「ポコペンの総合観測数値、異常ありませんっ!」  
「ウジャウジャいたアイツ、ここにはもういないみたいッスよ?隊長!」  
「おバカなポコペン人どももゼ〜ンゼン覚えてる様子はないみたいだネェ。  
プププププッ」  
 
 電子音にまぎれながらも、各自の座席に座った隊員たちが口々に報告する。  
一隻の宇宙船が地球の大気圏ぎりぎりの高度で浮遊している。  
部下の報告を受けて、慎重な彼らの隊長はようやく計器から眼を離した。  
「我々の『負の遺産』はどうやらケロロ小隊により無事処理されたようだ。  
キルミランデリーターも使用することなく、ポコペンはアルテア7がたどった運命から  
はまぬがれた。さすがは・・・と言うべきだろうな。」  
「このあと、どうするんスかガルル隊長?・・・せっかくポコペンに来たんだし  
オイラ出来たら師匠たちのところに顔を出していきたいっす!」  
  タルルが振り返って声を弾ませた。  
その様子にかすかに口元をほころばせはしたものの、だがガルルの答えは  
にべもなかった。  
 
「我々に課せられた任務は惑星アルテア7の処理、並びにその直後発生した  
ポコペンにおける『負の遺産』への状況確認だ。――そしてその件はケロロ  
小隊の手によってすでに対処された。ゆえに我々が成すべきことは何もない。  
ケロロ小隊は特殊配備を解いて、通常任務であるポコペン侵略へと取りかかる  
だろう。我々がポコペン侵略の任を解かれた以上、むやみに接触することは  
避けたい。それはケロロ小隊をいたずらに刺激し、その士気をいちじるしく  
削ぐことになるからだ。」  
「あ・・・そっスか・・・。了解っす・・・・。」  
「だがかなりの強行軍であったことは理解している。よって私が報告書を  
作成し、機体の損傷をチェックしている間――ポコペン時間にして2時間、  
小隊全員に船内における休息を許可しよう。各隊員は充分に身体を休め、2  
時間後の帰還に備えるように。―――――私からは以上だ。」  
 
「了解っす!!」  
  タルルが跳ね上がるようにして敬礼した。  
プルルもそれにならい、それから大きく伸びをする。  
トロロがモニターをネット画面に切り替え、ジャンクフードを隠しから取り  
出した。きびすを返すガルルを、天井にぶら下がったゾルルが呼び止める。  
 
「・・・・・降りない・・・のか・・・・。」  
  金属を擦り合わせるような声が陰々と響いた。  
「異議かね?・・・・降下する必要はないはずだ。ゾルル兵長。」  
  ガルルが立ち止まった。  
その言葉に、身を翻し床へ降り立ったゾルルが反論する。  
「・・・・ある・・・。トロロに・・・ネットワークで調査させた・・・ゼロロは・・  
単独でポコペンの環境保全活動・・を・・始めている・・・。明らかにこれは・・・  
利敵行為・・・だ・・。隊・・長。――う、裏切り者に・・は・・血の粛清・・を・・。」  
 
「ゼロロ兵長か。ゾルル兵長はずいぶんと執着するようだ。」  
  いくぶん危ぶみながら、ガルルは続けた。  
 
「環境保全活動が即、利敵行為には当たるまい。我々としてもポコペンが  
傷一つなく手に入ればそれに越したことはないのだ。それに現・侵略先行部隊  
隊長であるケロロ軍曹は―――表面上、何食わぬ顔を見せていてなかなか  
その真意を掴ませないが・・切れるお方だ。小隊をあえて分断し、二方面から  
侵略を進めている可能性も充分ありうる。ゼロロ兵長の活動を額面どおり  
受け取り、処断することは早計であり危険だ。何といっても彼は諜報・撹乱  
を得意とするアサシン部隊のトップだったのだからな。  
・・・いずれにせよそれはケロロ隊長の管轄であり、我々が口を挟むべき問題ではない。」  
 
「・・・・・・・。」  
 
  ゾルルは押し黙った。その沈黙を、いつの間にかコクピットの隅で  
取っ組み合ってケンカを始めた残りの三隊員の喧騒が破った。  
 
「超〜ッ!ムカつくっす!まだシッポ生えてる幼生のくせに、ナマイキっす!」  
「ププププッ ジブンだって、ついこないだまで生えてたクセにネェ。プププ」  
「や、やめてくださいっ二人とも!隊長に怒られちゃいますよっ!!」  
 
「何の騒ぎだ。」  
  ガルルが向き直った。  
隊長の言葉に、三人がしぶしぶケンカを止めて一列に整列する。  
「・・・・全部、トロロの奴が悪いんス。隊長。」  
「コ〜ユ〜とき、サイショにそういうヤツが決まってイッチバン悪いんだよ  
ネェ・・・・」  
「うわッムカツクっす!!コイツ、シメていいすかッ隊長!!」  
「や、やめましょうよぉ・・・・ふたりとも・・・。」  
  また掴みかかろうとするタルルを制し、しずかにガルルが口を開いた。  
「・・・・こうなった原因を聞こう。まずタルル上等兵。」  
「エッ?!・・・・・オ、オイラっすか?」  
  怒るでもなく苛立つのでもなく、ガルルの表情は深い湖水の面のように  
穏やかである。にもかかわらず、おのが隊長に眼前に立たれ、タルルはまご  
ついた。赤くなったり青くなったりしながらしばし口ごもり、ややあって  
気おされたようにようよう言葉をつむぐ。  
「あ〜・・そのォ・・・いいっす。・・隊長に聞かせるほど大した話じゃないっす・・。」  
「そうか。―――では、トロロ新兵から聞こう。」  
「イ゛イ゛ッ?!」  
  突然話を振られて、今度はトロロが飛び上がった。  
ガルルの表情はさして変わらない。だがその無言の威にたじろいだように  
数歩後ずさり、目を白黒させた挙句、やがてトロロがフテたようにそっぽを  
向いた。  
「ナ・・・なんでモメてたかなんて・・・もぅワスレちゃったヨォ〜!」  
「成程。・・・・・では解決だな。みな、解散したまえ。」  
  すかさずガルルが手を上げて解散させた。三人が肘でつつきあいながら  
宇宙船の奥へと走り去り、コクピットの空気が静寂さを取り戻す。  
 
