東亜支局の休憩室で、気象管理の記録をまとめていたら、  
書法精霊のパイカラがやってきた。  
そしたら、顔を見るなりユメミが、「やっほ〜、お酒、飲もぉ〜」  
って、お酒を飲ませようとしたんだ。ま、いつものことだけどね。  
 
いつもなら、なし崩しにお酒を飲まされるパイカラなのに、  
今日は、ずいぶん緊張した様子で、  
「ユメミさま、今日はお酒どころじゃないんです。  
大至急、支局長室へ来て下さい」  
なんて、言ってきたんだ。  
 
ユメミが呼ばれるんなら、当然、相棒のあたしも  
呼ばれるはずだと思って、席を立ちかけたあたしに、  
「あ、ミリィはいいの。呼び出しは、ユメミさまだけだから」  
って、パイカラが声を掛けてきた。  
 
「へ?」「ふぇ?」  
あたしとユメミは、同時に間の抜けた声を、発してしまった。  
気象参謀だけ呼び出して、相棒の気象精霊は来なくていいって、  
いったい、どんな用件なんだろう?  
いつも気弱なパイカラちゃんが、きっぱりユメミの誘いを断る程の  
緊張ぶりといい、気象参謀のユメミだけが呼ばれる事といい、  
何か、特別な事態(こと)が起こっているみたいだ。  
 
「ユメミ、長い様で短い付合いだったが、お前の事は忘れないぜ」  
「酒癖の悪さを理由に、降格や追放になっても、たまには、  
うちらの事も、想い出してあげて下さいですのね」  
たまたま休憩室にいた、キャサリンさんとノーラが、  
そんな物騒なことを言ってきたんだ。  
キャサリンさんは、涙を堪えるかのように、目を瞑って腕組みをし、  
ノーラの紅い瞳には、うっすらと泪が滲んでいるんだ。  
 
「そんな、いいかげんな事、言わないで下さい!」  
キャサリンさんたちの態度が、気に障ったあたしは、  
ちょっとキツい口調で、反論してしまった。  
「いくら、宴会参謀で、ノンベで、お酒に汚いユメミでも、  
ちゃんと、ココナさんの審査をパスしてるんですから!  
少しぐらい、周りの精霊(ひと)に飲み会を無理強いするぐらいで、  
追放処分になんか、なるもんですか!」  
 
「ミリィさん、あんまりフォローになっていませんのね?」  
「あっ、しまった」  
思わずボケ突っ込みをやっていた、あたしとノーラを見ながら、  
ユメミはしょげかえった様子で、泣き言を言った。  
「ふにゅ〜、私、何も悪い事してないのにぃ〜」  
うーん、自分で弁護しておいてアレだけど、本当にそうかな?  
 
しばらくして、ふてくされたユメミを伴った、  
東亜支局長のイツミさんが休憩室にやってきた。  
その後ろには、マハルさんをはじめとする事務屋さん達や、  
会議室で会議中だったらしい精霊(ひと)達もついてきていた。  
あたしは、説明を求めようと、腰を浮かせかけた。  
イツミさんは、そんなあたしを手振りだけで押し止め、  
休憩室内の精霊(ひと)達全員に集合をかけたんだ。  
 
「今から話す事は、精霊省内規の機密事項に該当します。  
つまり、然るべき機関からの公表がある前に、省外に漏らした場合、  
実際の、厳しい処分が下されるということです。  
この処分には、例外はありません」  
 
常に無く厳しいイツミさんの話し方に、休憩室内に動揺が走る。  
「そのような事項(こと)を、皆さんに話すのは、  
私たちの実務に、直接的な影響があるからです。  
それでは、発表します。  
スヒチミ・ウガイア大公爵家 第一令嬢、  
ユメミ・ナイアス・スヒチミ・ウガイアは、  
大公爵位継承権を行使し、次期大公爵位に就くものとする」  
 
