を言い出したんだ。
混乱する俺をよそに、千反田はもじもじしながら、低い声で疑問をぶつけてくる。
「ええとその、普通はこう、皮を、かぶっているものだそうですよね」
「な、ななななんだいきなり。いったいどこからそんな」
「ええと、本です。漫画の……。伊原さんに借りまして」
あいつか、変なこと吹き込んだのは。
まったく、どんな漫画本を……。
そこで俺は、伊原がかつて同人誌に手を染めていたことを思い出した。
中にはかなり……相当過激なものもあったと聞く。
男同士の……アレとかも。
伊原は「芸術だ」と言い張っていたが、どう考えてもお嬢様には刺激が強すぎるだろう。
ああくそ、頭痛がしてきた。
「……一応言っておくが、かぶっていない場合もあるぞ。統計では、日本人の三人に二人は包茎だと言うがな」
「ええ、そういう場合もあるという知識はわたしも調べました。
それで、ですね。わたしが気になるのは、その皮の形状なんです」
そう言って千反田は、なんと言うかすごく卑猥な手の形を作って見せた。
「わたしの想像では、こう、ちょうど恵方巻きの海苔のように、くるんと単純に包まれているものだと思っていたのですが」
絵でもそうなっていましたし、と千反田は呟く。
「実際は、ほうひしょうたい、というもので繋がっているのだそうです」
「ちょ、おま」
その先の展開を予想して、さすがに青ざめる。
だが――。
千反田えるは、「ちょっと待て」では止まらない。
千反田を説得するのは、千反田の言うことを聞くよりもエネルギーを要するのだ。
これを「千反田のエネルギー法則」という。
「折木さん」
ぐっと、身を乗り出してくる。
ああ……、わかってるさ。
これから彼女がなんて言うのかぐらい。これまでさんざん、その言葉に振り回されてきたんだからな。
だからって、ちくしょう、そんないきなり。
「わたし、気になります」