「うわぁ、本当にそっくりなのだあっ!」  
「う〜ん、こうして見ると、本当にうりふたつだねぇ〜」  
東亜支局の休憩室にいた精霊(ひと)達が、  
口々に驚いたような声を上げる。  
妖精王家第一皇王女のフローラが、天象室の交換連絡要員として、  
気象室に、出張してきたんだ。  
あたしとフローラは、王女と影姫の関係だったぐらい、  
外見がそっくりなんだ。  
ユメミもセーラさんも、前に緑樹殿でフローラと会ってるくせに、  
改めてあたしたちが似ている事に驚いている。  
でも、フローラって病弱な性質(たち)で、妖精王家が住まう  
緑樹殿から滅多に出ることも無かったのに、大丈夫なんだろうか?  
 
余程、あたしが心配そうな表情(かお)をしていたのか、  
フローラが話しかけてきたんだ。  
「ミリィお姉様、そんなに心配そうにして頂かなくても、  
大丈夫ですわ。せっかくお会いできたのに、  
喜んでもらえないみたいで、寂しいですわ」  
うーん、確かに、以前ほど咳きこんでないみたいだね。  
「喜んで無いだなんて、そんな事ないんだよ。  
でも、あたしはフローラの影姫なんだから他の精霊(ひと)の前で、  
おおっぴらに一緒に居ていいのかな、なんて事も思うし。  
もちろん、フローラの身体のことだって心配だし・・・」  
あたしの言葉に、フローラはにっこり笑って答えてきたんだ。  
 
「私の健康なら、大丈夫です。  
少しづつですが、身体も強くなっていますし。  
それに、影姫の件も、もうじき問題ではなくなります」  
「えっ?」  
「お父様の妖精王位の任期も、もうそろそろ終わります。  
私や弟妹(ていまい)たちも、市井の暮らしに赴かねばなりません。  
そうなればミリィお姉様の影姫の任も、解かれることになります」  
確かに精霊世界の王位って、終身制じゃないのよね。  
妖精王(オベロン)様の任期も終わっちゃうのか、なんて、  
しみじみ思ってたら、ユメミが能天気な声をかけてきたんだ。  
 
「フローラちゃーん! こっち、こっち!!」  
「はい? なんでしょう?」  
うーん、名家の誉れ高い天空界のウガイア大公爵家の第一令嬢と、  
妖精界アーベルク大公爵家令嬢にして、妖精王室第一王女の  
会話とは思えない、庶民的というか、ざっくばらんというか、  
くだけた感じのやりとりよね。  
っていうか、ユメミが一枚噛んだら、くだけるというより、  
砕け散ってしまう感じがするわね。  
 
「あんまり、無茶なことしちゃダメよっ!」  
あわててついて行こうとしたあたしを、いつの間にか秘書のような  
大きな丸メガネをかけたユメミが、横柄な態度でさえぎった。  
「ここから先は、下々の方はご遠慮願います」  
だいたい、下々がダメなら、なんでライチがそっちに居るのよ?  
ライチは、フローラに全身すっぽりと収まるような  
布製の目隠しをかぶせて、フローラがその中で、  
なにかごそごそやってるようなんだ。  
無茶な事をしている様子はないけど、大丈夫かな?  
 
その脇でファムが地上界のBGMを鳴らして、  
やたらと盛り上げてるんだ。  
この曲は「オリーブの首飾り」だっけ?  
休憩室の他の精霊(ひと)達も、何が始まるんだろうって様子で、  
フローラの方を見てるのよね。  
「じゃーん!」  
ライチが叫んで、目隠しをぱっと放すと、あたしと同じ、  
巫女風の衣装を身に付けた、フローラが現れた。  
「うわーっ!」「すげーっ!」  
あまりにもそっくりな、あたしとフローラに、  
休憩室内の精霊(ひと)達が歓声を上げた。  
さっきまで行く手を遮っていたユメミが、引っ張るようにして、  
あたしとフローラを並べてしまった。  
なんだか、みんな、あたし達を宴会の余興扱いにしていないかな?  
 
