ホッホッホ。  
わたくしこの西澤邸で執事を任されておりますポール・森山と申します。  
この西澤家についてはもはや説明の必要はございますまい。  
みなさまもご存知のとおり、世界経済の半分を手中にしているといっても過  
言でない「あの」西澤グループでございます。  
 
旦那様、グループ総帥・西澤梅雄様はあのとおりお忙しいお方でございま  
す。このご自宅へお戻りになることも年に数えるほどしかなく・・・。  
したがってお留守の間のこの屋敷の管理と、愛娘・桃華様のご養育と  
身辺守護は不肖このポールの肩にかかっているのでございます。  
イヤハヤなんと責任重大な職務かと、省みてわが身のつたなさに呆然とす  
る次第ではございますが・・・。  
しかしわが身を捧げて悔いない、男子一生の仕事であると感じております。  
お任せいただいた旦那様の期待にこたえるためにも、このポール全身全霊  
をかけて桃華様をおまもりし身を粉にして働く所存でございます。  
(誇らしげに胸を張る所作)  
 
  桃華様がお戻りになる時刻まで、まだ少しございます。  
この、屋敷内の清掃も終わり、桃華様が吉祥学園から戻られるまでのわず  
かな時間がわたくしポールのささやかな自由時間なのでございます。  
もちろん学園内で桃華様の身に、なにか異変でも起こればその限りではご  
ざいませんが・・・。基本的に我ら屋敷の者は、桃華様のたいせつな学園生  
活には極力踏みこまぬよう、心がけているのでございます。  
 
――――おや、湯が沸きましたな。  
英国王室ご用達の紅茶がございますが、お召し上がりになりますか?  
いらない?・・・・・ハイ、左様で。  
ではこのポールだけが頂戴するといたしましょう。  
 
  (湯気の立つ紅茶をひとくち啜りつつ)  
ハテ、なんの話でございましたかな。  
―――そうそう、桃華様の話でございました。  
このポール、まことにふつつかものではございますが、これまで桃華様の  
ご成長振りをご幼少の頃より見守ってまいりました。  
なんとまあ、おやさしくお可愛らしく育たれたことでございましょう。  
傍に控えている者の欲目かとお笑いになるやもしれませんが、このポール  
の眼には失礼ながら、桃華様以上に魅力的なお嬢様はこの世界に存在し  
ないかと。・・・・ハイ。つねづね考えているのでございます。  
 
大企業のご令嬢として、何不自由なくお育ちになったとお思いでしょうが  
桃華様はあれで、たいへんおさびしいお育ちなのでございます。  
さきほども申し上げたとおり、お父上である旦那様は滅多にお戻りになら  
れません。  
まして桃華様がおちいさい頃は、お仕事の都合上なおさらでございました。  
この西澤邸には常時二〜三百人は人間がおりますが、いずれも大人の使  
用人ばかりでございます。  
―――――桃華様は、手のかからないお子でございましたな。  
それこそどんな我儘も言える立場にありながら、私ども使用人を煩わせる  
ことはほとんどございませなんだ。それどころか雑務の多い私どもを逆に  
思いやってくださって、いつもひっそりひとり遊びをしているような――。  
そんなおやさしいお子様でございました。  
ときには窓ガラスに映った自分をお友達に見立てて、話しかけたりもして  
おいででした。もうひとりのお嬢様が生まれた素因は、実際そんなところに  
あるのかもしれませんな。まことにおいたわしいことでございます。  
 
  身に余る事ながら、このポールめには懐いておいででございました。  
わたくしも育児には不慣れながら、精一杯の愛情をお嬢様には注いだつも  
りでございます。しかし、やはり主人と使用人では・・・血を分けた家族の  
ようにはまいりませんな。  
夜になるとちいさな桃華様はいつも窓辺に身を寄せられて、その大きな瞳を  
じっと外へ・・・西澤家の専用飛行場の方角へと向けられておいででした。  
もしかしたら・・。今日こそはふいに、旦那様がお帰りになるのでは、と・・。  
幼心に、そう期待されていたのでございましょうなァ。  
その寂しそうな後姿と――。ついに待ちくたびれて眠っておしまいになり、  
わたくしがベッドにお運びしようと抱き上げたとき・・・・。  
つい見えてしまった、ほおにの残るなみだの跡は・・・・・。  
・・・・・・・。  
このポール、忘れようとしても忘れられるものではございません。  
(ハンカチを取り出し、しばし目頭を押さえる所作。)  
 
