「何やってんのよ、法師様…あたし、もう待ってらんないよ」
……お嫁に、行っちゃうよ?十年なんて…待たせすぎだよ…
『あの事件』以前からの村人たちはそれでも『事情』を知っているから、気の毒そうな目を向けるだけだが、すっかり平和になった村しか知らない新しい村人たちは、
様々な憶測をひそめた声で語り合う。
村一番の器量よし。気立てもよく働き者。気が強いのだけが玉に瑕。
それでいて、今ではすっかり嫁き遅れの繭のこと。
『あの事件』のことを興味本位で語ることは暗黙の了解で禁忌とされていたが、繭がその渦中にいたであろうことは誰にもやがて察せられることだった。
憶測がやがて真実を押しのけ、交流のある他の村ですらまことしやかにささやかれる『真相』。
医者のトコの娘の繭は嫁き遅れたのではない。『嫁に行けぬ体なのだ』と…。
本当は、待ち人を待って待ってまだ待っているだけの、少女の頃のおもいを大切に守り続けている乙女の澄み切った心のうちを知ることもなく。
そんな人の心に……鬼が住むのかもしれない……