「揃いもそろって貴様ら・・・。いい加減にしろッ!!」  
  ―――と、烈火のごとく怒るギロロ伍長は、いつもの姿ではなかった。  
おなじみのケロン人体型から、なぜか地球の成人男性の姿になってしまっていたのだ。  
迷彩柄の開襟シャツに、カーキ色のカーゴ・パンツと同色のダウンジャケット。  
額から左頬にかけて走る傷跡と髪の色の赤が、もとの姿の名残りをかろうじて留めている。  
日課の射撃訓練をしようとシューティング・ルームへ入ったところを三人がかりで有無を言わさず連れ出され、得体の知れないメカに放りこまれたと思ったら・・・もう、この姿になっていた。  
―――だいたい、なぜ俺が?!・・・やるかたない憤懣を、ことの元凶である目の前の三悪人にむかって残らずぶちまける。  
しかし当の三人――ケロロ&タママ&クルルは、ギロロの抗議を全く聞いてはいなかった。  
「イヤハヤ、さすがはクルル曹長でありますな!どっからどう見てもポコペン人にしか見えないであります!」  
「まあな。なにせ大天才だからヨ。褒めても何も出ないぜぇ・・実はもうちょっと衣装には凝りたかったんだがよ、ゴスロリ調とか。だがオッサンは軍服しか似あわねェんだよな。」  
「あとは副作用が出てないかどうか、確かめるだけですぅ〜。ギロロ先輩♪どっか痛いとこないっスか〜?」  
「おい・・・・ちょっと待て。」  
  副作用。―――その言葉に顔をひきつらせたギロロが、ドスの聞いた声で問いただす。  
「貴様ら・・。例によってまた俺を得体のしれん作戦とやらの実験台にしやがったのか・・。」  
「ケロン人とポコペン人じゃ体型が全然違うからねェ・・ま、科学の実験に犠牲は付き物ってことで。クックック」  
「ギロロ伍長―――貴様のことは忘れんでありますッ!!」  
「ぐんそ〜さん、心配しなくてもギロロ先輩は頑丈だけがとりえだから大丈夫ですぅ。」  
  その無責任ぶりにガクリと脱力したギロロが、こめかみを押さえつつつぶやく。  
「・・・・まあいい。どうせ今に始まったことじゃないからな。これで新たな侵略作戦にとりかかれるのなら多少の事には眼をつぶろう。――おい、侵略のため、なんだろうな?!」  
  急に不安にかられたギロロが、声を荒らげる。案の定、三悪人は顔を見合わせた。  
「イヤ〜。・・・ポコペン人の姿なら、静岡ホビーショーまで遠征しても目立たなくていいと思わね?」  
「結局ヨドバシ行かねェまま、ハロウィンも終わっちまったしな・・・。」  
「ボクはデパ地下をハシゴして、有名スイーツを食べくらべしたいですぅ〜。」  
  目眩をこらえながら、ギロロが声をかぎりに怒鳴りつける。  
「―――――ふざけるな!!今すぐ俺をもとの姿に戻せッ!!!」  
  しかしその返答は、なんとも無常なクルルの一言であった。  
「・・・わりィ。突貫だったんで、もとに戻す機能はまだ付けてねェんだよな。  
これから研究するんでしばらくそのカッコで我慢してくれませんかねェ。ギロロ先輩。」  
 
