元ネタ:
佐藤さとる著 コロボックル物語シリーズ 講談社青い鳥文庫
『だれも知らない小さな国』
『豆つぶほどの小さな犬』
『星からおちた小さな人』
『ふしぎな目をした男の子』
『小さな国のつづきの話』
『コロボックル童話集』
元ネタ概要:
少年時代のセイタカさんは秘密の遊び場所「小山」で不思議な体験をする。
大人になった彼は「小山」を手に入れようとするのだが……。
不思議な小人「コロボックル」と出会った人々の話。
SS登場人物:
オハナ……コロボックルの少女。おチャメさんと小人達との連絡役。
おチャメさん……女子高生。ヒト。小人たちの「味方」。小人の秘密を守り、小人を守る一家の娘。
SS属性:
百合
※注意
原作元ネタのバレを含みます。
サクラノヒメ=オハナは自分を呼ぶ声に首を傾げた。
ここはオハナが連絡係を務めるコロボックルの味方、おチャメさんの部屋だ。オハ
ナはサクラ一族の娘で、サクラ一族は矢印のさきっぽの小さな国――コロボックル小
国に住む小人族の一つだ。身長は二センチ八八ミリ弱。女の小人の中でも比較的小柄
だけれど、それは小人たちの間にいるよりも人の間で暮らすことの多いオハナにはあ
まり意味がない。
今はおチャメさんの私的な時間で、オハナは彼女の、そうヒトの言葉で言う「プラ
イバシー」を守るために自らの隠れ家へと戻ろうとしていたところだった。おチャメ
さんにも休む旨は伝えてあったし、用事があるのならばもっとはっきりとした声で呼
ぶか、隠れ家の壁をノックするだろう。掠れた小声でオハナを呼ぶおチャメさんは珍
しい。オハナがおチャメさんの連絡係になってからはまだ日が浅かったが、彼女はい
つも小さな声ではあったが、短くはっきりと通る声でオハナを呼んでいた。
――なんだろう。
オハナの隠れ家はおチャメさんのピアノの上だ。ショウケースに入れられた西洋人
形二体と並んでドールハウスが置かれており、その中を改造して隠れ家に仕立ててい
た。おチャメさんがオハナのために、と小遣いの中から買い与えてくれた立派なお屋
敷だ。
おチャメさんの部屋は中二階にあるピアノのある居室と二階の寝室とが段差で繋がっ
ていて寝室側はロフトと言えばよいのだろうか、こぢんまりとしてはいたけれど洒落
た造りになっていた。アップライト型ピアノの端を滑り台のように滑り降りて、床を
駆ける。中二階と二階の境界部分の段差も軽く一飛びで飛び上がり、さらに寝台へと
飛び移ろうとした。
そこで足が止まる。
――あ……。
おチャメさんの吐息が聞こえたのだ。レースのカーテンが引かれ、部屋の明かりも
消されていたが、寝息ではないおチャメさんの押し殺したような、けれど隠しきれず
に漏れてしまっている荒い吐息が。
これはおチャメさんが自分自身を慰めている気配のはずだった。
オハナたち小人に対してはヒトは秘密を保てない。気配を忍ばせたコロボックルに
ヒトが気づくことはまず無かったし、姿を隠そうと本気になったコロボックルの動き
を目で追えるヒトもいなかった。生まれた時から小人と付き合ってきたおチャメさん
でさえ、小人の動きは捕らえ切れない。
小人たちの味方であるセイタカさん一家――おチャメさんはその長女だ――の家で
あってもコロボックルたちは連絡係を除いて中に入り込むことはない。四六時中小人
に見張られていると知ればたとえ小人に対して理解のある「味方」であっても参って
しまうだろう。
だから、オハナもおチャメさんが私的な時間を持てるよう、夜は早めに引き上げて
隠れ家へ戻っていたし、朝はおチャメさんに呼ばれるまでは姿を現さないようにして
いた。それでも、鋭いコロボックルの耳は、夜になると時折おチャメさんが自分自身
を慰めて切ない溜息を漏らすことを聞きつけてしまっていた。
もっとも、コロボックルにとってヒトの性はどうということのない日常にすぎない。
小人は身を守るためにヒトの動静を知る必要があったし、性というのはヒトの日常習
慣の一部だ。礼儀として直視しない、と言うのがヒトとの関わりの中で小人たちが作
り上げてきた決まりだった。
「んっ。ハ……ナ」
寝言でないのは明らかだった。呼吸は寝息よりも荒く、速かったし、何かを堪える
ような切ない響きを伴っていた。落ちつかなげに布団の中で腿を擦り合わせる気配も
させている。
――でも、なんであたしを?
