「こらっ!お前たちっ!」
私が廊下を歩いていると、曲がり角の向こうから大きな声が聞こえてきた。
あら?この声・・・・・・同じクラスの、相原君の声だわ。
相原光一。私と同じクラスの、男の子。彼は入学当初から、女子たちの噂の的になっていた。
何でも、すごくアソコがでかいらしい。そういう話は、私も聞いてはいるが。そもそも、私には関係ない話。というか、まったく興味ない話である。
アソコがでかいとか小さいとか、この学校生活では、全然関係ない話じゃない。そもそも、そんな話題があること自体、校内の秩序の低下を、端的に表していると言えるわよね。
さっきも、女の子たちの間で、話題になってた。その話を聞くと、私はすごく不愉快になる。
校内の秩序を護る風紀委員としても、また、厳格な個人としても。
風紀を乱す、その話題。とは言っても、相原君本人に、『チンチンを切れ』と言うわけにはいかない。だってそれは、紛れもなく身体の一部なのだから。
そんなことをして、傷害事件にでもなったら、そっちの方が問題だろう。だから、彼のアソコそのものに関しては、処罰は下せない。
ということは、話題にする側に、自粛を求めるしかないのだ。
しかし・・・・・・何でこんな話題が流行るのだろう?
そもそも、誰が、いつ、どこで見たのだろう?
そして、その噂は、本当なのだろうか?
・・・・・・って、私は興味ないって言ったじゃない。
もうこの話はやめ。不愉快だわ。まったくもう!
私は小さいときから、女が大嫌いだった。
女という性別。そして、女である、自分も。
幼い頃から、父の道場で、柔道を一生懸命やってきた自分。もちろん、柔道の道場であるから、父の門下生は、皆、男ばかり。
そして、そんな彼らとも、何度も対戦したことがある。もちろん、そう簡単には勝たせてもらえない。
まず第一に、身体の大きさが違う。そして、筋肉の付き方も違う。私の小さな身体では、どうやっても筋肉ではかなわない。
もっとも、柔道は、『柔よく剛を制す』ものである。だが、相手も同じぐらいか、それ以上の技術を持っていたら、やはり身体の大きいほうが有利なのだ。
筋力、体力では、どうやってもかなわない。生来負けず嫌いの私にとっては、それは屈辱的とも言えた。
だから、私は、女が嫌い。女も、そして、女である自分も。
男に生まれたかった。私はいつしか、そう思うようになっていた。
そして、小学校から、中学にあがる頃に起きた、女であることの、もう一つの苦痛。
それは・・・・・・『生理』。
この女独特の、奇妙な現象。それは、非常に不愉快な、そして嫌な代物だった。
陰部からの出血、けだるさ、そして、腹痛。それは、毎月やってくる、女だけの、現象。
私は、これが大嫌い。でも、これから逃れるすべはなかった。だから、仕方がなく、この不快なイベントに、毎月付き合っているのだ。
本当に、男が羨ましい。身体も大きくて、力も強くて、そして、生理もない。
だから、なよなよしてるような軟派な男を見ると、思わずぶん殴りたくなってしまう。
もっとも、本当にぶん殴ってしまうと、秩序が乱れるので、やらないが。
相原光一―――彼は、私の中では、その軟派な男の一人だった。
毎日というほどではないが、よく遅刻してくるし、他にもいろいろとだらしない。
聞けば、妹も一緒に住んでいて、その妹の方は遅刻することもないのに、どうして兄の方は遅刻ばっかりなのよ?
少なくとも、私はそういう先入観で、彼を見ていた。
だから、今のこの光景が、私には信じられない。
廊下を走っていた女の子二人に、ちゃんと注意しているのだ。
「廊下は走っちゃダメだろう!」
「は〜い・・・」
女の子二人はしゅんとしている。へえ・・・やるじゃない。
意外だった。彼は、だらしない軟派な男の代表・・・そう思っていたんだけど、ちょっとだけ見直した。
「やるわね、相原君。」
「あ、栗生さんじゃないか。」
そして彼は、私の姿を確認すると再び、彼女たちを見た。
「大体お前たちは・・・」
うんうん。どうしてどうして、かっこいいじゃない。
「スカートの丈が・・・」
あら、いいところに目がついたわね。確かに、二人とも、ちょっとスカートが短すぎるわ。
「長すぎるぞ!」
そうそう、長・・・って、ええっ!?