  そんな風にお育ちになったせいか、お嬢様は同じ年頃のお友達を作る  
のが不得手でいらっしゃいますな。それもこれも我らの責任でございます。  
桃華様をお守りしようとするあまり、つい他の子供達とのあいだにどうし  
ても目に見えないカベを作ってしまうのでございます。  
「大富豪のご令嬢」そんなレッテルがついてまわるのですな。  
屋敷にお呼びしたお友達が、また遊びに来るようなことは滅多にございま  
せん。わたくしなどには見慣れた光景でございますが・・・・。  
やはり一般人にこのお屋敷は、気後れするのでございましょう。  
逆に桃華様の家柄目当てで近寄ってくる者もございます。  
しかしそんな輩の下卑た雰囲気は、鋭い桃華様は敏感にさとられます。  
しだいにどちらも、桃華様からは距離を置くことになる次第で。ハイ。  
まことに・・・。桃華様の出自をご承知の上で、緊張するでもなく妬んだ  
り卑下したりすることなくごくふつうに振舞っておいでなのは  
あの、日向冬樹殿くらいでございましょう。  
桃華様が冬樹殿に惹かれるのも、無理のないことなのでございます。  
 
 冬樹殿に思いを寄せられるようになられてから、桃華様は別人のように  
明るくおいでになられました。ましてタママ殿がこの屋敷に住むように  
なられてからは共通の話題も出来、ひんぱんにあちらへお行きになられた  
りもして・・・これほど活き活きとした桃華様を、かつてポールは見た事が  
ございませぬ。―――桃華様の喜びは、我ら屋敷の者みなの喜び。  
・・・タママ殿に実はわたくし、ひそかに感謝しているのでございます。  
タママ殿は侵略者ではございますが、このポールにとっては地球の命運な  
どよりも、桃華様がわらっていてくださる事の方がよほどたいせつな事の  
ように思われるのでございます。  
―――これはむろん、タママ殿には決して言えぬことではございますが。  
 
 ただ、残念なのは桃華様の想いが冬樹殿にはいっかな届いていないこと  
でございます。まあ冬樹殿のこだわらない器の大きさというものは、裏を  
かえせば鈍感さに通じるわけで。  
人間の長所と短所というのはコインの裏表のようなもので、どちらか一つ  
をとるという訳にはいかぬもののようですなァ。  
しかしこのポール、たとえ旦那様が反対されようと、全力で桃華様の恋を  
応援する所存でございますとも。  
 
おや、ドアが開きましたな。ちょっと失礼。(席を立って入り口へ)  
・・・これはタママ殿。このポールの私室までお越しになるとはお珍しい。  
ハテその大荷物。―――しょんぼりして。どうか、なさいましたかな?  
―――ホホウ。今日は朝早くから秘密基地の大掃除を?  
ふむふむ。そのために色々な荷物を地上に移動させて。―――ホウ。  
そうしたら、夏美殿が大激怒。  
・・・・まあ、あそこは一般の民家ですからな。無理ございますまい。  
それで・・・?ああ、ケロロ殿が。―――――なるほど。  
・・・・・つまりタママ殿は押しつけられた、という訳で。ホッホッホ。  
エ?  
なんですと?武器もある?  
だからお世話になってるこの西澤家に迷惑かける訳にはいかないんですぅ、  
―――と。・・・ナニ、そんなことを気にされていたのでございましたか。  
タママ殿の自室に置くぶんには何も問題ございますまい。  
たしかに我らは、本来は敵同士。  
しかしタママ殿とこのポールは、男の友情でかたく結ばれた仲ではござい  
ませんかな?お荷物がある間はお部屋に踏みこまぬよう、メイド隊にも  
よく言い聞かせておきましょう。困ったときはお互い様でございます。  
―――ハイもちろん。このポールが請合います。  
それにしても・・・わざわざ事前に許可を求めに来られるとは、タママ殿  
の男気と律儀さにこのポールいささか感服つかまつりました。  
地球の命運をかけて戦うそのときも、お互いにフェアプレーで参りたいも  
のでございますな。ホッホッホ。  
 