 
もはや怒鳴る気も失せたギロロが、頭をかかえて座りこんだちょうどその頃――。  
 
 
 日向家の庭では、ひさしぶりに休みを取った秋が洗濯物を干していた。  
エプロンの下は黒のタンクトップにレザーのハーフ・パンツといういでたちである。  
―――夏美と冬樹はいつもがんばってくれてるから、今日は家のコト全部ママにまかせて思いっきり遊んでらっしゃい♪  
  秋はふたりの子供をそう言って送り出したのであった。  
その言葉を聞き夏美は友達とショッピングへ、冬樹は図書館へとうれしそうに出かけていった。  
そういえば洗濯物を干すのもずいぶんと久しぶりである。自分がいない間の日向家のことを思い、秋はため息をついて空を仰いだ。泊まりこみが終わってようやく入れたお風呂あがりの素肌に、風が心地よい。  
・・・・・ダメねえ。これじゃママ失格、ね。  
  冬樹のGパンを干そうとして洗濯バサミを取り落とし、あわててかがみこむ。  
視界が下がりギロロのテントが眼前に広がった。休日とはいえ、秋のマンガ編集者としての探究心と好奇心がムクムクと沸いてくる。  
「そういえば・・ケロちゃんはずいぶん地球の暮らしに馴染んできたけど・・・。ギロちゃんって普段どういう生活してるのかしら?」  
  さっそく這うようにしてギロロのテントに忍びこむ。  
せまいテントの内部の様子は、ほとんど武器庫といってよかった。物珍しさに手当たり次第に触れてみる。  
「あら・・・あらあら。―――へぇ〜・・・。」  
  携帯食料と思われる缶詰類に、さらに好奇心が刺激される。  
宇宙人の食料。―――これをリサーチせずにいられようか。とくに気になったカ○リーメイト風のパッケージを開けてみる。予想に反して、中身はぷるぷるとふるえる半透明のゼリーだった。  
すでに半分食べた形跡がある。秋はほんのちょっとだけ端の方を齧ってみた。くちのなかにたちまち甘くさわやかな味が広がる。  
「うふふ。・・・ギロちゃんたら、わたしたちにナイショでこんな美味しい物食べてたのねぇ・・。これ、いただいちゃいましょ♪」  
  パッケージにしまいこみ、エプロンのポケットに忍ばせる。テントの中を元通りに片付けて、秋は洗濯物の残りにとりかかった。すべて干し終わってから、ギロロの食料をかじりつつ今度は庭木の水遣りをはじめる。  
―――イライラしたギロロが自分のテントに戻ったのは、秋がテントの裏に回りこみ、ちょうど姿が隠れて見えなくなった頃であった。  
 
 
―――――だれか・・侵入した形跡がある。――敵性宇宙人の斥候かッ?!  
  武器の配置が微妙に変わっている。ギロロの眼が、苛立ちから即座に戦士のモードに切り替わった。  
手早く武器のひとつひとつを点検してゆく。体が地球人サイズになっているので狭いテントでその作業はとても骨が折れた。  
ランチャー、バズーカ、T・グレネード・・・すべてある。細工した様子もとくに見られない。  
ただ軍からの配給物資であるレーションがいじられていた。調べてみると、このところの体重減少にともない追加発注した食べかけの栄養補助食品がひとつ消えている。  
・・・・SSクラスの戦略兵器より食料ひとつを選ぶとは・・・おかしい。  
「・・・・ただの物盗り、空き巣のたぐいなのか?!」  
  思わず声に出してつぶやく。その声に反応してテントの外から秋の声がひびいた。  
「空き巣ですって?!」  
  ギロロがテントの入り口をはねあげて飛び出す。  
「―――ちょうどよかった!オイ、このあたりで怪しい奴を見かけ・・・・・」  
「キャアァアアアアッッ!!ドロボ――――ッ!!!!」  
「ぐわあああああッッ!!」  
  秋が持っていた水まき用のホースをギロロに向けて放射した。強烈な水圧がギロロの顔を直撃する。  
――――この男の受難は、まだまだ終わりそうになかった。  
 
