桃華は真っ赤なそれを見詰め、自身に言い聞かせるように頷いた。
「実行します。後は宜しく頼みましたよ、ポール。」
タママを介し、宇宙商人から手に入れた伝説のシラユキ林檎、食べれば愛する人の口付けを受けるまでは目覚めることがないという危険な睡眠薬。
「冬樹様にはしっかりとお伝えいたします。何かの手違いで桃華様の口に入ってしまったこの林檎の魔力を断ち切れるのは、貴方様しかいないと。」
ポールはいつもの神妙な表情で桃華に応える。
「こんなベタなものに頼らなければ進展できない私と冬樹君の関係・・・」
桃華はため息をついた。
「モモッチ、真剣ですぅ」
そんな桃華を見ていたタママの携帯電話の着信音がなる。
「はいです、軍曹さん。」
{あータママ二等。我輩、今日夕飯の当番なんだけどさ、デザート買い忘れちゃったのよ。ちょっと、西澤家からなんかくすねて、じゃなくって貰ってきてくんない。}
「しょーがないですねぇ、えっとなんかテキトーな物は・・・」
「おいしいかったよ、軍曹」
「上出来じゃない。」
「でしょ、でしょ」
冬樹・夏美の賛美にケロロは満面の笑みを浮かべた。今晩も日向家は母のいない食卓、炊事当番はケロロだった。
何日も前から練りに練ったメニュー。スーパーの閉店直前半額肉・賞味期限がとっくに切れても隠しておいたパンや卵・今年は豊作で安価な根菜の和風ハンバーグ、処分されるところを貰ってきた白菜の味噌汁など。残った予算は裏金としてガンプラの購入にあてた。
「もちろんデザートもあるであります。」
ケロロは真っ赤な大きい林檎をむき出した。
「おいしそうな林檎ね。こんなみごとな物見たことないわ。」
夏美が感心の声をもらす。ケロロは得意になって頷いた。
「これが一番高かったんだよねぇ」
勿論購入したものではなかった。タママに命令し、西澤家からいただいてきた代物だ。だから当然、高級かつ美味であることは間違いなかった。
「桃華様、エステの準備が整いました。」
ポールの声に桃華は頷いた。
「睡眠中は1mmの落垢も体内からの僅かな排泄も認められません。念入りな調節の後、この林檎をいただきます・・・って林檎がねぇじゃねぇかああああああ」
裏桃華の叫びが西澤邸にこだました。
最初に異変に気づいたギロロと呼び出されたクルルの二人はリビングで眠りこけるケロロ・冬樹・夏美をそれぞれの部屋に運び出そうとしていた。
「本当に眠っているだけなんだな」
「間違いなく眠ってるだけだぜぇ」
ギロロはクルルの手を借りて冬樹をベッドにのせた。続いて夏美を丁寧に本人のベッドに横たえると最後にケロロを自室に放り込んだ。
「飯に原因があると考えてよさそうだな。しかし、誰が何のために・・・」
「とりあえず食い物の分析でもやってみるかい」
当然のように夏美の部屋で二人会議が始まる。そこへ突然、空間移動でタママと桃華が現れた。桃華、今にも泣きそうな表情。タママ、ズタボロの状態。
「私が偶然にも所有していたシラユキ林檎をタマちゃんがこちらに差し上げてしまったと聞きました。」
「僕がモモッチの企みを知らなかったばっかりに、軍曹さんに・・・」
「企みじゃねぇ。余計な事言うなタマ公」
「食べたら最後、好きな人がキスしてくれないと、目が覚めないという伝説の林檎ですぅ。」
タママがギロロとクルルに説明した。
「な、なんだと・・・」
凍てつくギロロ、すやすや眠る夏美に視線を向ける。クルルが応える。
「そいつはヤバイね。623でも呼ぶかい?」
