学園祭から月日は流れ、摩央姉ちゃんが大学に通うようになってから半年。  
僕と摩央姉ちゃんとの交際は至って順調に進んでいた。  
勿論、彼女は大学生で僕は高校生。  
生活する空間が違えば多少のすれ違いは必然――なのだけれど。  
 
「摩央チェックリターンズその1、『会えない時間はお互いの気持ちを高めあうチャンス』」  
 
という事らしく、更に言えば実際その通りになっているわけで。  
最近は、顔を合わせればキスばかり。  
下校途中に物陰でも見つけようものなら、  
会えない時間の切なさをぶつけ合うようにお互いの唇を重ねあっていた。  
そして今日も――  
 
「ん……っ」  
 
触れ合う唇。  
薄くルージュを引いた彼女の唇は、しっとりと濡れた感触が心地良い。  
摩央姉ちゃんは綺麗になった。  
いや、もともと凄く綺麗だったんだけど、大学に通うようになってからは益々磨きが掛かったようだ。  
けれど抱き締めた肩は、やっぱり柔らかで、とても華奢で。  
このまま力を込めていけば簡単に壊れてしまいそうな、不安な気持ちすら湧いてくる。  
今、腕を離せばまた彼女はいつも通りの日常の中へ帰っていってしまう。  
 
僕のいない大学で、僕の知らない誰かと笑いあう生活へ。  
イヤだ。  
 
「……光一……?」  
 
いっそ壊してしまいたくなる。  
切ない。  
離したくない。  
このまま、ずっと重なり合っていたい――  
 
不意に摩央姉ちゃんが顔を離した。  
薄茶色の大きな瞳が、こちらを覗き込むように見つめている。  
昔はその瞳を見上げていた。  
今は、僕が見下ろす側……しまった、また切なくなってきた。  
 
「摩央チェックリターンズその2、『お姉ちゃんは年下の男の子に泣かれると困る』……なんてね」  
 
「え?」  
 
微笑む摩央姉ちゃんの指が、僕の目の下辺りをそっと拭う。  
それでやっと気付いた。  
泣いていたのか、僕は。かっこ悪いなぁ……。  
 
「ご、ごめん。何でだろ……ははっ」  
 
白々しい。  
何が『何でだろ』だ。理由は分かりきっているのに――自己嫌悪に襲われた。  
 
「ね。ちょっと、ついてきてくれる?」  
 
力の抜けた僕の腕からするりと抜け出した摩央姉ちゃんは、優しく笑うとそう言って僕の手を引っ張り歩き出した。  
小さい頃、彼女にそうして貰っていたように。  
 
僕は、やっぱり子供なのだろうか。  
 
*  *  *  *  *  
 
「ここって……」  
 
「覚えてる?」  
 
沈みかけた夕日の投げかける光が、空を赤く染めている。  
遠くから、部活動の声がまばらに聞こえてくる夕暮れ時。  
手入れの行き届いた花壇を横目に尚も奥へと進んで行けば、辿り着いたのは校舎裏だった。  
 
「……うん」  
 
忘れる筈も無い。  
初めてのキスをした場所。  
 
「今にして思えば、膝小僧って結構マニアックな場所よねえ」  
 
「ははは……確かに。  
 自分でもあれはどうかと思うよ」  
 
零れた笑みは、多分苦笑いって奴だ。  
唇にするのが恥ずかしいからと言って、よりにもよって膝小僧にキスをするだなんて、変だとしか言い様が無い。  
でも。  
あの時、摩央姉ちゃんが優しく髪を撫でてくれたのは、すごく嬉しかった。  
 
「光一が変な趣味に奔っちゃわないか、お姉ちゃんは心配で心配でしょうがないわ」  
 
返す言葉も無い。  
その後もやたら変な質問をしたり、耳に息を吹きかけてばかりだったり。  
嗚呼、確かに僕は変態かもしれない。  
マズイ。更にテンションダウン。  
 
「もう一回、してみる?」  
 
「へ?」  
 
「もう、間抜けな声出さないでよ。  
 もう一回、膝小僧キス、してみたくないかって聞いてるの」  
 
遊ばれているのか。  
からかわれているのか。  
摩央姉ちゃんの怒ったような声と、そして声とは裏腹の悪戯っぽい笑みに、僕は――  
 
あの日と同じ夕暮れ。  
あの日と同じ校舎裏。  
あの日と同じ、子供っぽいままの僕。  
摩央姉ちゃんだけが、そんな一年前の時間から抜け出して、先へ行ってしまったみたいで。  
イヤだ。  
僕を置いて行かないで。  
 
「摩央姉ちゃん!」  
 
彼女の肩を突き飛ばすように、校舎の壁へと押し付ける。  
突然の事に抵抗し、暴れる彼女の手首を掴んで、両方纏めて彼女の頭上で壁に押し付け動きを封じた。  
空いた右手がブラウスの胸元を力任せに引っ張れば、ボタンは容易く弾け飛んで、  
 
 痛い、と言う彼女の声は聞こえない。  
 
淡いブルーの下着に包まれた胸の谷間が目に飛び込んできた。  
触れると凄く柔らかい。  
柔らかいから、下着の上から何度もこね回す。  
初めは片手で。  
手の平に余る重さと感触に、いつの間にか乳房を揉み込む僕の手は2本に増えていた。  
 
渡さない。  
摩央姉ちゃんは誰にも渡さない。  
 
 痛いよ、と言う彼女の声は聞こえない。  
 
マシュマロのような、という形容は摩央姉ちゃんの胸にピッタリくるものだった。  
晩夏に未だ残る昼間の暑さで薄らと汗ばんだ肌は、僕の手の平に吸い付いてくるようで。  
堪らなくなって、僕は黒いブラジャーを強引にずり下ろし、僅かに覗いた桜色の突起に迷わず吸い付いていた。  
 
同時に左手を、太腿を撫で上げるようにしてスカートの裾から中へと忍び込ませ。  
穢しちゃいけない大事な場所を、僕の指は躊躇わず侵していた。  
 
幼い頃からずっと憧れていた女性。  
その体を、今、僕は貪るように――  
 
「ゴメンね、光一……」  
 
――え?  
 
