「えいっ!」鋭い気合と共に、錫杖を振り下ろす。
「どわぁ〜」なんだか、情け無い悲鳴をあげながら
「大自然の会」のゲリラが、跳ね飛ばされていく。
一人一人のゲリラは、弱い。
だけど、その弱い敵に幾重にも囲まれて、
あたしたちは身動きが取れなくなっていたんだ。
「ミリィ〜、私も手伝おうかぁ〜」
防寒着で着膨れたユメミが声をかけてきてくれたけど、
いまここで手を離したら、季節外れの暴走低気圧が、
弓状列島に一直線で上陸しかねないんだ。
ゲリラとの戦闘に手を取られてしまって、
低気圧の制御をしているのは、ユメミだけだった。
今、彼女を戦闘に巻き込むわけにはいかない。
「だいじょうぶよ! ユメミは低気圧に専念して!」
芸も無く真正面から挑みかかってきたゲリラを、
錫杖で横薙ぎにしながらユメミに叫び返した。
「ユナちゃん! キャサリンさんと、気象防衛隊に連絡付いた?」
「どっちもダメですぅ!
防衛隊は、こっちに向かっているとしか分らないですぅ!
キャサリンさんには、ぜんぜん連絡とれませぇん!」
ユナちゃんに連絡状況を聞いたけど、こっちも手詰まりみたいだ。
ユナちゃんはライチが張った防御結界の中で、
連絡業務に当たっていたんだ。
結界を張っているライチも、疲れてきてる。
結界の中の下級精霊たちにも、疲労の色が濃い。
そもそも、この騒動の原因のキャサリンさんと連絡がとれないって、
どうゆうことよ?
***
事の始まりは、運命室からの、中規模の冬型低気圧調達の
依頼だったんだ。
キャサリンさんが名乗りを上げて、地上界に乗り出したんだけど、
あろうことか、台風並みの低気圧を作り出してしまったのよね。
イツミさん直々に、あたしとユメミに事態収拾の指示が出て、
現場に来て見れば、「冬台風の美学!」とかのたまう
キャサリンさんと、霊光弾の撃ち合いになったんだ。
ようやくキャサリンさんを追い払ったら、弓状列島はもう間近。
地上界の放送では、上沢予報士がアロハシャツみたいな柄の
ドテラを着て、「この時期に台風接近だなんて、珍しいねぇ」
なんて言ってるし。
たまたま、近くで作業中だったフェイミンさんとユナちゃん、
あと、コサミのお爺ちゃんの特訓を受けていたライチとファムの
手を借りて、ようやく低気圧を制御できたと思ったら、
今度は大自然の会に捕まってしまったんだ。
それから、延々と激しい戦闘が続いているのよね。
「ミリィ〜、もう限界なんだにゃ」
身体のあちこちがボロボロになったヤマネコ精霊のファムが、
そんなことを言ってきた。
霊力を消耗しないために、直接爪でひっかく戦法を取っていたんだ。
「霊力をキープしての持久戦は、もう限界ですわ。
霊光弾の集中射撃で、敵を一挙に殲滅することを具申いたします」
今度は、フェイミンさんだ。
努めて、疲れた様子を表に出さないようにしてるけど、
彼女も限界すれすれなのが分る。
言葉の端々で、息が上がっているんだ。
あたしも、ユメミには「だいじょうぶだ」なんて言ったけど、
さすがに、これ以上の戦闘はつらくなってきた。
「ミリィさん! ユーリィさんから連絡ですぅ!
ベーリング海担当の気象精霊が応援に急行中!