「・・・ここ は・・・軍というよ、り・・・まるで小訓練所、だ・・な・・・。」  
  小石を吐き出すようにしてゾルルがつぶやいた。  
ガルルが苦笑をひらめかせてそれに応じる。  
「若年兵の育成も我々に課せられた職務の一つだ。・・・実際あの程度であれば  
可愛いものだよゾルル兵長。――――ここの仕事は私が引き受けよう。  
奥で身体を休めたまえ。」  
「・・・・いや・・・必要、ない・・。俺は・・・ポコペンへ・・降り、る・・・。」  
「ゾルル兵長。」  
  ガルルが声を引き締めた。  
「許可できない。―――――それは私情だ。」  
「・・・・・私、情・・・・・。」  
  ゾルルの身体がゆらめいた。  
半身を覆う装甲がカチャカチャと耳障りな金属音を立てる。  
ゾルルの口元から、ややあってあざけるような笑声が漏れた。  
「・・・・・・ガルル。」  
 
  ひどく優しげな声音で、ゾルルが隊長を呼び捨てた。  
 
そろりと懐から刃物を取り出すような口調で、ゾルルが歌うようにゆっくり  
と続ける。  
「・・・私情・・・と言うか。貴様が・・・。他の隊員ども、は、よく懐いている  
ようだが・・・俺・・はごまか、せん・・ぞ・・。ゼロロ・・が所属、する小隊には・・  
たしか、貴様の弟が・・いた、はず、だ・・・。彼奴らと対峙、し、たあのとき・・  
貴・・様、わざ、と勝ちを、譲った・・・な?・・これこそ私情、と言わず・・なんと言う・・・。」  
  ガルルの眼が凄みを帯びた。  
「・・・・・・なんのことだ。ゾルル兵長。」  
「どうでもいい・・・・俺、は興味がない・・・。せっかくここまで来たの、だ・・。  
どうあれ俺は・・ゼロロの奴を倒さね、ば、気が済まぬ・・・。奴め、俺、の事を  
覚えてないふりな、ど、しおって・・・ッ!この屈辱をすす、ぐ、ためなら・・・  
ガルル、俺・・・は貴様を倒し、て、でも・・ポコペンへ降下・・・する・・・ッ!!」  
  ジャキッとゾルルの手甲から半月状の刃が飛び出した。  
瞬時にガルルの右手にもハンドガンが現れる。  
ゾルルを銃口で牽制しながら、ガルルが重い口をひらいた。  
「――抗命は重罪だ。だが・・例え処罰すると言ってもお前は聞かぬのだろうな。」  
「あとで・・・営、倉入り、だろうと・・・斬首刑だろうと・・・受け、て、やる・・・。  
とにかく・・・これから俺・・は・・・ポコペンへ・・・ゆ、く・・・。」  
 
  ガルルがため息をついて銃口を下ろした。  
 
「やむを得まい。・・・だがアンチバリアとて万能ではない。我々が姿を見せる事  
によりポコペンの勢力均衡が崩れ、結果ケロン軍が宇宙警察に介入される  
ような状況は何としても避けたい。・・・・本部より相応の装置を転送させよう。  
現地人に模した姿に外見を変えること、接触はゼロロ兵長のみに留めること。  
あくまで対決は手合わせとして、互いに命のやり取りまではせぬこと。  
そして時間厳守だ。――――遵守できるかね?ゾルル兵長。」  
 
「了・・・解だ・・・・・。仰せ、に、従おう。――――隊長。」  
 
 
喜悦の表情を浮かべてゾルルが笑う。片方しかない眼が、不吉に赤く輝いた。  
 
           *    *    *              
 
「じゃあ、小雪ちゃん。またあした!・・・けさはありがとね!」  
「うん!・・夏美ちゃん!寝坊した時はひとこえ呼んでくれればこの小雪の嬢!  
お迎えどころかいつでも推参!!してお手伝いするよォ♪」  
「そんなコト言って小雪ちゃん・・・ど〜せまたお着替え手伝います!って  
ドンドン入ってきちゃう気なんでしょッ!」  
「えへへへ〜♪見破られたか〜〜〜〜!!」  
 
  下校時刻。  
夏美と別れた小雪が、日向家の裏隣にある自分の家の門をくぐった。  
玄関脇の隠し扉をひらき、這うようにして中へと入る。  
建物の内部は、その外観に似合わず昔懐かしい純和風のつくりであった。  
学校のカバンを置き、小雪がいつもの忍の装束に着替える。  
いつもは居間にいるはずのドロロが今日は姿を見せなかった。  
おおきく背伸びをひとつして、小雪が声を張りあげる。  
「ド〜ロ〜ロ〜!・・・・・あれ、いないのかナ?」  
  ドロロの座布団の前に、真新しいパソコンのデスクトップが据えられて  
いた。どこで手に入れたのか、持ち主の好みに合わせて木目調である。  
このパソコンはドロロが自然保護の活動をしていくために、最近手に入れた  
物であった。  
 
―――この「ぱそこん」で「ほうむぺいじ」を立ち上げ、ゆくゆくは  
「武呂具」を始めて広く自然を愛する心を呼びかけていきたいのでござる・・。  
 
  そう言うドロロに、パソコンのイロハを教えたのは小雪だった。  
なにせ学校の授業で教材として使っているのである。習ったばかりの知識を  
小雪はドロロに嬉々として説明した。  
「こ・・・小雪殿・・・ッ!画面が、金縛りにあったようでござるよ・・・ッ!!」  
「うふふ♪そんな時はこの小雪におまかせあれ!・・・夏美ちゃん直伝のこの  
ワザ!!受けてみよっ!―――――えいっ!忍法・電源入力っ!!!」  
「おおっ・・・!修繕されたでござる。小雪殿はなかなかの使い手でござるなァ。」  
「エヘヘ〜照れるよォ♪なんてったって、これからは『もばいる』のジダイ  
だからねっ!!」  
 