「これはそっくりですのね」  
呆れたようにつぶやきながら、撮影装置を構えるノーラに、  
あたしは思わず叫んだ。  
「ノーラ、撮影はダメ!」  
ノーラに撮影を止めさせようとするあたしを、  
フローラがさえぎったんだ。  
「ミリィお姉様、もう影姫の役目を隠し立てする必要は、  
ありませんわ。ノーラさん、綺麗に撮ってくださいね」  
フローラったら、ノーラに向かって、Vサインなんかしてるし。  
 
酒瓶も出回って、休憩室内がどんどん宴会の渦に陥りつつあるなか、  
ユナちゃんが、おそるおそるといった感じで近づいてきた。  
「うわぁ、区別がつかないですぅ」  
あたしたちを見比べながら、そんな事を言ってきたんだ。  
あたしとフローラに代わる代わる顔を向けて、  
「あー、でも、匂いがちょっと違うんですぅ」  
って、安心したように言ったんだ。  
いくら、ユナちゃんが狛犬精霊でも、匂いで識別するのはやめて。  
 
すると、傍にいたキャサリンさんが、話しかけてきたんだ。  
「ユナ、匂いに頼っちゃダメだ。二人の違いが解らないか?」  
全然区別がつかない、と答えたユナちゃんに説明するように、  
キャサリンさんが話し始めた。  
「まず、フローラ姫を見てみろ。  
如何にも智性が溢れる、理知的な顔立ちだろう?  
洗練された上品さも感じられるな。  
それに、立ち居振る舞いにも、気品があるじゃないか」  
 
自分とそっくりな精霊(ひと)を、そういうふうに表現されると、  
悪い気はしないわね。  
機嫌をよくして見てみると、ユナちゃんもうんうんと肯いていた。  
だけど、その気分は、一瞬で粉砕されてしまったんだ。  
「一方、ミリィを見てみろ。何事も腕力で解決しようとする、  
がさつな雰囲気がにじみ出ているだろう?  
力任せに暴れまくる粗暴さばかりが感じられて、  
智性や気品なんかひとかけらも無いじゃないか」  
 
「中傷反対の1.3の10の15乗ジュールっ!」  
上機嫌で喋るキャサリンさんに、あたしは霊光弾をぶちまけた。  
周りのみんなは、手馴れた様子で、とばっちりを受けそうな  
範囲から、酒瓶やつまみと共に退避しつつあった。  
フローラも、ユメミとユナちゃんがずるずると引き摺って、  
入り口付近に避難していたんだ。  
 
その時、霊光弾とハリセンの応酬がエスカレートしようとする寸前、  
東亜支局長のイツミさんが、休憩室にやってきたんだ。  
また、建物内で暴れたといって、叱られてしまうっ!  
そう思ったあたしとキャサリンさんの二人だけは、  
一瞬で凍り付いてしまった。  
でも他のみんなは、のほほんと酒盛りを続けていたんだけどね。  
 
「ミリィ、キャサリン! 暴れるのもいいかげんにしなさい!」  
まるで幼女のような見かけの大精霊は、あたしたちを一喝すると、  
つかつかと、フローラの所に歩み寄った。  
「で、ミリィ、フローラ姫の業務視察の件なんだけど……」  
そこまで話して、ふと、イツミさんが違和感を感じたように  
口ごもった。  
目をまん丸に見開いて、あたしとフローラのことを見比べている。  
素で驚いたイツミさんなんて、初めて見たような気がするわ。  
数瞬の後、全てを察した表情になったイツミさんは、  
ちょっとキツい声で、ユメミとライチとファムの名を呼んだんだ。  
でも、なんで一発で下手人が分っちゃうんだろうね?  
 
「…… という訳で、私が調子に乗ったのが原因でございます。  
ユメミ殿や、ライチ殿、ファム殿には落ち度はありませんので、  
御寛恕を賜りますよう、お願い申し上げます」  
フローラのとりなしで、ユメミ達への極端なお叱りは、  
回避できたみたいだ。  
ま、イツミさんも最初から他愛も無い悪戯だってことは、  
見抜いてたと思うけどね。  
 
そしたら、びくついてたライチとファムの緊張感が、  
一気に緩んでしまったんだ。  
「ふぅ〜、一時はどうなることかと思ったのだ」  
「あんまり叱られなくて、よかったにゃ〜」  
「あなた達のウラオモテの無さは、評価もするし、  
好感も持ってるけど、今、私の目の前でそんな事を言うのは、  
止めた方がいいんじゃない?」  
あきれ返ってたしなめてるのは、イツミさんだ。  
 
