放送終了後の展開を予想  
 
真犯人を見つけだす為に小暮警部は唱吾に協力を求めていた  
真犯人は小暮警部達、警察に協力して完全に欺いているつもりでいる。  
そこを逆手に取った作戦だった  
 
「小暮警部、でもこれってひどくないですか?  
 確かに、犯人役は引き受けましたが、僕の母親が片岡先生ってどういうことですか?  
 僕がよその子だって器一兄さんにからかわれたことはあるけど  
 僕の母は水無月千世一人です。  
 それに片岡先生は医学会でも名の通った医学者ですよ!  
 僕はいいとしても、片岡先生がよく承知して下さいましたね」  
小暮警部は唱吾に説明用の捜査資料を渡しながら  
「まぁまぁ、お話が出来ていないとね  
 片岡先生は若い頃の病気が原因で子供が出来ない体になってしまい  
 結婚をあきらめ、医療に人生を捧げられたそうです  
 そして、水無月家と親交のあった先生が唱吾さんの名付け親になられた  
 唱吾さんには我が子同然の思い入れもあるとおっしゃってましたよ  
 器一さんが襲われ確実に唱吾さんも襲われる事になるだろうと  
 言ったら、片岡先生は自ら進んで協力を申し出て下さいました。  
 相手は、私達の想像を遙かに超える相手ですから  
 私達、警察が唱吾さん達を母親殺しの現行犯として逮捕し、真犯人が油断する  
 そのときが、犯人逮捕の最後のチャンスです。危険な賭ではありますが.......」  
最後のチャンス、まさにそうだろう。犯人は人の心を持たない悪魔だ。  
悪魔を人が捕まえることは、とても難しい。  
榊アツミのときのような幸運な偶然でも重ならない限りは。  
あの時でさえ大きな犠牲のうえに成りたった逮捕であったから。  
今度もあの時の様な悲劇が繰り返されるのだろうか?  
しかし、もし、本当に犯人を捕まえるチャンスがあるとすれば  
それは天使が、悪魔の心のありかを見つけ出しだしたときかもしれない  
葉音から貰ったクリスタルのハートを見ながら小暮警部は考えていた  
 
「それで、器一兄さんは今どうしているのですか?」  
唱吾は小暮警部に尋ねる。  
「間一髪でしたな、もし片岡先生がおられなければ命はなかったでしょう  
 今は警察病院へ秘密裏に転院して頂きましたが  
 重傷を負われていますので、まだ大変な状態で、予断を許されないとのことです」  
器一は聖香をかばって受けた傷で、危篤状態に陥ったが、何とか命だけはつなぎ止めている  
しかし、このままではまた犯人に襲われる可能性があるし、また、真犯人を誘い出す為に  
犯罪被害保護プログラムを適用し器一が死亡したことにしている。  
このことを知っているのは警察関係者でも一部で、あとは唱吾、片岡医師、そして今も器一に付き添い看病をして  
いる聖香くらいで、器一の妻でさえ生存していることは知らされていない極秘事項であった。  
 
聖香は『病室ってどうして、どこも同じなんだろ』と思う  
私もこんな風に何日も、何日もベッドからグレイの壁を見つめ続けたから、そして今私がしている様に  
母がただ、私を見つめ続けていたっけ。ただ、おろおろとベッドの上で動けない私を、涙を浮かべて.......  
私はそんな母をうとましく思っていた。  
『ほっといて』  
『私を一人にして』  
もし、あの時人工呼吸器が私の口を塞いでいなかったらと思うとぞっとする。  
たぶん、馬鹿な少女が思いつく限りの悪態を、とめどなく、ぐるぐると繰り返していたに違いない。  
苦しむ娘に、自分の無力さを知り、ただうろたえる母親に向かって......  
今の私の顔を鏡で映してみると、あの頃の母と同じ表情をしているに違いないと思う。  
 
