「スミマセン!あ・・あのっフリーペーパーの広告を見てきたんですけど・・」
路地裏にあるいかにもうさんくさげな仮説店舗のドアの影に、ピョコッ
とウサギ耳が覗いたのは、もう夕方にさしかかろうという時刻であった。
広告主である邪魔ネット社長・商品販売型宇宙人ダガダはふりむいた。
「あぁ〜ちょっと待ってね!・・・ウチもね、多角経営で各方面にいろんな
広告出していましてねぇ!・・・・それで、どういった内容で?!」
「あの・・・っタレント募集の記事ですっ・・・!『時間にとらわれず高収入!
みんなに夢と希望を与えることが出来るクリエイティヴなお仕事です。若く
て映画に興味のある貴女、ぜひ応募を!』という記事なんですけどっ・・・!」
おずおずと小柄な少女が扉から姿を現した。
やわらかそうな肢体をブラウスと、フリンジのついた革の上下で包んでいる。
外ハネ気味の金髪のネコッ毛。こぼれ落ちそうなほど大きな瞳。
トレードマークの長いウサギ耳は緊張しているのか少しヘタレて震えている。
―――――ご存知、宇宙探偵556の助手にして妹・ラビーであった。
「映画のことはよくわからないんですけど・・・わたし、前にTVの宇宙刑事
モノに出たことがあって・・・『ギョボン』番外編の――あっ、ご存じないです
よね!すみませんっ!スミマセン!!――――ラビーといいます。
夢と希望を与える仕事って、スバラシイと思いますっ!女性限定でなければ
兄が応募したんですけど・・・あっ兄はそれは優秀な宇宙探偵なんです!ただ
今はチャンスに恵まれないだけで・・・。それでもお兄ちゃんはこのポコペン
で夢をかなえるためにがんばってます!!―――それで、わたしもなにか
役に立ちたくて・・・あのっわたしを使ってもらえないでしょうかっ?!
一所懸命ガンバリます。どうかお願いしますっ!!」
必死で頭を下げるラビーに、ダガダは大仰なジェスチャアで手を広げた。
「あ〜、思い出しましたよ。・・・ラビーさん、ハイハイそういえば出演されて
いましたっけねぇ。う〜ん、どうしましょうかねぇ。いちおう、映像作品の
出演経験はおありと。―――しかしああいったお子様向けの作品と、ウチの
とを一緒にされましてもねぇ。・・・・ウチはなにせ、宇宙規模で展開している
企業なのでして。それなりに職場は・・キビしいのよコレが。いよいよとなって
やっぱり私にはムリです!・・と泣きつかれても、困っちゃうんですよ?」
「いいえ!大丈夫ですっ!わたし、なにがあっても負けません!!」
気のない返事とは裏腹に、ダガダの無表情な眼は無遠慮にラビーの
みずみずしい肢体を上から下へと舐め廻した。
追い出されまいと気張るラビーに向けて、イヤな笑いを浮かべてみせる。
「じゃ、とりあえずカメラテストだけでもいってみますか。ウシャシャシャ!」
ダガダは別室へラビーを案内した。
その部屋はごく小規模な撮影スタジオであった。中央のなにやら怪しげな
投影装置らしい機械の他は、セットのようなものは何も置いていない。
殺風景な空間をいくつものライトが照らしている。
懐から小型のデジカメを取り出しつつ、ダガダはラビーへ向かって顎で
上手(かみて)を指し示した。
「・・さっそく写真写りを見せてもらいましょか。あ、このカメラね、
ウチの看板商品。こぉ〜んなに薄くて小型なのに、ドキレイな画像でお値段
なんとナナジュ〜ハチ万円で超ッお買い得ッ!!今しか手にはいらない限定
商品なのよコレが。―――さ、そっちに更衣室があるからチャッチャと水着
に着替えてきてくださ〜い♪」
「・・・・・えっ?!み・・・水着・・・・ですか?」
ラビーが動揺して両手を口にあてた。その様子にダガダが眉を寄せる。
「あんなに強気なこと言っておいて、もうリタイヤですかっ?!タレント
募集に水着審査があるのは、今日びアッタリマエですよアナタっ!」
「いえ・・・そうじゃないんです。あの・・・水着、持って来てなくって。・・・あ、
すみません・・ウソです・・。――――みずぎ・・持っていないんです・・。」
ラビーが意気消沈してうなだれた。
ウサギ耳もそれに合わせてへにゃりと萎れてしまう。
広告記事の、それこそ虫眼鏡で見なければ読めないような細かい字を指差し
ダガダが憤慨した。
「もう!困りましたねぇ!!ここに『要水着』と書いてあるのにっ!
・・・仕方がありません。下着姿でもオッケーということにしますよ。それなら
大丈夫でしょう?」
しかしダガダの言葉に、ラビーはますます下を向いてしまう。
「――――なんですか?まだ不服なんですかアナタ?!」
「ちがうんです。・・・あの、すごくハズカシイお話なんですけども―――。」
ラビーの顔が真っ赤に染まった。
「うちはビンボーで。――ブラジャー・・・そのぉ、1枚しか持ってないんです。
あっパンツは・・ちゃんと2枚持っているから大丈夫なんですけどっ。ちょうど
昨晩おセンタクしてしまって―――だからいまはその・・・み、水着審査がある
なんて知らなくてっ!・・・すみませんっすみませんっ!!」
「ブラジャーも着けていないんですかアナタは。」
あきれたようにダガダがつぶやいた。
しかしその眼は陰湿にぎらりと嫌なひかりを放つ。
部屋の片隅の机の引き出しを開け、なにやらガタガタと中を掻きまわす。
探し物を見つけたダガダが、いかにもしぶしぶといった口調でラビーに言った。
「本来なら失格なんですがねぇ。ま、熱意もあるようだし大目に見ましょう。
ちょうどここに梱包用のガムテープがありますから、これを貼ってオッパイ
を隠してください。―――さあ、どうぞ。」
ダガダがそう言ってラビーに手渡したのは、どう見ても3センチあるか
ないかのガムテープの切れ端2枚であった。
「あ、あのぉ・・・・これで、ですか?」
「まっさかタレント志望者が水着を忘れるなんて、想定の範囲外でしてねぇ。
ウチとしてもこんなモノしか準備できないんだよねコレが。」
「あ・・・・す、すみません・・。――でもっ・・でもせめてもうちょっと大きく
切ってくれません、でしょうか・・・・?」
「あのねアナタね。これ、ガムテープなのよね。これ以上大きいの貼っちゃう
と、剥がすとき痛いデショ?!―――アナタのためを思ってわざわざこの
サイズにしてあげたのに・・・・わかってないねぇ。」
「そ・・・そう、です・・ね。―――わ、わたし至らなくて。すみませんっ・・・」
うまく丸め込まれたラビーが、更衣室とは名ばかりのカーテンで仕切ら
れたコーナーへ姿を隠した。シュルシュルと服を脱ぐ衣擦れの音が流れる。
ややあってラビーのうわずった高い声が、困惑しきったように部屋にこだました。
「あっあのッ!!――これやっぱりムネが隠れなくて・・・っていうか、もぉ
ほとんど先っぽしかっ・・・!あ、あのっ!スイマセン!!な、なんていうか
は、ハダカでいるよりハズカしい気がするんですけど・・・・・・!!!」
「肝心なところは隠しているんだから、恥ずかしい訳がないでしょ?」
ダガダが臆面もなく、冷然と切って捨てた。
「着替えたら、サッサと出てきてください。カメラテストを始めましょう。」