「あ、そうそう、フローラ姫の業務視察には、  
ミリィとユメミの組で対応して欲しいんだけど、いいかな?」  
あたしの方に向き直って、イツミさんがそんな事を言ってきたんだ。  
ていうか、そもそもの用件は、多分この事だったのよね。  
「はい。よろこんで。あ、でも、ユメミは……」  
「あたしもぉ〜、大歓迎だよぉ〜」  
相棒の意見を確認せずに、勝手に返事しちゃったあたしを、  
ユメミがフォローしてくれたんだ。  
 
他部署からの視察対応って、こと細かく質問されたり、  
色んな事を説明しなきゃいけなかったりで、  
嫌がる精霊(ひと)も多いのよね。  
だけど、自分たちがやっている事を、別の視点から見直すことが  
出来たり、手順ややり方を考え直すきっかけになったりで、  
やり方によっては、有益な結果を得られるんだ。  
あたしもユメミも、フローラとは気心が知れてるし、  
この視察は、楽しくこなせるんじゃないかな?  
 
そしたら今度は、ユーリィ姉が、西域支局に所属してる  
ユンファ姉と一緒に休憩室に入ってきたんだ。  
ユンファ姉っていっても、血縁じゃないんだけどね。  
ユンファ・レムニア・ヤンという名前の、あたしのお姉ちゃんの  
ユーリィ・プロケル・ヤクモ・オグヌーブスの大親友なんだ。  
 
あたしと同じ衣装のままのフローラを見て、  
ユンファ姉はびっくりして言葉も出ない様子だった。  
だけどユーリィ姉は、あたしたちを一目見るなり、  
すぐにフローラに向かって臣下の礼を示し、  
「フローラ姫、お体の具合は宜しいのですか?」  
って訊ねたのよね。そしたら、フローラが、  
「ユーリィ姉様、ここでの私は王女ではございません。  
天象室のフローラ・マッブ・アーベルクとして接してください。  
身体の調子も、もう、だいぶん良いんですよ」  
って答えたんだ。  
 
ショックだ。やっぱあたしが、がさつだから見分けが付くのかな?  
そんな事を思っていると、ユンファ姉が話しかけてきた。  
「ミリィとユーリィも良く似た姉妹だとおもってたけど、  
それ以上ね、これは。まるで見分けが付かないわ」  
「でもぉ、ユーリィ姉は一発で見分けちゃったし。  
やっぱ、がさつで粗暴だから見分けがついちゃうのかなぁ?」  
って、あたしがぼやいたんだ。  
 
「馬鹿ねぇ。姉妹なんだから、いくらそっくりな精霊(ひと)でも、  
見分けられるに決まってるじゃない。  
それより、がさつだの、粗暴だのって、何のことなの?」  
ってユーリィ姉が、会話に加わってきた。  
そしたらフローラが、キャサリンさんの話を説明したのよね。  
それを聞いたユーリィ姉ったら、おかしそうに笑い出したんだ。  
「なんで、ミリィは上級文官試験も一発で合格できる秀才のくせに、  
からかわれてるだけだって事が、推察(わか)らないのかなぁ」  
むぅ、そんなに楽しそうに笑わなくても、いいのに。  
 
***  
 
あくる日から、あたしとユメミは、フローラを交えて  
地上界での作業に当たったんだ。  
カスミちゃんやコサミのお爺ちゃんに紹介して驚かせてみたり、  
コズエちゃんの賭けに巻き込まれかけたり、  
筋肉精霊と出くわしてびっくりさせられたりしたのよね。  
妖精王室王女のフローラが居ると知った筋肉精霊が、  
ゼンマイ人形みたいな動作で最敬礼をしてきた時には、  
本当にびっくりさせられちゃったわ。  
 
そしてとうとう、出張最後の日、明日はフローラが  
妖精界の緑樹殿に戻るという前の晩になった。  
東亜支局内で、お別れの晩餐会、っていうか宴会が終わった後で、  
フローラが思いつめた表情で話しかけてきたんだ。  
「今晩だけ、ミリィ姉様のお部屋に泊めていただきたいのです…」  
フローラには、出張の間、専用の個室を使ってもらってたのよね。  
でも、いきなりそんな事を言われたあたしが、  
思わず「えっ!?」という表情をしちゃったのを見て、  
「……やっぱり、ダメですよね」  
って、寂しそうにつぶやいたんだ。  
 