聖香ははじめてここに来たとき器一の傍にいてずっと看病をしたいと申し出たが  
「ここは24時間スタッフが看護体制がいるから大丈夫よ  
 あなたは、まず、自分の体のことを考えなさい」  
片岡医師から諭された。聖香の心臓は少しの無理も許してくれない。  
無茶をすることは即、死に繋がることにもなりかねないからだ  
「少しくらいなら大丈夫です。ピアノを弾き続けても平気だったし」  
「心臓はね、体力の影響が勿論一番大きいけど  
 それ以上に心の影響も受けるものよ  
 あなたが器一さんの苦しむ姿を見て平気でいられるとは思えない  
 私達のことも信頼して任せてくれる」  
1日に2時間、ただそれだけが聖香に許された器一との時間であった。  
 
ずっと意識を取り戻していない器一の手にそっと手を寄せる。その指の温もりが彼が生きている  
確かな証拠の様に思えてただ器一の指に自分の指をからめる。  
ただ、いまベッドの上で横たわる人の痛みを少しでもあげたい。しかし、自分に出来ることはただ  
この人の手を握ってあげることくらいしかない。  
「はやく、目を覚まして.....」  
聖香がささやく。それに答える声は返らない。  
「器一さん」  
聖香が彼の名をこうして呼ぶのはいつからだったろうか。  
「器一さん」  
包帯が巻かれ、呼吸器に顔を覆われいる彼の顔を聖香は見つめる。  
ただ、まぶたを閉じて眠っている、彼を聖香は見つめるしかない。  
自然と涙があふれてきて、聖香の頬を伝わる。  
『泣いちゃ駄目』と、顔を伏せ声を噛み殺そうとする。  
そんな器一の手を握る聖香の指に微かな動きが伝わる。  
聖香が驚いて顔を上げる。  
「どうして、泣いてるんですか?あなたに涙は似合いませんよ」  
器一が意識を取り戻しての初めての言葉だった。  
「あなたのせいです。どんなに心配させたと思っているの」  
聖香は精一杯の強がりで虚勢を張る。  
涙が止められない。  
聖香はすぐにナースコールのボタンを押す  
病室にすぐに医師と看護師が飛び込んできた。  
 
医師は器一を診察し、「痛いところは?苦しいところは?」の質問を器一にする  
「痛まないところはありません。何とかして下さい」  
器一の答えを聞きながら、診察をすませた医師は聖香に向かって  
「峠は越したようです。よかったですね」  
聖香は涙を抑える。自分の心が走り出さない様に。  
でも、心のそこからの安堵と喜びがわき上がってくるのは止められなかった。  
 
器一が意識を取り戻してから数日がたとうとしているが、病状に変化はなかった。  
器一の傷はかなり重く、いまだに絶対安静の状況が続いている  
自由にに動かせるのは、わずかに指先程度と  
ごく短い簡単な会話だけであった  
「どう、具合は」聖香の問いかけに  
「大丈夫です」器一の答えはいつもそうだった  
『私と同じだ』聖香も入院していたとき、母親や見舞客に同じように「大丈夫」としか答えなかった  
誰かを心配させることも嫌だったし、同情されるなんてプライドが許さなかった。  
精一杯の去勢  
そんなところが自分と器一の似ているところかもしれない。  
そんな彼を好きになったのかもしれない  
彼の傍にずっと一緒にいられないことも判っている  
でも、今は彼の傍にいれるだけで幸せだった  
 
翌日久しぶりに片岡医師が器一の元を訪れていた。  
片岡医師も明日にも小暮警部の筋書き通りに殺人未遂の現行犯として逮捕される事になったことを  
器一に報告に来たのだ。  
まだ器一は起きあがることもまだ不可能な状態だったが  
目を伏せ、片岡医師にわびる  
「すいません、水無月家のことでご迷惑をおかけします」  
「気にしないで  
 私とあなたのお母さんとはもう何十年にもなる付き合いになるし  
 子供がいない私にとってあなた方は本当に他人の様な気がしないの  
 それに、今度の事件はこうでもしないと  
 幕が下りそうな気がしないの」  
「すいません..........」  
「大丈夫よ  
 あなたは自分の体を元に戻すことだけを考えて  
 退院できる頃にはすべての決着が付いているでしょう」  
片岡医師は笑顔でそう言うと器一の病室をあとにする。  
 
