「京介くん…………大好き!」 
 
 ズキン、と鋭い痛みが私の胸に突き刺さる。同時に、僅かに残っていた人の心が呼び覚まされたのか、それまで侵略者の言うなりに小麦ちゃんを襲っていた京介は苦悶する。 
 「信じてる。あたしの知ってる京介くんは、誰にでもやさしくって、かっこよくて……」 
 そんなに傷ついてもまだ信じられるのか。愛することが出来るのか。だけど、まじかるナースに求められていたのは、何よりも正義を、そして人を愛する心――だったはず。なのに……。 
 あたしは眼前の光景から目を背け、岩山の影に身を潜める。 
 その、純粋さ。 
 「変わって、ないわね――――小麦ちゃん」 
 自然に、漏れた一言。胸の奥まで刺さった針は依然として抜ける気配はなく、ちくちく深くあたしを苛む。 
 ――あたしは何故、素直に小麦ちゃんの成長を喜べないのだろう? 拳を固める手に、爪が食い込んで痛い。だけど、それ以上に。 
 
 「そんな京介君だから、京介くんだから、あたしは………」 
  
 今の私にあるまじき感情が、急激に渦巻くのが解る。これって。 
 嫉妬……? 
 誰に……?  
 どうして……? 
 
 
 あたし、は……。 
 
 「大好き!!」 
   
 「うわアァアアァァアァァッッ!!!」 
 小麦ちゃんの告白をかき消す、断末魔とも取れる絶叫に思わずあたしは振り向いてしまう。声が途切れる毎に京介のーーーー京介、くんの身体から黒い悪霊にも似た『何か』が抜けていくのが感じられる。 浄化、されたんだ。仰向けに倒れた彼の許へいてもたってもいられなくなったあたしは――。 
 「きょうす――!」 
 「京介君ッ!」 
 小麦ちゃんに先を越され、またムッとする。それまで気絶していたムギ丸もいっしょだ。まったく、肝心な時に役に立たないサポート役だ。やっぱりあの子を選んだのは失敗かしら。いちいち一言多いし。 「京介くんっ、しっかりして〜! 京介くんッ!」 
 がくがくと乱暴に揺さぶられても、起きる気配はない。見下ろす彼はなんて綺麗な顔。胸がどんどん高鳴る。初めて出逢った時のように安らかに眠る、あたしの。あたしの、あたしのあたしの――――! 
 「むふふ……お、『王子様』の目を覚ますにはぁ、やっぱき・き・キスだスにゃあ〜♪」 
 「おう、じさま……――」 
 あたしははっと貌を上げる。そうよね、小麦ちゃん。それは、とってもいいアイデアだわ。それは、何て素敵なことなんでしょう。ありがとう、思い出させてくれて。そういうワケで。 
 「イッタダキまぁ〜〜〜すっ♪」 
 
 ――――ちゅっっ♪ 
 
 「ちううぅうぅううぅううぅっっ!」 
 
 
 気が付けば、あたしは京介くんの唇を奪ってしまっていた。 
 吸ってみる。とても気持ちいい。心が、あったかい。心が、惹き合う。京介くんと接触しているというこの事実が、どうしようもなく頭を甘くとろかせる。ねぇ、もっと激しくしても、いいよね……? 
 
 あふ、素敵…………♪ あなたの唇、こんなに甘くて……そういえばキスをするのって、これが初めてだよね、京介くん。ふふふっ。 
 
 「お、およよぉ〜〜〜ッッ!?」 
 
 くすくす。驚いてる驚いてる。京介くんに夢中であたしの存在には気が付かなかったでしょ? 小麦ちゃん。気持ちは解るけど。もう本当はあなたたちのサポートとしてここにきたことなどどうでもいい。『わくちん界の女神』としての自分にこの想いを押し込めてきたことなんて、今この瞬間に比べれば。こんな、ちょっと唐突な形だけどそれもまた、あたしたちらしくてーーまた、逢えたね。京介くん。 
 そして。 
 
 ――違うのよぉ、小麦ちゃん、解ってないわね。京介くんはね。 
 
 マヤの――――違う、『真夜』だけの…………! 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 ――ん…………………? 
 
光。ただ一文字。 
 
 ――瞼の裏に、強烈な光が差し込む。が、強引に照らし出すのではない、暖かく、浄も不浄も分け隔て無く、世に遍く森羅万象を暖かく包み込んでくれる、母なる、光。 
 覚醒した伊達京介が最初に感じ取ったのはそれだった。 
 続いて春のような暖かさ、肌に語りかける滑らかな風といった皮膚感覚、鼻腔を微かにくすぐる花と緑の匂い、耳に届く歓喜を謳うカプセル蜂達の囀りと、徐々に諸々の感覚が蘇ってくるのが解る。その中でも一等鮮やかなのが肩から後頭部に掛けての柔らかな、温もり――遠い昔、幼い頃に母にして貰ったのと同じ――人の、温もり。 
 
 ――――ここ、は……? 
 
 残念ながら未だ口の感覚は戻ってないようだった。動いたもののかすれ声すら出ていないだろう。果たして、そんな疑問を解き明かす糸口が耳朶を捕らえる。 
 
 「――気が付きました?」 
 
 声。それも女性のだ。降りてくるような。見下ろされているような。これ以上目を閉じるのも億劫と京介は目を開く。 
 「………………?」 
  
 ――綺麗だ。 
 
 目に飛び込んできた第一印象はそれだった。口を動かす暇もないほどの鮮烈な。 
 「どう? 気分は? よく、眠れました?」 
 
 
 蒼く長い、艶やかな光沢を放つ髪、見下ろす透き通った蒼穹の瞳。柔和な表情。それらが背にした太陽の後光と相まってより映える。 
 …………ん――――? 
 覗き込んでくるその貌が、誰かと重なったーー気がした。 
 以前に逢ったことがーー否、今はそれすらも判然としないのがもどかしい。 
「あ、あなたは……?」 
 やっと声が出た。声帯の震えは微かだが、ちゃんと彼女に届いたようだった。 
  
 「いやですわそんなっ♪ 『まるで聖母のようだ』なんて♪ きゃあ〜っ♪」 
 「……………………………………………………」 
 
 何かが音を立てて崩れた――――ような気がしないでもないような感じだった。 
 「もうっ! 本当に京介くんってばお上手なんですからぁ〜♪ この、女殺しめっ! このこのぉ♪ あ、でも、ココだけの話、それほどでもあるっていうか、なんて言うか――」 
 「いえ、言ってませんが……」 
 いやんいやんと勝手に身悶える彼女をまるで他人事のように見ながら取りあえず応答する。ふと頭を動かすとやはり柔らかい感触がそこにある。掌から伝わる、地面の固い感触とは明らかに違うものだ。これは――。 
 「あら、もう動けますの? もう少しこうしていても宜しいのに。私としてももっとこうして、京介くんの貌を眺めていたいのになぁって…ふふ♪」 
 と、にっこり笑う。満面の笑みだ。一瞬、どきっとするも束の間彼女は優しく京介の両頬を掴むと頭を元の位置まで戻す。 
 そうか、これは膝枕だ。 
 
 
 柔らかな太股の感触が今まで京介を支えていたのかと思うと急に気恥ずかしいやら申し訳ないやらという気持ちになってしまったがすぐに思い直し、慌てて立ち上がると、さっきから浮かんでいた疑問を口にした。 
 
 「あ、だから遠慮しなくたっていいのに……しょぼん。できればずっとこうしてたかったのにな――――」 
 「な、なんで僕の名前を……? それに、あなたとは何処かでお逢いしたことが――?」 
 
 ――やっぱり、ね。 
 
 一瞬だけ、フッと寂しい貌を覗かせるがそれはもう解っていたことと割り切り、埃を払いながら立ち上がると一端お辞儀し、 
  
 「マヤ。私は、女神――――」 
  
 風が吹きつけ、花弁が舞い散る。 
  
 シルクの織物を広げるように髪をふぁさぁっとそよがせた、一陣の風。空に舞う髪の艶やかさと陽光とが溶け合い絡み合い、煌めく様子に京介は一瞬見とれてしまう。 
  
 
 ――KISSからはじまるMAGICAL?―― 
 
 
 「――岬真夜、よ。マヤたん♪ って呼んで下さいな。宜しくね」 と、旧い名を使ってしまった自分をごまかすようにウインクするわくちん界を守護する女神。 
 
 
 「い、いや、それはちょっと」 
 そりゃそうだ。  
 「じゃあお好きなように呼んでもらって結構です。ちょっと残念ですけど、ほら、覚えてます? あの事件。宇宙人襲来事件のこと」 「宇宙人襲来事件? あれ、岬さん、それってーー岬さん?」 
 目を伏せ記憶の糸をたぐり寄せる――が、マヤは何故か目つきがとろけていた。ぽ〜〜っとした面持ちで宙を見上げる。 
 「み、岬さん……『岬さん』って……ふ、ふふふふ……ね、ねぇ京介くん、もう一度、呼んで! 岬さんって、おねがい、わんすもあぷりーずっっ」 
 もしもしっぽがあったなら、もの凄い勢いでぶんぶか振っているだろう、そんな勢いでマヤは京介に身を乗り出し上目遣いで岬さんコールを要求する。その代わりといっては何だが背中の衣装の羽根がまるで意志あるもののようにぱたぱたはしゃいでいた。 
 「早く、早くっ!」 
 「は、はあ。岬さん? あのー」 
 「ああ………! 京介くんに、京介くんにまたその名で呼んで貰えた………またこうして逢えただけでも嬉しいのに、そんな風に呼んでもらったら私……だ、ダメよ! マヤ! コトは穏便に済ませなきゃ……! わくちん界の鉄の掟はどうしたの私! ち、地上の人と交わっちゃ――こ、この間のキスの件だって本当はいけないコトなのに、女神が其れを破っちゃったら他の者に示しがつきませんわ! でも、でも、ああッ、ときめくな私の心、揺れるな私の心、恋は覚悟を鈍らせますわ……――!」 
 今度は両手を口元にやって顔をふるふるさせる。 
 「で、でもでもッ! あの時、私を抱き上げる京介くんの腕……がっしりと私を支える腕の力強さときたら……胸のどきどきが止まらなくて、今もこの身体が覚えてますわぁ……♪」 
 「み、岬さん?」 
 また一人でいやんいやんし始めたマヤに京介はただただ戸惑うばかりだ。 
 
 「あ、え…ああッッ! ご、ごめんなさい京介君、私としたことが……あ、あははー………で、何でしたっけ?」 
 「え、ええ。その事件って、二ヶ月前の……そうか、思い出した!」 
 「思い出したッ――!?」 
 思いがけないキーワードに思わずマヤが身を乗り出す。もしかしたら! と希望に燃える蒼い瞳が彼を見上げる。 
 「た…確か宇宙人に洗脳された僕たちを助けてくれた人、ですよね? いやぁあの時は助かりました。でも、実を言うとあの時のことはよく覚えていなかったりするんですけどねーははははははははっ」  と、京介君は白い歯を見せ爽やかに笑う。 
 「うふふふふふふふふふ♪ …………はあーあ、やっぱし」 
 がっくしと肩を落とすマヤ。よく考えればあくまでも二ヶ月前の、まじかるティーチャーコマチの来襲について言及してるのであって仕方ないんだがどうもこの手の言葉についつい期待してしまう。 
 
 「それより岬さん、ここはいったい何処なんです? それに、どうして僕は此処に……」 
 
 
 ――かちゃ、かちゃ……。 
 
 テーブルの食器が些かけたたましい音を立てる。 
 いかにもな模様細工のいかにもな高級食器に乗るはいかにもなサンドイッチ。付け合わせのポテトフライ。青菜のサラダ、そして熱々のコーンポタージュスープ。これまたいかにもな洋食スタンダードランチといえよう。無論、全部彼女のお手製だ。 
 それを真ん中に、京介と女神マヤ、二人は向かい合って座る。支度から何まで、もてなしは総てマヤ自身によるもので京介はたびたびお気遣い無く、と断るが半ば強引に済ませてしまったのだった。 
 
 
 京介の枕としてずっと座ったままの姿勢だったろうにつかれた様子もなく、終始にこにこと屈託のない笑みを向け続けてくれる。直感的に。だが間違いなく心からのものと解るから始末に負えない。 
 断っても、 
 「遠慮なんかこれっぽっちもしなくていいんですよっ」 
 とにこやかーに言ってくれるもんだから、結局悪い気はしない。京介も真っ当な男だ。美女の心からの笑顔の前には、やっぱり流されるしかないのだ。心なしか、「あなたに尽くせて嬉しい」というような達成感すら窺える――だからこそ、心の何処かで申し訳ない気持ちになってしまうんだが。 
 一度、会っていたとはいえ殆ど面識もない自分に何故ここまでしてくれるのか、という当然の疑問もまた、この時点では流されてしまったのだが。 
 「ど、どうです? お味の方は。美味しい?」 
 内心のどきどきを隠して伏し目がちに京介に尋ねる。 
 「んーーごほっ、ごほっ、凄く……美味しいです」 
 「良かったぁ〜、私、サンドイッチが一番得意なんですよ! だから、喜んで貰って、嬉しい……くすっ」 
 と、また破顔する。今度は頬が朱に染まるオプション付きで0円。 
 某有名ハンバーガーチェーン店もなんのそのな極上スマイルだ。思わず租借するのをそっちのけに見とれてしまう。 
 しかしーー膝枕の時は気付かなかったがその服装。薄紫を基調とした、豪奢なドレス、宝石をあしらった金の王冠。身に纏う高貴なオーラがコスプレでは無いと言うことを嫌でも誇示させる。それに身体の線を隠す衣装で解りにくいがプロポーションも相当なものだ。芸能界にそれなりの期間この身をおいているがこれほどの器量の持ち主は同業者でもなかなか見あたらない。唯一、国分寺こよりが彼女のイメージに近いが、やはり何処か違う。今彼らの居る場所――本来彼女のみ立ち入りを赦されたプライヴェート仕様の宮らしい――も相まってどこかの貴族の出かとも思われたが近寄りがたさもなく、趣味の手料理が庶民的な雰囲気を際だたせてくれる。 
 
 ――不思議な、女(ひと)だ。 
 
 この一言に集約される。 
 「? どうかしました? 京介くん、私の顔に何かついてます?」 
 「あ! いや」 
 慌ててサンドイッチに没頭する。それを頬杖をついて穏やかに眺めるマヤだが 
 「ぐふっ! ごほっ、ごほっ!」 
 またしても京介は喉に詰まらせてしまう。もともとパン食は詰まりやすい上に誤魔化しのために一気に詰め込んだものだから尚更、あわてて手を動かすがテーブル上にはそこにあるべき飲み物は見あたらない。 
 「あ、ご、ごめんなさいっ! 直ぐにお茶ご用意しますね」 
 うっかりしてたとばかりマヤは棚から茶道具を取り出す。そして 
 「今はあいにくこれしかなくって」 
 と、メニューから考えて紅茶ではなく何故か日本茶のセット一式がそこにあった。緊急とばかりに超高速でお茶を点て、出来上がった湯気をほかほか立てるお茶碗を京介くんに差し出し、 
 「本当はもっとちゃんとした形でこうしたかったんだけど、まぁ、いいか、な……」 
 それでも満足そうなマヤだ。再び頬杖を付いて茶をすする京介を楽しそうに見つめる。母が子供を見るように、恋人と接するように。 
はたまた、兄への羨望の眼差しか。そういったものとよく似ていて。 「ふう。すいません、へ、変なところ見せちゃいまして…」 
 茶碗をテーブルに戻し、ナプキンで口元をぬぐいやっとこ一息つく。 
  