余りにも気落ちしたフローラの表情を見て、あたしは思わず、  
「あ、あの、ダメじゃないけど、ものすごく散らかってるのよ?  
それでも、いい?」って言ってしまった。  
そしたら、ぱっと明るい表情になったフローラが  
「はいっ」って、元気良く答えてきたんだ。  
 
「散らかってるけど、ゆっくりしてね。  
邪魔なものは動かしてもいいからね」  
「はい。おじゃまします」  
そんなやりとりを交わしながら、フローラを自室に招き入れたんだ。  
とりあえず、明日からまた別れ別れになちゃうからと、乾杯をした。  
「でも、フローラも元気になって良かったわぁ。  
妖精王(オベロン)様も、妖精王妃(ティタニア)様も、  
お喜びでしょう」  
お酒を飲みながらの、あたしの何気ない一言に、  
フローラが黙ってうつむいたのよね。  
「…… ごめん、何か悪い事言っちゃった?」  
謝ったあたしに向かって、  
フローラは首を横に振りながら言ったんだ。  
 
「いいえ。ミリィお姉様が悪いんじゃないんです。  
実は、私が元気にしていられるのも、あと半年ほどの事なんです」  
「…… どうゆうこと?」  
「お薬を処方して頂いて、今は元気に振舞えるのですが ……」  
思わず真顔で問いただしたあたしに、フローラは答えたんだ。  
「…… 見立てでは、私の余命はあと半年ほど。  
この出張は、お父様とお母様に我侭(わがまま)を言って、  
私の健康が回復した事にして、段取りしてもらったのです。  
命を終える前に、色んな事をこの目でみておきたいと思って」  
 
あたしは、フローラの言っている事の意味が、理解できないでいた。  
時間をかけて少しずつ、言葉の意味が気持ちに染み込んできたんだ。  
あたしは、頬に一筋の涙を伝わせているフローラに、  
何て声をかければいいのか、分らずに居たのよね。  
 
「ミリィお姉様」  
いきなり、あたしの方を向いてフローラが呼びかけてきたんだ。  
「な、なに?」  
「そんな具合だから、私は死ぬまでに結婚できないと思うんです」  
「う、うん」  
「あと半年で、私の潔癖症がどうにかなるとも思えませんし」  
「そ、そうだよね」  
 
フローラって、極度の潔癖症だったのよね、確かに。  
「男の精霊(かた)に肌を許す事も、ないと思います。  
その事は、いいんです。覚悟も諦めもついてますから。  
でも、それでも、他の精霊(かた)と肌を合わせる悦びを、  
一度で良いから、体験したいんです」  
 
え……?  
「お願いです。ミリィお姉様、私のことを抱いてやって下さい」  
いきなり、そんな事を言われて、何て返事すればいいのか分らずに  
頭の中がパニックになってた。  
 
でも、フローラの願いを叶えてあげたいって一心だけで、  
「うん」と返事してしまったんだ。  
そしたら、フローラは、さっき「部屋に来ても良いよ」って  
言ってあげた時のような笑顔になって、  
「ミリィお姉様、ありがとうございます」  
って言いながら、あたしにしがみついてきたんだ。  
 
おもわずフローラの身体を、抱きとめてしまったんだけど、  
それって、女の精霊(こ)同士でエッチしちゃうってことだよね?  
知らないわよ? 分らないわよ? 何をどうするのよ?  
たじろぐあたしに、目を閉じたフローラが顔を寄せてきた。  
ちょっと、おののきながらも、緊張に身動きが取れなくなっていた  
あたしは、フローラの口づけを受け入れてしまったんだ。  
 
柔らかなくちびるの感覚が、あたしの口を塞いでしまった。  
フローラの香りが、すぐそこに感じられてドキドキしてしまう。  
あんまり鼻で大きく息をすると、鼻息が判ってしまいそうで、  
無理矢理に息を浅くしていた。  
あとで考えるとなんとも間抜けだけど、そんな事を考えていたんだ。  
 
しばらく固まっていると、目を薄く開いたフローラが、  
ふっ と身体を離した。  
そして、恐れさえ感じさせる様子で、「あの、嫌でしたか…… 」  
って、おずおずと尋ねてきたんだ。  
 
「えっ? い、嫌じゃないよ?  
むしろちょっと気持ちよかった、かも…… 」  
って答えると、フローラが「嬉しいっ」って言いながら、  
あたしの胸に顔を埋めるようにして、抱きついてきたんだ。  
あたしは、今度はさっきよりも余裕を持って、彼女の身体を  
受け止めてあげる事が出来たんだ。  
 
