あれからも二人の生活は変わらず続いている。  
光はあれからは唱吾に特別な態度は見せない様にしている。  
二人の間は少し縮まった様に思えたが、取り立てて二人に関係が変わった訳ではなか  
った。単なる同居人という関係。単なる友人という関係そんな関係から一歩も踏み出し  
た訳じゃない。いや、そうだからこそ光はまだ唱吾と一緒にいられたのかもしれない。  
二人で朝食をとっているとき、ずっと光は気になっている事を唱吾に聞いてみた。  
「なー、おっさん。また選抜試験あるんだろ。大丈夫なのか」  
「次の試験は問題なく突破できるさ」  
唱吾は父の水無月奏太郎が入院しているのですぐには試験はないだろうと思ってはいたが  
学長代理の座に座った兄の器一の動きは気になるし、その辺の動きも探ってはいる。  
ただ、今度は試験で一人落ちるとしても3人は残る筈だ。そうなれば、マザーの予言を信  
じるならDEVILである幸子が残る可能性はかなり高い。  
 
他のメンバーのパートナーが誰がGODで、誰がANGELか見極める絶好の機会って位  
に思うが、器一兄さんには油断は禁物だ。もちろん律子姉さんもそして一番不気味なのは芯  
也兄さんだと考えてはいたが。  
「そうじゃなくて。危なくないのかって思って  
 今までこの試験がらみで何人死んだんだよ。  
 私の指だってそうだし.............  
 止められない?この試験」  
「いまさら止められないよ。この勝負を僕から下りる事は出来ない」   
「心配なの」   
真剣な表情の光が唱吾にも嬉しかったが、唱吾の答えは  
「ありがとう、でも僕は大丈夫だよ。この試験を勝ち抜く。」  
「どうしても駄目?」  
「ごめん」  
二人はそこで会話が止まってしまう。食事を終え後かたづけをする光に唱吾は話題を変えて  
話しかける。  
 
「あのさ、仕事見つかった?」  
「なかなか見つからなくて  
 指の障害の事もあるし  
 いろいろあたってはいるんだけど」  
光は自分が本当にやりたいこと、今度こそ自分をかけられる何かを見つけたくていろいろ  
探してはいたがなかなか見つけられずにいた。  
「そう。この前偶然に大学時代の先輩にあってね、その人はフードデザイナーをやってい  
 るんだけど、君の料理の腕を話したら、是非って、向こうが言ってくれてね  
 君がもしよかったら考えてみてくれないかな」  
「でも、私の指は」  
「君の指は治るって僕は信じてる。片岡先生がきっと解決策を探してくれるさ。  
 ピアニストを目指していた君にどうかとは思ったんだけど  
 本当に君の料理を食べて感動したから、先方に会うだけ会って話しを聞いてみないか」  
「ありがとう。本当に」  
光は唱吾がこの話をたまたま持ってきたんじゃなく、光の為に色々手を尽くして動いてくれたも  
のだと十分に判っている。  
 
光は唱吾を笑顔で見ながら  
「私、会ってみたい。私に出来る事なら何だってやってみたい」  
その答えに唱吾はとても喜んで  
「そう。向こうには連絡しておくから、都合のいいときに行ってみてよ」  
「今日でもいいの」  
「もちろん。相手には電話で連絡しておくよ」  
そう言うと唱吾は大学へ出かけて行った。光は自分の指を見つめる。もし、仕事が決まって指も  
治ったらここを出て行かなくちゃいけないのかな?いや、それよりも歌乃が帰ってきたら私の  
居場所はここには無くなる。それが怖いと感じている自分にも気づいている。  
「どうしちゃったんだろう。私」  
深いため息が出る。譜三彦と全く違う唱吾に自分が引き寄せられていく。そんな自分を止めら  
れる自信がだんだん無くなっている自分がいた。  
 