 ――アリガトウ。 
 
 
 
 
 「えっ、岬さん――――?」 
 微かに、マヤから発せられた言葉。いや、礼を言うのは自分の方だろう。しかし、彼女は始めから無かったことのように進める。 
 
 「いえいえ、お粗末様でした♪ ふふ、気にしてませんよ。むしろ、もっと京介くんの変なとこ、見てみたいなぁ――私だけに見せて欲しいなって……」 
 「………………」 
 「もっと、もーっと、色んな京介君がみたい、な……私の知らない京介くんも、何もかも、見たこと無いのも、見せないものも、忘れちゃったものも、はたまたなくしちゃったものもひっくるめて、いっそのことみんな、独り占めにしちゃいたいな――くすっ。あぁっ、まだここに食べかすが残ってるよ、ほら」 
 そして細い人差し指をちょいっと、京介の口元にやりパン粉のカスを掬い、自分の口に運ぶ。 
 「はむっ♪ ――うん。キレイになった♪」 
 私のお墨付きとばかりに一つ頷く。 
 「……………………………………………………」 
 「あぅ………………………………………………」 
 既にゆでだこのように顔が茹だっていた京介に釣られるようにマヤの温度も急上昇していく。途端、彼を直視できなくなってしまう。 
 京介からは見えないが彼女の頬も負けず劣らず、紅一色である。 
 
 どきどき。 
 どきどきどきどき。 
 どきどきどきどきどきどき―――………。 
 
 二人だけの空間で繰り広げられる、熾烈な鼓動のバイシクル・レース。 
 
 
 
 8ビートから16ビートへ。16ビートから32ビートまで。熱を伴い加速していく。それが最優先事項というように。 
 カーブもゴールも何もない、ただただ果てのないストレートのコースが続く、惹かれ合う魂と魂のリズム・セッション。 
 軽快なロックン・ロールも、激情のヘヴィ・メタルも、気怠いブルースも、格調高きクラシックも、スウィングするジャズも、彼らを彩りはしない。ただただ原初の本能に基づく甘さと切なさと、ほんの少しの苦みによって飾り立てられてしまう、 
 そんなBITTERSWEET FOOLSな二人。 
 
 それでもちらちらと、マヤは器用に瞳だけ動かして京介を盗み見る。でも、目が合いそうになるとまた俯いてしまう、というループだった。 
 ――や、だ、ど、どうしよう………だ、黙っちゃっ――た……嫌……せっかく、意識すまい意識すまいとしたのに、意識…しちゃうじゃない……! わ、わた、わたし、じっとしてたら、自分から京介くんに何かしてあげてないとそのっ…どうにも止まらなくなりそうで……ともすればいまにも心に秘めてたモノが破裂しちゃいそう、で………っ、あ、あなたがそんな風に固まっちゃったら、わ、私は………!! 
 「はぁっっっ!」 
 心を冷却するように、小さく、だが強く息を吐き出してしまう。 
 幸い聞かれなかったようだ。それは困る。悟られたくない。この魂のざわめきを。この心の焦燥を。逆巻く焼心(しょうしん)に炙られるこの身を。安堵してまた一つ息を漏らしてしまうのだった。 
 ――? あのペンダントは――。 
 
 ふと、京介の首に下げられた十字架のペンダントに目がいく。 
 
 ふふふ、まだ、持っててくれてたんだ――――。 
 
 
 ちらっ。 
 
 『ッ――――!』 
 
 目が、合ってしまった。今は一瞬たりとも二人の瞳に互いが映ってしまうのが怖くて仕方ない。目線はやはり、床へ落としてしまう。 
 
 こんな…に、近くにいるのに……どう、して――。 
  
 それでも、やっぱり京介を、「王子様」を、見つめていたい。ずっと、ずっと。だって、また、こうして目の前にいるのだから。少しでも目に焼き付けて、離れぬ様、流されえぬよう、刻みつけておきたい。消えない傷痕を付けるように、深く深く、闇夜を切り裂く深紅のナイフでエグるように、痛みさえも欲すように――――こう考えてしまうこと自体が『掟』に背くことになると、彼女はこのとき判っていただろうか。いや、そんなものはもう――――。 
 
 きょう……すけくん、どうして、私を見てくれないの……? さっきまでは見てくれてたのに――だめ、目を、反らさない、で……何か言って、たった一言でいいから、どんな言葉でも、不安にさせないで……やっぱり、お茶じゃなくて紅茶の方が良かった、かな……さいしょ用意し忘れてたから怒ってるのかな……それとももっと別のことなのかな……言ってくれたら、治すか…ら…き、嫌いになっちゃ、イ……ヤ……――! 
 
 と、視界の床が滲む。 
 様々な感情がごちゃまぜになって自分のことだけで精一杯だ。女神としての定めと、極力心に留めようとした本心。両者の均衡を保とうとすればするほどに崩壊寸前まで追いやられ、京介の心情を計るのが完全におろそかになっていた。壊れてしまいそうな自分に、わくちん界の守護者といえど振り回されるしかないのだ。 
 
 ――カチ……カチ……――。 
 
 音を無くした二人の間に、壁掛け時計だけが虚しく音と時を刻む。 
 「――――」 
 不意の風に鞄掛けに立てかけられていたショルダーバッグが軽く揺れる。其れを合図に京介は部屋を見回してみる。そうでもしないと落ち着かないのだ。 
 とてもじゃあないが白亜に映える瀟洒(しょうしゃ)な外観からはおよそ想像付かない、シックな内装。だがしかし、クローゼット備え付けの収納棚にこれでもか! と詰め込められた某超有名電気ネズミもどきを始めとする様々な種類のぬいぐるみ達、ノートPCが置かれた貝のような曲線を多用したお洒落なソファを照らす三つ並びのスタンドが親しみやすさを連想させ、ああ、女の人の部屋なんだということが京介をどうにも緊張させて止まない。 
 ぬいぐるみか……大人っぽい、少なくとも僕よりはどう見たって年上の人なのに、意外だな。 
 
 ベッドにあるやたらにでかいケ○ロ軍曹もどきぬいぐるみを横目に少し、笑みが零れる。 
 やっぱり、不思議な女(ひと)なんだな――。 
  
 それに、その物腰に似合わぬ少女らしささえ感じられる言動、兄を慕う妹のような。なのに姉のような、母親のような包み込んでくれる母性を匂わせるアンバランスさがいつしか京介を惹きつけて止まらないのに、目を合わせるのが、辛い。こんなに気になってるのに、こんなに綺麗な人が、しかも色々良くしてくれてるのに、どうして。 
 
 「――ね、ねぇ岬さん」 
 「……っあ!」 
 
 
 今まで見たこと無い、強張った顔。警戒しているような、怖れているような険しささえ。心なしか、目が潤んでいるような。 
 「は、い……――?」 
 
 
 わくちん界といえど夜は更ける。今日の光を出し切った太陽はしばしの眠りにつきまた明日に備える間、月とその眷属たる星々が全天に等しく散りばめられ、夜空の静謐(せいひつ)に彩りを添える。 
 
 とはいえ此処が何処かも知らされてない京介にとってはいつもどおり、といえばそうなるか。 
 「………」 
 布団を首まで被り無理矢理に身体を眠らせようとするも無駄なこと。却って目がギンギンに醒めてしまう。宛われたベッドは、引き続きマヤの私室。京介には、男にとってはのっぴきならない状況だ。心なしか、彼女の匂いさえ漂ってくるような――と一寸したきっかけで泉のように湧く在らぬ想像を払おうとするだけで、天に弓引く三日月に映されたように光に冴えていく視界。 
 
 岬、さん………。 
 
 あの後、再び自分の置かれた情況について説明を求めたが体調でも崩したか、マヤは額に冷や汗を滲ませて退出してしまった。コレまで見たこと無かった貌、其れまでの余裕の欠片もない、何かを必至に押さえつけていたような――――反転しようとする衝動でも堪えるような――――考えても詮無いことは流石に判ってる。でも、駆け寄ろうとしてあんなに強く拒絶されては。 
 
 僕、なんか嫌われること、したのかな……。 
 
 
 
 堂々巡りとなる思考。ごろんと仰向けになって京介は何をするでもなく天井を見つめる。それにしても、 
 「ここはいったい、何処なんだろうな 
 仕事、どうしよう。と明日もぎっちり詰め込まれた秒刻みスケジュールのことが思いやられる。 
 中原さんやキリプロのみんな、いまごろ心配してるかな。でも一番迷惑が掛かってるのはリチャード社長かな。 
 
 もし帰ったらどんな風に釈明しようか。そもそも現在どんな状態に置かれてるか判然としない今、何もしようがない。結論は何処までも振り出しだ。また一つ、ため息をつく。 
 
 「ふう。………うつし世は夢、か」 
 
 不意に口をついて出た言葉。確かとある作家の……誰だったか……好んで使った言葉だったという。この後にもう一節続くはず、だが――――廻る廻る思考に酔い、いい加減うつらうつらとしてきた時。 
 
 「――夜の夢こそまこと、ね」 
  
 「―――!?」 
 開け放たれたドアから滑るように姿を現したのは、 
 「人が生きている限り、日常と夢は表裏一体、紛れもない『現実』だということを端的に言い表した、良い言葉よね。あたしも、結構好き、かな」 
 「岬、さん………」 
  
 本当、人間界の歴史に名を記した文豪だけあって思いがけない、そしてこれ以上ないことを言う。 
 何がそうなのか? 
 
 
 あたしと、京介くんの今を体現した、この上なく相応しい言葉………! 
 
 自嘲混じりにマヤの口元がつり上がる。 
 
 ――バチィッ! 
 
 部屋に迸った目映いスパークに照らされ京介が目にしたその姿はもう先ほどまでの淑女ではなかった。 
 そのきめ細やかな肌に負けない、純白のYシャツのボタン一つで半裸を包み、下はストライプの見た目からすると意外と少女趣味な薄紫色のショーツ。すらりと伸びた長い手足。薄い生地を押し上げて今にも全貌を露わそうとする豊満な胸。 
 高貴な装束の下に秘匿されていた抜群のプロポーションを惜しげもなく晒し、ただ静かに、しかし確実に京介のベッドへと寄ってくる。 問題は、彩(いろ)のない表情。透き通りすぎて、虚空のような瞳。なのに唇だけは雄弁と感情を物語っている。 
 
 ――魔力が漏れたか。 
 心を鎮められないということは魂の力である魔力も御せないということ。その影響か、それまでオブジェのようだったノートPCが自動的に起動してしまった。アイコンは迷い無く「Finder」と書かれたフォルダを開き、「日記2」という名のビデオファイルをダブルクリック。瞬時に立ち上がったMedia Playerがある映像を紡ぎ、昏(くら)い部屋を僅かに照らす。 
  
 「これ、は」 
  
 「……………」 
 
 『あたし、解ってた。解ってたの――』 
 
 鮮明に映し出されたそれは、紛れもなく。 
 
 「岬さ、ん……?」 
 気怠そうに椅子の背もたれに寄りかかる女性。 
 
 『あたしが本当のあたしじゃないって。あたしが誰かの欠片だってコト。心の揺らぎだってコト』 
 
 「岬さん、一体何を」 
 目の前に、いる女性は言った。 
 「そう。何を言っているのかしらね、あれは今の『私』じゃあないのに」 
 「……?」  
 左手をゆらり、と動かし人差し指がモニターを指さすとプツッと画面が途切れ、沈黙を取り戻す。その間も虚ろな双眸は彼を見つめたまま、まるで映像の後を受けるように言葉を続ける。 
 「――!」 
 「――でもね、きっと何時か誰かが私を救い出してくれると思ってた。この退屈な毎日から。憂鬱な時間から」 
 
 ――どくん。どくん。 
 
 誰の鼓動だろうか。京介? それとも、 
 
 「ずっと――――待ち続けていた日々から。いつしか、仮面を被って、さもそれが当然という風になって」 
  
 「仮面」…………? 
 
 ――どくん、どくん、どくん、どくん…………!! 
 
 「誰の前でも笑っていなくちゃならなくって、ずっとそれが何年も、何十年も、何百年も、何千、何万年も、何時までも何時までも――――永劫とも言える、数えるのも面倒なくらい、気の遠くなる時間……そのうちいい加減慣れて、あたしもやっとね、これでいいかな、と思うようになってたの――」 
 瞬きもせずに饒舌に唇だけが語る。それだけが躍動する生命というように。だけどその笑みは何処までも冷たく、冴え冴えとしていた。 ――この夜闇のような冷たい空気を纏いながら。 
 「最初は、良かった。ああ、忘れていなかったんだ。京介君のこと。あたしの夢を叶えてくれた人のことを、まだずっと覚えてる。それだけで感激だった。それだけで、良かった。心は耐えられたの。いつか、運命の輪の中で再会できる日が来る。そう信じてた」 
 運命の輪は回る。廻る。周る。幾度と無く。何度と無く。『刻』という名の無限に、無間に噛み合った巨大な歯車によって。 
 「でも貴方は来なかった!!」 
 大きく目が見開かれる。怒りという生気を取り戻した眼。しかしそれは、酷く歪なものに見えた。キュービズムじみた、不条理さ。 
 「あ、あたしは、ずっと、待っていたのに……何時だって良いように準備してたのに、この部屋だって――――創ったのは覚えていないくらいに遠い昔なんだよ……? 仮面が皮膚に、心に魂に癒着して離れなくなって、『また今日も逢えなかった。昨日に続いて今日も京介くんは来てくれなかった』と、今あなたが寝ているそのベッドで、幻影でも良いからあなたに逢いたくて、だけど逢えるはずもなくて、幻影にまで裏切られて泣いて泣いて、泣きやんだら、『今日が駄目なら明日がある。明日が駄目なら明後日がある』と、そう自分に言い聞かせてた日々も、みんな無理矢理隅に追いやって、凄く苦しいのを我慢して、やっと、やっと諦められる……もう私にとって『痛み』でしかなくなった記憶から解放されると、そう思ったのに……」 
 「…………………」 
 
 
 
 「あなたに解る!? あたしとの、いや、あの頃の記憶を何もかも喪(な)くして、のうのうとアイドルなんかやってのんきに気ままに暮らしてるあなたなんかに! この苦しみが!」 
 湧き出た感情は涙の証。血のような紅い――涙。 
 「岬さ――」 
 「呼ばないでッッ! 覚えて……ないクセに、ぜんぶ忘れちゃってるクセに、ふざけないでよ、莫迦……! そんな、気安く――くっ、ふっ――や、やっぱり――――」 
 心の重みに耐えきれなくなったか、ベッドの端に手を突き、肩を震わせ雫が白い布団を紅く濡らしてく。 
 「こんな憎しみも、忘れてしまおうと思った、のに……ふふ…」  コマチ先生事件の時のキスが頭を過ぎる。想いは、とうに過ぎ去ったはずだった。小麦の気持ちだって解っていたじゃないか。だけど…………今にして思えばそれが、総ての引き金だったのではないか。 
 「だいたいね、生意気なのよ……小麦ちゃん……くすっ」 
 「岬さん?」 
 「ふふふ………んふふふふふ……小麦ちゃん、駄目なのよぉ、どんなにあたしの目の前で京介君をたぶらかそうとしたって無駄なのよぉ、ざーんねん、あなたなんかじゃあ京介くんには足りないのよ……そうよ。あたしはあなたなんかとは違うのよ。全然。積み上げた想いの数も、愛の深さも――そして、満たされなかった長さも、何もかもが、ね――! だから、どんな重い絶望も、深い悲しみも、手の届くところに求め欲したものが見つかっても、生半可なことじゃあ癒されやしないと、思ってた。そう頑なに思い込んでた。あたしの気持ちはね、もはやそんな光と闇を越えた向こうにある、と」 
 「な、中原さんが、どうして」 
 そして京介もまた、慮れずにいた。その美しい半裸の裡の仮面を脱ぎ捨てた女神の、押し殺した黒き嫉妬に圧倒され。火を畏れる獣のように近づけずにいた。小麦や恵、流奈の積極的なアプローチすら気づけないこの男にそんなことが出来ようもない。せいぜいファンに手を振るのが精一杯だ。 
 
 「だけどそれなのに、くす…不思議ね」 
 独白から切り上げるように、貌を上げ。 
 「え……?」 
 「あの時から、確かに――――私……私……!」 
 最後の砦とも言えたこの世界の掟という大義名分など、最初からあって無かった。そうでなかったら、ここに彼がやってきた時点で帰している。地上へ。思えば、庭園で彼を見つけた時、目覚めたら返せばいいと、いやせめて食事をご一緒したらとその都度引き延ばしたりと、実に見苦しい。 
――そして、今更のように旧い名を使うこともなかった。 
 何よりも、またこうして京介の側にいられる。それだけで。 
 
 「嬉しかった………きょう、すけくん――あなたが、やっと還ってきてくれたってーーわたしの下に……また、白馬に乗って……」 
 涙でぐしゃぐしゃになりながらも、笑顔を形作る。ああ、これは、サンドイッチの時の、心からの笑み。そうだ、僕はこれが見たかった、のに――。 
 「また、逢いに来てくれた……私を救いに来てくれた――――私の、『王子様』………!!」 
  
 おう――じさま――? 
 
