「うっふっふっふ、これを入れればぁ、完成ねぇ」  
廊下の端にある一室からそんな声が漏れていた。  
部屋の入り口には、『ユメミの薬剤庫』とプレートがかかっている。  
ここは、精霊省気象制御室、東亜支局。  
魔法薬学博士であるユメミは支局の薬剤の管理、調合を受け持っている、のだが  
実質ここはユメミが暇な時に魔法薬の研究をする場所になっている。  
薬ビンが大量に並ぶ棚の前に、いつもの机と調合器具を並べてユメミが座っていた。  
 
「う〜ん、なんだかぁ、反応が遅いわねぇ」  
なかなか反応が始まらない状況にじれて、ユメミがフラスコを振りながらつぶやく。  
だが、いくらフラスコを振っても薬品に望んだ変化は起きなかった。  
「またぁ、失敗しちゃったかなぁ?」  
調合する分量がつかめなくて何度も失敗したため、薬ビンはもう空である。  
卸しにある薬は、後一回分作れるか作れないか程度の量しか残っていない。  
これを失敗してしまうと もう後がないのだ。  
「触媒を使うのはぁ、嫌なのよねぇ」  
ユメミはため息を吐くようにそう呟いて、虚空から小さな薬ビンを取り出した。  
触媒は反応を劇的に進めてくれるのだが  
効能が弱まったり、意図しない副作用が出たりと、いろいろと弊害もあるのだ。  
何より触媒を使うとなんだか負けた気分になるのがユメミは嫌いだった。  
 
薬ビンからフラスコに一滴たらすと、たちまち反応が始まる。  
「うん、いい色だわぁ」  
ユメミはフラスコに顔を近づけ変化を確かめていた。  
化学反応により薬品の色が変わっていく。  
「でもぉ、ちょっと反応が早すぎぃ・・・、――!?」  
ユメミはあわててフラスコを投げ出す。  
薬品が急激な過反応を起こしていたのだ。  
しかし、少し遅かった。  
「!!!!〜〜〜〜〜〜〜!!」  
突沸を起こし、フラスコから吹き上げた薬剤をもろに浴びてユメミが転げまわる。  
「ひーん、瞬間冷却『ひえひえλ3号』ひえひえ君散布ー!!」  
たまらずユメミが魔法薬を散布すると  
ユメミの体だけでなく周囲の気温が一気に下がった。  
「あつかったよぉ・・・」  
そう呟きながら周囲の惨状を見まわす。  
「うう、これはぁ、始末書ものかなぁ?」  
薬剤を急激な変化から守るための薬剤庫は 壊滅的な被害を受けていた。  
 
「ファムが見に行くのだ」  
「ライチが見に行けばいいんだニャ」  
廊下に出たあたしに、そんな二人の声が聞こえてきた。  
「ライチ。 ファム。 二人とも何やってるの? 」  
「うぁわぁあっ!!」 「ふぎゃー!?」  
そんな二人を見つけて、後ろから声をかけると二人が飛び上がった。  
「そんなに驚かなくてもいいじゃない。  
 それとも、また何か失敗して隠してるの?」  
「ミリィ、それは酷いニャ」 「そうだ、失礼なのだ」  
言い返してきた山猫精霊が、ファム。  
そして、中華服にめがねの女の子がライチだ。  
「冗談よ、それで二人は何してたの?」  
「なんだか変な声が向こうの廊下からするのだ」  
「まるで発情期の喧嘩の声なんだニャ」  
ライチが向こうの廊下を手にした扇子で指した。  
確かに何者かが唸っているような声が聞こえてくる。  
 
「う〜〜〜〜〜、中に入れないよぉ」  
薬剤庫の前でユメミがうなっていた。  
扉にはイツミさんの字で【ユメミ立ち入り禁止】の貼り紙がある。  
おそらく立ち入り禁止結界が張られているのだろう。  
「ユメミ。 また何かやったの?」  
「ふぇ〜〜ん、ミリィ。 どうしよぉ。 これじゃぁ、お薬が作れないよぉ」  
訊ねたあたしにユメミが泣きついて来た。  
 
泣くばっかりで、さっぱり話の通じないユメミを個室に連れてきて  
あたしはお茶を飲ませていた。  
「まず落ち着きなさいよ。  
 騒いだって、立ち入り禁止結界がなくなるわけでもないでしょ?  
 それに魔法薬くらい、あそこじゃなくても作れるでしょうが」  
「霊術がうまく使えなくてぇ、虚空につなげられないのよぉ。  
 これじゃぁ、当分、元に戻る薬は作れそうにないわぁ」  
お茶を飲んで落ち着いてきたのか、ようやくまともな答えが返ってきた。  
「霊術が使えない? ユメミいったい何を作ったの?」  
「霊力の操作を〜補助する薬を作ってたんだけどぉ  
 ちょっと失敗してぇ、薬を浴びちゃったのよぉ  
 すっご〜く、熱かったんだからぁ」  
さっきまでべそをかいてたくせに、薬の話をさせるといつもの調子に戻ってくる。  
さすがユメミだ。  
「あははは・・・、そりゃ災難だったわね」  
「ほんと災難だったわよぉ。  
 おかげでぇ、薬剤庫がめちゃくちゃになっちゃうしぃ。  
 変なものは生えてくるしぃ」  
「変なものって、尻尾でも生えてきたの?」  
妙なことを言い出したユメミにあたしがたずねると  
「うぅ、いくらミリィでも見せるのはぁ、ちょっとぉ恥ずかしいよぉ」  
ユメミが珍しく赤い顔をしてうつむいた。  
 