その日、光は唱吾に紹介されたフードデザイナーを訪ねて、面接を受けていた。  
仕事は外食チェーンの新メニューの開発や、テレビや雑誌への創作料理や世界の料理の紹介ま  
で多岐にわたっていた。その、もの作りの姿勢や、新しいものへの取り組みが光にはとても新  
鮮で自分の感性にあっているように思えてその場で働かせて下さいと頼み込んだ。唱吾の紹介  
もあって話はトントン拍子にまとまって、会社を後にした。  
光はなんだか嬉しかった。仕事が見つかったのもそうだが、唱吾が自分の事をよく理解し光の  
事を思って仕事を紹介してくれた、そのことが嬉しかった。  
「今夜はまた、オッサンの為に料理の腕振るっちゃおうかな」  
マンション近くのスーパーで買い物を済ませて出てくると、思いもかけない顔を見つけた。  
光が暴走族まがいの夜遊びをやっていたとき出入りしてたチームの頭をやってた男だ。  
「久しぶりだな。集会に何で顔を見せ無いんだ」  
「別にあんたのとこに入った覚えはないけどね」  
「そっちになくても、こっちにはあるんだ。随分最近いい思いしてるらしいじゃん」  
金が無くなったといえばかつ上げから、ひったくり、果てはシンナーなどの薬物迄流してい  
た男だ。粗暴なだけの馬鹿男、光はこんな奴らとつるんで憂さ晴らしをしていた自分が情け  
ないが今はそんな事言ってられない。  
 
とにかく、あんたらと私は何の関係もない。まぁ文句があるなら聞くけどね!」  
光の顔がきつくなる。昔の様にナイフを持ち歩く事はないが、それでもその迫力は少しも  
衰えてはいない。こんな男の一人くらい何でもないと思っていたところに男の視線が動く  
光は囲まれているのに気が付いた。男女あわせて7,8人はいるだろうか。中には隠して  
いても光には物騒なものを持っているのが判る者までいた。まったく、こんな場所でこん  
な風に取り囲むなんて馬鹿にも程がある。  
「なぁ、俺たちはただスジを通した話がしたいだけなんだよ」  
『なにがスジだよ。この馬鹿連中』光は心の中で毒づく。  
「場所変えて、話しようぜ。騒ぎにしたくないだろう」  
場所を変えてこの連中を蹴散らすか、逃げるか?しかしこれだけ人数を揃えてきたからに  
は今のマンションの場所も知られているだろう。後々に面倒を残すのも嫌だし  
「話をつけるか」  
自分の蒔いた種を刈り取ろうと光は決意し、取り囲む連中とその場を後にした。  
 
唱吾は仕事を切り上げてマンションに帰り着いたが光はまだ帰っていなかった。  
『どうしたんだろ』  
友人から光の就職が決まったとの連絡を貰い、先方も光の事を高く買っていてくれる様だっ  
たから、就職祝いをしようと早く帰ってきたのに。  
唱吾の携帯電話が鳴る。光からの着信に電話を急いで取ると聞き慣れない男の声で、光を拉  
致した事を告げた。昔の仲間の光が勝手に族を抜ける事は許せない。だから制裁する。もし  
助けたければそれなりのものを用意しろという話だった。  
「仲間から抜けるには義理を通せ」と話す男に唱吾が  
「金なら用意するが、光君は無事なんだろうな?」と聞くと  
「まぁな、早く金を用意しろ」といい残し電話は切られた。  
唱吾は警察に通報しようと電話を取る。が唱吾は思いとどまる。たぶん警察に通報すれば光  
を取り戻してくれるだろう。しかし、未成年の光はその事件の大きさから間違いなく唱吾の  
元から本来の保護者か、公的な機関の保護される事になる。  
 
そうなれば、自分はまた一人になる。どうしよう。どうすれば。  
自分勝手な思いから光を危険な目に遭わせる事になるかもしれない。  
それでも光を失いたくない。  
『どうしたらいい』唱吾は思いを巡らす、そして思い出した。  
「あの人なら何か判るかもしれない」  
本来なら決して頭を下げるようなことはしたくない相手ではあったが、今は光を救い出す為  
には何だってするつもりだった。唱吾はその相手に電話をかける  
呼び出し音が数度なり女性が電話に出た。  
 