 耳慣れない単語に京介は眼を白黒させる。 
 
 「喩えここが、あなたの夢の中でも、構わない――! もう何処にも行かせない――」 
 「夢――! 夢って――」 
 
 流石に京介は身を乗り出す。 
 だか女神は――――今や単なる『岬真夜』に立ち戻った女はその動揺をせせら笑う。 
 
 「『夜の夢こそまこと』って言ったでしょ? くすくすっ♪ 『夢』として彷徨い出た京介くんの魂がこのわくちん界に迷い込んだという答えがあったとして、それがいったい何になるの? あなたにとっても、私にとっても、今このときこそが紛れもない『現実』……それ以上でもそれ以下でもない。どう、おかしい?」 
 手はいつの間にか京介の肩に。まさに目と鼻の先に真夜の貌が京介を覗き込んでいる。 
 「おかしいですよッ! 岬さん」 
 「そう……ね。わたしは、もうとっくに可笑しくなってるのかも、ね――自分でも笑えてくるもの。くすっ、まだ、忘れられないのかって。自分だけの勝手な都合であなたをこんな状況にまで追い込んで、満足している私が居る。なのに、なのにね…? この期に及んでも、わた、しは――貴方に嫌われたくない……!」 
 京介から目を伏せ、肩を掴む両手の力が強まる。真夜の震えが厭が応にも伝わってくる。 
 「さ、さっき、貴方が急に黙ってしまったの見ただけで、胸が張り裂けそうになって――苦しくて――そう思ったら、あたし、止まらなくて……もう自分でもどうすればいいのか……解らない、から――」 「み、岬さんッ! あ、あれは」 
 「解ってる! けど、不安なの! また…! こうして逢えたのに――少しでも離れたくなくって………だから、だからっ! こうするしかーーね、ねえ……」 
 震えが、止まった。代わりに、それまで見たこともないような、淫靡な笑みが張りついて――。 
 「京介くんは、私の『王子様』…………今度こそ…もう二度と、離さないんだから……!」 
 
 「なッ――なん、う、むッッ!?」 
 弾かれたように抱きつかれ、京介の唇は真夜の薄く濡れた朱唇に塞がれる。 
 
 
 「うぁむっ、はむっ、んん! ちゅ、ふぅっん、はむぁっうぁ、ふぁっうっ、にゅふぁ――!」 
 貌を揺り動かし、両唇で京介の上唇と下唇を交互に挟み込み、はむはむと貪る。間髪入れず唾液を良くまぶした舌を突き込み、口内を縦横無尽に駆けめぐり、やがて目的のものに辿り着く。 
 
 「ぁんっんン――! はむぁ、んぅ――ちゅぷっ、にゅちゅぅ、れりゅれりゅ……」 
 
 ――み、岬さ……ん、く………!? 
 
 声を発そうにも唇を塞がれ吸い付かれ、この上舌まで絡め取られては為す術がない。とろとろした甘い唾液が口内に溶け込み染み込み、媚薬のように頭をぼ〜〜っとさせる。 
 「ちゅうぅ、んん、はぁっふ――! れろれろ……ちゅむ、んぁん、はぁっ、ん…んん! はぁっ! ぷぁっぁん♪」 
 一端唇を離し、互いの間に糸引く粘液を見せつけるように笑み、 
 「ふぁっ…! はぁっ♪ はあっ、や、やめられない、の――だって、京介君の唇、美味しすぎて――たまんない、の♪ ねぇねぇ、もっと、キスさせて…京介君の唇、真夜にはむはむって食べさせて……ちゅぷ、んんっっ♪」 
 と、また深い深いキスの底へと落ち込んでゆく。舌を侵入させ。上下の歯列まで丹念に愛撫し、仕上げとばかりに絡みつくように、張りつくように、巻き付くように舌で舌をしゃぶる。何とか避けようとしてもまるでその先が読めるように真夜の舌が追いかけ引き込んでしまうのだ。そして。 
 「はぁぷ――逃がさないんだからっ……♪ ちゅふ、にゅぷぁ♪ ちゅくっ――んぁむぁ、はぁっ、ぁあ、し、んは、舌も、吸わせて…! お○んちんみたく、しゃぶってあげるから――んんッ! はぁぷ、。ン――! ちうぅ、んふ、ちぷちぷ、んぅ、ぁふ、んぷぁっ」  
 
 
 宣言通り、京介の舌はあえなく引き出され、柔らかい唇に引っ張られちゅーちゅー吸われる。フェラチオのように唇で擦り舌で愛撫するのも欠かさない。 
 「んぅ、ふぁあ――! 京介くん、好き……好き……ちゅっ、はん! りゅぷりゅぷ、ンはっ! ふぁっ♪ ンちゅっ、くぅ、ん――」 更にそのまま押し倒し、舌を吸って引き出しての他に乾いた唇を濡らしていくかのように濡れそぼった唇をこすりつけ、逃がさないように、離さないようにと京介の頬を両手で包み込み、とろんと陶然とした瞳が呆然とした顔を映す。涙で曇ってはいるが、彼女の凄絶なまでの情愛は水晶よりもなお澄み切っていた。そして自らの艶光りにてらてらする唇を指さし、 
 「はぁーっ、はぁーっ……あふぁあ、だめ、だめなの唇だけじゃあ足りない、の……こんなんじゃああたしの京介くんへの想いは、伝わらない! ぜんぶ、このくちびるで吸い尽くしたいくらいーー食べちゃいたいくらい、好き……!」 
 美貌が押しつけられる。今度は唇だけじゃあない。 
 「好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き」 右頬へ、左頬へ、鼻へ。 
 「好き好き好き好き好き好きすきスキスきすキSukiすkiSSきSuき」 顎へ、右瞼へ、左瞼へ、額へ、前髪へ。思うがままの所に思う様にキスの雨を降らす。まるで唇の洗礼を浴びてない処は絶対に赦せないというように、貌全体をしゃぶり尽くすように。 
 「ふふふっ! だって、京介くんは、んんっ! あたしのモノなんだから――! ずっと……過去も、現在も、未来も――! ちゅぷ、世界中の時を止めて閉じこめたいくらい――愛してる……アイすることが、できる! はぷぁ、あたしなら――それができる! んっ!」 
 そしてまたとめどない接吻へと回帰する。 
 「くっ――!」 
 
 間断のないキスの嵐の前に彼が出来ることと言えば息苦しさを紛らわせるように貌を動かして逃げること。だが構わず真夜はそこに唇を落とす。むしろまだ口付けてない箇所があったのかと歓喜を剥き出しに乾く間もないぬらぬらとした朱唇をピストンさせる。 
 目を開けると上体の動きでふるふる揺れる何の拘束のない乳房が彼の肌を擦っているのが見て取れる。今にも薄布一枚に隠された乳首が乳肉が、衣擦れしまろび出そうになる。引き締まった肌に押しつけられ、潰れたようにたわみYシャツは外へ外へと擦れじっとり汗ばんだ乳がその全容を――。 
 「――!」 
 また眼を反らそうとするも 
 「だめよ、あなたはあたしを見るの! あなたの視界はあたしをいっぱい映すためだけにあるの――ん、ちうぅうぅぅうぅぅっっ!」 
  
 ま、また……! 
 
 強引に貌を引っ張られ、重なり合う唇。 
 臓腑までも、因果までも吸い取られそうなキス。 
 「ぷはあぁっっ♪ ん〜さいっこー……やみつきになりそう……ホント京介くんの唇って麻薬みたい…やっぱり悪いけど小麦ちゃんや他の人なんかに絶対、渡せない―――『王子様のKiss』は、未来永劫愛してあげられるあたしにこそ相応しいんだから……!」 
 「い、いい加減にーーくあッ!」 
 「『いい加減に?』――――なに? なんなの? いい加減に黙ってお○んちんしゃぶってくれ、とか? このくちびるでくちゅくちゅに擦ってもらっておくちの奥にいっぱい、射精させろとか? 仮にもわくちん界を守護する女神にそんな無茶な要求、するの? ふぁぷっ♪」 
 唇の魔の手は首筋へと伸びていた。吸血鬼がそうするように犬歯を立て甘噛みする。可憐な八重歯が肌へと埋まる。 
 
 
 「ち、違う! う゛ぁッ!?」 
 「あらあらぁ京介君ったら、ここが弱いんだっ? くす、また新しい京介君見つけちゃった…♪ うれしい――ちゅぷ、んんっこうしちゃいられないわ――はむっ、ちゅ、ぷぅ、ふあぁっ、にゅむぅ」 
 そして、唇ではむはむし、赤い舌が踊る。そしてそのまま柔らかな唇を首全体にまで這わせ、汗まで音を立てて吸引する。 
 「くびにも、こんなにぃ、きょぅすけくんの汗が、んちゅっ――ぷぁ、んふ、おいし……はぁっ、すごいたまってる……ぁむ、ぜんぶ吸ってあげるの……じゅぷ、はふ、はむはむ……れりゅ」 
 そうして頭が動くごとに髪から漂う、甘い女ならではの匂いとシャンプーしたての柑橘系の香りが鼻腔に染みつけ、更に京介の意識をとろかしていくのを振り切るように頭を振りながら、 
 「だからっ! やめっ…! さ、さっきからっ、岬さ、がなに言ってるのかわからない…! 覚えてないって、忘れてるって――僕が、そのっ、『王子様』って………!?」 
 「ふふふっ♪」 
 
 ――ジャラッ。 
 
 京介を遮るように真夜の細い指に絡め取られたペンダントのチェーンが小さく鳴きを上げる。 
 「肌身離さず掛けてるのね…これ――もしかして、何かの思い出の品? とっても、大切なモノだったりするのかしら」 
 「な、んで今、痛ッッ!?」 
 
 「教えて。お願い」 
 「――――」 
 真夜の手により思いっきり引っ張られたチェーンが首を締め付ける。抗議の目を京介は向けるも真夜のそれまでと違った切羽詰まった表情に固まってしまう。何処までも透き通った瞳に吸い寄せられそうになる衝動を堪えながら、右手でヘッドの十字架を握る。 
 
 「これっ――これだけは、手放せない……」 
 「…………」 
 神妙な顔つきとなる真夜。 
 「ずっと、小さい頃から僕のそばにあったんです……物心付いたときから身につけてて、いつから手元にあったのか母さんや、ほかの家族に訊いても判らず終いで……」 
 「母さん……」 
 
 家族、か。家族っていいよね――今の京介くんには、それがあるんだね。良かった、ね――。 
 
 「――? 岬さん?」 
 「あ、何でもないのっ……続けて?」 
 「……だけど、それでも『絶対に無くしちゃいけない』って事だけは頭にこびりついたようにあって、ひょっとしたら僕が言葉も判らない赤ん坊の時からーーだから、いつも自分の手元にないと駄目なんです。その日は何も手に付かなくて。僕にとってこれのない時間なんか考えられない。こんなのあり得ないって……自分でも思ってるんですけど――!?」 
 「ううんっ。そんなこと無い――!」 
 言って真夜は京介の首に腕を絡め、抱きしめた。 
 「み――岬さ……!」 
 強く、強く。 
 「そんなこと無い――無いよ、京介くん……」 
 抱きしめるごとに、腕を強く引き寄せるごとに彼女の震えがダイレクトに伝わってくる。しきりにそんなこと無い、そんなこと無いと繰り返し、京介の右肩に顔を埋める。何かを堪えるように、何かを見せたくないように。 
 寝間着に生じた、濡れた感触にとまどいを覚える。汗なんかではない、これは、 
  
 
 ――涙……? 
 
 「うぅ……く……そんなこと……無い……よ……ふっ……ぅう……!!」 
 
 肩口から漏れる嗚咽。 
 
 京介くん……きょうすけく、ん――――!!! 
 
