「君、犯人じゃないよね?」
宇田川×さくら
「よ〜し、もう一本いってみようか〜!」
私の隣にはいつも通り、坊ちゃん刑事の宇田川さんがいる。
でも今日の宇田川は何時にも増してヘンだ。
なぜなら今、彼は私の部屋で、ぐでんぐでんに酔っ払っているからだ。
「宇田川さん、お酒弱いっすね〜。
ってか、どうせ打ち上げするんだったら高級なお店とか連れてって下さいよ〜。」
今日は事件を解決したお祝いに、ささやかながら二人で打ち上げをする事になったのだ。
いや〜、今回の犯人は手強かった。
流石の森田さくらも、このヤマはいただけないと思ったもん。
「やっぱウチで飲むのが1番だね!落ち着くわ〜」
隣の宇田川さんはというと、ヘベレケで軟体動物みたいになっている。
「いや、あなたの家じゃないですけど…。
それより宇田川さん、飲み過ぎじゃないですか?もう辞めた方が…」
「ううん、まだへーき。僕お酒強いもん。」
少々変な口調になってそう言うものの、
宇田川さんはそのままテーブルに突っ伏して潰れてしまった。
「あーあー、だから言ったのに。」
私は押し入れから毛布を持ってくると、宇田川さんにそっと掛けてあげた。
暇になってしまった私は、宇田川さんの持ってきた高級ワインをチビチビ飲み始めた。
「旨っ!」
さすがはボンボンの宇田川さんだ。普段はこんな美味しいワイン絶対飲めないもん。
「何かおつまみないかな?チーズとか…」
私は宇田川さんの買ってきた食材の袋をガサゴソ漁り始めたけど、めぼしい物は見つからなかった…。
「もー、何でワインのおつまみに柿の種とかスルメとか大量に買ってくるわけ?信じらんない!」
私は諦めて溜め息をつくと、ふと傍らの宇田川さんを見た。
いつも欝陶しいくらい見飽きてる顔だけど、寝顔を見たのは初めてかもしれない。
「黙ってればな〜、良い男なのに…いや、本当惜しいよ。」
私は気恥ずかしくなって、わざと本人に聞こえる様に独り言を言ったけど気付く気配はない。
私はそっと宇田川さんの頬っぺたを指でつついてみた。…反応はない。
次は鼻筋を人差し指でツーッと撫でてみる。…やっぱり反応はない。
「…宇田川さ−ん、起きてくださ−い。もう帰る時間ですよ−…」
次は内緒話をする様に、彼の耳に手を当てて囁いてみた。
「う〜ん…」
僅かに眉を歪ませて唸ったものの
耳をポリポリ掻きながら、やっぱりまた眠りに入ってしまった。
宇田川さんがいつまでたっても起きないので、水でもぶっかけてやろうと
立ち上がってコップを取りにキッチンに行こうとした時だった。
突然宇田川さんの方から手が伸びてきて『グイッ』と私の手を引っ張ったのだ。
キャッという短い悲鳴と共に私は宇田川さんの上に倒れてしまった。
「お…起きてたんですか?…っていうか何してくれてるんですか!!」
あまりに急に手が伸びてきた驚きと、倒れてしまったショックと、
その他諸々の感情により私の心臓は自分の物だと信じられないくらいバクバクしていた。
宇田川さんの方はまだ半分寝ぼけているらしく、
半目でマヌケな顔をしながら悠長にアクビしている。
と、急に「さくら〜」という寝ぼけた声と共に宇田川さんが覆いかぶさってきた。
「ちょっ…と!暑苦しいですから!重い!うざい!」
世界が反転する。見えるのは天井と見慣れた電気の傘、そして宇田川さんの顔。
…………???
…………!!!