あるいは体の具合でも悪いのかもしれない。そう考えて様子を確かめるべきかと思
いつつもオハナは躊躇する。ヒトと小人はその文化も性質も大きく異なるが、性や排
泄を見られることを厭うのは共通だ。セイタカさん一家と共に暮らしてみて、そのあ
たりの感覚にはあまり差異がないのは実感していた。
「ん……ん。オハナ……」
掠れた小声で呼ばれているのはオハナの名だった。切羽詰まったような吐息も、体
の緊張を映した寝台の軋みもやはり一人その身を慰めていることを思わせるものだっ
たが、もし苦痛を訴えているのであったりしたら一大事だ。何よりもまずおチャメさ
んはオハナの大事なトモダチなのだ。
――確かめなくちゃ。
するするとベッドの柱を走って登る。一グラムに満たないオハナたち小人はガラス
の壁でさえ駆け上ることができる。支配する物理法則が異なるのだ。周囲の物体との
接触面積は二乗で比例するが、重さは三乗に変化する。静電気力やファン・デル・な
んとかという小難しげな力が強く働き、流体は慣性よりも粘度が支配的になる。例え
ばただの水がヒトにとっての水飴のように作用するのが小人の暮らす世界だった。空
気でさえ小人にとっては体に纏わり付く。磨かれてツヤのあるベッドの足も、小人に
とっては手がかりだらけの上に、表面にくっつきたがる手足を引きはがすのにコツが
いるくらいだ。オハナは柱の側面を文字通り駆け上がって、そのままフットボードに
乗った。
おチャメさんは右肩を下に背中を軽く丸めて横臥していた。薄いタオルケットには
体の線が浮かび上がり、落ち着かなげに擦り合わされる太腿と力の入った爪先が目に
留まる。
「ん……ふ……」
眉根の寄せられたおチャメさんの表情は苦しげではあったが、身動きが取れないほ
どの不調を示しているようにも見えなかった。胸のあたりで動かされる左手と股間に
向かっているらしい右手はやはり彼女が自慰に耽っているようにしか見えなかった。
――戻ろう。
コロボックルは礼節を重んじる。このような場面を覗かれていたと知れば、大らか
なおチャメさんであっても喜びはしないだろう。
そう思った時だった。
枕に半面を押しつけて声を押し殺し、半ば閉じられて眉根を寄せていたおチャメさ
んの視線がオハナを捉えた。
――あ……。
常のオハナであればおチャメさんの視線が自分の近くに向けられようとした時点で
そうと察し、身を隠してしまえただろう。コロボックルの視覚は鋭く運動能力も高い。
けれど今、その運動能力は発揮されなかった。おチャメさんの口からこぼれ出たオ
ハナの名について思いを巡らせていたためだ。おチャメさんの視線は焦点を合わせな
いまま一度オハナの上を通り過ぎ、わずかにさ迷ってからオハナを捉えた。
一度。二度。
見開かれたおチャメさんの瞳が瞬きをする。凍りついたように動けなくなったオハ
ナは名を呼ばれて我に返った
「……オハナ?」
タオルケットを口元まで引き上げ、足を縮こまらせたおチャメさんが半身を起こし
て呟いた。
「ご、ごめんなさいっ」
慌てて逃げだそうとしたオハナは、しかし、ベッドから飛び降りるべく身構えた瞬
間に呼び止められ凍りつく。
「まって!」
気まずい思いで振り向くと、やはりばつの悪そうな顔をしたおチャメさんが目に入っ
た。咄嗟に呼び止めたものの、かけるべき言葉が見当たらないのだろう。
「……その、見た?」
「……はい。ごめんなさい」
「ええと、わかっちゃった?」
「ごめんなさい。覗き見をするつもりは無かったのだけれど、なんだか苦しげな様子
だったので、体の具合が悪いのかと勘違いをしてしまって。本当にごめんなさい」
「いいの。その、あなたには隠し事はできないのだから」
オハナは黙って首を振る。
「あのね、わたし、何か言ってた?」
「特には」という答えはおチャメさんを安心させたようだった。けれど「名前を呼ば
れたような気がした」と付け加えるとその表情を再び強張らせる。
「おチャメさん?」
「聞かれちゃってたのね」
項垂れて溜息を漏らすおチャメさんに、何がです、と問い返そうとしてそれがオハ
ナの名を呼んだことを示していると気づいた。そしてそこに気がつくと連鎖的におチャメさんが何を知られたくなかったのかがわかってしまった。
――どうしよう。
オハナは名を呼ばれていた理由に思い当たり赤面する。
――あたしを思い描いて?
それは到底あり得なさそうなことだった。ヒトとコロボックルは動物としては大き
くかけ離れている。コロボックルとヒトとの恋物語も伝わっていないわけではなかっ
たが、現実としては考えづらかった。恋をするのはたいていコロボックルの側で、切
ない片思いに終わるというのが通例だ。
「気持ち……悪いよね。ごめんなさい」
「いいえ、いいえ、おチャメさん。謝る必要はないのです。気持ち悪いだなんて思い
ませんし、そもそも覗き見をしたあたしが悪いのです。あなたは悪くありません」
「でも――」
膝を抱え、顔をしわくちゃにして泣き出してしまったおチャメさんの、そのタオル
ケットを握り締めた腕に飛び移る。
「おチャメさん?」
腕の上で飛び跳ねてみても彼女は顔を上げない。思い切って腕から頭へ飛び移って
みると、驚いたのだろう、おチャメさんの背筋が緊張で固くなった。その様子を窺い
つつ癖のない黒髪を伝って右耳の横にぶら下がる。感情の高ぶっているときのヒトは
危険だった。いきなり腕で払われれば小人にとっては命に関わってしまう。
「おチャメさん? 顔を上げてはもらえないのですか」
オハナが耳元に吹き込むとおチャメさんは俯いたまましゃくり上げ、頭を振る。オ
ハナは連絡係になって間もなかったが、歳が近いこともあっておチャメさんのことに
はずっと関心を持ってきた。おチャメさんは意志の強いしっかりとした子で泣き顔を
見せることもめったになかったが、こうなってしまうと手がつけられない頑固な少女