「あ、あの、シャワーとか、浴びる?」  
フローラに尋ねると、彼女は肯きながら、言った。  
「あの…… ミリィお姉様も、一緒に…… 」  
その言葉を聞いて、一瞬、ドキッとしたんだけど、  
もうキスまでしちゃったんだし、これからもっと凄い事する訳だし、  
一緒にシャワー浴びるぐらい、良いかな? って思ったんだ。  
だから、あたしは「うん」って言いながら、  
フローラに肯いて見せたんだ。  
 
服を脱いだフローラの身体は、  
シミ一つ無い真っ白な陶器のようだった。  
あっけにとられて、思わず見とれてしまったんだ。  
「そんなに見られると、恥ずかしいですわ」  
「あ、ごめん。背中流すね」  
そんな事を言いながら、泡立てたスポンジで背中を流してあげると、  
フローラが、今度はあたしの背中を流すって言い出した。  
いったん断ったんだけど、ちょっと泣きそうな顔で、  
どうしてもって言うものだから、流してもらう事にしたんだ。  
 
フローラに背を向けてバスチェアに座ると、フローラの手が  
あたしの首筋に伸びてきた。  
「ひゃっ!」  
彼女の手があたしの身体に触れた途端、  
あたしは思わず声を立ててしまった。  
フローラったら、スポンジを使わずに、  
手で直接あたしの身体を洗ってるんだ。  
しなやかな指先だけを走らせたかと思うと、  
手のひら全体を押し付けたり、  
指の腹でさわさわと刺激を加えてきたり。  
フローラの手は、首筋から背中、腰の後ろやお尻近く、脇腹と、  
あたしの背中をまんべんなく、刺激し続けたんだ。  
 
気が遠くなりながら、フローラの手の動きに耐えていると、  
フローラがあたしの耳に口許を寄せてきた。  
さっきまでの、マッサージのような洗い方のせいで敏感に  
なっている背中に、彼女の胸が押し付けられているのが分った。  
「ミリィお姉様、気持ち良いですか?」  
囁くように、彼女が尋ねて来た。  
あたしは、朦朧とした意識のままに「うん」と、答えたんだ。  
そしたら、フローラは、  
「このまま、前を洗ってもよろしいですか?」  
って聞いてきたんだ。  
これ以上のコトをされたら、あたし、どうなっちゃうんだろう?  
気持ちは「もうやめて」って思ってたのに、あたしの口は、  
「いいよ。お願い」って返事してたんだ。  
 
あたしの返事を聞くと、フローラはあたしの両脇から、  
腕を前に伸ばしてきた。  
そして、あたしの両胸をすっぽりと手のひらで覆ってしまったんだ。  
はしたない声が出そうになるのを、一生懸命に堪えるんだけど、  
息がだんだん荒くなっていくのが分る。  
手のひらを揉みしだく様に動かしながら、フローラはあたしの  
耳たぶをそっと口に含んだんだ。  
想像もしなかった刺激に、喘ぐような声を抑えきれなくなってきた。  
フローラのくちびるが、柔らかく暖かに耳たぶを挟んでいた。  
時折噛むように押し当てられる、彼女の歯の硬さにすら  
官能を刺激されてしまう。  
 
そんなあたしの様子を見て取ったのか、フローラの右手が、  
あたしの胸を離れ、お腹の上をじわじわと下のほうに向けて  
下がっていった。  
 
指先だけで、さわさわと足の付け根の産毛の上を撫で回された。  
あたしは、自分の右手をフローラの手の上に添えて、  
彼女の動きを止めようとしたけれど、止めることは出来なかった。  
今度は、胸に添えたままのフローラの左手が、あたしの乳首を  
つまむような動作を始めた。  
背中には、彼女の胸やお腹が押し付けられたまま、  
じわじわと刺激を加え続けられていた。。  
やがてフローラの右手が、あたしの入り口をまさぐり始めたとき、  
目の前に火花が散ったような気がした。  
 