その夜の深夜、本来全く人気がないはずの倉庫街の一角に車が数台止まっていて、中からは  
怒声と大きな物音を響いてくる。唱吾もその倉庫の中に入っていく。中には見るからにヤク  
ザな男達が正座している暴走族の少年達を取り囲み威嚇している。唱吾はその中で一人の男  
に近づく。パッと見たところ普通のサラリーマンにさえ見えるが、彼がこの中のヤクザのト  
ップであり、それどころかある広域暴力団の幹部でさえあった。  
「今回はお世話になりました。あとでお礼に伺いますので」  
「それには及びませんよ。  
 彼には私は返さなきゃならない恩が山ほどある。  
 こんな事くらいで返せる筈もない程ね。  
 あなたから彼によろしく伝えて下さい」  
「ありがとうございます。それで彼女は?」  
「奥の部屋にいます」  
 
唱吾は急いで奥の部屋に向かう。そこには額から血を流し、床の上に両手に手錠を嵌められ  
た光がいた。殴られたのだろうか、美しい顔にもあおい痣がついて痛々しい。それでも強い  
目の光を失っていないのが光らしいが、唱吾は慌てて駆け寄る  
「大丈夫か」  
「何とかね。まさか物陰からいきなり棒で殴ってくるとは思わなかったから、不意打ち喰ら  
 っちゃったんだ、様無いね」  
傷を負った光を唱吾は助けおこすが、光の足には力が入らないのを、唱吾が肩を貸し何とか  
部屋から連れ出す。  
「彼女の手錠の鍵はどこですか」  
唱吾が男に聞くと、男は目で手下に合図する、それを見て手下が正座している暴走族の少年  
の頭を手加減無しに蹴り始める。ゴツンゴツンバキィと嫌な音が響く。  
「手錠の鍵はどこかな?」  
男が笑いながら少年達に聞く。顔が変形し血を流す少年が震える手で鍵を差し出す。それを  
受け取った男が唱吾に鍵を渡しながら  
「今回の件はこれで許して貰えますか?  
 もちろん今後このようなことがないように  
 私達が彼らには十分に教育しときますから」  
と笑っていう。凄まじい暴力を平然と振るう男に唱吾は言葉もない。唱吾は頷き鍵を受け取  
ると、光はその場で手錠を外すと手錠を尻ポケットに突っ込み唱吾を引っ張って倉庫を出て  
いく。光は額の血を拭いながら、鋭い視線を唱吾に向ける。  
 
せっかく助かったのに、怒っている光に唱吾が訳を聞くと  
「あんた、ああいう連中と付き合ってるの。  
 私もワルやってたから判るけど、ああいうのと関わるとろくな事がない。たとえどんな時  
 でも利用してもされてもツケはこっちに回ってくるんだ。特にあの親玉なんか私が見た中  
 でも群を抜いてる。  
 悪い事はいわない。すぐに縁を切ったほうがいい」  
あまりの剣幕に唱吾はたじろぐ  
「僕の知り合いじゃないよ」  
「それじゃ.....譜三彦の?」  
「それも違う。  
 実はあの人、芯也兄さんの知り合いなんだ。  
 芯也兄さんは水無月家に養子に入る前、施設を出た後、車の整備工場で働いていて、その  
 時不良グループとも繋がりがあったって噂があってね。もしかしたら、暴走族の知り合い  
 でもいるかなって電話してみたら、あんな本物が出てきてしまって、こっちが驚いてる。  
 もちろん水無月の家に入ってからそんな事一つも感じさせた事も無かったけどね。  
 でも、幸運だったのは電話に桜木葉音が出てくれた事だ。もし直接芯也兄さんに繋がって  
 たら無視されてたかもしれない。」  
「芯也さんの.........まさか」  
意外だった。まさか芯也にそんな一面があっただなんて、芯也の事を純粋に信じ、慕ってい  
る葉音の思いを知っているだけに葉音の事が心配だった。  
「葉音大丈夫かな」  
助け出されてすぐ友達の心配をする、そんな光を見て  
「ここを出よう。君の傷の方が僕には心配だ」  
唱吾が優しく声をかける。その言葉にやっと自分の傷の痛みに気づく、なんだか頭もくらっと  
する。  
 