でもあった。
――どうしよう。
一晩泣いて、明日の朝には普通の顔をして「おはよう」と挨拶を交わせばそれで何
も無かった顔ができるだろう。けれど、そうやって平気な振りをして付き合うのはト
モダチではない、とそうオハナは感じたのだ。ただの連絡係ではなく、本当のトモダ
チとしておチャメさんの近くにいたかったのだ。
――仕方ない。
小さく息を吐いてとんとんとその場で飛び跳ねてみる。ヒトが軽く手を触れるよう
な感触を与えたつもりだった。
「恥ずかしい思いをさせてしまったお詫びに、あたしも恥を忍んでお話します」
ぴくりと反応したのは言葉が届いていると言うことなのだろう。オハナは髪に絡め
た片腕で体を支えながらもう一方の腕で耳介に掴まり、静かな静かな調子で語りかけ
る。
「おチャメさんがあたしの名を呼びながら自分を慰めていると知って、あたしは嬉し
かったです。その理由がわかりますか?」
言葉を切り、大きく息を吸う。
「ずっと恋してしまっていたからです。あたしもおチャメさんのことを思いながら、
その、したことがあるんです」
おチャメさんが身じろぎして息を呑んだ気配が伝わってきた。こんな形で告白をす
る機会が訪れるとは思っても見なかった。オハナはあくまでもコロボックルとヒトの
トモダチという形でおチャメさんの近くに居続けようと思っていたのだ。焦がれてい
る気持ちは伏せておくつもりでいた。
火照った頬をおチャメさんの耳に押し当てる。
「わかりますか、おチャメさん。あたしも恥ずかしいんです、こんなことを告白する
のは。押し当てているあたしの頬の熱さが伝わっていますか。胸が壊れそうに高鳴っ
ているのはどうしたらおチャメさんに伝わるでしょう」
オハナは外耳道――耳の穴の入口近く、耳朶《みみたぶ》が始まる軟骨の縁に腰掛
けて、耳の穴の顔寄りに張り出している軟骨に胸を押し当ててみた。感覚毛の役割を
果たしている産毛にはきっとがさがさとオハナの気配が伝わっていることだろう。
「どうですか? ……変ですよね。あたしはいつもと同じように話しているつもりな
のに動悸が収まりません」
「……うん。聞こえる。聞こえるような気がする。わたしよりずっとずっと速い鼓動
が聞こえる気がする」
「あたしたちはもともと脈が速いんです。ふふ。おかしいですね。体を通して伝わっ
てくるおチャメさんの声、いつもよりうんと太く聞こえますよ。それに血管を流れる
血液の音も聞こえます」
「鼓動ではなくて?」
「はい。水道管のようです。遠雷のような音もフイゴのような音も」
小人にとってのヒトはヒトにとっての象どころか、恐竜よりも、シロナガスクジラ
よりも巨大だ。
オハナは耳道に向かって思い切り音を立てて口づけする。
「おチャメさん、あたしが今、何をしたかわかります?」
「……キス」
「これはどうです?」と再び少し離れた場所への口づけ。
「……キス」
「じゃあ、これは」と思い切り舐め上げる。外耳道のすぐ上、耳介の始まる軟骨の張
り出し部分だ。
「……舐めた?」
「はい。そろそろ顔を上げたくなってきたんじゃありませんか?」
おチャメさんがそっと頭を上げる。
髪にぶら下がったまま勢いをつけ、振り子のように体を振って膝の上に飛び乗った。
柔らかなパイル地のタオルケットは足場としては少々心許ないけれど、座り心地は良
い。オハナが膝頭の上からおチャメさんを見上げて微笑むと、彼女は思い出したよう
に赤面する。
「おチャメさん。顔の前に手を」
オハナは手のひらを上にして顔の前にかざして見せる。
「こう?」
水を掬うように両手を顔の前で揃えたおチャメさんに頷く。軽く膝頭を蹴って体を
一回転させてからその手のひらに飛び乗った。
「おチャメさんの香りがします」
軽く曲げられた指の一本に縋り、顔を寄せて告げる。先程まで下着の中をまさぐっ
ていたであろうその指先からは明らかな少女の香りがした。オハナが見せつけるよう
にその指を嘗めると、言葉の意味を理解したのだろう頬だけでなく、耳の先までが見
る間に朱に染まった。おチャメさん自身も今し方までその指で自分を慰めていたこと
を失念していたのだろう。
「おチャメさんはえっちですね」
声にならない唸りが羞恥を示す。確かにこんなことを言われれば赤面どころか逃げ
出してしまいたくなるだろう。けれど今、おチャメさんの手の上にはオハナがいる。
「第二関節の指の腹までお汁を含んだ跡があります」
「オハナの意地悪」
おチャメさんの肌は白く、頬はふっくらと柔らかな線を描く。
「知りませんでしたか? あたしは意地悪な小人なんです」
頬を膨らませるおチャメさんは可愛かった。常から薔薇色の頬に、血を上らせた今
はさらに赤い。
「おチャメさん」
「なあに?」
「キスを……望んではいけませんか?」
おチャメさんはたっぷり十を数えるほどの間オハナを見つめてから黙って口元に手
を運んだ。もちろんその上に乗せられているオハナごとだ。
三センチ弱の小人にとってヒトの口は巨大な猛獣の口に等しい。コロボックルのこ
とを知り尽くしたおチャメさんであれば危険がないのは分かっていたが、手のひらに
乗るのも口に近づくのも背筋をひやりとさせる感覚を伴うのも事実だった。
――それでも、近づきたい。
掬った水を飲むかのようにオハナを乗せた手がおチャメさんの口の前で止まる。オ
ハナは見上げる壁となったおチャメさんの頬に近づく。
口づけをひとつ。
音を立てるでもなく、頬に。唇だけをそっと触れさせて。
「わかりますか?」
おチャメさんは口元に手を近づけた時からずっと目を閉じたままだ。
「キスって素敵ですね」
唇に一歩近づき再びの口づけ。
「ずっとこうしてみたいと、思っていました」
桜色の唇、といっても小人の目から見れば粘膜が層になっているのも、汗腺や毛細