 
「ごめんなさいね〜ギロちゃん。まさか地球人の格好をしてるだなんて思ってもみなくて・・。」  
  キッチンで、秋がチャーハンを作りながらギロロに謝った。  
ギロロが憮然とした表情で体を拭く。服からしたたる水滴を秋から手渡されたバスタオルで吸い取り、濡れた髪をくしゃくしゃと掻きまぜる。  
「そのままじゃ風邪を引くわよ?・・・・でも、冬樹の服じゃさすがに小さいでしょうしねぇ。」  
「いい。――――そのうち乾く。ほっといてくれ。」  
「でも・・・じゃ、いまお詫びにチャーハン作ってるからせめて食べてってちょうだい。  
―――さ、出来たわ。どうぞ。」  
  しめった服のまま、ギロロがむっつりと食卓の席についた。  
スプーンを手に持ち、無言のままチャーハンを口に運ぶ。その様子を、対面の席に腰掛けた秋が頬杖をついてニコニコと見つめた。  
「・・・・・・ふふ。」  
「――――なんだ。」  
「ギロちゃんって、地球人になるとこんな風になるのねぇ。」  
「・・・・言っておくが、好きでこうなった訳じゃないぞ。」  
「あら、そうぉ?――――でも、なかなかハンサムよ。」  
  秋が両手で頬杖をついたまま、とろんとした目でギロロを見やる。その声が酒に酔ったように陶然と濡れていた。様子のおかしさにギロロが顔をあげる。秋はけだるげに机にもたれかかって髪を掻きあげていた。  
前のめりにからだを倒した拍子に、エプロンのポケットから携帯食料の空き箱がこぼれ落ちる。ギロロが、ぎょっとしたように眉をひそめた。  
「おい。お前・・・。あのレーションを、食べたのか。」  
「ふふ。美味しかったものだから。・・・・・ちょっとつまみぐい。」  
「馬鹿な。ケロン人にはただの栄養補助食品だが、ポコペン人にはどうだかわからんぞ。現にこの前ネコにすこし遣ったら、あとで一晩中ニャーニャー鳴きどおしで大変・・・・っておい!聞いてるのか?!」  
 
  テーブルの下で、秋の素足がギロロの足の甲にかさねられた。  
かたちのよい桜色の親指の爪が、かるく引っ掻くようにギロロのくるぶしをさかなでる。  
「ケロン人が・・・・・うふふ。なぁに?」  
  秋が片方の眉をほんのすこし上げて首をかしげ、からかうように微笑みかける。そのつまさきがギロロのカーゴ・パンツの下に忍びこみ、つうっと脛をなであげた。  
  スプーンを口に運んでいたギロロの手が、ぎくりと止まった。  
 