「寂しかったんだよね」  
 
摩央姉ちゃんは泣いていた。  
泣きながら、僕にひどい事をされながら――何故か、口にするのは謝罪の言葉だった。  
 
「そんなあなたの気持ちに気付いてあげられなくて……ごめんね」  
 
摩央姉ちゃんの乳首から口を離した僕の頭を、彼女は優しく撫でながら。  
僕の目を真っ直ぐ見て、両目に涙を一杯溜めながら謝ってくる。  
どうして。  
悪いのは僕なのに。  
謝るべきは僕なのに。  
 
「あなたももう、大人なんだよね。  
 なのに、いつまでも弟みたいに扱っちゃって……不安だったんだよね?」  
 
唇が触れ合った。  
強く、吸い付くようなキス。  
 
あ……。  
 
気付けば僕の頬を熱いものが伝っていた。  
また、泣いちゃった。  
また摩央姉ちゃんを困らせちゃった。  
散々ひどい事をしたというのに、僕は何故か、その涙に一番の罪悪感を覚えてしまい。  
 
「いや、僕の方こそ……。  
 どうかしてた。無理矢理なんて……本当に、ごめ」  
 
謝罪の言葉を口にする為に一旦離した唇は、摩央姉ちゃんのルージュ付きキスで再び塞がれてしまった。  
 
「摩央姉ちゃ……」  
 
「摩央」  
 
それだけ囁いて、彼女はまた僕の唇を求めてくる。  
また?  
違う。  
今までとは違う、全然違うキスだ。  
舌先が僕の唇を優しく突付き、ねじ込むようにして内側へと入り込んでくる。  
上の前歯をノックするように動き、応じた僕の舌に絡みついてくる摩央姉ちゃんの器用な舌。  
歯茎をなぞり、頬の内側を擦るように蠢き、唾液を注ぎ込むように――  
 
息苦しさと気持ちよさとが綯い交ぜになった感覚に頭が朦朧としかけた頃、  
漸く僕の唇は快楽の責め苦から解放された。  
絡み合った唾液が糸みたいに二人の間を繋ぎ、ぷつりと切れて垂れ落ちる。  
う……下半身が反応してしまった。  
不可抗力。  
僕だって健全な男子なのだから。  
 
「摩央チェックリターンズその3、『大人のキスには積極的に応じるべし』」  
 
「えっと……摩央姉ちゃん?」  
 
「摩央」  
 
拗ねているみたい。  
良く分からないけど、名前で呼び捨てにしろってことなのか。  
いくら僕が鈍感とは言え、それぐらいは察しがついた。  
けど、いざとなるとやっぱり恥ずかしい。  
何だか本当に恋人みたいで――  
 
――恋人?  
 
僕はその時、ようやく突然のキスの理由に思い至った。  
 
「ようやく分かってくれたみたいね、まったく鈍いんだから」  
 
スカートの裾を直し、ブラウスの前を合わせながら責める様な言葉を向けてくる、彼女の顔は明るい。  
僕はその肩に、そっと学生用のコートを羽織らせた。  
 
「ごめん、摩央」  
 
「馬鹿……この服、高いんだからね」  
 
「じゃあ、買いに行こう。今度の日曜日、駅前のデパートにさ」  
 
「良いわよ。勿論、光一が見立ててくれるんでしょ?」  
 
「う……僕のセンスで摩央姉ちゃんのお眼鏡に適うかな」  
 
「摩央」  
 
「あ、ごめん」  
 
おかしそうに笑う摩央姉ちゃ――摩央。  
 
「けどやっぱり慣れないよ。  
 今までずっと、『摩央姉ちゃん』って呼んできたんだし」  
 
「何? 文句あるの?」  
 
うわ、またからかわれてる。  
年下を苛めるのがそんなに楽しいのかな。  
そんな不満が顔に出てしまったのか、定かではないけれど。  
 
「違うわよ。恋人同士だから、楽しいんじゃない」  
 
内心の不満を見透かしたかのように言ってくる摩央。  
僕はバツが悪くなって、ぷいとそっぽを向いてしまった。  
その腕に、絡み付いてくる柔らかな感触。  
夏服の半袖に、何と言うか――その感触は、危険です、お姉さん。  
いや、元凶は僕なんだけど。  
 
「また、始めましょう。一年前に初めてキスしたこの場所から。  
 今度は、高校生同士じゃなくて……男と、女として……ね」  
 
「摩央姉ちゃ」  
 
「摩央」  
 
唇が、また塞がれる。  
呼び間違えるたび、何度でも塞ぐわよと脅された僕は、こくこくと何度も頷いて見せた。  
 
「そこまで力いっぱい頷かれるのも、ちょっと複雑なんだけどなぁ」  
 
我侭なお姉さんはそんな事をおっしゃりながら、腕に抱きつく力を更に強めてきた。  
肌が触れ合う。  
抱きつかれた腕から、伝わってくる彼女の鼓動は大きく、速く。  
 
僕らはその日の夜。  
一歩だけ、二人の関係を前に進めたのだった。  
 
 
Fin  
 

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