血管が走っているのも見えてしまうのだが、オハナにはその瑞々しい有様までが魅力
的に見えた。
小人の頭ほどの厚さの下唇に自分の口を押しつける。敏感な唇が小さく、けれどオ
ハナにとっては強く反応した。
「小人のキスで唾液が染み出してきました。感じやすいんですね。素敵です」
屈みながら下唇の先端に、背伸びをしながら上唇に、顔を傾けながら唇の合わせ目
へと、様々な場所に幾度も幾度も口づけを繰り返す。
「おチャメさんの唾液は少し甘いです」
夜の部屋におチャメさんの吐息が漏れる。オハナのことを気遣ってくれているのだ
ろう、そっと漏らされた吐息も甘く感じられた。たっぷり唇の端から端までを隈無く
口づけしてまわって、オハナはようやくおチャメさんの唇を解放する。そのまま、手
のひらの上にぺたりと腰を下ろす。
「あたし、キス、初めてでした」
「わたしも」とおチャメさんはオハナを乗せた手を目の高さに掲げて微笑んだ。長い
キスの間に狼狽は去ったらしく、わずかに頬に紅潮を残してはいたが落ちついた声だっ
た。
「――小人に、なれるといいのに」
おチャメさんが呟く。
「そうしたらオハナと愛し合えるわ」
「そうですね。でも、このままでも、愛し合えます。たぶん」
おチャメさんは微かに首を傾げる。
「試してみますか?」
疑問を湛えた視線がじっと注がれる。おチャメさんはこんな風に視線で会話する人
だった。言葉数が少なく、おっとりとして、けれど視線には力がある。コロボックル
という秘密を抱えているせいで思慮深い性格になったのかもしれない。
「わたしの姿が見えていますか?」
コロボックルは夜目が利く。明かりの消された部屋の中でもカーテン越しに射し込
む星明かりだけでオハナにはおチャメさんの睫毛の一本までが見分けられた。
「見えるわ」
オハナは手のひらの上で立ち上がり着物の帯に手をかける。コロボックルの衣装は
男も女も変わらない。前合わせの上着の上から腰帯を締める。下はズボンだ。額には
組み紐の帯。首には金属製の首飾り。腰に提げているのは水晶のナイフだ。
「あたしの手はおチャメさんの手になります。そしておチャメさんの手があたしの手
です」
少し躊躇したようだったが、納得が行ったらしい。おチャメさんは自分の左手とオ
ハナを見比べて頷いた。
オハナが帯をほどき始めるとおチャメさんは寝間着の上着に手をかける。上からぷ
つりぷつりと器用に、ゆっくりと片手でボタンを外していくと細い体の割に量感のあ
る乳房が現れた。夜目にも白い肌が胸の膨らみの柔らかさ予感させる。
「あたしの方がお姉さんのはずなのに、女性らしさではすっかり負けてしまいました
ね」
帯を解き上着の前を開くとオハナはゆっくりと自らの胸に指を這わせる。片手にオ
ハナを乗せたおチャメさんも向かい合って鏡像のように胸に手を伸ばした。
「さっきのおチャメさんはとても、綺麗でした。目が離せなかった。タオルケットの
下ではこんな風に触れていたんですね」
ゆっくりと片方の乳房を丸ごと持ち上げるように手を当てる。オハナの動きを追っ
ておチャメさんの手が後を追った。彼女の胸はどこまでも柔らかに波打ち、変形する。
ヒトの手にはさぞかし甘美な感触を伝えるのだろうと想像すると、オハナ自身の胸の
中心も急にしこり始めた。
「胸の先には……まだ触れないで。そう。重さを量るように。ゆっくりと」
おチャメさんのパジャマの下から覗く膨らみが変形を繰り返す。胸を下から支える
指の隙間から肉がこぼれそうだった。高く腕を掲げているのが辛いのだろう、オハナ
を乗せて顔の高さにあった右の手のひらも、胸を揉み上げる動作のひとつごとにわず
かずつ低くなり、今ではふるふると揺れる胸の先端とほぼ同じ位置にある。外から内
へ、下から上へと揉み上げられるその柔らかな膨らみを正面から見せつけられること
になった。
「おチャメさん、服の下にはこんな体を隠していたんですね……」
先ほど指先から嗅ぎ取った性臭とも違う。常の髪やうなじ、手のひらから感じられ
る肌の香りとも異なる。乳というほど濃くも強くもなかったが、どこからそれを思わ
せる香りがおチャメさんの胸の先端近くから滲んでいるようだった。マメイヌほどで
はないが、コロボックルは嗅覚が鋭い。
「匂い立つようです」
オハナにはこれ以上にしっくりくる表現がないように感じられた。
「胸の真ん中がちりちりして来ませんか。――ほら、もう胸の先を弄りたがって指先
の間隔が狭まってきていますよ」
膝を立てて揃える座り方が窮屈になってきたのだろう、おチャメさんが身じろぎを
して臑を両腿の外側に添わせるように折った。その際に両腿がもどかしげに擦りあわ
された仕草をオハナは見逃さない。
「切なくなってきましたか? でも、まだです。ほら、こうして――」とオハナは乳
房に添えていた自分の手を、両の乳房の間を辿らせて首元へと伸ばす。「――鎖骨の
あたり、身柱元《ちりけもと》を触れてみてください。あたし、おチャメさんの肩に
乗ったときはいつも、鎖骨の線が綺麗だなって思っていました」
おチャメさんがオハナの動きを追って鎖骨に指を這わせた。自らの指がもたらす感
触とおチャメさんの指の動きとが重なったような錯覚が、オハナの背筋に何かを走ら
せる。
「おチャメさんは首の線もとても綺麗です。あたしがヒトであったらキスマークを残
したくなるくらい」
そう言いながら指先を首筋から胸骨、胸の谷間へと先程とは逆の順序で辿らせる。
ただし、今度は先程とは反対の乳房へ手を伸ばす。オハナは右手で左の膨らみを、お
チャメさんは左手で右の乳房を鏡像のように。
オハナの乳房は体の小ささがもたらす法則によって重力の影響を受けづらい。手の
ひらで包めば柔らかさと弾力は感じられても、おチャメさんのように重たげな量感と
は無縁だった。
そっと、けれど大きく乳房が歪むよう、外側から内側へと手のひらに弧を描かせる