期せずして「おおーっ」とゆう、ちょっとした地響きのような声が、  
湧き上がった。ウガイア公爵位を継ぐってことは、  
天空界で絶大な権力を握るってことなんだ。  
みんなは、割と単純にユメミの事を祝ってるみたいだけど、  
当の本人は、ふてくされてしまっている。  
ま、ユメミって、そうゆう地位よりも、解析や魔法薬の研究とかを  
やっていられる立場の方が、好きなんだろうけどね。  
 
あたしの相棒となる気象参謀をどうするか、とか、  
そもそもユメミの抜けた穴をどう塞ぐか、については、  
後日決めることになった。  
とりあえず、手早く引継ぎとかを済ませて、出来るだけ早く、  
ユメミを天空界に帰郷させることが、至上命題とされたんだ。  
 
幸い、東亜支局の管轄内では、これといった異常の兆候は無い。  
このところ、珍しく、地上界全体で、気候が安定しているのよね。  
おかげで、あたしたちも、ユメミからの引継ぎに  
時間を割くことができたんだ。  
 
ユメミからの引継ぎも峠を越し、忙しさにひと段落がついた頃、  
あたしが自室で休憩を取ろうとした矢先に、  
ノックの音が室内に響いたんだ。  
あれ、今のノックの音、窓の方から聞こえなかったかな?  
「ミリィ〜、あけてぇ〜」  
ユメミの声に、あわてて窓を開けると、酒ビンを抱えたユメミが、  
室内に転がり込んできた。  
 
「どうしたの!?一体!」  
「えへへぇ〜、抜け出してぇ〜、きちゃった〜」  
窓を閉めてるあたしに向かって、ユメミがそんな事を言ってくる。  
ユメミは、普通の気象参謀や上級精霊としてだけではなく、  
次期ウガイア公爵としての公務も、こなさなきゃいけないのよね。  
「飲もぉ〜、これが飲み収めかもしれないんだよぉ〜」  
 
心を鬼にして、ユメミを追い返そうって思ってたんだけど、  
彼女の、寂しげな笑顔を見ちゃうと、  
とても、そんな事は言えなくなってしまった。  
それにユメミとお酒が飲めるのも、本当にこれが最後かもしれない。  
「うん、今日は徹底的に飲もう」  
そんな返事を返してしまったんだ。  
 
しばらく、他愛もない話をしながら飲んだ後、  
あたしは、気になっていた事を聞いた。  
「ユメミの継承権は第2位だったはずよね?  
なんで、こんなに急に、継承権を行使することになったの?  
聞いちゃいけない事じゃなかったら、教えてくれない?」  
ユメミは、良くぞ聞いてくれましたって、  
言わんばかりに事情を説明してくれた。  
要は、継承権第1位の弟さんが、ユメミを強く推したらしいんだ。  
 
天空界も、あたしの故郷の妖精界や天上界などとの経済交流で、  
難しい局面にあるらしいのよね。  
今は赤字じゃなくっても、一つ間違えると莫大な損失が、  
発生するかもしれない、って事なのかな?  
だから、産業や経済の方針を立てるのに、  
ユメミの統計解析の能力を、役立てようとしてるのよね。  
「それならぁ〜、私が裏で参謀役をつとめるからぁ〜、  
弟が表で王様やればいいじゃないって、言ったのにぃ〜」  
ユメミの愚痴の、テンションが上がっていったんだ。  
「トップがぁ、数字を理解(わか)ってないとぉ、  
駄目なんだってぇ〜、ぶぅ〜」  
 
それから、またしばらく他愛もない話をしていると、  
突然、ユメミが改まってこんなことを聞いてきたんだ。  
「ミリィは、私が何かお願いをしたら、聞いてくれるのかなぁ?」  
「そりゃ聞くわよ。ユメミは相棒だし、それに何より親友だもん」  
「難しいことでもぉ?」  
「うん、ユメミの言う事だったら、何だって聞いちゃうよ」  
「じゃ、私と駆け落ちしてぇ!」  
 
