―ガルル達が撤退し、地球が惑星麻酔から目覚めるまでのひととき。
まだ時間は止まったままだ。ケロロと日向弟は、さきほど見物と称して散歩に出かけた。クルルもラボに篭りっ放しなので、ここ日向家は閑散としている。
俺は、自分のテントの中で武器の手入れを始めた。池の泥を落とすため、携帯コッヘルで湯を沸かす。
ガルル戦の後遺症で、まだ腕の力が入らないので
{まったく、自分の不甲斐なさに腹立たしい限りだ!!}テント内の重力磁場を、俺を除いて地上の10分の1に設定しておく。
愛銃を分解し終わったところで、ふいにテントに入り込んだ気配に気がついた。
・・・・夏美。
「どうした。まだそんな格好でいるのか?・・・さっさと着替えて元の場所に戻ることだ。
でないと、あとで地球人共が騒いでも知らんぞ。」
・・・心の動揺が現れないよう、努めてそっけなく声をかける。
返事はない。不審に思って再度振りかえると、夏美は今にも泣き出しそうな顔でうずくまっている。
先ほどまでの地球の戦士としての覇気は、戦闘の高揚が去るとともに消えてしまったかのようだ。
「・・・一体、どうしたんだ?」
「・・・・・ギロロ。」
夏美の体が震えていた。見ると体も、「スク水」とかいう地球の水戦用戦闘服も
べったりとした透明な粘液で汚れている。手・足首の拘束された痕が赤くなって痛々しい。
・・・ニョロロΩに飲み込まれた時のものだった。消化される前に体内から救出できはしたが、
さぞかし怖い思いをしたことだろう。声をかけようとして、俺は不意に言葉を失った。
・・・夏美の腿の内側にひとすじ、血が伝っている。・・・怪我??
夏美は体を震わせたまま、何も言わない。・・・ニョロロΩに毒性や攻撃力はない。ただあの触手がやっかいなだけで。
・・・触手。まさか・・・陵辱の跡???
「!!!!」
「ギロロ駄目!行かないで!!」
反射的に武器をつかんで立ち上がった俺を、夏美の声が押しとどめた。
「しかしッ・・・!!」
「ダメ・・・行かないで。」
腹腔に激しい怒りがあった。夏美が止めねば、俺は再度ガルル達を追っていただろう。
性格上、ガルル本人の仕業とはとても思えんが、俺は兵器にこういう悪趣味な改造を施すことに怒りを感じる。
ましてや、夏美にこんな・・・!しかし、今は・・。
俺は歯を噛みしめ、できるだけ優しく話しかけた。
「・・・わかった。とりあえず、手当が先だ。
お前はここでしばらく休んでいろ。すぐに秋を呼んで来てやる。」
「お願い・・・ママにも冬樹にも言わないで。・・知られたくない。」
むずがる子供のように首を振る夏美に、俺は途方にくれた。どうすればいいかわからない。
正直、こんな微妙な問題は俺の専門外だった。
一体どうすれば、傷ついた夏美を癒してやれるのか・・・わからない。
とりあえず、タオルを湯にひたして固く絞り、夏美の顔を拭った。
夏美はただ、されるがままになっている。ややためらったが、そのまま首筋や肩も拭いてやる。
スク水が粘液によって夏美の肌に張りついてしまい、動かない。放っても置けないので夏美に声をかける。
「夏美。その・・・服が張りついてしまって切らねばダメなようだ。
ナイフを貸すから、自分でできるか?・・と、とにかく衛生上、早く着替えるに
越したことはないんだが・・・。」
夏美のうつろな視線が、俺の顔のあたりをさまよう。やがて俯き、甘えるように首を振った。
―――お、おい。ちょっと・・待ってくれ夏美。それを・・俺にやれ、とでも??!