と、向かい合ったおチャメさんの胸もオハナを真似て大きくたわむ。
おチャメさんの口から、そっと、深い息が漏らされた。
「目を閉じて。おチャメさんの手が無数のあたしだと想像してください。大勢のあた
しがおチャメさんの乳房を揺すっているんです。胸の一番下、お乳のお肉と胸板の狭
間では大きなおチャメさんの胸に埋もれそうになっているあたしがいるんです。膨ら
んできた桜色の乳輪には三人のあたしが取り付いて手のひらで押しています。胸の先
――乳首はあたしが両腕でしがみついて、力いっぱい吸い上げているんですよ」
コロボックルが寄ってたかって乳房を押したとしても到底変形させるほどの力は得
られないだろう。そして、乳頭はコロボックルの頭に近い大きさがある。吸うといっ
ても乳首を丸ごと口に含むことはできないが、オハナの言葉はおチャメさんの想像力
を掻き立てたらしい。その体にぶるりと震えを走らせた。
「小人に嬲られているのを想像して感じてしまうおチャメさんはとてもえっちです」
「えっち」というのはオハナにとっては新しい言葉で、おチャメさんに付き添って
女子高へ通ったこの数カ月で覚えたものだった。
「だって……、オハナがいじめるんですもの」
「でも、わたしは乳首を押せなんて指示していませんよ」
「……意地悪」
「手の動きはゆっくりとそのままで、人差指と中指の隙間で乳首を――乳暈ごと挟み
込んで。そうです。切なく感じるくらいに」
星明かりに薄紅の蕾のような色をつけていた乳首もすでに硬く尖り、鮮やかに血の
色を浮かばせていた。乳腺から立つ香りも明らかに官能を呼び覚まされた香りへと変
じているのが小人の鼻には明らかだった。
「そうですね――小人にはおチャメさんがどれほど感じやすいのかわからないのです。
それで、乳首に思いきり、加減なしにしがみついてしまいます」
オハナの言葉のままにおチャメさんの指が自ら乳房を強く握り、指の間に挟まる乳
首を挟み上げる。
「……っ!」
おチャメさんが背筋を硬くした。自慰ではありえない強すぎる刺激が呼んだ反応だ。
それが快感からは程遠いことはオハナにもわかっていたが、相手に身を任せてこその
交わりだ。今、おチャメさんの体を嬲っているのはオハナであるはずだった。
「強すぎました? でも、体を震わせて切ない顔をしたおチャメさんはとても官能的
です。表情を見ているだけで濡れてしまいそうです」
それは本当のことだった。おチャメさんが立ちのぼらせる肌と吐息の甘い香りはオ
ハナには媚香のような効果を示している。「濡れてしまいそう」どころか肌着にはす
でに染みを作ってしまっているだろう。
「おチャメさん、あたしの胸にも触れてみたいですか?」
深い息と共にこくりと頷きが返る。
「物静かで、おしとやかなおチャメさんですが、本当はこうして――」と指を開いて
オハナ自身の膨らみを鷲掴みにして見せる。「――力強く握ってみたいと思っている
んじゃありませんか」
オハナの胸の膨らみに指が食い込む。わずかに遅れておチャメさんが豊かな胸を細
い指の隙間から溢れさせて見せた。オハナ自身が感じているように、恐らくおチャメ
さんも痛みを感じているのだろう。眉間に苦痛の皺が走る。
「指の跡が残りそうなくらい。でも、これはおチャメさんに刻まれた所有の証しです。
痛いだけじゃない、ほら、おチャメさんはあたしの胸を優しくも揉むでしょう?」
指の腹で乳首を押し込むようにして柔らかに撫でさする。柔らかな愛撫と、刻み込
むような荒々しい動作とを繰り返し、その合間には硬くしこった胸の先から狙いすま
したように刺激を送り込む。
密やかな、けれど深い吐息が重なり、少しずつ熱を帯びていく。オハナを載せた手
のひらはもう先程から嵐の海に浮かんだ船のように安定していなかったが、その揺ら
ぎでさえおチャメさんの伝える官能としてオハナを昂ぶらせた。
強い刺激にも慣れてきたのだろう、おチャメさんは乳首を攻める愛撫のたびに太腿
を擦り合わせるようにして堪えている。時にぐっと腰を反らせる姿は明らかに更なる
愛撫を求めているかに見えた。
「胸だけでは物足りないですか? ――そうですね。ではこのままゆっくりと膝立ち
になって……」
オハナも自らの言葉どおり、おチャメさんの手に平の上で落としていた腰を上げる。
はだけたパジャマの間から覗くおチャメさんの白い肌はほんのりと薄紅に染まってい
た。片肌がはだけかけ、尖った胸の先が顔を覗かせている。常のおチャメさんを知る
者からは想像もできない姿のはずだ。
「おチャメさんならここからどうします?」
「……腰紐を緩めるわ」
「直截ですね」
いいながらオハナは焦らすようにゆっくりとズボンの腰に手を伸ばす。
腰紐を見せつけるようにゆっくりと引くと、滑りの良い生地はそれだけでするする
と腿の下まで落ちた。ヒトの着物でいえば絹地に近いしなやかな繊維だ。大きさの関
係でなんでもかんでも周囲の物に張り付きたがる物理法則の中で、コロボックルが発
明した自慢の織物だった。
おチャメさんもオハナを真似てパジャマのズボンに手をかける。オハナを片手に載
せて左手一本で苦労していたようではあったが。
ふふ、と笑ってオハナは指摘する。
「おチャメさん、下着に染みができています」
オハナの言葉におチャメさんは俯き手でその場所を隠そうとしたが、そんなことを
してみてもオハナには目で見る以上に官能を示す香りが明らかだった。オハナの乗っ
た手のひらから漂うおチャメさんの香りより数段濃い、真新しい匂いがコロボックル
の鋭い嗅覚を刺激する。
「おチャメさん、その手は我慢できなくて触りたくなったからですか?」
違うのはわかっていたが、そんなおチャメさんの恥ずかしがりようを見ているとそ
んな意地悪も言いたくなる。おチャメさんは黙ったまま、長い髪を揺らして否定の仕