到着予定30分後ぉ!」
その時、ユナちゃんの叫んだ報告が、
あたしに持久戦を捨てる事を決意させたんだ。
大自然の会が相手なら、数の差はあっても、あたしのお姉ちゃんの
ユーリィ・プロケル・ヤクモ・オグヌーブスと、
同行している応援の精霊で対処できるはず。
「フェイミンさん、ファム、もう少しだけがんばって。
一気に片付けるわよ!」
疲れきったフェイミンさんとファム、そして何よりも
自分自身を励ますように言うと、手の中の錫杖を祓え串に変えつつ、
あたしは敵の中心めがけて跳躍したんだ。
そこに居たのは、あの鉄面皮精霊のプルイス・ストラウスだった。
「な、なんだ! 降伏の申し出か?」
いきなり目の前に飛び出してやったら、たじろぎながらも、
そんな事を言ってきたんだ。
「今日ばかりは、金髪女の宴会戦法も通じまい。
大自然の会屈指の、下戸ばかりを集めて編成した
特別部隊だからな!」
そうだったんだ。いつもなら、烏合の衆の包囲攻撃には、
ユメミの酒樽で、なし崩しに酒飲み合戦に持ち込めるのに、
今回はその手が使えなかったのよね。
でも、そんな事のために、下戸の人ばかりを集めるって、
何か、手段と目的を取り違えたやりかたじゃないかな?
疲れてたので、いちいち取り合うのも面倒だったあたしは、
不敵に微笑むと、一言だけ叫んだ。
「発光円盤(エルプス)!」
あたしの周りに小さなつむじ風がいくつも巻き起こる。
足元の低気圧を構成する雲から、水分を抜き取り氷点下に
過冷却させていく。
小さく輝く円盤状の雷光が、あたしを取り囲むように、
無数に発生した。
「いっけぇ〜っ!」
あたしは、残った霊力を注ぎ込んで、発光円盤を撒き散らした。
直撃を喰らった精霊は、そのまま戦闘能力を失ってしまう。
至近距離で破裂しただけでも、周囲にダメージを与える事が出来た。
だけど、これって、細かい照準はつけられないのよねぇ。
でも、円盤が、あまりにもタイミング良く、
効果的な位置で破裂するので、おや? って思ったんだ。
ふと、振り返ってみると、フェイミンさんが魔閃光を撃って、
一番効率のいい位置で円盤が破裂するように狙撃してたのよね。
「うにゃ〜、やられたらやりかえせ〜の
2.7の10の17乗ジュールだにゃ〜」
その脇で、いまいち苦手な持久戦を強いられてきたファムが、
うれしそうに霊光弾をまきちらす。
あたしも、彼らに負けないように、発光円盤を作り出しては、
周りに撒き散らしていったんだ。
「あ、あらかた、追っ払ったのかにゃ?」
しばらくして、ぜぃぜぃと息をしながら、ファムが言った。
見える範囲には、もう大自然の会のゲリラたちの姿は無かった。
「ユメミー、周辺の精霊反応を探査してみてー」
フェイミンさんも、呆けたような表情で立ち尽くしていた。
あたしも、疲れきっていたけど、まずはユメミに指示を出したんだ。
「んん〜、もう私たち以外には、残っていないみたいだねぇ〜」
間延びした声で、ユメミが報告を返してくる。
戦闘には参加して無いけど、一人で大型低気圧を制御してたんだ。
彼女も、疲れてるんだろうね。
「ん〜、あ、あれぇ? なんだろう、これ」
空中の情報画面を見ながら、ユメミがぶつぶつ言っている。
「どうしたの?」
あたしの問いかけに、ユメミは返事をしなかった。
その代わりに、悲鳴のような警告を叫んだんだ。
「精霊反応、正面に約500! 気候変動誘発局よぉ!」
えっ? と思って、正面を見ると、いかにも正規兵といった
雰囲気の部隊が、何も無い虚空から、実体化してきていた。
視覚や、精霊反応探知からも身を隠す、
特殊作戦用のシールドでも、使ってたんだろうか?
数瞬の間、ぼんやりとふけっていた想像から、気を取り直すと、
急いで連絡の指示を出したんだ。
「ユナちゃん! 東亜支局と、周辺の気象精霊に警告を!」
「はいですぅ!
『気候変動誘発局500と遭遇、至急来援乞う』送りますぅ!」
先走ったユナちゃんの返事に、あたしは咄嗟に叫んだ。
「待って! 『来援乞う』は送っちゃダメ!
