『きらり。』  
きらりは誰かに呼ばれていた。  
『きらり。』  
呼んでいたのは、マネージャーの雲井だった。  
『あ、はい。何ですか雲井さん?』  
『何ぼーっとしてるの、出番よ。まあ、緊張するのも無理ないけれど。』  
『出番って?』  
『あら、とぼけてるの?余裕ねえ。』  
『あなたが、今回のファッションショーのメインゲストなんだから。しっかりやってらっしゃい。』  
『ファッションショー?』  
 
『ほら、みんなも応援してるんだから。』  
『なー!』『きらりちゃーん。これほど社長をやってて幸せなことはないよー。オーイオイ。』  
『こんな世界的なイベントに呼ばれるなんて。ヨヨヨヨヨ・・・。』  
『きらり、がんばれよ。』『きらりちゃん。頑張ってね。』  
なーさんや事務所のみんなが励ましてくれている。  
にもかかわらず、きらり自身が何もわかっていないことが非常にもどかしい。  
 
『今日のために用意した衣装。とてもよく似合ってるわよ。』  
『なー!』『そのとおり。なんて可愛いんだ!まるで天使のようだ。ヨヨヨヨヨ・・。』  
『まあ、馬子にも衣装ってやつかな。』『うん。最高だよきらりちゃん。』  
これほど大絶賛の衣装とはどういうものだろう?きらりは胸を躍らせながら姿見の前に立った。  
『こ、これは?く、雲井さん!!』  
きらりは、卒倒しそうになった。  
 
髪型は問題ない。ツインテールを赤いリボンで結わえて、縦ロールにしている。  
首にはゴージャスな赤いリボンを巻いている。だが、それより下はなにもなく肌色の素肌。  
自分でも気にしている少々小さなバストに、ややくすんだピンク色の乳頭が見えている。  
ヘそはもちろん、その下の密度低めに見える茶色い陰毛も丸見えだ。パンツすらもはいていない。  
わずかに、乳頭から2つ、股間に1つ、リボン型のアクセサリーがぶら下がっているだけだ。  
足元は、小さな赤いリボンがついた純白の靴下に、白いリボンのついた真っ赤な靴をはいていた。  
ほとんど全裸と言っていい。  
 
あまりの驚きに、きらりは口をパクパクさせながら、言葉を出せないでいた。  
『どうしたのきらり?』  
『くっ、くっ、くっ雲井さん!あ、あ、あ、あたし裸!?』  
『はあ?裸?誰が?』  
『決まってます!あたしです、あたし裸なんです!』  
『おかしなことを言う子ね?』  
『見てご覧なさい。全体を赤と白でコーディネートした、赤いリボンが特徴的なドレスよ。』  
『どこへ出ても恥ずかしくない素敵な衣装だわ。』  
『で、でも、でもあたし裸なんです。』  
『何の冗談かしら?緊張をやわらげたいのはわかるけれど。』  
『(雲井さんじゃダメだ。)』  
 
『社長さん!』  
『きらりちゃーん!可愛いよ!オーイオーイ。』『(だめだ。)』  
 
『宙人くん!星司くん!』  
『あたしを見て・・・。』  
(よく考えたらあたし裸だ。)  
『・・・いやっ!あたしを見ないでー!!』  
きらりは、そのあたりにある小物を二人に投げつけた。  
『なんなんだよ。まったく。』『あはは、どうしちゃったんだろうねきらりちゃん。』  
 
『なーさん。助けて。』  
『なー。』  
『えっ?落ち着け。裸なわけないだろって?』  
『素敵な衣装なんだから自信を持て?』  
『そんなこと言われても・・・。あたしどう見ても裸なのに。』  
 
『さあ、時間がないわ。準備なさい。』  
『いやです!あたし出れません!!』  
『今さら何言ってるの!!』  
焦りと苛立ちの入り混じった気まずい沈黙が広がる。だが宙人がそれを破った。  
 