「馬鹿な考えは捨てろ。言い伝えを信じるな、お前はちゃんと調べろ!」
「たまには、まともなことを言うねぇクックッ・・・」
ギロロに銃を突きつけられたクルルはノートパソコンに向かった。
桃華は冬樹の部屋にいた。ベッドで眠る冬樹に近づくと、そっと頬に手を当てる。
「・・・冬樹くん。僅かな可能性にかけて、私、キスしてもいいですか?」
桃華の手は震えている。冬樹の柔らかそうな唇に視線が釘付けられる。心音の高鳴りは眠っている冬樹の耳にも届きそうな勢い。
桃華の顔はゆっくりと冬樹に近づき、そして唇が唇にそっと重ねられた。冬樹の開いた口角の隙間から、桃華は舌を少しだけ入れてみた。桃華の舌は冬樹の歯をなぞると直ぐに引っ込められた。
「・・う、ん・・・」
冬樹が息苦しそうに頭を振る。桃華は冬樹の唇から離れた。大粒の涙が溢れ出る。
「・・・私じゃ、なかった。私じゃだめだった・・・」
冬樹は目覚めなかった。
桃華の眼から溢れる涙は、冬樹の頬に頚にぽたぽたと零れ落ちる。桃華は両手で自身の顔を覆った。口から嗚咽が漏れる。
「モモッチ、違うって。キスじゃ起きないそうです。」
部屋に飛び込んできたタママの声に、桃華は頭を上げた。
作戦本部となった夏美の部屋に桃華も集合した。
ギロロとクルルのやりとりが続いている。
「接吻で起きるというのは誤った情報ということか。」
「シラユキ林檎の麻酔効果を断ち切るには、性的興奮が必要ってことだ。ガキ向けに歪曲して伝わっちまったってとこだなクックッ・・・」
「性的興奮?」
「つまり、イクてやつだな。ま、それなら簡単だ。どんなインポでも一発で起たせる機械をつくりゃいいんだろ。俺様にかかれば、1時間もあれば・・・」
「や・め・ろ。そんな下らん物つくるな。」
桃華は黙ってやりとりを聴いている。兎に角、冬樹に拒絶された訳ではないと分かり安堵の表情となっている。
突然ドアが開いた。
「おじ様は、おじ様は、モアが助けます。てゆーか完全看護?」
何処をどう聞きかじったか、アンゴル・モアが立っていた。モアは眼にいっぱいの涙を浮かべている。部屋にも入らず、そのまま踵を返す。
「モアが興奮させてみせます。てゆーか一念発起?」
モアはケロロの部屋に向かって駆け出していた。
「待ちやがれーーー!あの女、僕の軍曹さんにぃぃ」
タママが慌てて後を追う。その様子をあっけに取られて見ていた者の一人、桃華も立ち上がった。
「冬樹君は私の手で起こします。」
部屋を出て行く桃華をクルルの声が送る。
「手こきか。手もいいが、フェラのが効果的じゃねぇか」
クルルとギロロのやりとりは続く。
「で、夏美はどうするよ。先輩やっちまっていいんだぜ。」
「ば、馬鹿な事を言うな。まさか貴様、623の奴を呼ぶなどとは・・・」
「言わねぇよ。それより、あの忍者女が嗅ぎ付けてくるんじゃねえの。あいつならあの手この手で夏美を陥落しちまうかもよ。クックッ」
「それは非常にありそうでまずい。」
ギロロは銃を片手に夏美のベッドサイドに立つ。夏美はすうすうと安心しきった寝息。
「クルル、お前は急いで林檎を分析し、中和剤を作れ。その間、夏美は俺がガードする。」
「指1本で起こせそうなのにねぇ」
クルルは両手の平を上げてみせた。
桃華は冬樹の部屋に戻っていた。冬樹の優しい寝顔を見詰める。惹かれるように隣に横になった。眼を閉じると自然とウトウトしてしまう。
ベッドの上にアリサが立っている。
「フユキは私のもの。」
