「ねえ光一、菜々ちゃん、お昼ご飯食べに行かない?」
学園祭も無事に終わったあるのどかな日曜日のお昼前、摩央姉ちゃんが相原家の玄関にやってきた。
ちょうど両親は出かけてていない。そのため、お昼は何にしようかと相談中だった矢先であった。
「わあ、摩央お姉ちゃんとお食事なんて、久しぶりだね〜♪」
菜々はまるで子供のように無邪気に喜んでいる。
「ねえ、お兄ちゃん!摩央お姉ちゃんと一緒にごはんにしようよーっ!」
「はいはい。」
こうして、僕たちは摩央姉ちゃんと一緒に、ご飯にすることにした。
「それじゃ、どこで食べようか?」
摩央姉ちゃんが聞くと、菜々は手を高く上げて己の意見を主張する。
「はいはいはーい!私、なるみちゃんのお店がいいでーす♪」
なるみちゃんのお店。それは、駅前にあるうどん屋の「里なか」。頑固ななるみちゃんのおじいさんが経営していて、なるみちゃんはそんなおじいさんを
尊敬している。
(なるみちゃん、か・・・)
僕はふと、数日前の学園祭のことを思い出した。あのとき、僕の隣には、ずっとなるみちゃんがいた。
可愛くて、健気ななるみちゃんを、僕は本気で好きになった。そして、なるみちゃんも・・・・・・
あのときから、僕となるみちゃんは恋人同士になった。今思い出しても、顔が思わず赤くなる。
そう、あの、初めて恋人同士の契りを交わした、あのキスを思い出して・・・・・・
「お兄ちゃん、どうしたの?」
僕の横で、菜々が不思議そうに僕を見ている。
「あっ、そうかそうか。なるみちゃんのこと思い出してたんだね♪」
その反対側で、いきなり摩央姉ちゃんが、僕の小腹を肘で突付いた。
「ねえ、なるみちゃんとは、どこまでいったの?お姉ちゃんにも、教えてほしいな〜」
「か、からかわないでよ摩央姉ちゃん!」
「あはは。」
そんな調子で、僕たちは駅前までやってきた。
日曜日のお昼時だというのに、店は閉まっていた。玄関の戸には、張り紙がしてある。
『都合により、本日は閉店させていただきます』
「え〜っ!?開いてないのおっ!?ぶー!!!」
菜々が思わず不満を漏らす。その横で、摩央姉ちゃんも、腕を組んで立っていた。不満そうに。
「ねえ光一、どうする?他のお店に行く?」
「そうだな・・・・・・」
そのとき、横開きの玄関の向こうに人影が現れた。そして、玄関の扉がガララと開いた。
「先輩!!!いらっしゃい!!!」
姿を現したのは、なるみちゃんだった。お店は開いていないはずなのに、なるみちゃんは割烹着を着ている。
「さあ、入って入って♪」
なるみちゃんは僕たち三人を店の中に招き入れると、そのままガラリと扉を閉めた。
「今日は、先輩のために、貸切りでーす♥」
「ねえなるみちゃん、今日はお店はどうしたの?」
僕が聞くと、なるみちゃんは答える。
「あのね、今日はおじいちゃん、このお店を出すのに出資してくれた人が亡くなっちゃって、お葬式に行ってるの。それで急遽、お休みになっちゃったんです。」
「そうだったのか・・・・・・。でも、なるみちゃんはどうしてここに?」
「えへへ・・・・・・私、先輩のために、新しいおうどんの味を研究中なんです♥それでね、おじいちゃんが、今日はお店の中、自由に使っていいって♪」
そしてなるみちゃんはテーブルに僕たちを案内してくれた。
「さあどうぞ。こちらにお掛けくださいね♪」
僕たちがいすに腰掛けると、なるみちゃんは厨房に向かった。そして・・・・・・
「へえ、手慣れたものねえ。」
