放課後。  
とりあえず、今日学校でする用事は全て終わらせたので、少しだけ時間が余ってしまった。  
まだ帰るには、時間は少々早いので、私は音楽室へと向かった。  
大好きなピアノを弾くために。  
 
窓からは、夕焼けの赤い光が差している。  
もう夏も過ぎて、日の落ちるのが早くなっている。でも、まだ帰宅には少し早い。  
だから私は、その空いた時間を好きなことに費やすのだ。  
そして、今私の好きなことは、気の向くままにピアノを弾くこと。  
でも、私がピアノを弾くのは、ただ単に弾くのが好きというだけではない。  
大好きなあの人が、ピアノの音色に引き寄せられて、やってくるかもしれないからだ。  
 
私とあの人の最初の出会いも、私が音楽室でピアノを弾いているときだった。  
彼は、「君のピアノの音に引き寄せられて来たんだよ」と言う。彼にとっても、私のピアノは、とてもお気に入りなようだ。  
そして、私がピアノを弾いていると、彼はたびたびやってくる。そして・・・何も言うわけではない。ただ、じっと、私のピアノの音に耳を傾けているのだ。  
そして演奏が終わると、彼は心底から満足そうな顔をする。  
その顔を見るだけで、私も心が満たされる。  
なぜだろう?彼と一緒にいるだけで、私の心は熱く燃え上がるような気分になる。  
(もしかして・・・・・・これが、恋!?)  
今まで味わったことのない、この気持ち。私は彼に、恋をしたのだろうか。  
経験がないから、わからない。でも、おそらく、これが恋。  
 
そして、あの曲がり角でのハプニング。  
 
思わず彼とぶつかってしまい、そのときに、キスをしてしまったのだ。  
あまりの事態に、私は思わず泣いてしまう。でも、実を言うと、嫌な気分ではなかった。ただ、驚いて、泣いてしまっただけ。  
そして、彼は謝りながらも、慰めてくれた。そんな彼に、私はこう言った。  
「これからも、私の話し相手になっていただけますか?」  
本当は、もっと深い仲になりたかった。欲を言えば、「責任を取って、私をお嫁に貰ってください」ぐらいは言いたかった。  
もちろん、誰でもいいというわけではない。彼だから・・・相原光一という、素敵な彼だから。  
 
でも、私にはそこまで言うことができなかった。  
それは・・・・・・  
 
私の父が決めた、私の婚約者という存在。  
私は彼に会ったことがない。だから、彼のことは何も知らない。現在、医大生だということだけれども、一体どういう人なのだろうか?  
悪い人ではないのかもしれない。でも・・・・・・  
 
私は、その正体不明な彼よりも、相原さんのほうが好き。  
でも、父の決めた婚約者。父は私が赤ん坊の頃から、私を慈しみ、育てて下さった。だから、その父を裏切ることなどできない。  
私は、どうすればいいのだろう?  
 
一時の儚い恋物語として、相原さんと接すればいいのだろうか?  
私は、それは嫌だ。まるで、行きずりの関係みたいに思えてしまうので。  
 
私は、彼とは、一生添い遂げたい。行きずりの関係なんて、絶対嫌。  
彼は、それほどまでにいい男。そして、優しくて、素敵な男。  
父は私に婚約者を決めてしまったけれど、私は・・・・・・彼と一緒になりたい。  
世界中の誰よりも素敵な、相原光一という男性。  
これが、私の初恋。  
 
そして、音楽室前の階段に来たとき、私は誰かに呼び止められた。  
「あ、祇条さん。」  
えっ?  
私は声の方を振り返った。すると、階段の上に、相原さんが立っている。  
「あ、相原さん・・・」  
「まだ学校にいたんだね。」  
彼は優しく、私に語りかける。その彼の姿は、あまりにも素敵で・・・私も思わず見とれてしまう。  
(相原さん・・・何て素敵なの・・・)  
夕日に照らされているせいだろうか?彼の姿は神々しく、まるで王子様に呼び止められたような・・・  
 
あっ!  
 
目、目の錯覚でしょうか!?階段の上から私を見下ろす彼の姿が、一瞬、王子様ならぬ、裸の王様に見えた。  
着衣を何も身に着けていない、そして、股間から巨大なモノをぶら下げた、裸の王様に。  
「きゃあっ!!!」  
私は思わず顔を手で覆って、しゃがみこんでしまった。な、何てモノを見せるんですか・・・!  
「ど、どうしたの祇条さん!?」  
すると彼は私のところに駆け寄ってきた。  
「だ、だって・・・・・・そんなモノを・・・・・・」  
「そんなモノ?何それ?」  
「えっ・・・・・・?」  
私は恐る恐る彼を見た。すると・・・・・・彼は普通に制服を着ている。もちろん、ズボンのチャックも、ちゃんと閉じている。露出しているわけもない。  
「あ・・・・・・」  
私は思わず呆然としてしまう。今見たものは・・・・・・何?  
彼は着替えた様子もない。最初から、彼は制服姿だったのだ。  
「わ、私・・・・・・いえ、何でもないんです。」  
「大丈夫?」  
「は、はい・・・」  
私は思わず赤面してしまった。今見たのは、全部・・・私の妄想だったのだ。  
あるいは、私自身の潜在的な願望なのかもしれない。  
でも・・・私は、いつか彼の本当の姿を、見てみたい。  
そう、父の意向を無視してでも。  
 
思えば、これが運命だったのかもしれない。  
 
おしまい  
 
 

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