「大丈夫かい。歩ける?」  
「うん大丈夫。歩けるよ」  
二人は唱吾の車に乗り、片岡医師の病院で治療を受けマンションに戻ってきた。頭の傷も何  
とか骨にも異常もなく、もしなにか異常があれば病院にまた来て下さいとの事で帰ってこれ  
た。唱吾は頭に包帯を巻いた光を見て暴走族の少年達に怒りが舞い上がった。本当に無茶苦  
茶な連中だ。女の子にこんなひどい暴力を振るうなんて。今日の事に懲りて二度とこんな馬  
鹿なマネをしない様になるだろうが、唱吾は光を青く痣のついた顔を見て、あまりに痛々し  
い様子に光に言葉をかけるのさえなくしていたが  
「本当にひどい連中だな。女の子の顔をそんなになるまで殴るなんて」  
「まぁ、私も黙ってやられてた訳じゃないから。  
 きっちり、私の顔と同じだけ、痣つけてやったから!」  
と唱吾にガッツポーズを取る。それが唱吾に対して強がっているのが見て取れ  
「いいんだよ。僕には強がらなくたっていいんだ」  
唱吾が光の肩に手をやると、今まで戦ってきた恐怖と救い出された安堵感に、心が一杯になっ  
て耐えきれなくなった光が声を上げて泣き出す。光はケンカをしても、たとえ傷を負ったとき  
でも今まで涙を他人に見せることなんて格好悪い事だと思っていたのに、唱吾の言葉を聞いて  
涙が止められなくなる。  
 
「バカッ、どうしてそんなこというのよ」  
光は唱吾に抱きつき、声を上げて泣き続ける。そんな光を唱吾はただ優しく抱きしめるしかで  
きない。ただただ光は子供の様に泣き続けて、そして泣き疲れて眠ってしまって、それでも唱  
吾から離れまいとしっかりと抱きついたままだった。唱吾は泣きじゃくる光の顔を見て愛おし  
い気持ちが沸き彼女を抱きしめていた。  
 
二人を朝陽が照らし出すまで唱吾はそのまま光を抱き続けた。朝のさわやかな風に光が目を覚  
ます。唱吾が昨日のまま傍にいたことに安心した様に  
「おはよう」  
「傷の具合はどう?」  
「もう、平気よ、それよりずっと私と一緒にいてくれたの?」  
唱吾は照れながら  
「君が泣いてて、離してくれなかったから」  
「それだけ、わたしが泣いて離さなかったから、一緒にいてくれたの?」  
光の瞳がまっすぐに唱吾を見つめる。唱吾ももう、気持ちを隠せなかった。  
「本当は君が好きだから、君と離れたないから」  
その言葉を聞き光はにっこり笑い唱吾に唇を寄せる。光の唇が唱吾に重なる。  
「タバコくさいわよ」  
「そうかい」  
唱吾も笑って光を抱きしめキスをする。そして二人はもつれ合う様に床に崩れ落ちる。  
光が唱吾の首に手を回す。二人は熱いキスを交わす。  
光を抱きしめる唱吾は光の大切な人になっている、唱吾にとって自分はどんな存在なのだろ  
う。『唱吾がすき』という光の心は止めようとしたのに言葉は止まらなかった。  
「歌乃より私の事がすき?私の事を歌乃より愛してる?私の方が大切?」  
唱吾の動きが止まり、悲しい目で光を見つめる。  
 
「どうして言ってくれないの。はっきり言ってよ」  
唱吾は光に回した腕を静かに外し、起きあがる。光の胸に痛みが走る。あのとき私は身代わり  
でもいいって思っていたのに。今私は唱吾にしっかりと自分だけを見て欲しいと思っている。  
他の誰でもない。私だけを見て欲しいって。  
唱吾の唇が動く  
「君を好きなのは本当だ。もう離したくない。本当に本当に好きになってしまったんだ。   
 でも、まだ心の中に歌乃がいるのも事実なんだ  
 まだ君だけを愛してる、歌乃を愛してないって言えない  
 ごめん、こんな中途半端な気持ちで君を抱こうとして  
 許してくれ」  
「いいの、気にしないで」  
そう言うと光は元気に立ち上がる。  
光は唱吾のどこまでも正直な所が好きでちょっと憎らしくもあった。  
 