「何を言ってるのよ、見ないと霊術が使えない原因がわからないでしょうが」  
「理系が苦手なミリィに見せたところでぇ、原因が判るとはぁ思えないんだけどなぁ」  
ユメミはぶつぶつと呟きながらも服を脱ぎ始めた。  
「ミリィ、これどうやって脱ぐんだっけぇ?」  
「自分の服でしょ、なんで覚えてないのよ!?」  
精霊は着替えという行為をあまりしない為、たまにこういう人がいる。  
「ごめんミリィ、ちょっと手伝ってぇ」  
「わかったわよ。ほら後ろを向いて・・・、  
 ユメミ、スカートに薬ビンか何か仕込んでるんじゃないの?  
 引っかかって脱げないわよ」  
スカートを下ろそうとするのだが、何かが引っかかっているようだ。  
「えぇ〜、何も仕込んでないわよぉ?」  
「仕込んでないって、現に引っかかってるじゃない。  
 ・・・なっ、何よこれぇ〜〜!?」  
前に回ったあたしの目に、とんでもないものが飛び込んできた。  
「あー、そっかぁ忘れてたわぁ。  
 お薬のせいでぇ、陰核がぁ肥大してるのよぉ」  
こんな大きなものを忘れてたとはどういうことよ?  
 
ユメミによると、これは体内に取り込まれた魔法薬が  
霊気放出を緩衝して一時的に溜め込むために、霊力と関係のある部分が肥大化してるらしい。  
「胸もぉ、少し大きくなってるみたいなのぉ、ちょっと服がきついねぇ」  
「何か治療方法はないわけ?」  
「霊力と一緒にぃ、お薬の霊気を放出できればぁ、治ると思うんだけどぉ。  
 霊術がぁ、使えないとどうしようもないのよねぇ・・・。  
 お薬の霊力がぁ自然に消費されるのを〜、待つしかないと思うわぁ」  
「それって、お酒やお茶を飲んじゃ駄目って事だけど・・・」  
そう、新たに霊力を取り込んでなんていたら、いつまで立っても薬の霊気が消費されない。  
「・・・・・・、えぇ〜っ!? 」  
「ひょっとしてユメミ、気づいてなかったの?」  
お酒を飲む事と霊力を取り入れる事がつながってなかったのね。  
ユメミらしいといえば、ユメミらしいけど・・・。  
「そんなことぉ、考えもしなかったよぉ。  
 また禁酒なのぉ!?」  
とてもじゃないが、このユメミがそんな事をできるとは思えない。  
何かほかの方法を考えないとね。  
 
「ねぇ、ミリィ。これってぇ男性器として機能するのかなぁ?」  
いきなりとんでもないことを聞いてきたユメミに  
あたしは飲みかけていたお茶を吹きかけてしまった。  
「ミリィ、酷いよぉ」  
「いきなり何てこと聞くのよ!!」  
ハンカチをわたして、びしょ濡れになったユメミの顔を覗き込む。  
「男性器って、ユメミ何考えてるの?」  
「霊力を消費する手段としてぇ、ちょっと思いついただけだよぉ。  
 性交もぉ霊力を大量に使う方法のひとつだよねぇ?」  
ユメミがハンカチで顔を拭きながら、平然とそんなことを口にする。  
なんだかすごく嫌な予感が・・・。  
「ふっふっふ、ミ〜リィ〜」  
「ユメミ。 あたしイツミさんに用事頼まれてたの思い出したから、この辺で失礼するね」  
「そ〜は、いかないわよぉ。 『しびしびη』こと感電君、GO〜!!」  
逃げ出そうとしたあたしに、ユメミは魔法薬のビンを放り投げてきた。  
とっさに風の盾で防御する。  
「そ〜んなのぉ、感電君には利かないわよぉ」  
感電君のビンから青白い電光が走りあたしを直撃する。  
悲鳴を上げる間もなく、あたしの体は動かなくなった。  
 