秋のつまさきが徐々にギロロの足を登ってくる。  
ギロロがあわてて眼をそらし、椅子ごと腰を引いた。その動転した様子を見て秋が濡れた目でいたずらっぽく微笑みかける。  
「美味しそうね。――――味見、してもいい?」  
「・・・・・・・・・?」  
「食べてもいい?」  
  ギロロがスプーンを置き、食べかけのチャーハンを前へ押し出した。  
「食べたいのなら好きなだけ食え。俺は・・・・・もういい。」  
  だが秋の手は、スプーンや器ではなくギロロの手の上にかさねられる。  
ギロロの指がびくッとひきつる。反射的に手を引こうとするが、秋のゆびがそれをさせない。  
「アラいいの?・・・・・うふふ。じゃ、お言葉に甘えて。」  
「――――おいッ!チャ、チャーハンの話ッ・・・なんだろうなッ?!」  
  秋は微笑して答えない。重ねた手はそのまま、席を立ちあがりギロロの方へと足を踏み出す。ギロロが椅子からずり落ちるように一歩あとずさった。  
秋が伸びあがるようにしてギロロに顔を寄せる。ギロロがぎこちなく顔をそらせる。  
冷たい汗をかいているギロロの手の甲に、ゆびさきで円をえがきながら秋がニッコリする。  
「・・・・・・もちろん。チャーハンの話、よ。」  
  その言葉に安堵したかのように、ギロロが肩で息をついた。  
器にスプーンを重ねて、ぶっきらぼうに秋の方へと再度押しだす。ガチャンと食器が耳障りな音をたてた。  
秋が微笑んで礼を言う。  
「ありがとう。・・・ギロちゃん。」  
  次の瞬間ギロロの手を押さえた秋のゆびが、そのまま腕を登ってギロロの首に巻きついた。  
そのままギロロの頭が引寄せられる。秋の濡れた紅い唇が、ギロロのそれと重なった。  
「〜〜〜〜〜ッ?!」  
  秋の甘い舌がギロロの口腔に進入してくる。  
とがらせた舌のさきで、歯の裏や上あごをやわらかくくすぐられた。  
そのまま舌を吸われ、からめとられる。痛みをこらえるようにギロロの顔が歪んだ。  
秋の唇がいったん、そっと離される。ギロロがそれまでこらえていた呼吸をもらした。  
「・・・・・くぅ・・・ッ」  
「―――ふふ。ギロちゃん、キスのとき目を閉じちゃうのね?」  
  すぐにまた、被せられた。  
下唇をごくかるく噛まれ、舌で弄うようになぞられる。  
秋のゆびがギロロの髪の中に埋められる。その足の間に踏みこむように、秋が太ももを割り込ませた。  
ごく浅いキスと、脳髄を蕩かすような激しいキスが交互に繰り返される。  
唇の下で秋のおそろしく巧妙な技巧がかさねられた。  
ギロロの指が力なく動き―――それでも自分と秋の顔をかろうじてさえぎる。  
「――――どういう料理の味見だ。これは・・・・・・。」  
  くるしそうに眼をそらせるギロロに、秋が悪戯っぽく微笑む。  
「大急ぎで作ったわりには、美味しく出来てたみたいでよかったわ。チャーハン・・・。」  
  秋のながい指がギロロのダウンジャケットのファスナーの金具に伸びた。  
ごく小さな音とともに、ファスナーが下げられる。油汗をかいたギロロの手があわててファスナーをまた一番上まで引き上げ、金具をつかんだまま秋を制した。  
「おい・・・。冷静になれ。いまお前は食ったレーションで中毒作用をおこしているんだ。早まるな。  
――だ、だいたい俺は侵略者で、お前達から見たら不倶戴天の敵なんだ。『渇しても盗泉の水は飲まず』という言葉がポコペンにはあるそうじゃないか。  
つまり、どんなに困っても間違ったことに手を染めてはならない―――ッて・・うわぁッ!」  
「――――ギロちゃんたら、ヘンなことに詳しいのね。」  
  秋が含み笑いをして、金具をつかんで離さないギロロの手を包むように握った。  
そのままギロロの手ごと再びファスナーを下ろしにかかりながら、そっと耳打ちする。  
「じゃ、ギロちゃんに、こういうとき使うもっと強力な地球の言葉を教えてあげる。  
―――――それはそれ、これはこれ、よ?」  
「―――――それは絶対ッ・・・違うだろッ・・・・ッ!」  
  ダウンジャケットが、ギロロの肩から滑り落ちた。  
 