・・・・・ああ、行ってしまわれた。  
おや、これは忘れ物でございますかな?  
なにやら懐かしい。――――ガシャポン、でございますな。  
取り出し口になにかが。・・・おやまあ、これは冬樹殿の人形でございますな。  
ホッホッホ。よく出来ておりますな。そっくりでございます。  
ははあ。さてはタママ殿、荷物のお礼でございますな。  
親衛隊の報告によれば、冬樹殿は今日は学校をお休みされているとの事。  
桃華様は吉祥学園でさぞ寂しい思いをされていることでございましょう。  
そこへきて、このそっくりなお人形。―――なかなか粋な計らいでござい  
ますな。それにひきかえ親衛隊どもときたら、GPSで捜索しても冬樹殿  
が見つからないなどと。いけませんな。タママ殿の爪の垢でも煎じて飲ま  
せてやらなければ。  
・・・・・それにしても、この顔など実によく出来て・・・。  
(チョンッ)  
(むくむくむくむくむくむく・・・・・)  
 
・・・・・・・・。  
・・・・・・・・。  
・・・・・・・・。  
おおおッ?!なにやら目眩が。  
冬樹殿の人形の顔を触っていたら、突然。  
なにが起こったのですかな?・・・・・ハテ、人形はどこに。  
おや?これはわたくしの人形でございますな。冬樹殿の人形はどこに。  
―――ふらふらッとした拍子に、どこかへ落としてしまったのですかな。  
いけません。このポール、まだまだ若いつもりでおりましたが。  
・・・おや?あれは桃華様がお帰りになった合図。こうしてはいられません。  
お迎えしなければ。―――――おお、お帰りなさいませ桃華様!!  
 
 どうなされたのです?桃華様。  
そんな、ビックリしたお顔を。  
・・・・・・今日はどうしたのですか、と?―――わたくしが?  
むろん、わたくしはこうしてずっと桃華様のお帰りをお待ちしておりまし  
たとも。  
エエ?!・・・・・・って。なにをそんなに驚かれて。  
どうなされたのです?  
そんなに赤くなってモジモジされて。  
それにしても今まで気づきませなんだが桃華様、おおきく成長されました  
な。もはやわたくしめと変わらぬほどの背にお育ちでございます。・・ハテ。  
――――桃華様がわたくしの方へとにじり寄ってこられて。  
ギュウッと両のこぶしを握りしめて。  
「言えッ!!今がチャンスだろうがよ言っちまえ!!」  
「そんなッ・・・・でもわたし・・・・・。」  
などと裏と表の桃華様が。はは。桃華様はまことにお忙しいお方でござい  
ますな。・・・・なんですと?―――自分のことをどう思うか、と?  
 
桃華様。桃華様はわたくしにとってもちろん、だれにも替え難い大切な  
お方でございます。  
え?・・・・・桃華様にとってもそうだ、と?  
―――ありがとうございます。そう言っていただいてこんな嬉しいことは  
ございません。  
・・・・・・本当にそう思うか、と?もちろんでございますとも。  
 
・・・・・わあッ!  
も、桃華様。  
どうなされたのです。  
そんな、しがみついたりなどなされて。  
桃華様の目が見たこともないほどうっとりと、このポールの顔に注がれて。  
・・・・・うん?  
桃華様の目に映る、わたくしの顔が。  
これは――――冬樹殿、でございますな。  
わたくしが瞬きすれば、瞳の中の冬樹殿も目をパチパチと。  
冬樹殿は今朝、学校をお休みされた――――のでしたな?  
親衛隊の報告によれば、居所がまったくわからない――――のでしたな。  
タママ殿の荷物に、冬樹殿の人形。  
触ったわたくしの姿は、いつのまにか冬樹殿に、と。  
・・・・・もしやわたくし、冬樹殿の身体に入ってしまっているのですかな?  
ややや。  
これはひょっとしてたいへんマズい事態に。  
冬樹殿が受けるべき愛の告白をいまわたくしが受け、しかも承諾してしまっ  
た・・・・・・ということでございますかな?  
も、桃華様。  
誤解、誤解でございます。  
わたくしは身体こそ冬樹殿ではございますが心はポールなのでございます。  
ああッそんな哀しそうなお顔を。  
わたくしが茶化して、桃華様の真剣な告白をなかったことにしようとして  
いると?  
・・とんでもございません。桃華様に対するわたくしの気持ちに嘘偽りのあろ  
うはずがございません!――ああッいけない。火に油を注いでしまった!  
 