 遠い風の中、夢中で追いかけたものに、微かであっても触れあえた……無上の感激が、彼女の胸を衝き動かす。 
 「そんなッ、泣いて――!? わ、わわッッ! な、何してるんですか!?」 
  慌てて声を掛ける暇もあらばこそ、京介のYシャツを止めるボタンが次々と真夜の手によって外されていく。そうすることによって肩口に出来た赤い浸みから注意を逸らさせ、露わになった素肌に唇を這わせつつ、 
 「ちゅぷ――んふ、嬉しいこと言ってくれるから、あたし――んん、ぷちゅ、んにゅ、にゅちゅちゅ、はぅ、う、ん……♪」 
 そのまま、下へ下へ。目指すところ一点に向かって、泣きを奏でるスライド・ギターのようにねっとりと滑る濡れた唇は、まるで所有物にマーキングするかの如く照り光る唾液の痕を塗り込めていく。 
 「うぅッ! つ――」 
 くすぐったさと背筋のぞくぞくする感覚に京介は思わずもがいて身をよじってしまう。 
 「くすっ」 
 構わずに口元を這わせ、小鳥が餌をついばむように股間の裾をくわえ込み、トランクスのゴム入りの裾と一緒に一気に下ろす。 
 「んふふ〜♪ えいっっ!」 
 「あッ!?」 
 
 
 京介が間抜けな声を上げるのと真夜が唇だけでズボンを引き下ろしたのは同時だった。程なくして既に限界まで反り返っていた怒張が姿を現す。  
 「あらら……未だ触ってもないのにこんな、に――すてき……♪ やっぱりキスされてたときとか、色々不埒なこと考えてたりしたんだ? 京介くんってば♪ くすくす」 
 
 ――これが、京介くんの……大きい……思ってたのより、ずっと。 
  催眠状態に陥ったかのような、とろんとした目つきでぽ〜〜っと京介のものを眺める。心ならずとはいえ、女神の熱烈な接吻奉仕の前にもはや意識では制御しきれないほどに充血しきっていた。 
 肉体的な快楽には結びつかないが、雄の本能をこの上なく喚起させる行為によって彼の肉棒は真夜の望む進化を遂げていたのだった。 
 「〜〜〜〜〜〜ッッ」 
 何かもう情けないやら恥ずかしいやら色々図星やらで頭の中がぐちゃぐちゃだ。 
 「女神におくちでしてもらうって、大それた事考えてこんなにはち切れそうになるなんて――そんな綺麗な顔してこんなにえっちなコト妄想して――あたしは嬉しいけど、ちょっと不健康すぎなんじゃあないかしら? これは直ちに検査の必要がありますね〜っ♪」 
 
 ――おいしそう……♪ 
  
 そんな京介を余所に、真夜は愉しそうに身を乗り出し、竿を握りしめる。 
 「けッ? 検査って――!? うあッ!」 
 「心配しないで、あたしが、看護婦みたいに完全看護して癒してあげる――あたしが、今すぐその妄想、叶えてあげるから、ね――? だけどこんなスゴいの、真夜のお口の中に入るかな――? でも、京介くんが歓んでくれるならあたし、頑張れるから……」 
 
 だって、やっと初めて逢ったときに貴方にしてあげられなかったことが出来るんだもん……! そうよ、これからもいっぱい――! 
 
 文字通りもう一人の京介に語りかけるように分身を前に固唾を呑み、真夜は決意を固める。 
 
 王子様――あたし、一生懸命尽くすから、絶対、絶対満足させてあげるから……! 
  
 うん、と一つ頷いた彼女は一瞬前の意を決した表情ではなかった。マニアが精巧なフィギュアを愛でるようにうっとりとそびえ立つ男根を凝視し、繊細な指が根本から亀頭にかけて撫でる。 
 「うっ……くッ……!」 
 ――そして融けそうな視線だけを京介に向け、身を乗り出すと 
 「まったくもう、指だけでこんなに感じて……ふふ、もう限界で破裂しそうなのね……さあ『王子様』、夜の集中看護の時間ですよぉ♪ ほら、リラックスして…真夜、精一杯ご奉仕させて頂きますねっっ♪」  
 わくちん界の女王なのにまるでメイドのような科白とともに真夜は目の前の勃起に頭からかぶりついた。 
 
 「――はぷっっ♪」 
 
 唾液をたっぷりに含んだ口腔が肉幹を包み込むとぢゅにゅッ! とした水音が弾け、それが目眩く口淫奉仕の狼煙となる。 
 
 「んっ、んふぁっ! んっン、じゅぴ、じゅぷ! ――はぷぁッ、はふっ、んぁむ、ちゅうぅ、あン、やっぱりおぉきいの……カタくて、熱くて――んじゅぷ、ぷちゅ、んっ、ぷぁっ♪ ふと、くて――」 
 
 
 濡れそぼった唇が、舌が、竿を、亀頭を擦り上げ、喉の奥で熱い白濁の噴射が待ちきれないというように吸い上げる。 
 「ぢっぷ、んぁ、はっう、ちぷちぷ……んンッ♪ じゅぽッ、じゅぽッ! んふ……♪ ちうぅ〜、はぁん、きょうすけくんの――」 
 唇をすぼませ、頬がへこむまで頬張ったかと思いきや唾液にぬらぬらする肉棒を半ば戻しアイスキャンデーのように横から舐めたり濡れそぼつ唇で挟み込んだりと忙しい。 
 「あ……ぐ……み、さきさッッ――!! つ……」 
 淫唇がもたらす変幻自在の悦楽に早くも京介は翻弄されかける。 「ちゅぷぅ♪ ぁむ、んふふ……んん〜、ぴちゃ、はむ、ぷちゅぷちゅ――はぁっん、ぢゅぷっ! ふ、ふふ、あふ、ふぷぅっ」 
 横笛のように竿に吹き付けるような愛撫からーー。 
 「はぁぢゅッ! ぢゅっ、ぢゅっ、んぢゅぷ! お○んちん舌で擦ってるととびくっ、びくって脈打って、くちいっぱいに跳ね回ってるのがわかるよ……ぁむ、ん、すっごく元気っ……はぷッ♪ きもちいい? 女神にフェラされて、お○んちんきもちいいの――? んちゅっ、あはぁっ、どんどん大きくなってる……はぁっ、はぁっ、本当におくちに入りきらなくなりそう……でも、あたし大丈夫だから、もっと、ぷぁあ、もっと、くちゅ、真夜のお口の中犯していいよ……? ちゅぷ、んじゅっ! にゅちゅうっっ、じゅちゅうぅうぅ!」 
 縦笛のように鈴口に唇を押しつけ、そしてまた口内いっぱいに頬張り、左手はビンカンすぎる場所の疼きを堪えるように股間のショーツをなぞり、右手で汗で額に張りついた前髪を艶やかに掻き上げて、激しいピストンを繰り返す。 
 
 ――じゅぽッ! じゅぷっ! ぢゅにゅっ、ぢゅちゅ―― 
 
 一端根本まで呑み込み、また先端までスライドするとてらてらと唾液を滴らせ赤黒くぬめる肉竿が姿を見せる。 
  
 
 
 「ふあぁッッ! んぁっふ、はむんッ――が、ガマンなんかしなくったっていいのよ、きょう、すけくんもすっきりしたいんでしょ? ぢゅうぅ、ほらぁ、何してるの、京介くんも腰動かしてっ! もっと喉の奥にまでち○ぽ突っ込んでいいからッ! もっと乱暴に口の中犯して! ね――んじゅぷ! ぁむぁ、はっ、ぢゅくじゅぷぅ、はむぅ、あはぁッ!」 
 大量の唾液をだくだく滴らせながら真夜の唇はひたすら、ひたすらへばり付き肉幹を往復する。生まれ落ちたときからからまるで根本と繋がっていたかのようにちゅぷちゅぷとした摩擦音を漏らしながら。 「う……あぁッ……ぐ……!!」 
 一往復ごとに神経は張りつめ、脳髄が灼き切れそうになる。自分の堪えきれない醜さの証である極太勃起は何処に行ってしまったのか? あろう事かこんな神々しい美女の口にずっぽり埋まってしまっているではないか。挙げ句の果てに精まで搾ろうというのか。その唇で。 
 「あん、いま、先走りの汁がだくだくって出てる…♪ んぢゅぷっ、じゅしゅぅッ! ぷちゅ、んくっ、んくっ…ほれ、おいひい……もっと、キツくくちびるで搾れば出てくる、かな――? ちゅぷぁ、にゅぢゅうッ! 吸い取ったげる…ぬじゅぶ! ん、んんっっ!」 
 「ぐあぁッッ!!」 
 すごい事実だ。自制など効かない。普段押し込めていた雄の獣性が鎌首をもたげ、意識は白く霞んでいく。 
 「ふあっん♪ き、きょうすけくんのお、お○んちんもッ、お、美味しすぎて、ぬちゃ、涎がじゅぷ、にゅぷぁ、止まらないの……♪あ、あなたのぜんぶがおいしいのっ、あふ! ぁん、ずしゅ、ぷぁあぁ、ぺちゅ…くちびるで擦ると、ぴちゃ、もっとおぉきくなって、ぬぢゅッ、もっと、味がーーちゅぷ、濃くなって、ぢゅりゅッ! ますます、はあっ♪ 舌がとまら、ない――!」   
 
 止めどなく溢れる唾液は極太の肉茎を透明コーティングし陰毛にまで流れ落ち絡まっていく。 
 
 「やめ……て、こ、これ以上……は……!?」 
 ヒューズが焼き切れそうな精神状態の中で、京介はようやくそれだけを口にする。 
  
 僕、は……なに……を……? 
 
 統制できるのはもはや朦朧とした意識と口だけというのを、彼は思い知る。気味が悪いくらいクリアな視界の中おもむろに、両手が伸ばされてゆく――女神の髪へと。肉棒を愛撫し上下する頭を掴むと、それが合図とばかりに京介の腰が跳ね上がり、喉奥を直撃する。 
 「んぶッッ!? んふ――んんッッ! くはぁっ♪ い、いいよ!! ぷぁあ、もっと激しく腰動かしてぇッ! 真夜のお口好きなようにしていいの――! して欲しい、あふぁっ! そうやってお○んちんで口の中ぐちゃぐちゃにしたらっ、最後は思いっきり弾けて…! どくんっっ! って跳ねてたっくさん白いのを、あたしに呑ませて――! じゅぷぁッ!」 
 
 ――じゅちゅぅ、ぢゅぷ、にゅっちゅ、じゅぷぅッ! 
 
 いきなり口腔を突き込まれた驚きは次第に被虐的な歓喜と快楽に取って代わられ、より唇をすぼませ、勃起専用の穴という風に口をめいっぱい広げ根本から喉奥へと呑み込んで、ねっとりと舌を蛇のように絡ませる。 
 
 あはっ♪ きょうすけくんの真夜の口のなかいっぱい♪  
うれしいーー! 
 
 
 
 
 
 
 「あ、あたしっ、ノドが、乾いてるの、すぢゅっ、唾でいっぱい、お○んちん濡らしちゃったから、はぁむぁ、きょーすけくんの精液でっ、潤したいのっ! だ、からおねがい、ちゅぷ、しゅぷ、飲ませて、わたしのくちのなかで、いっぱい、吐き出して――くちぅ、溜まりに貯まったしろいミルク、喉の奥に、どぷどぷって流し込んで、ふぁっ、いいのよ――ちゅぷ、しゅじゅ、じゅぽッ――!」 
 甘ったるい吐息と、卑猥な水音の中で京介は急激に上り詰め、下腹部に滾った白いマグマは頂点へと追いやられ、あるべき噴火を待ちわびていた。 
 激しく唇で竿を扱かれ、舌で舐め立てられ、ノド奥で吸い立てられという3ピースで一滴残らず白濁を搾り尽くすつもりだ。 
 「ぐッッ――み……岬さ……頼むからやめ……!! こ、こんなっ、激しくしたら、も、もぅ射精……そうだか、ら……!?」 
 もはや怒張だけじゃなく、激しく上下する腰も制御できない。北斗神拳奥義で秘孔でも衝かれたか、下肢への神経の束が分断されたようなぶっちゃけありえない事態だ。 
 何とか正気を保とうとして真夜に警告を促すものの、それがもっと彼女を昂らせ、食道を通り越して胃袋まで到達せん勢いで勃起の総てを呑み込んでいくことに気づけない。 
  
 「――ほひいのッッ!! 射精そうじゃなくて射精すのっ! せーえき、んん、ふゥッ♪ ぜんぶっ、ぜんぶ! ぢゅぽッ、んぢゅ、ぢゅうぅうぅッ! も、もうあたしがまんできないのッ! き、きょうすけくんのせーし、しゅぷ、はぷぅうぅ♪ お腹いっぱい、ふぁう! 一気にゴクゴクッて飲み干したいの! だ、からぁ………!」 
 一際大きな亀頭を口に含んでの、何かをねだるような上目遣い。嫣然たる眼差しが胸を離れない。その間も容赦なく張りつめた男根はかっぽり開いた口穴をずぽずぽ突き上げるが、苦痛に喘ぐどころか微動だにせず、痺れるような甘い感覚が真夜の脳髄まで突き抜け、今一番してほしくてたまらないコトを口にさせる。 
 
 
 果たして、真夜はぞくっっとするような笑みを浮かべた刹那 
 
 「射精して……――♪ はあ、んッ! んぢゅっ!! じゅぷぢゅぷッ――ぢゅくぢゅぷんちゅじゅぷぢゅぷうぅッッ!!!」 
「ッッッ!!!」 
  
 激しく頭を前後させ、、烈しく唇で絞り上げると、ギリギリまで上がってきたタガが捩(よじ)れ、勢いよく外れた。 
 
 どくっっ……どびゅるぅうぅううぅッッッ!!! 
 
 「あっぐぁッッ!! あっくあぁッッッ―――――!!!」 
 悲鳴と共にありったけの白熱が弾けた。 
 
 深遠なる夜空が、白夜へと変わったかのようなーーそんな有り得ない錯覚を伴いながら。 
 
 「んぶッーー!!? んっんんンッッ――――!!!」 
 大地を穿つような脈動が女神の口腔で弾けた瞬間、ダムが決壊したように、ポンプのようにどぷっ!どぷっ! と白濁の塊が断続的に撃ち込まれ、あっという間に真夜の口内は白く満たされる。 
 それが魂の叫びというように、気高く吠えるように白濁の海の中でのたうち回る肉勃起をきゅうぅうぅ、と唇で締め付け押さえ、びゅくびゅく噴き出す精液流を喉を鳴らして受け止める。 
 「うふ――んっ……こくっ、こくっ……んくっ、ぢゅうぅ、ふぷぅっ、ちゅぶ、んふぅ♪ ふあっ、お、いひい、おいひいの……!」 
 目を細め、今か今かと待ちわびたモノを頬をへこませて吸い上げ、嚥下する。途切れのないラピッド・ファイアのような濁流を細い喉仏を震わせ飲み下していく。 
 「はむぁあ、もっと、もっと!! このいけないお○んちんから、ミルク搾ってあげる……♪ 一滴残らず、びゅるびゅるって…!」 
 
 右手で竿をずりゅずりゅ擦り上げ、左手は…… 
 「そっ……そこ……は――!? や、やめッッ!」 
 「こっ、ココなんでしょおッ? ココに! まだまだいっぱい京介のせーし詰まってるんでしょ!? はぁ、はぁ……こ、ココもシてあげるから、もっと射精しなさい――! あはっ♪ ほらほらっ、またいっぱい射精てきたよ♪ そ、うよ――この調子、この調子ッ」 
 京介のだらしなくぶら下がった、激しい射精で膨張する両の睾丸に伸ばしたかと思いきや、そのまま牛乳を搾るように指を押し込み、こねくり回すと面白いように更に更に噴出する。 
 「じゅむぅっ! ちゅぷちゅぷぅ……あんむぁ……っ、へーえき、喉にほどよく絡まって、――ぷぁっはっ、んぢゅ、んぢゅッ、あぁん、まだお○んちんの中に残ってる……駄目よぉ、出し惜しみなんかしちゃ――あたしが、ちゅにゅう、ぜんぶ飲んじゃうんだからっ…! こ、コレ、こんなおいしいのが真夜だけのモノだなんて、しあわせ……♪ ぷぢゅっ! じゅぢゅぷっ、くちくちゅ、ちぅうぅうぅぅ」  勿体ないとばかりに尿道に残ってる残滓をも一気に吸飲しようとする――――も。 
  
 「んくっ、んくっ、んくっ――――んンッッ!? けほっ、けほっ、けほっ、こほっ!!」 
 一時たりとも離さなかった勃起から貌を離し、激しく咳き込む。 
  
 「な……っっ!?」 
 突然の変化にあわてふためく京介。 
 
 「そっ、んな――! ごほっ、ま、まだぜんぜん、足りないのに、もっと真夜、京介くんのどくどく溢れるせいえき、ごふっ! ぜんぶ、呑みたい、のに……げほっ、こほっ、げほげほッッ!」 
 溢れ出る白濁は口内、食道は言うに及ばず気官にまで侵食する。それでも真夜は肉棒から手を離すことなく咽せるのも厭わず唇を亀頭へ寄せる。口を押さえるなんてコトはしない。少しでも多く、 
 
 ――飲んで、あげなきゃっ――!  
 