いきなり小さな悲鳴を上げて、ぐったりしたあたしを気遣って、  
フローラが正面に回りこんできた。  
彼女の顔を見ると、あたしは、意識しないままに自分の顔を寄せ、  
口付けをねだってしまった。  
フローラは小さく微笑むと、あたしのくちびるを受け入れてくれた。  
「大丈夫ですか?」しばらくの間、ついばむような口付けを  
交わした後、フローラが尋ねてくれた。  
あたしは、言葉も返せずに、軽く肯き返しただけだった。  
 
あたしが、初めて達した感覚に受けた軽いショックから脱したら、  
二人で濡れた身体を拭きあった。  
そして、何も身に付けないままにベッドの上へ移動した。  
仰向けに横たわったフローラの身体に、覆いかぶさるようにして  
自分の身体を重ねた。  
唇を求めながら、手のひらをフローラの真っ白な身体の上に  
滑らせていった。  
あたしは、自分の手を彼女の両足の間の、熱く湿った部分へと  
動かした。最初、拒むかのように足を閉じていたけど、  
しばらく指先だけで刺激を加えていると、  
耐え切れなくなったかのように、足の力を抜いた。  
と同時に、彼女の手が、あたしの同じ部分に伸ばされてきた。  
 
あたし達は、唇を合せたまま、お互いの敏感な部分を  
まさぐり続けていた。  
何度も小さな昂りを感じたあと、大きなうねりが  
押し寄せてくるのが分った。  
フローラも、目尻に涙を浮かべ、何かを耐えているような表情に  
なっていた。  
あたしは、唇を離すと、小さく叫ぶように彼女の名を呼んだ。  
フローラも小声で「お姉様っ」と呼び返した。  
その直後、目の前が真っ白に輝いた。  
押し殺したフローラの悲鳴を聞きながら、あたしは気を失ったんだ。  
 
どれくらいの間、眠り込んでいたのか、  
髪の毛を優しく撫でられる感覚に、ふ と目が覚めた。  
あわてて目を開くと、フローラがあたしの髪を撫で付けていたんだ。  
あたしは、ついさっきまでふけっていた行為よりも、  
たった今まで、無防備な寝顔をまじまじと見られていた事に  
恥ずかしさをおぼえて、顔を真っ赤にしてしまったんだ。  
フローラは、そんなあたしを微笑んで見やりつつ、  
「すいません、ミリィお姉様。起こしてしまいましたか?」  
って、聞いてきたんだ。  
 
「ううん、大丈夫だよ。それより、フローラの方こそ大丈夫?  
無理してるんじゃない?」  
「私も大丈夫です。ご心配をおかけします」  
「冷たいお水でも、汲んでこよっか?」  
「のどは渇いていないので、お水は結構です。そんな事より……」  
体調を気遣って尋ねたあたしに、フローラは、  
首を横に振りながら答えてきたんだ。  
「そんな事より、このままハグしてもらえたら、嬉しいです」  
 
あたしは、フローラのすべすべした背中に腕を廻すと、  
ぎゅっ と、抱きしめてあげた。  
フローラは、うれしそうに微笑むと、そのまま安心したように  
眠りにおちてしまったんだ。  
あたしも、彼女の事を抱きしめたまま、眠り込んでしまったんだ。  
 
 ***  
 
翌朝、目覚めたあたしたちは、シャワーを浴びなおすと、  
そそくさと衣服を身に付けた。  
フローラが撤収のために自室に引き上げた後、あたしは、  
昨日フローラが言った、余命が幾許も無いって話を  
確かめなきゃいけないって思ったのよね。  
妖精王妃(ティタニア)様に話を伺うのが先決だと考えて、  
まずはユメミの部屋に押しかけた。  
勤務シフトをずらしてもらって、フローラが妖精界に戻るのに  
同行したかったからなんだ。  
 
ユメミは、詳しい事情は話さずに、ただシフトを変えてっていう  
あたしのお願いを快く聞き入れてくれた。  
それだけでなく、イツミさんへの報告と手続きも  
やっておいてあげるって、言ってくれたんだ。  
急なシフト変更は、たまにはあるぐらいの事だから、  
ユメミにお願いしてもよかったんだけどね。  
でも、そういう話は自分でしなきゃって思ったものだから、  
ユメミにはお礼だけ言って、今度は支局長室へ駆け込んだんだ。  
 