あたしは、それを聞いて、一瞬吹き出しそうになったんだ。  
「そりゃ無理よ。  
駆け落ちだったら、誰か男の精霊(ひと)をつかまえなきゃ」  
きっと冗談で言ってるんだと思い込んで、ユメミの顔を見ると、  
ユメミは、すごく真面目な顔で、あたしのことを見返してきたんだ。  
「心から好きなひとってだけじゃ、駆け落ちにならないのかなぁ」  
今にも泣き出しそうな顔をしたユメミを前に、  
あたしは、声を掛ける事が出来ずにいた。  
そうしたら、ユメミが、小声でぽつんとつぶやいたんだ。  
「駆け落ちが無理だったらぁ、ミリィに抱いてほしいなぁ」  
 
その後しばらく、あたしたちは、固まってしまった。  
発泡羊乳酒の泡がはじける、かすかな音だけが、  
部屋の中に響いていたんだ。  
そして、恥ずかしさのせいか、真っ赤な顔になったユメミが、  
取って付けたような明るさで話し始めたんだ。  
「あ、あ、あの、その、今のはぁ、うそ、だよぉ?  
今の話はぁ、忘れてくれてぇ、いいからねぇ〜、あ、あはは〜」  
 
あたしは、「抱いて欲しい」とゆうユメミの言葉を、  
頭の中でぐるぐると繰り返していた。  
多分、私の顔も、目の前のユメミの顔のように、  
真っ赤になってるんだろうな、なんて思いながら、  
自分で言うなんて、想像も出来ない様な言葉を、口にしたんだ。  
 
「あたし、何をすればいいのか分かってないんだけど、  
それでも、いい?」  
呼吸が、浅く、速くなっているのが分かる。  
頬のあたりで、動悸の音が聞こえるような気がする。  
自分が話しているとは、思えないような言葉なんだけど、  
現に話しているってことは、これもあたし自身の想いなのかな?  
ユメミは、そんなあたしを、恥じらいや驚きや嬉しさの  
入り混じった表情で見つめていたんだ。  
 
「私はぁ、女の子同士でこうゆう事やるってゆうのを  
知ってるんだけどぉ、ミリィはそれ、嫌じゃないかなぁ?」  
ユメミは、あたしの質問には答えないまま、  
こんなことを聞いてきたんだ。  
 
「嫌じゃないよ、ユメミはユメミだよ」  
「ミリィ、ありがとぉ。じゃあ、服を脱いでベッドに上がってぇ。  
恥ずかしかったらアンダーウェアは着けたままでいいからぁ」  
ユメミに言われるままに、あたしは服を脱いだ。  
と言っても、右手を微かに振っただけで、巫女風の衣装は、  
勝手に身体から離れていくんだ。  
 
さすがに恥ずかしいので、アンダーウェアは着けたままに  
させてもらった。  
ユメミも、同じように服を脱いだけど、  
彼女は、アンダーウェアも脱ぎ去っていた。  
 
同性のあたしから見ても、見事だと思えるプロポーションが  
あらわになっていた。  
形が良くて、大きな胸、見事にくびれた腰、そこから膨らんだお尻、  
両足の間には、彼女の髪と同じような金色の産毛が、  
うっすらと生えていた。  
 
あたしの身体って、ユメミにはどんなふうに見えてるんだろう?  
そんなことを考えていたら、「ミリィ〜、  
あんまりじろじろ見られたら、恥ずかしいよぉ〜」  
ますます顔が赤くなったユメミが、訴えたんだ。  
「ごめーん、だってきれいなんだもんー」  
あたしたちは、そんなことを言い合いながらベッドに上がった。  
 
「嫌なことがあったらぁ、言ってちょうだいねぇ〜」  
ユメミが、声を掛けてくれたんだけど、緊張してるあたしは、  
黙ったままうなずく事しか出来なかった。  
ベッドの上で、ひざ立ちになって向かい合ったあと、  
ユメミは、やさしくあたしのことを抱きしめてくれた。  
 
ユメミの腕が、あたしの背中に回されて、  
しっかりと、抱きしめられてしまった。  
あたしも、おずおずと自分の腕をユメミの背中に回して、  
ユメミと、ぴったりくっついた。  
ユメミの綺麗な金髪が顔にかかって、なんだかいいにおいがする。  
もっとユメミの香りを感じたくて、自分の顔をユメミの顔に、  
ほお擦りするように擦り寄せたんだ。  
 