 そしてやっぱり、想像と現実とでは違うわね――と眉根を寄せる。この部屋で、このベッドで京介の幻影を求め、妄想に耽った日々の中で培った知識手順も、実態を目の前にしては勝手が違う。 
 ――だめ、全然リハーサル通りじゃない……それでも、イッてくれた分だけ……! 
 
 それでも、愛する者の精を口腔いっぱい味わいたい一心で喘ぐ口元を拘束を解かれ電動バイブの如く暴れ回る屹立へ――。 
 
 ――びゅぷっ! びゅるるッッ! 
 
 まともに顔面に白濁の一弾を浴びてしまう。 
 「――んぅッ! ぷあぅッッ!?」 
 未だ鎮火の兆し見えぬ白い噴火に目をしかめ、不慣れな口淫奉仕で噴き出した飛沫が喉に飛び込み咳を加速させる。その間も白い濁流は真夜の美貌を汚し続け京介の色に染めようとすらしていた。 
 「み、みさ……きさ……ッ!! ごめ……ッ! ぐッッ!!」 
 「きゃっっ!?」 
 その痛々しい光景に耐えられなくなった京介は彼女を押し退けるが半ばで全身を貫き続ける絶頂に身を折ってしまう。 
 しかし、白濁のシャワーからどうにか逃せたものの。 
 「ごめん……なさい……僕の所為で、こんなに、汚して……!」 
 京介は俯いたまま無様に謝ることしかできない。 
 
 「ぷあ……………あ……すご……い………は……あぁ…………」 
 
 
 
 
 
 上肢を後ろに倒し、両腕で支えた姿勢で真夜はぽ〜〜っと惚けたように京介を見つめる。心ここに在らずの風情で、頬は上気し、白い汚濁に散々汚され、鮮やかな髪にまで飛び散り滴らせながらもなおその表情はたまらなく美しかった。さながらそれは、退廃的な、背徳的な何かを呼び起こす白化粧。清廉にして絶対不可侵たる女神の神性を跡形もなく覆い尽くそうとする、堕天のケープ。 
 「――きょう、すけくん…………」 
 だめ押しとばかりに、吹き出た白濁が今にもはだけそうなYシャツから露わになった豊かな乳肌へ、ぽたっ、ぽたっと音を立てて着地する。 
 
 ――あは、あったかい………。 
  
 こうして浴びせられるのも、喩えようのない充足感。 
 今にも薄桃色の突起が見え隠れしそうな双丘がゆったりとした呼吸に合わせて静に上下する。薄い生地は汗で張りつき、柔肌は艶々といやらしい彩を放っていた。 
 
 「はむ……んっ、ちゅぷ、ちゅぱッ……んん、なんて、勿体ない………ちゅむ、あむ、ん……くちゅ」 
 口元の残滓を舐めとり続いて髪の毛や貌にこびりついたモノを指で掬い、舐め取る。やっぱり、どうしようもなく美味だ。咽せて吐きだしてしまった分が悔やまれる。 
 「ねえ――京介君」 
 謝罪し続ける京介の顔を覗き込む。 
  
 「……!」 
 その視線に殴られたように、目が反らされていく。 
 汚してしまったことへの申し訳なさからだろうが、どんな理由だろうとその行為は真夜を傷つけることがどうして判らないんだろう?  一瞬、彼女の瞳に映った京介の眼は、やはり悔恨の光。 
 
 あたしは……! 何とも思ってないのに、ううん、寧ろ……でも。 
 曇りのない蒼穹の瞳が、じっと京介を映す。 
 「――ありがとう、京介くん」 
 「――え?」 
 やっと貌を上げてくれた。嬉しい。 
 「これ以上汚さないように、口に入らないようにって、してくれたんでしょ? やっぱり京介くんって、やさしいよね――でもね――京介くんは何も気に病む必要はないのよ。ためらうことなど何もないのよ。今さら。だって……だってあたしは、ね」 
 京介の肩に手を掛け、ゆったりと押し倒す。母が子を寝かしつける仕草が、妙な懐かしさを駆り立てる。安らかな、暖かさ。そしてそのまま下がり、射精の余韻に震える屹立を手にし、 
 「京介くんに汚してもらいたいんだもん。もっと、もっと。もっと! 京介くんがそう望むなら、全身だって歓んで精液まみれになってあげる……クス。それにねぇ……解るでしょ?」 
 その瞳は、再び蒼き劣情の炎に灯され燃え盛ると、唐突に。 
 
 「あたしまだこんなものじゃ足りないのよ」 
 
  ――ぢゅにっ! 
 
 「はっぐぁ!? み、みさきさ……ん!?」 
 
 精子と唾液でとろとろの唇が、肉の塔に覆い被さり螺旋を描く。 
 唇螺旋、打つ手無し。ほんの一寸前まで半ば日常化していた、意識がちりちりするあの特異な感覚が鮮明に蘇ってくる。 
 「――ちゅぽッ! んじゅぷぅ、あむっん、ン――ぷぁぅ、はふ♪ すじゅぷ! ぢゅぽ、じゅっぽ、はぷっっ♪ ちゅっ」 
 力尽きるまで踊る、紅い陽炎みたいな舌が赤黒いモノに絡み、もつれる。 
 
 
 「そうよ、して欲しいのッ! ぢゅぷぅ、あ、あなたなら構わない――ちゅくちゅく、れりゅ……信じられない、かな――? あむ、じぷ、くちゅ。くちゅ…はあっん、ちゅぽっ、じゅぢゅ、りゅぷ、にゅぷちゅ! あむ、ん――とろとろしたの、まだ、こんなに……」 
 喉奥からのバキュームと、亀頭から竿まで、己の白濁のまみれた場所を重点的に唇と舌を這わせ、烈しく舐め立てられる。  
 「な、何を……してる……ん、ク――!?」 
 
 ――じゅっぽ、じゅッ! ぬじゅっ! ちゅぶ――! 
 
 真夜の十指は縦笛の音階を奏でるように、ギターの速弾きのように複雑に撫で回り、朱唇は先端に吸い付けられる。ピックのように、亀頭をかき鳴らす。 
 「くすっ♪ ナニって、お○んちんキレイに、してあげてるのよ? んぢゅぷぁッ♪ ちゅくちゅく……はぁむ、ん! 全くもぉ、はむはむ、んぁっ、はぁっ、こ、こんなにいっぱい射精して! こ、ンなに、ぁん♪ 細い穴から、あんなにどぴゅどぴゅってあん、こんなえっちなお○んちん、すごい――ちゅぷぅ」 
 「んぁ……ぐ……!?」 
 舌が鈴口を直接突き、京介は突飛な声を上げるばかり。歯を食いしばり、鋭い苦悶に耐える他はない。 
 「じゅぷ、んはっ! いままで後始末とか、ふふふ…♪ どぉしてたのかしらね、にゅぷっ、ちゅぱっ、ちゅぷぷ、んぁっ、タイヘンだったでしょ、ちゅぴ、あんなに、いっぱい射精すから、はぷちゅっ」 「あ、後始末って、なん、の――?」 
 「じゅぷぅ、にちゅにちゅ……決まってるでしょーーオナニーの時よ、んふ、ふあぁ、あふぁ、ぷちゅ、ぺちゅ……もっとも、誰を思い浮かべてシてたのか、あたしとしては、すっごく気になるところだけど、ね――ふふ、ちゅにゅ、じっぷ! じゅじゅぅっっ」 
  
 
 
 むくむくと、舌と戯れるペニスが次第に次第に彼女の在るべき堅さを取り戻していくのが解る。どろどろに潤った口内をまた太くて灼けたので埋め尽くしてくれる――――そう考えただけで、真夜の秘処が疼き、ストライプのショーツをじんわり濡らしていく。 
 
 ――んふふ、悦んでくれてる悦んでくれてるっ♪ あ、あたしで気持ちよくなってくれてる……あたしのお口の中でどんどん大きくなって……! ここね、ここが、キモチイイんだ、ね――! 
 
 性臭漂う肉幹にあてられたように、行為に熱がこもっていく。 
 際限なく漏れ出る、甘く切ない吐息が男性器を撫でさすり、なま暖かさが霧となって、さも下腹部に眼があるかのように京介の視界をかき乱していく。 
 「――んぶぅ! んふっ、ぅう、はぁっ、でもこれからは、ぢぷ、ちゅぷぷーー真夜が、いつでも――してあげるからね…♪ いつだって、すっきりさせてあげるの、すじゅ! 京介くんのお気に召すまま、あたしを使っていいの、あむっ、何でも、してあげるから、はぅ、お○んちん勃起したら、ずちゅぅ、はぷ、直ぐあたしを呼んで――んぅッ! んはっ! ちゅぶ、ぷはぁっっ♪ はぁっ、はぁっ………」 
 ――だから、だからもっと悦んで……悦ばせて、欲しいの……! 
 こうすれば、京介くんは、京介くんが……ーー!! 
 
  「うぐ………―――?」 
  
 ぬめぬめとした唇の感触が、急に遠ざかったのと同時に霧は晴れ、京介の視界は拓かれる。見ると、顎の疲れかそれともフェラの余韻か、顔を上気させ、息を喘がせた真夜がるろぉ、と唾液を糸引かせながら猛々しさを取り戻した勃起を前に微笑んで魅せた。 
 勃起を右手で握り、上体を上げる。そんな姿勢でも透明の粘液はキラキラとした夜の明かりを反射し、真夜の唇との絆を繋いでいた。 
 
 「あは。綺麗……になったね……ふふふ。それ、に」 
 
 はあっ――と一際大きく息が吐き出される、左手は、湿った股間をまさぐりちゅくちゅくした音が厳かなる静寂に泥を塗る。際限なくあふれ出す蜜汁は、京介からは窺えないがもはや薄布一枚では隠しきれないほどに染み込み、どろどろの秘部に張りつく。 
 「んふっ……うぅ、ん――ひぅっ! あふぁ、あっ、あん!」 
 ぴくん、ぴくん、と甘やかな刺激が下着越しのソコから迸り、華奢な身体を震わせる。快楽に顔を俯かせるがそれでも右手の勃起は離さない。それこそが命綱というように。 
  
 「岬さんッッ!?」 
 「くすっ――!」 
 膝を立て、声を上げる青年へ這い寄り、 
 「あらまあ♪ お○んちん……また、こんなに……王子様ったら、真夜のおくちにあんなに流し込んだばかりなのに、まだ足りないの? もぉっ、折角貴方の妄想通りのことしてあげたのにね、ふふ♪」 
 若干拗ねたように上目遣いで見つめる真夜だが、唇の端にはやはり、笑みが。 
 「でも、それ…は、岬さ……が――――」 
 射精したばっかりだというのに、お掃除フェラの域を超えた、先ほどにも優る口戯の所為だ――――みたいなことは口が裂けても言い出せない京介であった。 
 超人気アイドルの貌とは裏腹に、中原小麦の大事なところを目の当たりにしただけで鼻血吹いて失神してしまうウブさの持ち主にそれはあまりに酷というモノだ。何もかもが初めての体験で、快楽以前に千ノナイフガ胸ヲ刺スような羞恥がどうしても先に立ち、言葉を無くしてしまう。 
 
 
 
 
 「ほんとぉに、贅沢な京介くん♪ こんなにまた、さっきより固くて、太くて……くふふ、ビクン、ビクンって言ってる――だけどコレって、やっぱりあたしの所為なのよね……くす、もう、しょうがないわねぇ。それじゃあ……」 
 重力の法則に従い振り子のように揺れる乳を、腰を落とすことで肉棒に寄せ、両手は汗で肌に張りついたシャツの端を掴み、妖しく嗤う。心の中で、次のステップねーーと呟きつつ。 
 「セキニン、取ってあげないと、ね♪」 
 一瞬、衣擦れの音がしたかと思うと大きく左右の乳が揺らめき、シャツがはだけまろび出る。 
 「ぶっっ――!?」 
 既に汗にてらてら光り、頼りない拘束からリフトオフした93cmのバストはふるふる揺れる。暗闇でも見て取れる尖った乳首は、今にも下腹を擦りそうな程近く、明らかに着痩せするとしか思えない、同業の現役グラビアアイドル秋葉恵や国分寺こよりにも比肩しうる果肉の詰まったメロンのような巨乳が肉の筒となって、しっとりぷにぷにした感触が亀頭に触れただけで京介は小さなうめき声を上げる。 
 「知ってるかな? おっぱいにはね、こんな使い道があるんだよ」 「はッ…………ぐ………!」 
 「あん、まだ早いよっ、これから、唇で擦るよりもっと、ずっと気持ちいいことシてあげるんだから――お○んちん、あたしのおっぱいで挟んであげるの――こうして、包み込むように、ね?」 
  
 ――ずちゅッッ! 
 
 「はぅっ、先っぽが、あたしの胸の中に入ってく――!」 
  
 真夜の両手が生乳に添えられ、間で所在なげに勃ち尽くす亀頭が柔肉にめり込むように包まれる。程なくして真ん中に寄せられ、谷間の裡でぎゅうぎゅうに圧迫される。 
 
 
 「んぁ……!? なんッ……これ…………!?」 
 指とも口とも違う、甚だ未体験の感触に眉を寄せ、唇をかみしめる京介。 
 「くすっ♪ 今度は、ココで精液搾ってあげるね――! あたしのおっぱいでぐちぐちゅに擦っていっぱい……こんな風にね! メッチャクチャにして――♪」 
  
 ――にゅちゅ! ぐっ! ぐちゅッ! ちゅぐ、ちゅぐッ――! 
 
 「ンッ――コレ…人間界(そっち)では“パイズリ”って言うんだよね……ッ? どう、かなーー? おっぱいで挟んでズリズリ擦るからっていうのが、ちょっっと安易すぎる、けどね――ちょうど、こんな感じで――」 
 指を乳肉がはみ出るほどにめり込ませ、まるでオモチャのように乱暴に押し込み、上下させる。谷間に溜まった汗と、先ほどの精子の残滓、そしてたっぷり勃起にデコレートされた唾液が絡み合い、乳奉仕を潤滑させる。亀頭をぎゅうぎゅう押し潰し、ずりゅずりゅ擦り上げる、クセになりそうな快楽に早くも京介は音を上げる寸前だ。 
 「ぐッ……はぁ……潰され……! み、岬さ――これ……駄目――!?」 
 予想外の悦楽に恐怖すら滲む。救いを求めるように真夜に手を伸ばす。が、 
 「そう? ほんとぉに、ダメなのかなっ――?」 
  
 ――ずちゅっっ! 
 