 ジャケットに続いて秋のゆびが、手馴れた動きでシャツのボタンをはずし始めた。  
狼狽したギロロがじりじりと成すすべなくあとずさる。背中が冷蔵庫にぶつかり、たちまち退路を絶たれてしまった。秋のゆびが開いたシャツの合わせ目から忍びこみ、アンダーシャツをたくしあげる。  
「この陽気にアンダーシャツを着ているの?―――おまけにびしょ濡れ。・・・これじゃ気持ち悪いでしょ?」  
「あああ、暑いとか寒いとかは・・・せ、精神力の問題・・だッ!俺は平気だから・・・ほっといてくれッ!  
―――って、おいッ!!・・・な、なんでおまえまで脱ぐんだッ?!」  
「あら?だってギロちゃんひとりが脱いだんじゃ、恥ずかしいでしょ?」  
  秋がエプロンを外し、タンクトップを脱ぎ捨てる。動きにあわせ長い黒髪がさらりと流れる。その下にブラを身に着けていなかったので、かたちのよい乳房が大きくゆれた。そしてギロロのシャツに手をかけ、そのまま引き剥がそうとする。  
「うわッ!よせ!!――――やめ・・・ッ!!!」  
「いやがる子の服を脱がせるのって、じつは夏美と冬樹でもう慣れちゃってるのよねえ♪」  
  秋がおかしそうにわらって言った。その言葉どおり、迷彩柄の開襟シャツが器用に脱がされてしまう。  
ギロロが横に逃げようとして足を踏みはずし、つまづいた。キッチンの隅に尻餅をつくかたちで座りこんでしまう。秋がその隙を見逃すはずがなかった。すかさずギロロの体の上に被さり、足にあしをからめ、耳元に唇をすべらせる。  
かなり難易度が高いはずのアンダーシャツもあるときはくすぐり、生地を引っぱりつつじつにうまく脱がせてしまった。秋のマニキュアを塗った爪先が、ギロロの胸板をつつつ・・ッとさぐるように滑る。秋がギロロの耳元に唇を寄せ、秘密をうちあけるような口調でささやいた。  
「・・・いくら恥ずかしがり屋さんとはいえ、ギロちゃんのその様子―――。だれか、好きな女のコに義理立てでもしているのかしら?」  
  図星を指されて思わずギロロの眼が泳いだ。秋の視線から逃れるように顔をそむける。  
秋がふふ、とくちのなかで笑った。そのゆびが下がりカーゴ・パンツのウエストのボタンを容赦なくはずしにかかる。  
「――――でも・・・関係ないのよねぇ。そんなことは・・・・。」  
「!!!」  
  もつれるようにギロロの体にのしかかった秋の、ほそく長いゆびがカーゴ・パンツの内側に滑りこんだ。  
ゆびをからめられ、ギロロがびくッと体を震わせる。あたたかな温度を持った秋の手がやさしくギロロを包みこんだ。そのまま秋がゆびをゆっくりと上下に動かしはじめる。  
「――――――よせ・・・・・止すんだ。日向母親・・・ッ」  
  ギロロが喉に絡む声を、なんとかしぼりだすようにしてつぶやく。  
「こんな事して―――。子供のことを考えろッ・・・・!」  
「あら・・・・・。大丈夫よ。」  
  秋が唇をほころばせ、ギロロの頭を片手で抱きしめながら答える。  
「――――安心して。今日はだいじょうぶ、だから・・・・ね?」  
「そッ、そういう事を言ってるんじゃないッ!!」  
「ふふ・・・。ごめんなさい。でもずいぶんと古風なことを言うのね?」  
「お前・・がこんな事をしてると知ったら・・・・・ッ―――夏美が、哀しむぞッ・・・!!」  
  手のひらで秋の視線をさえぎったまま、思い余ったようにギロロが低く叫んだ。  
「やめろッ・・・・・頼むから、やめてくれ・・・・・・。」  
  最後の方は哀願に近かった。それを聞いて、秋がふいにあたたかな眼差しになる。  
「―――ありがとギロちゃん。うちの子をそんなに大事に思っててくれて。」  
  秋が撫でつけるように、ギロロの髪にそっとゆびを通した。  
「でもね―――。わたしそういう・・・家族をケースに入れて、風にも当てないようなタイプの母親じゃないのよ。言ったでしょう?それはそれ、これはこれ、って。それに―――。」  
  うつむくギロロの頬にそっとくちづけた秋の目が、あやしくきらめいた。  
耳打ちするようにひそやかにささやく。声に、今までにない意地悪な響きが混じった。  
 
「――――やめてくれ、ね・・・・。でもギロちゃんのここは、そうは言ってないなぁ?」  
 
  秋がギロロにもわかるように、キュッとゆびさきに力をこめた。  
くぅぅッ、とギロロが喉の奥でうめく。おのが身の情けなさに歯をかたく食いしばる。  
そのつらそうな様子を見て秋がふいに手を止め、ギロロに顔を寄せた。  
「・・・・ちょっといじめすぎちゃったかしら?―――そんな泣きそうな顔しないで。」  
「―――していないッ!!・・・・軍人を馬鹿にするなッ!!!」  
「ギロちゃんは本当にいいひとね。・・・・・可愛いわ。」  
  その評価が心底嫌そうに、ギロロが手を払った。  
秋がギロロの頬を手ではさみ、そっとのぞきこむ。  
つややかな唇がギロロのかたく噛みしめた唇に重ねられた。  
「そんなに堅苦しく考えなくてもいいのよ、ギロちゃん。―――わたしはただ・・・。」  
  秋のゆびが、ギロロの指にかけられた。  
その手をいざなったまま、秋が自分のレザー・パンツを下着ごとひきおろす。  
秋の白い裸身がしなだれかかるようにギロロにすり寄った。  
蜜を含んだごくやわらかいトーンで、ギロロにささやきかける。  
「わたしはただ・・・・気持ちよくしたいだけ。自分も・・・ギロちゃんも、ね。  
――――それって、そんなにいけないこと?」  
 