「ミリィ、キス、しても、いいかなぁ」  
おずおずとした口ぶりで、ユメミが問いかけてきた。  
やっぱり、あたしは、声を出す事もできなくって、  
おそるおそる頷いただけだったんだ。  
ユメミの顔が、あたしの正面に向けられる。  
 
あたしは、息がかかるほどの近くで、ユメミと見詰め合う事に、  
耐え切れなくなって、目を閉じた。  
真っ暗な視界の中で、ユメミの顔が近づいてくるのが分かる。  
唇の先に、やわらかいものが、ふっと触れたかと思うと、  
たちまち離れていった。  
 
幾度と無く、そうした短い接触を繰り返しているうちに、  
あたしは、もっとユメミの唇を感じていたいと思ってた。  
「いやぁ、もっと、キス、ちょうだい」  
恥ずかしさに死にそうになりながら、あたしは、  
おねだりの言葉を口にしてしまったんだ。  
 
目を瞑ったままの私の唇に、ユメミのそれが再び重ねられた。  
そして、今度は、すぐに離れる事は無かった。  
あたしは、背中がぞくぞくするような気持ちよさを感じながら、  
ゆっくりと、ベッドの上に横たわった。  
ユメミは、唇を離さないまま、あたしの動きについてきてくれた。  
 
しばらく、その格好のまま抱き合っていたんだけど、  
あたしだけが、アンダーウェアを身に付けているっていうのが、  
なんだか、恥ずかしく思えてきたんだ。  
あたしは、抱き合った姿勢のままで、アンダーウェアを消した。  
隔てるものが何も無くなって、体中でユメミと触れ合ってるのを  
感じながら、薄く目を開いたんだ。  
 
ユメミは、唇を離し、はにかんだような微笑を浮かべながら、  
「ありがと」とだけ言った。  
あたしは、ちいさくうなずいて、「うん」とだけ答えた。  
ユメミの顔が、ゆっくりと胸の方に動いていく。  
乳首をついばむようにして、唇でもてあそんできた。  
 
あたしは、はしたない声が出そうになるのを、必死で堪えながら、  
ユメミの頭や背中を愛撫していたんだ。  
ユメミは、あたしの左右の乳房を、かわるがわる揉んだり、  
吸ったりしていた。  
ユメミの手が、おなかの方で、動くのを感じたとき、  
あたしの意識は、ふっ と途切れてしまったんだ。  
 
気が付くと、あたしは裸のままで、ユメミにだっこされていた。  
「あ、ミリィ〜、気がついたぁ?大丈夫ぅ?」  
目を覚ましたあたしを気遣って、そんなことを聞いてくれたんだ。  
「うん。ごめんね。あたしだけ、眠り込んじゃって」  
「いいのよぉ〜、ミリィって感じやすいんだねぇ」  
 
あたしは、これまで感じたことの無い、気だるさと心地よさに、  
うっとりするような気持ちで、ユメミを抱き返した。  
「ん、んん〜、あぁ〜」  
そしたら、あたしたちが抱き合う感触に、ユメミが  
ものすごく切なげなため息をついたんだ。  
あたしは、ユメミに気持ちよくしてもらっただけで、  
自分がユメミに、何にもしてあげてないことに、気が付いたんだ。  
 
「あたしだけ気持ちよくなっちゃって、ごめんね?  
あたしも、何かしなきゃいけないんじゃないの?  
何も分からないから、教えて?」  
ユメミは消え入りそうな声で、「お願い、さわって」とだけ言った。  
あたしは、小声で「うん」と返事して、ユメミの上にかぶさった。  
 
右手を、ユメミの股間に伸ばした。  
そこは、びっくりするぐらいの湿り気を帯びていた。  
指先で、その部分の形をなぞりながら、  
さっきまでしてもらってたことを思い出して、  
左手と口で、ユメミの胸をまさぐった。  
 