 勃起を力一杯締め付け、歪んだ乳肉を根本まで押し込めば、フェラにも匹敵するいやらしい水音が弾ける。93センチの美巨乳は京介の男根を丸ごとすっぽり包み込み、薄桃色の先端が睾丸と陰毛にまで接する。 
 
 
 「あはっ……♪ 京介のお○んちん、こんどはぜんぶおっぱいのナカに入っちゃったよ♪ ふふっ♪」 
 内心の昂奮を押し隠すように真夜は一つウインクすると、そのまま乳をにゅむにゅむと軽く動かしてみる。 
 「んっ――ふっ――」 
 包んだ肉幹越しから捻るように、円を描くように両手でソーセージドッグのパンのような乳肉を左右にぐにゅぐにゅ動かしたかと思えば、普通のパイズリのように上下に動かし乳間に埋まる肉勃起を撫で回す。 
 
 ――にゅむぅ……ぐっ……ぐちゅ……りゅっちゅ……ぐにゅ―― 
 
 「あ……ん……♪ ちくび……擦れて……はぁっ、くふっ、京介くんの先っぽ、あたしの鎖骨に当たってるよ……ふふ――んぁ、ああっ! ぁふ、な、なんかコレッて、ヘンな感じだね……?」 
 「はぅう……ぐ……ぁ……」 
 柔らかな肉乳の感触とは明らかに違う、固くこりこりした肌触りが京介に伝わる。そして真夜にも谷間の奥の胸板に勃起の鈴口がキスをする。そのぬめぬめした感触が肌を撫でるたび、彼女の背筋をぞくぞくっとさせ、高ぶらせる。 
 「おち○んちん、ふぁっ! あ、熱いの……はぁ、はぁ…! あたしの胸、くっ、ヤケド、しそ……んぁあ! はっ、ん……くぁっ……!ひっ……あぁっ!」   
 睾丸を、下腹を擦るたびに、切なく尖りきった乳首から甘い電流が断続的に、ぴくっ、ぴくっと身体を駆けめぐる。暫くはこのまま、呻く京介を焦らしたいのかゆっくりと、どんよりとした調子で、挟み込んだペニスの感触を愉しむように爆乳を押し込み動かすが、 
 「はぁっ――! んはっ……ん! ひあっ? んくっ…ふっ、あ、あぁ……あ、たし、もう、もう駄目……ッ! は、あぁ、ガマン、できない――!!」 
 
 
 吐息のリズムが乱れ、荒々しいモノとなり、乳房を弄ぶ両手が突如として加速する。 
  
 ――じゅちゅ、ちゅっぐっ! ぐちゅぐちゅっ、ずちゅッ!  
 
 「!? そんなッ!み、岬ーさ――!! い、いきなりッ」 
 焦らされていたのは他ならぬ真夜自身だった。乳首と、肉の谷間を刺し貫くペニスからもたらされる熱にアてられたか、乳で快楽を貪るように烈しく勃起を責め立てる。 
 「んッ! あッ! き、京介くんッ! ごめんね、ごめんねッ!? こ、このまま!! このままおっぱいで射精させてッ! 一滴残らず、この胸にぶちまけさせてッ! じゃないと、あ、あたしもぅ止まらないの――!! き、京介くんがっ、いけないのよ!? お、おち、お○んちんが、えっち過ぎるからぁっ――!! ね、ねぇ、 遠慮なんかしないで、胸、汚していいのよ、ほらほらぁッッ!!」 
 烈しい水音を立てて、根本から亀頭の間を行き交いする美巨乳。 
ゴム鞠のような、張りつめた弾力の肉塊を根本まで押し込めば肉竿総てを覆い隠し、僅かに亀頭が見え隠れする。そして、一気に亀頭まで戻せば先刻のフェラチオのようにぬらぬらした幹が露わとなる。 
 「だからッ、あたしの身体、汚していいって言ったでしょ!? な、何度も言わせないでッ! いますぐ…いますぐ証明してあげる――こ、このままあたしの胸でイカせちゃうんだからッ! そうよ、こんどは、あたしのおっぱいを、白くて、ネバネバしたので汚しちゃうのよ京介くんは……! お○んちん、胸の間で、どくどく跳ねて、亀頭から噴き出す熱いのを、ぜ、ぜんぶ、あん、ぜんぶ谷間で受け止めて、擦って、搾ってあげ、ちゃうわよ――? ふ、ふふっ――どう? 楽しみでしょ……!」 
  
 「あ……ぅあ……がッ……!!」 
 
 
 
 またしても言葉が不自由になる。剥けた先端にえらの張った部分、くびれまで余すことなくずっぽり包み込まれ締め付け擦られる感触は何処までも思考を狂わせていく。めいっぱい押し込まれた二つの乳房は雄のミルクを搾る一つの房となって竿から直ぐ上と繋がる。 
 「ふふふっ――! 京介のお○んちん、こうやって包み込んで思いっきり動かすとずちゅずちゅって音立てて、いやらしい……♪ おっぱいの間でまたどんどん大きくなってるよ――くすくすッ……♪」  押しつぶし、擦り立て磨り潰さんばかりの圧迫と、若さ溢れる弾力感の相乗効果に、今にも雄汁を溢れさせるのを押さえるのに必死だ。そうだ、これ以上汚すわけにはいけない。彼女はそう望んでいるが先ほどの白液に咳き込む様子が痛々しく目に浮かぶ。これ以上、劣情に煽られ吐き出すのを抑えるべく、下腹に力を入れるのが精一杯の抵抗だった。 
 「クス、ま〜だ、ガマンできるんだぁ……♪ さっき一回射精しただけあって、なかなか頑張るわね……だけどね、そんなのは無駄だってコト、教えてあげる――!!」 
  
 ずぢゅッ!! ずぐちゅ、じぢゅッ! ぢゅぷっ、ぢゅぷんっ――! 
 
 支点を肘から腰に、今度は身体全体を上下させ、更に更に加速し、勃起を圧迫する。 
 「はっぐ、あ。あぁッッ!! うぅ……ぐぅ……! む、胸が、っくーー駄目……だ!!? 烈し――」 
 「はぁーっ! はぁっっ! 胸が、ムネが、なんなの!? ねえ!? ほ、ホラぁっ、京介! 早く教えてッッ! この熱くて、すごく固いの、あたしの胸の谷間でキツく挟まれてどんな感じなの!?」 
 隙間なくみっちり閉じられた乳肉を赤黒いモノによってかき分けられる、独特の感覚が女神の僅かに残っていた清廉性を跡形もなく霧散させていく。両手に掴んだ巨乳で『運命の王子様』の最も大事なところを抱擁しぐねぐね弄ぶ行為が奉仕の心を黒く塗りつぶし、鼓膜に響く汗が飛び散る卑猥な水音が波紋のビートを刻む。 
 
 「スゴ……いです……ッ! む、胸が、こんなっ、柔らかいのに、それなのに、ぎちぎちにキツく、挟み付けられて……!!」 
 一瞬前の誓いは何処に行ったのか、京介もまた、パイズリを逸脱した快感に黒く塗りつぶされていた。人としての、最も根幹たる欲求の一つに支配されあらぬことを口走る。密かに憧れていた人にここまでされているという被虐感も一役買っていた。 
 「そっ、そうなんだッ♪ き、京介も、凄くきもちいいんだ……! それ、なら、もっと、京介のお○んちんいっぱい、擦ってあげる――! おっぱいで――潰してあげる……!」 
 こんなのはどぉかしらッ? とばかりに真夜は汗にまみれた淫乳を左右別々に動かしたり、根本から引き絞るように、チューブから中身をひねり出すように双乳を押し上げ、膨れあがった亀頭を肉まんの中身を包むように覆い隠すと、やおら乳の動きを止め、何事か思案した後、ご馳走を前にしたように舌なめずりする。 
 「〜〜〜ッッ!」 
 「んふふ、くふふふふっ……♪ そんな気持ちよさそうな顔しちゃって可愛い……やっぱり、京介くんはココが一番……ほら、ほら! ほらほらほらぁッッ!!」 
 深い谷間の溝をぐっちゅぐちゅに乱れ歪ませ、桃色乳首の残像が生じるほどに無茶苦茶に揺さぶる。 
  
 ぐちゅッ! ちゅぐッ! ちゅぐちゅぐ、にゅぢゅぅッ!!  
 
 「うあッッ!? ぁぐッッ! ああッ、ぅあぁあッ――!!」 
 
 腰が軋む震えが奔り、谷間のナカで跳ね上がった怒張から先走りのカウパーが溢れ出る。絶頂を思わせる痺れと、常人の射精と見まごう大量の汁がいびつな溝を透明な液体で滲ませる。 
 
 
 
 
 「くすくす……よく、耐えたね♪ それでも、はぁっ、先走りだけでこんなに……これでイッちゃったら、どぉなっちゃうのかな……? ムネで受け止めきれなくて――真夜の身体、本当に精液まみれにされちゃうかも――んはっ……ああ……素敵……」 
 そして再び寝室にて開催される、乳肉といやらしい水音のセッション。ぬちゅっ――ぬちゅっと谷間の奥で戯れる極太の亀頭は来るべき射精の瞬間に備えて爆乳の奥深くで膨れる。 
 「あん! さ、さっきは、口の中で弾けちゃってせーしが出るところ見れなかったから、こ、んどこそ、あたしに見せてッッ! この、太くてスゴいのが、おっぱいに挟まれて弾けるところ、見せて!! 白いミルクが、震えながらどぷどぷ噴き出すところ!!」 
 痛いくらいに両の手に力を込め、硬化したペニスを圧し、小刻みに、しかし激しくシゴき上げる。 
 「ぐは…あ……ぁ、や、やめてくだ……!! ぼ、僕、も、もう、で、射精、る、射精る、射精るッ!! ――うあぁあぁッッッ――!!!」 
  
 「また、また射精してくれるのね!? うれしい……いいよ、このまま、おっぱいで受け止めてあげる――!!」 
 
 にゅじゅっ、ずちゃずちゃずちゅッ!! ちゅぐちゅぐッ――ドクッッ!! どびゅっるゥゥッッッ!!! 
 
 「――あァ……ぐあっあぁッッーーあぁ……あッ……!!」 
 勃起が痛むくらいに堅くキツく閉じられた乳肉の真ん中で亀頭はビクンッ! と大きく脈打ち、鈴口の切れ込みから大量の白濁が噴き上げ、乳の肉壁を叩く。 
 腰はガクガク震え、ブリッジのように乳谷を突き上げ、吐き出す欲望のはけ口とする。勢いよく放出された白濁流は真夜の真っ白な胸の谷間をあっというまに更に白く染める。 
 
 
 
 「ふあっあ……♪ 精液、真夜のおっぱいの中に、こんなに、たくさん……ごぷごぷ注ぎ込んで……胸が熱いよ……♪ ンッ! あっ、い、いくっ、はぁッ、んふ! ひあっ、くあぁ……はあ……♪」 
 ぶるぶるっ! と細腰が震え、真夜は軽い絶頂に上り詰める。待ち望んでいた熱いモノを待ち望んでいた場所に浴びせられ、彼女の意識が火花散る。 
 「ひ……ぐッ……う……うぅ……!!!」 
 持続する絶頂感に苦悶すら感じ、京介は歯を食いしばり、歯をガチガチ鳴らす。まるで臓腑ごと持って行かれそうな、信じられないほどの快絶。だけど彼女はまだ飽き足らないのか、尿道に残っているモノまで絞り出そうと、乳に添えた手を動かす。 
 「ふ、ふふッ! はっ……くっ……ま、まだ……まだ……! きょうすけの――谷間で捻りだしてあげる――!! 一滴たりとも、残してあげないんだから……ッ!」 
  
 ずりゅっ! ずちゅっ、ちゅっぐ――ぶしゅッッ! 
 
 何処にまだコレだけ残っていたのか、再び撃ち込まれた白濁の塊が乳肉の壁を突き破り、谷間の切れ込みから炸裂し、飛び散る。 
 「きゃっっ!? ぷあッッ! あ――! む、ムネの、た、谷間から、はぁーっ、はぁーっ………噴水みたいに噴き出して……ビクビクッ! て跳ね回ってて……!」 
 深い溝から間欠泉よろしく白い飛沫が吹き上がり、谷間の上と言わず下と言わず弾け、勃起を圧迫しすぎて元の美しい半円の面影を無くした、淫らに歪んだ乳房はおろか真夜の貌や瑞々しい髪までも汚し、残りは京介の腹筋や胸にまで飛び散る。 
 「あんッッ!? だぁめ、逃がさないわよ、まだ、先っぽから白くてえっちな汁噴き出してるとこ、見てないでしょ――!? ね、ねぇ、今すぐ見せて――♪」 
 陸に揚げられた魚のように暴れ、のたうち回る肉棒を乳で締め付け押さえ込み、根本までズリ下げる。 
 
 「ぷあぁッッ! はあぅっ、す、すごい――顔、あつ、い――! んふふ…あたしのおっぱいで、ほんとうに気持ちよくなってくれたんだね……こんなに、たくさん精子打ち上げて……♪ はふぁ、また呑んであげるね……じゅむ、こくっ、こくっ、」 
 谷間を貫いて、赤黒い亀頭が顔を出した瞬間、白い奔流が真夜の美貌を撃ち、勿体ないとばかりに飲み干す。 
 「――んん♪ 美味しい……それに、さっきより、い、いっぱい――もっと、もっとたっぷりと、あたしに射精して、浴びせて………!! 待っててね、いま、お○ちんの中に残ってる分も、みんな搾り出すから……!!」 
 背を折り、勃起を独り占めするように腕で抱え込み、乳房越しに激しくシェイクする。 
 「すごいよ……また! またお○んちん固くなってきたわよ……♪ もしかして、また、射精しちゃう……の?」 
 みちみちと音がしそうな程にひしゃげた乳肉のクッションとクッションの裡からだくだくと白い雄汁が溢れ出て、乳肌をコーティングする汗と混じり合う。潰され包み込む面積が増した爆乳の中に埋め込まれ、見えなくなった肉勃起は尚も射精し、柔肉の間を白く満たし、行き場を無くした精液を歪んだ谷間溝からびゅーびゅー噴き出させる。 「ひっ……! ぐ……も、う……や、止めて……ぐぁッ……あぁ……そんなッ、ま、また、で、射精……るッッ!!」 
 圧倒的な肉弾力でぎゅうぎゅう締め付けられた刹那、まるで腰が砕けそうな振動が迸り、乳房の蠢動だけで己の魂までも吸い出されそうな錯覚に陥って。 
 
 「ん……いいよ……このまま……胸のナカに流し込んでーー?」 
 
 にゅぐっ……ぎゅむ……じゅぐーーごぷっっ!! どくっ……ごぽっ……ごぽっ……!!! 
 