  ・・・・この教師にこの生徒で、当初ははるかかなたに霞んでいるかのように  
思われたサイトの立ち上げであったが・・・。  
しかし小雪からひととおりの手ほどきを受けたドロロはめきめきと上達した。  
もともと、地球よりもずっと進んだ文明の住人である。試行錯誤はあった  
ものの、つい先日ドロロはやっと念願のアップロードを果たした。  
自然の素晴しさや、それと共存していくことの大切さを訴えたそのサイトは、  
まだ未完成ながらもその志に同調するあたたかい書き込みに恵まれ、細々と  
運営を続けていた。街がおこなう環境美化活動の日程も、マメなドロロは  
自分のサイトに取り上げている。  
「・・・ふんふん。今日は川のお掃除の日なのね。じゃあきっとドロロは  
ソコだね。」  
 
  小雪はドロロのサイトを一覧した。  
昨日よりもごくわずかながら、カウンターのアクセス数が増えている。  
ドロロの地道な活動が認められているようで、小雪は嬉しくなった。  
ニッコリしながら終了オプションを作動させる。実のところあまり小雪は  
パソコンが得意ではない。扱いは、すでにドロロの方がはるかに手馴れて  
しまっていた。  
―――ヘタなところをいじって、ドロロに迷惑かけちゃったらタイヘン・・・。  
  モニター画面が閉じたところで、小雪は背後に異様な殺気を感じた。  
 
 
・・・・なに?この気配・・・・・。まさか、くせものっ?!  
 
  ふり返るより速く、小雪は瞬時に跳んだ。  
空中で体をひねり一回転してネコのように音もなく着地する。  
対峙した殺気の主は、男だった。  
灰色の髪、紅く燃える隻眼。  
左半身をくまなく装甲で覆っている。  
忍野村にも忍庁の「御用」で手や足を失い、カラクリ仕込の義手・義足を  
している者はいた。――だがこの男のように半身を覆っているのは、小雪は  
見たことがなかった。  
暗く激しい、ぞくりとするような殺気をその全身から発散させている。  
そこまで見てとって、小雪は妙なことに気がついた。  
すぐさまクンクンと子犬のように鼻をヒクつかせてみる。  
小雪が感じたある違和感―――この男からは、ヒトのニオイがしないのだ。  
 
「・・・お、かしい・・・。トロロの解、析に、よると・・・この・・・建、物か、ら・・  
ゼ、ロロの・・・波長を・・含むデータ、が・・・発・動・・していた・・そう、だが・・・。」  
  真正面の小雪には眼もくれず、その男――地球人へと姿を変えたゾルルが  
独り言のようにつぶやいた。  
ゼロロ―――ドロロの旧名であるその名前に、小雪が反応した。  
懐からクナイと手裏剣を取り出して、用心深くかまえながら問いただす。  
「あなた・・・だれっ?!―――どうしてドロロの名前をしっているのっ?!」  
  ゾルルが顔を上げた。  
「ポ、コペン・・人・・・か――。ド、ロロとは・・ゼロロ、のこと・・だ、な・・・。  
貴・・様、こそ・・・ゼ、ロロの・・・・なん、だ・・・・・?」  
  ポコペン。ドロロの友達が皆、この星をそう呼ぶことを小雪は覚えていた。  
では、目の前のこの男も?――しかしドロロの名を呼ぶとき、この男から  
感じるのは・・・・間違えようがない、ふきこぼれるような憎悪だ。  
「ドロロは・・・・わたしのだいじな家族だよっ!――さぁ、あなたも答えて!」  
  腰を深く沈ませ、いつでも跳びかかれる体勢となった小雪が叫ぶ。  
「・・・・・・家、族・・・・?」  
  不審気にゾルルがあたりを見渡す。  
藁で編まれた二人ぶんの円座、部屋の隅に立てかけられたお膳二つに眼を  
留めたゾルルが、溶岩の沸き立つような暗い含み笑いを漏らした。  
「・・・・・家族、とは・・・酔狂な―――。ゼロ、ロは・・・このポコペン、で・・・  
そん、な・・く、だらん・・・遊びを・・・・してい、たの、か・・・・・。  
―――この、俺が・・・ケロン星、で・・・忌まわ、しい、過去に・・・のたうち・・・  
まわ、って・・・・・いた・・・あい、だ・・も・・・・・・・・・。」  
 
  ゾルルの肩が落ちた。  
口元から漏れるくぐもった、かすかに震えを帯びた笑い声が徐々に大きくなる。  
やがてそれは、部屋を揺るがす激しい哄笑へと変わった。  
たじろぐ小雪を初めて真っ直ぐに、ゾルルが見た。  
その隻眼の焼けるような視線が、射るように小雪を刺し貫く。  
 
 
「・・・・な、るほど。――よく、わかっ、た。―――ゼロロ、に飼われ、て・・いる  
・・・ポコペン人、よ。―――貴、様を捕らえ、辱、め・・・思うさま、壊し・て、  
やったら・・・・・ゼロロは・・・いったいどん、な・・顔を、するで、あろうな・・・?」  
 
 
  小雪は疾走した。  
身を落として手にしたクナイ、続けて手裏剣を、ゾルル目がけ放つ。  
獲物を狙う隼の速さで、クナイと手裏剣が襲いかかる。  
小雪が的中を確信した瞬間――――。  
手裏剣が畳の目に突き刺さった。  
 
――――――消えた?!  
 