アリサは冬樹に馬乗りになると、冬樹の腰の上に自身の腰をゆっくりと沈めていった。短いスカートがめくれ上がり、白い臀部があらわになり、彼女が下に何も着けていない事が分かる。アリサの顎が上を向く。
「・・フユキ・・・フユ・・キ・・・」
アリサが腰を上下させると、冬樹の表情が恍惚に変化する。
「アリサちゃん・・・」
桃華は飛び起きた。ウトウトしたのは僅か数分だったが、その間にとんでもない夢をみてしまった。
「こんなことはしていられません。急がねば。」
桃華は冬樹のズボンと下着を下ろした。まだ声変わり前の少年のそれが露出された。先ほどの夢が桃華から躊躇という言葉を忘れさせている。桃華は冬樹のそれを手に取った。
しかし・・・
「ど、どうしたらいいのでしょう・・・」
桃華はやり方を知らなかった。
暫くそのまま、ぼんやりしていた。そのうち落ち着いてきた。桃華は自身の中が熱くなっていることに気が付いた。冬樹のそれを上に向け指で優しくさすってみた。下腹部が熱を帯び、体液がじっわっと流れてきた。
「今は冬樹君を助けることはできません。専門の方のコーチを受けた私が必ず起こします。」
桃華は冬樹から手を離した。冬樹の身柄を西澤邸の専門施設に隔離し、数日のうちに自分がテクニックを身に付けるプランが頭の中で構築された。しかし、それだけでは安心できないことも認識した。敵は人外・オーバーサイエンス等等等。
「何かもっと完璧なセキュリティーは・・・」
桃華は部屋を見回した。その瞳に机が映る。
「おじ様が目覚めましたー。てゆーか意識回復?」
モアが勢い良く夏美の部屋に入って来た。その手には寝ぼけ眼のケロロがぶら下がっている。
「えっ!」「どうやって?」
ギロロとクルルの絶句。
「おじ様の大好きなガンプラで興奮させました。てゆーか頭脳明晰。タマちゃんも手伝ってくれたんですよー」
満面の笑みのモア。タママが遅れて帰って来た。
「この女が軍曹さんのガンプラを勝手に持ち出して・・」
「モア殿とタママがね、我輩のガンプラをガチガチぶつけて壊すんだよーーー」
「違うです、アレは戦いですぅ」
泣きそうなケロロ。鋭いまなざし裏タママ。
「・・うるさいなあ・・・」
大きな伸びをして夏美が起き上がった。咄嗟に銃を収めギロロがベッドに飛び乗った。
「夏美――。大丈夫か!?」
「人の部屋で何やってんのよ!」
と突き飛ばされるギロロ。クルルがパソコンから顔を上げた。
「分析結果がでたぜ。ただの林檎に睡眠剤が入っただけの代物だ。西澤桃華、つかまされたな。クックックー」
冬樹の部屋。桃華は熱くなる自身を慰めていた。
「ん、うん・・冬樹く・・ん」
前傾になってひざまずき、隆起する部分を中指で回す。溢れる液の出口に指を1本入れてみる。
「あれ、西澤さん?」
突然の冬樹の声。桃華はまさに飛び上がった。
「ふ・・日向君。目が、目が覚めたんですか?」
慌てて衣服を整える。
「姉ちゃんの部屋が騒がしいね。皆来てるんだ。何の集まり?なんで僕だけ寝てたのかな。」
冬樹は欠伸をしながら、ベッドから立ち上がった。桃華は眼を丸くしたまま凍てついている。
「・・・西澤さん、先に皆のところに行ってて。トイレ寄ってくから。」
「・・あっ、日向君待って!」
桃華は慌てて立ち上がる。冬樹は半ば駆け足でトイレに行ってしまった。
そして冬樹の悲鳴。桃華のべたなセキュリティー。冬樹の陰茎にはマジックペンでしっかりと書かれた文字{西澤桃華所有}。
おしまい