  秋がふいにからだを起こした。  
ギロロの頬にかるくキスをすると、立ち上がってうしろを向き、食器棚の扉を開く。  
その隙にギロロも身を起こした。頭を二、三度振りちからなく立ち上がる。きびすを返してこの場を後にしたいところだったが、熱を持った身体がさすがにいうことをきかない。数歩よろめくようにあるき、食卓の椅子にくずれおちるように座りこむ。  
細長い瓶を手にした秋が、ギロロに向き直った。ニッコリと笑って軽やかに歩み寄る。  
「――――なにをする気だ。・・・・・もう、よせ・・・。」  
「・・・・ふふ。そんなつれないこと言わないで。」  
  秋がギロロの足のあいだにひざまづいた。ギロロのカーゴ・パンツを充分に寛げて露出させる。  
やさしくゆびを絡めると、いとおしげにそっとくちづけた。  
手に持っていた瓶の、コルク栓を抜く。日向家ではサラダを作るときにしか使わない極上のオリーヴ・オイルの芳香があたりに満ちた。  
その緑がかった黄金色の液体を両手にすくい、ほそい首をのけぞらせて胸元に注ぐ。  
ぬめりをもったオリーヴ・オイルが紐のようによじれて、秋の喉から乳房にかけて幾筋もの流れをつくった。秋が自分を抱きしめるようにして胸を寄せる。胸の谷間にちいさな池ができた。その池をつらぬくように、ゆっくりとギロロを下から上へ挿入してゆく。  
「―――くぅッ・・・・!―――ば、馬鹿野郎・・・ッ俺で・・・あそぶな・・・ッ!!」  
「遊んでないわ。―――気持ちよくするだけ・・・。」  
  椅子にかけたギロロの膝のあいだで、ひざまづいた秋が動きつづける。  
ギロロを挟みこんだ乳房がゆれる。律動のたび、感じやすい部分をこすられて秋の目にも桃色の靄がかかる。とくに敏感な乳の先を擦られるたび、秋のくちから甘い吐息がもれる。  
「ああ・・・・ッ――――すごく―――お・・・きくなっ・・・てる、わ・・・。」  
  酔いしれたような秋の声に、ギロロが奥歯を噛みしめた。  
ともすれば口から漏れそうになる強烈な快感を無理やりねじ伏せる。  
声など立てるくらいなら死んだ方がましだった。腹の底を満たす得体の知れぬ怒りに、ふいに凶暴な気分になる。ギロロは秋の後頭部を掴むと、自分ごと前へ引き倒した。  
椅子から離れ、そのままの体勢で二人のからだが床へ落ちる。  
ギロロが秋の胸の上へ馬乗りになった。驚いてからだを起こそうとする秋の肩を力まかせに押しつける。  
身じろぎしようとする秋を許さず、そのゆたかな乳房をぎりッと掴んだ。  
「あぅっ・・・!!痛ゥッ・・・・」  
  その状態で、秋の乳の谷間を陵辱する。  
痛みにすくんだ秋の声が徐々に甘く溶けてゆく。  
擦られつづける乳の先端が熱を持ち、かたく尖る。  
秋の大きな瞳がうるみ、その目もとが欲情でうすあかく染まってゆく。  
あたためられたオリーヴ・オイルの果実の香りが、ふたりの鼻腔をくすぐる。  
秋のゆびが、乳を鷲掴むギロロの両手に添えられた。  
「あ、あぁ・・・ッ――――ギ、ロちゃ・・・ん・・・・」  
  身を突き上げる衝動にギロロの身体が数度、鞭打つように激しく動いた。  
くッ・・と、ギロロが喉の奥で低く噛み殺した呼気を吐きだす。  
  濁った飛沫が秋の、そらせた喉から頬にかけてを白く汚した。  
 