『気候変動誘発局500と遭遇』とだけ送って!」
「え?!」
ユナちゃんは、一瞬戸惑った様子を見せた。
救援要請を送信してしまうと、受信した精霊(ひと)たちには、
基本的に救助に赴く義務が発生してしまう。
でも、敵と遭遇したっていう報告だけだったら、
受信しても、敵を回避する行動の自由が保てるのよね。
すぐに戸惑いを脱したユナちゃんは、
覚悟を決めた声で復唱してくれたんだ。
「『気候変動誘発局の正規兵500と遭遇』送りますぅ!」
そのうちに、気候変動誘発局の部隊は完全に実体化していた。
指揮官は、あの筋肉精霊の
フェルデゴール・タウミエル・ゼカリア14世ジュニア。
傍らには、銀髪の特務精霊長、
アシュレイ・ベシュテル・メルキオーネがいた。
「ぬっふっふっ、錫杖女め、
ゲリラとの戦闘で消耗しておるのだろう。
今日こそはこの手で、引導を渡してくれるぞ。
おぉ、そこに居るのはフェイミンくんではないか。
今からでも原隊に復帰するのなら、気象室で活動していた事は、
不問に付してもいいぞ、あぁん?」
筋肉精霊は、ふてぶてしい態度で、そんな事を言ってきたんだ。
「私(わたくし)の原隊は、気象室東亜支局でございます!」
いつのまにか、私の傍らに立っていたフェイミンさんは、
凛とした声で、筋肉精霊に言い返したんだ。
「ぬぬぅ……」その声に、すっかり逆上した筋肉精霊が、
手にしていたハンマーを振り上げたんだ。
「危ないっ!」
殺気を感じたあたしは、祓え串を錫杖に変えながら、
フェイミンさんの前に出た。
筋肉精霊が力任せに投げつけたハンマーが、
唸りを上げながらこっちに向かってきていた。
あたしは、錫杖の両端に近い部分を握り、盾のように構えた。
その直後、重たい響きを放ちながら、ハンマーと錫杖がぶつかった。
ハンマーの錘の部分は、しっかり受け止めたのだけれど、
長い柄の部分が激しく回転しながら、回り込んできた。
避ける術の無いそれは、あたしの側頭部を強打した。
「ミリィさんっ!」
フェイミンさんが鋭く叫ぶ。
「大丈夫よ!」
前を向いたまま、あたしはフェイミンさんに応えた。
でも、なんだか、頭が鋭く痛んで、視界がかすむんだ。
「ぬうぅ、いつもいつも邪魔ばかりしおって……」
その時、ますます逆上した筋肉精霊の頭上から、
あたしを呼ぶ声が聞こえてきたんだ。
「ミリィさぁぁぁぁん……」
まさか、幻聴かな? あれ? この声は、スーちゃん?
声の主を悟った瞬間、どさっという音と共に筋肉精霊が倒れて、
彼のハゲ頭の上に見事に着地したスーちゃんの姿があった。
あまりの展開に、すぐ傍に居るアシュレイも、
周りの誘発局の兵士も、絶句しているばかりだった。
スーちゃんは、ちょっとキョロキョロした後、
あたしの姿に気が付くと直立不動で、敬礼の姿勢をとった。
「間に合ってよかったです! 気象防衛隊1500名の先遣隊
として、スー・リモン・グェン、只今到着致しました!」
「いつまで、人の頭の上に立っておるかぁ!」
筋肉精霊が、いきなり頭を上げて叫んだ。
同時に、トンキチくんとホンメちゃんが、
あたしたちが居る雲の上に降り立った。
それで、すぐにでも攻めかかりそうな構えを見せていた
誘発局の部隊も、少し間合いを取って、警戒態勢に入ったんだ。
誘発局500名に対して、気象防衛隊の本隊は1500名。
3倍の人員があっても、気象防衛隊が有利とは言い切れない。
隊長はともかく、士気が高く、訓練の行き届いた500名の兵士と
戦うには、1500名の防衛隊では、少し戦力不足かもしれない。
あたしたちを守るように展開した、スーちゃん達の後姿を見ながら、
そんなことを考えていると、フェイミンさんが謝ってきたんだ。
「申し訳御座いません。
私の具申は、甘い状況判断に基づいておりました」
フェイミンさんは、悔しそうに唇を噛み締めている。
ゲリラの殲滅に使った霊力の消耗が無ければ、
現状はより有利かもしれない。
でも、あのまま大人数に囲まれていても、手詰まりだったのよね。
「フェイミンさんが悪いんじゃないわ。
持久戦を続けていても、数に負けて押しつぶされそうだったし。
それに、何より、指示を出したのは、このあたしなんだから」
って、フェイミンさんに答えたんだ。
と、その時、無線機を背負った気候変動誘発局の兵士が、
アシュレイに何か耳打ちをしたんだ。
そしたら、アシュレイは、良く通る声で指示を出した。
「司法賢人が我々の部隊に撤収命令を発令されました。
我々は、これより、策源地に撤収を開始します」
もしかして、今のはあたしたちにも聞こえるように言ったのかな?