 
 
 柔肉は勃起のあらゆる場所を絶妙に刺激し中に、そしてまだ奥に残っている精汁をも吐き出させる。谷間の切れ込みからごぽごぽと泡立ち溢れ、真夜の手で潰れた淫靡な肉球を白く覆い伝い京介の腰まで流れ込む。肉溝を跳びだした汁は弧を描き、京介の腹に着地する。 
 「はッ………が………ぐァ……あぁ………ッ!!」 
 途切れない連続射精に、だらしなく涎を漏らし、半ば白目を剥き、意識が混濁する。もはやフェラチオなどとは比べモノにならない乳奉仕の前に快楽よりも恐怖が先に立ってしまう。 
 「ふふふ……すごいね……京介くんの、まだまだ…こんなに……♪ 信じられないーー本当に底なしなのね……あたしのおっぱい、もぅ、どろどろですごいことになってるよ……?」 
 にゅぐにゅぐと膣のように締め付ける乳房の中で最後の一弾を吐き出すと、そこでペニスの震えは収まり、堅さを喪っていくのが感じられる。 
 「ハァ……ハァ……ハァッ……………!」 
 
 「あら? ふふ、やっと止まった……うん、いっぱい、射精したねぇ――♪ もう大丈夫よーーはぁ……はぁ……これで、スッキリできたでしょ? 胸の間でお○んちん、だんだん柔らかくなってきてるよ……くすっ、ついさっきまではあんなに固くしてたのにね」 
 瞳を潤ませ、頬を上気させた上目遣いで微笑みかけると、ようやっと放出を終え谷間で萎れるペニスを白濁まみれの乳房ごと上体を離す。右手で身体を支え、シャツからこぼれ落ちた爆乳からポタポタと白い雫をを滴らせ、吐息混じりに言う。 
 「――ど、どうです、王子様……真夜のご奉仕、満足していただけましたか?」 
 左手は、谷間を白濁で埋め尽くし、生クリームよろしくザーメンにデコレートされた淫乳を撫で回し、ロケット型に突きだしたバストの突起が手に従って方向を変える。 
  
 「あ…………う…………」 
  
 ――何やってるんだ、僕は。 
 
 自傷気味に唇を噛み締める。後悔してるのに、また繰り返す。 
 どうしようもなく――――駄目だ。 
 
 「あたしは嬉しいよ……? だって、京介のあったかい精液が、ムネいっぱいに感じられるんだもん……♪ あは、こんなにどろどろに汚されちゃった……白い精液でいっぱい……それにしても京介くんってば、あたしが言うのも何だけど、」 
 ねちょねちょと双乳に絡みつく精子を塗り広げる。腰の微妙な動きに従い揺れ弾む二つの肉房の間の白汁は互いに糸を引き、やや黄ばんだネバネバしたのをシーツに滴らせる。 
 
 ――どうしてだ。どうしてそんなことが、言える? そんなにまで、悦べる? そして何なんだ、その笑顔は……。 
 
 やめてくれ。恐怖を伴わせ、京介は訴えかける。だが口はまるで金魚のように空廻る。今にもベッドに沈みそうな重圧感が四肢の自由を奪う。何が恐ろしいかって、慢心じゃなく、ソレが心からだと解ってしまうからだ。それが、たまらなく恐ろしい。 
 
 「おっぱい、好きなんだね……お口でした時よりも、すごくたくさん射精してくれたから……ぅん、ちゅむ、ぷちゅ、ぁむ、ん……」 
 言って、真夜は見せつけるように片方の乳房を持ち上げ口に含み、こびりついた粘液を、舌で乳首を転がしながら拭う。 
 
 「僕、は……そんな……」 
  
 ――やめてくれ。僕は、そんな器じゃない。僕は、あなたに…… 
 
 
 
 「は…ん……おいし……ん、いいのよ、そういうのも。健康的な男の子らしくて可愛いよ。おっぱい好きだからって別に――んっン!? はっ、く! ンッ、あぁ!!」 
 左中指が、汗と蜜で張りつき、くっきりとした形が浮き上がった、ショーツの真ん中の落ち窪んだ割れ目をなぞり、かき回していく。 
 「はあっう! あっ、あん! ひあぁッ! き、京介くんっ、京介くん京介くンッッ!! んぁっ、はっあぁ! あ、あたし、もぅ……! ね、ねえ、京介…………えぇッ!!」 
 じゅぷじゅぷ秘処から飛沫が迸る毎にぶるるっ! と全身を弛緩させ物欲しげに京介を見上げる。だけど。 
  
 「京介……くん…………」 
 
 苦しそうに目を閉じながら俯く。額に手をやり、顔を見られまいとするように。真夜からも、この場にある何ものからも背くように。 
 
 ずきん。と心が痛む。これで三度目だ。カッと頭に血が上る。 
 
 ――どうして、解らないの――!? 
 
 「目を反らさないで――――――“京介”」 
 「う――――――!?」 
  
 自分の名を呼ぶ言葉が、言霊のように身体を締め付ける。  
   
 か、身体、が……!? 
 
 自分の意志とは無関係に真夜の方を向いてしまう。不自然なぐらいに眼を見開き、上体を起きあがらせる。 
 「がッ………ぐあ……!!」 
 
 
 腰に力を入れても、ビクともしない。今までの奉仕とは根本から違う不自由さだ。 
 「そうよ。そのまま、あたしを見るのよ、“京介”くん」 
 
 ――残念だけど、今のあなたにはソレしかできないの。 
 
 言葉に乗せられた強大な魔力は、石のように京介を硬直させる。さながらギリシャ神話のメドーサの様に、魅入られし者は石化するのみ。 
 「み……さき……さ……僕に、何を……!?」 
 「ねぇ、見て」 
 膝で立ち、裸足の女神はショーツの端からふくよかな太股まで汁を伝う様を見せつけるように、京介ににじり寄る。 
 「凄いでしょ……あたしの――真夜のココ、もうこんなに……」 
 
 「あっ……あっ……あ……!! 
 「駄目よ。“女神からは逃げられない”」 
 さがろうとするも身体が動かないのではどだい無理な話だ。腕が、足が、まるで棒にでもなったかのようにその場に固定される。 
 「京介くんに、いっぱい奉仕してるうちにあたしも……ね。ほら、ガマン出来なくなっちゃった――だから、今度は京介くんにセキニン、とって欲しいなぁって」 
 「せ、セキニンって………」 
 せめてもの情けか、悪寒に凍え震えることは赦してくれたようだ。そんな冷たい自由でやさしく飼い慣らすような生々しさで歯が歪に重なり、無機質に鳴る不協和音――違う。 
 「その前に、京介くんの方はどうなの? 真夜のお○んこに入れたい? 入れたいよね――……」 
  
 しゅるるるっっ。 
 
 
 微かな衣擦れの音が立ち、蜜汁の糸を引いてストライプのショーツが真夜の手で脱がされる。 
  
 ――肉食獣に追いつめられた小動物のような心境ならまだ良かった。京介は、そう、この期に及んでも彼の認識は。 
  
 「くすっ。入れちゃうの?」 
 軽く笑み、指先で摘んだそれをぱさっと投げ捨てる。 
 「ぼ……僕……僕………はッ…………!!」 
 ――卑しくも、賎(いや)しくも、真夜の熟れきった身体へ注がれる。眼だけが器用に動き煌びやかに夜光を弾かせなびく髪の一本一本から、乱れたYシャツから剥き出しの己が白濁に染まった双乳に時折見え隠れするへそ、淫らに濡れそぼつ秘唇から伸びる太股に至るまでを舐め回すように視姦する。これも彼女に仕掛けられたものか? 
 ――違う。逆だ。恐ろしいことに、この身体が求めている。挙動を堰き止められているのに尚も抗い、求め訴えようとしている。 
 「きっと、とっても気持ちいいよ………お口よりも、おっぱいよりも………ずっと。それに、ほら、京介くんのも真夜を欲しがってる」 
 思わず、目を向けた先にそそり立つ情欲の証。それは既に三度も抜かれたことを苦にもせず血管を浮きだたせ、天を衝く威容を誇る。 
 まだ、その部分だけは残してあったのに。 
 
 ――嬉しい……魔法掛けなくても、まだ、こんな……! 本当にあたしのことが――あ、あぁ………!  
 
 それが単なる劣情であろうとも。欲しがってくれるなら。必要としてくれるのなら。 
 彼女の双眸もそこ一点に注がれる。熱に浮かされたような視線と 
戦慄く視線が交差し二人の温度差を生む。 
 
 
 ――――互いに越えるべき一線は、その間にある。 
 
 「んふふ。もう覚悟完了じゃない」 
 跨ぐように。天使禁猟区に足を踏み入れるように、秘裂からだらだらと愛液を滴らせ京介に身体を寄せ、淡く輝く右人差し指を、 
 「ね、」 
 ーー鼻に。 
 「そ、そんな……な、何で……!! あっ」 
 感情が、沈んでいく。波打つ大海が陽の沈む茜色を映し込む澄んだ湖面に変わる。指は鼻の頭から、 
 「京介くん、おねがい」 
 唇へとなぞり、真夜は一滴の呪文を紡ぐ。 
 「“入れて”」 
 
 滴り落ちた雫は、精妙な水面に波紋を巡らせ、生じた僅かなざわめきが残ったなけなしの理性を覆す――それさえも、魔力によって揺さぶられた偽りの発露。だが、今度は容易く流されてしまう。 
 
 ――――ガバッッッ!!! 
 
 「――――っ!!」 
 包むように柔らかな温もりを胸に感じ、強靱なベッドのバネを軋ませ、次の瞬間には美しき女神は京介の下に。微かに身を震わせ、静かな昂奮と緊張、そして淡い期待が入り交じった視線をじっと京介に向ける。 
 
 「…………………………………………………………………………」 
 「…………………………………………………………………………」 
 ――はぁーっ、はぁーっ、はぁーっ、はぁーっ―― 
 
 ――はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……―― 
 
 上から荒い吐息が降りかかり、下から対照的に妙に穏やかな息遣いが吹き付ける。相反する息が乱れ飛ぶ中、ただシンクロするは互いのツイン・ベース・ドラムの様な心拍音。無明無音に閉じこめられた牢獄となった寝室にて、二人だけに轟く烈しいリズム、互いの顔だけを鮮明に映す視界。息だけでなく触れれば総てを焦がし尽くすような体温までも感じる零距離。 
 
 「いいよ――そのままあたしの……!」 
 と、導くように真夜の指が京介のペニスに伸ばされるが――。 
 
 …………ぐッ! 
 
 やめてくれ。そんな眼でーーそんな目で僕を見ないでくれ。 
 
 俗情を捨て去り、唯速やかに、澄みやかに、何かを欲しがる眼。それさえあれば、もう何も要らない、壊れて萎んで消えてしまってもいい。 
 
 それに比べて、僕は! 
 
 その名の通り、真なる夜の深きを識る眼が揺れる。潤んだ瞳が彼の面を写す。その純粋さに真っ向から対立する、己の貌。 
 あぁ……なんて卑しいんだろう。 
 顔を反らさずには居られないーー同時に、真夜の指も引っ込められる。 
 
 
 
 
 
 京介の身体が軋む。気を抜けば、直ぐに抱いてしまう。際限なき欲望をぶつけてしまう。それが彼女の望みなら…いや、もはやなにも言うまい。とうに解っているじゃあないか。自分がそうしたいのだから。一刻も早く、この灼けた楔を打ち込みたいのだ。導きのままに雄の情欲を解放したいのだ。彼女はきっかけをもたらそうとしているに過ぎない。 
 岬さん、僕は…………。 
  
 「きょう……すけ…くん――」 
 「――!」 
 真夜の声音に意識が引き戻される。見ると、目尻に溜まった涙。 
 「そんなに……厭? あたしを、抱く、の――」 
 「う……ぅ………!」 
 ――違うって、言ってくれないんだ。そっか。そんなの――。 
 頭が、冷える。唇だけが自嘲に笑む。何となく気付いていたこと。淫靡な奉仕に何とか紛れさせていた感情が遂に口を衝いて出る。 
 「やっぱり、ね………やり過ぎちゃったね、あたし。あなたの気持ちを確かめもしないで、酷いことばっかり」 
 
 「み、岬さんっ、あッ――?」 
 がくん、と腰が震える。身体に掛かっていたミエナイチカラが消える。試しに右手を動かしてみる。軽い。 
 「もう魔法は解けたよ。ごめんね、辛かったでしょ。本当は、今まで苦しいのをじっと我慢して、くれてたんだよね……なのに、あたしってば勝手に勘違いして、『京介君が気持ちよくなってくれた』って一人で舞い上がっちゃって。滑稽だったでしょ?」 
 「ち、違う」 
 
 ――本当に辛かったのは、本当に苦しかったのは。 
 
 
 
 「……ごめんね……迷惑だよね……今のあなたには関係ないことだってのは最初から解ってたのに……もう戻ってこない、戻れないモノを探して、とうとう狂ってしまった莫迦な女の戯れ言に付き合わせてーーだけどそれでも京介くんにあたしのこと見て欲しくて……も、もう二度と別れたくなくて、一人は厭……待つのはもう厭なの!」 
 一度溢れてしまえばなんのことはない。出し切るまでだ。嫌われたくないから? 違う、詭弁だ。喩え傷つけようとも拒絶されようとも、私は一向に構わない。心のどこかで紛れもなくそう思ったはずだ。それが、本音。待つ? それも、自分だけの勝手。 
 ――もう、限界だ。心が、折れそうだ。 
 「――そうなるくらいなら、いっそのことあなたを、滅茶苦茶にしてしまいたい――ただ単純に京介くんを、思いのままに蹂躙してしまいたい!! そうでもしないと、今にも体と心がバラバラに引き裂かれそうに痛くて、苦しくて、この重い病気は治らない。そのために京介くんを! 利用していっぱい傷つけて……な、なのに一方で、京介くんを悦んで貰いたくって、いっぱい気持ちよくしたげれば京介くんはきっとあたしをまた好きになってくれるって、またあたしのことを想って泣いてくれるって、そして一緒にいてくれるって……! そんな、わけないのに……あ、あたしあたし、こんな……ご、ごめんね、あたし、本当に、ごめん、ごめん……なさい………!!!」 
 最後の方はもう言葉にならない涙声であった。再び涙が頬を濡らし、謝罪の言葉が嗚咽混じりに繰り返される。彼のシャツの端を掴み引っ張り、京介を見れないというように顔を俯かせる――が。 
 
 「違うッッ!!」 
 
 強引に正面向かせ、震える唇を塞ぐ。 
 「んむっ――――!!?」 
 濡れた唇を吸い立てるだけの、不器用なキス。 
 「んっ……! ふ…………!」 
 
 
 だけど、それだけで真夜の咽ぶ心が融かされてしまう――ふりほどこうとした指先が弛緩し、だらりと下がってしまう。細腰が震え、爪先が伸びてしまう。形だけでも最愛の人にしてもらうだけで跡形もなく骨抜きに――そう、京介がしてくれることはみんな魔法のよう。真夜をたちまち玩具のようにしてしまうのだ。  
  
 だ、駄、目ぇ…か、身体が、ふにゃふにゃに……だって京介くんの唇、いつだって陽のように熱くて――! あ……はっ……あぁ……! 
 「あ………ふぁっ…………あぅあ…………どう、して………」 
 キスの余韻に震えながらも、京介に問いただす。全身を巡るとろける痺れに抗するように。 
 
 「ぼ、僕は……」 
 「同情してくれるの……? それでも、あたしうれ――」 
 「同情なんかじゃあない!! 悪いのは僕だッ! 僕は、僕は……!!君を――き、ききき君が欲しくて仕方ないんだ!!」 
 不意の告白に、女神の顔が更に更に朱に染まる。 
 「は――――え………えっ………!?」 
 「少しでも、力を抜いてしまったら今にも君の肩を抱きしめ、自分でも、その後は何をして゛かしてしまうか……判らない……み、岬さんが何もしなくても、僕は、もう――――」 
 
 「違う――――――あたし、そんな資格、ない………だって、」 
 
 ――治癒を司る女神とは名ばかり。あたしは、あなたを傷つけてばかり。あなたに、恍惚とすることなんて――。 
 
 京介の下で、静かに首を横に振る。嬉しい、けど。 
 
 
 
 
 「それは僕だッ!! 聞いてくれ岬さん、僕は……どうやら、あなたに酷いことをしている。とてつもなく、酷いことを…してしまっている、らしい――」 
 「らしい、って」 
 さっぱり要領を得ない科白に小首をかしげてしまう。 
 「そのッ…僕にも解らないんだ……だけど、こう考えないと説明が付かない。岬さんは、どうしてそんなにまで僕なんかのことを、その、想ってくれてるのか、どうして逢って間もない僕に、そんなにまで…………してくれる、のか」 
 「…………」のところで顔を俯かせながら京介は続ける。そんな様子に苦笑する真夜。 
 「だって、それは――――真夜、京介くんのことが、好きだから」 
 ――そう。大好き。これだけはどうしても譲れない! 
 