  ゾルルは消えていた。  
対峙するだけでじりじりと顔を焦がすようであった殺気までもが、見事に  
失せていた。  
「・・・・・ポコ、ペン、人に・・・して、は・・・――や、る。」  
  ふいに小雪の背後、ごく耳元でゾルルの声が響く。  
「!!!」  
  瞬時に振り向きかけ・・・だが小雪は、首を動かすことが出来なかった。  
鉤爪のついた左手で頭を抱えられる。  
みぞおちにヒジ鉄をかませようとした小雪の左腕が空を切った。  
ゾルルは天井の梁から身をさかさまに釣り下がっていたのだ。  
頭を抱えたまま、ゾルルが勢いをつけて小雪ごと跳ぶ。  
床の間近くの畳に、二人の体がもんどりうって落ちた。  
前へ這いずってなんとか逃れようとする小雪を、ゾルルが羽交い絞めにする。  
「うぅっ!――――やっ!・・・・いやぁっ!!」  
  ゾルルが小雪の覆面の布を剥ぎ取った。  
小雪に馬乗りになり、なおも暴れようとする小雪の両腕をねじりあげ、その  
布で縛り上げる。―――ゾルルの右手に小雪のクナイがあった。  
おそらくは小雪が投げたとき、空中で奪い取ったものなのだろう。  
縛った小雪の両手を、ゾルルが床の間の柱に叩きつけた。  
手首を結んだいましめの布地に、ゾルルがクナイを深々と打ちつける。  
小雪のからだが、虫ピンで止められた蝶のように柱へと縛りつけられた。  
ゾルルの手甲から伸びた刃が小雪の背を引き裂いた。  
忍装束が中に着こんだ鎖かたびらごと、引きちぎられて落ちる。  
藍染の端切れのあいだから、その名に恥じぬ、雪のように白いなめらかな  
肌がのぞいた。  
装甲に覆われたゾルルの左手が小雪のからだを直に這いずった。  
そのつめたい金属の感触に、小雪がびくりと身をすくませる。  
「・・・・殺し、は、せん・・・。せいぜ、い・・泣き、叫ん、で・・・ゼロ・ロに、救、い  
を・・・・求めるがい、い・・・・・・・。」  
  ゾルルが左腕をゆっくりと背中から前へ這わせた。  
両手を頭上の柱に打ちつけられ、立膝をついた小雪をゾルルが後ろから  
羽交い絞める。着物の合わせ目からゾルルが手甲を差し入れた。  
やわらかい乳の触れるか触れぬかぎりぎりのところを、ゾルルの鉤爪が弄う。  
そのひんやりした感触に文字どおり小雪はふるえた。  
布地の下で鉤爪がごくかるく引っ掻くように動くたび、小雪のからだのなかに  
むず痒いような熱っぽいような、ある感覚が生まれる。  
手甲の刃を乳の谷間に押しつけられ、小雪が痙攣した。  
「・・・・動か、ぬ、ことだ・・・。ケガを・・したく、なけれ、ば、な・・・。」  
ゾルルの刃が、小雪の前を切り裂いた。  
前のめりに這わされた小雪の、かたちのよい乳があらわになった。  
膝で小雪の両足首を封じたゾルルの右手が、下から白い乳を鷲掴んだ。  
「―――あっ・・あぁあっ!――んっ!―――んん・・・!く、ふぅ・・・・っ!」  
  思うさまこねられて、われしらず小雪の唇から甘い吐息がもれる。  
やわらかくなめらかな乳に、ゾルルの五指が食い込んだ。  
小雪の乳のうすい皮膚が薔薇色に染まる。  
朱鷺色の乳の突端が、容赦なく加えられる刺激でかたく尖る。  
ひどく敏感になったそこを、ゾルルの左手の鉤爪がわずかに引っ掻いた。  
「――――ひゃうッ!!・・・ひぃぃ!―――――あ、あぁあ・・・・っ」  
  小雪がたまらず声を漏らす。足がふるえ腰がガクガクと痙攣した。  
じんじんと痺れるような肉の悦びが、小雪の体内に暗い炎を宿し始めていた。  
 
「はぁ・・・っ!――あッ!!・・・あ、ぅうッ・・・・・・!」  
  きゅッ!・・きゅッ!―――と小雪の白いやさしい、ひそやかに息づく乳が  
ゾルルによって容赦なく揉みしだかれる。  
そこから生まれる危険な快楽に小雪は抵抗できない。  
過敏になった乳へ与えられる刺激が、さざなみのように小暗い快感を全身へと  
張り巡らせる。小雪の太ももがヒクヒクとふるえた。  
立て膝を自分で支えきれなくなりそうだった。  
 
―――わ・・たし・・このまま、手ゴメにされちゃうんかなぁっ・・・。  
 
  忍野村での修行時代が脳裏をかすめた。  
忍者・・ことにくの一は、仕事中にそうした状況に陥ることが多いことは  
教えられてきた。敵方へ潜入し、相手から情報を聞き出すときにもくの一は  
場合によっては、自分が女であることを最大限利用しなければならない。  
そのため忍野村の女達は、ごく子供の頃からいつなんどきそうなっても動揺  
せぬよう、それなりの教育はされてきていた。  
小雪自身もよくわからぬなりに、どこかで覚悟はしてきている。  
だが・・・忍庁が解体しフツーに生きようとしている今、「そのとき」が  
来るとは。  
 
―――――こうなるまえに、もぅいっかいだけ夏美ちゃんとオフロ、はいり  
たかったなぁ・・・・。  
 
  そう胸のうちでつぶやく小雪をよそに、ゾルルの陵辱は徐々に下部へ  
さがってゆく。ちぎれかけた帯にようやくからんだ忍装束の布がかろうじて  
小雪の腰を覆い隠していた。ゾルルが手甲を伸ばし、その藍染の生地を鉤爪で  
めくりあげる。尻を高くかかげさせられた小雪の、すんなりした小鹿のような  
足の付け根があらわになった。  
下半身を守る白い布地の、脇のかぼそい部分にゾルルの刃が侵入する。  
やがてぶつりという音がして・・ちいさな下着が小雪の足元に落ちた。  
「あぅぅ・・・・っ!!」  
  下半身に外気があたるのを感じて、さすがに小雪が羞恥に身を震わせた。  
縛られた両手は頭上のまま、尻を突き出すようにひざまずかされているため  
丸みのある双球からその谷間にある菊座、さらにその下の秘所までをすっかり  
ゾルルの眼前に晒してしまっていた。  
色素のうすい、まだ男を知らない小雪のその部分は先ほどからの刺激により  
すでにうっすらと蜜に濡れ、開花のときを待ってヒクヒクとうごめいている。  
ゾルルが左手の甲を小雪の尻の丸みに沿わせて撫であげた。  
寝かせた鉤爪が這いずるたび、小雪がビクッとからだをふるわせる。  
五本の冷えた金属の微細な動きが、どうしようもなく小雪を燃えあがらせて  
ゆく。ゾルルの鉤爪が小雪の尻肉をとらえ、その谷間を大きくひらかせた。  
「・・・ヒィッ!」  
 