草を見せる。
「でも、ほら。こうして――」とオハナは中指だけを目立たせるように手を広げると、
割れ目を包む込むように下着の上から触れてみせる。下着を汚していたのはおチャメ
さんだけではなかった。水分を含んだその部分は、言葉通り吸い付くように指を引き
寄せる。小人世界のスケールでは水分を含んだ物はトリモチのように吸着力を発揮す
るのだ。
「――ここに触れたかったのでしょう? えっちです。おチャメさん」
ふるふると重ねて首を振るのを眺めながらオハナはさらに続ける。
「ヒトのここを直接見たことはないのですが、このあたりに小さな突起が隠れている
のではないですか」
このあたり、の声に自らの陰部に添わせた手の中指だけを立てて示し、下着の上か
ら肉に埋もれた小突起を探り当てる。太腿を合わせたままの膝立ちの姿勢ではあった
が、そこを探るのに不自由はなかった。
「……んっ」
ひたり、と湿った音をコロボックルの鋭い耳が捉える。オハナの仕草にリードされ
ておチャメさんが指を陰部に添わせた音だ。
「ほら、溝を前からなぞるんです」
オハナの乗る手のひらはおチャメさんの胸の前にある。手のひらから乗り出して下
を覗き込まねば股間をまさぐる様子は見られなかったが、下へ伸ばされた手の動きと、
呼吸や身じろぎに合わせて揺れる乳房、熱を帯び微妙な揺らぎ方をする吐息、オハナ
を乗せた手のひらのすべてがおチャメさんの反応を伝えてくる。
「割れ目がはじまってすぐのところ。おチャメさんがさっき弄っていたのはここです
か?」
おチャメさんはやはり髪を揺らして首を振ったがそれは否定というよりも答えたく
ないということだろう。
「下着の上からでも硬くなっているのがわかりますね。ふふ。わかるんですよ。あた
しもそうなんですから。ほら、強すぎないように、中指の腹で押さえて」
日頃は触れてもどうということのない触感しか生まない場所であるのに、昂ぶった
今は軽く圧迫するだけで下腹部全体に切なさが広がる。じんわりと生じるその感覚が
オハナにはもどかしくもあり、心地良くもあった。
「潜んでいるこのでっぱりの周辺を撫で回します。円を描くように」
二度、三度と指先で弧を描いてみせる。
「見えていますか? ほら、こうして強く――押します」
腰を前に突き出すようにしておチャメさんに示しながらオハナは指先でその肉芽を
ぐっと押し込む。釣られるようにして腕に力を込めたおチャメさんが息を漏らした。
「んふっ」
「きつかったですか? でも、きっとすぐに馴染むと思います。あたしの――オハナ
の攻め方は少し意地悪なんです」
突起の周辺をなぞっては中心を圧迫することを二度、三度と繰り返す打ちに、最初
は刺激に耐えきれずに腰を引いてしまっていたおチャメさんの吐息に甘い色が滲み始
めた。あくまでも密やかに吐息だけで官能を表すのがおチャメさんらしい。
「ほら、今度は割れ目を後ろへとなぞっていきます。四本の指すべてで包み込むよう
に。あら、おチャメさん、もうびっしょりですね。シーツまで汚してしまいそう」
触れずとも、薄い布地を擦る指が湿った音を立てているのは明白だった。
「指先だけでなくて、こう手のひらと指全体で覆うようにしてゆっくりと揉みほぐす
ようにすると、ほら、甘美で心地良い感じがしませんか?」
オハナが自慰を覚えたときから気に入っている触れ方だった。突起を――それをク
リトリスと呼ぶのだとはおチャメさんの学校で仕入れた知識だった――を集中的に触
れるような強い刺激とは違い、優しく揺蕩《たゆた》うような心地が訪れる。オハナ
の導くままにそこを柔らかに揉みほぐすおチャメさんからも深く満ち足りた息が漏れ
る。
「下着の上から弄っているのに、おチャメさん、えっちな音がしています」
潤いをたっぷりと含んだ粘膜を捏ね回すたびに、ひたりとも、くちとも表しがたい
微かな音が響く。外側の襞と内側の襞が空気を含んでは擦れ合う、その音だった。オ
ハナの下腹部でもやはり粘膜が官能を含ませた音を立てていたが、それは人の耳には
聞こえないであろう高さの音だ。
「オハナも……オハナも……感じている?」
左手を蠢かしながら、おチャメさんが訊ねてきた。指の動きと深い吐息が同期しな
がら言葉を途切れさせている。
「はい。おチャメさんの、弾んだ息が、とても艶めかしくて、それだけで感じて――
しまいます」
自らの性感がもたらす囁きに耳を傾けながらオハナは答える。
「おチャメさんのそこに、直接触れたいです。匂いを嗅ぎたいです。味わいたいです」
「オハナの……そこにも……触れさせて……くれ、る?」
言い終えると不意におチャメさんが口をすぼめて息を吹き付けてきた。両手がふさ
がっている上にヒトの手では微妙な愛撫ができないと知ってのおチャメさんなりの工
夫なのだろう。
「北風が衣服を剥ぎ取るの」
「おチャメさん、それじゃあ、逆になってしまいます」
「心地良い風に旅人は体を晒すんだわ」
どちらともなく忍びやかな笑いがこぼれ、声には互いに艶色を帯びる。二人はそれ
ぞれの下着に手を伸ばした。おチャメさんはショーツを、オハナはドロワーズを腰か
ら落としていく。
「……おチャメさん、糸、引いてます」
「オハナだって貼り付いてしまっているように見えるわ」
陰部から下着へと透明な滴《しずく》の糸を引かせているおチャメさんの姿は息が
苦しくなるほど蠱惑的だった。一方のオハナのドロワーズは湿り気を帯びたせいで肌
に貼り付き裏返しになりかかっていて、それが妙に気恥ずかしい。
膝立ちのままの二人は、それぞれ膝の上に脱ぎかけの衣服を折り重ならせてしまっ
ていて身動きも取れなくなっていたが、その微妙な拘束感も昂ぶりをもたらす気がし
た。
「あまり濃くないんですね」
手のひらの縁から下を眺める。おチャメさんの下腹部には申し訳程度の茂みが陰り
