「珍しいですね、子供みたいに目を輝かせてるあなたは。・・・・・・子供の頃好きだったんですか?」
「・・・・・・私にだって過去を懐かしみたい時ぐらいあるわ」
からかいの言葉に返ってきた返事を聞いて、器一は堪え切れずに笑みを零した。
いつもクールな聖香が、今はまるで幼子のように目を輝かせている。
思い出しているのだろうか、自分がまだ他の子供と同じように走り回れた頃の事を。
その後ろ姿を見ながら、器一は目を細めた。
――――年は取っておくものだな・・・・・・私があと10歳若かったら、彼女に手を出さずにはいられなかった――――
器一は気付いていただろう。その時呟いた心の声は、自分に言い聞かせるような響きも帯びていた事に。
例え年齢を重ねていたとしても、自分を抑える事を知らなければ、器一は間違い無く聖香を自分のものにしようとしたに違いない。
彼女は美しい。容姿も・・・・・・その純粋な心も。
彼女に接する事で、器一は自分の中で何かが変わっていくのを自覚していた。
そして今、器一は大きな岐路に立たされている。心臓に病を抱えた彼女を、このままこのレースに参加させるべきなのか、否か。
もし、この先が逃れようのない地獄へ続く下り坂だとしたら。
少しづつ近付く地上を見ながら、器一は学長の座と聖香の未来を天秤に掛け始めていた。