いつか、あなたに私だけが好きだって言わしてみせるから  
 今日の事は無し、無しにしましょう」  
「すまない」  
うなだれる唱吾に光は軽くキスをする。驚く唱吾に  
「さぁ、私今日から新しい仕事を始めるの。新しい一日の始まりよ  
 おいしい朝ご飯作るからあなたも仕事頑張ってね  
 二人の新しいスタートよ」  
「きみ、その傷で仕事に行くつもり?」  
「あたりまえでしょ。これくらい迫力あった方が先輩方にも舐められなくていいのよ  
 それに悪者に誘拐された美しいお姫様を愛しのダーリンが助けてくれたって大ロマ  
 ンスもあるから注目の的よね」  
「愛しのダーリンって......?ぼくの事じゃ?  
 お姫様って......もしかして君の事?」  
「そうよ。何か文句ある?」  
光が唱吾をにらむ。  
「ないけど」  
唱吾言うと、二人は顔を合わせて微笑む。  
 
光が作った食事を済ませると、台所で後かたづけを始める。出かける準備をしている唱吾に  
「私の事、好きだって言ってくれたの本当よね?」  
光の言葉に唱吾は頷く  
「だから助けに来てくれたんだよね  
 もし、わたしが歌乃の様にあなたの目の前から消えたら悲しんでくれる?」  
「冗談でもよしてくれ、君がいなくなるなんて」  
唱吾の真剣な表情に光は  
「冗談よ、わたしはあなたといる。いいでしょ?」  
「もちろんさ、ぼくと一緒にいてくれ」  
「うん」  
唱吾は光の答えに笑顔で大学に出かけていく。残された光は一人になって  
「どうしてあんなこといっちゃったんだろ」  
あの時歌乃の事を聞かなければ、二人は新しいスタートを切れたのに、あの時何故あんなこ  
とをいってしまったんだろう。  
唱吾にとってどうしてもわたしは歌乃の身代わりしかならないなのだろうか。  
光の頬に涙が流れる。  
 
その日の晩に初仕事を終え光が帰宅したとき、電話にメッセージのランプが点灯しているのを見つけ  
た。なんだろうと思い光が再生ボタンを押すと  
「今日器一兄さんから選抜テストをやるって言われた  
 今日はいつ帰れるか判らない  
 先に休んでいてくれ」  
乾いた声でそれだけ告げると伝言は終わっていた。とうとうまた始まってしまった。テス  
ト関係者の死が続き光は指を失い、学長の水無月奏太郎は重傷を負い、それでもまたテス  
トは続こうとしている。唱吾の事を考えると光は凍り付く。  
「無事に帰ってきて」  
ただ、祈っている光がいる。なにもする気にもならず何も考える事も出来ない。ただただ唱  
吾からの連絡を待って電話の前に座り込む。何時間過ぎただろうか。そう日付さえもかわり  
電気もつけず真っ暗の闇の中に座り続ける光の前の電話機が鳴り、光が飛びつく。  
「もしもし、唱吾!もしもし大丈夫?」  
光は受話器に向かって半ばさけんでいた。  
 
「ああ、ぼくは平気だよ」  
唱吾の声はさっきの電話と同じように声が乾いていて光の心配を増幅させる。  
「今、どこにいるの?」  
「片岡先生の病院だ」  
「どこか悪いの、怪我でもしたの」  
「いや、ぼくじゃない、器一兄さんが..........死んだんだ  
 今日は帰れない」  
「死んだって.........どういう事」  
「また、帰ってから説明するよ。君は先に休んでいてくれ」  
ついに水無月家の中でも死者が出てしまった。光は衝撃で言葉も出てこない。  
聖香はどうしたんだろう。無事なんだろうか?他のみんなは?唱吾はどうしているのだろう  
光は自分の部屋に飛び込み着替えるとマンションを飛び出しタクシーを拾うと病院へ向かう  
タクシーの中での時間がもどかしくて「急いで下さい」運転手に頼む。  
何故か時間がのろのろと進む気がする。  
 