  ――――もし、この爪で刺し貫かれたら。  
 
  小雪はそう考えてふるえた。  
小刻みに震えだした小雪の内心を読み取ったものか、ゾルルがあざけるよう  
に低く笑う。ゾルルが装甲のない右手を小雪のそこに這わせた。  
硬い指が、敏感な花びらの合わせ目を縦になであげる。  
「あっ・・・・んん・・・っ・・・・・・はぅう・・・・っ」  
  小雪の吐息が甘くなった。  
花びらを撫であげつつ、花弁の奥の芽をゾルルの指が掘りおこし、陵辱する。  
「あぁっ!!あ―――ぁああッ!あぁ――――あ、あぁっ!!」  
  小雪が高い声を放った。  
 
男の眼前に自分の秘部をさらけだし、好き放題に責められて、あろうことか  
体が悦んでしまっている。  
隻眼の冷えた視線を感じたが、小雪にはどうすることもできなかった。  
そう考える意思そのものが、考えた矢先に熱くただれてゆく。  
ゾルルの指の一本が小雪のなかにあさく潜った。  
「アウッ!!―――――くぅ、ぅっ・・・・・・!」  
 指は秘所の狭い内部のあちこちを刺激しながら、徐々に深く掘り進んでゆく。  
「ひ・・・!!!」  
  指が二本に増えた。  
小雪の目が快感に焦点を失った。一瞬、声すら出せない。  
ややあって、ひりついた切れ切れの高い悲鳴が小雪の喉から搾りだされる。  
ゾルルがククク・・・と低く笑い声を漏らした。  
尻肉に食い込んだ鉤爪の先からわずかに血がにじむ。  
その痛みすら気づかないほど、小雪は狂乱した。  
「は・・・っ・・・・はっ・・・・・はぅッ・・!―――は、あぁッ・・!!」  
  指が深く挿入されるたび、小雪の唇からせつない声がもれる。  
さらなる快楽を期待して、かかげた尻と白い太ももが小刻みにふるえた。  
小雪の未熟さを残した秘所はゾルルの陵辱にいつしかうす紅く色づき、透明な  
蜜を足の付け根までしたたらせていた。  
肉の花弁がひくつきながらも指をきつく締めつける。  
「・・・・飼わ、れ、ている・・・にして、は・・――ゼロ、ロめ・・・。ポコペン  
人の、しつけ、が・・・・なって、いな、い。」  
  ゾルルが嘲弄するようにつぶやいた。  
小雪の腰に左手を廻したゾルルが、小雪から指を抜いた。  
まだヒクヒクとうごめいているそこに、ゾルルが自らを押しあてる。  
指よりはるかに大きいその質量に小雪のからだがおびえた。  
ずりあがって逃げようとする小雪をゾルルが無慈悲に押さえつける。  
そのまま一気に刺し貫かれた。  
「ひッ!・・ひぃぃい――――――ッ!!!」  
  ぎちぎちと軋みながら、ゾルルが小雪を蹂躙してゆく。  
ひとつに結わえた長い黒髪のふさを掴まれ、手前に引きずられた。  
腰骨と恥骨が激しくぶつかり合い、結合が深くなる。  
小雪のむきだしの乳が、床の間の柱に潰されてかたちをかえた。  
「アゥッ!―――んぅッ!・・・ア・・や・・・だ、だめぇ・・・っ!!」  
  ガンガンと突き上げられ、小雪の肩がしたたかに柱に打ちつけられる。  
ゾルルが腰を引くたび、くちゅっ・・くちゅっ・・という濡れた音とともに小雪  
自身の蜜にまみれた肉槍が引き出される。  
小雪のからだが快楽で桜色に染まった。  
「あっ・・・・・・・・だ、めぇぇっ・・・・・・・・・」  
  否といいつつ、からだが堕ちてゆく。  
はぁっ・・・―――――はぁっ・・・―――――  
はぁっ・・・―――――はぁっ・・・―――――  
抽迭にあわせて、小雪の肺にたまった空気が吐き出される。縛りあげられた  
手首が擦れて赤く充血した。柱でこすられ続ける乳の突端もかたく尖る。  
縛られ、獣かなにかのように這わされて、後ろから犯されている。  
にもかかわらず小雪の秘所はゾルルを咥えこみ、離そうとしない。  
「や・・・――――ら、めぇっ・・・・・・」  
  小雪の桃色の唇から唾液がしたたった。  
目元を紅く染めてやるせなく背をそらせる。  
ちいさな桜貝のようなゆびの爪が、かりりとちからなく柱を掻いた。  
深く貫かれるたび、熱い快感の高波が小雪のからだを翻弄する。  
ゾルルが鉤爪の一本を小雪の菊座に挿入させた。  
「ヒィ、いぃ――――――ぃッ!!!」  
  秘所に熱い肉の柱を、菊座に金属の冷えた爪を同時に入れられた小雪が  
たちまち高い声を放って絶頂に達する。  
小雪の足ががくがくとふるえ、立つことができなくなった。  
ゾルルが鉤爪を抜きながら小雪の腰に五指を食い込ませた。  
「・・・・まだ、だ―――ポコペン人。恨み、たければ・・ゼロロ、を・・・・  
貴様、の、飼い主・・・を、恨む・・ことだ・・・・。」  
  ゾルルの声が憎悪で暗く翳った。  
 