 桃華様が後ろ手にわたくしの私室のドアを閉めて。  
二人きりですね。ひなたくん・・・・と。  
そ、その前提がすでに間違っているのでございますが。  
ああッお嬢様を傷つけず、一体どう申し上げたらわかっていただけるのか。  
桃華様のほそいきゃしゃな両腕が、わたくしの頭に廻されて。  
やさしい眉がせつなげにひそめられて。  
小鳥がくびをかしげるように、桃華様が。  
・・・い、いけませぬ。これは、キスのシチュエーションではございませんか。  
くッ・・・!困った!!も、桃華様、存外にちからがお強い!  
いや、冬樹殿が非力でいらっしゃるのか?しかし裏の桃華様はあのとおり  
腕っぷしの強いお方で、もちろんおこころがおやさしいのは裏も表も同じ  
桃華様なのでございますが・・・。やはりお父上のお血筋が―――って、  
いかんッ!そんな悠長なことを言っている場合ではないッ!!  
こ、このままではこのポールが桃華様のファーストキスのお相手という事  
に・・・・そ、それは断じてマズいッ!!  
―――しかし身体は冬樹殿な訳でございますから、この場合どうなること  
なのでございましょう?冬樹殿ならばべつだん差し支えない・・のですかな?  
いやいやッ意識はあくまでポールなのでございますから、それはやはりマズ  
いのでは。  
しかし桃華様から見た場合、相手は冬樹殿であることには違いなく・・・。  
ううむ。なにやら頭がこんがらがってまいりましたな。  
ああッ・・・ソウコウしている間に、桃華様のやわらかな唇が。  
やさしいゆびがそっとわたくしの髪の中に埋められ―――――。  
桃華様の甘い吐息が、わたくしの口の中に。  
・・・・・・。  
・・・・・・。  
・・・・〜〜〜〜。  
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜。  
って・・・・ウウッ!も、もももも桃華様ッ!!  
い、いったいドコでそんな高等テクニックをッ?!  
――――あ、いや、そういう意味ではございません。  
桃華様の純潔はむろん言われるまでもなく承知しております。それはもう。  
うれしい、とおっしゃる?・・・・う〜ん、どうしたものか。  
―――――え?メイド隊の連中に?  
想いをうちあけるにはどうしたらいいか相談なされたのでございますか?  
・・・・ほう。そうしたら、連中がひそかにまわし読みしている本を。  
貸してもらった、と。・・・そしてガンバッテくださいお嬢様!と激励を  
受けた、と。・・・・そしてその本が―――なんですと?  
『男のコを夢中にさせるヒ・ミ・ツのテクニック(はぁと)』  
・・・・・・・・。  
――――あやつら・・・。穢れなきお嬢様になんという本を。  
けしからん!あの耳年増どもには相応の処遇をきっちり与えておかねば。  
 
・・・・・・・。  
あの。  
桃華様。  
なんと申し上げたものか。  
あまりわたくしの足のあいだに・・・そうも踏みこんでこられますと。  
いえいえ!近寄って欲しくないという意味ではなく。  
その・・・いろいろとマズいのでございます。  
なんと申しますか・・・・あまり密着されますと。  
このポール、これでも若い頃はそれなりに場数を踏んできております。  
東欧の内戦に参加した際の帰り道には、それこそ飾り窓の女達に  
「夜の撃墜王」なる異名を冠されたこともございます。  
たいていの誘惑には屈せぬ自信がございますが。  
しかし――――いかんせん今の身体は冬樹殿の身体。  
・・・・・・思春期の男子中学生の身体にはちと、毒で。  
 