やっとタクシーが病院について病室に向かう、暗い廊下のベンチに唱吾を見つけて声をかける。  
「大丈夫」  
「わざわざ来てくれたの。ありがとう。ぼくは大丈夫だよ」  
俯いたままそういう唱吾の横に座る。  
「他のみんなはどうしたの?」  
「生徒達はみんな家に返したよ。  
 説明を受けに姉さんや、兄さん達は片岡先生の所だ  
 器一兄さんの遺体は司法解剖が必要だって警察の人に言われて  
 僕たち家族も最後の別れをするまもなく警察病院に運ばれて行ったよ」  
「そう」  
「どうなっているんだ、水無月家は  
 ぼく達の都合で君の様に傷つけて、こんなに多くの人が死んで  
 狂ってる。何かが狂ってるんだ」  
「唱吾」  
「でも、ぼくもその流れに逆らえない。逃げ出せないんだ。くそっ」  
光は唱吾の肩に手をやりながら  
「あなたが変えようと思えば必ず変われる」  
光は自分の言葉がどれ程唱吾に伝わったか自信が持てなかった。それでも唱吾の傍にいて  
唱吾の事を見守っていたかった。  
 
「何も食べてないんでしょう。ジュースでも買ってこようか」  
「ありがとう。でもぼくはいいよ.......」  
「無理しないで。ちょっと行ってくる」  
光は自動販売機でジュースを買おうと暗い廊下を進み、階段を下りて売店に向かう。その  
自動販売機の明かりの中に浮かぶ人影が光に声をかけてくる。  
「久しぶりだな。光」  
 
暗い廊下の中に譜三彦の顔が浮かぶ。光がかつて惹かれていた譜三彦の美しい顔にもさす  
がに少し疲れが浮かんでいる。  
光は文彦がこんな場所で自分と突然の再会を果たしたのにあまり驚いていないのが不思議に思えて  
「譜三彦......どうして私がここにいるのかって聞かないの?」  
「俺んち、出て行ってから唱吾の所にいるんだって」  
「知ってるの?」  
譜三彦は光の問いかけに肩をすくめる。  
「まぁな!ご親切に唱吾や兄貴達の行動まで教えてくれる奴がいる。  
 まったく、水無月家の中に魑魅魍魎まで居やがるんだ  
 でも、みんなその化け物にみんな言いなりだ」  
「化け物?」  
「あぁ、人の心に入り込み自由に操り思うがままにする化け物さ」  
「誰なの?それ」  
譜三彦は乾いた笑顔を見せる。それは唱吾とどこか似ていた。以前は唱吾の中に譜三彦の影  
を探していたのに、今は譜三彦の中に唱吾の影を探している自分がいる。  
「人間じゃない。悪魔だよ。誰もが心の中に飼っている魔物  
 誰も逆らえない悪魔が人の形をして水無月家のなかに混じってる」  
「まさか......」  
 
それは誰の事を指しているのだろう。そんな悪魔が身近にいるのだろうか、光の声も微かに震  
える。そんな光を見て譜三彦は声を上げて笑う。  
「あはは、何を本気にしてんだよ!悪魔なんているわけねえだろう!」  
「何よそれ。あんたおかしんじゃない。  
 仮にもお兄さんが亡くなったっていうのにそんな冗談言うなんて  
 不謹慎でしょ!」  
光が怒って言うと  
「変わらねーな。お前は、判りやすい」  
「何言ってるのよ」  
そういう光の傍に譜三彦が近づき、光を抱きしめようとするが光は譜三彦の腕をすり抜ける  
光の顔に浮かぶ悲しげな表情に  
「判りやすいな。お前は  
 あいつのことが、唱吾の事好きなんだな」  
「ごめん」  
「謝る事じゃないさ。光、今、おまえ幸せか?」  
「幸せ?そうね......」  
たとえ歌乃の身代わりでも唱吾の傍にいられればいい。彼の支えになれればいい。今はそ  
れでいいと思ってる。そんな思いを抱いている光の表情を読み取ってか譜三彦が   
「あいつ、まだよちよち歩きの時から鍵二のあとばっかりちょろちょろついていってな  
 苦手なピアノの練習でも鍵二と一緒ならあいつも何とか頑張ってた  
 本当に鍵二のこと好きだったんだろうな  
 そんな、あいつだから鍵二を事故に巻き込んで死なせた俺を凄く憎んで  
 その怒りをまっすぐに俺にぶつけてきた  
 あいつのそんなまっすぐなところは俺は嫌いじゃない  
 きっとあいつはお前を幸せにしてくれさ」  
「うん」   
光の目に涙がこぼれる。そんな顔を譜三彦に見られない様に顔を伏せる。その涙の意味が  
光の心が譜三彦にはよく判った。  
不意に譜三彦は光の唇に口づけをする  
 
