五月の昼下がりはからりと晴れてまだひんやりとした風が網戸越しに入ってくる。
夏美は制服のブラウスのボタンを一つ二つと外しながらソファーに腰掛けた。
「うぅーん、疲れたぁぁぁ」
じんわりと腰から下が痺れている。まずは水をと思ったがソファーに座ればもうそんな気も薄れてくる。外は誰も歩いていないのだろうか?葉の擦れ合う音がサラサラと聞こえるだけで全く人の声は聞こえない。
「・・いくら試合前だからって何回走らせんのよ、部員でもないのに」
陸上部は来週都大会の予選、夏美は部員に泣きつかれて渋々土曜の放課後助っ人として練習に参加していたのだ。
「あぁ〜ん細かい砂がこんなとこまで入っちゃってるじゃない」
胸元を指先でなぞりながら憂鬱そうに呟き、ぴょんと起き上がって階段を駆け上がる。
「ちょっとぉ誰もいないの?冬樹ぃ?ボケガエル〜?ガンプラ買いに行ったの?」
バッグを下ろしブレザーをストンと脱ぎながら夏美はさっきより声を大きくした。
「そういや、また秋葉原に行くってボケガエルハイテンションだったわね、あいつ風呂掃除ちゃんとしたかしら?・・チェックがてら夕飯の前にシャワー浴びようかな」
薄手の赤い半そでTシャツとバーバリーチェックのピンクのプリーツスカートを身に着けて風呂場へ急ぐ。脱衣所で下着姿になると今日の練習で幾分焼けたのだろうか、二の腕の途中から先が少し肌が赤くなっている。
「いやだ、もう紫外線って強いのね、明日から日焼け止め使わなくちゃ・・・」
ブツブツと呟きながら幾分汗ばんだ下着も脱ぎ、脱衣籠にそっと置いた。
風呂場は午前中にケロロが鼻歌混じりにたわしがけした甲斐があり、
夏美が満足する仕上がりになっていた。
「ボゲガエルも意外とアレよね、掃除が上手よね〜、こっちが本職の方が良いはずよ」
シャワーヘッドを浴槽に向けてお湯を出し始める。
昼の日差しがシャワーのお湯をキラキラと輝かせ、夏美の足にかかる。
「よし、温かくなったわね」
まずは薄桃色の二の腕にそっとシャワーを向ける。
「っつ!なんかヒリヒリ・・・失敗したわ・・」
小さく舌を出して肌を見る。
「でも浴びないわけにはいかないもんね、我慢我慢」
腕から鎖骨、首・・滑らかに湯はしなやかな肢体をなぞって排水溝へ落ちていく。
シャワーは胸元からペタンとした腹へ移動していく。
「とりあえず石鹸は痛そうねぇお水だけでいいや」
シャワーを壁につけて右腕で左腕を、左腕を右腕でそっとなぞっていく。
指の先で筋肉をなぞっていく様に動かしていくと乳酸がところどころに溜まっている気がする。何本も100mを走っているのだ、腕も疲れているのだろう。
下を見ると細かい砂が下のタイルの溝をスルスルと流れていく。
夏美はシャワーで髪を濡らしながら暫くその溝をぼんやりと眺めていた。
顔を上げ湯を顔に当てる、湯が首元を伝い滑り台のように乳房に滑り込み乳頭の所で
細かく弾ける。
両手を壁に付けて少し力を入れると背中の肩甲骨が美しく浮き出た。
そしてそこも完璧なフォームで走った故に鈍い痛みが走るのだ。
「夕飯は冬樹に何か用意してもらおっと、どうせ今日はママも遅いし。」
大きく伸びをしながら風呂場を出る。誰もいないという開放感からか何一つ身にまとわない姿でバスマットの上で前屈や腕回しを何回かして洗面台の鏡の中の自分と目が合い苦笑いした。「やだ、あたしったら」
まだしっとりとした肌にアイボリーの下着を付けするするとスカートを履く。
プリーツスカートは夏美のお気に入りで何着も色違いで揃えている。
だがこのバーバリーの物は秋にこの春買ってもらった大事な一着、つい嬉しくて廊下からキッチンに向かうまでふわりふわりと回転してスカートを揺らした。
時間は2時過ぎ、まだ冬樹もケロロも帰ってこないだろう。
冷蔵庫の中のペリエを取り出し、大振りのコップにクラッシュアイスを入れて注ぎ込む。シュシュシュ・・・心地よい音を堪能してソファーまで待ちきれずその場で飲み干す。
クックッと静かな室内で喉の音だけ耳に届く。夏美は半分まで一気に飲んで唇をグラスから離し「っっはぁぁぁ・・!」と声を上げる。グラスを抱えソファーに座りテーブルにグラスを置くと、テレビに向かい電源を入れてごろんと横になった。
「ふぁぁぁ・・・すこーしだけすこしだけ・・・」
夏美はあくびをしながら直ぐに眠りに入っていった。上半身だけ少し左にひねって日を避けるように・・・。