 その屈託のない笑みが更に彼を傷つける。 
 「だからッ……! 僕は、そんな……ッ!」 
 真夜に貌を寄せる。それに一瞬、彼女の胸が高鳴る。 
 「教えて欲しい。岬さん、あなたは何かを識っている。忘れてしまった『何か』を、憶えてない記憶(こと)を識っている! こんな事訊くのは間違いだって解ってるけど、教えて欲しい――君だって、『あの頃の記憶を何もかも喪(な)くして』って僕を罵ったじゃないか――じゃあないとさっきみたいに無様に……何も識らないで悦んでしまっている僕が赦せない……あなたの苦しみを理解できない僕にそんな資格など無い……それなのに、僕は、浅ましくもあなたを抱きたいと想ってしまっている……! この身体が、心が奥底から欲しがって――!!」 
 ――確かに、彼女はこの上なく魅力的だ。その美しさ、ひとたび柔らかな唇と乳房の感触を知ってしまったら誰しもが虜となるだろう――だが、それだけじゃない。 
 
 
 ありったけの理性を総動員させて、やっと抑えている状態。また今度真夜の“仕掛け”が襲ったらもう耐えられそうもない。もはや京介という存在自身が勝手に制御を離れ、更に度々“魔法に追い打ちされるのだ。” 
 「岬さんがそんなに苦しんでるのに、僕のことでッ……! それなのに何もしてあげられない自分がどうしても厭なんだッ……!!  僕に、僕なんかのために、そんなになってまで……笑って……!! ど、うして」 
 ――ドン! と京介の拳がベッドを叩く。だが耳元で起こったはずの打音は真夜を捉えない。 
 「どうして無理にじゃないんだ!!? どうして、苦しくて、苦しんで、本当は僕を罵倒したいはずなのに、どうして笑うにしたって無理矢理にじゃないんだよ!? どうしてそんな風に、心から笑っていられるんだよ!! そう、してくれた方が…僕がどんなに……楽か――! そうだよ楽なんだよ! 僕は未だこんな事考えてるんだ! そんな人間だから……っ! その笑顔が見れない! 僕を責め苛むんだ、痛いんだよ!」 
 ――血に染まった真紅のナイフが、抉る。抉る。胸を切り裂く。心臓を突き抜ける。溢れ出す真っ赤な血は、真紅と思う間もなく。 
 「きょうすけ、くん――」 
 「笑うな!!」 
 ビクッ! と女神の肩が強張る。はっとして我に返り、頭を垂れ、 
 「ごめん……だけど――」 
 苦い貌で唇を噛み止める。 
 「だからもう…もう、止めてくれ……お願いだ……笑わないでくれ……どうしてもというなら、嘲ってくれ!!」 
 こみ上げてきた鮮血を吐くように搾り出される言葉。 
 「もう見ていられないんだ……! 貴女が傷つくなんて耐えられないんだ……! 終いには、自分で、何としてでも思い出すべきことなのにその罪を改めて口にさせることで未だ、貴女を苦しめようとしている……!! 最低だ、本当――だけど……だけどッ!」 
 
 露わになった素肌に感じる、暖かな水滴。 
 「それでも……教えて、くれ――! 見下げ果ててもいい、頼む……僕を断罪してくれ……!! もぅ、自分が解らないんだ……僕は一体、貴女との何を――ッ!!」 
 
 穏やかな呼吸に揺れる乳房に滴る涙。 
 抱きしめる腕など無い。あるものか。だから、いつまで経とうが 
重い罪過を引きずる腕はベッドから微動だに出来ない。 
 真夜は。 
 
 「もういいのよ」 
 
 暖かな右掌がそっと頬に触れる。淡い、水色にグラデーションする光を宿しながら。ぼうっと揺らめく輝きは手を伝い粒子を周囲に散らせ、京介の全身を覆い込む――頭から肩、続いて腕、胴体から爪先へと速やかにコーティングし、広がっていく。 
 
 「他愛もないことだから」  
 
 あ…あァ……! 岬さん……な…これは……ッ!? 
 
 言葉は形にならない。不可思議な光はもやもやと彼を包むばかりか裡にまで浸透し、その彩に塗り込められる。鮮やかなグラデーションは次第に薄れゆき空間に溶け込んで色彩を喪くしていく。その光に同化したように、無色の水に絵の具が溶け染まるように伊達京介という名の存在が失せ、透明に――矛盾するようだが、魔法は如何なるあやかしだろうと自然の理(ことわり)とする。 
 「そう。それは本当にちっぽけで、他愛もないこと――――」 
 「くッ……! やめ!?」 
 
 
 
 手をどかそうとするも、真夜を掴む手が、無い。手首が消失し、薄れゆくみずいろに呑まれるように腕が身体が透け、右手もまた、その向こうのシーツを透過する。 
 「なに……が――?」 
 今度はかすれながらも発せた。まだ、どうにか声帯は残っているようで内心安堵する。それも時間の問題だが。 
 「京介くんはやっぱり何も解ってない。愛する人を傷つけたくないのはあたしも一緒。ううん、誰だってそう。いったい誰が、京介君が苦しんでるのを見たいっていうの――?」 
 「それじゃ……みさ……さ……は」 
 「あたしはいいの! あたしが、全て招いたことだから……寧ろあたしは幸せだった。ずっとこうしてしてみたいことまで出来て……! 嬉しかった。貴方が隣にいてくれるだけであたしは十分。いいえ、一分でも一秒でも、0.001秒だっていいの! 貴方の側にいるだけで心があったかくなって、待ち続けてすっかり冷え切ってたのにあっという間に融けちゃったんだから……やっぱり京介くんって凄いよ……やっぱり、あたしの『王子様』だね……! でも、それは」 
 左掌も添えられ。 
 「あたしの我が儘をぶつけてるだけ……ただ乱暴に、乱暴に。貴方はもうあの頃の貴方じゃあないのに勝手に投影して、思い通りにならないから勝手に怒りをぶつけて……京介くんは何も悪くないのに、それでも受け止めてくれて……これ以上望んだら贅沢よ。あたしがどうして心から笑えるのかって? 一度言っても解らないなら、何度でも答えてあげる。好きだからよ。あなたが。もうどうしようもないの。あなただけがあたしを満たしてくれる。完全にしてくれる。だから自然に笑えるのよ。嘲る? どうして? どうしてそんなことしなければならないの? あたしがほんの少しでもそんなことすると思った? 断罪? 莫迦なこと言わないで……――」 
 「………!! ………!!」 
 何事かまくし立てる京介の口。しかし、それは叶わない。既に声帯と肺が欠けていたのだ。 
 
 「――あたしが、あたしを裁くのよ……貴方の罪? そんなものあるわけ無いじゃない……! ただ、あたしの“個人的な”ずっと昔の、小さな想い出に縋り続けてるだけ。あなたにはなんの関係もないことだからーー気にしないでいいの……でも、」 
 
 ――これだけは、信じて。 
 
 と言った気がした。もはや聴覚までも。残る五感は掠れていくこの視角のみ。汚濁まみれにして清浄さを喪わぬ女神の姿が多重にぶれ、ぼやけていく。初めて花と緑の庭園にて目覚めた感覚が逆行していく。この世界から還ろうとしているのだ。 
 「あたしは、あなたをそんなふうに苦しめるつもりなんてなかった。そんなに思い詰めさせるなんて……あたしは、あたしはね!? ただ、今度こそいっしょに………!」 
 
 言い訳がましい。そんなことは、判ってーー……。 
 
 『判って』…………?  
 
 ――ダカラ、サヨナラ。 
 
 え? 
 
 頬を伝う透明の涙は、いつしか再び薔薇の花弁のような赤色に。 
 
 
 
 
 
 
 
 
 「だから、もうお還り。あたしと出逢わなければあなたが傷つくことはなかった……もう、泣かなくていいの――苦悩しなくて良いの――全ては一夜の夢の中の、浮かんでは消える泡沫のような出来事……朝、目が醒めてしまえばそれっきりよ……もう、眠いでしょ? いいのよ、このまま――――悪夢はもうじき終わる。そしてあたしも貴方のことを永久に忘れるの。それが、それだけが、あたしに出来る償い……あなたへの贖罪……!」 
 頬の感触が無くなっていく。輪郭が失せ、空気を掴んでいるような不確かさへと変わる。そう。これでいい。在るべき処へと帰す魔法、特定の記憶だけを綺麗に消し去る魔法――これは、互いに。これだけの力を込めればまず仕損じることはない。 
 
 ――キイィィイィイィィン……………! 
 
 喪った耳に響く、奇妙な耳鳴り。汚泥のように重たくのしかかる眠気が僅かに残った器官の一つである脳まで冒していく。 
 「不完全な心の揺らぎとして生きた記憶、鬱々とした日々から救い出してくれた、かけがえのない人との、ちっぽけでもかけがえのない夢のような時間。最期の瞬間、もう一度逢えたなら、もう二度と離ればなれにならないようにと願い、生まれ変わったこと、待ち焦がれたこと――!」 
 待つことに挫けて、何度も何度も使おうと思ったこの魔法。でも結局できなかった。今ならその理由も分かる。だけど今は。 
 
 眼下の女神もまた淡い光に飲み込まれ――いけない! 
 
 「これで赦してくれるとは想わない。でもーーせめて、あなたと同じ苦しみを――――!」 
 万分の一でも。 
 
 そんな…………ッ! 
 
 「そんなーー身勝手な…………!!」 
 「――――!?」 
 
 まだ喋れるなんてッ! 
  
 「さ…よならだって……!? ま、まだだ……まだ……!! 君を、抱きしめていない――のに――!!」 
 怒りが彼を突き動かし、女神の奇蹟を新たなる奇蹟で覆す。消失していたはずの四肢が蘇り、光から出でる。スパークが弾け、光は元の蒼さを濃くしていく。 
 「ま、さか、あたしの魔法を!? む、無理よ京介君!、やめなさい、無理に逆らったりしたら、京介君、あなたが――!」 
 「まだ何も、あなたに何も、できてないのに! 勝手に、終わらせるなんて……ッ!! 忘れるだなんて、言うな!!」 
 水色から透明へと明滅する光は段々と肥大し、内側から破られようとしていた。風が舞い、部屋全体が鳴動していく。空気は震え、数々の備品が不穏に揺れる。 
 「やっやめなさい!! やめてッ……!?」 
 わだかまり、大きな卵のようになった光の中で、京介から浮かび上がるように、翼が広がり――真なる夜を象徴するかのような、闇色の翼が。京介の痩身から、いや強靱さすら漂わせる京介を覆う影から伸びていた。天に唾するように身を起きあがらせ。 
 ――果たしてそれは。神か悪魔か。 
 「き、京介くんあなた――――」 
 「僕は、貴女が好きなんだ!! 誰よりも愛しているんだ!! ――だからッ! なんとしても僕は貴女をッ! 救わなくてはならない!」 
 空虚になりかけていた、欠けていた肉体が顕現し、刹那、光の膜に亀裂が奔り、羽化するように――漆黒の翼が突き破る。 
 「救いたいんだ!! さよならなんかはいわせない、だって、僕は……僕は貴女の……――!!」 
 
 
 今一度見開かれる京介の眼が呆然とする真夜と合わさり、紅く滲んでいく。そして、自然とそれは頬を伝う。 
 取り戻しかけていた視覚が歪み、痛烈な頭痛が京介を襲う。弾けそうなほど高鳴る心臓。だが、それ以上に体内から湧き上がる力が重い枷となった魔法光を突き破ろうと膨れあがる。 
 
 「……こ、この力……ま、さか、そんな――!?」 
 総ての迷える魂を無に帰す圧倒的な力が、迷える女神の力を圧し、吼える。 
 
 ……そうだ、そうだったんだ……“俺”は………!! 
 
 散乱し、幾何学的ロジックの様相を呈するピース達が急速に合わさっていく。月が翳った夜を思い起こさせる世界の中、乾いた音を立てて、巨大なパズルが完成していく。平行線上にあった二つの魂は、今初めて交わり、そして今一度共振し、呼応し、見えざる額縁に納まる。写真のように切り取られた瞬秒の刻が、懐かしい桜並木の風を運ぶ。かつて吹いた別離れの風が、今度は刻を越えた再会を乗せて。 
 「ーー『王子様』なんだ……………………!!!」 
  
 ――パリイィイィイィイィイイィィイィイィィィィィンッッ! 
 
 共鳴する魂は、彼を妨げる余計なモノを弾けさせる。小気味よい澄んだ音を立て、水色の卵は割れる。 
 巻き起こった風に煽られ真夜を包んでいた膜も取り払われる。霧が晴れるように。静けさが戻り、光る微粒子が、雨のように降りしきる中で。 
 
 「だから…………お願いだ……」 
 腕の力はなくなり、ゆっくりと真夜に倒れこみ覆い被さる。 
 
 
 「『忘れる』なんて、そんな哀しいことは言わないで…くれ……もう二度と……貴女を救えなかった、後悔するのは、もう沢山なんだ…………!」 
 「あ……あぁ………! う……そ、きょうすけ………京介……く、ん……――!!」 
 肩が際限なく震え、彼の頭の隣で天井を仰ぐ目が滲む。烈しくこみ上げ、今にも弾けそうな何かを、どうしても抑えられない。 
 ――言わなくても、解る。確認せずとも、解る。 
 「でも――間に合って良かった……僕だって誓ったんだ、『今度こそは』って――――それでも、遅れて、ごめん」 
 かつては彼女と同じ誰かの欠片の存在を護りきり、そしてまた、岬真夜を今度こそ、護れた。 
 其処にいることを確認するように再び京介は彼女を下に向かい合う。ゆっくりと、瞳に涙を湛え首を横に振る真夜。 
 
 「ありがとう――――もう一言だけ、いいかな?」 
 
 また無言で頷く。否、溢れそうなものを必死で飲み込んでいるのだ。ともすれば、感情が今にも爆発しそうだから。 
  
 「…………ただいま、岬さん」 
 「お帰りなさい…………きょう…すけ、くっ――」 
 言葉は最後まで形にならない。もう京介の顔は見えない。胸板に飛び込み倒し、二人の位置が入れ替わる。 
 「うあぁあぁあぁああぁぁぁぁぁあぁぁぁぁ………!!! 京介くん、京介くん、きょうすけぇえぇ…………ッッ!!!」 
 胸に流れる紅いものは真夜の涙。永遠とも思える悲しみを押し流すように止めどなく、泣いた。 
  
 

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