  ギロロがテーブルに手をかけ、身体を起こした。  
足にからまる油で汚れたカーゴ・パンツをいらだたしげに脱ぎ捨て迷彩柄のシャツを羽織ると、  
ちらばった自分の衣服をさっさと拾い集めはじめる。  
そのあいだに秋ものろのろと起き上がった。ゆびさきで頬や鼻のあたまに散った精液を丁寧に拭い去る。  
手首までながれ落ちるそのつめたく冷えはじめた液体を、秋の紅い舌がちろりとすくった。ギロロのところまで膝でにじり寄ると、その白くぬめるきゃしゃな指をギロロにからませ、顔を伏せてオリーヴ・オイルごと丹念に舐め取りはじめる。  
秋の長い髪がギロロの腹にふれた。ほおを上気させ眉をひそめた秋の、濡れた紅い唇がせつなげにひらかれてその桃色の口腔が男を迎えいれる。ながい睫毛を伏せると秋の顔がひどくおさなくなった。  
ちいさな子供が飴を頬張るように、秋がすこしずつ唇をかぶせてゆく。  
衣服を手に持ったままのギロロが、蔑むように秋に眼を落とした。  
秋のくちのなかで確実に脈打ち大きさを増してくるものがある。ギロロが身をかがめ、秋の黒髪に五指をうずめた。まだかすかに濡れているその洗い髪の香りが、オリーヴ・オイルの残り香のなかでギロロの鼻腔を刺激した。ギロロの表情があきらかにこわばる。  
その香りは、日向家の皆が共用しているシャンプーのものであった。優しげな花の香りがギロロの身体をめぐる血を暗くざわめかせる。秋の面差しはどちらかというと息子・冬樹に伝えられていて、娘の方には実はそれほど似ていない。  
しかし今自分の眼下にある、苦しげに眉をひそめる表情やきゃしゃな肩・やわらかなからだの線がギロロの  
まぶたの奥の、どれほど振り払っても消えることのないある面影と二重写しのようにだぶった。  
ギロロは眼を逸らした。どれほどきつい責め苦を受けても、この男の表情がここまで苦しげに歪むことは滅多にあるまい。手に持った衣服が床に落ちた。ひくくうめいて秋をひきはがし、そのからだを右腕でかきいだくように持ち上げる。  
大口径の銃器を片手で扱える腕の力は、地球人と化していても忠実に再現されていた。  
秋のからだがらくらくと持ちあがり、その両手がキッチンのシンクに押しつけられた。  
ギロロが秋の腰をうしろから抱き、そのまま自分へ強く引寄せる。  
「ギロちゃんッ!―――待っ・・・・・・ッ!!」  
  あとは、悲鳴になった。  
秋の背がのけぞり、シンクの縁をつかんだゆびが、加えられた力のために白く変わる。  
「―――あ・・あッ!・・・・お、おねが・・・いッ――もう少し・・・やさし、く―――ッ」  
  ギロロが後ろから秋の胸を両手で羽交い絞め、その背に苦しげに顔をうずめた。  
そのままふかく、秋を穿つ。―――くうぅ・・・ッと、秋がほそい声をもらした。  
抱かれたままからだを押さえつけられ、秋のからだがキッチンの床に這う。腰だけを高くかかげた秋の黒髪が両側にながれ落ち、しろい首すじがあらわになった。  
ギロロが泣きだしそうな表情で、秋のからだを切り裂きさいなみつづける。  
秋のやわらかな尻に硬い五指を爪立て、その腰を浮かせ何度も思うさま引きつける。  
ギロロが動くたび秋のくちから、はぁッ・・・!という呼気が漏れ、その乳房が床を擦った。  
「ひんッ―――あぅッ―――!!あ・・ぁあ、ああぁッ――――・・」    
 
