「ねえ、星乃さん。」
僕の言葉に、思わずうろたえる星乃さんに追い討ちをかけるように、僕はさらに声をかける。
「大丈夫だって。星乃さんなら、きっと出来るよ。」
「そ、そんな、私なんて・・・・・・」
思わず彼女はどもってしまう。それほど、僕の申し出は意外なものだったのだ。
それは・・・・・・
学園祭のチアガール。
「僕は、大丈夫だと思うんだけどな・・・。」
「で、でも私・・・その・・・恥ずかしいし・・・」
そんな彼女に、僕はそっと囁く。
「それに、君のチアガール姿も、見てみたいしね。」
星乃さんの顔が、一瞬にして上気する。今まで、内気で友達も少なかった星乃さん。でも、せっかくこんなに美人なのに、勿体無い。
こんな美人を、どうして周りの皆は今まで放っておいたのだろう?いくら内気とはいえ、こんなに美人なのに・・・。
「そ、そんな・・・恥ずかしいよぅ・・・」
彼女はとても恥ずかしがっている。しかし、否定の言葉は聞かれない。これは・・・、もうすぐ陥ちるという証。
その時、僕の後ろから、菜々となるみちゃんがやってきた。
「どうしたんですか、先輩?」
「ああ、実は・・・・・・星乃さんが、学園祭で、チアガールをやることになったんだ。」
「えええっ!?そ、そんな、ちょっと相原くん!どうして確定なの!?」
途端に菜々となるみちゃんの眼がキラキラ輝く。
「きゃーっ!星乃先輩、素敵ですぅ〜♪」
「先輩〜♪菜々、早く見てみたいなあ♪」
この二人の懇願するようなキラキラお目々に、星乃さんは思わず後ずさりする。
「え、ええっと・・・その・・・」
「頑張ってくださいね、先輩♪」
「菜々も、応援してるからね♪」
「う・・・うん・・・まかせて・・・」
「やった!これで、星乃さんのチア確定だ!」
「う〜、相原君・・・・・・ずるいわよ・・・・・・」
とにかく、こうして星乃さんのチアリーダー姿が拝めることになった。菜々、なるみちゃん、ナイスタイミング!
だが当日・・・・・・
「あああっ!ない!ないわっ!!!」
珍しく、星乃さんが大声でうろたえていた。
「ど、どうしたの星乃さん!?」
「ど、どうしよう・・・チアに使う、ボンボン・・・家に忘れてきちゃった・・・・・・。」
聞くと、星乃さんは昨日も、家にボンボンを持って帰って、チアの練習をしていたそうだ。だが、その代償は、あまりにも大きかった。
うっかり、ボンボンを忘れてしまうとは・・・・・・星乃さんらしくもない。なんてことをいくら言っても仕方がない。
今、現実に、彼女のボンボンは、ここにないのだ。彼女の生真面目さが、今回は裏目に出た。
「困ったわ・・・・・・」
彼女はうつむいている。今にも、泣き出しそう。僕の大好きな星乃さんが困っている。その姿を見て、僕がじっとしていられるわけがなかった。
「星乃さん、ちょっと待ってて!僕が代用品を探してきてあげる!」
「相原くん・・・ごめんなさい。」
「いいって!それより、今は時間がない!じゃあ、探してくるから、待っててね!」
そして僕が教室を出たその時、すぐ前を菜々が歩いているのにぶつかった。
「お、お兄ちゃん!どうしたの?」
「菜々か!大変なんだ!星乃さんが、ボンボンを忘れてきたって!」
「えええっ!?それは大変!私も一緒に探してみるねっ!」
そのまま、菜々は家庭科室へと向かう。
家庭科室は、出店の準備で大忙しだった。その中に、なるみちゃんもいる。
「どうしたの菜々ちゃん?」
「実は・・・かくかくしかじか・・・」
「ええっ!!!それは大変!!!・・・・・・そうだっ!!!」
なるみちゃんは戸棚を開けて、中にしまってあった2枚のお盆を取り出した。
「菜々ちゃん!とりあえず、これを代用品として使って!!!」
「ありがとうなるちゃん!お兄ちゃん、急ごう!!!」
とりあえず、その2枚のお盆を持って、チアの準備用の教室へと向かう。
「星乃さん!持って来たよ!」
僕は菜々からお盆を受け取ると、それを早速星乃さんに手渡す。
「・・・・・・。」
星乃さんは歪んだような口元をして、僕の差し出した2枚のお盆を見ている。
「え、ええっと・・・・・・これで私に、何を踊れと?」
「頑張って星乃さん!!!」
「・・・・・・。」
僕はぎゅっと握り拳を作って、星乃さんにガッツポーズを見せる。
「君なら、できるさ!」
「先輩!私も、応援してるね♪」
「・・・・・・。」
そして、いよいよ、我が輝日南高校と、強豪輝日西高校とのサッカーの試合が始まった。
やはり、苦戦している。さすがインターハイの常連だけあって、相手は強かった。
我らが星乃さんも、ボンボンの代わりのお盆で応援しているけど、その差は一向に縮まらない。
星乃さんは一生懸命応援しているが、やや険しい顔をしていた。
(こうなったら・・・・・・やるしかない。)
彼女の強い意志。それによって、彼女の今までの躊躇いが一瞬に吹き飛ばされる。
この劣勢を挽回するには、自分が・・・やるしかない!
彼女はこくりと頷いた。まるで、意を決したかのように。
そして・・・・・・。
彼女は、ついにチアの衣装を脱ぎ捨てた。
今、彼女が身につけている衣装は、何もない。辛うじて、彼女の最後の砦を、2枚のお盆が隠しているだけだ。
「あら、えっさっさ〜!!!」
会場内に響き渡るような大声で、彼女は踊る。
両足を、交互に片方ずつ高く上げて。それに合わせて、己の股間を隠すお盆も、片方ずつ交互に上げている。
「がんばれ、がんばれ、輝日南!」
一瞬、輝日西の選手の目が奪われる。その隙を突かれて、彼らは遂に、失点を許してしまった。
「おおおっ!!!」
「いいぞ!星乃さん〜♪」
踊りを終えた彼女は、肩で荒い息をしていた。半分ほど、眼に涙を溜めている。だが、その表情は、大仕事をやり終えたという、達成感に満ちている。
試合は、1−1の同点だった。とはいえ、あの強豪と引き分けたのだから、その価値は、勝ちにも等しい。
「よく頑張った。おめでとう!」
僕の言葉に、彼女はこくりと頷いた。
こうして、彼女は、伝説となった。
おしまい