「おまえは幸せにならなきゃ駄目だ」  
「譜三彦........」  
「さよならだ。今度こそ、な」  
そう言い残して光を残して暗い廊下に消えていく譜三彦を光は見送る。  
「ありがとう。さよなら」  
初めて出会ったあの夜、ヤクザから逃げ突っ走り夜の海へ二人で飛び込んで以来、二人で  
困難な試験にもいろいろな問題にも立ち向かってきた。  
光の心の重しも譜三彦が見つけ解放してくれ、いつしか譜三彦に心惹かれて好きになって  
いたのに、今はもう違う人に思いがあるのに。そんな私に『幸せになれって』っていって  
くれる変わらない譜三彦の優しさに今は報いる事も出来ない  
「私ってなんなんだろう」  
光はしばらくその場に佇んでいたが、ジュースを買って唱吾の元に返っていく。それが光自  
身が出した結論だった。  
病室の廊下を戻ると唱吾は変わらずにベンチに座っていて、光は唱吾の横にこしをかけて  
ジュースを渡しながら唱吾の顔を見てその目に涙が浮かんでいるのを見つけ驚く  
 
「泣いてるの?」  
「泣いてない、ちょっと目にゴミが入っただけだよ」  
唱吾は子供みたいないいわけしか思いつかない  
「一つ聞いていい」  
「何?」  
「お兄さんが亡くなって悲しい?」  
唱吾達兄弟が学長の座を巡って激しく争っていた兄弟達の死だった。その争いは光達特Aク  
ラスのメンバーから見ても異常で理解の範疇を超えていた。  
「そうだな。器一兄さんもぼくの目的を邪魔するライバルだったから.....  
 器一兄さんには子供の頃からよくからかわれてね  
 兄弟仲もよくなかったな、いや最悪だった  
 いつか、あの人を見返してやるって思ってた  
 死んでしまえばせいせいするっていつも思ってた  
 それなのにね  
 どうして涙なんてでるのかな」  
唱吾の遠くを見つめるその瞳から涙が流れる。  
「よかった」  
「何が?」  
「あなたがお兄さんの為に涙を流せる人で」  
そんな唱吾を光は優しく抱きしめる。『唱吾と一緒に行こう』その思いを一層強く新たに  
していた。そして唱吾も寄り添ってくれる光の暖かさに自分が救われているのに改めて気  
づいていた。  
 
器一の死は事故と事件の両面で捜査される事となって、警察の動きも激しくなり、唱吾も  
何度となく事情聴取に呼ばれて外出の際にはそれとなく行動に警察のマークがつく様にな  
っていた。唱吾は疑われている事を怒っていたが、かえって光はそれで少しは安心していた  
警察が近くにいれば唱吾の身の危険が少しでも低くなる様になるし、監視の目がつけば唱  
吾の無実も証明出来る。一石二鳥とはこのことだ。  
でも、それでもなお光の心から不安が消える事はなかった。  
譜三彦の言った悪魔が水無月家を狙っている事は光にも漠然と判った。悪魔が狙う物の中  
に唱吾の命が入っていない理由はないと思う。  
唱吾がこの学長レースから降りれば悪魔の牙から逃れられるのかもしれない。  
でも光が何度もその話を唱吾にしてみるのだが、答えは決まって  
「ぼくが降りる事は出来ない」  
と言う返事ばかりだった。唱吾が何故そこまで学長の椅子にこだわっているのか光には理  
解が出来ずにいた。その思いをわかりたくて  
「どうしてなの?」  
「それは.......」  
歌乃にも同じように自分の気持ちを打ち明けた事を思い出した。唱吾には母親を取り戻し  
自分と一緒に生活したいという思いで、母の心を壊した水無月の呪縛から助け出したいと  
思っていることを。水無月の全てを握らないと母を取り戻す事はできない  
「お母さんの為に.......」  
「うん」  
「でも、お兄さんが亡くなってそれでも、それでもまだ?」  
唱吾もどうしていいのか悩んでいる様だった。  
「少し考えさせてくれないか?」  
唱吾の言葉に光は喜ぶ。  
「本当?」  
「考えてみるよ」  
少しでも唱吾の危険を減らしたい光にはその言葉が嬉しかった。  
 