ええッ?!  
なにを泣いていらっしゃるッ?!  
―――――あ、いや。今の話はポールの昔話でございますッ!!  
断じて冬樹殿の話ではございません。もちろんでございます。  
え?――――ひなたくんにとってわたしのような幼児体型は、きっと魅力  
がないでしょう、と?  
ああ、またお嘆きになられる。  
・・・・・・・・・・・・・・。  
あの、桃華様。  
わたくしつねづね思っていたのでございますが。  
世の男性がすべてしぇくしーな女性を好むとは、あながち申せないのでは  
ないかと。  
ほっそりした女性がよいという方もいらっしゃいますし。  
逆にふくよかな女性でなくてはダメという方もいらっしゃるでしょう。  
まして、冬樹殿はお姉様とお母様がああいったお方で。  
しぇくしーには、耐性ができていると申しますか。  
逆にしぇくしーには性的魅力を感じないといった可能性も充分ありえます。  
・・・・・・それほどご自身の体型を卑下なさらないほうが。  
桃華様はそのままで充分お可愛らしく魅力的であると、わたくしめは拝察  
いたしますが。  
 
・・・・・って、うわぁぁあああああッ!!しまったッ!!  
そうでした!!いまわたくしは冬樹殿でございましたッ!!!  
い、いかん!自分で自分の退路を絶ってしまった!マズいッ!!  
ももももも桃華様ッ!?  
あの、お着替えは・・・・ここにはご用意してはおりませんが。  
ウッ・・・・・・・そんな、うるうるした瞳で。  
わたし、勇気を出します――――って、なにを。も、桃華様ッ?!  
あの・・・・な、なにゆえに制服のボタンをッ?!  
 
桃華様―――――ふるえていらっしゃる。  
両手でわたくしの手をとって、そっと唇に押しあてて。  
そのまま、桃華様のほおに。――――これは、涙?  
桃華様・・・・・・ひょっとして泣いておいでなのでございますか?  
あの・・・・ブラウスが落ちて。お風邪を召しますぞ?  
わあッ!  
スッスカートは、お履きになられたままのほうが。  
どうか涙をおふきください。桃華様に泣かれるとわたくし辛うございます。  
ハイ。それこそ身を切られるように。  
うわあッ!!  
そんなッ!下着姿で飛びこんでこられてはッ!!  
くうッ!あ、あのッ!桃華様なりません!!!  
そんなあられもないお姿で、しがみつかれては!  
さきほども申し上げたとおり、これはお若い冬樹殿の身体でございまして。  
その・・・・同じ年頃の、桃華様のおからだには。  
なんというか、抑制が効かなくなってしまうと・・・それはたいへんマズい  
ことかと。ハイ。  
エ?  
・・・・・・かまわない?  
も、桃華お嬢様〜〜〜〜〜〜〜〜ッ?!!!  
 
こ・・・・困りましたな。  
さきほどから半裸同然の桃華様が、わたくしの胸のなかに。  
しがみつくように飛びこんでこられましたので、自然と抱きとめるような  
かたちに。  
視線を下げますと、ほくろひとつない桃華様のなめらかな肩ときゃしゃな  
鎖骨の影。その、さらに下には・・・・ひそやかに息づく胸元が。  
これはいかんッ!これ以上、わたくしは見るべきではないッ!  
(と、あわてて顔を上向ける。)  
うッ・・・・桃華様がわたくしの手をとって。  
じれたように。  
わたくしの手を桃華様の喉元に押しあてて。  
―――――そのまま鎖骨をなぞるように、横に。  
も、桃華様のランジェリーの、シルクの肩紐が。――――はらりと。  
桃華様がほおを染めて、わたくしの肩にこつんとおでこをお乗せになり・・。  
うおッ・・・・・!ててて手を、あの。  
わたくしの手を引き下げて、そのまま下に。・・・・・桃華様ッ!  
な、なにやら、なにやらやわらかく熱い感触がッ!!  
――チクショォ・・ドキドキが止まらねェんだよォッ!・・・と裏の桃華様が。  
――ひなたくん・・桃華の気持ち、受けとめてください・・・と表の桃華様が。  
 
ああ・・・。ポール、絶体絶命でございます。  
このままその・・そういう行為にいたる訳には断じてまいりません。  
それはあるじにお仕えする執事としてご法度、というだけではなく。  
そういったことは桃華様の冬樹殿に対するこの純な気持ちをたばかる事に。  
とはいえヘタに拒絶すれば、桃華様にとってわたくしはいま冬樹殿なので  
ございますから、おこころにそれはそれは深い傷をお残しすることになる  
やもしれませぬ。  
事ここにいたっては、わたくしが実はポールであることも説明しにくくな  
ってまいりました。なぜって・・・。桃華様はいま、渾身の勇気をふりし  
ぼっておいでであるからでございます。  
いくらそれが現実であるからといって―――執事としてあるじに恥をかか  
せるわけにはまいりません。冬樹殿の心がこの身体のどこかに眠っている  
ものならば、このポール今すぐにでも喜んでこの身体を明け渡す所存なの  
でございますが。・・・・もしやちからいっぱい念じれば、冬樹殿の心に  
通じるのではありますまいか。  
――――――冬樹殿ッ!  
――――――冬樹殿ッ!  
――――――冬樹殿、どうかッ!  
 