「あれ?」  
支局長席に座っていたのは、キャサリンさんだった。  
「ん? イツミに用なのか? 今日は支局長会議で一日留守だぞ。  
それで、あたいが留守番だ。あ、フローラ姫の出発が今日だったな。  
宜しく伝えてくれ、って言ってたぞ」  
そんな事を教えてくれたキャサリンさんに、  
フローラと同行して妖精界に赴きたい事、  
シフト変更についてはユメミの了解を得た事、などを話したんだ。  
 
すると、あたしの話を聞いたキャサリンさんが、  
意地悪そうな顔でにんまりと笑った。  
「ほほぅ、私用によるシフト変更の願い出とな?  
ならば、シフト変更願いと、作業変更予定票、  
あとユメミのシフト変更承認確認書、  
ついでに作業変更の稟議書を提出してもらおうか?」  
 
頭では、からかわれてるだけだって、理解していた。  
でも、気持ちはそうはいかなかった。  
そんな書類をまとめていては、フローラに同行して妖精界に  
行けないかもしれない。  
そうしたら、詳しい事情も推察(わから)ないまま、  
フローラと離れ離れになってしまうかもしれない。  
そんなことを思うと、腹が立つよりも先に、  
あたしの目からぼろぼろと涙がこぼれだしてきたんだ。  
 
「ちょ! 待て! ミリィ、おま、なぜ泣くんだ! おい!」  
あたしも、自分が泣き出したことでびっくりしたけど、  
キャサリンさんは、もっとびっくりした様子だった。  
その時、支局長室に、ライチとファムを従えた、  
ユメミが入ってきたんだ。  
 
「あ〜、まだこんなところに居るぅ〜!  
早く行ってあげないと、フローラに置いていかれちゃうよぉ〜」  
そう言ったユメミが、あたしが泣いている事に気付くと、  
むっとした表情で、キャサリンさんを睨みつけたんだ。  
「またぁ〜、ミリィをぉ〜、からかっていじめたでしょぉ〜」  
「ま、待て! 誤解だ! いや、まさか泣き出すとは……」  
 
ユメミとキャサリンさんが言い合っている間、ライチは、  
ハンカチを渡してくれて、扇子であたしの顔を仰いでくれたんだ。  
「はやく涙を拭いて、フローラ姫のところに行ってあげるのだ」  
その隣でファムが「ミリィが急用だそうだから、ライチと一緒に  
ユメミを手伝うんだにゃ。安心して欲しいんだにゃ」  
って言ってくれたんだ。  
でも、ファムが自分の尻尾の先を、猫じゃらしみたいにあたしの  
顔の前で振ってるのは、元気付けてくれていると思うんだけど……、  
それはそれで嬉しいんだけど……、  
なんだか、とっても情けない感じもするわね。  
 
後のことを頼んで、フローラの所に駆け付けると、  
幸い出発には間に合ったようだった。  
護衛隊長をつかまえて、同行したい旨を申し出ると、  
快く許可を得る事が出来た。  
そしたら、あたしが同行することを聞きつけたフローラが、  
自分と同じ馬車に乗ってくださいって、言い出したんだ。  
護衛隊に便乗するつもりだったあたしは、さすがに王女の馬車に  
同乗する事に躊躇してしまったのよね。  
 
あたしの躊躇を見取った護衛隊長が、あたしがフローラの傍に  
居れば、万一の場合にも安心できるって口ぞえしてきた。  
それで、フローラの馬車に同乗したら、今度はフローラが、  
「お姉様、こっち!こっち!!」って、自分の隣の席を、  
ぽんぽんと手のひらで叩いてるんだ。  
王室儀礼に則って判断すると、無茶苦茶失礼に当たるんだけど、  
馬車に同乗した時点で、そういう事をぶっちぎってる訳なのよね。  
もう、いいやって思って、フローラの隣に腰掛けたんだ。  
 
馬車がごとごとと走り出すと、フローラがあたしの肩に頭を預けて  
寄りかかってきたのよね。  
フローラが楽になるように、あたしの姿勢をちょっと  
ずらしてあげると、彼女はうれしそうに「ありがとうございます」  
って言ってきたんだ。  
 
「昨晩は本当に、ありがとうございました」  
「あ、あぅ、あのことは、もうしゃべらないでね」  
「実は、潔癖症であっても、王女の嗜みとして閏房術については、  
一通り学ばねばなりませんでした。  
実際にそんな事を、他の方と行うなんて、想像も出来ませんでした。  
だけど、ミリィお姉様とだけならば、何をしても、何をされても  
構わないって、思っていたんです。  
はしたない願いを聞き入れてくださり、  
本当にありがとうございました」  
 