『なあ、きらり。あれほど楽しみにしていたショーじゃないか。どうしたってんだよ?』  
『それに、ドタキャンなんてしたらどうなるかわかってんだろうな?』  
『そうよ、もうアイドルとしてやっていけないわよ。それに事務所もどうなるか。』  
『そ、それは・・・。』  
言われるまでもなく、きらりも芸能界の厳しさはよくわかっているつもりだ。  
出られるものなら出たい。  
『きらりちゃーん!お願いだよ出てよー!頼むよー!うわーん!』  
『社長さん・・・。』  
 
社長には常々世話になっている。いや社長どころか事務所のみんなにもとても世話になっている。  
この愛すべき人々を困らせる選択肢を、きらりは持ち合わせていない。  
『なー!』『そうだよね・・・。なーさんもそう言ってくれるんだし。』  
『きっと、おかしいのはあたしひとり。あたしが我慢すればいいだけなんだもんね。』  
『あたし行きます。』  
 
 
きらりは、他のみんなと舞台袖までやってきた。観客のざわめきや司会の声が間近で聞こえる。  
途中、きらりはパンツだけははいておくべく、ロッカーにあった誰かの下着の着用を試みたのだが、  
皆に全力で止められてしまった。雲井には、『ドレスの上からパンツをはこうとするなんて!』と呆れられた。  
 
『スースーする。やっぱりあたし絶対裸だ。何でみんな気づかないの?何で?』  
決心したとはいえ全然納得ができていない。  
 
『それにこれ、一体何の冗談なの?』  
よくよく見ると、乳頭からぶら下がるリボン型のアクセサリはピアスだった。  
乳頭の根元をリングがしっかりと貫通している。リングを引っぱると開いた穴が広がり下が見える。  
見るからに痛々しいのだが不思議と痛みがなく、くすぐったい。  
もうひとつぶら下がっている股間のそれは、クリトリスに施されたピアスだ。  
包皮をから露出させたクリトリスの根元を細いリングが貫通している。引っぱるとちぎれてしまいそうで怖い。  
歩いただけでも無理やり勃起させたようなそれを触られる感触が酷い。  
はっきり言って痛いというよりも苦しいという感触だ。  
これのせいでここまで来るのも大変だった。どれも簡単に外せそうにない。外すのは無理だ。  
 
前のプログラムが終わったのだろう、拍手が聞こえてきた。続いて司会者の声が。  
『ブラックウッドプレゼンツ。黒木旭ファッションショー。全世界同時生中継でお送りしております。』  
『全世界同時生中継!?聞いてないよーー!』  
きらりは顔面蒼白だ。  
 
『さて、いよいよ後半に入ります。ここで本日のスペシャルゲスト、月島きらりちゃんの登場です。』  
『皆さん拍手でお出迎えください。』  
 
いよいよ出番だ。だが間の悪いことに嫌な考えが頭をよぎった。  
もし、おかしいのが雲井をはじめ事務所の人の方だったら?自分を含めた観客がもし正常だったら?  
『ひーーっ。なんで今さらそんなことに気づくのーー!!やっぱやだ!!』  
『今さら何言ってるんだ。とっとと行ってこい!。』  
宙人に背中を押され勢いよく舞台の真ん中に飛び出した。  
 
きらりの頭の中は真っ白だった。  
裸の自分を見た観客はきっとどよめくに違いない。そうなったらアイドルとしておしまいだ。  
心臓はバクバク、足元もガクガク、もうどうしていいかわからない。  
 
スポットライトがきらりを捉えた。スポットライトの中で素肌の輝きが反射する。  
何千という観客の声援と拍手が光の外側からきらりの肌に直接降り注ぐ。  
『ひっ。いや。見ないで!』  
 
スポットライトの強い光に慣れ、観客の姿が見え始めた。  
『きらりちゃーん!すてきー。』『きれいー。』  
想像していたブーイングやどよめきなどは聞こえてこない。  
 
司会は司会で、きらりと衣装の紹介を始めた。  
『ますます絶好調のアイドルNo1。月島きらりちゃーん。今日は赤と白のコーディネイトの・・・』  
『みんな気づいてないの?あたし大丈夫なの?』  
 
もともと舞台度胸のあるきらり。  
観客の反応が普通となれば、いつものとおりやればいいのだ。自分にそう言い聞かせた。  
きらりはランウェイの先を見た。思ったよりも長い。ここを往復しなければ。  
 