・・・・・・うッ!  
冬樹殿の心に通じるどころか、男子中学生の身体の生理現象のほうがッ!  
 
 こ、このポールッ・・・。  
職務上、桃華様のこうしたお姿は見慣れている・・・はずなのでございますが。  
それこそおしめを換えたり、お風呂に入れてさしあげたりした経験もある  
のでございますが。  
そもそも桃華様は、このようなせつなく艶っぽいまなざしでわたくしを見  
ることはついぞございませんし。  
それにやはり、この身体を流れる若い血がそうさせるのでしょうか・・・?  
――って、若い血がッ・・・・身体の、ごくかぎられた一部分にどんどんッ!  
ええッと円周率はッ!π=3,14159・・・って、アアッ思い出せないッ!  
―――ヌウッ!ももも桃華様、あまり太ももを押しつけられますと・・・ッ!  
だいたい冬樹殿はこのお年頃で桃華様にこうまで想いを寄せられてどうして  
ああも淡白でいらっしゃるのだかッ・・・わたくし、理解不能でございます!  
 
・・・・・・・・・。  
――――しかし、いっそここで既成事実を作ってしまうという手も・・・。  
冬樹殿はいまだ恋愛には目覚めてはいらっしゃらないご様子。  
むしろ先に形式をかためてしまって・・・・・ヌウ。(←狩る者の眼。)  
・・・・・ハッ!!  
ぬぉおおおおおッッ!!いかんッ!断じていかん!  
(両の拳でおのれの頭をポカポカ殴りつつ)何を考えておるのかポールッ!  
おまえは桃華様の忠実なしもべではなかったのかッ!!  
旦那様に、桃華をくれぐれも頼むと一任されたのではなかったのかッ!!  
(←血の涙。)  
・・・うッ桃華様がこのわたくしの身体の変化にお気づきになられたッ!  
――――お許しください桃華様、その・・・。  
申し訳ございませぬ。これ以上は。  
わたくしは・・・このわたくしで桃華様を穢したくないのでございます。  
どうか・・・・どうかご理解ください。(ふかくうなだれる。)  
・・・・・・・・・桃華様?  
――――うれしいです、と?  
桃華を気遣ってくれているのですね、と?・・・・それはもう。  
ご理解、いただけましたか。ありがたい。  
――――でも、無理しないでください。ひなたくん、と。・・・・おや?  
いま桃華が、ラクにしてあげますね・・・・ッて。フヲォオオオオッ!  
桃華様ッそれはッ!そッれッはッ!!なりません!!あああファスナーがッ!  
 