「おの、れ・・・ッ!ゼロロ・・・!どちら、様などと・・したり顔、で・・・ッ!  
八つ裂き、に、して、やらねば・・・気がすまん・・・・・ッ!!」  
  その声に自分が置かれた状況も忘れ、小雪がかすむ目をひらいた。  
枯れきってかすれる声をようよう絞りだす。  
「――――ど、して・・・?いったい――ドロロと・・・なにがあった――の?」  
「・・・・・・・・・・・・。」  
  ゾルルが奥歯を噛みしめた。  
その隻眼が、去来する記憶に痛めつけられたかのように苦しげに歪んだ。  
ぐぅッ・・・・!と喉の奥でもれる苦鳴を噛み殺す。  
押さえきれぬ感情が、ゾルルの頬を小刻みに震えさせた。  
あまりに長い不自然な間に、小雪が不審気に頭をもたげゾルルを見やる。  
ゾルルは一向に答えようとせず、その震えはなおも止まない。  
「・・・・・・・・・・。」  
「―――ね。ドロロは・・・やさしいヒトだよ?きっと、なにかゴカイが・・。」  
「―――――黙れッ!!・・したり顔で知ったよう、な、口をきくなッ!!」  
  激昂したゾルルが突然、猛る暴風のように小雪を蹂躙した。  
「ひッ・・・!!あぁあッ―――!ひぃぃ―――――ッ!!!」  
  柱に叩きつけられ、根元まで深く刺し貫かれて小雪が絶叫する。  
「ゼロロに、飼われて、いる・・分際で・・・差出、口、を叩きおって・・・ッ!」  
  ゾルルが右腕を閃かせた。  
その手から放たれた宇宙ニョロが小雪のほそい首に巻きつき、その触手の  
頭部が口を封じるかのように小雪の唇を押し割って侵入する。  
「む・・グッ・・・・!!―――んッ!!・・・・・んんんッ!」  
ざらついた触手が小雪の歯列を割り、舌をこすりあげてその口腔を陵辱する。  
ゾルルが深く腰を打ちつけた。  
「―――んッ!ん〜〜ッ!!んッ!・・・・んむっ・・・ん、ん〜〜〜〜ッ!!」  
  口を触手に、秘所をゾルルに犯された小雪がくぐもった声をあげる。  
まるで、熱せられた太い杭でからだを刺し貫かれているようであった。  
前と後ろから、激しい抽迭に責めたてられる。  
快楽とも苦痛ともとれる激流に呑まれ、小雪の意識が徐々に遠のき始めた。  
考えるちからも何もかもが薄れて、ただからだだけになってゆく。  
「んんッ!――――んッ!―――んッ!!・・・・んッ・・・」  
  ただひたすら打ちつけられる、律動。  
ゾルルが動きを速めた。  
それが意味するところを、忘我の域にありながらも小雪はどこかで悟る。  
 
(・・・あ、あ。――――なかで、だされちゃう・・・よぉ・・・。)  
 
  数度、鞭打つように小雪を貫いたのち、ゾルルは急に動きを止めた。  
小雪の腹腔で、熱い温度を持った奔流がビクビクッと脈打ちながら溢れて  
満ちる。  
 
(・・・・はぁ、うっ・・・・・・・!)  
 
  その液体の熱を感じながら、小雪のからだが絶頂に数度ちからなく跳ねた。  
わななく花芯がゾルルを咥えこみ、搾るようにきつく収縮する。  
ゾルルの頭が崩れるように落ち、その額が小雪の背に触れた。  
 
――――ヘンなの。・・なんだかこのひと・・・泣いてる、みたい・・・・。  
 
 
 
  最後の絶頂に達しながら、薄れゆく意識のなかで小雪はふと、そんな  
ことを思った。  
 
          *       *       *        
 
河川の清掃作業を終えたドロロはいつもどおりの帰路についた。  
家々の屋根を跳びつたい、我が家へとたどり着く。  
屋根裏の隠し扉をすり抜け居間に降りたつと、家のなかは奇妙に静まりかえっ  
ていた。薄暗くなりかけた部屋にはともしび一つ灯ってはいない。  
不穏の気配を感じたドロロが周囲を見渡すと、薄闇色に溶けた景色のなかで  
ただひとつあざやかに白い「あるもの」が眼に焼きついた。  
小雪の肢体である。  
「・・・・・こッ・・・・小雪殿ッ?!」  
  息はしている。だが、眠っているように目は閉じられている。  
ほとんどなにも身に着けていないに等しかった。  
背を丸めてうずくまるように横たわった小雪のそこかしこに、微細な引っ掻き  
傷があった。長い黒髪が解けてほおや腕にからみついている。  
抱き起こして活を入れようとしたドロロの意識は、小雪の太ももの付け根に  
ひとすじ白濁した体液の流れを見つけ、沸騰した。  
「・・・・・・これは・・・・・ッ!!」  
 
  突如、ドロロは侵入者の存在を感じた。  
部屋のもっとも暗い影の部分に、男は先刻から腰掛けていたようであった。  
―――――何故、戻った瞬間に気づけなかったのか。  
片膝を立て、肘をついて頭を支えるその半身が鎧の男は、それまでその隻眼を  
小雪へと向けていたようであった。  
荒涼とした・・どこか痛みをこらえるようなその視線が、ドロロの姿を認めて  
燃えあがるような憎悪へと塗りつぶされてゆく。  
「遅かった、な。・・・・・・・ゼロロ。」  
「――――貴殿が・・・小雪殿にこのような狼藉をはたらいたのでござるか?」  
  いたましさにドロロの声が震えた。男――ゾルルが唇を吊りあげ、ひどく  
優しげな声を作ってささやいた。  
その語尾が押し殺した殺意のため、わずかに震える。  
「・・・・・・・そう、だ、と言ったら・・・―――どうする?」  
 