司会の紹介にあわせてランウェイを歩く。  
バランスがとれない。人前で裸で歩くことがなんと難しいことか。  
ドレスを着ていると自分に思い込ませた。  
そうだ笑顔だ。笑顔を忘れていた。きらりはなんとかこわばる笑顔を振りまいた。  
 
一方、現実空間でモニター映像を眺めているものたち。  
『あらあら、きらりちゃんお気の毒。あんな恥ずかしい格好でファッションショーだなんて。』  
『あの格好、あなたの趣味?』『いや、そんなつもりはないのレスが・・・。』  
『まあまあ。笑顔が引き攣ってるわ。それに右手と右足が同時に出てる。うふっ。』  
『あっ。でもさすがね今のターンは。』  
『くるっとまわってポーズして、まるで本当にドレスを着てるみたいだったわ。』  
 
きらりは、ランウェイの半分まできたころには、調子を取り戻し始めていた。  
なんとかファッションショーとしての歩きや、ポーズなどをそれなりにこなしていた。  
観客に手を振り微笑む余裕が出てきた。観客も声援を返してくれる。観客たちと触れ合える一瞬だ。  
やはり自分は見られるのが好きなのだ。だからアイドルは辞められない。そう実感していた。  
 
ランウェイの先端近く、両脇に待ち構えるプレスの記者やカメラマンたち。  
『(ひぃー。やっぱり恥ずかしい。撮っちゃだめー。)』  
ローアングルからフラッシュが焚かれる。だが、ここではターンしてポーズをとらなければならない。  
ファインダーを通して自分を凝視する熱い視線が、素肌に突き刺さる。  
だが、自分の思惑と裏腹に身体が勝手に動く。アイドルの本能が、見られたい本能が身体を突き動かす。  
『(あはは・・・。いっぱい撮られちゃった・・・。あたしの裸。)』  
 
ランウェイの先端まで来た。あとは普通に戻るだけだ。早く終わらせたい。  
だがさっきから気になっていたが、ここにあるスタンドマイクは一体何だ?  
その疑問はすぐに明らかになった。  
 
『それでは、月島きらりちゃんに歌っていただきましょう。曲は”チャンス!”。』  
『ええっ!歌うの?ファッションショーなのに?』  
音楽が鳴り始める。もう後戻りはできそうもない。  
『ええーい。もうどうにでもなれー。』  
きらりはやけくそだった。  
 
何度も披露してきた自分の持ち歌だ。振りは完璧。ダンスなど目をつぶってても踊れる。  
『あはっ。身体がとても軽い。』  
きらりは裸のまま歌って踊い始めた。今まで味わったことのない開放感。  
観客の声援が視線が素肌に直接当たる感触。今まで味わったことのない快感。  
激しいダンスはピアスを上下に揺らし、パンパンに膨らんだ乳首とクリトリスをさらに膨らませる。  
まるで全身が性感帯になったようだ。肌に降り注ぐBGMにさえ感じてしまう。  
じんわりと濡れていくあそこの感触が気持ちいい。快感に咽びながら歌い踊り続けた。  
『裸っていいかも・・・。』  
 
2番目のサビの部分だ。  
ここで衣装のチェンジが起こるのだが、それはリバーシブルのチャンスドレスでこそだ。  
ドレスはないものの、きらりはいつもどおり衣装チェンジの振り付けを実行した。場内に大きなどよめきが広がる。  
今までと違い異様な雰囲気ではあったが、感度の高まりきったきらりにとって、それさえも快感以外の何物でもなかった。  
快感に酔いしれたまま最後まで熱唱した。  
 
そして、歌い終えてポーズをとったころには、観客の声も司会の声もなく、あたりは静まり返っていた。  
『どうしたのみんな?』  
 
観客のいくつものひそひそ声が、重なり次第にざわめきへと変化していく。  
『きらりちゃんが裸だ。』  
ついに耳に入ったその一言に、きらりは今まで自分が積み重ねてきたものの全てが崩れ去る音を聞いた。  
きらりは呆然とした表情で力なく床にへたり込むと、そのままぱたり倒れ意識を失ってしまった。  
 

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