「ん、んふぁう、ミリィ、いっぺんにやっちゃ、だめぇ〜」  
ユメミがそんなことを言ってきたけど、この「だめ」は、  
「もっとして」とゆう催促の「だめ」だった。  
甘えるようなユメミの声が、そのことをあたしに教えてくれた。  
右手を、ユメミの部分にあてがったまま、耳元に口を寄せ、  
ささやくように尋ねた。  
「ユメミ?気持ちいい?」  
 
「う、うん、いいのぉ、すごくいいのぉ」  
すすり泣くような声で答えたユメミは、いきなり両手で、  
あたしのことを抱きしめてきた。  
同時に、両足も、あたしの腰の回りに絡めてきたんだ。  
あたしより体格のいいユメミに、そんなふうにしがみつかれて、  
ちょっとびっくりしたけど、あたしのほうも、  
気持ちが高ぶってしまった。  
あたしとユメミのおなかに挟まれた右手を、すごく意識してしまう。  
だって、女の精霊(こ)の一番敏感な部分を、直接触ってるんだ。  
 
指先に感じられたユメミの突起を、こねるようにしながら、  
ユメミの唇を求めていたんだ。  
最初はおずおずと、少しずつ大胆に舌先を絡めていった。  
ユメミのふさがった口から漏れ出てくる、  
くぐもったすすり泣くような声が、だんだん大きくなってくる。  
リズミカルに動いていたユメミの腰の動きも、激しいものになった。  
あたしのほうも、またさっきのような気持の波が  
押し寄せてきてるのが、分かった。  
 
息苦しさに、思わず口を離し、「ユメミっ、もうだめっ!」  
って言ったら、ユメミも、「わ、私もぉ、いくぅ」って答えたんだ。  
その直後、目の前が真っ白に輝いたように見えた。  
同時に、ユメミのかぼそい悲鳴が聞こえた、ような気がした。  
そして、また、気を失ってしまったんだ。  
 
***  
 
二度目に気が付いたときは、ユメミはまだ眠っていた。  
たった今、体験した事が、事実だとは思えない気分で、  
呼吸を落ち着けようとしていたら、ユメミも目を覚ました。  
 
「にゅふぅ〜、ミリィと、しちゃったぁ〜」  
ユメミは気が付くなり、あたしの胸に頬擦りをしてきたんだ。  
「ミリィ〜、大好きぃ〜」  
甘えてくるユメミを、軽く抱きかかえてあげた。  
まだ小さい頃、泣き虫だったあたしは、不在がちな母の代わりに、  
こんなふうにユーリィ姉にだっこしてもらってた、  
なんてことを、ぼんやり想い出していたんだ。  
 
「ミリィ〜、ごめんねぇ〜」  
「ううん、いいんだよ。とっても、素敵だったよ」  
「違うよぉ〜、伯母さんの修行場でぇ〜、  
ミリィのこと、いじわるしちゃったじゃないぃ〜」  
ユメミが、いきなり謝ってきたんで、てっきり今の行為の事かと  
思ったら、どうやら、違ったようだ。  
どうやら、イツミさんの修行場で出会った頃の、  
出来事の数々のことを、謝っていたんだ。  
 
意地悪もされたし、いたずらだってされた。  
でも、周囲の特別扱いに反抗し、意地っ張りで、負けず嫌いで、  
それでも、本当は優しい娘(こ)だったあの頃のユメミは、  
今のユメミの中にも、確かに息づいていたんだ。  
 
「馬鹿ねぇ、そんなこと、悪くなんて思ってないわよ」  
あたしより体格がいいくせに、まるで子供のように甘えてながら、  
泣きじゃくって、小さい頃のいたずらを詫びてくるユメミを、  
あやすように慰めていた。  
やがて、泣きつかれたのか、まるで赤ちゃんみたいな顔をして、  
ユメミは、あたしの腕の中で眠りについたんだ。  
 
「はぁ〜、姫さんも、帰ってしまったのか〜」  
地上から戻ったばかりのライチが、呆けたような口調で言った。  
あれから、程なくして、ユメミはウガイア公爵位を継ぐために、  
天空界に帰っていったんだ。  
あたしは、いつも一緒だった相棒が居なくなったって事を、  
まだ、納得できていないような気がしていた。  
 