何事かをぶーたれている筋肉精霊をなだめながら、
アシュレイは次々に部隊を撤収させていった。
そして、あたしたちに向かって、慇懃に一礼すると、
彼自身も姿を消した。
今度こそ、本当に終わったのかな?
みんなが嬉しそうに話しかけてくるので、
あたしも返事しようとしたのに、なぜだか、声が出ないんだ。
目の前が、急に真っ暗になっていって、…… え? ……
フェイミンさんの悲鳴が聞こえる。
あ、あれ? 今まで立っていた雲が、顔に当たってる?
「だいじょうぶだよ」って、言ってあげたいのに、
なんであたしは、しゃべれないの か な ……
***
「 容態 …… 安定 …… 沈静化 …… 」
「 …… 安静 …… 」
人の気配と話し声に気が付いて、薄く目を開けると、
あたしは、病室のベッドに寝かされていたんだ。
そこでは、ユーリィ姉と看護精霊が話をしていた。
あたしが目を開いた事に気付いた二人は、枕元に歩み寄ってきた。
「ミリィ、大丈夫?」
「うん、怪我、しちゃったのかな、あたし?」
「外傷の方は大したことありませんわ」
「石頭だからね、ミリィは」
「ひ、ひどぉ……」
「ちょっと、こっちを見て頂けますか?」
看護精霊は、ペンライトであたしの目を照らして、
瞳孔の動きを確認すると、安心した様子で話してくれた。
「脳波にも異常は無いし、大げさな心配は要らないと思います。
でも、念のために数日は安静にしておいてくださいね」
カルテになにか書き付けて、看護精霊は一礼して病室を出て行った。
「他のみんなは、怪我とか無かったの?」
「ええ。誰も怪我なんかしてないわよ」
「低気圧はどうなったのかな?」
「大丈夫よ。ユメミが制御して、上手い具合に洋上通して、
オホーツクの台風の墓場まで運んでくれてるわ」
話しながら、上体を起こそうとしていたら、
ユーリィ姉がベッドの制御盤を操作して、
上半身を起こしやすい形にしてくれた。
「あ、そうそう、明後日にはお父さんがお見舞いに来るから」
「え? お父さんが……」
その事を聞いたあたしは、絶句してしまった。
出不精で、普段から自分の研究室からも出てこないような
お父さんが、お見舞いに来るなんて……
これは大事(おおごと)かもしれないって、思ったんだ。
「お姉ちゃん、あたし、死んじゃうのかな……」
思わず、気弱に問いかけてしまったんだ。
「はぁ? 何言ってんのよ?」
お茶を用意してくれていたユーリィ姉は、
多分に笑いを含んだ、呆れたような声を出した。
「最初は、意地張って『大した負傷ではないから見舞いなぞ不要』
なんて言って、妖精王(オベロン)様とケンカしたらしいのよ」
ユーリィ姉は、ティーカップを渡しながら、話してくれたんだ。
「結局、王室の名代として、気象室に出張することになって。
『戦闘で負傷した精霊省出身の気象精霊の容態を確認すべし』
みたいな勅令まで出させる羽目になったらしいわ。
それで、お父さんが見舞いに出張って(でばって)くるってわけ」
「でも、お姉ちゃん、なんでそんな事情まで知ってるの?」
「そりゃ、妖精王妃(ティタニア)様が逐一教えてくれるから」
そこまで話すと、ユーリィ姉も私も、我慢しきれずに
笑いだしてしまったんだ。
怪我をしたショックと、怪我がひどく無かったっていう安心感から、
二人とも、妙にはしゃいだ、うわついた気分になってたのよね。
「もう、ホントに無茶したらダメだよ。
救援要請の送信を差し止めたの、あなたでしょう?