わたくしを抱きしめたまま、桃華様の白いやさしいゆびがそっと。  
はずしたズボンのボタンの内側にしのびこみ――――。  
あたたかな温度をもったほそいゆびさきが、からみつくように、その。  
それからため息に似た桃華様のせつない吐息が、わたくしの首筋に。  
その首筋に語りかけるように笑みをふくんだ桃華様の熱くやわらかなお声が。  
ひなたくん。―――――こんなに。・・・・・と。  
ななななんのことで。  
アッいや、よろしいですッ!!  
おっしゃらなくて結構ですッ!  
桃華様にそのような言葉を言わせる訳にはまいりません!  
――――くぅうッ!あの、そのようにキュッっとゆびにちからをこめられ  
ますと。  
いえ、痛い訳ではございませんが・・・。むしろもっとマズい事態に。  
いや、そのように動かされるとッ!ますます事態が悪化いたしますですッ!  
手が・・・・桃華様の背に廻されたわたくしの手が、汗ですべる。  
なんとかして、桃華様のおからだをわたくしから引きはがさねば。  
――――って、抱き寄せてどうするッ!!  
いかんッ制御できん!これは一体どうしたことだッ!?  
シベリアでのあの消耗戦を思い出すのだポール森山ッ!!  
もももも桃華・・・・様ッ?!ひざを折られて、なにを。  
そのように、ひざまづかれ・・・・て・・・?  
うおおおおおッ!ポ、ポール・・・大ピンチでございますッ!  
桃華様にそんなことをさせてしまったら、わたくし旦那様に生涯顔向け  
できませぬ!!  
・・・・って、桃華様の頭が下がったおかげで、視界がひらけて。  
ん?――――入り口のドアが少しあいている?!  
ドアの影に、ホホを赤らめながらも興味シンシンといった風情の・・・・  
―――――タママ殿。  
あああッタママ殿ッ!!ちょうどいいところにッ!!!  
助けてくださいッ!(当然声には出せないため、口パクとジェスチャーで)  
わたくし、ポールでございますッ!なぜか冬樹殿の身体にッ!!  
―――――タママ殿がニヤッと笑って親指を突き出されて、なにか。  
(タママの唇の動きを読み取りながら)  
・・・・・フッキー、なかなかやるですう、と。  
・・・・・お邪魔虫は消えるですう、と。  
きッ消えないでくださいッ!ダメェッ行かないでッ!!ど、どうか後生で  
ございますッ!!!・・・・アッ足元をごらんください!そう!!  
――――その、ポールの人形を。そしてその脇のガシャポンの機械を。  
そう、その人形・・・わたくしでございます!!  
わかっていただけましたか!!なにとぞ、桃華様をお止めくださいッ!!  
―――――って、あああ?!タ、タママ殿、どこへッ?!  
 
アッこ、こちらもたいへんでございましたッ!ひざまづいた桃華様が。  
その桜の花びらのような唇を、ちいさくひらかれて。  
ゆびがやさしく、先端から根元までをそっとつたい――――。  
わたくしの腰に、桃華様が顔を寄せられ――――。  
ほおにかかる髪を、かるく頭をかしげて除けられると――――。  
ふるえる唇が。・・・・・・ああ。  
――――――・・・・・。  
ってッ!あきらめるなポール森山ッ!!  
あきらめたらそこで試合終了でございますよッ!!!  
ヌォオオオッ!!このうえはなんとしてでも桃華様をお止めしなければッ!  
〜〜〜〜〜桃華様!!  
〜〜〜〜〜桃華様!!!!  
〜〜〜〜〜桃ッ華ッ様!!!!  
 
・・・・・・??  
 
ん??????  
・・・・桃華さま?  
―――突然おからだが崩れ落ちて。桃華様?  
そのすぐ向こうに、銃を構えたタママ殿が。  
タママ殿?  
・・・・・?  
・・・・・。  
・・・・・!  
タ、タママどのぉおおおおおッ!!(←滂沱の涙。)  
やっぱりッ!やっぱり戻ってきてくださったんでございますねッ!!  
いまッ・・・このポールの眼には、確かにタママ殿のまわりに後光が差して  
見えましたッ!!!  
ハッ!桃華様は?!―――首筋に矢が。大丈夫なのでございますか?  
エ?―――――クルル殿ご愛用の麻酔銃?!荷物の中に?  
おからだには問題ないと。ありがとうございます!  
このポール、感謝の言葉もありませぬ。・・・え、なにか?  
ただクルル先輩に都合がいいよう、撃たれた人の前後の記憶が飛んじゃう  
んですぅ、と。  
・・・いえいえ!それは問題ございません。むしろ願ったりかなったりで。  
クルル殿に都合がいいとは一体どういう状態なのか、いち地球人として  
聞きたくもありますが。――――いえ、それはこの際申しますまい。  
そのおかげで今回は助かったのでございますから。  
ん?――――――ああ、いえこれは。(←目線を下げて、苦笑。)  
あ、どうかお気になさらず。(←いそいそと桃華に制服を着せながら。)  
・・・・いえいえ、放っておけば治まるものでございます。(←同上。)  
・・・本当に大丈夫でございます。どうか、お気になさらずッ(←同上。)  
・・・・・・・。  
////////・・・。  
コホン。  
ところでわたくし、もとの姿に戻りたいのでございますが。  
 