を落としていた。艶やかな黒髪が日本人形を思わせるおチャメさんはそこも黒々と茂っ
ていそうなものだったが、そういうものでもないらしい。
「……変かしら」
「いいえ。割れ目が透けて見えるのが素敵です」
いいながらオハナは下着とズボンを膝に絡めたまま腰を下ろす。それに倣っておチ
ャメさんもゆっくりと腰を下ろした。足の間に腰を落とすその仕草の、太腿を合わせ
たままの感触が妙に艶めかしく感じられる。
おチャメさんがオハナを乗せた手を腿の上に落ち着けたことで、オハナはおチャメ
さんの茂みに透けて見える部分を間近で観察することができた。振り仰げば呼吸に合
わせてゆったりと上下する乳房がその先端を扇情的に震わせていた。低い位置へと移
動したためにおチャメさんの肌の香りもより強くオハナの鼻孔を刺激する。ぴたりと
合わされた太腿の隙間に、薄い陰りを通して覗く割れ目は薄紅色の粘膜に液体を滲ま
せている。
「きっとこんな風に指を」とオハナはおチャメさんに向かって中指を口に含んでみせ
る。「絡め取ってしまうんですね。おチャメさんのそこは」
音を立てて指を吸い、絡められるだけの唾液を絡め、唇から糸を引かせながら抜き
出した指に胸から腹、腹からさらにその下へと唾液の筋を残しながら肌を這わせる。
たった一本の指にでも大量の唾液を絡め取ることができる、コロボックルの大きさが
なせる業だ。コロボックルにとっては大きな、けれどヒトにしてみれば小さな水滴は
表面張力の支配をより強く受ける。
コロボックルの唇が立てる小さな音がおチャメさんの耳に届いたかどうかは定かで
はなかったが、オハナが自らの体に描く唾液の筋跡が茂みに届く頃にはおチャメさん
の喉がこくりと鳴った。太腿の付け根へと潜り込んでいく指を、おチャメさんの視線
が捉えて放さない。おちゃめさんの白い指も太腿の内側で逡巡を見せた後に、そっと
亀裂へと添わされていった。
オハナとおチャメさんのそこが共に水音を立てる。二人の口から静かな吐息が重
なって漏れた。
「下着の上から触れたときのように、雛尖《ひなさき》の周りから」
烏帽子の部位を示すその言葉はコロボックルたちの間で使われる隠語の一種だった
が、おチャメさんにもその意味は通じたのだろう、こくりと頷くとオハナを真似て指
先を蠢かせ始めた。
「そう、そうです、おチャメさん。んっ。強くしすぎないように、ゆっくりと」
湿った音を立てさせながらヒトとコロボックルは吐息を熱くしていく。おチャメさ
んの太腿は時折何かを堪えるかのように力が込められ、その上に乗せられた手のひら
ごとオハナを揺すり上げる。その、揺れが不意の刺激となってオハナに切ない呻きを
上げさせた。
「ずるい、です。おチャメさん。そんな風に、あたしを、んっ、いじめるんですね」
おチャメさんからの返事はない。オハナを載せた右手を上半身の支えにしながら、
常から薔薇色を帯びている頬をさらに上気させて、薄く開いた口からはわずかに乱れ
た息が漏れていた。
「でも、ちょっと、もどかしいですよね。左手、だし」
オハナを載せた手がぴくりと反応する。聞き手を小人に占領されて不自由を強いら
れ、やはり右手を求めていたのだ。
「いいですよ。おチャメさん、あたしを、左手に、移し替えてください」
突起を弄りながらオハナは促す。本当はもう少し言葉で虐めたいと思ったのだが、
左手で快感を弾き出そうと懸命なおチャメさんの姿を見ていて可哀想になってしまっ
たのだ。利き手を使わせなかったのもちょっとした意地悪と企みに過ぎない。もどか
しげなおチャメさんを見たかったのだ。
股の付け根から引き出されたおチャメさんの指は、けれど、オハナの待つ右の手の
ひらに近づく前に動きを止めた。
「ふふっ。どうしたんですか、おチャメさん」
オハナにはおチャメさんが手を止めた理由がわかっていた。割れ目をなぞり、突起
をまさぐった指先は露をたっぷりとまとわりつかせていたからだ。先ほどオハナが唾
液を絡ませて見せたように指も手のひらも粘液にまみれて窓越しの星明かりを反射し
ていた。
その含羞の表情をオハナは期待していたのだった。
「おチャメさん?」
ほら、とオハナは自分の亀裂が含んだ露を手のひらに取っておチャメさんに示す。
粘液で覆われていた小人の手のひらがを認めたのだろう、おチャメさんはすでに上気
させた頬をさらに赤く染めてオハナに前に右手を差し出した。上着は肩から滑って背
中の半ばに落ち、ズボンも膝の上で足を絡め取っていたが、オハナは軽く一動作で右
の手のひらから左の手のひらへと飛び移る。
「ああ、おチャメさんの匂いです……」
金気と酸味が混じり、えぐみのある独特の香りがする。一番近いのはカビ臭かもし
れなかったが、それともやはり違う。オハナ自身の臭いとも違ったし、おチャメさん
の胸の先から立ち上る甘い香りとも違った。絡まるズボンとともに膝でいざりながら
ぬめった中指へと縋り付く。おチャメさんの指は少女らしい細く、長い指だったが、
オハナが両手を広げても半分も腕が回らない。頬で、はだけた胸で、腹部で密着する
と、その指を覆う透明な液体がオハナを表面に貼り付ける。全身をおチャメさんの露
でまみれさせ、オハナは背筋に甘美な震えを走らせた。ヒトよりも獣の血を濃く残し
ているコロボックルは嗅覚に支配される。おチャメさんの滴らせた露は麻薬のように
オハナを陶酔させた。
「オハナは幸せです……」
片腕でおチャメさんの指に抱き着きながらオハナは腰を突き出し、前から回した指
で割れ目に指を這わせる。それだけでなく、粘液を潤滑液に全身をおチャメさんの指
へと押しつけ、絡め、くねらせた。おチャメさんに見せつけるかのように。
オハナの示した痴態はおチャメさんの欲情を煽ったらしい。身を捩り亀裂に指を這
わせる姿を陶然と見つめながら自由を得た利き手が腿の付け根へと滑り込んでいく。