あの、泣き虫だった娘(こ)が、どうしてこんなに
無茶ばかりするようになったのかしら?」
ひとしきり笑った後で、ユーリィ姉が真面目な顔で言ってきたんだ。
「顔にキズなんか付いたら、
好きな精霊(ひと)にも嫌われちゃうぞ」
ちょっと怒ったような、でも、どこか困ったような表情で、
あたしの顔を真正面から見ながら、小言を言ってきたのよね。
あぅ、お姉ちゃんのこんな表情って、ちょっと苦手だな。
あたしは、ユーリィ姉にまた笑って欲しいのと、
小言から逃がれるために、話題を振ったんだ。
「好きな精霊(ひと)っていえば、お姉ちゃんにもいるの?」
「んー、だめだめ。いい男がいなくって」
「でも、ずっとそんな風に言ってるじゃない。
本当は誰か好きな精霊(ひと)がいるんじゃない?」
けらけらと笑い飛ばすかと思ってたのに、ユーリィ姉ったら、
ちょっと顔を赤らめて、「うん。いるよ」って答えたんだ。
「えー! 誰、誰?」思わず調子に乗って、問いただした。
「うふふっ、ヒミツだよ。教えてあげない」
「わー、やっぱユーリィ姉ってば、好きな精霊(ひと)いたんだぁ。
どこまでいった? もう、キスとかしたの?」
「ううん。何にもしてないよ。告白もして無いし」
「え"ー! お姉ちゃん美人なのにぃ。
唇でも何でも、むりやり奪っちゃえー!」
「好きだったら、むりやりキスとかしても、いいのかなぁ?」
「いいに決まってるじゃん! やっちゃえー!」
調子に乗って、ユーリィ姉を煽ったら、何か決心したような表情で、
「うん、そうだよね」って、つぶやくように言ったんだ。
そして、…… ええっ? 何で、あたしに顔を寄せてくるのかな?
呆然として、身動きが取れないでいたあたしの唇に、
そっとお姉ちゃんの唇が重ねられた。
暖かな柔らかさと、なんだか甘いような味を感じながら、
あたしは、目を見開いて、固まっていたんだ。
あれ? 好きな人にキスしちゃえって言って、
それで、あたしにキスしてくるって事は、
ユーリィ姉の好きな人って、あたしなのかな?
どのくらいの時間キスしてたのか、
あっという間だったような気もするし、
かなり長い時間だったような気もする。
でも、唇を離したユーリィ姉は、あたしの頭を
胸に擁(いだ)きながら、涙声で謝ってきたんだ。
「ごめんね。嫌だったよね。女同士なのに。姉妹なのに。
ごめんね。こんなお姉ちゃんで、ごめんね」
びっくりしたあたしが、黙ったままでいると、
ユーリィ姉は、すすり泣きながら、一人で話し続けたんだ。
「子供の頃、影姫の修行に耐え切れずに、家に帰されるって時に、
外面は残念そうにしても、内心はとってもうれしかったの。
また、おうちに戻ってミリィと遊んでいられるって思ったの。
だけど、ミリィが私の身代わりみたいに、影姫になって、
修行させられて、辛かったよね、大変だったよね。
私がやらなきゃいけない事だったのに。
ミリィには、大変な思いばかりさせちゃったよね。
だけど、こんなお姉ちゃんだけど、ミリィのこと好きだったんだよ。
大好きだったんだよ」
あまりにびっくりしたものだから、返事も出来なかったけど、
なんとか気持ちを落ち着かせて、言ったんだ。
「あたしも、お姉ちゃんのこと、大好きだよ」
お姉ちゃんに擁かれてるものだから、すごくドキドキしてて、
自分の顔が、熱くなっているのが分るほどだった。
今、鏡を見たら、顔とか真っ赤になってるんだろうな。
「あたしが、影姫の修行をすることになった時も、
お姉ちゃんに迷惑かけないように、一所懸命がんばったんだよ。
あたしも、お姉ちゃんのこと、大好きなんだよ」
話してたら、なんだかあたしまで涙が出ちゃった。
思わずしがみついて、ユーリィ姉の胸元に顔を押し付けたんだ。
「……ミリィのとなりにいってもいい?」
しばらく、そんな姿勢で抱き合っていたら、
ユーリィ姉があたしの耳元に口を寄せて、囁いたのよね。
答える替わりに、あたしは黙ったまま肯いたんだ。
ユーリィ姉は、あたしが肯いたのを見ると、
しなやかな動作でベッドに上がってきたんだ。
隣で横になったユーリィ姉に、今度は、
あたしの方から唇を求めていった。
ユーリィ姉は、黙ったまま優しくあたしの事を
受け入れてくれたんだ。
そして、しばらく抱き合った後で、
ユーリィ姉が着ていた巫女を模した作業服と、
あたしが着せられていた寝巻きを脱ぎ去ったんだ。
あたしが、恥ずかしさにじっとしていたら、
ユーリィ姉が、「怖い?」って聞いてきた。
あたしは、「ちょっとだけ」って応えたんだ。
ユーリィ姉は、優しげな微笑を浮かべると、
「固くならなくてもいいからね」って声をかけてくれたんだ。
黙ったまま、あたしが肯くと、ユーリィ姉も肯き返してきた。
白くて、すらっとしたユーリィ姉の裸を、まじまじと見てしまった。
うー、なんで姉妹なのに、お姉ちゃんはこんなに綺麗なのかな?