私、押し倒されたんだ!!その瞬間私は叫んでいた。
「ギャ〜〜!!チカン!変態!ゴーカン魔!不良刑事!アゴ猪木!!」
「え…」
アゴ猪木で反応した宇田川さんは、ほんの少し
傷付いた様な顔で自分の顎を触ったけど、すぐに私の両手首を押さえつけた。
「宇田川さん、現役の刑事がこんな事して良いと思ってるんですか?正気に戻って下さい。」
少し冷静になってきた私がそう言うと、坊ちゃん刑事は飄々と言ってのけた。
「俺は正気だよ。」
「は…はぁ!?これのどこが正気」
「嫌なの?嫌なのか?君は。」
「へ…」
何だか根拠のない自信満々な宇田川さんに私は迫力負けしている。
私の唇に降ってきたのは宇田川さんの顎…ではなく唇。
…キスされてる。あの宇田川さんに。
仕事が出来なくていつも私の事を頼ってばかりで女の人に惚れやすくて
でも100%確実にフラれて、金持ちしか取り柄のない宇田川さんに。
でも気持ち良いかも…。っていうか嬉しいかもしれない。どうしたんだ?私。
彼の唇はそのまんま下に下りてきた。
シャツのボタンに到達したは良いけど、何だか苦戦しているらしい。
それを見て私が思わず吹き出すと、何故か宇田川さんが驚いた顔で私を見ている。
「お前…!泣いてるのか?」
「え?何が?って…あ!」
自分で頬に触れてみると、確かに涙が出ている。
宇田川さんは私のシャツから手を離すと私からズサッと3メートルくらい離れて、
いきなり土下座して畳に頭を擦りつけた。
「悪かった!!申し訳なかった!だってまさか君がそこまで嫌だったとは…泣くなんて−」
確かに私は泣いたみたいだ。だけどこれは…
「気にしないで下さい。」
私は珍しく優しく微笑んで宇田川さんを立ち上がらせた。
「本当か?許してくれるのか?」
「はい。だから気にしないで下さい。服は自分で脱ぎますから。」
「そうか、そうか。ありがとう。−−って、え!?なっ何脱いでんの!?え!?」
テンパってあたふたしている宇田川さんが可愛くて、再度私は吹き出した。
「あなたが誘ったんじゃないですか。ね?」
私は自分史上最強に可愛い顔でウインクすると、宇田川さんの唇に短くキスしてみた。
私に手を引かれてベッドルームに向かう宇田川さんの顔は、失神寸前で真っ白になっていた…。
翌朝−
「オハヨウ…」
恥ずかしそうに鼻まで毛布にくるまっている宇田川さんを尻目に、
私は素っ裸のままベッドから抜け出るとさっさと下着と服を身に付けた。
冷蔵庫から瓶の牛乳を二本持ってくると、一つは宇田川さんに放り
一つは自分で腰に手を当てて仁王立ちになって一気飲みする。
「あ、朝から男前だね…君は。」
ゲッソリとした宇田川さんは牛乳には興味を示さなかった。
「所でさくらチャン、」
「何すか?」
「妹チャンは…?」
「ああ、言い忘れてました。
昨日は友達んチで勉強会兼お泊りするってメールが来てたんですよ。
今日あたり帰ってくるんじゃないですかね?」
「そう…。」
宇田川さんはホッと一安心すると、ベッドの中でノロノロと着替え始めた。
「じゃ、私今からバイトなんで失礼します。」
「あ!ちょっと待って!俺も今から仕事行くから一緒に行こうよ。」
「嫌ですよ。」
「そう言わずに」
そうこう言う内に宇田川さんも着替え終わり、結局駅まで二人で行く事になった。
「でも私もとんだ失態しちゃいましたよ。」
「何が?」
「だって付き合ってない男の人とあんな事…しかも宇田川さんだし。」
「ふーん…」
宇田川さんは少し考えた後、ニヤニヤしながら私を見下ろした。
「じゃあ付き合えば良いじゃん♪」
乙女心が少しグラつく。
「嫌ですよ。しょっちゅう女の人に『もってかれた〜』とか言ってる人。」
「じゃあさ、『宇田川さくら』になる?」
「いっ嫌ですってば!」
「まあゆっくり考えて〜♪」
そう言いながら宇田川さんは上機嫌に走り去って行った。
でも走って間もなく何もない所で見事に転倒し、
たまたま助けてくれた通行人の女の人相手に体がピンク色に輝いている…。
私の春はまだまだ遠いのだった−
終わり。