「なるみちゃん、うまいね〜♪」
摩央姉ちゃんと菜々が、厨房内をせわしなく動き回るなるみちゃんを見て、口々に感想を言っている。
「そりゃそうだよ。いつかおじいさんの後を継ぐんだから。」
凄腕のうどん職人であるおじいさん。なるみちゃんも手際が良いが、あのおじいさんにはまだまだかなわない。
なるみちゃんがおじいさんに追いつくには、まだまだ精進が必要なようだ。
「はい、できました〜♪」
やがて、なるみちゃんは3つのうどんを運んできた。
「これが摩央先輩ので、こっちが菜々ちゃんので、そして・・・・・・」
僕はふと疑問に思った。摩央姉ちゃんのおうどんと、菜々のおうどん。それは普通のおうどんである。海老天が4つも乗っかってるのは、サービスなんだろう。
「こちらが、先輩のでーす!」
僕のうどんだけ、他のと違う。汁の色も、その上に乗っかってる具材も。
「さあ、召し上がれ♪」
なるみちゃんがそう言うと、僕たち三人は両手を合わせてお辞儀をした。
「いただきまーす♪」
摩央姉ちゃんと菜々の二人は、さっそくうどんをすする。
「うん、おいしー♪」
僕のうどんだけ、何かが違う。なんだろう、これ・・・・・・?
僕はおそるおそるお箸を伸ばしてみた。ドロっとした、妙に粘っこい汁。そこから放たれる匂いも、どこか異様だ。
ふと周りを見ると、摩央姉ちゃんと菜々は食べ終わっている。汁の一滴も残さずに。
「ふうー、おいしかったー♪ごちそうさま!」
「あら、光一、食べないの?」
「い、いや・・・食べます。」
なるみちゃんは、固唾を飲んで僕の一挙一動を見つめている。本当に、食べられるのだろうか、これ?
匂いからして、異様な生臭さだ。しかも、汁が糸を引きそうなほどに粘っこい。
でも、せっかくなるみちゃんが作ってくれたおうどんなのだ。食べないと、なるみちゃんに悪い。
僕は観念して、おうどんを口の中に入れ、一気にすすった。
「!!!」
味の方は、ややしょっぱいが、それほど強烈ではない。
ただ、汁全体がドロッとしているので、やや食べにくいかな。
ところが、食べたあとに、何だかイカのような強い後味が残る。胸焼けが起きるほどの、強烈な苦味。
「な、何だこの味!?」
摩央姉ちゃんが興味津々といった感じで、僕の食べるのを見ている。
「ねえ光一、私も一本もらっていい?」
「えっ!?食べるの、これ?」
「ちょっと興味あるわ。」
そして摩央姉ちゃんはうどんを一本箸でつまみ、すすってみた。
「う・・・・・・すごい味・・・・・・」
思わず摩央姉ちゃんも絶句する。それを見て、菜々もお箸で僕のうどんを一本つまんで食べてみた。
「・・・・・・ね、ねえなるみちゃん、この味・・・・・・?」
菜々の声とともに、僕はなるみちゃんのほうを振り返った。すると、なるみちゃんは頬をほんのり赤く染めていた。
「あのね、先輩・・・・・・実は、それ・・・・・・先輩の精子の味を、再現してみたんです。」
ぶっ!!!
僕たち三人は、一斉に吹き出した。
「な、なるみちゃん!」
「でも、安心してくださいね♪ちゃんと、食べられる食材を使ってますから♥」
それは確かにそうだろうけど・・・・・・でも、僕の精子の味って・・・・・・
するとなるみちゃんは僕の目の前に顔を近づけて、にこっと微笑んだ。
「先輩、ちゃんと残さずに食べてくださいね♪私だって、あの時、ちゃんと全部飲んだんですから♥」
その横で、摩央姉ちゃんが呆れている。
「光一・・・・・・なるみちゃんと、何をやったの?」
おしまい