そんな事を思ってたら、あたしの不服そうな表情が
可笑しいらしくて、ユーリィ姉が、くすっと笑ったんだ。
「どうしたの、ミリィ?」
「だって姉妹なのに、お姉ちゃんだけ綺麗だから」
「あら、ミリィも可愛いわよ?」
そう言いながら、ユーリィ姉はあたしの乳首にそっと口付けした。
「ひゃあんっ!」
あたしは、胸に電気が走ったような気がして、
思わず声を上げてしまったんだ。
あたしの悲鳴には答えずに、ユーリィ姉は乳首に口付けしたまま、
左手をもう片方の乳房に、伸ばしてきた。
指の間に乳首を挟み、軽く引っ張っては放してみたり、
乳房全体を手のひらで包み込むように覆って
撫で回したりしてるんだ。
あたしは自分の手をお姉ちゃんの背中に廻して、
そこを撫でさすっていたんだ。
お姉ちゃんの肌は、すべすべしていて、
とてもさわり心地が良かったのよね。
そのうちに、お姉ちゃんの頭の位置が、少しずつお腹の方へ
ずれていった。
胸の下のほうから、おへその上、そして、両足の間の産毛のある
あたりまで、お姉ちゃんの舌とくちびるが、
さわさわとうごめくように、移動していったんだ。
「あ…… 、ダメだよぉ、そんな所……」
ユーリィ姉の頭に、自分の手を添えて抗議したんだけど、
お姉ちゃんの動きは止まらなかった。
柔らかく暖かな、お姉ちゃんの舌が、
あたしの足の間をさぐるように行き来していたんだ。
そして、はしたないことに、あたしはもっと刺激がもらえるように、
自分の腰を小刻みに動かしてしまったんだ。
そんな事しちゃいけないって思って、必死に動きを止めようと
するんだけど、自分の体なのに思うように出来ないんだ。
そして、あたしの股間に顔を埋めたままのお姉ちゃんが、
両手だけをさわさわと、胸のほうに伸ばしてきたんだ。
あたしの胸から、両脇にかけて、細くて綺麗なお姉ちゃんの指が
撫でさすってくれた。
もう下半身の動きは、止める事は出来なかった。
口からは、甘えるような喘ぎ声が流れ出していた。
そうする内に、あたしは、背中をえびぞらせて、
小さく悲鳴を上げてしまった。
お姉ちゃんは、あたしの足の間から顔を上げると、
あたしの目の前まで、頭の位置をずらしてきた。
「ミリィ、大丈夫?」
いつもは、物静かな微笑を湛えている銀目を、すこし潤ませながら、
あたしの顔を覗き込んだんだ。
「うん」
小声で返事しながら、あたしはお姉ちゃんにしがみ付くようにして、
抱きついてしまったんだ。
お姉ちゃんは、あたしの事を受け入れてくれるように、
抱き返してくれて、そして、そのまま仰向けに横たわった。
自然と、あたしは、お姉ちゃんの身体の上に、
覆いかぶさるような姿勢になったんだ。
最初は、お姉ちゃんの唇を求めていた。
そして、あご、喉元、胸元へと、自分の顔をずらしていったんだ。
とうとう、きれいなお姉ちゃんの乳房へとたどり着いた。
あたしは、少し甘い香りがするそこへ、頬擦りしたり、
舌を這わせたりしていたんだけど、我慢しきれなくなって、
桜色の乳首を、ついばむ様に口に含んでしまったんだ。
「!」お姉ちゃんが、言葉にならない悲鳴を上げる。