その片岡医師を聖香が追いかける  
「片岡先生」  
「どうしたの?聖香さん」  
「すこし、お聞きしたいことがあって」  
「器一さんのこと?」  
「いえ、私の体のことです」  
 
聖香の心臓手術には片岡医師も参加していた。その、難易度は非常に高く、学会でも注目を集めていた  
程であった。聖香の心臓の状態は予想以上に悪く、困難を極めたが、結果は大成功に終わった。  
聖香は命を取り留めた。  
いくつもの制約が付いてはいたが  
 
どういうことかしら?」  
「私の心臓の状態で、将来結婚したり、子供を持つことは不可能でしょうか?」  
片岡医師は聖香の顔をじっと見る。  
思い出していた。昔、自分も病気で子供がもてないと知ったとき、あんな顔をしていた様に思う。  
自分の身の不幸を呪った。なぜ自分だけがこんな目にと思った。  
あの時、私にも好きな人がいたのに。でも、子供が出来ない体になったとき、自分から身を引いてしまった過去を。  
この娘も、いまそんな思いの中にいるのだろうか?  
「あなたには、あの時教授から治療に関する説明がされているでしょう  
 今のあなたの心臓では、結婚生活はただ寿命を縮めるだけにしかならないわ  
 結婚以外にも幸せを見つけることは出来るでしょう」  
聖香には少し酷な言い方かもしれない  
しかし、医師としては患者には正確な情報を伝える。その上で、治療の方針を考えるというのが片岡医師の方針だった。  
「でも、何か方法が........」  
聖香の必死な問いかけに、昔の自分をだぶらせる。  
自分は命と引き替えにそれらを失った。そのときのむなしさを。  
それをこの娘に味合わせたくない  
「方法は、あるわ。  
 あの時あなたの体の状態では選択できなかった方法  
 心臓移植よ」  
あの当時、聖香の心臓の状態では提供者が現れるまでとても待ってはいられない程状況は切迫していて  
手術しか選択肢はなかった。そして手術は成功し、聖香の命は守られている。  
その時点で、心臓移植という選択は消えていた  
 
「心臓移植をすれば、私も普通に生活し、恋したり、子供も........」  
「もてるかもしれない  
 でも、日本では手術例はとても少ないの  
 私が以前働いていたUCLA救命センターなら約100例もの手術例があるわ  
 ただし、いまのあなたの状態ならまがりなりのも普通に生活が出来る  
 わざわざ、そこまでリスクを冒す必要があるのかどうか  
 提供者が現れあなたに順番が廻ってくるのを  
 アメリカですっと待ち続けないといけないのよ」  
片岡医師は器一の病室を振り返る  
「まぁ、あなたならその心配は無用でしょうけど莫大な費用もかかるし  
 好きな人と何年も何ヶ月も離れないといけない。それでもいいの?」  
聖香は顔を赤くしながら  
「そんなんじゃありません」  
小さな声で答える。  
「少し考えてみて。わたしも明日から拘置所暮らしだし時間はたっぷりあるわ  
 あなたに最善の方法を私も探してみるから」  
そういうと片岡医師は立ち去っていった。  
 
もうすぐ、この事件の幕を降りる。  
 
片岡医師の決断により、歯車は着実にその方向に進み始めていた。  
 
あっという間に日々が流れていく。  
芯也が学長の椅子に座ることとなり、芯也と葉音の幸せな結婚式がとりおこなわれた。  
すべては、幸せの名の下に過ぎていくはずだったのに  
 