「ケロロ殿?以前ご提案申したGWの花と緑大作戦について・・・・ん?ご不在か?」
開いた網戸から実にすばやい動きでドロロは日向家に入る。
入ると直ぐソファーで小さい寝息を立てている夏美を見つけた。
「夏美殿だけ?全く無用心でござるなぁ・・・」
大きな音を立てぬようそっと窓ガラスをしめる。涼やかな風を通すためキッチンの小さな窓とリビングのドアを開く。
「困ったでござる、もう連休は目前でござるのに・・・」
ドロロはダイニングの椅子にかかっていた薄いカーディガンを手に取り夏美の傍へ近づいた。風に当たって体が冷えるのを避けようとしたのだ。
「やれやれ、夏美殿も寝ている時には可愛らしい女の子でござ・・・ん?」
ふと夏美の首元に目を留める。髪がまだ濡れていたのだろう水滴が幾つか首筋についている。ドロロはそっと首筋に手を伸ばした。「夏美殿、風邪の元で・・・」
「ん・・・」指先が肌に触れたとたん、夏美は小さく甘い声を上げた。
ドロロはそっとうっすら浮き出た首筋を下から耳の後ろまでなぞる。
「失礼」
ドロロは手を後ろへ引き、そっと離れようとした。
しかし何故かその気がうせてその場でじっと夏美を眺める。
しっとりした髪からは爽やかな草の香りがして着ているTシャツの後ろの首元を少し湿らせている。なだらかに鎖骨から胸元へ体の線は無駄な所は一つも無い。
「・・・見事・・・見事な身体」
心の中で思わず声がでる。改めてまじまじと夏美の身体を眺める。
気づいた時にはドロロの中に今までと違う感情が湧き出ているのにハッと驚いた。
「いや、馬鹿な・・拙者は何を・・」
早くここを離れなければ、しかしそう思う頭とは別に己の身体は全く動こうとはしなかった。小さく上下する身体に指先は伸びていたのだ。
夏美の耳たぶからそっと顔の輪郭を人差し指でなぞる。
ぴくっと長いまつげが震えるが、起きる気配は全く無い。
ドロロの指は絶妙な力加減で日向夏美の身体の線を確認してゆく。
あごから唇、唇から小鼻、閉じたまぶたの上をそっとなぞっていく。
「ふぅ・・ん・・・」
声がするとすっと動きは止まる・・がほんの少したつとまたそっと鎖骨へ降りていく指。
ドロロの口の中はカラカラに乾いて舌が咥内に張り付くようだ。
今まで特別に夏美殿に思いを寄せる事など無かったのに、何故?
指先が滑らかな肌を滑るたび身体が熱くなる。恐ろしいほどの快感が指から伝わってやめる事が出来ない。
「もう、もう失礼しなければ・・・目を覚ます前に」
指先は何度も何度も鎖骨から耳たぶまでを行き来し、
目は薄く開いた唇の中から見える白い歯を捕らえ息を呑む。
男として何かとめることの出来ない何かがドクンドクンと音を立てて自分を追い詰める。ゆっくりとドロロは口元のマスクを取り顔を近づけた。
「伍長、許されよ・・・」
先ほどの指先よりももっとやわらかく微妙なタッチで唇と唇が触れ合う。
もっともっと深く肌を重ねたい欲望が触れ合った皮膚から麻酔のように身体に流れ込み駆け巡る。ドロロは目を閉じて軽く唇を震わせる。知らず知らずに拙者は夏美殿を・・・。1秒・2秒・・・・ドロロは顔を離し、そして身体を翻し姿を消した。
「ん?んん〜っ・・・結構寝ちゃったのねぇ・・??あれ?窓?あれカーディガン?」
「ねぇちゃん起きた?よく寝てたね」
「冬樹?」
「マッフゥー!この箱の香りたまらんですなぁ〜あ、冬樹殿、夕飯は後で自分で作るでありまぁす、では」
ケロロは箱を抱えて悶絶しながらリビングを出て行った。
「あーもう軍曹ったら・・・ねえちゃん、僕軍曹とガンプラ買いに行ってきたんだ、帰りにたこ焼き買ってきたよ」
「あ、いいわねぇもうそれ夕飯にしちゃいましょうよ」
真赤に色づく夕焼けに顔を半分染めながら夏美は又大きく伸びをしてキッチンに向かう。
・・・・・・・・・・・
「クーーークックッ、兵長中々我慢強いじゃねぇか、良いモンが録れそうだったのに」
クルルがどす黒い液体を揺らしながら画面の前で苦笑いする。
「これで洗った下着を着けたやつに近づくと誰でもやりたくなるんだがなぁ・・あっち系 なのか?」
効き目は下着を付けて2時間ほど。
「やっぱ伍長じゃねぇとなぁ・・チッ」
クルルは椅子をくるくると回しながら舌打ちしてたこ焼きをほお張る2人と1匹を眺めて次回の機会を狙うのだった。
END