 
いつの間にかあたしはソファーに横たえられていた。  
「あっ、ミリィ。 このアンダー、温泉で買ったやつだねぇ、まだ着けてたんだぁ」  
ユメミは楽しそうに私の服を脱がしながら、そんなことを訊いてくる。  
雷撃でまだ痺れてるんだから、答えられるわけないでしょ?  
「あ〜、やっぱミリィ、怒ってるねぇ」  
あたりまえよ。  
「でもぉ、ミリィだって私の事好きだしぃ、いいかなぁって思ったのぉ。  
 こんな事にならなかったらぁ、考えることもなかったと思うけどぉ。  
 でもぉ、やっぱり好きなものはぁ、欲しいんだもん。  
 だからぁ、ミリィを貰ってもぉいいよねぇ?」  
にこーっと、いつもの笑顔を浮かべたユメミが、あたしの顔を見下ろしていた。  
たぶん、痺れのせいなんだろう。  
あたしは拒否の表情を作ることができなかった。  
 
体は動かないけど、感覚だけは過敏なくらいにはっきりとしていた。  
そんな あたしの体を アンダーの下にもぐりこんだユメミの手が  
触れるか触れないかくらいの加減で撫で回している。  
気持ちはいいのだけど、くすぐったい。  
「あれぇ? ミリィ、なんだか嬉しそうだねぇ。  
 じゃぁ、この辺もぉやってあげよぉかぁ」  
ユメミの手がゆっくりとわき腹に下りてくる。  
期待なのか不安なのか、ぞくっと背筋に何かが走った。  
「うふふ、ミリィ〜。すごくいい顔してるねぇ。  
 なんだかぁ、キスしたくなっちゃったよぉ」  
わき腹のすぐ上まで迫った手を止めて、ユメミが顔をそっと近づけてきた。  
いつものユメミの顔じゃない。  
いつもよりずっと、楽しそうで、嬉しそうで、きれいだった。  
「ミリィ。 キスしていいよねぇ?」  
あたしは、いいよっていう顔をしていたんだろうか?  
ユメミはにっこりとうなずいて、唇を重ねてきた。  
それに合わせて手が―――。  
軽く意識の跳びそうになったあたしの体を ユメミがぎゅっと抱きしめてくれる。  
あたしはユメミのそんな優しさが好きだ。  
ユメミに答えたかった。  
あたしは何とか動く唇で、そっと重ねられただけのユメミの唇を吸う。  
「ミリィぃ。うれしいよぉ・・・」  
ユメミの軽くなでるような口付けが、許されたと知って唇で食む愛撫に変わった。  
あたしの唇を軽くはさんでは、そっと舌でなめたり、ちゅっと小さな音を立てて吸ってくる。  
 
あたしを抱きとめていた腕がそっと放された。  
その時に離れた唇を再び合わせながら、ユメミの手があたしのアンダーを脱がそうとしている。  
何となく もどかしい。 ユメミの体が離れているのがさみしい。  
霊術で衣服を消し去りたかったけど、あたしの体は麻痺したままだ。  
ようやくユメミが私の服を脱がし終わって、抱きしめてくれた。  
柔らかなユメミの体を感じてほっとする。  
「ん・・・、ふ・・・、ミリィ。」  
合わせたままの唇から漏れた唾液をそっとぬぐって、ユメミの手があたしの素肌にふれた。  
打撃を受けた後のような熱が、そこからじわりと広がってゆく。  
快感の声を出しているはずの あたしの口からは、小さなため息が漏れているだけだ。  
声をあげることができるなら、もっと気持ちがいいのだろうか?  
「ミリィ・・・、ミリィ・・・」  
ユメミはうわごとのように、あたしの名を口にしている。  
自然と口に出ているのだ、あたしも同じ気持ちだった。  
そんなユメミの手は、ひとつひとつ、確かめるようにあたしの体に触れている。  
ユメミが快感を与えるたびに あたしの体が熱を持っていくのがわかる。  
あたしの体は確実に溶け始めていた。  
生気が体から溶け出しているのを感じる。  
 
「ん・・・、ミリィ。 熱ぅ・・・い」  
ユメミの手がようやくそこにふれた。  
世界が真っ白になる。  
期待していたはずの快感なのに、その強さから意識を逃がしてしまった。  
いつの間にか止まっていた息を吐いて、あたしは快感に備える。  
「濡れてるよぉ、ミリイぃ。 もっとぉ、溶けてぇ」  
ユメミの手がそこをさすりだす。  
麻痺した体は快感に耐えることができない。  
ユメミが与える快感は、制御のできないあたしの体を侵食する。  
立て続けに与えられる快楽に、あたしの呼吸が追いつかなくなってきた。  
「ミリィ、大丈夫ぅ?」  
愛撫に夢中になっていたユメミが、ようやくあたしの状況に気がついた。  
不安そうに見つめるユメミに何とか笑いかける。  
「ミリィぃ、好きだよぉ」  
ユメミは笑顔で答えてくれた。  
 
ユメミにもっとってねだりたい。  
お返しにユメミに触れたい。  
ユメミに抱きついてキスしたい。  
だけど、体は動かないままだった。  
 

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