もっと感じさせてあげたくて、今度はあたしが、
お姉ちゃんの両足の間に、手を伸ばしていった。
その部分を、指先で撫でていたら、お姉ちゃんが
右足だけ、ひざを曲げて立てたんだ。
「んっ!」
今度は、あたしが悲鳴を上げた。だって、お姉ちゃんの足は、
あたしの両足の間に当たってるんだ。
はしたない事はしちゃいけない、って思いながらも、あたしは、
お姉ちゃんの足にその部分をこすりつけるように、身体を
小刻みに動かしてしまっていた。
やがて、快感の高まりがやってきて、
ふっ と目の前が真っ白に輝いたんだ。
そして、あたしは、お姉ちゃんに身体を預けるようにして、
意識を失ってしまった。
ふと気がつくと、あたしはベッドの上に、一人で仰向けに
横たわっていた。はっ として、自分の姿を改めると、
ちゃんと病院の寝巻きを、身に付けていたんだ。
「気がついた? ミリィ」
いつの間にか、普段通りの巫女風の作業衣を着たユーリィ姉が、
優しく微笑みながら、声をかけてくれた。
あたしは、気を失うまでのことを思い出して、恥ずかしさの余り
顔を真っ赤にしながら「うん」って答えたんだ。
その時、豪快なノックの音が室内に響き、乱暴にドアが開かれた。
「お〜い、ミリィ〜、元気ぃ?」
飛び込むようにして、ユメミがお見舞いに来てくれたんだ。
「う、うん。元気だよ」
ユメミの勢いに気押されるようにしながら、答えたんだ。
「んん〜、でもぉ〜、顔が真っ赤だよぉ?」
「こ、こ、これは、な、なんでもないんだよ?」
「ふ〜ん ……」
ユメミは、ちょっとジト目になってあたしの顔を見ると、
いきなり、くんくんと、部屋の空気の匂いを嗅ぎだしたんだ。
あたしは、ちょっとあせって、ユメミに質問した。
「ちょ、ちょっと、な、何の匂いを嗅いでるの?」
「ん〜、酒豪のミリィがそんなに顔を赤くするような、
強くて美味しいお酒でも飲んでいたのかな〜、って思ってぇ〜」
「お、お酒なんか、飲んでないってば」
「お酒も飲んでないのに、そんなに顔が赤くなるわけぇ〜?」
「く、薬の影響(せい)じゃないかな?」
「ん〜、ま、いいや。じゃ、駆け付け三杯で、お酒飲もぉ〜」
そう言いながら、ユメミは持ち込んだお酒の瓶を、
サイドテーブルに並べ始めたんだ。
でも、駆け付け三杯なら、飲むのはユメミだけじゃないかな?
「ん〜、大したことが無くて、良かったわぁ〜。
でもミリィの真っ赤な顔を見た時、どうしようかと思ったわぁ〜」
「どうしよう、って、どういう事?」
ユーリィ姉が、ユメミに尋ねたんだ。
「いやぁ、ミリィとお姉さんが、えっちな事でもしてたのかなぁ〜
なんて思っちゃって」
「い、い、一体、どうして、そんな事を ……」
たじろぐあたしの問いかけに、ユメミが笑いながら答えた。
「だってぇ、ほらぁ、お姉さんの名前がアレだからぁ〜」
「あたしの、名前? ……」
「ユーリィさんだからぁ〜、百合の人なのかなぁ〜、なんちて」
「恥ずかしい事を」
「言うんじゃなーいっ!」
「いった〜い!」
その瞬間、ユメミの後頭部に、あたしとユーリィ姉のハリセンが
絶妙のタイミングで、炸裂していたんだ。
〜 fin 〜