 
「不埒者!!!」  
 
   ドロロが閃光のように疾走した。  
 
 
つぎの瞬間、波璃がぶつかるときのような硬質の音が響き渡った。  
ドロロの刀とゾルルの手甲の刃が、空中高くで切り結ばれたためである。  
双方同時に刀を引き、左右に跳び分かれる。ドロロの手から手裏剣が飛んだ。  
即座にゾルルが壁を蹴って着地点をずらす。  
降り立つべき地点の畳に、手裏剣が矢のように突き刺さった。  
着地したゾルルが手裏剣を踏み越えて一気に肉薄する。  
手甲の刃が弧をえがき、ドロロの軍帽の布地をわずかに切り裂いた。  
「ヌウッ!」  
  ドロロが見切って瞬時に顎を引く。  
無防備になったゾルルの身体に一閃、太刀が下から斜めに跳ねあげられる。  
ゾルルが辛くも身体を入れ替えた。  
左半身の硬い装甲に、ドロロの刀が阻まれて鈍い金属音を放った。  
・・・・・すべて瞬きするほどのあいだの出来事である。  
 
――――――強敵・・・・ッ!!  
 
着地したドロロとゾルルがお互いに数歩下がり、充分な距離をとって対峙した。  
「・・・・顔、色が・・・変わったな。ゼロ、ロ。」  
  うれしくてならぬかのようにゾルルがささやいた。  
「―――当然、だ。・・・貴様を、倒すため、だけに・・日夜俺、は・・血を吐く、  
ような修行・・・に、耐えてきたのだ、から、な・・・・ッ!」  
  ドロロが刀に両手を添えた。  
「――――貴公、これほどの腕前を持ちながら・・・なにゆえ小雪殿にあのような  
無体なふるまいをしたのでござるかッ!」  
  ゾルルの腕がびくりと震えた。  
ややあって、自らをなだめすかすような口調でゾルルが言葉を継ぐ。  
「・・・・・なるほど。この・・ポコペン人、の、姿では・・解らぬのも、無理はない。  
それ、ともまた・・知っていて、愚弄しているのか?――貴様は、よく知っている  
はず、だ。・・・この俺、の太刀筋。そして・・・この技を、なッ!!!」  
 
  ゾルルの身体が跳ねあがった。  
「    零 次 元 斬 ッ !!!   」  
 
  反射的にドロロも刀を振りかざした。  
その左手から、ゾルルと同じ間合い・同じ構えで、同じ技が繰り出される。  
「    零 次 元 斬 ッ !!!   」  
 
  まったく同一の技が空中で衝突した。  
その凄まじい威力に時空が歪み、部屋の空気が竜巻のように渦巻く。  
次元を刻むその技はお互いを喰い合い、やがて消滅した。  
ドロロが驚いて声をあげる。  
 
「・・・・これはッ・・紛うことなき零次元斬!―――零次元斬を使うとは・・・!  
貴公いったい、何者でござるかッ!正体を明らかにされよッ!!」  
 
「―――待て。・・・ゼロロ、貴様・・本気、で・・・わからないの、か?」  
  ゾルルの声がひび割れた。  
「馬鹿、な。――――幼き日より、貴様、と俺、は・・・・」  
  ゾルルの口調にどこか哀願するような響きが混じる。  
「拙者に含むところがあるならば、拙者本人に果たし状を送られればよかろう。」  
  白い怒りに燃えて、ドロロが敢然と言った。  
「由来はなにやら解らねど、果し合いならば受けて立つ。・・・小雪殿を巻き添え  
にする必要がどこにあるのでござるか!!」  
  声に悲痛な響きをまじえて、ドロロが刀を構えた。  
その刃がゾルルに向けて、峰から刃の方へと切り替わる。  
ドロロが峰打ちを捨てたのだ。  
ゾルルの身体が屈辱におおきく震えた。震えは、とまらない。  
「・・・・ゼロロ・・・貴様ッ・・―――いつも、そうだ。・・・貴様は・・・。」  
  ゾルルが唇を噛みしめた。  
「・・もういい。思い出す必要は、ない。―――――ただここで、死ね。  
・・・・・・ゼロロ、殺すッ!」  
  がたがたと崩れ落ちそうになる身体を最後の気力で支えながら、ゾルルが  
言った。その身体から暗く激しい、裂帛の殺気が放たれる。  
必殺の気を込めて、二人の身体が交差した刹那――――。  
 
「ドロロッ!!」  
 
  意識を取り戻した小雪がドロロの背後から数歩、駆け寄った。  
無意識の行動である。その白い肢体が、ドロロの身体越しにゾルルの視界の  
隅に入った。そのまま刃を振り下ろせば巻き添えにしかねない位置である。  
おそらく自分自身にも理由の解らぬまま、ゾルルの刃の切っ先が鈍った。  
ドロロに小雪は見えていない。ただその目には、ゾルルの隙と映った。  
「成敗!!!」  
  ドロロの刀が打ち下ろされようとした瞬間・・・・・。  
一発の銃弾が、ドロロの刀の柄を弾いた。  
「ヌゥッ!!」  
  ドロロの手が反動で跳ね上がった。  
ゾルルの方はといえばその期に乗じて反撃するでもなく、うつろな眼を虚空に  
さまよわせ、どこか意気消沈している。  
最後の一閃に残る気力の全てを使い切ってしまったようであった。  
ドロロの刀を弾いた銃弾の主は、ゆっくりと部屋に歩を進めた。  
青紫色の頭髪、濃灰色のスーツ型の軍服。  
軍帽を目深に被り、さらに黄のバイザーを着用しているため表情は見えない。  
肩に縫い取られた徽章は銀筋一本―――中尉の階級章である。  
 
部屋の中を一瞥しておおよその状況を掴んだものか、男が眉を曇らせた。  
そのままつかつかと小雪の前に歩み寄り、膝をかがめてそのきゃしゃなあごに  
手をかけ仰向かせる。値踏むように小雪を凝視していた男がやがておもむろに  
口を開いた。  
「傷は浅いな。目にも光が残っているようだが・・・・部下に専任の者がいる。  
あとで呼び寄せて治療させよう。―――すまなかった。幾重にも謝罪する。」  
「・・・・・・隊長。」  
  ゾルルがちからなくつぶやいた。  
男――――地球人化したガルルが、振り返らずにそのままゾルルに告げる。  
「離陸の刻限だ。・・・・船に戻りたまえ。」  
「・・・・・しか、し・・・・」  
「命令だ。処罰は追ってする。―――戻りたまえ。今すぐに。」  
  有無をいわさぬ厳しい口調でガルルが言った。  
ゾルルの姿がわずかな間ためらいを見せたのち、掻き消える。  
 