「ミリィさん、これを召し上がりなさいませ」  
休憩室で落胆(しょげ)ていたあたしに、  
フェイミンさんが飲み物の器を手渡してくれたんだ。  
「あ、ありがと…」  
フェイミンさんのことだから、てっきりお茶を淹れてくれたんだと  
思って口をつけたら、器の中身はお酒だった。  
それも、ユメミが好きだった銘柄の。  
「離れた友を想うのには、たまには良いかもしれませんわ」  
「うん。ありがとう」  
 
あたしの向かいに腰かけたフェイミンさんと、ユメミの思い出話を  
していたら、休憩室に若旦那こと、マハルさんが駆け込んできた。  
「えーと、ユナちゃんは居ないか?あと相棒のフェイミンと」  
「はいですぅ」  
離れたテーブルで、気象制御の参考書を読んでいたユナちゃんが、  
返事をしながら顔を上げた。  
もともと書法天使だったユナちゃんは、休憩室にいるときでも、  
気象精霊の勉強をしていることが、多いんだ。  
ファイミンさんも、あたしに中座を詫びて、席を立った。  
あたしも、何だろうと思って、立ち上がった。  
 
「ユメミの転出で、気象室の事務量が急増したんだ」  
どんな時でも、マイペースを崩さなかったマハルさんが、今日は、  
凄くやつれた顔で、ユナちゃんとフェイミンさんに話し始めたんだ。  
「なにぶん、ウガイア公爵位だからね。  
僕やパイカルや、他支局の書法天使たちも、精一杯やってるんだが、  
どうしても、手が足りないんだ。  
だから、ユナちゃんに一時的に事務部門に戻ってもらって、  
僕達の仕事を手伝って欲しいんだけど」  
 
「反対でございます」  
ユナちゃんが何か言う前に、フェイミンさんが言い切ったんだ。  
あんまり強い口調だから、周りの精霊(ひと)たちも、  
何事かと、一斉にこっちを振り向くほどだった。  
「事務部門の負荷調整でございましたら、精霊省内の他部署の  
事務部門と交渉して、増員を図るべきだと思いますわ。  
現在、気象制御部門の作業負荷が低い事は、事実ですけど、  
ユナさんは既に気象精霊の一員でございます。  
安易に事務部門の作業を、依頼するべきではございません」  
 
フェイミンさんには、以前、北米支局で閑職に回され続けた  
苦い経験があるんだ。  
せっかく希望して気象精霊になったユナちゃんが、  
また書法天使に逆戻りさせされる事を、心配してるんだと思う。  
でも、自分の辛かった体験を、相棒のユナちゃんにさせまいとして、  
こんなにきっぱり意見を出せるフェイミンさんも立派よね?  
 
その時、厳しい表情のフェイミンさんと困惑したマハルさんの間に、  
ユナちゃんが割って入ったんだ。  
「フェイミンさんのお気持はうれしいんですぅ。  
でも、私、お手伝いさせていただこうと思うんですぅ」  
「え、また事務部門に戻されてしまうかもしれないのですよ?」  
驚いたようなフェイミンさんの言葉に、ユナちゃんが答えた。  
「各支局の事務部門の人員は決まってるから、  
いつまでも、お手伝いで居座る事はできないんですぅ。  
当然、そのまま書法天使に舞い戻る事も、不可能なんですぅ。  
それに、気象室の事務処理は、精霊省内のほかの部署に比べて  
ちょっと特殊だから、他の部署の精霊(ひと)が、  
いきなりやってきて作業を進めるのは、難しいと思うんですぅ」  
 
さすが、書法天使として経験を積んでるユナちゃんは、  
事務部門の細かい決まりや、事情なんかも、把握してるのよね。  
「何より、私、事務も気象制御も経験してる精霊なんですぅ。  
今度の事で、自分の能力が活かせるとしたら、  
それはすごい事だと思うんですぅ」  
あまりにも真っ直ぐなユナちゃんの態度と言葉に、  
フェイミンさんも、一瞬言葉を失ってしまったんだ。  
 