さすがに恥ずかしいのか、あたしに顔を埋めるようにしながら、  
フローラが小声で話してくれたんだ。  
あたしが「いいんだよ」って答えてあげたら、フローラは  
安心したのか、その姿勢のままで寝入ってしまったんだ。  
結局、妖精界に到着するまで、フローラは眠り続けたのよね。  
 
フローラの後から馬車を降りたあたしは、  
妖精王妃(ティタニア)様への通常の謁見手続きをするために、  
席を外そうとしたんだ。  
でも、フローラはそんなあたしを引っ張って、ずんずんと  
謁見の間に行ってしまったんだ。  
「せっかくおいでになったのですから、ぜひお父様とお母様にも  
ご挨拶してくださいね。お母様もお姉様を見て喜ばれますわ」  
あ、あはは、いいのかな? これで?  
 
妖精王(オベロン)様も、妖精王妃(ティタニア)様も、  
フローラが無事戻ってきた事に、喜びと安堵を隠しきれない  
様子だった。  
ノーラから貰い受けた映像記録を、嬉しそうにご覧になりながら、  
フローラの報告を聞いておられたんだ。  
でも、映像記録の再生が三回目に及んで、  
ティタニア様がちょっと「また見るの?」みたいな表情を  
浮かべた時に、そっと囁きかけたんだ。  
もっとも、オベロン様には、全然見飽きた様子が無かったけどね。  
 
「妖精王妃(ティタニア)様、折り入って伺いたい事が…… 」  
「どうしたの?」  
「外聞を憚ります」  
ティタニア様はあたしを伴って別室に移り、待女の方々には席を  
外してもらったんだ。  
「一体、どうしたの?」  
 
「フローラ姫が、いや、フローラがあと数年の命だって、  
本当ですか?」  
耐え切れなくなって、涙を浮かべながら問いかけたあたしに、  
ティタニア様が、きょとんとした表情で答えたんだ。  
「ないわよ、そんな話。一体誰がそんな虚報(こと)を?」  
 
「へ?」  
今度は、あたしがきょとんとする番だった。  
「あの、あたしはフローラから聞いたんですけど……」  
一瞬、考え込むような表情(かお)をしたティタニア様は、  
納得が言った様子で、ぽん! と手を叩いた。  
「あ、あるほど。どうして、フローラの移動にミリィちゃんが  
付き添ってくれてたんだろうと思ったんだけど、  
そういう事情(こと)だったのね!」  
 
これって、また、からかわれてた、って事なのかな?  
唖然としてるあたしを尻目に、ティタニア様はしゃべり続けていた。  
「うんうん。気が利かない娘になったかと心配してたんだけど、  
ちゃんと私のお土産に、ミリィちゃんをお持ち帰りしてくれたのね。  
よしよし。よくやったわ。さすがわが娘」  
本当は、お持ち帰りよりも、もっと別の魂胆があったんだけど、  
とてもじゃないけど、そんな事あたしの口からは言えなかった。  
 
「じゃ、ミリィちゃん。ミリィちゃんが次期妖精女王の位に  
就くまで、おばちゃんたちと、ここで一緒に暮らしましょう」  
「ちょ、ちょっと待って下さい。あたしには、仕事が……」  
「あ、いいの、いいの。イツミにはちゃぁんと、  
おばちゃんから連絡しとくから」  
無理矢理シフト変更までして、急遽、妖精界に来たのに、  
ティタニア様ったら、めちゃくちゃな事言ってるしぃ。  
え〜ん、ユメミぃ、助けてよぉ〜。  
 
 ***  
 
「へくしゅっ! んぁ〜、ん〜、風邪かなぁ〜」  
「そんな時には、赤道上空でお酒の飲むのに限るんだにゃ」  
「おおっ! それは良いのだ。早く地上に向かうのだ」  
口々に言い合いながら、ユメミたちが支局長室を出て行った。  
部屋の中には、「危険物」「要注意」「開封厳禁」などといった  
封印のお札が貼られた、麻袋がもがいていた。  
「おお〜い、ユメミさぁ〜ん。ごめ〜ん、あたいが悪かった。  
マリアナ海溝ほどじゃないけど、死海の水深程度には  
反省してるから、ここから出してくれーっ! おーいっ!」  
 
 〜 fin 〜  
 

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