それから冬樹殿の心のほうは、どちらに?  
・・・・ガシャポンの?・・・・・アッそんなところに?!  
ほほう、そのフロッピーが。―――あ、わたくしめの人形は、そこに。  
・・・・・・・。  
・・・・・・おおっ!  
わたくしの、身体でございます!このなかに冬樹殿の心が?  
――――なるほどもう一度、今度はわたくしがガシャポンを廻す、と。  
了解いたしました。  
冬樹殿が意識を取り戻されぬうちにサッサと済ませてしまいましょう!  
(冬樹とポール、入れ替わり作業―――以下省略。)  
 
(小声で)おお・・・。冬樹殿が、気がつかれたご様子。  
タママ殿われわれは・・ささ、こちらへ。(タママをいざなって扉の影へ)  
・・・・おとなりの、桃華様に気がつかれたようですな。  
エ?タママ殿のところからはよくわからない?  
――――いま冬樹殿は、桃華様をゆすぶって起こしておいでです。  
西澤さん、大丈夫?・・・・・と。  
――――桃華様もお目覚めのご様子です。  
あら?わたし・・・・いったいどうしたのでしょう?と。  
――――桃華様が冬樹殿に気づかれてほおを染められましたぞ。  
ひ、ひなたくんッ・・・・どうしてここに?と。  
・・・・ぼくも覚えていないんだ。朝出かけるとき軍曹の大荷物があって、  
面白そうだったんで触ってみようとして・・・ダメだそこから思い出せない  
よ、と。――――なるほど。  
 
――――お二人が首をかしげておいでですな。しまった・・・・。  
記憶喪失が二人。ウ〜ムそういえばあまりにも不自然すぎる状況でござい  
ますな。  
・・・わかった!僕たち二人してUFOに攫われたに違いないよやったぁ!  
――――って、冬樹殿ッ!ナイス!!ナイスフォローでございますッ!  
(こぶしを握りしめ)タママ殿!わたくし邸内の者の力を結集させそのよう  
に工作いたしますので!!!タママ殿もなにとぞそのように口裏合わせを  
お願いいたしますッ!!  
――――――桃華様。・・・・・桃華様は?!  
恥ずかしそうにほほえまれて・・・・・。  
・・・・ふたりいっしょに?―――それはステキですね、ひなたくん、と。  
・・・・・・・・・。  
――桃華様・・・。あんなにうれしそうに。よろしゅうございました・・・。  
よかった・・未遂ですんで、本当によろしゅうございました・・。(滂沱の涙)  
わたくし、タママ殿には大きな借りができてしまいましたな。  
ひとまずお礼代わりにパティシエに命じて、タママ様用に特大ケーキを  
作らせましょう。  
 
――――桃華様と冬樹殿はオカルト話に花が咲いているご様子。  
よい雰囲気でございます。このままここはお二人だけで――――。  
折をみて、お二人にもお茶とお菓子をお出しいたしましょう。  
それではわたくし手配をいたしますので、タママ殿――――のちほど。  
はい。ケーキのほうはご期待に沿えるものを必ず。  
・・・・・・。  
・・・・・・。  
・・・・・・。  
(ふり向いて)おや。  
ずっと、ご覧になっていたのでございますか。  
いや、お恥ずかしい次第でございます。(頭を掻きつつ)  
ああ、わたくしの私室にいらっしゃるお二人は、どうかあのままに。  
もちろんあそこはむさくるしい所でございますので、あとでわたくしが  
客間にお連れいたします。  
結局なんにもお構いできませんで、申し訳ございませぬ。  
いや、正直申し上げて・・・このポール、寿命が十年は縮まりました・・・。  
(嘆息)  
お荷物のあるあいだは、わたくしタママ殿の部屋には決して近寄らぬ事に  
いたします。今日はたいへんな自由時間でございました・・・・・。  
さいごに見た桃華様のあかるい笑顔だけが、せめてもの救いでございます。  
実のところ、今すぐ自分のベッドにもぐりこんでしまいたい心境でござい  
ますが・・・・。  
いや―――このあと・・いろいろなことを手配してしまわなければ。  
(蝶ネクタイを締めなおし)では・・・・・わたくし、参ります。  
 
 
あ。――――さいごにどうか。  
このたびの顛末は・・桃華様の名誉としあわせのために、どうかくれぐれも  
ご内密にしてくださいますよう。  
―――――このポール森山、伏してお願い申し上げます。  
            〈END〉  
 

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