頭がガンガンする。
うわずる呼吸を無理にも鎮めて、これは医療行為だ。医療行為なんだと自分に言い聞かせる。
夏美は軍用毛布に身を横たえ、すがるように俺を見ている。その姿は傷ついた小鳥のようだ。
事実、夏美は傷ついていて、俺はすまない気持ちで一杯になった。
この俺の醜い物思いを、夏美に気づかれてはならない・・・・・。
アーミーナイフを、夏見の脇のスク水と肌の隙間に滑りこませる。
刃の冷たさに、びくりと夏美が体をすくませた。そのままそろそろとナイフをわき腹に向かって滑らせる。
糞、手の汗でナイフがぬめる。うっかり夏美の肌を切っちまいそうだ・・・。
肩紐も切り落とし、意を決してスク水を少しずつ剥いでいく。
夏美は、長い睫毛を伏せている。白い裸身が、羞恥によって薔薇色に染まる。
・・・い、医療行為・・・だ。しっかりしろ俺。
胸の双球に熱いタオルを這わせると、夏美は切なげに吐息を漏らした。
・・が、逆らわない。熱っぽく潤んだ瞳で俺を見返してくる。
体をなるべく見ないようにして拭いているので、うっかり手が胸の先端に触れてしまった。たちまち夏美のその部分が固く尖る。
「あ・・ス、スマン・・。」
気まずさに飛びのく。それでも夏美は何も言わない。
いつもなら鉄拳の一つでも飛んでくるところだが、ただ目を伏せ、顔を赤らめただけだ。
なんというか・・・拷問だ。
軍人としての耐久訓練は一通り受けてきた俺だが、この責め苦には今にも両手を挙げて降参してしまいそうだ。
夏美に寝返りをうたせて白い背中を拭く。スク水は下半身の部分がまだ剥がれない。
触手の進入・・・が多かったのだろう。粘液の量が異常に多い。傷つき出血しているのだから、早く治療してやらねばならんのだが・・・。
「夏美。起き上がってここに座ってくれるか。足の所を切ってしまいたいんだが・・」
「・・・うん・・。」
夏美は素直に従う。俺は夏美を弾薬の詰まったケースにもたれかけさせる。
・・膝をそろえて座っている夏美の足が邪魔だった。数瞬、ためらった後に意を決して足の間に入り、膝をつかんでグイッと足を左右に開かせる。―――すまないな、夏美。
「あ・・・ッ―――ギロロ・・。」
「動かないでくれ。傷つけたくない。」
慎重の上に慎重をかさねて、スク水の足の付け根部分にナイフの刃を入れていく。
手が震える。布地に染みたかすかな血の跡に、胸が痛む。・・やがて、ぶつりと布地の切れる感触があった。
なるべく見ないようにして、そろそろと布地を引き剥がす。
新しい清浄なタオルに、人肌まで冷めた湯と消毒薬をしみこませ、なるべくそっと夏美の体にあてがった。
夏美が痛みに体をすくませる。薬が沁みたのかと、湯だけに変えてみたがやはり辛そうだ。
タオルの繊維が傷にひびくらしい・・・なにせこれも軍支給の品だから、粗いのだ。
仕方なしに湯を直接、夏美の下腹部に注いだ。なめらかな湯が腹を、臍をつたい落ちる。
流れに従って指を・・・なるべく優しく夏美の体に這わせる。汚れを洗い流すように。
何度かに分けてそうしているいちに、夏美の呼吸が速く、切ないものに変わってきた。
甘い息が肩にかかり、指が俺の後頭部をやさしくかき抱く。
―――体中の血が、逆流しそうな思いだった。自制しろ!!これは医、療行、為・・だ・・。
「夏・・美。その・・とりあえずの処置、はこれ で・・」
辛くも自制した俺に、夏美は首を振った。
「・・・・・イヤ。」
「い、嫌・・って。おまえ・・・」
「鈍感。トーヘンボク。軍事マニア。・・・ギロロの、馬鹿。」
「夏美・・・」
夏美は俺を抱きしめると、顔を寄せたまま小さく、本当に小さく言った。
「ギロロ。私を・・愛して。・・・全部、忘れさせて・・。」
夏美が珊瑚色の唇を寄せてくる。目に涙が一杯たまっていた。
夏美が求めていたのは体の治療ではなく、心の慰撫であったのだ。しかし・・・いいのか?こんな、弱みに付けこむような真似は・・・。
夏美がせがむように首をかしげる。その唇が悲しそうにすこし開かれる。・・物問いたげに。
―――嫌なの?・・と。――ギロロは私が嫌い?私のこと、抱くのはイヤ?・・――
・・・・そこまでが、俺の限界だった。
「・・・くッ・・・。」
夏美のおとがいに指をかけて顔を引寄せ、そっと唇を重ねる。甘く柔らかな感触が俺を誘った。
たまらずそのまま両腕を廻し、夏美の首筋を押さえつけるように、今度は深く口づける。歯列に舌を這わせると、夏美はうめいた。
―――驚かせただろうか。・・しかし、もう止められなかった。
そのまま首筋に口づけると、夏美はそれ以上俺の体を支えていられなくなり、床に下ろした。
目の前に夏美の羞恥に燃える体が広がっている。・・そのままゆっくりと唇を下ろしていく。胸に。臍に。
「あ・・ッ・・んん・・。ギロ・ロ、もう・・ダメぇ・・」