「そこまで考えておられるなら、私の出る幕ではございません。  
しっかりと、役目をお果たしなさいませ。  
マハルさん、差し出がましいことを申しまして、  
大変、失礼をいたしました」  
「あ、いやいや、無理を言ってるのは、こっちだから。  
イツミさんに正式な辞令を出してもらうんで、  
ユナちゃん、支局長室まで来てもらえるかな?」  
 
マハルさんと支局長室に向かったユナちゃんを見送って、  
あたしとフェイミンさんは、また席に着いたんだ。  
「ユナさんが、あそこまで考えておられるとは、思いませんでした。  
目先の事に囚われる私なぞ、足元にも及びませんわ」  
ため息をつきつつ、フェイミンさんが、そんな事を言ってきたんだ。  
「ううん、そんなことはないと思うよ。ユナちゃんのために、  
マハルさんと交渉したフェイミンさんも、立派だと思うし。  
あ、でも、しばらくフェイミンさんも一人だよね?  
良かったら、あたしと組まない?ユナちゃんが戻るまで」  
 
そんなあたしの言葉に、フェイミンさんが微笑みながら言葉を  
返してくれようとした時、突然、セーラさんが割り込んで来たんだ。  
「あらあら、最優秀の気象精霊と気象参謀をペアにして、  
楽をしていただく余裕は、東亜支局にはございませんわ」  
いきなり割り込まれたものだから、あたしもフェイミンさんも  
言葉も出ないままに、きょとんとしていた。  
 
そしたら、脇から成り行きを眺めていたライチが、  
ちょっかいをかけてきたんだ。  
「何でなのだ?ミリィとフェイミンは仲が良いのだ。  
変な奴と組ませるより、よっぽど効果が上がるのだ」  
「その仲の良いお二人の邪魔をする、変な奴がいるからですわ」  
「誰なのだ?その変な奴というのは?」  
セーラさんは、答える代わりに、黙ってライチとファムを指差した。  
「私達なのかー!?」「にゃ?」  
「そうですわ。ユナが事務部門の応援に出ている間は、  
ライチはミリィと、ファムはフェイミンと組んでもらいますわ。  
これは一種の訓練配置なのですわ。  
お二人には、びしばしと厳しい指導をお願いしたいのですわ」  
最後の言葉は、あたしたちに向けられたものだった。  
 
顔を見合わせて、あっけにとられていたあたしたちの所に、  
今度は、パイカラが駆け込んできた。  
「セーラさんっ、大変ですっ!あっ、ミリィもフェイミンも聞いて。  
運命室から、天候テロの警告情報よ」  
フィオレさんからの事前連絡が入ったんだ。  
まだ、詳細までは、掴めていないみたいなのよね。  
でも、ユメミは居なくなったけど、やらなきゃならない務めが  
あるって事が、なんだか、あたしに元気をもたらしたみたいなんだ。  
 
「分かりました。すぐに地上に向かいます」  
セーラさんに言うと、あたしは勢い良く立ち上がった。  
「ええっ、とゆうことは、私も出るのか?」  
ライチがたじろぐ。この精霊(こ)、突発事態にとっても弱いんだ。  
「そうよ、相棒なんだから。ペアでの初仕事ね。よろしくね」  
「えええーっ、私は地上から戻ったばかりなのだ〜」  
 
「ファムさんも、お仕度なさいませ。私たちも出立いたします」  
「にゃっ」  
ファイミンさんとファムの会話も聞こえてきた。  
でも、ファムったら、ライチのときと同じように、  
フェイミンさんの肩に、勢い良く飛び乗ったんだ。  
なんだか、フェイミンさんよろけてるけど、大丈夫かな?  
「ノーラ、あたいたちも出るぞ!」「はいですのね」  
口々に言い合いながら、休憩室の精霊(ひと)たちも立ち上がった。  
 
みんなも、ユメミが居なくなった寂しさを、  
克服しようとしているんだ。  
ひとりで、いつまでもしょげてたら、ユメミに笑われちゃうよね?  
あたしも、今までの想い出を胸に、足を踏み出したんだ。  
未だ見ぬ未来へと。  
 

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