だが、最後の悲劇は一発の銃声を轟かせ幕を降ろし、すべての事件は解決した。  
 
成田空港  
航空会社のカウンターの前で聖香と片岡医師がアメリカ行きのチェックインを行っている。  
聖香は、自分の未来を決断した。心臓移植を受けることを。  
そして、つい1週間前に事件が解決し、唱吾とともに保護プログラムの終了と名誉回復を終え  
た片岡医師にアメリカに一緒に行ってくれる様に頼んだのだった。  
片岡医師は積極的に動き、UCLA救命センターで聖香が治療を受けられることが決まった。  
そして今日が旅立ちの日だった。  
 
聖香を見送りに器一と唱吾歌乃の3人がやって来ていた。  
器一はまだ一人で立てる状況ではなく、車椅子に乗っている、まだ、顔や腕に包帯が残って、痛々しい  
聖香をさらに驚かせたのが、唱吾と歌乃であった。  
歌乃は選考レースから落脱して、唱吾が犯人として逮捕されて以来プッツリと消息を絶っていて会うこと  
がなかったから。  
久しぶりに見る歌乃は少し感じが違っていた。それは女性なら誰でも敏感に感じることが出来るのかもしれない  
「歌乃。もしかして、赤ちゃん?」  
歌乃は少し照れながら頷く。  
「お父さんは?」  
聖香の問いに歌乃は唱吾の方を見る。少し驚いた聖香だが  
「そうなんだ。唱吾さん、歌乃を絶対幸せにしてよ!!」  
「え、えぇ、勿論。幸せにします」  
唱吾の言葉に、歌乃も嬉しそうに  
「本当に?大丈夫?」  
「頑張るよ!」  
必死になっていう唱吾を見て聖香も  
『そうだな、唱吾なら、歌乃を幸せにしてくれるだろう』と思った  
 
歌乃と今までのことを聞いていると突然  
「あっ」  
歌乃が小さな声をあげる  
「どうしたの」  
「触ってみて」  
聖香が聞くと、歌乃は聖香の手を自分のお腹に導く。  
聖香は優しく歌乃のお腹に手を当てる  
トン、トン、トンと歌乃のお腹の子供が動くのが伝わってくる。  
新たな、そして神聖な命の鼓動。  
「お腹の赤ちゃんも聖香ちゃん、頑張ってって言ってるよ」  
歌乃が優しく微笑む。母親が持つ優しい笑顔。  
聖香は自分もいつかこんな風に微笑む事が出来る日が来ると信じたかった。  
 
そして歌乃に促され器一の所へ向かった  
 
行ってきます」  
聖香が微笑むと  
「あなたなら、大丈夫です」  
器一も微笑む。本当ならもっともっと言いたいことがいっぱいあるのに、それが言葉になって出て  
こない。似たもの同士の二人であった。  
器一は聖香に  
「あなたに受け取って貰いたいものがあるんです」  
小さな箱を手渡した。  
「中を見てもいいですか?」  
「もちろんです」  
中には、器一が愛用している腕時計が入っていた。  
「あの時、檻の中でどこかにぶつけてしまって動かなくなっていたんですが  
 やっと、修理ができてきました。  
 今の時計の針はあの檻の中で止まってしまった時間のままでますが  
 あなたが手術に成功し日本へ帰ってくるときには  
 この時計の時間を進めて下さい  
 また、お会いしましょう」  
聖香の頬に涙が流れる  
「どうして、泣いてるんですか?あなたに涙は似合いませんよ」  
「あなたのせいです。どれくらい私があなたのことをすきだか判ってるの」  
聖香は腰をかがめ、器一の唇にキスをする  
「あなたは判っていますか?僕が君をどれだけ愛しているか?」  
二人はきつく抱きしめ合った。  
 
あれから1年二ヶ月がすぎた。  
成田空港にアメリカからの飛行機がいつもの様に着陸した  
その飛行機から降り立った、一人の女性の腕には、男性用の少し大ぶりの時計が巻かれている。  
勿論、その時計は着実に時を刻んでいた。  
 

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