「待たれよ!!」  
  ドロロが叫んだ。  
 
その声に覆い被せるようにガルルが言葉を継ぐ。  
「彼は私の部下だ。それに彼のポコペン降下を許可した時点で、この状況を  
予期し得なかったのは私の落ち度でもある。―――――責めは私が負おう。  
ゼロロ兵長。」  
「その声は・・・ギロロ君の兄上、ガルル中尉殿でござるか。」  
  ややとまどったようにドロロが言った。  
「代理で詫びられても小雪殿は承服せぬでござろう。かの者本人が素性を  
明かし、そのうえで酷い仕打ちを心より謝罪せねば―――。小雪殿の心は  
とうてい癒されるとは思えぬでござる。」  
  やや皮肉な微笑を浮かべ、ガルルが聞こえぬように独白する。  
(―――ゼロロ兵長は、私の事は記憶しているのか。・・・ゾルル兵長の為には  
気の毒と言うべきか。何を持って酷いと感じるかは、個人の主観によって  
さまざまに異なるという事だな・・・・・。)  
  だがすぐさま頬を引き締め、ガルルが言う。  
「どうか、曲げて了承していただきたい。―――その剣を収めて欲しい。  
ゼロロ兵長。」  
  ガルルの声の温度がわずかに下がった。  
バイザー越しのその眼がするどく細められる。ひとことひとこと、はっきり  
区切るようにガルルが続けた。  
「・・・私の小隊の一員が重要ポコペン人を傷つけ、ゼロロ兵長のポコペン偵察  
任務を著しく阻害したことは、重要な失態だ。―――この責務は隊長たる私が  
負わねばならぬ。」  
  ガルルがつとめてさりげなく靴の爪先の向きを変えた。  
・・・・ドロロと小雪、二人が死角にならぬ角度に、である。  
ガルルの右腕がごく自然に下げられる。腰の、銃を吊ったホルスターには  
決して触れない。ただその右ひじがほんのわずか、曲げられた。  
――――抜こうと思えばいつでも銃を抜ける。そういう体勢である。  
表面上はおだやかな口振りでガルルが続けた。  
「―――好むと好まざるにかかわらず、小隊長の責任とはそういうものだ。  
ゼロロ兵長。全ては隊長に帰せられる。・・・・もしも根も葉もない噂にある  
ようにお前が軍を離反してポコペン側へついた場合―――真っ先に処断される  
のが、ケロロ隊長であるように。」  
  ドロロの手が、びくッと震えた。  
ドロロに眼を据えたまま、ガルルが言葉を継ぐ。  
「・・・我ながら何とも不愉快な言い回しだな。失敬、ご容赦されたい。  
・・・・とにかく今は、剣を。」  
  ゆっくりと喋るガルルの声が低く、聞き取れぬまでに低くなった。  
 
「――――――剣を、お収めいただけますかな?・・・ゼロロ兵長。」  
「・・・・・・・・・・。」  
 
「・・・・・・ドロロ。」  
  小雪のほそい声が息詰まる沈黙を破った。  
「ドロロ。――――わたし、だいじょうぶだよ?」  
「・・・・・小雪殿・・・・・。」  
  苦しげにドロロがつぶやいた。  
「だいじょうぶ。だってわたし―――忍びだもの。ドロロが思ってるほど  
かよわくないよ?・・・へ〜き。だから・・そんなに思いつめなくていいよ?」  
  へへ、と小雪が微笑った。  
ドロロが顔をそむけた。そのまま無言で刀を鞘に収めると、押入れの行李から  
シーツを取り出し、その布で小雪のからだをそっと包む。  
うつむいたドロロの肩が震えた。  
「―――小雪殿。相すまぬでござる・・・・・。」  
 
  シーツに包まれた小雪が、ドロロの肩越しにガルルをぼんやり見やった。  
「さっきのヒトのお友達ですか?・・・あ、隊長さんだっけ。頭領様みたいなものかな?」  
「――――まあ、そうだ。」  
  腕の力を抜いたガルルが首肯した。  
「さっきのヒト、なんだかずっと・・・とっても苦しそうだった。自分でももう。  
どうにもならないみたいに。」  
  小雪がまどろんだような目で言った。先刻までの疲労がまだ抜けていない。  
ドロロが体を支えてくれるのをいいことに、喋りながらもたれかかる。  
 
「あのね。・・・忍野村の頭領様が言ってたけど・・・ホントに勝つのは、いっぱい  
敵を倒したひとじゃなくて・・・いっぱいしあわせになったひとが勝ちなんだって。  
さっきのヒトも――苦しかったことを忘れちゃうくらいに、うれしいことが・・・  
たくさん、たくさん・・・あるといいね・・・・・。」  
 
  小雪の目が閉じられた。  
まぶたが重くてこれ以上はとても開けていられそうになかった。  
「わたしは・・だいじょうぶ。怒ってないから・・・さっきのヒトに、そう伝えて・・ね・・。」  
  あとの言葉は、掻き消えた。  
代わって規則正しい寝息がその唇から漏れる。  
「―――――小雪殿。」  
  ドロロがこわれものを扱うかのように、そのままそっと小雪を抱きしめた。  
ガルルが軍帽の鍔をわずかに引き下げる。  
口元をかすかに緩め小さく嘆息したのち、ガルルがしずかに口をひらいた。  
 
「―――――伝えておこう。ポコペンの女性アサシン。」  
 
 
 
 
  小雪は答えなかった。  
ひどくあどけない顔をしたまま、深い眠りへと落ちてしまっていた。  
            〈END〉  
 
 

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