「今日も警察に呼ばれてるの?」  
「小暮警部にまた呼ばれてね」  
「あの人、馬鹿じゃないの!あなたと話して人を殺す様な人間かどうか判らないなんて!」  
光が自分の為に怒ってくれるのが唱吾には嬉しかった。  
「君は判るの?」  
「あたりまえでしょ」  
光の言葉が唱吾を勇気づけ、唱吾の顔に笑顔がもれる。  
「ありがとう。それはそうと、君はちゃんと片岡先生の所に行ってるの」  
「検査、検査で大変なのよ。最近はわけ判らないことまでやらされて」  
「何を?」  
「インクの染みみて何に見えるとか?印象に残った夢の話とか家の絵を描けとか、子供の頃  
 の話をしろとか指と全然関係ないじゃない、訳わかんないよね」  
「何それ?」  
唱吾も何だかよく判らないが  
「また、ぼくも一緒に行ってどんな状態か片岡先生に聞いてみようかな」  
「うん」  
「大丈夫さ。きっとよくなる」  
唱吾と光はお互いに支え合い、お互いに無くてはならない存在になりつつある事がより  
確かなものになっているのを二人はしっかりと気が付き始めていた。  
「じゃ、僕は警察に行ってから仕事に行くよ」  
「夕ご飯つくって待ってるから、早く帰ってきてね」  
「わかったよ、行ってくる」  
光はこんな、なにげない会話がいつまでも続けられればいいなと思いながら出かけていく唱  
吾を見送った。  
 
しかしそしてその晩帰って来た唱吾はなにか様子が変わっていて、光には唱吾がなにかひ  
どく難しい問題を抱えている様に見えた。  
「どうしたの?」  
光の問いかけに唱吾は  
「明日、また試験がある。  
 ぼくは試験を降りない事に決めたよ」  
「どうして?考えるって言ってくれたのに」  
「それは.....そうするしかないいんだ。そうするしか.....」  
「訳わかんないこと言わないでよ!理由を説明してよ」  
「ぼくには.....ぼくのやりたいようにさせてくれ」  
唱吾の言葉に光は納得できなくて、いらつき髪の毛に手をやり思わずかき乱してしまう  
「明日はどんな試験なの?」  
「よく、わからない。ただ試験会場は今入港中の豪華客船だって」  
「わたしも一緒に行っていい」  
光が聞くと唱吾は大きな声で  
「駄目だ。絶対に!!」  
「どうして」  
「器一兄さんのこともある。きみが危険な目に遭わないとも限らないだろ」  
「危険?あなたはどうなの。あなたこそ危なくないの」  
「ぼくは大丈夫だ」  
「どうしてそんな事言えるのよ」  
「ぼくは大丈夫なんだ」  
そしてそれ以上唱吾は何も答えなくなった。気まずい中で二人は食事を済ませると唱吾は  
自分の部屋に閉じこもってしまう。  
 
光は唱吾が悪い方向に進みつつある予感に胸が押しつぶされ、その夜はついに眠る事が出  
来なかった。  
次の日の朝早くそっと唱吾は部屋を出て駐車場に向かった。  
もう危険な事には光を巻き込みたくない。  
一人車に乗り込むと試験会場へと車を走らせた。  
ANGEL,DEVIL,GODの対決の場へと思いをはせていた。  
 
しかし唱吾がもう少し廻りに目を配っていたら気が付いたかもしれない  
唱吾の車の後を少し離れてついてくる光のバイクに  
 
 

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