「んっ、はぁっ、ふわぁ」
「ぁあ……あふっ……ああ……」
おチャメさんに向けて突き出した腰は、濡れた亀裂も指の動きもすべてを明らかに
しただろう。実際、オハナの指が亀裂をなぞり、突起を弄び、襞の内側へと指を這わ
せると、その指の動きを追うようにおチャメさんの吐息が荒くなり、その荒い息に微
かな嬌声を忍ばせていた。声を抑えることをしないオハナの高く細い声と、抑えきれ
ずに漏らされるおチャメさんの声とが秘めやかな二重唱となって暗い寝室に満ちてい
く。
オハナの指がさらに襞の内側へと入り込み、指先の第一関節までを沈めて蠢かすよ
うになると背後でオハナの仕草を追うおチャメさんの声が変わり始めた。襞をなぞり
突起を擦ったときには堪えるように漏れていた声が、たゆたうような甘さを帯び始め
たのだ。
「おチャメさん、入口を、んんっ、いじるのが、いいんですね。んぁっ」
おチャメさんの指に縋るオハナの余裕ももう尽きかけていた。指先は快楽を求めて
無意識に奥深くを探り、掻き混ぜようとしたし、腰はおチャメさんを煽ろうとせずと
も自然に振れた。後は本能に任せて互いに昇りつめるばかりに思われた。
「ふぁ、ふわぁぁ、あんっ……んんんっ!?」
オハナの昂ぶりつつあった嬌声に驚きが混ざる。唐突に体を背後から押しつける、
粘膜で包まれた大きな――コロボックルにとって――肉がオハナを襲ったのだ。
「おチャメ――さん?」
振り返らずともわかった。粘液に包まれたそれはおチャメさんの舌だ。吐息が接近
していたのは朧に気づいていたけれど、舌先が触れるまでオハナはおチャメさんが舌
を伸ばしていることに気づかなかった。腿の内側に割り込んだ舌が、一グラムに及ば
ないオハナの体を舐め上げる。内腿から腰、背中と、恐らくは細心の注意をもって触
れさせてきたらしい舌はしかし、オハナを弾き飛ばしそうなほどの力があった。オハ
ナは懸命におチャメさんの指にしがみつく。
「強すぎた……かしら」
息を弾ませて訊ねるおチャメさんにオハナは頭を振る。驚きはしたし、ヒトの舌先
の力は愛撫を越えて苦しさを呼んだが、危険なほどの力でも暴力でもない。舌先でさ
え転がされてしまいそうなヒトの膂力がオハナの喜びを呼ぶ。
「もっと、もっと翻弄してください……」
オハナは自分の口からこぼれた言葉に驚いた。おチャメさんをリードし、羞恥を引
き出す側にいたはずなのに、いつの間にか立場が変わっていた。
――おチャメさんの匂いのせい……。
オハナの全身を絡め取っている粘液がオハナの心をも絡め取ってしまったらしい。
おチャメさんの舌が再度オハナを襲う。二度目は一度目よりもずっと繊細で、けれ
どやはり大きな生き物らしく小さなオハナの体を攫っていきそうなほど力強く粘膜に
包まれた肉が触れてくる。注がれる唾液は雨のようで、そのねっとりとした感触がオ
ハナにさらなる拘束感を与えた。腿を辿り、股間で蠢くその舌先の、乳突起のひとつ
ひとつがオハナを刺激する。予想よりもその先端が器用に動き、オハナの割れ目をま
さぐるように捩じ込まれてくる。
「んんんんんっ!」
大きな舌はさすがに奥深くにまでは侵入できなかったが、襞を掻き分けてその入口
を蹂躙する。臀部を撫で、背中をなぞり、脇や顔に涎の雨を注いで再び股間へと戻っ
ていく。コロボックルにとっては乱暴な、けれど、ぎりぎりで愛撫の範囲にあるその
舌は、求めたとおりにオハナを翻弄し、蹂躙した。
「おチャメさん、おチャメさん、おチャメさん……」
舌先に体を揺すられ、しがみつく胸がおチャメさんの指との間でひしゃげ、擦りつ
けられる。大量の涎に包まれ、溺れてしまいそうな錯覚に囚われながらもオハナは自
分が次第に官能の高みへと追い上げられていることを感じていた。しまいにはオハナ
自身が股間を襲う舌に腰を押し当てて振り動かしていた。すでに声も出ず、ただ欲望
の赴くままに体を動かすばかりだった。
気づいたときにはオハナはおチャメさんの手のひらの中でぐったりと打ち伏してい
た。半ば指に縋り、腰だけを立てた姿勢で我を失っていたらしい。水飴のように重く
体を覆う涎に絡め取られながら背後を振り返ると、同じように裸の腰を突き出して俯
せになっているおチャメさんの姿が目に入った。翻弄されるままに意識を飛ばしてし
まったために、状況がよくわからなかったが、オハナが延々と高みへ昇りつめている
間に、おチャメさんの舌が硬直し震えを走らせたのは感じていた。腰を掲げたままの
あの姿勢はその名残なのだろう、とオハナは頷く。
「おチャメさん? 風邪を引きます」
涎で重く濡れ、貼り付いた衣服を脱ぎ去って身軽になり、おチャメさんの耳元で呼
びかける。パジャマの上着をはだけ、下半身を剥き出しに突き出したこんな姿勢で眠っ
ている姿をママ先生にでも発見でもされたら目も当てられない。
「ん……。あら?」
「腰が冷えてしまいますよ」
顔の紅潮も抜けきらないままにおチャメさんが起き上がる。下着とズボンを引き上
げたものの上着ははだけたままで、その白い胸には点々と指の痕が残っていた。それ
はおチャメさん自身の手で付けられたものだったが、おチャメさんが一人でその身を
慰めたとしても決して残らない痕だったろう。
「指の跡がついてしまっています」
ええ、とおチャメさんはいつもの静かさで頷いた。
「夜中だけれど、お風呂入る?」
「そうですね。あたしも身体中涎まみれです。このままおチャメさんの香りを纏って
眠りたい気もするのですが」
「……入るわ。オハナも入りなさい、お風呂」
「一緒にですか?」
「小鉢にお湯を張ってあげるわ」
おチャメさんの指しだした手にオハナは裸のまま飛び乗った。
「おチャメさん」
「なあに?」
「大好きです」
声に出しての返事は無かった。
触れるか触れないかの距離で音を立てるキスがひとつ、返ってきた。
――了――