「ちょっと相原君!何てこと言うのよっ!」
私は思わず前に進み出た。
「スカートはヒザ上40cmって、校則にも書いてあるだろう?」
「ちょっと!んなこと書いてないわよっ!ウソ言うんじゃないの!第一、パンツ丸見えじゃない!」
そんな校則、あるわけがない。やっぱり、彼は、軟派男なのかしら。
「そうよそうよ、お兄ちゃん!」
「ひどいです、先輩!」
二人の女の子も彼に食ってかかる。しかし、お兄ちゃん?
「そんなことないぞ。ほら、ここに。」
すると彼は、生徒手帳を開いて見せた。そこには、ボールペンで、『スカートはヒザ上40cmとする』と書いてある。
「あのねえ・・・明らかに、書き足してるだけじゃない。」
「そんなことないぞ。菜々となるみちゃんも、見せてごらん。」
すると、二人とも生徒手帳を開いて見せた。その時、相原君の手がものすごい速さで動くと、二人の生徒手帳に、同じことが書かれた。
「ああっ!何てことするのよお兄ちゃん!!!」
「ひどいです、先輩・・・」
「ほら、二人の手帳にも書いてあるじゃないか。」
「あんたが今書いたんでしょーがっ!!」
「まさか、砂漠の蜃気楼でも見たんだよ。」
「そんなわけない!第一、ここは砂漠じゃない!!!」
私は思わず反論する。しかし、彼はまるで意に介さないかのように、私を見た。
「そうだ!今ここにちょうど風紀委員のお姉さんがいるから、彼女にお手本を見せてもらおうか。」
風紀委員?それって・・・私のことじゃない!
「ちょ、ちょっと!冗談はやめなさいよ!」
「冗談なんかじゃないさ。」
そして彼は私に顔を突き合わせた。
「見たいんだ。栗生さんの、パンツ姿。」
私は思わずごくっと息を呑んだ。相原君・・・けっこう、いい男。
私はそのまま、彼の襟を掴んだ。そして・・・
「いいかげんにしなさい!」
一瞬の背負い投げで、彼を投げ飛ばした。そして、彼は床に叩きつけられた。
だが、彼はすぐに起き上がり、再び私と顔を突き合わせる。
「お願い。見せて。」
「ふざけんじゃない!!!」
ばたーん!
再び彼を投げ飛ばした。しかし、すぐにむくっと起き上がり、また顔を近づけてくる。
「頼むから、さあ。」
ばたーん!
「お願いします。」
ばたーん!
「見せておくれよぅ」
ばったーーーん!
「頼む。お願い。」
「いいかげんにしなさいっ!!!」
ばったーーーん!
「お願い。この通り!」
ばったーーーん!
「見せてください!」
・・・・・・。
はあ、はあ、はあ・・・・・・
な、何なのよ、この男・・・・・・
何べん投げ飛ばしても、そのたびにすぐ起き上がってくる。
もう、私の体力も、限界に近かった。
私は、きょろきょろと辺りを見回した。何人か、人がいる。
「相原君!こっちにいらっしゃい!!!」
私は全速力で相原君の腕を引っ張って廊下を駆け抜けた。
「あ・・・お兄ちゃん、菜々、おいてけぼりなの・・・?」
「ひどいです、先輩・・・」
ここなら、人目につかない。
私は彼をきっと睨んで言った。
「いい?このことは、誰にも内緒だからねっ!あなただけに、見せるんだから!」
「う、うん・・・・・・」
私はそっと、スカートを上に捲り上げた。その瞬間、彼の視界に、私の・・・パンツが映った。
彼はかっと眼を見開いたまま、じっと私のパンツ姿を見ている。
「栗生さん・・・・・・すごく、綺麗・・・・・・」
「えっ?」
「君の心のように、真っ白で・・・・・・僕、すごく感動したよ・・・・・・」
「相原君・・・・・・♥」
思えば、これが運命だったのかもしれない。
おしまい