  この容赦のない抽迭に、秋のからだが応じはじめていた。  
汗ばんだほそい腰がやるせなく反りかえり、足の爪が床を掻いた。  
「んッ!!〜〜〜んんッ・・・―――んっ・・・」  
  律動がつたわるたび、からだの奥でじわじわと熱が生まれてくる。  
ふかく穿たれて秋の胸が床で潰れ、すりつけられた。  
かたちのよい眉をしかめて快感に耐える。渇きを訴えるように、唇から舌が覗いた。  
ギロロが腰を引くたびに、ちゅく・・・ッと、秋の体内から濡れた音が混じる。  
「は・・ああぁッ―――あ、んッ・・あっ――――!・・も、もぉ・・・・」  
  髪をふり乱し、秋が高い声を放った。  
腰を抱えたギロロの手にゆびを重ね、その衝撃を自分から受けとめる。  
秋をくさび打つギロロの速度が、どんどん上がってゆく。  
秋の顔とからだが押し寄せる快楽の波により、あまい桜色に染まった。  
ゆびをひきつらせ床に這って、背をのけぞらせる。喉から声が、ほとばしった。  
「もう・・・・ダメぇええッ!!―――い、イっ・・・ちゃうぅ――ッ!!!」  
  秋の全身がおおきく痙攣し、手足がガクガクッと二、三度ふるえた。  
「―――――は・・・・ッ――――!!」  
  涙を溜めた秋の目が焦点を失い、紅潮したそのからだが力なく床にくずおれる。  
ギロロが秋のからだを強く引寄せ、ひくくうめいてその体内に放つのとほぼ同時だった。  
 
 
  ギロロは気だるく眼をひらいた。視界に入ったおのれの手が、見慣れた赤い肌ではないのを見て、  
ああいま俺はポコペン人の身体だったな・・とぼんやり思う。  
思考がうまくまとまらない。なにやら取り返しのつかぬ事態になったような――と考え、ふいに胸に被さる重みを感じた。見下ろすと自分の裸の胸に、これも一糸まとわぬ秋が、うつぶせに腕を廻している。  
とたんに状況を思い出し、ギロロは髪をくしゃくしゃと掻きまわした。  
やむを得ぬ状況だったような気もするし、自分がしっかりしていれば避け得た状況であったような気もする。  
少なくともこのままここで二人こうしていれば、大騒ぎになることは確実であった。  
だが、今後の対処の方法がまるで思いつかない。口の中ばかりが無闇に渇いた。  
煙草が欲しいな―――と痛切に思い、ギロロは自分で自分の思考に驚いた。  
成る程――ポコペン人がああいう身体に有害な植物性の煙を、わざわざ体内に入れたがるのはどうもこういう時らしい・・・。  
手近にあったカーゴ・パンツを引寄せ、秋を乗せたまま、器用に穿く。胸の上の秋が、ちいさな声をたてた。  
結果的にずいぶん酷くあつかってしまい、もしや泣いてでもいるのかと気になって覗きこんだら、秋はそのままの姿勢ですやすやと眠りこんでいた。  
あどけない表情のまま、まったく起きる気配がない。ときどき夢でも見ているのか「校了」だの「原稿」だのと  
ちいさく寝言をつぶやいている。しあわせそうな、太平楽な寝顔だった。  
「―――――女は、怖いな・・・・・。」  
  思わずそんな言葉が口をつき、われしらず苦笑が漏れ出てくる。  
ひとまず秋をベッドに連れて行こうと、肩に担ぎ上げ散らかった衣服を集めた。  
肩の上の秋が、むにゃむにゃとなにやら言葉を漏らす。最後だけが、はっきり聞こえた。  
「――――なつみ。・・・ふゆき・・・・。ごめんママ―――いま帰る、から・・・。」  
  ギロロが秋を見上げた。これも寝言である。あとはただ、正体なく眠りこんでいる。  
昨夜は徹夜で仕事を片付けてきたのかもしれなかった。  
ギロロが秋を肩から降ろし、その胸にそっと抱き上げた。  
足を抱え、頭を寄せて起こさぬよう充分に気をつける。  
キッチンから寝室まで秋を抱えながら―――ギロロはただ、無言で歩みを進めていった。  
 
           〈END〉  
 
 

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