しかし俺は答えない。夏美の下腹部に指を這わせた。指が、濡れる。湯で濡れているだけでは・・・なかった。しかし・・。
この期に及んでためらう俺に夏美は背をかがめ、自ら情熱的に唇を重ねてきた。
熱い舌が口の中に侵入してくる。からみあう。――俺は目がくらみ、息をつくこともできない。
夏美の手が、さっきから俺の下肢を探っていた。やがて白い優しい指が、俺自身を探しあて、やわらかく包み込む。
・・・こ、こら。夏美・・ッ そ んなことしちゃ・・い・・かん・・・。
「ギロロ・・・おねがい。」
夏美がひそやかにささやく。頬にかかる吐息が熱い。
このまま行為に及べば、夏美の体はさらに傷つくだろう。しかし夏美は、おそらくはそれを承知の上で俺を求めてくる。早く・・・と。
俺は無言で夏美の腰を引きよせる。重力制御中であるため、ほとんど力を入れる必要がなかった。
もう一度座らせ、足を開かせると夏美はおとなしくされるがままになった。
俺は・・・なにものかを悼む思いで、こんなことがなければ生涯言わなかったであろう言葉を口にした。
「夏美・・・俺はお前が好きだった。・・もうずっと以前から、な。」
夏美は目を閉じてうなずいた。・・気がついていたのかもしれない。
ごくまれに二人きりになった時、夏美は他の者には決してしない、子供っぽい甘えを見せることがあった―――。
そのまま浅く俺自身を潜らせると、夏美の体がわなないた。自分の手の甲を噛みしめて声を殺している。
―――痛むのか?!・・だが夏美は必死に首を振り、俺を放そうとはしない。俺も、そのまま体を沈めた。
「んッ・・は、あぁっ・・・っあッ・・」
夏美の声が、甘く耳朶をくすぐる。気が遠くなる。
夏美は汗に濡れた腕で、俺の頭を抱きしめて放さない。やわらかい胸の谷間に押しつぶされる。
・・何度も夏美の体に俺を突きたてているうちに、やがて限界が来た。
慌てて体を引き外そうとすると、夏美が足を絡めてきてそれを許さない。
「ヤ。いや・・・・。やめない、で。」
「・・・すまんが夏美・・ッ俺はもう」
「なかで出して・・・・・このまま」
――だ、大丈夫、なのか?・・・とまどいながらも深く貫くと、夏美が小さく息を呑み、体をこわばらせた。
と、同時に夏美の内部が今までにないほどきつく、俺自身を締め付ける。
――――たまらず俺は、夏美の体内に精を放っていた。
―――後始末を済ませ、俺は毛布にくるまった夏美に熱く煎れた珈琲を手渡した。夏美は素直にマグカップを受け取る。
夏美が目を伏せて、ぽつりとつぶやいた。
「ねえギロロ・・・私、あんたの子供を生める、かな?」
・・・・動揺して俺は危うく鍋をひっくり返しそうになる。
「・・・そ、そう言ってくれるのは嬉しいが、俺達ケロン人とお前とでは
体の組成が違いすぎる。・・・前もってそのように遺伝子操作をしていれば
そういう事もありうるかもしれんが・・・」
「フフ・・・馬鹿ね。真面目に答えたりして。―――わかってる。冗談よ。」
マグカップを置き、こつんと夏美が俺の額に自分の額をぶつけてくる。
・・・・やがて夏美は、小さくつぶやいた。聞こえるか聞こえぬかの声で。
「あたしたちって・・・・はかないね・・・。」
――――儚い、か。
ケロン人と地球人。侵略する側とされる側。俺は軍人で・・・そして夏美は敵、だった。
夏美の涙が俺の肩を濡らした。一滴・・・また一滴と。
どうしようもなく切ない思いが胸を締めつけ、俺は今、自分が確かに言うことができる言葉を口にした。
「俺は・・・何もいらん。お前が生きてさえいてくれれば。
だから・・・・笑っていてくれ夏美。お前が笑っていてくれれば、どこにいても
俺はそれだけでしあわせな気分になれる。」
――――今後、この少女を手にかけるよう、軍から命令が下るかもしれない。
そのとき、どう行動するか・・・。俺は腹の底でひそかに覚悟を決めた。
俺の言葉は、余計に夏美を泣かせたようだった。
「生きろよ、夏美。」
「あんた昼間もそんなこと言って―――カッコつけて。何よ、カエルのくせに。」
「これが性分だ。仕方がない。」
俺達は目を見交わし、同時に微笑した。
夏美の目に、来た時はあった危うい光が、今は溶けて跡形もなくなっていた。
俺は努めて快活な声をつくり、夏美の尻をはたいた。
「さあ、そろそろ星が目を覚ますぞ。
・・・いつまでもそんな格好でいると大騒ぎになる。さっさと着替えて来い。」
「なによその言い方。・・・感じ悪いわね!!」
と夏美も笑い、俺をぶつ真似をした。そのまま顔を寄せてくる。俺も拒まなかった。
――――羽根が触れ合うような、ごく軽いキス。
毛布にくるまったまま恥ずかしげにテントを出て行く夏美の姿を、俺は胸に刻みつけた。
・・・・このうえなく大切なものとして、永遠に。
[END]